サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第21章 自由への闘争と逃走

ハリーが浮かない顔で「当分の間スネイプの補習は休みだよ」と言ったとき、ハーマイオニーが眉をぴくりとあげた。これは嘘の気配を感じたときのミネルヴァと同じだ、と思って、蓮はハリーに「なんで?」と尋ねた。

 

「それは・・・基本が出来たから僕ひとりで続けられるって、スネイプが判断したからだ」

 

ハーマイオニーがじっとハリーを見つめているのに気づいて、蓮はその手首を掴んだ。

 

「レン」

「ハリー、閉心術のレッスンはなにより大事なことだってダンブルドアにも言われたじゃないか。スネイプが基本が出来たと判断したにしても、だったら次の段階をレッスンしてもらうべきだ」

 

蓮が言うと、ハリーは首を振り「嫌だ。スネイプのことはもう言わないでくれ。いいね?」と頑なに言い張った。

 

女子寮の部屋に戻るとハーマイオニーに「ルール違反だよ」と蓮は言った。「ハリーの心を覗くなんてさ」

 

「レン、あれは絶対に何か隠してる。そう思わない?」

「思うよ。少なくとも、ハーマイオニーの開心術に全然気づいてないんだ。基本が出来たなんて、とても言えない。でも大事なのは、閉心術なんて大仰なことじゃなく、神秘部の夢を見ないことなんだから、それに集中するように促すだけでいい」

「チラッと見えたけど、何か別の情景に気を取られているわ。何か」

「ハーマイオニー、ルール違反だってば! 神秘部以外の別の情景に気を取られているなら、それはそれで目的は果たせる。立ち入る必要はない」

「レン! あなた心配じゃないの?」

 

蓮はハーマイオニーの両肩を掴んだ。

 

「ダンブルドアも、スネイプも、シリウスも、とにかくいろんな大人がハリーに閉心術の必要性は忠告してる。わたくしたちだって、夢の内容が嘘である可能性は教えた。ハーマイオニー、閉心術は自分の心の問題だ。自分が本気でその気にならなきゃ絶対に出来ない。今のハリーに外からあれこれ言ったって、逆に心を乱すだけだよ」

 

ハーマイオニーが蓮の手を払って自分のベッドに腰掛けた。

 

「ハーマイオニー」

「・・・ハリーに閉心術が出来ると思う?」

 

蓮は黙って俯いた。

 

「レン」

「・・・わたくしの知る限り、閉心術に向いてる人間は、秘密を抱えることに慣れた人間だ。秘密の重さを知っていなきゃ、心に蓋が出来ない」

「蓋?」

 

うん、と蓮は頷いた。「アルジャーノン発作が起きても、あるいはネビルのご両親の状態になっても、秘密を漏らさないのが閉心術だよ、ハーマイオニー。ハリーには」と言いかけて、苦笑した。

 

「・・・無理よね。開けっぴろげというか、開けっ放しというか」

「ヒトとして、それはそれで悪いことじゃない。それに目的は神秘部の夢を見ないことだけだ。もともと心を扱うパートナーとして、ハリーとスネイプの相性が良いわけがないんだ。ハーマイオニーとわたくしのケースとは違う。2人でひとつの心を取り扱うには、それなりの親密さや慎重さが必要だ。そうだったろ? スネイプ相手じゃ無理だよ。スネイプは、わたくしの勘では相当な閉心術師だと思う。だからダンブルドアがハリーの教師に選んだ。でも、あの組み合わせには無理がある。この際、ハリーがひとりで努力すると言うなら、それでも構わないんじゃないかな」

 

ハーマイオニーが溜息をついた。

 

蓮は黙って机に向かい、魔法史の教科書を開く。

国際魔法使い連盟の結成に至る状況の長たらしい記述の中から、いくつかのキーワードをノートに走り書きする。初代最高大魔法使いピエール・ボナコー。リヒテンシュタイン。トロール狩り。

 

「レン」

「ハリーの話ならもう聞かないよ。ハリーが決めることだ」

「どうしてそんな」

 

くるりと椅子を回して、ハーマイオニーに相対する。

 

「ハーマイオニー、人がみんな状況に対して最適行動を取れるわけじゃない。ピエール・ボナコーのトロール保護政策はリヒテンシュタイン公国にとってはちっとも最適じゃなかった。今の最高大魔女だって、最適行動なんか取ってない。どうしてハリーにそれを要求できる? 方針は明確に示された。学ぶ環境も用意された。いろんな人が必要性を説いた。それでも気持ちが動かない状態で、心を取り扱うこと自体に無理がある。確かに最適行動はハーマイオニーの言う通りだと思う。でも無理なものは無理だ。トラブルにならないことを祈り、トラブルになったらサポートする。それ以外に出来ることはない」

「レン・・・」

「さあ、ハーマイオニー、机について。リヒテンシュタイン公国の山トロールの引き起こしたトラブルについて詳しく知りたいんだ」

 

溜息をついたハーマイオニーが「あなたのノート、キーワードしか書かないからわからなくなるのよ。ビンズ先生はちゃんと説明してくださったわ」と苦笑した。

 

 

 

 

 

イースター休暇が終わる頃になると、毎年のことだが、魔法界の職業を紹介する小冊子やチラシ、ビラなどが談話室のあちこちに置かれる。掲示板には5年生の個人面接のスケジュールが掲示された。

 

ハーマイオニーはこれまで、あまり熱心にそれらに目を通したことはなかったが、今年はOWLの勉強の合間には談話室に陣取って、あらゆる小冊子やチラシを目の前に積み上げて熟読した。蓮とパーバティ、それからハリーやロン、ネビルのうちの誰かを付き合わせて。

 

「そうね、わたしのやりたいことは少なくとも癒術じゃないわ」

 

ハーマイオニーが放り出したパンフレットをロンが取り上げ「NEWT試験の魔法薬学、薬草学、変身術、呪文学、闇の魔術に対する防衛術で、少なくともE-期待以上を取る必要がありますってさ。おっどろき。期待度が低くていらっしゃるよな?」と読み上げると、パーバティが唸り「やめてよ、ロン。わたし、一応癒術関係を目指すんだから」とロンからパンフレットを取り上げた。

 

「マグル関係の仕事をしていくには、あんまりいろんな資格は必要ないみたいだけど・・・僕に出来るかなあ?」

 

ネビルの声に蓮が「ネビルはマグル学を取ってないから、資格無しのフリーエージェントになるよ」と指摘すると、ネビルは顔を歪めてうな垂れた。

 

「呪い破りには数占いが必要だってさ。僕には無理だ」

 

ハリーがそう暗い声を出したとき「オッス」と声をかけて、フレッドとジョージがやってきた。長椅子に割り込み、テーブルに脚を投げ出したので、魔法省の進路に関する小冊子が数冊床に落ちた。

 

「ハリー。ジニーが君のことで相談に来た。シリウスと話したいんだって?」

 

ハーマイオニーは「魔法事故・惨事部でバーンといこう」に伸ばしかけた手が止まるほど驚いた。蓮はジョージの顔を眉を寄せて見つめていた。

 

 

 

 

 

「無茶な計画はやめて欲しい」

 

男子寮に上がる階段のところでジョージを捕まえて、蓮はそう言った。

 

「ジョージ、もうニックの首と同じぐらいしか後がないじゃないか」

「レン。約束したろ? 俺は卒業しても、ダイアゴン横丁にちゃーんといる」

「ジョージ」

 

頭を振る蓮を押さえて、ジョージがニッと笑った。

 

「今のハリーには何が必要かわかるか?」

「少なくとも、アンブリッジの暖炉に首を突っ込むことじゃない」

「シリウスと話すことだ。あいつだって馬鹿じゃない。シリウスと話したいって言い張る以上、それが必要なんだ。閉心術もうまく行ってないだろ。何かが引っかかるからさ。シリウスと話すことが何かのわだかまりを解消するのに必要なんだろ」

「だからってジョージ」

 

レン、とジョージが真剣な顔をした。「頼むからサマーホリディまで良い子にしてろよ? アンブリッジに手を出すな」

 

「そんなのどうだっていいだろ。なんでこんなこと!」

「ハリーに必要だからだよ。最大のスポンサーのために皮一枚の首を賭けるぐらいお安い御用だ。どうせ行き先は変わらない、ダイアゴン横丁だぜ?」

「ちゃんと卒業するって言った」

「気が変わったんだ。アンブリッジなんかの顔色を窺う時間が無駄だ。開店準備は進んでるはずだが、マンダンガス任せじゃ不安だからな」

「ジョージ!」

「レン、今の君の状態から、元の君に戻るのには何年かかるかわからない。ずっとそのままかもしれないぜ。俺は君たちが学生稼業をやってる間に、押しも押されもしないWWWの経営者になってやる。君がどこの国に行っても、すぐに追いかけて支店を出せるぐらいにな。もともと君は、誰かが見張ってないと危なっかしいんだ。こうなっちゃ尚更だ。今はハーマイオニーがいるから構わない。でもハーマイオニーが永遠に君のそばにいられるわけでもないんだ。誰かが君を観察する必要がある」

 

蓮が怯んだ隙にジョージは階段を上がって行った。

 

 

 

 

 

昼食後、1時から1時半までが蓮のために空けられた進路指導の時間だった。

 

蓮、ハーマイオニー、ハリー、ロンと続けて時間を設定したのは、このためなのだろう、とミネルヴァの部屋の隅にクリップボードを手に座っているアンブリッジを見て納得した。

 

「お掛けなさい、ウィンストン」

 

ミネルヴァが素っ気なく言った。

 

「さて、ウィンストン。この面接は、あなたの進路に関して話し合い、6年目、7年目でどの学科を継続するかを決める指導をするためのものです。ホグワーツ卒業後、なにをしたいか、考えがありますか?」

 

あります、と蓮はミネルヴァの眼鏡の奥の目を見つめて答えた。後ろでカリカリと羽根ペンがクリップボードに何かを書きつける音がする。

 

「わたくしは、いずれホグワーツの教師になるため、まずはマグルの大学に進学します。魔法の技術は成人すれば自分で磨くことが出来ますが、学問を深く研究する姿勢や、広い視野を持った大人になるには、時間と環境が必要なので」

「なるほど。幸いにして、ホグワーツの教職員になるために課される資格はさほど多くはありません。空きがあるかどうか、面接にパスするかどうかが数少ない課題です。変身術の教授ならば、まあ、わたくしに何かあればすぐにでも空きが出来ます。あなたならば変身術の教授になるための知識の多くは身につけていますからね。それではNEWTクラスでは履修を減らしますか? 大学進学を優先した方が良いでしょう」

「いいえ。闇祓いに必要な学科を全て履修します」

 

ミネルヴァの眼鏡が光り、カリカリという音が止んだ。

 

「闇祓いに必要な学科を履修し、ホグワーツの教職員になる・・・つまり」

「闇の魔術に対する防衛術の教授になります」

 

なんてこと! と甲高い声が叫んだ。しかし、ミネルヴァは面白そうに目を光らせ、その叫びを無視した。

 

「なります、と断言しても、空きがなければ教職員の道は無理ですよ、ウィンストン。第2、第3の道を考えておかねばなりません」

「はい。わたくしは幸い、語学が出来ますから、ホグワーツ以外のいくつかの魔法学校で、防衛術もしくは変身術で教職のキャリアをスタートさせることができると思います。あるいは他の学科でも。闇祓いレベルを目指すのはそのためです。防衛術、変身術、呪文学、魔法薬学、薬草学いずれもNEWTでOを獲得していれば、どこかに何かの空きはあるのではないでしょうか」

「なるほど。考えてはいるようですが、防衛術にこだわるわけではないのですね?」

「最終的には防衛術です」

「なぜそこまで?」

「防衛術は総合力ですから、校長に一番必要な力だと思います」

 

かちゃん、とクリップボードが落ちる音がした。「な、な、な、な」

 

ミネルヴァはこれも無視した。

 

「防衛術だけでなく、さらに校長というのは狭き門どころの話ではありませんよ、ウィンストン」

「はい。ですが、わたくしは教師として相応の経験と見識を持った校長になることを目標に据えて、努力するつもりでいます。もちろん運も味方につけなければなりませんが、運のほうを当てにするわけにはいきません。ですが、教職という点ならば努力でクリア出来ます。なので、最終目標はともかく、職業としての目標は魔法学校の教授職です」

「現実的な目標ではあるようですね。よろしい。そのつもりで今度のOWLに取り組みなさい」

「よろしくありません! なんということを! このあたくしの前で!」

「ウィンストン、面接は終了です。授業に向かいなさい」

 

蓮が立ち上がると、その背後にガマガエルが仁王立ちになっていた。

 

「あたくしの、上級次官の職分を侵害するなど」

「わたくしがいつそんなことを?」

「ドローレス、面接は終了しましたよ。そもそもウィンストンは自分の将来設計を述べただけです。それも魔法省ではなく、教職について。上級次官は関係ありません」

「いいえミネルヴァ、これは許すわけにはいきません! 校長はこのあたくしです!」

 

うるさそうにミネルヴァがこめかみを指で押した。

 

「今は確かにそうでしょう。しかし、ウィンストンが大学を卒業し、教職に従事し、適当な年齢になってもまだ校長でいるおつもりとは存じませんでしたがね、上級次官。本職は魔法省職員だったのでは?」

「ええ! 魔法省から、ホグワーツの改善を実施するためにあたくしが校長に任命されたのです」

「ではさっさと改善とやらを遂行なさればよろしいではありませんか。ウィンストン、授業に向かいなさい。ああ、次はグレンジャーですから、グレンジャーに時間前ですがここに来るように伝えなさい」

「はい、マクゴナガル先生。失礼します」

 

廊下を歩いていると「あなた個人に対する否定的感情がどこにあるというのです! アレは、自分の将来設計を本人なりに現実的に考えた結論です。叶う叶わないではなく、そのための努力目標です! たとえ校長といえど口を挟むようなことではありません!」という怒鳴り声が聞こえてきた。

 

あと3人の面接が済む頃には喉飴が必要になりそうだ。

 

 

 

 

 

ハーマイオニーがマクゴナガル先生の部屋に入ったとき、部屋いっぱいに奇妙な緊張感が漂っていた。おそらく、蓮の言う通り、アンブリッジがいるせいだろう。マクゴナガル先生の機嫌は絶対よろしくない。

 

「お掛けなさい、グレンジャー」

 

マクゴナガル先生が素っ気なく言った。

 

「さて、グレンジャー。この面接は、あなたの進路に関して話し合い、6年目、7年目でどの学科を継続するかを決める指導をするためのものです。ホグワーツ卒業後、なにをしたいか、考えがありますか?」

 

はい、とハーマイオニーは答えた。「最終的には魔法省に入省したいと考えています。魔法法執行部か魔法生物規制管理部で迷っていますが、いずれにも高度な法律理論が必要だと思いますので、まずマグルの大学で法学を学ぼうと決めました。魔法界に法学を学ぶ高度な教育機関はありませんから」

 

マクゴナガル先生が小さな声で「どいつもこいつも」と呟くのが聞こえたが、気にしないことにした。

 

「魔法法執行部に入るには最低でも、魔法史、変身術、魔法薬学、古代ルーン語、闇の魔術に対する防衛術、以上5科目のNEWTの結果がE-期待以上であることが要求されます。さらに、入省してから約1年をかけて、法執行の知識と実務における研修ならびに訓練をクリアしなければなりません。闇祓いには実践面の最高の者しか採用されないように、法執行部員は知識面で最高の者しか採りませんよ。この研修を大学に行きながらクリアした者は確かにおりますが、困難な道です。大学卒業後ではかなりスタートが遅れてしまいますが、それでも大学進学を優先するのですか?」

「はい。なぜなら法案を起草するには」

 

ハーマイオニーは志望する理由を述べるつもりで考えてきた持論の展開を試みたが「理由はよろしい。面倒くさくなります」と却下された。

 

「グレンジャー、あなたの場合は、いずれも履修していますから、このままならばNEWTクラスに進むことは充分可能性があります。若干不安が残るのが魔法薬学ですね。スネイプ先生の評価では、今のところE-期待以上の成績のようです。ただし、スネイプ先生はOWLでO-優を取った生徒にしかNEWTクラスの履修をお認めになりませんから、魔法薬学の成績はもう少々底上げする必要があります」

 

はい、とハーマイオニーが身を縮めかけたとき、エヘンエヘン、と咳払いが聞こえたが、マクゴナガル先生は完璧に無視した。

 

「魔法生物規制管理部の方は、変身術、魔法薬学、闇の魔術に対する防衛術、以上3科目のNEWTがE-期待以上であることに加え、魔法生物飼育学のOWLがやはりE-期待以上であることが必要とされます。こちらは、まさに今度のOWLが決め手となるのですから、心して取り組みなさい」

 

はい、と答えようとしたところで「マクゴナガル先生、ちょっとよろしいかしら」とアンブリッジが割り込んできた。

 

「今はわたくしが個人面接をする時間ではありますが、少々ならば構わないでしょう」

 

しっかりと横柄にマクゴナガル先生は答えた。

 

「あたくし、グレンジャーに法執行部の適性はないと感じますが」

「あります」

「大臣室付上級次官のあたくしが」

「魔法法執行部の鉄の女と呼ばれたわたくしが、グレンジャーには魔法界における法律家を目指すだけの資質を認めます。むしろ法執行部以外の職に就けるのは魔法界における損失です」

「あらあら、上級次官のあたくしが」

 

マクゴナガル先生は好戦的に表情を引き締め、眼鏡の位置を直すと、アンブリッジに向き直った。

 

「では、法執行部勤務のご経験のない上級次官のご意見を伺いましょう?」

 

ハーマイオニーはぽかんと口を開けた。ハーマイオニーそっちのけの戦闘が始まろうとしている。

 

「法執行部のご経験とおっしゃいますが、半世紀近く前のご経験ではありませんか」

「法律家としての心構えは忘れておりませんからね」

「あたくし、グレンジャーにはそもそも法遵守の精神が欠けているとかねがね思っておりますのよ」

「グレンジャーに前科があるとでも? おかしなことを。この子は決して法を犯すようなことはいたしません。それがまともな法律ならば」

「ま、まともでない法律などございません! 大臣室が発令する法が法律なのです!」

「各部署が現実に沿って起草し、法律家として長い実務経験を有する専門家の厳しい監査に堪える法が『まともな法律』であるとわたくしは定義しております。グレンジャーの将来設計は、いささか回りくどくはありますが、地道で妥当な、法律家としての基礎を重んじる精神に依っており、教師として阻害するべき瑕疵は見当たりません」

「魔法省には相応しくありませんわ」

「今の大臣室のお歴々が相応しくないと考える人材であることは認めましょう。ですが入省に際しては試験局と法執行部の判断が物を言います」

「法執行部は大臣室の下部組織です!」

「ドローレス、それをアメリア・ボーンズに言うことはお勧め出来ませんね。そもそも『校長』が面接を視察したいとおっしゃるので入室を認めましたが、大臣室が一生徒の進路指導に関与することは認めた覚えがありません。立場の混同はご遠慮ください。さて、グレンジャー」

 

ぽかんとしていたハーマイオニーは慌てて顔を引き締めた。

 

「必ず法執行部なり魔法生物規制管理部なりに入りなさい。わたくしが魔法界の『まともな』法律に関しては、あなたの大学在学中にすべて叩き込んでみせます」

「は、はい!」

「魔法界の法律家を目指すならば、ウィゼンガモットの魔法戦士がキャリアの到達点です」

「はい」

「魔法生物規制管理部に入った後でも、法執行部に再入省は可能ですから、魔法薬学の成績をコントロールすると同時にそうしたキャリアデザインもイメージしておくと良いでしょう」

「魔法省はグレンジャーを採用しません」

「魔法省への入省如何は試験局の専決事項です。さらにグレンジャー、ウィゼンガモットの前に部長や大臣を経験しておくことも悪くはありませんから、そのつもりで」

「なんてこと! 大臣室がグレンジャーの入省は認めません!」

「一入省者の適性を云々するなど、大臣室はそんなにお暇ですか。グレンジャー、いいからお行きなさい。面接は終了します」

「大臣が認めないわ!」

「ドローレス、あなたは大臣ではない! また大臣室付上級次官の立場で学生の進路指導に口を挟むのであれば退室なさい! 『校長』だというから認めたのだと何度言えば理解出来るのですか」

 

マクゴナガル先生の部屋を慌てて飛び出したハーマイオニーは、延々と続きそうな舌戦に、夕方、マクゴナガル先生に喉に優しいハーブティを届けることを決めた。

 

 

 

 

 

「マクゴナガル、マジやってくれたぜ。アンブリッジと喧嘩しながら僕の進路を闇祓いに決めちまった」

「僕のときもだ。夜な夜な手ずから教えることになろうとも、わたくしがポッターを闇祓いにしてみせます! だ」

 

談話室で放心しているハリーとロンに、ハーマイオニーも参加した。

 

「マクゴナガル先生、こうなるとわかっていらしたから、わたしたちを今日の午後にまとめたのかしら。ちなみにわたしの進路は法執行部、部長、大臣、ウィゼンガモットの魔法戦士になりかけたわ」

 

そりゃそうだ、と蓮は投げやりに答えた。「アンブリッジに耐えるのは1日で充分だろ。耐えてるといういじらしさは全く感じないけど」そう言いながら、ハリーのためにアンブリッジの執務室を空っぽにする陽動作戦を開始したジョージのことを考えていた。

 

確かにジョージとフレッドにとって、ホグワーツを卒業することに実利的な意味はない。両親、特に母親を安心させるためでしかない。学校がこの状態ならば、早くビジネスを始めたいと考え直しても不思議ではない。

 

蓮は小さく笑った。ジョージは昨夜「最大のスポンサーのため」と断言した。律儀なことこの上ない。蓮つまりアルジャーノンのために花火の在庫を全部使ってしまったり、ハリーのために何か知らないが悪戯用品の在庫を放出して学校を混乱させたり。そんなことでWWWはビジネス界でやっていけるのだろうか。

 

「馬鹿だなあ」

 

呟くと、ハリーとロンが時間を確かめて男子寮に上がるまで、シリウスと会話することを諦めさせようと努力していたハーマイオニーがキリリと眉を吊り上げて「なんですって?!」と蓮に矛先を向けた。

 

「ハーマイオニーのことじゃない。ジョージだよ。馬鹿過ぎて好きだ」

「あなたね! こんなこと止めようとは」

「止めたよ。止めたけどやるって。わたくしも、3フクロウだとか、悪戯用品店だとか、ついには退学するつもりでハリーのための時間稼ぎをするとか、馬鹿だと思う。毎回呆れてる。でもそういう馬鹿なところが好きだから、いつも肝心なところで止められないんだ」

 

わたくしも勝手なことしてるしね、と蓮は苦笑した。

 

「レン・・・」

「スーザンと話してるとわかる。わたくしがスーザンみたいなタイプだったら、もっとジョージのガールフレンドらしく出来たのかなって。すごいよ、彼女。クィディッチの練習はたいてい見に来て、終わったあとにレモンの砂糖漬けとか用意してくれるんだ。ああいうことが出来る女の子だったら良かったのにね」

「あなたには無理よ、絶対に、永遠に。お願いだから、スーザンの真似をしようとはしないでね」

 

強調して断言されてしまった。

 

「・・・わかってるよ」

 

唇を尖らせて立ち上がった。

 

「レン?」

「WWWのホグワーツ最後のショーだ。見に行こうよ」

 

 

 

 

 

廊下に出たときに大きな炸裂音が聞こえて、ハーマイオニーは蓮の腕を掴んだ。

 

「始まったみたいだ」

 

蓮は目を細めて微笑んでいる。

 

「レン、やっぱりこんなこと止めるべきよ」

「ジョージがやりたいなら止めないよ。わたくしだってジョージから見れば勝手なことばかりしてる」

「レン、そういう問題じゃなくて」

「どうせなら世界一の悪戯用品開発者になって欲しいな。ニコラス・フラメルの再来だ。プロテゴ!」

 

ゆっくりと悪戯の気配を楽しみながら(蓮だけが)廊下を歩いていると、何か降ってきたらしく、蓮が盾で守ってくれた。

 

「臭い玉だ。えげつないな。この廊下を歩く奴に落ちる仕掛けをしてあるんだ」

「レン、あのね」

「たぶんどこかで『臭液』も登場するはずだよ、ハーマイオニー。ネビルのミンビュラス・ミンブルトニアの臭液を買ってたから。うわ、この泥水なんだろう」

 

「渡るなら急いで渡れよ。すぐに沼地になるぜ」

 

背後からジョージの声が聞こえた。

 

「携帯沼地、出来たの?」

「ああ。君の変身術のセンスが役に立った。おっと、消し方は誰にも教えるなよ?」

「わかってるよ」

 

蓮は笑って、ハーマイオニーの手を引いて、広がり始めた沼地を飛び越えた。

 

「レン、本当にいいの?」

「ジョージが決めたことだからね」

「だってあなたたち」

「国籍は日本、大学はイギリスにするよ。もうしばらくはダイアゴン横丁の近くにいる」

 

ハーマイオニーと手を繋いだまま、蓮はにこりと笑った。

 

途中、ピーブズとすれ違うとき蓮が「ピーブズ、ジョージとフレッドの悪戯の効果を倍にしてやれ」と命令した。

 

 

 

 

 

ハーマイオニーとスーザンが心配そうに口を押さえて見ている。

 

「相当おもしろいね、ああ」

 

フレッドとジョージは、尋問官親衛隊に包囲され、玄関ホールに追い詰められているが、まったく恐れも動揺も感じさせない態度を貫いている。

 

フィルチが人込みを押し分けてアンブリッジに近づいてきた。

 

「校長先生、書類を持ってきました」

 

鞭を手にしているところを見ると、鞭打ちに関わる書類なのだろう。

 

蓮は、ハーマイオニーとスーザンを置いて、そっとジョージに近づいていった。

 

「そこの2人、《あたくしの学校》で悪事を働けば」

 

頭の中に《あたくしの学校》という言葉が響き、ガンガンと頭痛がしてくる。蓮は唇を噛んで、頭の中で暴れる自分をぎゅっと押し込めた。

 

「ところがどっこい。思い知らないね」

 

フレッドの声にジョージもニヤリと笑った。

 

「ジョージ、どうやら俺たちは、学生稼業を卒業しちまったな?」

「ああ、俺もずっとそんな気がしてたよ」

「俺たちの才能を世の中で試すときがきたな?」

「まったくだ」

 

2人は杖を上げて同時に唱えた。

 

「アクシオ! 箒よ、来い!」

 

持ち主目掛けて矢のように飛んできた箒に、蓮は目を瞠った。

アンブリッジの部屋の壁に太い鎖と鉄の杭で厳重に縛られていた箒だ。1ヶ月間、毎日見ていたのだからわかる。普通ならアクシオぐらいで飛んでは来ない。3フクロウと自嘲するが、やはりジョージとフレッドの魔法力と才能が豊かであることは疑いようもない。

 

「ジョージ」

 

ジョージの前にぴたりと止まった箒、その柄をジョージが掴んだ。

 

「レン。安心するんだ。ちょっと早めに卒業するだけだ。ハーマイオニーの言うことを聞いて良い子にしてろ。いいな? あの女には手を出すな。これはあいつのせいじゃない。俺たちが決めたことだ」

 

ジョージが言い終わらないうちに、フレッドが素早く箒に跨り「またお会いすることもないでしょう」とアンブリッジに言う。

 

ジョージは蓮の顔から目を離し、ぐいとアンブリッジを睨んで「ああ、連絡もくださいますな」と自分の箒に跨った。「もちろん、俺たちゃビジネスは忘れちゃいないぜ、なあ相棒!」

 

「もちろんだ。この老いぼれ婆あに我慢出来ないホグワーツ生諸君! この老いぼれ婆あを追い出したいホグワーツ生諸君! ダイアゴン横丁93番地までご連絡を! ウィーズリー・ウィザード・ウィーズが諸君を強力に支援する!」

「我々の商品をこの老いぼれ婆あを追い出すために使うと誓っていただいたホグワーツ生には、特別割引をいたします」

 

「2人を止めなさい!」とアンブリッジが金切声を上げたが、尋問官親衛隊が包囲網を縮めたときには、ジョージとフレッドは床を蹴り、5メートルの高さに飛び上がっていた。

箒にぶら下がった鉄製の杭を、無言のままそっと消すと、ジョージが蓮を振り返り、ひとつ頷いた。

その間に、フレッドがホールの反対側にひょこひょこ浮いているピーブズを見つけた。

 

「ピーブズ、俺たちに代わってあの女を手こずらせてやれよ」

 

ピーブズは鈴飾りのついた帽子をさっと脱ぎ、最敬礼をした。

 

眼下の生徒たちの喝采を浴び、ピーブズの最敬礼に送られて、ジョージとフレッドは輝かしい夕焼けの空へと吸い込まれていった。


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