サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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謎のプリンス編-1
閑話22 葬儀の日


雨のしとしとと降る、肌寒い日だった。

 

ヘイスティングス郊外の墓地には、喪服に身を包んだ参列客が集まり始めた。

 

スーザンは誰が誰だかわからないままに、悔やみの言葉に機械的に対応していたが「スーザン」と、衒いのない声をかけられてハッと顔を上げた。

 

蓮が傘もささずに立っていた。レインコート代わりの、薄手の黒いトレンチコートを着ている。隣には、さすがに黒いスーツに傘をさした母親が一緒だった。

 

「急に亡くなったからたいへんだったろ?」

「レン・・・ええ、そうね」

「マグルの警察の相手はママがやるよ」

「え・・・」

「魔法省のことは、後任が決まったらその人がやんなきゃいけないんだって。でも、マグルの警察も捜査してる事件なんでしょ? うちのママ、マグルの弁護士だからさ」

 

スーザンにちょっと微笑みかけてから、蓮の母親はスーザンの両親のところへ挨拶に行った。

 

「たぶんマグルの警察じゃわかんない事件だから、いろいろしつこくされるんだって。スーザンのパパとママだけじゃたいへんだから、マグルのほうはママがお手伝いするよ」

「レン・・・いいの?」

「わたくしはお留守番するだけだよ。ドーラお姉ちゃんとフラーが来るし、ドーラお姉ちゃんとフラーがいるともれなくリーマスとビルも来る」

 

偉大な魔女だ、と蓮は現在形で伯母のことを表現してくれた。「みんなそう言ってる。わたくしは、たぶん最後に尋問された悪い子だけど、偉大な魔女がチャンスをくれたことは忘れちゃダメなんだよ。って、リーマスが言ってた」

 

スーザンは頷いた。

蓮の足元の黒のローファーが濡れて、スーザンの視界を薄墨色に滲ませる。リーマスが誰だか知らないけれど。

 

「・・・良い子にしてる?」

「超良い子にしてるよ。来週からマナーのレッスンも受けるんだ。あと、ホグワーツ特急がキングズクロスに着いたその足で、ハーマイオニーがどっさり課題を担いで出現した。あの人、顔は可愛いのにデイパックに大量の教科書詰め込んで歩くとか平気だから困る」

 

 

 

 

 

怜は頭を振って、ボーンズ夫妻の質問に「残念ながら」と答えた。

 

「マグルの警察の捜査を中止することは出来ないということですか? しかし、姉が死んだ理由ははっきりして」

「ええ。魔法警察部隊や闇祓い局はもう結論を出しているでしょう。実行犯が誰であれ、モースモードルがありましたし、アメリアが抵抗していることからして、既に名の知れた死喰い人たちだと考えるのが自然です。ですが、そのことをマグルの警察に説明することが出来ませんの。マグルの警察は合鍵を持っている人物の捜査に執念を見せることになると思われます」

「そんな・・・合鍵などは誰も持っていません」

 

ミスタ・ボーンズに向かって怜は頷いた。

 

「姉は自宅には寝に帰るだけの生活でした。ちょっとまともな食事をしたければ、レディ、あなたと食事に行くとか、我々の家に食事に来るとか。ああ、それから高官とのパーティなどもありました。あまり私生活に重きを置く人ではありませんから・・・いや、ありませんでしたから・・・特別な施錠呪文も使ってはいませんでした。家内がたまにロンドンに出掛けた際に、少し家の中を整える程度で。それも事前に連絡すればアロホモラで入ればいいという無頓着さです」

「ええ、想像出来ますわ。アメリアにとって、愛すべきご家族のいらっしゃるこのヘイスティングスの御実家が家庭であり、あのロンドンの部屋は仮眠室のようなものだったのでしょうね」

 

ボーンズ夫妻は何度も何度も頷いたが、すぐに自分たちの立場の危うさに気づいた。

 

「・・・姉にプライバシーらしきプライバシーがないとなると、マグルの警察が疑うのは、もしかしたら我々、ですか?」

「残念ながら・・・合鍵そのものがなくても、アメリアの不在時にお部屋に出入りする実家のご家族がいらっしゃることは、もうマグルの警察も知っていることだと思われます。もちろん、魔法省から忘却術士を派遣するなどして、事態の収拾に動くとは思われますけれど、マグルのテレビニュースや新聞などで大きく報道されましたから、すぐに全てをなかったことには出来ません。それまでの間、マグルの警察から煩わしい疑惑を受ける可能性は高いでしょう」

 

わたくしにお手伝いさせていただけませんか、と怜が切り出した。「大学時代からアメリアの下で研修を積ませていただきました。残念ながら魔法省を辞職いたしましたので、省内の事後処理を行うことは出来ませんけれど、マグルの警察に関する煩わしさから、ご家族を保護することは出来ます。是非そうさせていただきたいと思っていますの」

 

ミスタ・ボーンズは小刻みに頷き「是非お願いします。マグルの警察やマスコミの騒ぎを魔法省が押さえるまでの間、代理人として対応していただくことが出来れば助かります。我々はほぼ純血であるため、マグル対応に手慣れているとは言い難い」と怜に握手を求めた。

 

「もちろんですわ。さ。参列の皆さまがご挨拶をお待ちですわね。詳しいことは今夜改めて」

 

 

 

 

 

「小さな家族になってしまった」

 

そう言って、父が母とスーザンの肩を抱いた。

 

蓮と怜は居間の隅のチェステーブルを挟んで黙っている。

埋葬後の訪問客が帰ってしまうと、ボーンズ家は沈んだ静けさに覆われた。

 

「昔は賑やかな家だったのだよ。おじいちゃんがいて、おばあちゃんがいて、アメリア姉さんがパパとエドガーがうるさくて勉強の邪魔になると怒鳴りつけ、エドガーは毎日毎日何かしらの悪戯を思いついては家族を騒がせていた」

 

何度も聞いた父の口癖だった。そんな賑やかだったボーンズ家を知らないスーザンにとっては、遠いセピア色の過去に過ぎない思い出話に過ぎなかったが、伯母が亡くなってしまった今となっては、父の寂寥の一端が理解出来る。

 

「もちろんパパは、おじいちゃん、おばあちゃん、姉さん、エドガー夫妻、皆を誇りに思っているよ。早くに亡くなってしまったことは悔やみきれないが、しかし、彼らはボーンズ家の名に恥じぬ信念に従って戦った。そのことは、スーザン、君も忘れないでいて欲しい」

 

スーザンはこっくりと頷いた。

 

「無茶や無謀な報復をしようというのではない。我々は幸せに生き長らえて、彼らの思い出や誇りを守っていこうではないか」

 

 

 

 

 

すごいね、と蓮が呟くと、母が眉を上げた。「スーザンのパパかっこいい」

 

「本当ね。素晴らしい弟さんだわ。アメリアがご家族を大切に思っていたことがよくわかる」

「・・・法執行部に入りたいんだって言ってた」

 

母が視線だけでスーザンをちらりと見た。蓮は頷いて答えた。

 

「伯母さまよりずいぶん優しげな雰囲気だけれど、芯の強いところがあるのかしら?」

「たぶん。マダムが最近、昔の裁判の話をしてくれるようになったって言ってた」

 

そう、と母は小さく頷いた。「アメリアは本当に偉大な魔女だわ。ママはとても敵わない」

 

どういう意味かわからない。

 

そのとき、ミスタ・ボーンズが母を呼んだ。入れ違いにスーザンがチェス用の椅子に座る。目を赤くして。

なんと声をかければいいかわからないので、とりあえずチェスの駒を並べてみた。

 

「やろうよ。えーと・・・そんな気になればだけど」

「伯母も強かったわ」

「うぐう・・・」

 

傷に塩を擦りこみたいわけではないのだが、こういうときにハーマイオニーがいないのは非常に不便だ。

 

そう呟くと、スーザンは小さく笑って「ハーマイオニーを冠婚葬祭のマナーブックみたいな扱いしちゃかわいそうよ」と言った。

 

「う・・・でも便利なんだ。スーザンも身近にハーマイオニーを置いて暮らしてみるとわかるよ、きっと」

「ハーマイオニーのOWL勉強計画ノートを身近に置いて暮らしていたから、その気持ちは理解できるわ」

「・・・あれを本気で使った人、初めて見た」

「使わなかったの?」

「隣の机、隣のベッドに本体がいるのに、ノートからまで『魔法史のエッセイ50センチ書いたら遊んでいいわ!』だなんて言われる必要はない。間違いなく『あらごめんなさい。50センチじゃ足りなかったわね。1メートルにしましょう』って本体が言い出すんだ」

 

スーザンが目を見開いて「噂には聞いていたけど、本当に厳しいのね」と驚いた。「ところで、レン、あなたはパイアス・シックネスって知ってる? あなたのお母さまの次に執行部の副部長になった人で、今度は部長になった人だけど」

 

「知り合いじゃないよ。ママの知り合いだろ?」

「どんな人かしら。今日、お葬式で会ったけど、なんだか」

 

言いかけてスーザンは唇を結び、頭を振った。

 

「ヘボい感じだったよね。もともとそうなのかな。わかんないや。ママは別に不思議そうにはしてなかったから、もともとそうなのかも」

「そうね・・・わたしが、法執行部長と言えば、うちの伯母みたいな人をイメージしているからかもしれない。執行部にもいろいろな人がいるんですものね」

「いろいろいる中で、かなりヘボいチームに入りそうだけどね、シックネス。シックネス。ちょっと発音間違ったら、今にもゲロしそうだ」

 

スーザンが小さく笑ってくれたので、蓮は少し安心した。

 

「ママは、ものすごく優秀な法律家というわけじゃないけど、堅実な事務官タイプだって言ってたよ。マダム・ボーンズの残した仕事を手堅く片付けてくれるんじゃないかな」

「それなら良かったわ。伯母はいつも仕事のことを気にかけていたから」

 

蓮は頷き「でも、ママは言ってたよ。ママと食事するときには、スーザンの話ばっかりだったって」と言った。

 

スーザンが目頭を押さえたので、蓮は首を傾げた。

 

「悪いこと言った?」

「・・・ち、ちがうの。うれしいのと、伯母さんがいなくなったことが、悲しくて」

「むう・・・わたくしには伯母さんがいないから、スーザンの気持ちはよくわからない。ごめんね」

「き、気にしないで。充分優しくしてくれてるわ」

「そう? だったらいいや。ハーマイオニーやパーバティは、わたくしの発想は殺伐としててちっとも優しさが足りないって言うんだ」

 

蓮が唇を尖らせると、スーザンは苦笑して「あなた自身が殺伐としてるんじゃなくて、あなたが出会う事件が殺伐としてるだけだと思うわ」と言う。

 

「何か違う話をしよう。マダム・ボーンズでも殺伐でもない話。ただし、ハグリッドのペット問題は殺伐に含まれるよ」

「アメリカはどうだった?」

「面白かったよ。イギリスとは全然違う。学生以外はローブなんか着てないんだ。機密保持法にめちゃくちゃ厳しくて、少しでも魔女っぽい怪しさは全部アウト。ローブも三角帽子も嫌いなわたくしとしては暮らしやすい。ただし、あの人たちには冗談が通じない」

「冗談が通じない?」

「うん。アメリカは、ヨーロッパやイギリスで宗教改革が起きて、その中でも強硬な人たちが新しい世界を求めてメイフラワー号で渡った大陸だ。国の成り立ちが違うから、魔法族とマグルの関係もすごくシビアなんだ。ちなみに、わたくしはネイティヴ・アメリカンの強硬派によると、邪悪な魔女ってことになるらしい」

「どうして?!」

「動物もどきだから。ネイティヴ・アメリカンの中にはそういうことを信じている人がいる。動物に変身するのは邪悪な魔女ってこと。びっくりだよ。ばあばの秘書官の人に、アメリカの動物もどきのことを聞いたらね・・・すごく真面目に聞いたんだよ? ママに見張られてたから、全然ふざけてなんかない。それに、イギリスに帰ってきたら、ハーマイオニーがいろいろ大量に質問するに決まってるだろ? だから、とりあえずわたくしに身近なことぐらいは確かめなきゃって思って。そしたら、めちゃめちゃ怖い顔されてさ『イルヴァーモーニーではそのような邪悪な魔法は教えません!』って。まるでわたくしの本体がトムくんみたいな言い方するんだ」

 

蓮は唇を尖らせた。

 

「よっぽど『うちのトムくんは動物には変身しません!』って言ってやろうかと思ったよ」

「トムくん・・・」

「トムくんは変な顔になっただけだもん」

「・・・変な顔」

 

スーザンは目尻を柔らかくして「アルジャーノンになっても勇敢なままね、レン」と言う。

 

「うん。ママが言ってた。パパはわたくしの中に生きてるって。だからわたくしは歩くジョークなんだって!」

「そう。そうなのね」

「だから、スーザンが生きてる限りマダム・ボーンズはスーザンの中にいるんだ」

 

 

 

 

 

ボーンズ氏は頭を振り「魔法省の対応が遅れがちなのはしかたありません。ルーファス・スクリムジョールに大臣が変わったばかりだ。何かとごたつくでしょうし・・・エメリーン・バンスの件も発覚したところだ。我が家が拙速にマグルの報道を押さえてくれと要求は出来ませんね」と言う。

 

怜は眉をひそめた。

 

「シックネスからは何も? いえ、実を申しますと、こうした法的なマグル対応サポートはアメリアの方針でもありましたの。法執行部からマグルの弁護士を装う人員を派遣して、ご遺族を保護するためにマグルの警察対応に当たらせるというのは、もう何年もアメリアが取り組んで確立してきたノウハウですわ。当然シックネスからも申し出や説明があるはずだと思っておりましたけれど」

「まったく何も。もう姉が・・・殺されて3日になりますが、私が樟脳くさいマグルのスーツを着てマグルの警察に自分で遺体を引き取りに行って、マグルの警察に頼んで棺を載せる車を手配してもらわねば埋葬も出来ませんでした」

「それは・・・申し訳ございません。わたくしがもっと早くに伺って対応するべきでしたわ」

 

いやいや、とボーンズ氏は慌てて頭を振る。「レディが魔法省を休職していらっしゃることは姉からさんざん聞かされております。エドガーの時もそうでしたが、騎士団・・・でしょう? そちらはそちらで大事なことをなさっておいでだ。我々がレディを煩わせるわけにはいきませんよ、本来なら。ただ・・・姉には後からたんまり叱られそうですが、我々では葬儀にこぎつけるのが限界で、密室殺人というマグルが首を傾げる事態を、魔法省の対応が完了するまでうまく切り抜けることは出来そうにない」

 

「もちろん。それは当然ですわ。わたくしにお任せください。まず、これから早速マグルの警察に代理人選任届を提出いたします。これは、ボーンズ家の皆さまを直接マグルの警察が煩わせることのないように、弁護士を通して連絡をするように要求する書面になります。また、先ほども少しお話しいたしましたけれど、合鍵の問題、留守中に訪問していた問題がありますから、事情聴取や、それよりもう少々厳しくなると取調に至ります。それに魔法省の対応が間に合えば良いのですけれど、万一に備えて弁護士の同席無しに事情聴取には応じないと主張出来ます」

 

目に見えて、ボーンズ夫妻の肩から力が抜けた。

 

「ああ、本当に助かります。我々はレディ、あなたのお名前を出して『弁護士を通してくれませんか?』と言えばいい。少なくとも当分の間は、そういうことですな?」

「そういうことです。もちろんボーンズ家の皆さまに、決定的な疑惑をかけることは出来ませんの。マグルの警察がご遺体から殺人の物的証拠を見つけ出すことが出来たとは考えにくい。あくまでもマグルから見れば、独身のマダム・ボーンズと、その弟夫妻。弟夫妻は合鍵ぐらい持っていただろうし、親族間の諍いがあってもおかしくない。そうした心証しかない状態です。マグルの警察は、こうした心証を裏付ける、あるいは覆す物的証拠を探しているはずですから、この段階で魔法省が介入すればこれ以上の御不快はございません。ただ・・・」

 

怜は言葉を探して、顎に拳を当てた。

 

「・・・わかります。パイアス・シックネスが素早く動くかどうか非常に心許ない。姉も生前、彼にはイライラしていましたし、正直、私も今日の彼を見て頼りになる男だとは思いませんでした」

「悪人ではありませんのよ。自分のデスクでコツコツ作業する範囲でなら、誠実に法を暗記して、緻密な判決文を書くことが出来ます。アメリアの指示に反発することもありませんでした。ただ、自分の頭で判断して動くとなると、途端に動きが鈍るので、対応が後手に回る傾向がありますの。スクリムジョールが彼のそういう弱点を指摘して、先に先に方針を示してくれればいいのですけれど」

「いや、いや。魔法大臣になったばかりのお忙しい人だ。法執行部長の仕事ぶりをいちいち観察は出来ますまい。大丈夫です。我々もアメリア・ボーンズの家族だ。決して騒ぎ立てずに、レディのお力をお借りして、難局に耐えてみせましょう」

 

ダンブルドアも、と怜は微笑んだ。「お心を痛めていらっしゃいます。あまりに魔法省の対応が遅いようならば、騎士団を動かしてはどうかと考えているようですけれど」

 

「いやいや! お気持ちだけで充分だ。魔法省の対応が遅いからと、職員でもない皆さまに法を冒して忘却術だなんだと剣呑な術を使わせるわけにはいきませんよ」

「そうおっしゃると思っておりましたわ。ですが、騎士団にはまだ魔法省の高官もおりますから、その人物を通じてスクリムジョールやシックネスのお尻を叩くことぐらいはお許しいただけますかしら?」

 

初めてボーンズ氏が渋い顔を見せた。

 

「ミスタ・ボーンズ?」

「いや、お気を悪くなさらないでいただきたいのだが、ルーファス・スクリムジョールは、部下の進言に耳を傾ける男でしょうかな。姉が家族にだけ語った愚痴めいた話では、かなり強引なやり方を好む男のようだ。闇の印さえ上がっていなければ、姉を殺したのはスクリムジョールではないかと疑いたくなるぐらいですよ。かなりやり合った相手でしょう?」

 

怜は苦笑した。

 

「ええ。仕方ない面もあるのです。アメリアは堅実な物証を求める判事でした。一方のスクリムジョールは、強引な取調で自白を引き出してからそれに沿った物証を提示するタイプの捜査官。いくらか恣意的になる傾向がありますの。また、そうしたタイプの違いから、スクリムジョールが大臣になることを危惧する人々も少なくありません。そうした方々は、アメリアを魔法大臣に推していました」

「は? 姉を魔法大臣に?」

「ええ。アメリアはスクリムジョールの対抗馬としてかなり有力な位置につけていました。ご存知の通り、本人があまり権力に固執しない人でしたし、どちらかと言えば、法律家であることを優先したい人でしたから、支持者も魔法大臣になって欲しいと強いることはありませんでしたけれど、スクリムジョールにとっては目の上のたんこぶのような存在だったでしょうね。ですが、この事件はスクリムジョールにとっては政治的に痛手でもあるのです。彼はアメリアに比べれば、魔法省という巨大な組織を効率的に動かす能力は不足しています。アメリア好みのやり方ではないにせよ、闇祓いとしての実績も挙げていますから、こうした危機的状況に際して望まれるリーダーではあるのですけれど、魔法省の多岐に渡る業務に目を光らせることは難しいでしょうね。彼の本心では、自分が魔法大臣になっても、細かいことにはアメリアを副大臣にして目を光らせてもらいたいぐらいだったと思うのです。シックネスではそういう面でアメリアに取って代わることは出来ないでしょう」

 

逆に言えば、と怜は話を戻した。「アメリアの事件の収拾を手早くつけたいのは、スクリムジョールもわたくしたちと同じ立場ですわ」

 

 

 

 

 

怜と蓮がマグルの車でロンドンまでの長距離のドライブをして帰ると聞いて、両親は是非とも泊まってもらいたいと申し出たのだが、代理人選任届とかいう書類を一刻も早く提出する必要があるので、と辞去してしまった。

 

「お義姉さまは、レディを手放したくなかったでしょうね」

「うむ。だから辞表は受理せず休職扱いにしたとブツブツ言ってたじゃないか」

「こうなった以上、復職なさっても良いと思うわ」

 

母の言葉に父は厳しい表情で首を振った。

 

「魔法省と不死鳥の騎士団は、今この時になっても一枚岩ではないよ。レディは悪くはおっしゃらなかったが、スクリムジョールを支持しているともおっしゃってはいない。むしろ、姉さんを支持する層があったとおっしゃった。騎士団としては姉さんを魔法大臣にしたかったのではないかと思う」

 

スーザンは目を丸くした。

 

「伯母さまを?」

「うむ。スーザン、君も魔法省に就職するつもりなら、政治的なセンスを磨く必要があるね。レディのお話は非常に示唆的だった。スクリムジョールの目を盗んで、死喰い人が魔法省の高官たちを服従させていくことになるだろうよ。そのために一番邪魔だったのが姉さんだったのだろう」

「ええ?」

「姉さんは、魔法省で長年高官でいたから、各部の部長クラスとの社交も頻繁だし、服従の呪文にかけられた被疑者を見慣れている。目を光らせることが出来るというのはそういう意味だ。姉さんの目と鼻の先で、次々と魔法省の高官たちを服従の呪文にかけていくことは出来まい。また、そうしたとしても、姉さんなら素早く魔法省からそうした高官たちを排除出来たはずだ。アメリア・ボーンズを殺したことは、いわば開戦の狼煙だと私は思う。レディは今の魔法省に戻るべき人材ではない。姉さんならきっとそう言っただろうね。レディが魔法省に残っていたら、姉さんの次に殺されるのはレディ・ウィンストンだっただろう」

 

父の言葉がスーザンの胸に重たく沈んでいった。


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