えー? と蓮が顔をしかめた。「ちゃんとベストを着るならパンツスーツでいいって言ったじゃない」
母は困ったように蓮の前髪を撫で上げて「もし陛下がそうお望みなら魔女の正装をしていく必要があるの。平服で構わないとはおっしゃってくださったけれど、もしかしたらそれは魔女の正装を指してのことかもしれないでしょう? 今はバルモラル城においでだから、バッキンガムにお戻りになる9月にママが改めて打ち合わせに行くわ。そのときにはっきりすることになるわね。いずれにしてもサマーホリディのうちに採寸してドレスローブを作っておくに越したことはないの。いずれ必要になるのよ。わかってる? 少なくとも来年の夏には着なきゃいけないわ。フラーの結婚式に出席しなきゃ」と宥めた。
蓮は膨れ面で「ビルはリングボーイをやってくれるならホワイトタイのドレスローブで来てもいいって言ったもん」と抵抗したが、母から「来年の結婚式にはあなたはウィンストン女伯として出席するの。リングボーイをやっている場合ではありません。5フィート9インチのリングボーイだなんて見たこともないわ」ときっぱり言われた。
「わたくし、前例になる自信はあります!」
「そんな前例は必要ありません」
それから、と母が「ハーマイオニーの今週の予定を確かめておいてちょうだいね。謁見の付き添いをお願いするのだから、彼女の新しいスーツとドレスローブはうちから贈らせていただくわ。採寸には一緒にダイアゴン横丁に行きましょう」と微笑んだ。
「ダイアゴン横丁? 行っていいの?」
「サマーホリディの大半をお利口にしていてくれたもの。少しは外出も必要よね」
「だったら、ジョージたちのお店にも行きたい!」
母はしばらく考え、仕方ないというように苦笑した。「ただし、あんまりにも大繁盛していて、警備が難しいようなら、ご挨拶だけして帰るわよ? マダム・マルキンには申し訳ないけれど、今回のドレスローブはトウィルフット・アンド・タッティングにお願いすることにしたぐらいですもの」
「どうして?」
「もう教科書のリストが届いているから、マダム・マルキンのお店は制服の採寸で混み合うでしょう? 採寸のように無防備になる機会が、ホグワーツの生徒や保護者で混み合っているのは避けたいわ。ところであなた、NEWTクラスはどの教科を履修するか決めたの? 教科書だけはドーラに頼んで買って来てもらうわ。フローリシュ・アンド・ブロッツは間違いなく大混雑の時期ですからね」
「そうなの?」
母は思案げに「少し時期をずらしてはみたけれど、やっぱりみんなオリバンダーの店で杖を買いたいみたいでね。例年より出足が遅れているから、大混雑は間違いないわ」と言った。
「じいじはグレゴロビッチが最高だって言うよ」
「杖を買いにブルガリアまで行く人はいません。他にも杖メーカーはあるけれど、子供に与える最初の杖はオリバンダーに限るという保護者は少なくないわ。争った形跡がないから、ヴォルデモート勢力に連れ去られたわけではないと期待をかけて、ギリギリまで待っていたのでしょうね」
「オリバンダーさんをトムくんが拉致してどうするの?」
「杖を持たせなければならない配下がいるでしょう。それから、リトル・ハングルトンでは、ハリーの杖との間で不思議な作用が起きたことはヴォルデモート自身もわかっているはずだから、そうした事柄について尋ねるなら杖作りに尋ねるのが一番だもの」
そう説明する母が微かに不安げな顔を見せた。
「ママ? オリバンダーさんのこと心配?」
「え、ええ、もちろん。ただ・・・オリバンダーがどの程度秘密を守る人か確かめておくべきだったなと思って」
あなたの杖のことよ、と諦めたように母が呟いた。「オリバンダーはレイブンクローの卒業生だけれど・・・ちょっとこう・・・専門分野に関してレイブンクローは信用ならないところがあってね」
「変人が多い」
「・・・そうとも言うわね。それだけ研究成果も上げるけれど、自分の研究のためなら悪魔に魂を売りかねないほどの人も、中には・・・いないわけではないというか」
「なんとなくわかる」
蓮は真顔でこっくりと頷いた。
「オリバンダーさんは、杖と持ち主の組み合わせに興味津々だもんね」
「そうなの。だからこそ良い杖作りなのだとは思うわ。杖だけに過剰な力を持たせる方向ではなく、どんな魔法使いが持てばその杖が万全の力を発揮するかをイメージしながら杖を作るタイプよ。でも、杖作りがぺヴェレル家の紋章のついた杖の存在を忘れているはずがないから、あなたのその杖がどんな魔法をやり遂げることが出来るかについて、彼はいつも気にしているはずよ」
「そういうわけにはいきませんわ」
怜の申し出に母は慌てた。しかし、怜も引き下がらない。
「うちの子がまだ頼りないから付き添いをお願いするのですもの。支度はわたくしどもの方で負担させてくださいませ。それに、これからもこうした機会が増えれば、やはりハーマイオニーに付き添いをお願いする可能性が高いのですから」
母は途方に暮れたようにハーマイオニーを振り返った。
「ママ、レディに素直にお願いしましょうよ。バッキンガムに相応しい服装だなんて、グレンジャー家じゃ皆目わからないんだし」
「それはそうだけど・・・レディ、やっぱり費用は請求してくださいません? わたくしどもではハーマイオニーに必要な衣装がわかりませんから、見立てはお願いいたしますけれど、そう何もかも御負担いただくわけには」
怜は苦笑して「ではこういたしましょう」と指を立てた。「魔法界では、17歳が成人の年です。グレンジャーご夫妻はマグルでいらっしゃいますから、来年18歳の誕生日に成人の贈り物をなさるおつもりでしたでしょう? わたくしが魔女としてのハーマイオニーの成人の贈り物をいたしますわ。ゴッドマザーとして」
母はぽかんと口を開けた。
「魔法使いには成人の贈り物は時計が多いのですけれど、魔女には正装のドレスローブを贈ることが一般的です。ドレスローブは成人の贈り物として、マグルのスーツは謁見に必要なものとして、わたくしが用意いたします」
「そ、そんな・・・金庫もいただくことになるのに」
「金庫とおっしゃっても、中身はご夫妻がハーマイオニーのために用意していらっしゃるお金ですもの。わたくしは何も負担しておりませんわ」
からりと笑って、怜は「ゴッドマザーとしての贈り物ですもの。受け取っていただきたいわ」と言った。
「ママ」
「ハーマイオニー?」
「ありがたくお受けしましょう? それにパパとママからも、レンに成人の贈り物をしなくちゃいけないんだから、そっちを心配したら? レンは魔女のお母さまがちゃんといらっしゃるから、ドレスローブを贈る必要はないけど、ゴッドマザーとゴッドファーザーとしては何も無しというわけにはいかないでしょ?」
怜は苦笑して「それは聞かなかったことにするわ。とにかくハーマイオニー、明日はトンクスが迎えに来てくれるから、10時までにうちに来てくれるかしら」と言って帰って行った。
母は溜息をつき「申し訳ないわね」とソファに気怠そうに腰を下ろした。
ハーマイオニーは肩を竦めて「レンがああいう状態でなければ付き添いは要らないのに、迷惑をかけると思っていらっしゃるのよ。あまり遠慮したら逆にお気の毒だわ」と言った。
「魔女の成人の贈り物はドレスローブなんでしょう? でもそれは御自分で用意なさるみたいだから、うちからは何を贈ればいいと思う?」
「・・・パパにも相談してみたら?」
ハーマイオニーの父は仕事から帰ってきて、事の次第を聞くと軽く頷いた。
「成人した女の子にはドレスローブ、男の子には時計なんだね?」
そう確かめるので、ハーマイオニーは頷いて「そうみたい」と答えた。「でもパパ、ドレスローブは今回一緒に作るから、レディがレンに贈ることになると思うわ」
「そうだろうね。パパに考えがある。任せなさい」
「あなた。どうせ時計だと考えているのでしょうけど、魔法使いの時計なんて手に入らないわよ?」
ハーマイオニーは母の言葉に頷いた。
「ロンの家にある時計は魔法の時計だけど、家族の安否がわかるの。きっと普通はそんな風にいろいろな魔法の機能がついているんだと思うわ。それにデジタルな時計だと魔力で狂ってしまうから、マグルの時計じゃちょっと」
問題ない、と父は断言した。「魔力で狂うのは、新型の時計じゃないか。ネジや歯車が美しく機能する時計なら、魔力で狂うこともないし、止まることもない。クラシックな構造の最高の時計をプレゼントするよ」
「時計は男の子の」
「いいんだ。パパとコンラッドの暗号がある。パパがレンをプリンセスじゃなく王子として扱ってもコンラッドは絶対に怒らない」
ハーマイオニーは首を傾げたが、父は面白そうにニヤニヤ笑うばかりだった。
「レンには魔法界にもゴッドファーザーとゴッドマザーがいらっしゃるでしょう、ハーマイオニー。そちらの贈り物と一緒にならないかしら?」
母が心配そうに言うが、ハーマイオニーは首を振った。
「いらっしゃるけど、その心配はないと思うわ」
「一応相談してみてくれない?」
「ママ・・・あのね、レンの魔法界のゴッドファーザーとゴッドマザーは、その・・・勇敢な捜査員だったけど、ヴォードゥモールの配下にひどい拷問を受けて、長い間、意識不明の状態だったの。今は少しは回復なさったみたいだけど、誰かに成人の贈り物をするなんてことは無理だと思うわ」
父はそれを聞いて眉をひそめた。
「いったいどんな拷問なんだ、そんな状態になるなんて」
「禁じられた呪文というのがあってね。それで」
「禁じられた呪文は死の呪文以外にもあるのかい?」
「ええ。磔の呪文っていう、苦痛を与える呪文があるわ。それを繰り返しかけられたの。幸い命を奪われる前に救出されたけど、精神状態が正常を保てなくなったみたい」
母は心配そうに表情を曇らせ、父は「なるほど」と頷いた。
「パパ?」
「つまり我々は、魔法界のゴッドファーザーとゴッドマザーの分までレンの成人を祝ってあげなければならないようだね」
「パパ、そんなことは」
「あるよ。魔法界ではゴッドファーザーとゴッドマザーがゴッドチャイルドを守ることが出来ると聞いた。パパとママは魔法は使えないが、祈りを込めることは出来る。そのお2人の分まで」
「それは構わないけど、ハーマイオニー、あなたそんなことがまかり通る魔法界で本当にやっていけるの?」
ママ、とハーマイオニーは焦れたように言った。「もうその話は何度もしたじゃない。まかり通らない社会を作りたいから、魔法省に入りたいの」
父は頭を振り、母に「心配は尽きないが、ハーマイオニーの選択を尊重すると決めただろう」と言った。「それに、ハーマイオニーの友人はレンやハリー・ポッターだよ。いまさらマグル社会に戻ったからといって、安穏としていられるわけでもない。邪悪な魔法使いがいまさらハーマイオニーを見逃すと思うかい? ましてハーマイオニーに友人の危難を見捨てて自分だけ安全地帯に行くことが出来るとでも? 我々はそういう娘を育てたかな?」
淡々とした父の言い分に母は苦笑した。
「そうね。確かに。でもハーマイオニー、約束してちょうだい」
「何を?」
「邪悪な魔法使いに負けないぐらい優秀な魔女になるって。ただ魔法界にいるのではなくて、魔法界から望まれるほど優秀な魔女になるのよ」
すごいハードルね、とハーマイオニーは肩を竦めた。
「パパもそれには同感だ。君にはマグル社会で生きていく道がある。それでも魔法界を選ぶのなら、選ぶだけの意義のある生き方をして欲しいね」
すっげ、と蓮は巻尺で身体中のサイズを測られながら、ハーマイオニーの両親の言い分に短く口笛を吹いた。
「レン、お行儀よく」
「・・・スゴイわね、あなたのご両親」
「何が?」
「基準が厳しいワ」
「そうなのよ・・・マグル社会で生きていくより意義のある生き方をするべきだ、なんて。ぐうの音も出ないようなこと言うんだから」
その時、慌ただしい足音が聞こえてきて、生地について店主と相談していた怜と、採寸に付き合っていたトンクスが杖を握って立ち上がった気配がした。
ハーマイオニーは蓮と顔を見合わせ、衝立に隠れて様子を窺う。
「・・・ミセス・マルフォイ?」
トンクスの声が聞こえる。
「杖を下ろしてくださらないかしら。わたくし、ここに息子が来ていないかと」
「・・・もう6年生にもなるっていうのに、お宅のご子息はお母上とはぐれて迷子になるとでも?」
「違います! わたくしと一緒に買い物に行くことを嫌がる年頃なのはわかっていますけれど、なにしろ物騒な時期ですもの」
ハーマイオニーは蓮を見上げた。
「マルフォイが母上を撒いて、何か企んでるんだ」
囁き声で蓮が答えた。
「物騒な時期、まったく同感よ。ここにお宅の御子息はいないわ。奥にいるのはわたくしの娘たち。16歳の死喰い人の息子を探すなら、ノクターン横丁あたりが妥当じゃないかしら。御母上を撒いてドレスローブの採寸なんかに来ないでしょう」
たしかに、とハーマイオニーは小さく肩を竦めた。蓮は眉をひそめ「ママ?」と首を傾げている。
「なに?」
ミセス・マルフォイを店の外に出した怜が振り返ると、蓮は「マルフォイの息子が死喰い人になったの?」と尋ねた。
「・・・おそらく、そうでしょう」
「そんなはずは・・・マルフォイはそこまでアレじゃないと思う。少しはまともなんだよ。パパの言うことを鵜呑みにしてるだけだ」
「そうね。ママもそう思いたいわ。16歳の少年が喜びと共に死喰い人に名乗りをあげるとは思いたくない。でも、父親が収監されてしまった今、母親を守る必要があると考える程度にまともで、責任感のある少年なら、死喰い人に名乗り出てトムくんに恭順する以外の手段があるかしら? あなたやハリーと違って、マルフォイ少年の家にはトムくんが居座っているのよ?」
ハーマイオニーは苦い気持ちを飲み込んだ。「マルフォイ家は昔からトムくんに巻き込まれてきた」と表現した蓮のかつての言葉が思い返された。
「ウィンストン家の当主としてあなたには、マルフォイ家を含むイングランドの魔法族に責任がある。同時にフラメル家の相続人たる菊池家の当主としてのあなたも、マルフォイ家に命の水を売った道義的責任を感じるべきね」
ふんす、と鼻息を吐いた蓮が「わたくしの先祖はみんな傍迷惑な人ばっかりだ」とボヤいた。
大繁盛してはいたが、先に連絡を受けていたフレッドとジョージがバックヤードの一室を用意しておいてくれた。
「レンとハーマイオニーはここで良い子にしてろ。ロンたちが何か面白いものを見つけたら持って来てくれるさ」
「ハリーは店内観覧ご自由なのに不公平だ」
レンは椅子をギイっと後ろに倒し、テーブルに脚を載せて膨れた。すかさずハーマイオニーから太腿を叩かれる。
「お行儀!」
「へーい」
「・・・ところで、マルフォイは何をしにお母様を撒いたのだと思う?」
「知るもんか。行き先はどうせノクターン横丁だろ。や、待てよ? オリバンダーの店に裏から入れば、杖は盗み放題だね」
「本人を拉致しておいて、作り置きの杖なんか盗む必要はないでしょう」
「そうだね。んー。まあ、ノクターン横丁は間違いないと思うよ。でも目的は何かなあ。闇の魔法道具を下取りに出すのは、父親がよくやってたらしいけど、そういう経済的な遣り繰りなら、息子より母親がやるだろうし」
「経済的な遣り繰り、って。財産家なんじゃないの?」
「前回の魔法戦争で、マルフォイの父親は死喰い人だった。でも魔法省やホグワーツの理事会で幅を利かせてたからには、相当な金をばら撒いたはず。息子がホグワーツに入学して、クィディッチ選手になりたいと言えば、ニンバス2001をチーム全員分寄贈する、そういうやり方をする一族だからね。いくら財産家でも決して底無しってわけじゃないよ。魔法族はマグルと違って不動産収入を持たない。先祖代々の土地が、マグル社会にきちんと登記されてるのは、たぶんうちとインヴァネスのロス家だけだと思う。ほら、シリウスの家を考えてごらん? 見えないんだよ?」
ハーマイオニーは小さく笑ってしまった。
「そういえばそうね。それに純血を誇るぐらいだから、株式投資でひと財産を築くことも出来ないし、マグルマネーを知らないから為替相場を利用して不労所得を積み上げることも無理、と」
「そ。トムくん出現前のマルフォイ家は、ウィゼンガモットに席を持っている人がいたり、社会的地位がちょこちょこ舞い込んできたから、財産が目減りしていくことはさほど致命的じゃなかった。取り返しがつく。でも、死喰い人として名高くなってからはね・・・真正面から公職に就くのは無理だ。よって、ジリ貧。先祖代々の品々の切り売りでもひと財産にはなったから、まだわたくしたちの目に見えて来ないだけで、実際の内情は火の車だね。それでも我らがコガネムシによると、今はひと息ついてるはずだよ。レストレンジの脱獄以来ね。マルフォイ家の金庫が寂しくなってても、トムくんやその配下の滞在にかかる費用はレストレンジ家から出てるみたいだ。マルフォイの母親は、ベラトリクスの妹だから」
ハーマイオニーは頷いて「レディは死喰い人になった可能性が高いとおっしゃっていたけれど、あなたはどう思う?」と尋ねた。
「どうって?」
「わたしたちはほら、この1年間グリモールドプレイスの騎士団本部に出入りしていたけれど、肝心なところは何も教えてもらえなかったの。ハリーがイライラするぐらい、未成年はここから先はNGっていう線引きが厳しかったわ。だから、16歳になったばかりのマルフォイが死喰い人として正式にカウントされるのに違和感がある」
「その観点だけなら、わたくしは特に違和感は感じないな。トムくんが、未成年魔法使いの教育に配慮するタイプだとは思えないから。ただ・・・マルフォイが進んで立候補したかと考えると、首を傾げたくはなる。ネビルがマルフォイを殴った時に、リーがちょっと口にしたんだけど、ハードルの高さが違う、って。ホグワーツの構内で小競り合いをしたり、ウィーズリー家を嘲笑したりっていうのは想定範囲内のことだけど、死喰い人って、その名の通り、他人の生死に関与するでしょ。『ウィーズリーは我が王者』を歌うのとアバダケダブラじゃあ、ハードルはうんと違うよ」
そうよね、とハーマイオニーはやはり頷いた。「やっぱりレディのおっしゃるように、父親の失態のツケがマルフォイに回ってきたような気がするわ」
「失態?」
「神秘部の戦いのことよ。あの時、死喰い人を指揮していたのはマルフォイの父親なの。死喰い人たちは、結局は予言を2つとも手に入れられなかったし、トムくんはそのことにすごく腹を立てたわ。あの怒りがマルフォイに向いたとしたら・・・何を指示されたと思う?」
「・・・誰かはわからないけど、要人を殺すか拉致するか、拷問するか、そんなところじゃない?」
いくらマルフォイでも同級生がそんな深みに嵌っていると考えると、ハーマイオニーの中には暗澹たる気持ちが広がった。
「ああもう、こんなこと考えるのも嫌になるわ」
「そうだね。いい気味だなんて言う気分にはなれそうにない」
パタパタっと外で足音がして、ハリーとロンが駆け込んできた。
「マルフォイの行き先がわかったぜ。ボージンアンドバークスだ」
「何をしに行ったからわからないけど、特に荷物を持ってはいなかったから、何か闇の品物を買いに行ったのかもしれないな。売りに行ったわけじゃないと思う」
わざわざ見に行ったの? とハーマイオニーは俯いてこめかみを押さえた。
「出て来る時には何も持ってなかったの?」
「そこまでは見られなかったんだ。ボージンアンドバークスの店主が物音を聞き取ったみたいで、周りを警戒してから、店のブラインドを全部下ろしてしまった。あの警戒ぶりじゃ、何を買ったにせよ、僕らが観察できる形では出て来ないだろうから、引き上げてきたんだ」
「でも後ろ暗いことには間違いないぜ、あの様子は」
だろうね、とレンは頷いた。
「ボージンアンドバークスに行ってみるかい? 客のフリしてさ」
ロンの提案に蓮がひらひらと手を振った。
「わたくしは無理。アレルギーで死んじゃう」
「そんな大袈裟な。ちょっと気味の悪い闇の魔法道具があるだけだよ」
「本当なのよ、ロン。レンは呪詛返しの魔女の一族だから、魔力的に清浄な空間で育ったの。ディメンターが学校を警備していた時だって魔法睡眠薬を使わなきゃ暮らせなかったぐらい。闇の魔法道具屋に立ち入り調査はちょっと無理だと思うわ」
ハリーが「抗ヒスタミン剤か何かないの? 闇祓いになるなら、ああいう店やマルフォイ家の地下室に立ち入り捜査に入ることだってあるだろ。克服したほうがいい」と蓮の肩を叩く。
「あれ、言ってなかったっけ? わたくしは闇祓いにはなるつもりないんだけど」
「マジかよ? ウィンストン家の王子たちは闇祓いになるのが伝統じゃないか」
「でもならないもん。それにさあ・・・わたくしが闇祓いになっても捜査畑には配属されないと思うよ。ウィンストン家の伝統と日本の菊池家の伝統をぴったり重ね合わせる闇祓いの仕事があるにはあるけど・・・ウェンディ孝行するぐらいの意味しかない」
ハーマイオニーは小さく吹き出した。
「ケンジントン宮殿勤務ね?」
「うん。気の毒なダイアナの護衛官なら、ウェンディは喜ぶだろうけど・・・そのウェンディがチャールズの皿にトリカブト粉末をまぶしに来そうだから却下」
「じゃあ何を目指すんだい? マクゴナガルの面接で、アウトラインは相談済みだろ?」
「闇の魔術に対する防衛術の教師になるつもり。ポストに空きが出来たらね」
ひゅう、とハリーとロンが口笛を吹いた。
「それはいいな。よく似合ってるよ」
「呪われた学科もこれでおしまいだな」
「まだしばらくかかるよ。大学に行くつもりだしね。場合によっては、防衛術の前に変身術を教える人間が足りないって騒ぎそうな人もいるし」
「変身術はマクゴナガルの牙城じゃないか」
「そのマクゴナガルは、わたくしたちのおばあちゃんっていう年齢なんだよ。引退するっていつ言い出すかわかんないだろ」
「たとえそうだとしても当分は死にやしないさ」
ロンが呑気に笑ったが、ハーマイオニーはそんな気にはなれなかった。
「・・・ダンブルドアは、だったらおいくつなのかしら。なんだか、すごく怖くなってきたわ」
ハリーが憂鬱そうに頷いた。
「ハリー?」
「うん・・・ロンとハーマイオニーには話したけどさ、僕、この夏にダンブルドアと付き添い姿現しで移動したんだ。その時に、杖腕には掴まらないでくれ、って。少し袖から覗いてた限りじゃ、右手が黒く変色してた。ダンブルドアって、ほら、ああいう人だからさ、具体的にいろいろ愚痴ったりはしないからよくわからないけど、いくらか歳を取り過ぎてるってのは、確かなんだよな」
「たしか150歳ぐらいだったかな」
ハーマイオニーは深刻な話に水を差した蓮の太腿をパチンと叩いた。
ロンとハーマイオニーが店内に出て行くと、蓮はハリーに向かって肩を竦めた。
「ダンブルドアは年寄り。それは確かだよ、ハリー」
「ああ。ハーマイオニーが怖くなったって言う気持ち、僕も感じる。神秘部の戦いの直後にさ、魔法省のアトリウムにヴォルデモートが現れて、君のおばあちゃんや君のママと立ち合った。その時に、僕、ハーマイオニーの指示で、開心術を逆手にとって、嘘のイメージを流したんだ。ハーマイオニーは迷わず、予言を盗んだのはダンブルドアだという設定にしたし、シリウスやリーマスもすぐに調子を合わせて、さすがダンブルドアだな、って。みんなしてダンブルドアに押しつけたんだ。僕ら、ダンブルドアのことを心から信頼はしてる。でも、なんでもかんでも頼り過ぎてるって思うこともある」
「ダンブルドアに責任を押し付けるのが愚策ってわけじゃないよ。押し付けておけばいい。ダンブルドア自身がそうなるようにコントロールしてきたんだから。でも、そう長くはもう続けられない」
「君はいずれ校長になる、そうなんだろ? ダンブルドアの代わりに」
蓮は首を振った。
「レン?」
「ダンブルドアの代わりに何もかも背負いこむつもりは、わたくしにはない。校長にはなるつもり。良い校長に。でも、ダンブルドアにはならないよ。トムくんは闇の魔法使いだから叩きのめして二度と復活出来ないように。でもダンブルドアは正義の魔法使いだから、ダンブルドア的な存在は繰り返し繰り返し現れなきゃ困る? それはいくらなんでもあんまり都合の良い考えに過ぎると思わない?」
「ああ、いや、ごめん。言い方が悪かったな。そうだなあ・・・騎士団の大人たちを見てるとさ、ダンブルドアを深く信頼していて、だからこそダンブルドアの指示を深く考えずに実行に移すんだ。それは、確かに思考停止してるとか、自分の頭を使ってないとか、そう批判出来そうなぐらいなんだけど・・・逆にね、こういう、危急存亡の時代に、ああでもないこうでもないって、みんなが自分の思い込みや偏見を持ち寄ってディスカッションしてる場合じゃないだろ、やっぱり」
「うん」
「丸投げって怒らないで欲しいんだけど、そんな時代が先々またやってくるとしたら、僕は君とハーマイオニーの指示で働きたくなる。神秘部に向かう時にはハーマイオニーに丸投げ過ぎるって怒られたけどさ」
蓮は、ハーマイオニーの目がなくなったのを良いことに、また脚をテーブルの上に載せて、ギコギコと椅子を揺らした。
「ハリーは、わたくしを信頼する?」
「全面的に」
「わたくしが死ねと命じたら?」
「死ぬよ」
「・・・なんでそんなこと言うの?」
「今まで何回君に命を助けられたと思ってるんだ。君が安易な考えで僕を生死の不確かな舞台に押し上げるような人間じゃないことぐらいわかってる。その君が、他に方法がないと判断したなら、遠慮せずに命令しろよ。僕は、作戦を細々と考えるのは苦手だけど、肝心なところで芋引くような腰抜けじゃない。それは君だってわかってるだろ」
わかってるよ、と蓮は呟いた。
「レン、コレを見てくれ」
ハリーは自分の額の傷を指差した。
「仮に君が僕が死ぬしかないって結論を出すとしたら、たぶんコレが原因だ。違う?」
「・・・違わない。ソレをどうすればいいか、まだ考えがまとまらないんだ」
「僕をコレから解放すると考えてくれないか? もちろん自殺願望なんかないよ。なるべくなら長生きしたいな。シリウスと家族になって、誰かと結婚して、シリウスにも僕にも、もっとたくさんの家族が欲しい。でも、コレに悩まされながらかい? それは御免だ」
蓮は頷いた。
「抜本的な対策が必要だ」