サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第2章 弱点

レン・エリザベス・キクチ・ウィンストンは以下の成績を収めた

 

天文学 良 E

薬草学 優 O

魔法生物飼育学 優 O

魔法史 良 E

呪文学 優 O

魔法薬学 優 O

闇の魔術に対する防衛術 優 O

変身術 優 O

古代ルーン文字学 優 O

 

「・・・よく、頑張ったわね」

 

母が引きつった微笑を浮かべた。

 

「不満そうだね、ママ」

「不満というより、驚き過ぎているの・・・アルジャーノンだった時期の試験だから、再試験を覚悟していたのに」

「OWLに追試はないでしょ?」

「追試じゃなくて再試験。真実薬の後遺症で本来の能力が発揮出来なかったことが公式に認められれば、来年もう一度受けることも可能だったのだけれど・・・どうする? 再試験の申請、する?」

「ぜ、っ、た、い、に、い、や、だ」

 

力を込めて蓮は主張した。

 

「でもほら、これだけの成績なのに、天文学と魔法史が少し残念じゃない?」

「期待以上だよ?! どこまで完璧主義なの?!」

「・・・あなたがこれでいいなら・・・ママは構わないけれど」

「いい、充分、わたくしの中ではパーフェクト」

 

 

 

 

 

「わたしも惜しいと思うわよ?」

 

ホグワーツ特急の中でハーマイオニーが母と同じように複雑な顔をした。

 

「もうやだ、この人たち。優が7個、良が2個って充分に期待以上の成績じゃないか。全部優にする必要なんかないよ」

 

まったく同感だ、とハリーもロンも力を込めて同意してくれた。

 

ハーマイオニーは甲斐甲斐しく蓮のネクタイやローブを整えている。

 

「だってあの頃の状態でこの成績なら、きちんと回復したら全部優に出来るってことでしょう? やっぱり惜しいわよ」

「それはない。アンブリッジがいなけりゃ天文学は優になったかもしれないけどね。アンブリッジがハグリッドとミネルヴァにあんなことしたから、最後にとっておいた星をいくつかなかったことにしたんだし。でもわたくしの魔法史が良なのは、いついかなる時においても期待以上の結果だ」

「はいはい。あなたが構わないのなら、もちろん私は口出しなんかしないわ。はい出来た。いいわね? ここからは謁見の予行演習だと思って。招待の時間まであと10分あるわ。でも、今この時から演習開始よ」

 

蓮はハーマイオニーに向かって、油断のない微笑を向けた。

 

「ありがとう、ハーマイオニー。ネクタイの歪みはなかなか自分で気づかないから助かったわ」

「どういたしまして」

「失礼、ロン、もう少しシートのスペースを詰めていただける? ありがとう。あらジニー、その招待状、あなたにも届いたのね? 良かったわ、ひとりで行くより心強いもの」

 

ハリーとロンがパチパチと瞬きした。

 

「うちのアルジャーノンはやれば出来る子なの。ただし、長持ちしないから、ハリー、怪しくなったら連れ出してきてくれる?」

「バロメーターか何かないのかい? アルジャーノンに慣れちゃって、今すでに怪しく見えて仕方ないんだけど」

 

ハーマイオニーは「それならわかりやすいから大丈夫」と請け合った。「今、蓮は比較的満遍なくコンパートメント内のメンバーに声をかけたでしょう? あれも大事な社交マナーのひとつなの。特定の人とだけ話し込むのは失礼になるから。でもネタが尽きてくるか、疲れてくるかすると、ボロが出ないようにイエスかノーの返事しかしなくなるわ。それがバロメーターよ」

 

「・・・ハーマイオニー、今すでに口数が少ないんだけど」

「最初の満遍ない挨拶だけで、早速かぶってた猫が剥がれかけてんじゃないだろうな?」

 

額を押さえてハーマイオニーはゆっくり頭を振った。前途多難だ。

 

 

 

 

 

「うまくハーマイオニーを売り込むチャンスがあればいいんだけど」

 

コンパートメントCに向かいながら蓮は言った。その後ろでネビルが「それはいいね。ばあちゃんが言ってたけど、無能な純血より、有能なマグル生まれを評価する人らしい。僕はアウトだと思うけど、ハーマイオニーにはぴったりだよ。僕はスラグ・クラブって柄じゃないってばあちゃんは言ってた」

 

「今どれぐらい影響力を維持してるかはわかんないけど、無駄にはならないだろ」

「ならないと思うけど、レン、ゴリ押しする意味はあんまりないと思うよ。ここ数ヶ月、あちこちを転々と移動しながら死喰い人たちから逃げてた節があって、ご自慢の教え子たちとの連絡は途絶えがちみたいだ」

「そっかあ。じゃ、ホグワーツ城に舞い戻ったからにはまた社交に力を入れ始めるんじゃないかな」

「ああ。この招待なんか特にね。始業式で正式に紹介される前から、ホグワーツ特急でランチミーティングなんて何考えてるんだか」

「こういうのがあまり好きじゃないのはわかるけどハリー、魔法省に入ることを考えてるなら、少しは慣れておいたほうがいい。ナイフとフォークは外側から順に使いなよ」

「・・・シリウスとクリーチャーからさんざんテーブルマナーは叩き込まれたよ」

「ハリー、君、三大魔法学校対抗試合の時もクリスマス・パーティ用にレッスンしてたと思うけど?」

「ネビル、あの時の僕は正直、何をどう食べたかさえ覚えてないんだ。付け焼き刃もいいとこさ。その夜のうちに全部忘れた」

 

頼りになる6年生ね、とジニーが溜息をついた。

 

「ごめんね、ジニー。5年生の君にストレスをかけるのは不本意だけど、僕とハリーと、今のレンの組み合わせは悲劇的な結果を招きかねないから、よろしく頼むよ」

 

 

 

 

 

まったく悲劇的だ、と蓮は内心思いながら、微笑と共にノグテイル狩でスクリムジョールと知己を得たという、コーマック・マクラーゲンの話に耳を傾けているフリをしていた。

 

「そうそう。狩といえば、ウィリアムだ。ウィリアム・ウォレン・ウィンストン。そうだね?」

「祖父をご存知でしたの? 確かに祖父は狩を楽しみますけれど、スクリムジョール大臣とご一緒したというお話は残念ながら。今はアメリカにいますから、これからも難しいでしょうね」

「ウィリアムの場合は、貴族としての嗜みから逸脱することはないからね。ウサギやキツネを追って馬で駆けるのが好きなだけで、獲物にはあまり興味がないと言っていた。だが、君、魔法生物の狩もなかなか面白いものだよ」

「そうですね。女鞍を使うように言われなければ、わたくしも楽しみたいところですけれど、11歳になってからはレディとして女鞍を使うように言われてしまって。箒には跨っても構わないのに馬に跨ってはいけないだなんて、時代遅れなことを言うものですから、祖父の狩には付き合ってあげないことにしています」

 

こいつはいい、とスラグホーンが太鼓腹を揺すって笑った。「私もあの女鞍という恐ろしい代物だけでも淑女を心から尊敬するね。よくあれで落ちないものだ」

 

「落ちない程度にしか駆けてはいけませんの。それでは狩のダイナミックな楽しみが台無しになりますでしょう?」

「まったくだ。私が若い時分にはゴドリックの谷での狩猟大会が楽しみでね。マグルに紛れて楽しんだものだ。犬の声に蹄の響き。川渡りの勇壮さ。今でもあの賑やかさは忘れられないよ」

「今でも年に一度はチャリティとして開催しておりますの。機密保持法が制定されて以来、魔法使いの紳士の皆さまをお招きするのは控えていますけれど、先生がマグルのフリがお得意ならば、是非お招きさせてくださいませ」

 

ほっほう、とスラグホーンは嬉しげに笑った。

 

「それはいいね、レン。ハーマイオニーも誘ったらどうだい? 君とハーマイオニーとで勝者に贈り物を渡すようにするといい」

「勝利の女神役をハーマイオニーに任せて良いなら、わたくしは出場したいわよ、ハリー」

「おや、ハーマイオニー嬢? そのお嬢さんはどなたかな? 君たちと親しいのならここに招けば良かった」

「じきにスラグホーン先生のお眼鏡にかなうことでしょう。マグル生まれの魔女ですけれど、たいへん優秀で、しかも充分過ぎるほどにレディですから」

「なーるほどなるほど。ハリー、君の言っていた学年で一番という友人が、そのハーマイオニーというお嬢さんなのかな?」

「はい、スラグホーン先生。レンとハーマイオニーは常に成績を競い合うベストフレンドです。僕は彼女たちがいなかったら、夏にもらったOWL成績表を抱えて家出する羽目になっていたかもしれません」

 

油断のない微笑のまま、ハリーと顔を見合わせた蓮は、テーブルの下でゲシゲシとハリーとネビルの脚を蹴った。

とっとと連れ出してくれよ、という気持ちを込めて。

 

 

 

 

 

「開始10分で限界に達したみたいで、僕とネビルの足にいくつ青アザが出来たかわかりやしないよ」

 

ずるーん、とコンパートメントのシートからずり落ちるように座っている蓮の隣で、ハリーがズボンの裾をまくった。

 

「レン、君、最初から飛ばし過ぎなんだよ。スラッギーはご機嫌だったけどさ」

「ハリーもうまく持ち上げてたじゃないか。僕なんか食べるだけで精一杯さ」

「レンもハリーも社交のマナーはばっちりだったわよ。うまいことハーマイオニーの話題も滑り込ませていたし。ハリー、いつの間にレッスンしたの?」

「あ、ああ、うん、まあ。シリウスと少しね」

 

ところで、とハーマイオニーは首を傾げる。「どうしてわたしの話になるのよ?」

 

「スラッギーじいさんが雇われたって教えたら、シリウスがハーマイオニーを売り込めって言うからさ。魔法省に就職するなら、箔がついてたほうがいいし、スラッギーじいさんはそれにぴったりだって」

「わたくしも。ママから厳命された。スラグ・クラブの常連ってことになると、ある程度の全体的な能力の保証になるからって」

「全体的な能力の保証」

 

つまりね、とハリーが説明を始めた。「どんなに成績が良くても、ツンケンして付き合いにくい人は、職場でのコミュニケーションに難点があるだろ。スノッブで馬鹿馬鹿しい会話でも、そう思ってることを感じさせずに切り抜けられる人は、それだけ出世しやすくなるそうなんだ。シリウスに言われても説得力ないと思うけど、とにかくそういうことなんだよ。毛嫌いするなよ? レンだって、マーカス・ベルビィだのコーマック・マクラーゲンだのと、馬鹿馬鹿しい狩の話を笑顔で切り抜けたんだからな。そのストレス発散のために、テーブルの下で僕とネビルの脚を蹴りまくってたけどさ。僕だって、レンを振り向かせて『今すぐゴドリックの谷のことを一から十まで教えてくれ』って言いたいのを我慢したんだ」

 

「一から十までなんて覚えてないよ。知りたきゃクリスマス休暇をシリウスと一緒に騎士団本部で過ごせばいい。探せばポッター家の家系図ぐらい作れると思うよ」

「そうなのか?」

 

面倒くさそうに蓮が顎の先で頷いた。

 

「で、マルフォイはどうしてた? いたんだろ? 純血様々のマルフォイ様のことだ」

 

いなかったよ、とネビルが答えた。「スラッギーじいさんは、純血だろうと何だろうと、自分の得にならない奴を優遇はしないってばあちゃんが言ってた。聖28一族のひとつではあるけど、そういう部分は公平なんだって。今日のプレ・スラグ・クラブのランチミーティングには、死喰い人に名が挙がった純血は誰も来てない。スラッギーじいさんの見たところ、今の時点では死喰い人側だと思われるのは不利益のほうが多いってことだと思うよ」

 

「おったまげー、ネビル、君、ばあちゃんからそんな情報を仕入れて来たのかい?」

「うん。僕のパパやママはスラグ・クラブの常連だったから、もしかしたら招待されるかもしれない、ってね。でも、僕の場合はこれで最後じゃないかな。ばあちゃんも、神秘部の戦いのことは誇りに思うって言ってくれたけど、僕はスラグ・クラブって柄じゃないから、パパとママ絡みで一度招待されて終わりだろうって言ってたよ」

「スラグ・クラブの柄って、どんな柄だよ?」

 

ミネルヴァ・マグゴナガル、ポピー・ポンフリー、菊池柊子、菊池怜、コンラッド・ウィンストン、アリス・プルウェット、アンドロメダ・ブラック、と蓮が自分の知る限りの名前を挙げていった。

 

「レン、忘れちゃダメよ。グウェノグ・ジョーンズも」

 

ロンが首を傾げ「一貫性があるようなないような」と呟いた。

 

「・・・そういうことね」

 

ハーマイオニーは納得して頷く。

 

「ハーマイオニー、わかるのか?」

「主義主張をあれこれ問わずに、何かに秀でていて、将来自分の教え子だと自慢出来そうな生徒をピックアップするのが趣味ということでしょう? だから、マルフォイを招いてもあまり得はないのよ、もともと。一族の財産で暮らしていて、公の役職に就く人がいないんだから。お血筋にすり寄りたい時期には招いたかもしれないけれど、今は死喰い人として名が売れてしまったから、大した関わりがないという顔でやり過ごしたいんでしょう」

「そういうこと。マルフォイのじいじや父親も、そんなに多くの回数招かれたことはないみたい。一応コネクションのひとつとしてキープしておくという程度にしか役に立たないと判断してるんだと思うよ」

 

なんだかなあ、とハリーがボヤいた。「好きになれそうな、なれなさそうな、よくわかんない感じの人なんだ。でも、逆に言うとさ、向こうがこっちの名前を利用するつもりなら、こっちもスラグ・クラブの繋がりをうまく利用することにしたって問題ないよな、って気にはなる。だからハーマイオニー、いずれ招待されるだろうけど、その時はうまくやりなよ」

 

ハーマイオニーは浮かない顔で「えー?」と否定的な声を上げた。「そういう、教師が個人的なサロンを開いて生徒を選んで招くって、どうも好きになれないわ」

 

「言うと思った・・・ダンブルドアも騎士団もハーマイオニーも、似たような弱点があるよね。政治力を汚いやり方だと遠ざけがちだ」

 

蓮の言葉に、皆、目を瞬いた。

 

「理事会や魔法省に政治的影響力を持つことを嫌がるから、いっつも後手に回るんだ。大臣がスクリムジョールだなんてさ。闇祓い揃いのうちの家でさえ、良くも悪くも名前を聞いたことない人が大臣になるなんて、超ヤル気失せる。マルフォイんちみたいに、裏金ばら撒くなんてことは話にならないけどさ、騎士団と方向性を同じくする人を大臣に推挙する草の根市民運動ぐらいはやればいいのに。言っておくけど、死喰い人側の草の根市民運動にはもれなく服従の呪文がついてくるっていうのに、呑気だよね。中世的な騎士道精神は悪くないけど、今は一応21世紀も目前で、専制君主制じゃなく立憲君主制に移行したはずなのに、それに対応出来てない」

 

それが不死鳥の騎士団やダンブルドアの弱点だよ、と蓮はさらりと言ってのけた。

 

 

 

 

 

耳が痛いな、と馬車に向かいながらハリーが苦笑した。ハーマイオニーは曖昧に頷く。

 

「シリウスやリーマスも、そのあたりには不満が多少あるみたいなんだ。ダンブルドアが本気で政治改革に乗り出せば、騎士団メンバーは動きやすくなる、っていつも言ってる」

「でもハリー、それは・・・ダンブルドアはもう高齢よ。政治に関しては後進に道を譲ることにしているんだと思うわ」

「それはそれで正しいと僕も思うよ。でも、ダンブルドアを頼りにし過ぎてる騎士団の大人たちは、ダンブルドアが魔法大臣になればベストだと思ってるんじゃないかな。問題は、そこなんだよ。ダンブルドアと同じぐらい尊敬を集めていて、ダンブルドアより若くてエネルギッシュな人材のアテがない」

「贅沢過ぎる注文よ、いくらなんでも」

「まあね。でもダンブルドアも、そういうこと自覚してるみたいだよ。一昨日の夜にグリモールドプレイスに来たんだ」

 

ハーマイオニーは「わざわざ?」と目を丸くした。

 

「うん。僕は今年、元闇祓いや元判事からヴォルデモートの生育歴や犯罪歴を踏まえたプロファイリングの個人授業を受けることになった。それで、ついでに教えてくれたんだけど、ダンブルドアはレンに個人授業をするつもりらしい。いずれホグワーツの校長になるからだろうね。ダンブルドアよりはるかに身近だからピンと来ないけど、確かに考えてみればレン以上の人材はなかなかいない。ただ・・・」

「若過ぎて間に合いそうにない」

 

ハリーは頷いた。

 

「それでレンもいろいろイラついてるんだと思う。本当は成人すると同時にウィンストンの宣言を出して、ファッジを更迭して、アメリア・ボーンズを大臣に指名するって決めてたみたいなんだ。シリウスやリーマスは、いろんな面から見て妥当な選択だと評価してた。長期政権にはならないと予想してたみたいだけどね。マクゴナガルやダンブルドアが、マダム・ボーンズを大臣みたいな人気商売で終わらせるのはもったいないって反対気味だったらしい。ウィゼンガモットの首席にしたいみたいだって。でもレンは、魔法省が傀儡化されかねない危機的状況の間だけでいいからマダム・ボーンズがいいって言い張ってさ。シリウスたちはその選択を評価してた。ああいうシビアな人が今は一番望ましい、って。でも、あんなことになっちゃっただろ? レンは女王としての最初のプランをぶち壊しにされちゃったんだ。ファッジもう少し粘れよー、って喚いてたみたいだよ」

 

吹き出しかけて、ハーマイオニーは慌てて顔を引き締めた。

 

「次点の候補者はいないのかしら」

「何人か名前は挙がってるらしいよ。ただ、レンがさ、そういう人たちと直接接する機会を持たない間は決めないって言い出したんだ。スクリムジョールがうまくやってくれればそれでも良いし、その間に候補者たちと接触して、準備は進めておく。でも、現時点でアメリア・ボーンズ以上に信頼できる人はまだいないから、って」

「すごく信頼していたのね。数えるほどしか会ったことないはずだけれど。スーザンの伯母さまだからかしら?」

 

ハリーは首を振った。

 

「レンはさ、マダム・ボーンズとは、面接官や尋問官として接触しただろ。僕もそうだ。優しさとか温かさを感じさせる人じゃない。それは確かだけど、感情的に偏った振り幅の大きい人じゃないんだよ。この人に試されて、判断してもらったなら、もう大丈夫、って。そう思える人なんだ。そんな形で大人と接触する機会も滅多にあることじゃないけど、実際に周りを見回してみても、ああいう人はなかなかいない。だから、レンがマダムを選んだっていうのは、僕には納得できた」

「ダンブルドアの個人授業って何かしら? 次の大臣に関わることかもしれないわね」

「それはどうかな。ダンブルドアにはダンブルドアの考えがあって、今みたいなやり方を選んだんだろうから、今さら政治に直接誘導するつもりはないんじゃないかな。それよりもっと長いスパンで効果がある教育のような気がする」

 

 

 

 

 

「パンドラの箱を開ける手伝いだよ」

 

ハーマイオニーが尋ねると蓮はあっさり答えた。

 

「え?」

「ダンブルドアは、たくさんの秘密を抱えてる。若い頃には良かれと思って、せっせと臭いものに蓋をしちゃったからね。でもその臭いものが、いつも必ずどこかから漏れてくるんだって。だから、臭いものを確かめさせてあげるから、整理するのを手伝って欲しいって言われたよ」

 

ほら2年生の時のアレみたいなさ、と補足した。「バジリスクについて書かれた本を隠したって、結局はそれっぽい蛇がいたじゃん。あれで少し考え方を変えたって言ってた。知らせて良い相手かどうかには慎重になる必要があるけど、隠しっぱなしも危険だって」

「・・・あなたね、いくら相手がわたしでもそういうことをポロポロ喋るのはやめなさいよ」

 

ダンブルドアが話しておけって言ったんだよう、と蓮はローブを脱いで丸めてクローゼットに放り込んだ。「全部が全部じゃないけどね。たぶんハリーにもそう言ってるんじゃないかな」

 

「どうして?」

「君の円卓の魔法戦士たちに、何をどこまで話すかは君自身が決めることじゃ、だってさ。ま、どうせ巻き込まれるんだから、あれこれ秘密にしても仕方ないんじゃない?」

 

ハーマイオニーはがっくりとうな垂れた。

 

「はいはいわかりました。でも、あなたもハリーも、急に変わったわ。スラグ・クラブにわたしを推薦する活動を始めるなんて」

「変わったつもりはないよ? ハーマイオニーに期待してるだけだ」

「期待? NEWTの試験勉強?」

 

ちーがーう、と蓮はパーカーをかぶった。

 

「魔法省に入って、ハーマイオニーなりに意義のある仕事を成し遂げたいんだろ? それには、人と人の繋がりも必要だってことだよ。だから、わたくしもハリーも、自分にチャンスが巡ってきたから、そのチャンスをハーマイオニーが利用できるようなきっかけを作っただけだ」

「ロンのことは?」

「機会があれば、ロンに興味を持つように水を向けてみることは出来る。ただし、三大魔法学校対抗試合のクリスマス・パーティを参考にすると、ロンには荷が重いだろうね」

 

ハーマイオニーは両手に顔を埋めた。

 

「ロンは自分が招待されなかったことを気にしているの」

「・・・そこは自分で折り合いをつけるべきところじゃない? 今日の面子は、成績が良いとか、何かに秀でてるって面子じゃない。そんな情報を彼はまだ持ってないからね。自分のコネクションの中から引っ張った糸が、たまたまホグワーツに在籍中の学生を引き当てた。それを招いてのスラッギーなりの情報収集だよ。ハリーは『生き残った男の子』ジニーは偶然に才能があって魅力的な女の子だと目をつけたから。ロンにはまだそんなチャンスが来てない。それだけだ」

「あなたやハリーがわたしのことを考えて名前を印象づけてくれたのは、確かに嬉しい。あなたの言う通り、卒業後の人生には、こういう政治的な要素が大事になることも理解できるから。でもロンをひとりだけ除け者にするみたいで」

 

ハーマイオニー、と黙って聞いていたパーバティが初めて声を発した。

 

「なに?」

「あなた、ロン、ハリー、レン。バッジがないのはレンだけよ。専用浴室に入る資格がないのはレンだけ。そのことでレンが不貞腐れて仲間外れだの除け者だの負け惜しみだの言ったことがあるっていうの?」

「・・・あ」

「ロンは純血で、高名かどうかはともかく名の知れた一族の息子で、監督生。就職時の紹介状に書く内容にハンデがない。レンとハリーは、ハーマイオニーの努力に対して、マグル生まれというハンデに補いをつける必要を感じたの。わたしもロンにその手の補いをつける必要は無いと思うけど? 幸いにして、レンは魔法学校の教授職を目指すつもりだから、監督生っていう記載がなくても誰かとポストを争う機会はそれほど多くない。ハーマイオニー自身の努力やきちんとした性格を見てるから、わたしもあなたが監督生だということに異論はないわ。ロンが関わらない限りは」

 

ハーマイオニーは恥じ入るようにぎゅっと目を閉じた。

 

「・・・5年間黙っててごめん、ハーマイオニー。でもそれがあなたの弱点だ。ロンのことになると客観性を失ってしまう。スラグ・クラブのこと、気が進まないならわたくしはこれ以上押しつけたりしない。招待状が来ても自分でうまく断って構わないと思う。でも、ロンが招待されないことを不当な低評価だとは、わたくしは思わないし、正直言って、ハーマイオニーにそうしたような推薦をする気にはならない。決して人格否定じゃなく、ロンの社交スキルの程度を知ってるから。人には向き不向きがあるんだよ、ハーマイオニー」

「ハリーだって、決して向いてはいないわよ・・・」

「シリウスとその必要性を話し合って、クリーチャーが気持ち良く仕えることの出来る紳士になろうとしてるんだ。ウェンディからそう聞いてる。クリーチャーを黙らせることは簡単だ。首を刎ねればいい。服従の呪文をかけてもいい。でも、シリウスとハリーはクリーチャーをそんな風に扱わないことを決めた。まずシリウスとハリーの側から歩み寄って、正しいお振る舞いをする主人になろうとしてる。わたくしはハリーが変な方向に変わったとは思わない。わたくしもウェンディやウィンキーが悪い子だと恥じなくて済む人間になるつもりだしね」

 

そう言い残して蓮はバスルームに消えた。

 

パーバティが顔をしかめて「レンの気持ちも考えなさいよ」と非難した。

 

「・・・パーバティ」

「監督生だのクィディッチキャプテンだの、なりたがってはいないわよ、レン本人は。入学して以来、一貫してそういうことはハーマイオニーに任せてる。でも、どうしても引っ張り出されちゃうのよ。三大魔法学校対抗試合がその最たるもの。監督生や首席どころか、代表選手でさえなかったのにね。でもああいう人だから、面倒くさく感じることはあっても、自分の能力が必要だと言われたら、いつまでも駄々を捏ねはしない。それに対してレンには将来に渡って職や地位を得るのに便利な、公式な評価はなされてない」

「ホグワーツ特別功労賞2回も受けたじゃない」

 

パーバティが顔をしかめた。

 

「わかってないのね、ハーマイオニー。ホグワーツ特別功労賞なんて受賞者が少な過ぎて、誰もどんな賞だか知らないわ。しかも、受賞者の中に『トム・マールヴォロ・リドル』の名前が入ってる。あなたの好きな『ホグワーツの歴史』にホグワーツ特別功労賞のページなんてある? あったらレンが最初に貰った時に調べてるだろうから、ないのよね。そうでしょう?」

 

ハーマイオニーは黙って視線を逸らした。

 

「あんなの幼稚園の『よくがんばったで賞』と同じ程度の効能しかない賞よ。それを2回も貰ったから恵まれてるとでも? ダンブルドアやマクゴナガル先生は、内心忸怩たる気持ちを持ってると思うわよ。レンの功績は、学生のスケールから逸脱していて、学校側は相応しい評価を与えてあげられないの。違うかしら? レンの努力や能力や才能が足りないから監督生になれなかったとでも? あなたとタイプが違うから、監督生に向いてるのはあなたのほう。でもレンはレンで、痛々しいぐらい努力してるわ。あなたはその努力を一番近くで見ているはずなのに、ロンのご機嫌を伺うあまり、レンがロンを不当に取り扱ってると言ったも同然よ。レンの言いたいこと、わたしも同感。あなたには常にロンのご機嫌を伺う癖があるわ。1年生のトロールの時からずっとね。あなたがひとりで彼の機嫌をとるのならわたしも何も言わない。それがあなたの選択だもの。でも、同じ態度をレンに求めるのは筋違いよ」

 

 

 

 

 

ハリーは苦笑してハーマイオニーの前で肩を竦めた。

 

「手厳しいな、パーバティは。でも正解だ。僕とロンは親友だ。だけど確かに、パーバティの言う通り、あいつの気分の上下動に付き合っていられるもんかと思うことは、決して少なくない。それにさ、スラッギーじいさんのサロンで、ロンがうまくやれると思うかい? 緊張してスリザリンの奴にクスクス笑われて、それでますます緊張して、その場を悲劇的な有様にしてしまうだけだと思うよ。そして僕とネビルは、ロンが何かに成功して有頂天になるまで、あいつが毎日毎日人の悪口を言うのに付き合わなきゃいけないんだ。丸5年親友をやってれば慣れた。そして僕に向けてくれる思いやりも、ものすごく温かくて何度も気持ちを救われてきた。だから親友だって表現する。でも、立場や役割が違う以上、もう何もかもぴったり一緒ってわけにはいかなくなったんだ。僕は信じてる。立場や役割が違っても、やっぱりお互いがお互いを必要とする瞬間には、必ずロンは近くにいてくれるだろうし、僕もそうする。ただそれだけのことなんだ、ハーマイオニー。僕らにはロンを仲間外れにする気なんかない。でも、ロンに不向きなことを無理強いもしない。ロンが、表面上は気を悪くしていても、実際にやってみたら、絶対にもう二度と嫌だって言い出すのはわかりきってるじゃないか」

「・・・レンもパーバティも同じようなことを言うわ。嫌になっちゃう。世界で一番ロンを理解していないのは、まるでわたしみたい」

 

ハリーはほりほりと頬を指先で掻き、ものすごく言いにくそうに予防線を張った。

 

「レンもパーバティもデリカシーがあるから、肝心なことを言ってないんだな。うん。頼むから怒らないでくれよ、ハーマイオニー。絶対だぞ?」

「何よ? 思わせぶりはもううんざりだわ、早く言って」

「・・・君はさ、ロンから自分がどう思われるかが心配なんだよ、要するに。スラッギーじいさんのコネクションの中のひとりになることに一定の実利は感じてるんだろ。だから、僕やレンと一緒に、たまにはスラッギーじいさんの招待に応じてみたい気持ちはどこかにある。でも・・・ああ、もう。言いにくいなあ。君までが自分を置いていったとロンに思われたくないんだ。ロンの味方だと確信を持って欲しいんだろ? なあ、それはそれで大事な気持ちだから、君は好きなほうを選べよ。ロンにぴったり貼りついていてもいいし、それより重要性を感じるならスラグ・クラブの招待に応じればいいんだ。君がどっちを選んでも、僕もレンもいまさらバカにしたりなんかしない。えーと、君がロンを好きなことぐらい5年前から知ってる」

 

ハーマイオニーはあまりの言葉に、すっかり頭に血が上って、ハリーを教科書でバシバシ叩いた。

 

 

 

 

 

「おー、やってるねー」

 

湖のほとりのベンチで、スーザンと並んで座った蓮が、にやにやと笑う。

 

「止めなくていいの?」

 

いいのいいの、と蓮が軽く流す。「ハリーがついに禁句を喋ったんだろ、きっと。指摘すると絶対反発するに決まってるんだから、遠回しな表現でやめとけばよかったんだよ」

 

「禁句? ハーマイオニーに?」

「うん。自分はずけずけ人を批判するけど、自分の感情を見透かされると、怒り狂う。善良で聡明で勇敢な人なのに、自分の感情にだけは直面したがらないんだ。禁句はそりゃあたくさんあるよ」

「あなたには?」

 

むーん、と唇を尖らせて考えてみた。「今はあんまりないかもしれない。昔はパパのこと言われるのが一番嫌だったけど。今はむしろパパのこと知りたい」

 

「そうねえ・・・じゃ、質問を変えましょう。あなたのボガートは何に変身する?」

「・・・赤ちゃん。コーンウォールの家を騎士団に提供する前にママと大掃除をしたんだ。その時にボガートが出てきて。赤ちゃんになった。もちろん魔法使っちゃいけないってのも考えたけど、赤ちゃんが相手なら攻撃も出来ないだろ? ママを呼んでやっつけてもらうまで動けなかったよ」

「それは誰の赤ちゃんなの?」

「よくわかんない。殺さなきゃいけないってわかってるんだ。なのに、どうにも出来ない。法律のことじゃなく、気持ちの面でね。殺さなきゃいけない、殺す以外の方法がある、殺すしかない、他の方法を考えろ、って。そればっかりが頭の中を回る感じ。ああいうのは、嫌だね」

「それは、誰でも嫌な気持ちになるでしょうね。何かキーワードのような心当たりは?」

 

むーん、とまた唇を尖らせた。

 

「その前の日に、リーマスと話をした。その時に喩え話をしたんだ。盥の水がちょっとだけ汚れてるからって赤ちゃんまで流すのはダメだよ、っていう感じの。そのぐらいかな」

 

スーザンは困ったように微笑んだ。

 

「そういう考え方にはわたしも共感するわ。でも、あなたの中には、本当にそれで大丈夫なのか不安もあるということじゃないかしら?」

 

蓮はぱちんと目を瞬いた。

 

「スーザンは、数占いを選択したんだよね?」

「さすがにもうNEWTクラスでは続けないけれど。ルーン文字学の補講を受けたから、NEWTクラスではルーン文字学に変更するの」

「そっか。ハリーやロンの占い学とレベルが違い過ぎてびっくりした。不安かあ・・・うん、あるかも。正しいルートがどれかはわかってる。でも、遠くの針の穴に糸を通すぐらい難しいことなんだ。赤ちゃんごと流してしまうのが、一番確実だとわかってる」

 

でもあなたは流さないわ、とスーザンは微笑んだ。「それはもしかしたら、あなたの弱点かもしれないけれど。冷静で計算高い一面もあるけれど、肝心要のところで、冷酷に徹しきれない。そういう部分を保ったまま、あなたの望む未来を作ってしまえばいいと思う」


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