毎日嫌な汗をかく。
必要の部屋に向かいながら、マルフォイはきつく眉を寄せた。
死喰い人の一団を、校長の結界をかいくぐり学校に招き入れる手段、校長を殺すこと。
やらなければ僕が殺される。それだけではない。母上にどんな被害が及ぶかわからない。母上は女性だ。
屋敷に屯ろする人狼や下賤な奴等を父上のいない今、母上から遠ざける努力をしてくれるのは伯母上だけだし、その伯母上は闇の帝王の妻のように帝王の側に侍っている。
込み上げてくる吐き気を飲み込んだ。
純血の名家ブラック家とレストレンジ家の、望ましい結婚。
僕はずっとそう聞かされてきた。
なのに、ロドルファスと伯母上が並んで立っていても、夫婦に見えない。伯母上の黒い瞳の奥に、隠しきれない情念の炎が見える。夫ではなく闇の帝王への。
あれのどこが望ましい結婚だ。
思念に囚われて、なかなか必要の部屋がうまく開かない。
余計なことを考えるな、余計なことを考えるな、余計な・・・。
「ぅわっぶ!」
「足すくい呪いだ! マルフォイ!」
顔から床に突っ伏した背中に、軽やかに誰かが。
「何をするつもりだウィンストン! やめろ! どけ!」
軽やかに、レン・ウィンストンが背中を踏み、あまつさえ座り込んだ。
「恥じらいを思い出せ! 君は新入生じゃないだろう!」
「君は新入生の心を少しは思い出したほうが良いな。遊ぼう、マルフォイ!」
首ねっこを引っ掴まれて、必要の部屋に連れ込まれた。
「な、なんだ、ここは」
「必要の部屋だよ。でも今は、わたくしたちの会議室になってる」
「君たち? これは理事会の間だろう」
惜しいわマルフォイ、とハーマイオニーが入ってきた。「レンが会議室が必要だ、と念じたら、こうなっちゃったの。仕方ないと諦めて。なにしろ、成人したウィンストンの姫さまとロス家の姫さまのための会議室だもの」
非常に疲れた様子でハーマイオニーは椅子のひとつに座り込んだ。
「ロス・・・グレンジャー、おまえが? あ、ああ、聞いたことがある。グレンジャーはウィンストンの母上の、名付け子。その関係か? しかし、ロス家はとうに断絶して」
「してないんだよ、マルフォイ。じゃーん!」
蓮がマルフォイの目の前に「ミネルヴァ・マクゴナガル」の蛙チョコカードを突き出した。
「わたくしたちが見慣れてるこの顔をよーく覚えとけ? コレこんな顔してロス家の最後の当主の実の孫なんだ。それがー」
蓮が杖を操って、ふわふわとハーマイオニーの膝の上にミネルヴァカードを落とした。
「マクゴナガルの名付け孫がハーマイオニー。つまりハーマイオニーは、正式にロス家の推定相続人の資格を持ってる。ホグワーツに入学する前からね」
ふん、とマルフォイは鼻で笑った。
「それがどうした。もう学校だの魔法省だの、誰が誰の相続人かも、何もかも意味を失う。闇の帝王のお力は日々増大する一方だ」
だよねー、と蓮は明るく笑い、マルフォイの額に杖を突きつけた。「君たちの魔力、財産、生気を糧に、トムくんは強くなる強くなる強くなる。君たちの魔力、財産、生気と引き換えにね!」
「それを止める気はあなたにはまったくないのかしら、マルフォイ?」
「ない」
「本当に? わたしたちは女王陛下から名代として、ウィンストンの剣を抜く許可をいただいたわ。スクリムジョールなんか飛び越して、世界中の精鋭を集めた国連魔法軍を呼び込むことができるの。ダームストラングのあの船で、なんならそこの湖にさえ」
「うちのじいじが今つまんない仕事してんの知ってる? ダームストラングの校長なんだ。じいじとばあばに頼めば一発だよ。『じいじー、ちょっと暴れてー』ってね」
「ふざけた話をいつまで聞かせる気だ」
「おまえがカッコつけて死喰い人ぶるのをやめるまでだよ!」
げし、とマルフォイの胸を蹴りつけて、床に倒した。
「トムくんにチクったりするわけないんだからさ、カッコつけてないで、馬鹿馬鹿しいホラ話を聞いていけよ、マルフォイ。特別に見学させてやる。女王の剣2人の秘密会議だ」
シャ、と白い絹のスクリーンが現れた。
ハーマイオニーが映写機を使って、ブリテン島の地図を映し出す。
「ロンドン、魔法省だ。キングズリー」
蓮の声に合わせて、手元にバラバラと散らばった蛙チョコカードや写真が飛び出して、スクリーンの地図上、所定の位置に貼りつく。
「ホグワーツ、ミネルヴァ」
「ヨーロッパの地図を隣に出すわよ」
「オケ。ダームストラング、じいじとばあば、あと国連マーク。それから、河童軍団」
カッパだと? マルフォイは混乱した。
「フランス。そうだなあ、ランスに本部、グラニーでいいや。ダンケルク、マーメイド軍。マーメイド軍は、このままダンケルクからヘイスティングスまでがフィールドね。ドーバーの制海権を確保したら、ヘイスティングスの防衛は、マクーザから闇祓いのチームを借りてくる」
「コーンウォールとデヴォンはどうする?」
「日本。日本の闇祓いチームはロンドン。デヴォンとコーンウォールなら日本魔法省の全員連れて来れば足りるよ。河童は淡水にしか使えないから湖水地方で決定だけど、カナダとオーストラリアのマーメイドをデヴォンからコーンウォール一帯の海岸線に回す」
「なっ!」
マルフォイは思わず立ち上がった。
「なんだよ死喰い人。黙って座ってろ」
「君たちは何を考えている?! 世界大戦でも始める気か! ウィンストン、君はイギリスと日本の女王だ。成人してそうなったんだろう。それは疑わない。しかしこれはなんだ!」
「エリザベス2世女王陛下の全権委任を受けて、トム・マールヴォロ・リドルを叩き潰し、英国魔法界を50年一気に進化させるんだよ」
「そのための防衛戦力を掻き集められる限り掻き集める予定なの。ブルガリアからはオブランスク大臣から全面協力の合意をいただいたし、フランスは、散発勢力でもかなりの魔法種族が参戦するわ。そもそも国連では、アンブリッジの反人狼法のせいで制裁決議が可決されてるから、わたしたちが何もしなくても、いずれ大部隊が乗り込んでくる」
「どうせ攻め込まれるんだから『国連軍の皆さーん、こっちの防衛お願いしまーす。あとこっちもよろしくー。その辺にトムくんがいまーす』って感じで使う予定」
マルフォイは絶句して、どすん、と椅子に尻を落とした。
「ハーマイオニー、ハイランドを拡大してくれ。うん、そのぐらい」
蓮は、そこに「保養島、マルフォイ」と呼びかけた。
「なんで僕が」
マルフォイの写真が、ケイスネスの島々の上に貼りつく。
「すぐにとはいかない。戦争が終わったら、スコットランドのこういう小さな島を魔法省で占有しようと考えてるんだ」
「人狼専用の施設ね。満月前後1週間の滞在を義務付けるけど、それ以外は出入り自由。グレイバックのようなならず者はともかく、良心的な人狼病患者にとっては、安心して満月を過ごせるでしょうし、そこに感染症研究の専門施設を併設する計画があるわ。反人狼法のせいで制裁決議を受けていながら、人狼病対策を講じない国では国際社会からの信頼は回復出来ないから」
「さしあたり、中心的な研究は人狼病対策だ。でも、そちらに一定の成果が出たら、他の感染症にも研究対象を広げたい」
「世界的に見ても、魔法族の感染症対策には防疫、予防、ワクチンという概念がないのよ。イギリスの施設から、その成果が上がったら、世界の水準からあらゆる面で50年遅れているイギリス魔法界の地位の引き上げの原動力になる」
そこには感染症対策に熱意のある研究者が必要だ、と蓮はスクリーンのマルフォイの写真をひらひらさせた。
マルフォイは頭を抱えて、身体を折り曲げた。
「・・・やめろ。やめてくれ」
「君がこの戦争中に何をしていても構わない」
「やめろ、ウィンストン」
「戦争なんだ。君が誰を何人殺していようとも、絶対に雇う」
「やめてくれ・・・」
「どうせトムくんの道具にされてるんでしょ。そのぐらいわたしたちにもわかってるわ。あなたのお父様とは神秘部で顔を合わせたんだし。あれだけ磔の呪文で痛めつけられたら、誰だって泥沼から抜け出せなくなるに決まってるもの」
「グレンジャー、君まで」
「でもね、マルフォイ。レンはあなたの魔法薬学に対する熱意を信頼してるのよ」
ハーマイオニーが立ち上がって、マルフォイの髪を掴んで顔を上げさせた。
「この部屋は、理事会の間なんかじゃないわ。円卓の間。レンの円卓の魔法戦士には魔法薬学者が必要なの。何をしようと、誰を殺していようと、必要な人材は絶対に必要なのよ、マルフォイ」
「ぼ、僕が、何を命じられているか、君たちにわかるのか」
「死喰い人と行動を共にするわけじゃなく、学校にいる時点で、ある程度絞り込むことは出来るわよ、マルフォイ」
「『貴様の忠誠を試してやろーう! 俺様のためにダンブルドアを殺して来るのだー! それが出来ないならば、俺様の忠実なるしもべがホグワーツのガキどもの血を啜る隙を作るのだー!』って感じ? ね、どう?」
「レン、あなた年々トムくん蔑視が激しくなるわね」
「あっちはじいさん、成長期終了。わたくしはまだ17歳。可能性は無限。そこらへんの成長速度の違いだね」
ハーマイオニーがマルフォイの頭を放した。
「ま、トムくんのほうが怖いんでしょうから、今すぐにトムくんを裏切って来いとは言わないわ。好きなだけトムくんのために働きなさいよ」
「でもマルフォイ、トムくんは、いつかは死ぬよ」
「や、闇の帝王は、し、死を超えたんだぞ?」
蓮はマルフォイから視線を逸らし、くっく、と苦笑した。
「純真だなあ、マルフォイ。手品には、タネも仕掛けもあるんだ。常識だろ? 信じないなら、トムくんに聞いてみろよ。菊池柊子の孫が、闇の帝王の死を超えた手品のタネも仕掛けも全部見抜いたと吹聴しています、ってさ。君を磔の呪文にかけて、ひぃひぃ泣かせたあと、慌ててタネと仕掛けの見回りに行く。絶対だ。1000ガリオン賭ける。ハーマイオニー、どう?」
「わたしが1000ガリオンも持ってないこと知ってるでしょう。グリンゴッツの金庫の確認係、あなただったんだから。そうだわ、マルフォイ。穢れた血のグレンジャーは、闇の帝王を超えたと吹聴しています。グリンゴッツの金庫の名義人になった程度のことで! っていうのはどう?」
痛いとこ擦るなよエグいなあ、と蓮が笑う。「マルフォイ、トムくんは配下の誰のことも信頼してなんかいない。それだけは確かだ。マルフォイ家が重用されてると信じてても構わないけど、トムくん名義の金庫が存在してないってことは、重く見たほうがいい」
「・・・え? 帝王が、金庫を持ってない、だと?」
「持ってないよ。持ってるなら、君んちに大事な闇の魔術具を預けると思うか?」
「わたしには、ウィンストン家とロス家の後見があるから、グリンゴッツの金庫の名義人にすぐになることが出来たの。成人して1週間のうちに。トムくんも、成人してすぐにどなたかに保証人になってもらえたら、当時の優等生の彼になら、保証人はすぐ見つかって、すぐにでも金庫を手に入れることが出来たはずよ。でも、トムくんはね、そういう形で人に借りを作るのを嫌ったの。わたしはウィンストン家やロス家に感謝出来るけど、トムくんってそういうこと出来ない人でしょう。金庫の名義人になるために誰かに『よろしくお願いします、おじさま』なんて言える人じゃないのよ、マルフォイ」
「以上、証明終わり。QED。帰っていいよ、マルフォイ。ここで知った情報をチクってもいいよ。わたくしたちが殺されてももうこの流れは変わらないから」
「それに円卓の魔法戦士にあなたを招くことも変わらないわ、マルフォイ」
「馬鹿なことを言うな。ダンブルドアじゃなく、ポッターを殺せばどうする? 君たちはそれでも僕を迎え入れるつもりか?」
馬鹿はどっちだよ、と蓮が笑って、またマルフォイを蹴った。「10代のガキが何百人殺されようと、するべきことをするんだ。お友達ごっこなんかで語んなよ。ハリーなら、わたくしから死ねという命令が出る可能性も承諾済みだ」
「もちろんそうならないための努力はするわ。でも、あなたに対するこうしたプランに変更を生じさせる理由にはならないの。ちなみに、ハリーやロンは、こういうプランの全貌は知らない。6年目の付き合いとなるとね、マルフォイ、聞かないほうが幸せな気分が長く続くから聞かない選択をしてくれるのよ。あなたとの信頼関係は無いも同然だから、たまに進捗状況については無理矢理知らせることにするわね」
げっそりして、胸の辺りに靴跡をいくつかつけたマルフォイとすれ違ったスーザンは、にわかに胸騒ぎがして、階段を上る足を早めた。
「やあ、スーザン。計算通りの時間だ。さあ入って」
スーザンは目を丸くした。
DAで使っていた時と全く違う部屋に変わっている。そういう機能があるとは聞いていたが、実際に見るのは初めてのことだ。
「スーザン、この部屋はね、円卓の間っていう歴史的遺物のレプリカなんだ。ホグワーツにある理事会の間って呼ばれてる部屋のことだよ。理事会の間は、もともとはホグワーツ城で優れた魔法戦士たちが集まって魔法界の先行きを話し合う部屋だった。近年中にその円卓の間に集まってもらう魔法戦士候補に、わたくしたちの計画をお知らせしてるんだ。ハーマイオニーが、心の準備をさせてあげなさい、ってうるさいからさ」
「・・・今のところで、すでに心の準備をしたかったような気がするけど・・・?」
スーザンを椅子に座らせた蓮が「スーザンはあいつと違ってレディだから素直でいいよね」とハーマイオニーに言うと、ハーマイオニーが「レディじゃなくてスーザン個人の美点なのよ」と受け流して、目の前のスクリーンに年表を映し出した。
「レガリア承認式、ホグワーツ城」
蓮とハーマイオニーの写真が一番上のセルに飛んでいく。
「ホグワーツ校長、ミネルヴァ。魔法大臣、キングズリー」
それぞれの写真と蛙チョコカードが飛んでいく。
「キングズリーはたぶんママを法執行部長にすると思う。少しカマかけた後、ママを騎士団本部に呼んだんだ。ママ、めちゃくちゃ不機嫌になって帰ってきたから、たぶん働けって言われたんだと思う」
「あなたはそれで構わないの?」
「うん。年金貰う年までまだ間があるんだから、ちょっとは働けよと思ってる」
「今はあなたのために時間をかけてくださってるんだから、そんなこと言わないの。他の閣僚は?」
「国際魔法協力部に優秀な人を入れたい。国連対策に力を入れるべきだということを理解できる人」
「心当たりがないわ・・・騎士団の大人って、あまり政治的じゃないから」
「騎士団じゃなくてもいいんだよ。むしろ騎士団タイプの人は、交渉向きじゃない気がする。キングズリーやママに何人か候補を挙げてもらうよ」
「それがいいわね。あとは?」
「わたくしが必ず押さえて欲しいポイントは、そのふたつだ」
「魔法事故惨事部や魔法警察部隊は? 惨事部は特にファッジの古巣よ?」
「法執行部の下部組織にすればいい。司法関係部署は、ひとまず法執行部の下につける」
「法執行部の権限が大きくなり過ぎないかしら」
「大きくなって当然だ。魔法大臣の権限が大き過ぎるから、シリウスを裁判にかけるのにあんなに苦労したんじゃないか。ハリーのことだってそうだ。未成年の魔法使用制限条例違反に大法廷を召集するなんて横紙破りが成立したのだって」
スーザンは立ち上がった。
「それは伯母も言ってたわ。なんて馬鹿げたことに付き合わせるんだと怒ってた。それでレンのお母さまにも心算するように連絡したはずよ。そのときちょうどヘイスティングスに帰っていたの」
蓮とハーマイオニーは、ニコニコ笑いながらスーザンの隣に、挟み撃ちするように座った。
「そういうことを教えて欲しいんだ」
「わたしたち、未来の魔法界について、ある程度の発言権を得ることになったの。あの辺のことがごちゃごちゃあるけど、それは省略ね。でも、わたしとレンのイメージだけでプランを立てても偏りが出てしまうでしょう? わたしはマグル生まれだし、レンは直感的なことには優れてるけど、長年魔法省で古狸たちを見てきたマダム・ボーンズの見解が今一番必要なのよ」
「マダムがスーザンに何もかも教え込んだとは思ってない。職務に忠実な、優れた大人だから、スーザンの政治への不信を煽らないようにしたはずだ。でも、どうしても雰囲気でわかっちゃうこともあるだろ? そういう、マダムを見ていてスーザンが感じた雰囲気を教えてくれるだけでもすごく助かる」
「・・・それは、構わないけど」
やった、と小さく呟いて、蓮が杖を振り始めた。
「円卓の魔法戦士団へようこそ、スーザン」
ハーマイオニーの言葉に青くなった時、スーザンの写真が座席を占有した。
「ハリーやロンはいいの?」
円卓に散らばった候補者の写真を見て回ったスーザンが首を傾げる。ハリーやロンのほうが、自分よりこの場に相応しい。
尋ねると、蓮は急に不機嫌になった。
「ほら、ちゃんと説明して」
ハーマイオニーに促された蓮は、スーザンから顔を背けて「・・・からないからだよ」と小さな声で呟く。
「え?」
「聞こえません」
「魔法戦争が終わった時点で生きてるかどうかわからないんだ!」
自棄になった蓮が床の上に胡座をかいて座り込んでしまった。
ハーマイオニーが溜息をひとつ。そしてスーザンに向き合う。
「ハリーは、例の・・・トムくんという名前なら怖くないかしら?」
「え、ええ。大丈夫よ」
「トムくんとの戦争で一番危険になるのは、ハリー。それは想定の範囲内よね?」
「もちろんよ」
「ハリーを安全地帯に離しておく方法もあるけど、それでは問題が解決しない可能性のほうが高いの。一番の理由は、ハリーの額の傷。彼の傷には、トムくんとエネルギー的に繋がっている一面があるわ。トムくんを完全にやっつけるには、ハリーの額の傷に残るトムくんのエネルギーをどう処理するかが重要になる。こんな説明でイメージできる?」
スーザンはしっかり頷いた。
「ハリー、嫌でしょうね・・・」
「そこなの。ハリーは、その傷の始末がつかないぐらいなら、死ねという命令でも受け入れる覚悟でいるわ。そして、レンがこういう立場だから、遠慮なく命令してくれ、って言ってしまったの」
蓮はぶすっと膝の上に頬杖をついている。
「ハリーとロンは、性格的にこういうことをあれこれ練るのに向いてないというのも理由の一つ。考えることはわたしやレンに丸投げタイプよ。もうひとつが、今レンが言ったように、ハリーはこの戦争で焦点の一つだから、あの2人がいるとややこしくなっちゃうのよ。ハリーが犠牲にならずに済む方法を考えるという時に、僕はそんな臆病者じゃない! なんて言い出しかねないわ。当事者過ぎて、こうした会議には向かない立場なの」
「そうね。それも理解できる。それでレンはどうしてあんなにご機嫌斜めなの?」
「パーフェクトな方法を考え過ぎて疲れてきたの。疲れてくるとアルジャーノン化がひどくなるわ」
スーザンは苦笑して、蓮の背後にしゃがんだ。
「レン」
「なに?」
「みんなをあなたが助けようと考えなくていいのよ。逆なの。みんながあなたを助けるの。この部屋は、そのための部屋でしょう? 今はメンバーが足りないから、あなたが頑張らなきゃいけないと思ってしまうのもわかるけど、まずあなたがどうしたいのかを教えて。それを実現するために知恵を出し合うから」
しばらく唇を尖らせていた蓮が、やっとボソッと呟いた。
「ハリーを犠牲にしないことが最優先だ」
「そうね。次の希望が、彼の傷?」
「・・・あれがある限り、トムくんが復活する」
スーザンがハーマイオニーを窺うように見た。ハーマイオニーは苦笑して「好きなように言ってあげて」と唇の動きで伝えた。
「だったら、トムくんを生け捕りにしましょう」
がば、と蓮がスーザンに向き直った。
「その方法を考えるのよ。生け捕りにする手段、収監する設備、一連の作戦。どちらかを必ず死なせなきゃいけないわけじゃないわ。確か、グリンデルバルドもまだ存命だと聞いてる。あれだけの闇の魔法使いでも、殺さずに収監してるということでしょう? 受け売りばかりになるけど、伯母が考えていた理想の形は、アズカバンの放棄なのよ」
ハーマイオニーまで目を見開いた。
「スーザン、それ本当?」
「ええ。アズカバンという収監施設は、司法の敵だと言っていたわ。仮に10年という刑期の判決を下したとする。10年アズカバンで生き延びるのは並大抵のことではない。10年という判決は、死刑も同然だ。微罪の罰金刑か、アズカバンで死ぬか生きるかの過酷な生活かの両極端しかない。正当な評価と妥当な量刑が司法の根幹にあるべきなのに、アズカバンがあるばかりに懲役刑が全て命懸けになる。こんな刑法は刑法ではない」
「レン、ヌルメンガードよ!」
「グリンデルバルドが存命のまま収監されている施設ね。言われるほど劣悪だとは考えられないけど」
「劣悪じゃないのよ」
ハーマイオニーはスーザンに飛びつくようにして言い募った。「レンは見てきたの。近代化された電子機器で監視されていて、ディメンターのような闇の生き物もいないって!」
蓮はしばらくぼんやりして、やはり「ダメだ。あいつ飛ぶんだ。気持ち悪い虫みたいにいきなり飛ぶじゃん」と顔をしかめた。「それも一匹じゃないじゃん。テムズ川に橋落ちるの見たろ? あいつら群れで飛んでたよ、箒無しで。キモかったじゃん」
ハーマイオニーはグズる子供の相手は苦手である。よって、その場に仁王立ちになった。
「だったら魔力を奪えばいいのよ!」
「人のことゲーム脳って馬鹿にするけどハーマイオニーのほうがゲーム脳じゃん! ドレインかよ?!」
子供じみた喧嘩を始めた2人の間に割って入ったスーザンは「とにかく、落ち着いて。レン、あなたはヌルメンガードを見てきたのなら、新しい収監施設について構想を練りましょうね? ハーマイオニーは、魔力を奪う魔法か薬について考えて。魔力を奪うと言うと人聞きが悪い・・・」と言いかけて、ハーマイオニーの顔を見つめた。
「あるわ、ハーマイオニー」
「な、なにが?」
「魔法薬よ。精神不安定な患者の魔力暴走を防ぐ薬が確かあったはずだわ。精神をフラットにする発想ではなく、魔力を減衰させることで暴発要因を減らす発想のはず。身体的精神的な副作用を否定出来る。その代わり、投与量のコントロールが難しい・・・そう、スクイブになる可能性は否定出来ないって。投与量を見極めるために長期に渡る治験の許可が必要だから、レンのお母さまがうちにいらしたの。伯母と長いこと話し合ってらしたわ」
スーザンの言葉を最後まで聞いたハーマイオニーは、腕組みをして、蓮を勝ち誇った視線で見下ろした。
「ほーらあったじゃない。しかもあなたの足元に! どこに目をつけてるのよ、このゲーム脳! ゲームばかりしてるからお母さまのお仕事内容も把握してないのよ!」
むぐ、と唇を尖らせた蓮を放置して、ハーマイオニーはずんずん歩き出した。
「あなたはヌルメンガードの設計図でも書いてなさい! おばさまとはわたしがお話ししますから!」
捨て台詞を残して去ったハーマイオニーに「くそぅ・・・口の回転が速いからって。その薬のことは知ってたっつーの。ちょっと忘れてただけだ」と悪態をつく蓮を背中から抱き起こして「ほら、お片付けをして帰りましょう」と励ましながら、スーザンは内心で「この2人はいったいいくつになったら大人になるのだろう」と、魔法界の暗澹たる未来を予想した。