サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第15章 2つめの顔

通路を急ぎながら、蓮はハーマイオニーの動揺を宥めるために、大丈夫、と背中をさすった。「マクゴナガル先生は、致命傷にならないような手段を取るはずよ。たぶん、エピスキーとエネルベートで問題なく回復出来ると思うわ」

 

次の扉をハリーが開け、すぐに「確かに先客がいたみたいだ」と呟いた。

 

ハーマイオニーがハンカチで口と鼻を押さえ「パーバティの言った通りね」と顔をしかめた。

 

気絶したトロールに蓮が杖先を向けながら、3人は小走りにトロールの部屋を通り抜ける。

 

「次は、スネイプ?」

「でしょうね」

 

3人が扉の敷居を跨ぐと同時に、今通ってきたばかりの入り口に紫の、向かいにある出口らしき扉に黒い炎が燃え上がった。

 

テーブルの上には、形の違う7つの瓶と、巻紙がある。

 

「論理パズルだわ」

 

ふうん、と蓮は気のない表情だ。「ハーマイオニー?」

 

「わかった、わたしの担当分野ね」

「気を楽にしてね。外れても、たぶん時間が経ったら部屋の状態は回復するから」

「へ?」

 

ハリーが頓狂な声をあげる。

 

「退却の道が開けるならば、ハーマイオニーがそれを飲んでロンのところに戻って。ハリーは前進」

「いいのかい?」

「ええ。そうしたら、たぶんこの部屋の状態が回復する、というかまた薬が湧いて出るでしょうから、わたくしがハリーを追うわ」

「君は戻ってもいいんだよ? 僕なら1人でも」

 

ハリー、と蓮は真剣な声を出した。「あなたはヴォルデモートを食い止めたい。わたくしはね、ヴォルデモートに賢者の石を永遠に渡さないためにここに来たの。あなたに付き合ってきたわけじゃないわ。微妙に目的が違う」

 

「わかった」

 

ハリーは腹を括った。「君が来るまでヴォルデモートに石を渡さないように食い止めるよ」

 

がば、とハーマイオニーがハリーと蓮をまとめて抱き締めた。

 

「ハーマイオニー?」

「ハーマイオニー、覚えてるわね? エピスキーとエネルベ」

「わかってるったら! あなたたちは、偉大な魔女と魔法使いよ!」

 

ハーマイオニーはそれだけ言うや、身体を離し、テキパキと回答を教えた。

 

「つまり、わたしはこれ。ハリーとレンは、この小さな瓶よ」

 

 

 

 

 

1人になった小部屋で蓮は薬の回復を待った。

 

みぞの鏡が最後のクエストだ、と考えた。

 

ヴォルデモートの手に賢者の石が手に入らない仕掛け、求める自分の姿が映る鏡。

鏡の機能を無視して考えてみる。

 

ホルダーから杖を抜き、左手に持った。

 

ーー賢者の石を手に入れるのは、わたくしだわ

 

薬の瓶が、ボウリングのピンのように引き上げられ、また降ろされる。

 

迷いなく、ハーマイオニーが教えてくれた薬を飲み干し、黒い炎の中を走り抜けた。

 

 

 

 

 

「過ちを簡単に許してはいただけない。グリンゴッツから石を盗み出すのにしくじったときは、とてもご立腹なさった。私を罰した。そして私をもっと間近で見張らなければならないと決心なさった・・・いったいどうなっているんだ、石は鏡の中に埋まっているのか? 鏡を割ってみるか」

「馬鹿ですか、あなた」

 

蓮はクィレルの前に進み出た。

 

突然クィレルとは別の声が響いた。「貴様は!」

 

油断なく杖を構え、蓮は鏡に近づいていった。

 

「クィリナス! 急げ、急ぐのだ!」

「急いで鏡を割ったら、石は2度と手に入らないわよ」

 

ピタとクィレルが足を止め、手が何かに逆らうようにのろのろと動きターバンを解いた。

 

「くっさ!」

 

蓮は顔をしかめた。

 

「ディフィンド!ハリー! 石を渡さないつもりなら逃げて!」

 

急に足を縛っていたロープが解けて、ハリーはクィレルに飛びかかった。

 

その隙に蓮は鏡の前に移動する。横目に睨むと、ジーンズのポケットの中に硬い感触を感じ取ることが出来た。

 

ハリーに飛びかかられたクィレルは喚きながら、ハリーの手から逃れようとしている。「ご主人さま! ポッターを押さえておくことが出来ません! 私の肌が爛れていきます!」

 

「愚か者め! ならば殺せ!」

 

ハリーの腹に馬乗りになったクィレルが杖を振り上げたとき、ハリーは咄嗟にクィレルの顔を掴んだ。

 

「殺せ! 殺してしまえ!」

 

蓮はハリーの表情を確かめた。歯を食いしばっているけれど、額の傷痕の激痛に気を失うのは時間の問題だ。

 

「ハイ、トム」

 

蓮はポケットから出した真っ赤な「石」を、ポーンと真上に放り投げた。

 

「わたくしの友人を簡単に他人を使って殺すのはやめていただきたいわ。せめて実体を取り戻してからにしたら?」

「き、貴様! 貴様が持っていたのか!」

「あげましょうか?」

「・・・な、何?」

「そこのわたくしの友人を離しなさい。そしたら、石をあげるわ」

「石が先だ」

「ハリーを離すのが先に決まってるでしょ? ホグワーツの1年生に何が出来るのよ。あなたが1年生のときは何が出来たかしら、トム?」

「ぐっ・・・よ、良かろう、クィレル。小僧を離せ。もう気を失っておる」

 

クィレルはハリーの身体を寝かせたまま立ち上がった。

 

「さあ、忌々しい女よ。石を渡してもらおう」

「はい」

 

無造作に左手で投げた。クィレルの両手がそれをキャッチする、その瞬間に合わせて杖先を向け「レダクト」と唱えた。

 

 

赤いキラキラした欠片が床に降り注ぐ。

それに向かって、コンフリンゴ、と唱えた。

クィレルの体は弾かれたように吹っ飛んだ。

 

「このわたくしが、トム、あなたに復活の力を与えるとでも? あなたみたいなゲスは、ゲスの溜まり場を這いずりまわってるのが似合いだと思うの」

 

エバネスコ、と唱えて爆破によりさらに小さくなった粉末さえ消してしまった。

 

「もう十分じゃろう」

 

声が聞こえても、蓮は対象から目を離さなかった。

 

「ミネルヴァからのメッセージを受け取ってすぐに戻ったが、君たちはもうこの冒険に出発しておった」

「校長先生、お話は改めて。わたくしは、彼らがこの場に存在する限り目を離すような教育を受けていません」

 

アラスターもやりすぎじゃ、と言いながらクィレルに向かってダンブルドアが無造作に近づいていったとき、それは起こった。

クィレルから、影が飛び出し、霞のようになって消えた。

 

「ああ、クィリナス。死んでしもうたか。だいぶ精気を吸われ過ぎておったからの」

 

蓮はさすがに目を背けた。

 

「胸を張るのじゃ、レン・エリザベス・キクチ・ウィンストン。君は、ニコラスの心からの願いを見事に叶えたのじゃから」

 

 

 

 

 

ハリーの意識はまだ戻っていなかったので、代わりにとねじ込んでマクゴナガル先生は蓮をシーカーに抜擢した。

「ウロンスキーフェイントでもなんでも、持てる限りの技術を駆使してあなたの実力を見せつけなさい。来年に向けて敵の心を折るのです」

 

せっかくの思し召しなので、開幕から3分で本気のウロンスキーフェイントを仕掛け、レイブンクローのシーカーの鼻の骨を折った。

アンジェリーナたちのフォーメーションプレイを上空から楽しみ、満足したところでスニッチを悠然とキャッチした。

減点60点を取り返して余りある成果だ。

 

グリフィンドールは再び首位に立った。

 

 

 

 

 

学年度末パーティの大広間には、早速グリフィンドールカラーの飾り付けがされていた。

 

「また1年が過ぎた」

 

ダンブルドアが朗らかに言った。

 

「一同、ご馳走にかぶりつく前に、寮対抗杯の表彰を行う。4位、ハッフルパフ352点、3位 レイブンクロー 426点、そしてスリザリン 472点。しかし、つい最近の出来事も勘定に入れねばなるまい。まず最初はロナルド・ウィーズリー。この何年かホグワーツで見ることの出来なかった最高のチェスゲームを見せてくれた、10点を与える。次に、ハーマイオニー・グレンジャー。火に囲まれながら冷静な論理で対処した。10点を与える。三番めはハリー・ポッター。並外れた勇気を称え、10点。4番めは、蓮・ウィンストン。完璧な精神力を称え、10点を与える。こればかりではない。友人の身を心から案じながらも、黙って送り出す勇気を称え、ネビル・ロングボトムとパーバティ・パチルにそれぞれ5点ずつじゃ」

 

グリフィンドールのテーブルがどっと沸いた。


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