サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第13章 ゴドリックの狩

すたん、と裸足でベッドから降りると、窓の外を眺めてひとつ身震いして、カーディガンを羽織り、踵を潰したスニーカーを爪先に引っ掛けた。

 

「うー。おはよ、ママ。すごーく寒くて狩日和だ」

 

広いダイニングに入ると、新聞を読んでいた母が「それやめて」と眉をひそめた。「ママは個人的には狩が嫌いなの。パパと結婚してから3回だけゴドリックの狩で馬鹿みたいにホステス役を務めたけれど、野生動物を惨殺するのはママの主義主張に反するわ。鹿による獣害があるから多少の間引きは仕方ないけれど、狩という行事にする必要はありません。罠で充分よ。グランパが主催していらしたイベントだから、パパが亡くなって以来、グラニーがホステスでママは不参加だったけれど、まさかあなたが主催するなんて。このイベントを主催する前に婚約者を連れて来て欲しかったわね。婚約者に狩を任せてあなたが勝利の女神役をするべきなの。もしくは、あなたの婚約者的な女の子が勝利の女神でもいいわ、この際だから贅沢は言わない。とにかくママはこの手の社交は大嫌いなの」

 

「それもう聞き飽きたよう。わたくしだって別に好きじゃない。グランパが耄碌したらやめても構わないよ。でもグランパの中では森や畑を荒らすほどの数になった鹿を間引くのは我が家の義務なんだろ? グランパが耄碌するまでぐらい付き合ってやればいい」

「あなたが銃を持つこともママは嫌なの」

「わたくしが買ったわけじゃない。うちにあるんだ、仕方ないじゃん。寒いから不機嫌なの?」

「あなたたち殿方が馬に乗って走り回る間、ママはカントリーハウスの中で貴族の馬鹿娘や暇な御婦人方を相手に、胃がたぷたぷになるまでお茶を飲んで、ろくでもない毛皮を褒め称え、あなたがたが泥まみれで帰ってきたら、本日のMVPの発表だなんて馬鹿げた真似をしなきゃならないのよ。ご機嫌になる余地はありません」

「・・・さすがに殿方になった記憶はない。ばあばの娘なのに狩が嫌いだなんて不思議だね。ばあば、杖で熊撃ってロコモーターで持ち帰るような人なのに」

「あれは特殊な種族です。あの両親を両親に持つと、自分のヒトとしての在り方を深く見つめ直す機会が与えられるわ。ヒトは、山菜採りに行って熊を狩ってくる必要はないの。わかる? 山菜だけ採って帰ればいいの。それが人間らしい生活よ」

「ばあばの撃った熊肉は地元じゃ好評なんだよ。一撃で急所狙って仕留めるからストレス物質が体内を巡ってなくて、肉が余計な血にまみれてもいない。美味しいお肉にしたければ慈悲深い仕留め方が大事なんだ。ばあばとじいじが言ってた。食物連鎖の頂点に立つ人間は、慈悲深く殺すことも知ってなきゃいけないんだって」

「・・・人間が食物連鎖の頂点ですって? あの2人はいったいどこの狩猟民族なの? それともライオンか何か? あなたの子供時代の野生児ぶりを聞かせるのはやめてちょうだい。人生をやり直したくなるわ。生まれてくる親を間違ったところから」

 

蓮は肩を竦めてテーブルに並んだ銀器から、手早く自分の朝食を取り分けた。

 

「まあまあそうふんがふんがしないでさ。勝利の女神なんだ、薔薇の化粧水でも顔に塗ってくれば? 寒くて乾燥するから皺が増えるよ」

「そんな悪趣味なものは愛用していないわ。いちいち腹の立つ子ね。まだ皺なんてありません」

 

あるよ、と蓮はトーストを齧りながら母の手から新聞を取り上げた。

 

「ん。さっさと狩終わらないかな。競馬中継が入ってる」

「オジさんみたいな番組観ないでちょうだい。新聞開きながら競馬中継だなんて・・・嫌だわ。赤ペンを耳に挟むようになったら家に入れないわよ」

「日本人的偏見を捨ててちょうだい。もうイギリス暮らし長いんだから。日本の競馬とは違う。いずれにせよ、狩の是非はともかく、馬は好きだよ。跨って乗るのは基本的に好きなんだ」

 

宥めるつもりで言ったのに、母は額を押さえて俯いてしまった。

 

「・・・17歳のレディの発言じゃないから以後その台詞は禁止よ、蓮」

 

 

 

 

 

カントリーハウスの庭に犬の声が響き始めた。顔馴染みの犬に声を掛け、厩の中で調教師と馬に挨拶してからハウスに戻ると、既にホールの中ではあちこちに談笑の輪が出来ていた。

 

「お母さま」

 

微笑を貼り付けた、優雅なスーツ姿の母の傍に行って、帽子を取り頬にキスすると、母は「エドウィナ、娘の蓮よ」と蓮の背中に腕を回して紹介した。「ヒースフィールドの6年生なの。お宅のお嬢さまのデビュタント・ボウルの時はあいにく日本に滞在していたからご挨拶も出来なくてごめんなさい」

 

「はじめまして、レディ・レン。おじいさまがすっかりアメリカを気に入っておしまいですって? あなただってじきにデビュタントなのに残念なことね」

 

いえ、と控えめに微笑むと、母がわざとらしく溜息をつく。

 

「それこそ残念ながら、この通り、男の子みたいな娘だもの、デビュタント・ボウルは考えていないの。陛下にお目通りするレッスンだけでひと苦労なのに、ボウルだなんてとてもとても」

「ま! 素敵なお嬢さまにひどいことをおっしゃるお母さまね、レディ・レン。確かにドレスより乗馬のほうがお好きに見えるけれど」

「はい、レディ・エドウィナ。跨るもの・・・ったっ!」

 

素直さを前面に出した会話を試みようとしたのに、素早く脛を蹴られた。

 

「おお、レディ・レイ。そちらのお若いレディがお嬢さまかな? 小耳に挟んだが、ヒースフィールドの6年生だとか? 奇遇だね、こちらのお若い紳士はイートン校の6年生だそうですよ。ご一緒に回られてはいかがでしょう」

「・・・ぅへえ」

 

蓮が口角を下げてうんざり顔をすると、母はさりげなくその足を踏んで「若者のスピードについていけないからそんなことをおっしゃるのね?」と振り返った。

その場で会釈して、テーブルの上に並んだパンチに意識を取られた素振りで退散することにした。

 

「フレッチリー子爵家の御子息ですよ」

 

どっかで聞いた名前だな、とグラスを傾けた。

 

「ジャスティン・フィンチ=フレッチリーです、レディ・レイ。お見知り置きを」

「ぅぐぉっふ! げほっげほっ!」

「まあ、どうしたの、レン。はじめまして、ジャスティン。あの相当にお行儀に問題のある娘が我が家のお嬢さまよ。あんなので良ければついて行ってあげて」

 

母の額に青筋が見える気がした。

 

 

 

 

 

「急に驚かせるなよ。来るなら来るって学校で予告しといてくれないか。せっかく念入りにかぶった猫が台無しになった」

 

轡を並べて駆けながらぼやくとジャスティンは「僕にも急な話だったんだ」と苦笑した。「両親は兄貴を寄越すはずだったのに、友達とのパーティを優先して大学から帰らないってあっさり言ってきたから僕が急遽呼び戻されたんだ。僕だって昨日まで君んちのチャリティだなんて知らなかったさ」

 

「なんだ、学校でクリスマスを過ごす予定だったのか? だったらお兄さまと一緒じゃないか。帰らなきゃいい。わたくしは逃げようがないけど」

「そうは言うけどね。僕がホグワーツに入学したことで、あちこちに嘘ついたり、両親には心労をかけてるんだから、多少は協力的な息子の真似をしなきゃ」

「偉いな君は。まあ、ウチには嘘つかなくていいってご両親に教えてやるといいよ。貴族のフリは得意だけど、中身は魔女と魔法使いの家だ」

「昨日説明してきたよ。ディナーの最中、さっきの君みたいに噎せ返ってしまってね。ところでさっきから気になってるんだけど、君、狩が出来るのか?」

「出来るよ。ママは狩は嫌いだけど、ばあばは山菜採りのついでに熊を狩ってくる。そのばあばに育てられたんだ。そこらの貴族よりはマシだろ。川渡りだ、ジャスティン、落ちるなよ。凍るぞ」

「本気か?! 今どき、なんて荒っぽい狩場なんだ!」

 

飛沫を跳ね上げて川を渡りきると、馬の脚を緩めて「ここはゴドリックの谷。ゴドリック・グリフィンドールの本拠地へようこそ、レディ・ヘルガ・ハッフルパフのおぼっちゃま。荒っぽいのは昔からだ」と笑った。

 

 

 

 

 

「レン! こっちに来いよ。おいおまえら、レディ・レンのおなりだぞ」

「やめろくださる、ウィル? 勘弁してよ、たった1日でかぶった猫が剥がれたってバレたら、お母さまに本体の皮を剥がれる」

「舌がもつれてるよ、レン。『やめろくださる』じゃなく『やめてくださる?』だからね? まあ、そんなことはどうでもいいじゃないか。君の本性はもうここのみんなに知れ渡った。君もご両親みたいにオックスフォードに進学するなら、令嬢ぶってちゃやってけないぞ」

「そういうこと。噂に反して本体はヒースフィールドって柄じゃないから、大方、日本かアメリカのレベルの高い高校に入ったんだろうけど、この狩に出たってことは大学はこっちだろ?」

 

たぶんね、と蓮はブーツの踵を床に打ちつけて泥を落とした。「入れてくれる大学があれば」

 

ジャスティンが強張った顔で「レン、君のお母さまが今の仕草に眉を吊り上げてる。本体の皮を剥がれるまで秒読み段階だ」と教えてくれた。

 

そそくさとブーツの先で落ちた泥を蹴散らして、背筋を伸ばし、脚を閉じて座り直した。

 

「焼け石に水って感じだな」

「やめとけやめとけ。デビュタント・ボウルでも開催する気か?」

「するわけないだろ・・・今のこの姿勢を維持するだけであちこちの筋肉が攣りそうなのに。ジャスティン、ママの視線があっち向いたら教えてくれ」

「もういろいろ手遅れな気がするけどね」

「わたくしは生まれ落ちた時点で手遅れなんだ、知らなかったのか?」

 

スーザンからは聞いてないな、とジャスティンが呟いた。

 

「ん? ああ、スーザンは常に物事を好意的にとらえ、皮肉を言わない人だからね。批評が聞きたければハーマイオニーをお勧めする。聞くところによると、アレは新聞の社説欄を握りしめて生まれ落ちたらしい。さて、皮を剥がれに行って来ようかな。ジャスティン、付き合ってくれ」

 

ジャスティンを伴って母の近くに行くと、不気味なほどわざとらしく上機嫌を装った母が「まあ、MVPのお2人ね」と蓮をハグした。

 

「ありがとう、お母さま。失礼、レディ・メラニー。母と少々・・・」

 

母を引っ張って脇に寄ると、母が「あなたのお行儀にはもう期待しないから、ママのお行儀の邪魔はしないでちょうだい」と、お行儀もへったくれもない顔で言った。

 

「はいはい皺が増えるよ。ママ、こいつはジャスティン。フレッチリー家の御子息らしいけどハッフルパフのお行儀の良い生徒なんだ。ジャスティンのせいで猫の皮が剥がれた。ジャスティンのパパとママに今度魔女らしく挨拶してくれる? フレッチリー家はマグルの一家だから、ジャスティンの社交に胃が痛くなってるらしい」

「同じ魔女でもママもあなたには胃が痛むわ。ジャスティン? そういうわけで辛抱強くこの馬鹿娘のお守りをしてくださったのね、ありがとう。あなたのお父さまとお母さまには、たまにお会いすることがあったけれど、さすがに存じ上げなかったわ。なにかと気を遣うこともおありでしょうけれど、我が家でよろしければいつでもご相談に乗りますとお伝えいただける?」

「ありがとうございます、レディ・レイ。両親も僕のことを隔てなくご相談する方がいらっしゃると思えば心強いでしょう」

「なんてお行儀の良い・・・男の子みたいなのは諦めがつくけれど、せめてあなたぐらいお行儀良くしてくれれば、どんなにか、わたくしの心労が減ることかしら」

 

ジャスティンは苦笑した。

 

「レディ・レイ、レンの今日のお行儀は、周りの男連中が悪いんです。学校のパーティでは、レディらし・・・もとい、紳士らしくしています。先日は、スーザン・ボーンズをエスコートして、ルーナ・ラブグッドの不思議なダンスをフォローしていました。ハッフルパフの女の子達の間では、たいへんな人気です。それに、談話室の樽も」

「ああそれそれ。ママ、ハッフルパフの談話室のインテリアの樽に、グランパが首席の時に落書きしてたらしいよ。HB WWWって」

「そう。ジャスティン? 御都合がよろしければ、このまま今夜は我が家に滞在なさらない? わたくしの義父はハッフルパフの卒業生なの。ハッフルパフの殿方を狩にお招きしたのなら、きちんとしたおもてなしをしなければ義父が機嫌を損ねると思うわ」

「それがいい。ジャスティン、そうしなよ。クロックタワー2を買ってあるんだ。トムくんみたいな身の上の少女が超常現象を起こす殺人鬼の館で逃げまくるゲーム。知ってるだろ?」

「レン、君ね・・・レディ、お招きありがとうございます。家に連絡して許可がもらえたら是非そうさせてください」

「ええ。執事に言って電話を使ってちょうだい。蓮、ミセス・バロウズにジャスティンのお部屋を準備するようにお願いしてきて。そうしたら、今度こそ、今度こそレディらしくお茶の時間ですからね。それから、このカントリーハウスにあなたの愛するゲーム機は持ち込んでいません。ここであなたがするのは、残虐趣味のゲームではなく皆さまのおもてなしです。いいわね?」

 

横暴だ、ブスっと呟いた蓮はジャスティンを引き連れて執事を探しに行った。

 

 

 

 

 

数人の滞在客との肩の凝るディナーとその後のおしゃべりを終えると、母と蓮、ジャスティンはプライベートな書斎に移動した。

 

「うー。ジャスティン、なんでタキシードなんか持ってくるのさ。君がそんなもん着るから合わせてわたくしまで着なきゃいけなくなったじゃないか」

「そりゃ悪かった。でもカクテルドレスよりはマシだと思うよ。カクテルドレスの君をエスコートすることになったらどうしようと不安だったんだ。タキシードで出て来てくれてホッとしたよ」

 

ほどいたタイを垂らして立襟のボタンを外し、首をガシガシ掻く蓮の頭を思い切りはたいて、母が言った。

 

「カクテルドレスはちゃんと用意してあったのだけれど、この馬鹿娘にそんなものを着せても女装にしかならないとわかったの。グランパのタキシードがあって本当に良かったわ。これで生まれつきレディの称号を持っているなんて信じられない。タキシードでも脚は閉じなさい!」

「ふーい」

 

4時40分を指していた両脚が5時35分になった。

 

「ですが、レディ、ウィンストン家の薔薇が初めて公に登場したわけですから、男連中の注目を集めるのは当然のことですし、こういう気取りのない性格のレディです。みんなつい楽しくなって、調子に乗ってしまっただけですよ、レンも一緒に。悪いことではないと思います」

「ああ、温室の薔薇を見たのか、ジャスティン。ここはもううちの所有じゃなくて、ゴドリックの谷の観光名所みたいなもんなんだけど、造園技術者のミスタ・ガレアッツォがウィンストン家への恩返しだと言って、ずっと無料で管理してくれてるんだ。ウチからの援助分はとっくに返し終えてると思うんだけど、報酬を受け取ってくれなくて困ってる。それはともかくいい薔薇だろ?」

 

母が深い溜息をついた。

 

「ジャスティン、ウィンストン家の薔薇さまとやらには暗喩は通じないの。悪趣味なジョーク以外では。悪趣味なジョークになら、英語教師が大喜びするぐらい口が滑らかになるのだけれど、誠実な会話に不向きな娘よ。もうわたくしの頭痛のタネの件はわきに置いておきましょう。レディ・エドウィナに向かって危うく『跨るものはなんでも得意です』と宣言するところだったわ。ハッフルパフということはミス・スーザン・ボーンズと同じハウスなのね?」

「ああ、そういえばハーマイオニーから聞いてるけど、君、グリンゴッツに就職を希望してるんだって?」

「はい、レディ。同じハウスで親しくしています。レン、うん。去年君たちがやったヴィクトリア2世プロジェクトに刺激されてね。国際魔法協力部かグリンゴッツを希望してる。グリンゴッツが第一希望だね。国際社会に目を向けるには金が一番強いモチベーションになるだろ。為替や投資の取引が盛んに行われるようになると、マグル社会や国際魔法社会への関心も強くなると思うんだ。ポンドとガリオンの交換は固定レートなんだよ、レン。『魔法界には深刻な危機が訪れてるんじゃなかったのか、どうしてガリオンの価値が下がらないんだ』って父はボヤいてる。どんな政治情勢でも貨幣価値が安定しているのは安心できるかもしれないが、それが社会の硬直化を招いている側面もあるんじゃないかな」

「そりゃ今がどん底の底値だからさ。社会の硬直化とはまだ優しい表現だ。わたくしに言わせればガッチガチの死後硬直だな。パパに言ってやるといい。『今のうちにガリオンを買い占めなよ。いずれ僕がガリオンの価値を高めてやるから』ってさ」

「死後硬直なら手遅れじゃないか」

「不死鳥のごとく蘇る予定なんじゃないか? だから不死鳥の騎士団なんだろ。ね、ママ」

 

茶化さない、とまたひとつ蓮の頭をはたいて母は「失礼」と退室した。

 

「ウクライナの放射能漏れを知らないのがイギリスの魔法界だよ、ジャスティン。君の野心は死後硬直した魔法界に必要なカンフル剤だと思うけど、ゴブリンが相手だ。難しい仕事になる」

「やる気のなくなるようなこと言うなよ。それにしてもヴィクトリア2世プロジェクトは凄かった。頭を叩かれた気分になった。僕は魔法使いでありながら、マグルの家庭で育った。でも、その僕でさえ、魔法界ってのはこういうものだ、ヴィクトリアン的なのが魔法界だと無批判に受け入れてた。僕の中で、マグル社会と魔法界は、まったく別の次元に存在する、いわば異世界だったんだ。君たちのやったことは、少なくとも僕の中の2つの世界を同じ次元の世界だと無理矢理繋げてくれた」

「無理矢理かよ」

 

また脚が4時40分に開いた。

 

「失礼な表現だったら謝る。世界の扉をこじ開けるようなエネルギーを感じたというニュアンスで言ったんだ。魔法界のことは嫌いじゃない。ヴィクトリアン的な雰囲気も悪くない」

「もはやゴシックホラーだけどな」

「そういう雰囲気は決して悪いものじゃないと思う。ゴシックホラーじゃなくヴィクトリアンのほうはな。でもそれが、この地面から乖離して、幻想世界のように存在するという感覚は誤りだった。マグルのロンドンと同じ次元、同じ地面にダイアゴン横丁が存在する。魔法界のヴィクトリア朝的な雰囲気、それはそれとして、世界の水準に追いつくべきところは追いついていかなきゃ、存続すら危うい。誤解しないでくれよ。僕は何もかもをマグル基準にしたいわけじゃない。殺菌されたように切ないほど清潔な空港やホテルなんか必要ないんだ。EU魔法本部だって必要ないと思ってる」

「EUどころじゃないだろ、まだ。イギリス以外の国名をいくつ知ってるかさえ怪しいんだから」

 

せせら笑う蓮を指差して、ジャスティンは「ウィンストン伯爵家は格式を重んじるからタキシードを持って行けと母に言われた。君だってこうしてタキシードを着てるし、スラグ・クラブじゃホワイトタイのドレスローブを着てた」と熱を込めて言った。「そういう部分は大事にすべきだ。伝統と格式はね」

 

「頼むからその台詞はママの前では控えてくれ。この夏にわたくしは日本の伝統と格式に則って、振袖と袴を作らされたんだ。この顔で振袖なんて似合うわけがないってのに。人種と性別を無視した女装って気分だった。フレディ・マーキュリーのキモノガウン並みの珍風景だ」

「日本でも旧家なら仕方ないだろう。話を戻すぞ。僕は伝統と格式を重んじる魔法界に魅力を感じるセンスの持ち主だ。でも、HIVやエボラ出血熱に、ありふれた範囲ではインフルエンザ。同じ地面にいるんだ。無縁なわけがないじゃないか。マグル社会と完全に情報が遮断された魔法界の危うさに初めて気づいたんだよ。君たちのおかげだ。仮にイギリス国内にエボラ出血熱の患者が出たらどうなる? 魔法族が接触したら? ボム! 病名さえ魔法省が把握するまもなく絶滅するんだ」

「それはいささか極端な想像だけど、まあ、可能性はあるな」

「だから、一定以上のマグル社会の知識は持っておくべきなんだよ。今はそれさえない。学校で教え込むだけじゃ足りない。スリザリンの奴らを見ればわかるだろう。学校で教え込むだけじゃ軽視して卒業と同時に忘れるに決まってる。だから僕は、経済面で同じ地平にあるものとして魔法界の地盤を固めたいんだ。マグルのニュースを見ることぐらいは当たり前だという風潮を作りたい」

 

蓮はぱちぱちと手を叩いた。

 

「全面的に同意するよ、ジャスティン。するけど、難しい話はやめにしてくれ。今日は鹿3頭の命日だ」

「狩なんだから当たり前だろ。ちなみに手を下したのは君だ」

「うん・・・狩をするたびに思う。今、わたくしは命を奪った、ってね。格別な動物愛護主義者じゃないんだけど、この感覚を忘れないように努力することにしてる。じゃなきゃ、モンスターになる」

 

ジャスティンが口を噤んだ。

 

「わたくしなら、トムくんみたいな大魔王になることは不可能じゃない。彼の製造工程は、ある程度掌握してる。簡単なことなんだ。命を握り潰し、その命を食い尽くし、不死だと喧伝すればいい。躊躇なく殺す場面を見せつければいい。だから、そうならないために、綺麗な瞳をきちんと見てから鹿を撃つ。馬鹿げた感傷だけど、わたくしにとってこれは大切な儀式だ。でもこの儀式は厄介でね。胸が痛くなるんだ。その夜は眠れない」

 

立ち上がった蓮は、古い有田焼の徳利からクリスタルのカットグラスにファイアウィスキーを注いだ。

 

「だから難しい話は日を改めることにして、酒に付き合ってくれないか?」

 

蓮の差し出したグラスを受け取ったジャスティンが、ふっ、と笑った。

 

「なんだよ」

 

リビングチェアにふてくされたように沈み込んだ蓮が眉を寄せる。

 

「いや。スーザンやハーマイオニーのように魅力的なレディが、君を放っておけないのは当たり前だなと思っただけさ」

「なんだそれ」

「ファンタジーの中にしか存在しない『少年』というナイーヴな生き物が君なんだと思った。ぶっきらぼうなくせに傷つきやすくて、自分が傷つきやすいから極めてデリケートな心遣いをする。ぶっきらぼうなままね。そうだな・・・イメージとしては、両手をポケットに突っ込んで、石ころを蹴飛ばすように歩いているのに蟻を踏まない『少年』だ」

「そんなめんどくさい生き方はしてない」

 

してるだろ、とジャスティンが可笑しそうに笑う。「スーザンによれば君にとってハーマイオニーはめんどくさい女の子らしいけど、そのめんどくささに律儀に付き合ってるじゃないか。それは蟻を踏まない努力だ。スーザンをスラグ・クラブに誘ったのもそうだな。細かいところまでよく見てると思うよ。スーザンなら放っておいても誰かがスラグ・クラブに誘っただろうに」

 

「あー・・・その可能性を考えなかったわけじゃないけど、まずはわたくしが繋ぎをつけたほうが彼女にとって良いと判断した。伯母さまのことがあるからね。わたくしなら、ママが事件の後始末をしたこともあって、そういう話題に対処できる」

「ほら見ろ。蟻を踏まないようにしてる」

「当たり前の配慮じゃないか。大したことじゃない」

「君にとってはな。でもそれが出来る男はいない。ウィーズリーを見てみろ。不器用な歩き方でうっかり蟻を踏んだ上に、慌てたせいで余計に踏みにじった。あれが普通の男なんだ」

「ロンに悪気はないんだ。被承認欲求が強いんだよ。お兄さまたちが個性的過ぎるうえに、すぐ下には7番目にして初めての女の子。どうしてもご家族の関心に飢えてしまいがちだ。だからラベンダーのように強烈な承認を捧げてくれた女の子に傾きやすい。踏みにじりたくて踏みにじったわけじゃない。目の当たりにするのも迷惑だから、そろそろ人に見せていいかどうかの限度はわきまえて欲しいけどね」

「それはなんとなく想像はつくけど、理解はしても賛成はできないな。僕ならああいう真似はしない」

「君はね。でもロンはああいう人間だし、なんだかんだ言ってもハーマイオニーはそういうロンが好きなんだ。いいだろ別に」

「もちろん。僕が口を挟むようなことじゃない。しかしスーザンは」

 

蓮は目を瞬いてジャスティンを見つめた。

 

「な、なんだ?」

「女の子たちの話ばっかりだな、ジャスティン。君がそこまで女の子に関心が強いとは知らなかった。でも女の子にモテる方法なんてわたくしは知らないよ。専門外だ。まあ、強いて言うなら・・・3階女子トイレのマートルと辛抱強くコミュニケーションを取ることが効果的だと思う。彼女に慣れてしまえばハーマイオニーのめんどくささぐらいはなんとか処理出来るようになる。でもハーマイオニーとスーザンはかなりタイプが違うよ。手当たり次第は感心しない。ターゲットは絞ったほうがいいんじゃないか?」

 

蓮は肘掛の上で指を折ってジャスティンのためにハーマイオニーとスーザンの差異を数え始めた。

 

「気の強さ。これはハーマイオニーの圧勝と言いたいところだが、一長一短だな。スーザンは芯がしっかりしてる。柳のような女の子だ。当たりは柔らかいけど流されることはない。そのぶん侮られやすくて損をしそうだから配慮を要する。ハーマイオニーは・・・ジュラ紀から生えてる樫の木かなんかだ。どかーんって、やたら存在感を主張する。でも、中身が腐って空洞化したら一夜の嵐で倒壊。そして人に、つまりわたくしに迷惑をかける。デリカシーはスーザンの圧勝。人の感情の色を読み取るのが上手い。それに合わせたタッチを選んでくれる。ハーマイオニーは正確に読み取った上で意図的に踏みにじる。いや、これも決着はつかないな。どっちが良いかは人によるから。胸のサイズならスーザンで間違いないと思う。ハーマイオニーのアレはなあ・・・よりによってわたくしと同じサイズなんだ。不憫だろ」

「・・・そこらへんにしてくれ。別にサイズなんか知りたいとは言ってない」

「じゃ、何が知りたいんだよ? 来年リリースのファイナルファンタジーの先行情報ならわたくしが知りたい」

 

いや、とジャスティンが口ごもった。「特に何が知りたいとは・・・単に君にとって2人はどんな存在なのかとか。そういう・・・」

 

「スーザンはふかふかのベッド。ハーマイオニーは高級寝袋」

「・・・なんだよその喩えは。サイズの話から離れてくれ」

「通常営業日にはスーザンの包容力のある穏やかな優しさに勝るものはない。非常時にはハーマイオニーの極めて高度な利便性に感謝する」

「じゃあ君は今まさに、ふかふかのベッドの中で高級寝袋にくるまって眠る生活なんだな」

「そう聞くと、贅沢なんだか窮屈なんだかよくわかんなくなるなあ。ま、簡単に言ってしまえば、タイプの違う親密な友人であり、どちらが欠けても困る。そういう説明でいいか?」

「・・・ハーマイオニーにはウィーズリーだと認識してるんだろ。スーザンには?」

 

蓮は腕組みをした。

 

「うーん。特に聞いたことはないなあ。男子と一緒にいる場に同席したことないしね。誰かいるのなら君のほうがわかるんじゃないか?」

「・・・いや、知らない」

「うーん。わたくしの勝手な意見だけど、穏やかな人が良いと思うよ。誰にでも合わせてくれる人だけど、気性や生活に波や転変の多い奴にもじっと我慢しそうだから、彼女の負担ばかりが大きくなりがちだろ。スーザンをよく見て、歩調を合わせるぐらいの意識のある人と、細やかに気遣いをしあう形なら、彼女にとって負担の少ない良い関係が続くと思う。でもまあ、スーザン次第かな。結局は彼女が好きになった相手と結ばれなきゃ意味がないし、彼女はそいつになら心労をかけられてもかなりのところまでは耐えられる人だと思う。スーザンの限界が来るより、わたくしやハーマイオニーがそいつをぶん殴りに行くほうが早いだろうから」

 

ジャスティンは額を押さえて黙ってしまった。

 

「おーい。寝たのか?」

「いや、寝てない・・・君は・・・自分を棚に上げてよくそれだけズバズバ言えるなあと呆れてるんだ。鈍いと言われることはないか?」

「スーザンには『にぶちん』って言われたよ。そんなことないと思うんだけどね」

「・・・君のことで彼女とここまで意見が一致するとは思わなかった」

 

その言葉の意味がよくわからないので聞き流し、蓮はリビングチェアの中で大きな伸びをした。

 

「それにしても疲れた。ジャスティン、君は社交慣れしてるんだな。ウィルたちとは以前から顔見知りか?」

「そうだね。今日のメンバーは兄貴と友人関係にある奴ばかりだった。それが?」

「ウィルたちは気楽に相手すれば良かったけど、泊まってる爺さんや婆さんの相手を朝からすると思うと気が遠くなる」

「伯爵家の令嬢の台詞じゃないな。君こそ僕より慣れてるんじゃないのか?」

「いや全然。知らないのか? ウィンストン家の御令嬢は、長いこと謎の存在だったんだ。病弱な深窓の令嬢で、日本の山奥の環境の良い保養地で育ったらしい」

「・・・もはや詐欺の領域だな。今日で全部台無しになったろう」

 

だからママの機嫌が悪いんだ、と蓮は頬杖をついた。

 

「だから、って?」

「ママはこれまで、基本的に社交はグランパとグラニーに任せてた。パパが死んでからずっとね。多少の御夫人とは面識があるし、グランパが連れ回すこともあったから慣れてはいるけど、好きではないんだ。ところが、グランパが駐米大魔法使いになってアメリカに行ったのとタイミングを合わせるようにわたくしが17歳になっただろ。マグル界ではまだ成人してないけど、グランパがいなくなればわたくしが謎の深窓の令嬢のままってわけにはいかない。グランパとグラニーがやってた社交のうち、最低限のものは、わたくしとママが担当することになる。それは仕方ないと諦めがつくけど、この狩は余計なうえに、わたくしのかぶった猫の皮が剥がれかねないって嫌がってたんだ。案の定剥がれたからブチ切れてるってわけ」

「ゴドリックの狩は余計なのか? 僕は詳しくないが、好評なチャリティだろう。それにしてもお母さまが反対なのに、よく実施する気になったなあ」

 

ゴドリックの谷の維持のためにね、と蓮は呟いた。「ハンナ・アボットが休暇中に君に連絡するとしたら、どうする? 執事やハウスキーパーの目の前でフクロウメールってわけにはいかないだろ」

 

「家の近くにある公衆電話からかけてきてくれるね。それが?」

「その公衆電話の回線を維持するには、もはやゴドリックの谷の魔法族がたまに利用する程度では間に合わないんだよ」

 

ジャスティンは「あ、ああ。そういうことか。アボット家はこの近くなんだな」と納得の声を上げた。

 

「それだけじゃない。魔法族の家に続く道路、街灯、教会墓地の権利。資金源無しでは維持できない。ゴドリックの谷は井戸水を使ってるけど、場所によってはマグルの水道管から水を無断拝借してる。君のグリンゴッツへの野心は大歓迎だ。誰か魔法族にマグルマネーを持たせてくれないかと常々思ってた。もちろんコーンウォールには他にも魔法族の集落があるから、ゴドリックの谷だけの問題じゃないしね。グランパはウチが寄付して維持するものだと考えてるし、それは継続不可能ってわけじゃないから、ママもその考えを踏襲してる。違いは、グランパは狩と社交が大好きで、ママはそうじゃないってところだね。わたくしは、どちらでもない。こういうイベントが好きなわけでもないけど、ウチがこっそり負担してなんとなく維持されてる現状は懸念すべきだと思う。さっきの例で言えば、魔法族も電話を引けば済む話なんだ。水道みたいな公共料金は魔法族も負担すべきだ。道路を使うなら税金を納めるべきだし、教会墓地に墓地が欲しけりゃ教会に金を払うべきだよ。別に資産が惜しくて言ってるわけじゃないよ。ジャスティン、君の台詞を拝借するなら、同じ地面に住んでるからだ。同じイギリスの同じ地面に住んで、同じ道路を使い、同じ街灯の恩恵を受けていながら、そのことに無関心。不自然な形だと思わないか」

 

頷きながら聞いていたジャスティンは「つまり、この狩は先々そういう改革を断行するための地均しと考えてるんだな?」と蓮の顔を覗き込んだ。

 

「そういうこと。動物愛護団体の非難を喰らわないように、グランパがチャリティって形式にしてたから、それに便乗してみた。わたくしが大々的にゴドリックの狩を主催してれば、魔法族も知ることになる。それが浸透したところで魔法族に対して、わたくしが『これは君たちの生活環境を維持する資金を捻出するためのチャリティだ。君たちはもうマグルマネー無しじゃ、イギリス人の標準的な生活を維持できないんだぞ』と指摘する足掛かりになる」

「・・・君は意外にも献身的なんだな。そのために、眠れなくなるほど悲しんでるくせに鹿を殺す奴は滅多にいないぞ」

「あの鹿は、魔法族の、暴力的とも言うべき無邪気さの犠牲になった」

 

グラスを揺らしながら言う蓮を、ジャスティンはじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

ミセス・バロウズに叩き起こされ、オットマンの上に用意されていた服に着替えて鏡を見た蓮は顔をしかめた。

ドレッシーなワイドパンツ、タートルネックセーターにシルクのブラウス。引きずりそうなほど長いホワイトパールのネックレスはたぶん・・・胸のあたりまでで首を何回転かさせればいいのだろう。

靴を摘み上げ、ボソッと呟く。

 

「外反母趾にアキレス腱断絶の危険が高いな」

 

とっととチェルシーに帰らなければ、歩行すら困難な負傷をしてしまうかもしれない。

 

着替えて朝食に降りていく途中で客間から出てきたジャスティンを見つけた。

 

「やあ、ジャスティンおはよう。二日酔いか?」

「・・・おはよう、レン。違和感がすごいから、そのファッションの時はレディのフリをしてくれないか」

 

しばらく考えて、蓮は「おはよう、ジャスティン。階下までエスコートしろくださる?」と右手の甲を向けて差し出した。

 

「・・・若干ボロが出てるけど、なんとか許容範囲だ」

 

そう仕方なさそうに苦笑したジャスティンが、蓮の右手を自分の左腕に添えさせた。

 

「一度ロンドンに戻ってから、今夜の夜の騎士バスでホグワーツに帰るよ。ハーマイオニーに伝言は?」

「特にありませんことよ。ただ・・・この女装の件は内密にしてくれ。学校でまでレディらしい振る舞いを要求されたらわたくしは絶対発狂する。ハーマイオニーがいったんそうしようと決意したら、わたくしのストレスが爆発するまで絶対に手を緩めないんだ」

「鹿の件は話しても構わない?」

「構わないよ。鹿撃ちをすることは知ってるから。ただし、あまり克明に描写するとめんどくさい議論を吹っかけてくるから用心しろ。ママと一緒で基本的に狩には反対の政治信条の持ち主だ」

 

 

 

 

 

「うちはウィンストン家と違ってカントリーハウスを持っていないんだ。タウンハウスだけ。多少の不動産はあるけど、僕は彼女みたいには、土地の人々に対して責任を負うという意識を持ったことがない」

 

だからあまり狩のことは責めないであげて欲しい、とジャスティンはハーマイオニーと並んで座った湖のほとりのベンチで、静かに頼んだ。

 

「・・・また馬鹿みたいなことしてるのね。そうやって自分が痛い思いをして」

「うん。でも自虐的だとは、僕は感じなかった。むしろ、冷静な目をしてた。決して悪い状態じゃなかったよ。そこは誤解しないでくれ。君にこんな話をしたのは、そのためじゃないんだ。君とレン、それからスーザン、パチルもかな、何か変革めいたことを計画してるように思う節がある。いわばヴィクトリア2世プロジェクトの拡大版、そんな感じだな。そこには経済分野の人材は必要ないだろうか。立候補したいと考えてる」

 

ハーマイオニーはジャスティンを見つめた。

 

「レンとあれだけまとまった、突っ込んだ話をしたのは初めてだったけど、すごい奴だと思った。彼女のビジョンの中で、僕にも力を発揮する場所が欲しいんだ。僕の強みはマグル生まれだということだ。魔法界とマグル社会を同一平面にしっかり据え付けて、繋げるべき回線を繋いでいく作業なら、マグル生まれの僕に適した役割だと言えるだろう。その中でも僕は以前から、経済という力点から魔法族の目をマグル社会や国際魔法社会に向けることを考えていた。そこが僕のロードス島だ」

「・・・スーザンとより親しくなるための手段と考えているなら、しばらくは期待に添えないと思うわ。経済は喫緊の最優先課題というわけではないから、参加表明は受け付けるけど、会議参加はもっと先のことになるわよ」

「違うよ。僕はスーザンをそんな風に侮ってはいない。そんな魂胆なら必ず見抜いて、軽蔑はしないまでもひどく残念そうな表情で、それとなく遠ざけられるだろう。機密性の高い状況で僕の出番がないことも理解してる。レンは、あくまでコーンウォールに限定した表現しかしなかった。突っ込んだ話とは言ったけど、コーンウォールとウィンストン家、その範疇のことしか話してくれなかった。その範疇という仮託の上で、魔法界に対するかなり明確な意図を感じさせてはくれたけどね。僕としても経済に手を入れるには、我々はまだ若過ぎて、何の経験も実績もないと考えてるから、まだまだ先の話だとわかってはいるんだ。でも僕にゴブリンと渡り合うだけの張り合いをくれないかと頼んでる。ダメかな?」

「ダメなんてことはないわ。というより、わたしたちの仲間にならなくても、あなたはあなたの考えの通りにやっていけばいいような気がする」

 

ジャスティンは首を振った。

 

「それこそダメなんだ、ハーマイオニー。僕の強みは、その観点からは弱みになる。レンに指摘された通り、僕が動かす相手はゴブリンなんだ。ねえ、僕はグリンゴッツに金庫さえ持てないでいるんだよ。グリンゴッツに金庫を持てない家柄の小僧がゴブリンを動かすのに、どれだけの時間とエネルギーがかかるだろう。もちろん孤軍奮闘することだって覚悟して、僕なりに頑張ってみるつもりはある。でも協調できるのならしたほうが良いと思った。それによって時間と労力を節約できるなら、それに越したことはない。違うかな?」

 

違わないわね、とハーマイオニーは肩を竦めた。「それにレンがあなたを簡単にあしらわずにそれだけ議論をしたというのなら、たぶんあなたはもうレンの中で経済担当大臣の椅子に座らされてると思うわよ」

 

「そうなのか? 議論といっても大半は煙に巻かれるようなジョークだった気もするんだけど」

「レンの癖よ。茶化すようなことばかり言ってたでしょう。あの人、そういう悪癖があるの。誠実な態度は滅多に取らないわ。どうせわたしのことなんて、口から先に生まれてきたとかなんとか言ったはずよ」

「いや・・・言ってないよ。言うわけがないじゃないか。君のことを信頼してるとだけ」

「嘘ね」

 

きっぱりとハーマイオニーは断定して立ち上がった。

 

「とにかく、先々あなたを頼りにすることは充分あり得ると思うわ。そのときはよろしく。あ、そうそう。グリンゴッツの金庫のことなら、レディ・レイに保証を頼んでみたら? わたしはそうして金庫の名義人になったの。レディが管理してる金庫をずっとお借りしてて、成人を機に名義変更していただいたんだけど。マグル生まれが金庫を手に入れるには、そういう方法もあるわ。参考までに」


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