サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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ハリーの個人授業
閑話34 皮剥ぎ男


ツイードのジャケットの下に杖腕を突っ込んで、古びたビルの裏手に回る。ザラついた粗いコンクリートの壁に背中を押し当て、気配を探りながら呼吸を整える。

 

「△◻︎●? ◼︎○●◻︎!」

「△◻︎●!」

 

行き交う声に目を閉じる。ひとり離れた。石畳を歩く足音が乱れている。警戒して身を捻りながら四方に杖を向けつつ歩いているのだろう。

 

今だ。

 

「エクスペリアームス!」

 

ビルの陰から躍り出し、続けざまに「インカーセラス!」を唱えて転倒した相手の胸を踏み、心臓に杖を向けた。

 

「お見事です、ミス・キクチ」

 

ブルガリアの闇祓いボリス・オブランスクがもうひとりの標的を背後に浮かせて駆け寄ってきた。

 

「ミスタ・オブランスク、わたくしはブルガリア語が出来ませんの。権利の告知をお願いできるかしら」

「承知しました」

 

 

 

 

 

「権利の告知ぃ? って何だ、ボリス」

「捜査官なら暗唱できなくてどうする、と言いたいところだが、おまえの場合は暗唱以前の問題だな」

「あなたには黙秘権がある。なお、供述は、法廷であなたに不利な証拠として用いられる事がある。あなたは被告側証人の立会いを求める権利を有する。もし証人を用意出来なければ、公的な法の専門家証人を付けてもらう権利を有する」

 

柊子が英語で暗唱すると、オブランスクがディミトロフに向かって「このような内容だ」とまとめた。

 

「ほう、イギリスの闇祓いは大したもんだな」

「しかしミス・キクチ、ロシア語は多少お出来になるでしょう。大して変わりませんよ。ロシア語で話しかけても通じます」

「なんでイギリス人がロシア語なんだよ、ボリス。おまえ常識ないな! イギリス人は英語を喋るんだ」

「シメオン。頼むから黙ってくれ。おまえが口を開くたびにミス・キクチの中でブルガリアの株が下がっていくようで胃が痛い」

 

 

 

 

 

#####

 

「この程度のアクションシーンが関の山ね。ウィリアム・ウィンストンの聞き込みの記憶を見たと思うけれど、たいていはあのような地味な作業よ」

「すごい。ハリウッド映画みたいだ。おまえには黙秘権がある、ってやつ」

「そうね。アメリカではミランダ警告と呼ばれるわ。イギリス魔法界でも昔は読み上げていたの。前回の魔法戦争の頃には忘れ去られてしまったようだけれど。ブルガリアでもシメオン・ディミトロフのザマを見ればわかるわね。省略されがち。でも、わたくしの娘のようなタチの悪い法律家は、こういう細かいところをあげつらって来るから気をつけなくてはならないわ」

 

さて、とペンシーヴから短い記憶を掬い上げると、菊池柊子はジャケットの内側に杖を仕舞った。「ミネルヴァが宿題を出していたわね。仮説は立ったかしら」

 

ハリーは「はい」と返事をして、ポケットから羊皮紙を取り出した。

 

「あら、ずいぶんぎっしりと書き込んできたのね?」

「みんなで話し合って」

「そう。ではそのディスカッションの成果を聞かせてくれるかしら」

「はい。まず数字から。最低でも6個。でもこの数字は、7を強力な魔法数とする観点からだけ算出したもので、えーと、トム・リドルの職業や人間関係の中に、博物館、美術館、古物商といった歴史的遺物に触れる機会の有無を検討する必要があります。それから、占い学・数占い学・古代ルーン語といった選択科目で何を履修していたか。これによって、ホークラックスによって何を構成しようとしたか絞り込むことが可能です。数占い的には魔法数の7を重視したでしょうし、古代ルーン語を学んだ人は、魔法陣的強度を意識する可能性が高く・・・あー、と、なんだこれ、あ、各ホークラックスのバランスを重視する傾向にあり・・・トムくんのフィーリング次第で増えたんじゃないか? ちなみにわたくしなら10までの素数の和にする・・・レンだな、この落書き。ということです。よって、トム・リドルの履修科目に関する資料と、交友関係・職歴の開示を求めます!」

 

読み上げてハリーが安堵の溜息をつくと、柊子は可笑しくてならないように机に手をついて肩を震わせていた。

 

「やりきったという顔つきね、ハリー」

「あ、はい」

「でも実際にやりきったのは、ハーマイオニーかしら? 蓮も茶々を入れたようだし・・・数占い担当はどなた?」

「スーザン、スーザン・ボーンズです」

「良いブレインが揃っているようね?」

「う・・・」

「使えるものは何でも使いなさい。わたくしだって、ミネルヴァの頭をさんざん使ったわ。とてもいい線を突いてきたから、正直なところ驚いているの。では、あなたのブレインたちの要求に応えましょう。トム・マールヴォロ・リドルの履修科目は、その3つの中ならば数占い学。そして、職業は・・・ボージン・アンド・バークスよ。数占い担当のミス・ボーンズにご褒美。職業について検討する必要を指摘したのは? ハーマイオニー?」

「す、スーザンです。すごい・・・スーザン天才だ」

「ではミス・ボーンズに2つ目のご褒美ね。素晴らしい素質だと伝えてちょうだい。ところでウチの孫は、何をしたのかしら」

「えーと・・・落書き。だけじゃないけど。ホグワーツの創始者の遺物から3つ、死の秘宝から1つ。この4つに匹敵するホークラックスとして、日記帳だけがガラクタ過ぎてわたくしなら怖い。よって、日記帳はカウントしないで、最初の4つプラス2つ。日記帳まで含めたら、計算して作成したホークラックスは7つあるはずで、計算外のホークラックスが最低でも1つ。もしかしたら2つ。だから、えーと、8個か9個のホークラックスがある、って力説してました」

 

柊子が眉を上げた。

 

「計算外のホークラックス?」

「はい。トムくんの計算通りにいかなかったケースが一番面倒なんだ、って。あと、レンは数よりバランス派です。自分の命を預ける一角が安物の量産品の日記帳だというのが気持ち悪いし、それをマルフォイ家に雑多な感じで預けたというのも不自然だ、って。えーと、ここに書いてあります。フリーメイソン。イルミナティ。自分ならそういう秘密結社のような階級を定めて、そのグランド・マスターやシニア・メンバーである証として恩着せがましく貸与して後生大事に保管させる・・・だそうです。これは簡単な喩えだけど、ルーン文字の中で純血主義者が美徳とする文字を6個定めて、真ん中に蛇がいる。これなら魔法陣として機能するし、真ん中の蛇はトムくん自身。あと、ああ、これ。中国の皇帝の頭上にはこういう魔法陣があって、6個の角に宝玉が置かれ、真ん中にひと回り大きな宝玉。こういう構造なら強いイメージを見出せるけど、この角に量産品の日記帳なんて絶対に嫌だ、って」

 

考え過ぎね、と柊子は一刀両断した。

 

「はあ・・・」

「ハリー、これまでレッスンを受けてきたあなたならわかるはずよ。蓮とリドルの違いについて」

 

ハリーはぽりぽりと頬を掻いた。

 

「フリーメイソンやイルミナティ、中国皇帝の玉座だなんて、僕、知りませんでした。リドルもたぶん知らないと思う。こんなこと考えるのは、レンやハーマイオニーぐらいだ。現にレンとハーマイオニーしかフリーメイソンもイルミナティも知らない。美しい構造だとかバランスだとか、およそリドルの教養じゃ考えつかない。でも・・・その僕でもやっぱり、日記帳は・・・変だと感じます。フリーメイソンやイルミナティなんてことじゃなくて・・・『俺様に相応しいホークラックスとは言えぬ!』っていうレベルだけど」

「そうね。そのセンスは確かに感じるわ。あなたのフィーリングのほうが、この場合はリアルだとわたくしも考える。まず第一に、魔法族の中でフリーメイソンやイルミナティに関する嘘か真かわからない都市伝説なんて流布されていない。リドルと1歳しか違わないから、ホグワーツでそのような都市伝説が楽しまれているなら、わたくしの耳にも入ったでしょう。第二に、トムのもうひとつの世界であるマグルの孤児院。こちらでも・・・フリーメイソンだのイルミナティだの・・・魔法使いの存在と同じぐらい現実離れした話ですものね。そのような論を弄ぶ気持ちの余裕は、ああした環境ではなかなか持てないでしょう。だから、フリーメイソンまで想像してしまうのは、自分に引き寄せて考え過ぎ。蓮の発想の中で参考にすべき点があるとしたら『計算外』を計算に入れていること、それから、自分の命を預けるという部分に着目していることぐらいね」

 

ハリーは首を捻った。

 

「計算外を計算に入れる?」

「殺人は常に計画通りに進行するとは限らないわ。計画通りに行くことのほうが少ない。だから、マグルの連続殺人犯のケースだと『手段の洗練』が起きる。だんだん殺人や死体遺棄が『上手になって』いくの。リスク要因を減らし、洗練された技術へと向上していく。でも、これすらも計算外と言えるかもしれない。殺し方が手慣れているかどうか。洗練された殺人は、それそのものがサイン、署名ね。捜査官にとって、それが手掛かりとなる場合も多いから。おぞましいことだけれど、それが現実で、犯人の発想を正確にトレースできる捜査官であればあるほど優秀な人材と言える。でも、犯人の発想を正確にトレースするだけの捜査官は、極めて危ういの」

 

柊子の言葉にハリーは一生懸命に頷いた。

 

「あら、心当たりが?」

「はい。僕は捜査官なんてことじゃないけど。アーサーおじさん、ミスタ・アーサー・ウィーズリーが魔法省で蛇に噛まれたとき、この傷を通してそれを見てました。蛇の視点から。戻しちゃうぐらい気持ち悪かった。自分の中にモンスターがいるみたいだった」

「そうね。自分の中のモンスターが膨れ上がるのを感じることはない? わたくしはあるわよ。リドルをどんな風に殺すか考えるとワクワクするわ。グリフィンドールの剣で被害者の数だけ刺してやる・・・のはミネルヴァに却下されたのだったわね。壁に貼り付けてダーツの的にするというのはどう?」

「ある、あります。良くないことだってわかってるけど・・・わかってるから押さえつけて、それ以上考えないように努力するのか正しい人間だ。僕もその努力はしてる。でも、ダンブルドアやレンを見て、殺害方法を考えてしまうことは・・・あるんです」

 

柊子は苦笑して言った。「あの2人を殺したくなる気持ちは理解できるわ」

 

「そうなんですか? 孫なのに?」

「孫だからこそよ。ホグワーツ入学する歳まで育てるのに、わたくしがどれだけ苦労したことか。チビのくせにクソ生意気だし、魔法で裏山を山火事にするし。学校から呼び出されて行ってみたら、なんだかよくわからないカードのために近くの駄菓子屋さんでお菓子を箱買いして、空き地で男の子たちと車座に座ってカード開封大会を開催していたなんてこともあったわ。シメオン・ディミトロフが面倒がって高額紙幣でお小遣いを与えたら、必ずそういう結果になった」

「・・・今もそうなんです。ハーマイオニーなんかグリフィンドールの談話室に『ウィンストンに蛙チョコカードを与えるべからず』って告知の張り紙して、毎月綺麗なストックに張り替えてる」

「ハーマイオニーならわたくしの共犯者になってくれそうだわ。さて、ハリー、あなたはそうした衝動をどうコントロールしているかしら? 例えばわたくしは、熊に八つ当たりしていたけれど」

 

ハリーは「熊ぁ?!」と裏返った声を上げた。

 

「そうよ、熊。熊がこっちに気づいて駆け出すと同時に姿くらましで移動して、獲物を見失って油断したところをズドン。『はっはっは! 人間様をナメるな! ばあばをナメるな!』と高笑いして獲物を担いで帰る。ウチの庭に熊が倒れてる間はバカ孫がおとなしくて助かったものよ。そのバカ孫は、熊じゃないけど狩をする。感傷的な狩。野生の動物が幸せそうに草を食んでいるのを観察して、この光景を破壊するということを噛み締めてから、銃を撃つ。それがモンスターにならないために必要な行為らしいわ。あなたは?」

「うーん・・・ただ我慢する。気晴らしに城の周りを箒で飛んだりするぐらいかな」

「箒で空を飛ぶのは良いことね。その間はリドルから自由になれるわ。彼は箒で飛ぶのは苦手よ」

「そうなんですか?」

 

箒を持ったことがないもの、と柊子が肩を竦めた。

 

「あ・・・」

「箒を買うお金は持っていなかった。誤解しないでね。ホグワーツは、奨学生が申請すれば、例えば、クィディッチ選手になったから競技用箒が必要だとか、正当な理由で申請すれば、中程度の箒を購入してその生徒に与えることになっているわ。ミネルヴァもそうして箒を手に入れた。彼女の場合は奨学生ではなかったけれど、牧師の収入からホグワーツの学費を出すだけでも充分に大変なことだったわ。だから、ホグワーツのスポーツ振興補助金を受けて箒を購入したの。貸与されたお金だから卒業後に返済したけれどね。でもリドルはそういうシステムを利用しようともしなかった。さっきのあなたの台詞と一緒。『ホグワーツが施しとして与える箒など俺様に相応しい箒ではなーい!』と思ったんじゃない?」

「あ、そっか。それに、すごい箒を目の当たりにしてた。レンのあの箒は、ばあばの箒だった。マクゴナガル先生の夢の箒だ」

 

そうね、と柊子は頷いた。「わたくしも2年生に上がる時点では考え無しだったから、ニコラスおじさまに最高の箒をおねだりしたの。ちょっと『最高』の範囲が広過ぎて頭が痛かったけれど・・・だけど、普通はミネルヴァのような発想と行動をとるものよ。柊子の箒ほどじゃなくてもとにかく必要なんだから、正当な手続きをして自分の箒を手に入れよう。箒の性能に頼らない技術を磨こう。それが正しい・・・正しいかどうか以前に、当たり前の感覚だと思わない?」

 

「思う。思います。ロンはそうした。僕の箒は、1年生でシーカーになった時に誰からか贈られた。騒がなかったところを見るとマクゴナガル先生だと思うんだけど。ニンバス2000。その時の最高の箒。ニンバスが壊れたあとに、シリウスがファイアボルトをプレゼントしてくれた。ロンは、ニンバスやファイアボルトを間近で見てたけど、家の経済事情を考えて、クリーンスイープならなんとかいけるんじゃないかっておばさんに相談した」

「ええ。健全な発想とスタイルだわ。リドルにはそれが出来ないの。菊池柊子の箒がシルバーアロー40ならば、俺様にはそれ以上の箒しか相応しくない。結果、何も手に入らない。そして箒無しで飛ぼうとする・・・」

 

うんざりしたように唇の端を下げる表情が蓮にそっくりで、ハリーは笑い出してしまった。

 

「失礼。あのバカには正直うんざりしているの。50年進歩せずに生きていられるんだから大したものよ。RAFがマルフォイ邸をピンポイント爆撃してくれたらいいのだけれど、それを依頼しようとしたらみんなして止めるし。よく考えてみたら、マルフォイ邸はマグルには目視観測出来ないのよ。だからこうして面倒な推理を重ねて、ホークラックスを破壊して、魔法族の領分で始末しなければならないってわけ。たぶんレーダーになら映ると思うけれど、衛星写真では無理ね。とにかく、古式ゆかしい手法で始末しないと、イギリスの魔法族の呪縛は解けないでしょうから仕方ないわ」

「イギリスの魔法族の呪縛・・・レンとハーマイオニーの敵はそれなんだ・・・」

 

柊子は頷いた。

 

「そういうこと。もちろんハリー、あなたの敵も。今のあなたの目前の課題は、リドル。それは間違いではないわ」

 

そう言って柊子が自分の額に指先で稲妻を描いた。

 

「コレが片付かないことには、あなた自身の未来に薄靄がかかったままなんじゃないかしら」

「・・・はい。はい、その通りです」

「だからコレを綺麗に片付けてしまいましょう。でも、あなた自身の未来については、一心に願って、リアルに思い描いて欲しい。心の底の底から、未来が欲しいと願ってもらいたい。それがあなたやみんなを救うことになるわ。死の淵から這い上がってくるエネルギーは、そこから湧き上がるのよ。そして、ハリー、認めたくはないけれど、リドルは、そのエネルギーだけは甚大な量を持っている」

 

弾かれたようにハリーが顔を上げた。

 

「不思議に思うことはないかしら。わたくしやミネルヴァは、リドルを心底馬鹿だと思っている。そんなに馬鹿なら、さっさと撃退していれば良かったんだ、って」

「そんな、そんなこと僕考えません!」

「そう? でも、わたくしたち自身がそう思っているの。叩いても叩いても、増殖してまた出てくる。それはホークラックスがあるからだけれど、これまでの魔法使いの犯罪史の中で、2つ以上のホークラックスを作った人間はリドルを含めて2人しか存在しない。そのうちの1人は、2つ目のホークラックスを作るとすぐに古いほうを破壊するから、常に存在するホークラックスの数は1個だけ」

 

柊子の顔つきが真剣な、険しい闇祓いの顔になった。

 

「複数作るようなものでは、ない?」

「ないわ。リドルがどの程度ホークラックスという手法のリスクを理解しているかはわからないけれど、ハリー、あなたはリドルと直接顔を合わせたことがある。わたくしたちの記憶の中で、人を殺す前のリドルの顔も見た。同一人物だとすぐにわかるかしら?」

 

ハリーはぶんぶん首を振った。

 

「近年のリドルの顔、人間離れしていると思わない?」

「思います。なんか、蛇みたいだ」

「それが、自らの魂を引き裂くことのリスクよ。引き裂けば引き裂くほど、魂本体と魂のカケラが乖離すればするほど、モンスターじみた容貌になると言われてきた。ただ殺人を戒めるための迷信と片付けていたけれど、あながち迷信ではなかったようね。この迷信を信じていたフランスの連続殺人犯の証言があるわ。怜が記憶を提供したのだけれど、ハリー、フランス語は?」

「・・・ジュ・テーム、アン、ドゥ、トロワ」

 

あっはははは、と笑われてしまった。

 

「正直でよろしい。そんなこともあるかと、肝心の証言は英訳してあるから、読んでもらおうかしら」

「あ、でも、僕映像も見たいです。その、もし良かったら、ですけど・・・」

「ええ、もちろんよ。表情や雰囲気、仕草は見なければわからないものね。でも、怜の尋問はおそろしくつまらないから覚悟して」

 

 

 

 

 

#####

 

「お時間をいただきありがとうございます。わたくしは、イギリス魔法省の検察官レイ・ウィンストンと申します」

「ウィンストン家? これは驚いた。歴史の中の家系かと思っていましたよ」

「そのウィンストンとは無関係かもしれません。質問を始めてよろしいですか?」

「その前に私からも質問がある。なぜイギリス魔法省からわざわざパリまで?」

「あなたの為した事柄の特異性に着目し、検察資料として本省でも理解しておく必要を感じたからです。両国の魔法法務部署長の許可は得ています。こちらに」

 

怜が眩しいほど白い用紙を机の上に滑らせた。

 

「これは本物かな。イギリス人がまともなパルプ紙を使うとは思えない」

「魔力照射を認めます。署名のインクを確認してください」

「ふむ。なるほど、あなたと法務部署長さんはまともな感性の持ち主のようですね。会話をする価値を認めましょう」

 

それはどうも、と平坦に相槌をうって、逆に滑らされた用紙を受け取った。

 

「それで何についてのご質問だろう。あなたのように美しいレディに私の芸術について語るのは嫌いではない。見たところ東欧系の肌の白さだ。皮剥ぎの技術についての意見交換? あなたの肌なら私のベッドサイドを飾るに相応しい」

「ずいぶんと結構な場所を与えてくださるようですが、皮膚がないとわたくしが困りますので。皮剥ぎについての意見交換ではありません。ホークラックスの件です」

「美しさに似合わない忌まわしいことに関心をお持ちですね」

「皮剥ぎとホークラックスは、わたくしの中では同程度に忌まわしいのですが、あなたの中では明確な区別があるようですね?」

 

ありますとも、と受刑者は椅子を90度回して、横向きになった。「限られた命でさえなければあんなものは作りたくなかった」

 

「あなたは常時、1つしかホークラックスを作っていない。事実ですか?」

「事実です。正確には重なって存在する時間帯はありますが、身を焼くような苦痛だし、この顔が異形に成り果てては、私の商売に差し障りがある。美しい女性を見つけて自宅に連れ帰り『仕事』を済ませたらすぐに古いホークラックスを破壊します。せいぜい数分しか2つ存在させたことはない」

 

せっかくの『記念品』なのに、と怜は真顔で言った。

 

「大した記念品ではありません。私にとっての芸術は皮膚ですよ。脱げたパンプスだのハンドバッグだのは、ゴミだ」

「自分の命をゴミに託したのですか?」

「レディ、ホークラックスを作ったことは?」

「ありません」

「人を殺した?」

「残念ながらまだ」

「ならばおわかりでないのも頷ける。私はね、1つしかホークラックスは要らないのですが、皮剥ぎをするたびに女性が途中で絶命してしまうのですよ。私に身を焼くような苦痛を与えてね。その苦痛とは、魂の苦痛です。魂が裂ける痛みです。魂が分断され、小さな塊が本体から遊離して浮遊してしまう。なので『仕事』のキリの良いところまで進めたら、そこらのゴミに留めておくわけです。ただそれだけの意味しかないので、いつまでも保存する必要はない。本体と小塊の乖離状態の長さも気になるので、新しいほうを残し、古いほうを破壊する。破壊にもコツがありますよ、もちろん。出来るだけ簡素であるべきだ。お見受けしたところ、あなたは簡素な殺しをするタイプではないね。心臓を抉り取って秤に載せてやりたい男がいる?」

「います」

「目玉をくり抜くことは考えた?」

「頻繁に」

「男の象徴を切り取りたい?」

「その部分に過剰な興味はありません」

「他に切り取りたい部位は?」

「あなたの肺を切り開いて裏返して観察したいと今まさに思っています。忌まわしいことばかりが口から煙のようにたなびいていますから、いったいどんな呼吸器の構造かと」

「いいね。あなたから冷酷に切り開かれる男が羨ましい。しかし、ホークラックスにそれをするのはお勧めしない。私は人魚の血を吸ったゴブリン製のナイフでひと突きで済ませる」

「悪霊の火でゆっくり炙るのはいかがでしょう」

 

最悪だ、と受刑者はハンサムな顔を歪めた。

 

「なぜ?」

「ホークラックスには魂が宿っているのだよ、この私自身の。出来るだけあっさりと解放しなければ私が苦痛を感じるじゃないか」

「なるほど。ホークラックスに魂を宿らせるのはせいぜい1ヶ月。ベッドサイドテーブルの引き出し、つまり極めて身近なところに保管していたのにも理由がありますか?」

「もちろん。1度だけ2ヶ月に延びたことがあったが、ホークラックスから解放した魂の馴染みが悪かった。乖離してしまうとやはり別物になる。それを回避出来る限界が1ヶ月、一番長い時間を過ごすベッドから離さない。ホークラックスを扱う鉄則だよ」

「これは仮定の話ですが。6個のホークラックスを作って、約40年間、あちこちに秘匿していたとします。このホークラックスに誰かが、例えばわたくしが致命的な攻撃を加えた場合、感知出来るとお考えですか?」

「不可能だ。どこの変態だか知らないが、ホークラックスの知識があるとは思えない。ホークラックスを手放すなど、危険なほど愚かしい。仮に破壊してももう2度と融合出来ないだろうから、あなたがたのような司法の手の者には好都合だろうがね」

 

 

 

 

 

#####

 

ペンシーヴから顔を上げたハリーは、せっせと深呼吸して新鮮な空気を取り込もうとした。

 

「気味の悪い男でしょう。こういう輩をこれからさんざん見なければならないわよ?」

 

がんばります、と頭を振って答えた。

 

「皮剥ぎ男と呼ばれるフランス人の魔法使いよ。魔女もマグルも構わずに26人の女性を、生きたまま皮を剥いで殺害し、そのたびにホークラックスを作った。ちなみに皮には、時間を止める魔法をかけて、家中の壁に飾ったそうだけれど、まだ寝室に飾るほど気に入った皮はなかった。怜はよほど気に入られたようね」

「・・・おばさん、すごいな。あんなに冷静でいられるなんて」

「ま、犯罪者の尋問は商売ですからね。いちいち怯えていたら話にならないわ。でも内心では気味悪がっているでしょう。あの冷静さは職業的スタイル。女性の捜査官や検察官には必要ね。さて、皮剥ぎ男の尋問に怜がわざわざ出向いた理由は、もうわかったわね。この男が今世界で一番ホークラックスに詳しいと思われるから。皮剥ぎ男は、合計で26個のホークラックスを作ったわ。ただし、さっき自分で言っていたように、最大で2個。数分間しか同時に存在させたことはない。リドルとの違いはわかる?」

 

ハンサムだ、とハリーは答えた。「26人分の皮を剥いだり、26個のホークラックスを作ったようにはとても見えない。話し方も、いやらしい部分はあるけど、全体的に知的。ハンサムなビジネスマン。ロンドンのシティあたりの銀行マンや株、トレーダーみたいだった。『俺様がー!』っていう、あからさまに変な人じゃない。そうだなあ・・・ハーマイオニーなら騙される、かもしれない。ハンサムなナイスガイに弱いから。こいつみたいなハンサムなナイスガイに道を聞かれたら、張り切って案内しかねない」

 

「あら危ない。ハンサムなナイスガイに話し掛けられたら、蓮を呼んで鳥肌が立つかどうかテストするようにアドバイスしてあげてちょうだい。典型的な連続殺人犯はこういう人間なの。わかりやすい記号を持たない。普通よりちょっと好感が持てるタイプという状態を維持したがるわ。皮剥ぎ男が自分で言ったように、異形に成り果てては女性に警戒されてしまうから。皮剥ぎ男は、最初の被害者である魔女から手痛い反撃をもらったことがある。最初だから『手段の洗練』以前のこと。その反撃は、生命の危険を感じるほどのものだったから、皮剥ぎ男は彼女が絶命すると、彼女の杖に自分の魂を宿らせてホークラックスにしたの」

「記念品、っておばさんが言ってたけど」

「連続殺人犯のもうひとつの特徴ね。殺人の記念品として、被害者の持ち物をコレクションする傾向が強い。もちろん皮剥ぎ男のケースでは記念品イコール皮膚。それ以外の被害者の所持品も家宅捜索では押収されたけれど、コレクションと呼べるような取り扱いではなかった。自分で言っていたように、ゴミだと認識していたのでしょう。捨てるタイミングを逸したりして、たまたま残ったものよ。リドルはどうだったと思う?」

 

ハリーは腕組みをして、しばらく考えた。

 

「皮剥ぎ男の目的は皮膚。リドルの目的は、ホークラックスを作ること。殺人の記念品をコレクションするのとは少し違うような・・・コレクションしたがる傾向は持ってる。ホークラックスとして利用するのは、そのコレクション品だ。でもそれは殺人以前に手に入れたものなんじゃないかなあ。少なくともばあばの時はそうだった。ダイアデムを探して来てからばあばを狙ったんだ。殺人の純粋な記念品とは言えないと思う」

「ええ。かなりコツが掴めてきたわね、ハリー。コレクションしたがる傾向・・・適切な言葉だわ。ではここでひとつだけ質問するわね。これが今日の宿題よ」

「はい」

「殺人の記念品でなくても構わない。彼の考える、彼自身の偉業を表す記念品のコレクションは、どこに保管されているでしょう?」

 

また難しい宿題だと、ハリーは愛想笑いしたのだった。


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