サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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閑話35 僕だけの場所

皮剥ぎエリック、とハーマイオニーは速やかに犯人を特定した。「フランス全土を震撼させた連続殺人犯エリック・ヴァロア、被害者は26人じゃなくて確か18人だったと思うけど」

 

「マグルのメディアで報道された時点で確認出来てたのが18人で、魔法省に捜査権が移ってから増えたんだろ。真実薬や記憶の糸という捜査手段が使えるから」

「記憶の糸ぉ?! 皮剥ぎ男の記憶なんて読んだ人いるのか?」

「皮剥ぎエリックに関しては、いるかどうかは知らないけど、基本的に容疑者が提供するなら読むはずだよ」

 

当たり前のことのように蓮は言う。ハーマイオニーが「そうね。そうだけど・・・あまりにおぞましくて、出来れば見たくないわ」と呟いた。

 

「だからわたくしは法執行部や闇祓いにはならないんだ」

 

得意満面に蓮が自慢した。自慢になることかどうか知らないが。

 

「イギリスでもそうなの?」

「今はどうだか知らないけど、ばあばはおぞましい犯人の記憶をだいぶ見たらしい。自分で記憶の糸を提供しなきゃいけないんだけど、おぞましい犯行を重ねる奴ほど得意げに記憶を提供してくるもんだって。自己顕示欲が犯行の根底にあるような奴は提供したがる。皮剥ぎエリックも自己顕示欲の塊だってママ言ってた。女性を家に連れ込む。家中の壁に飾られた女性の皮膚を見て怯えさせ、魔法で自由を奪って、怯える姿をいろんな意味で堪能してから皮剥ぎを始めるんだ。ちゃんとランクがあって、タトゥーが入ってる皮膚のランクは低い。廊下。黒人の皮膚は書斎。これは高ランク。そんな風にね」

「待って待って。飾られていたのは18人分しかなかったはずよ? だからマグルの警察は18人だと断定したんだもの」

「全身を一枚布に出来たのが18人だったってこと。残り8人は芸術作品を作るのに失敗したんだろ」

「レン、君のママの肌をベッドサイドに飾りたいってヤツは言ってたぞ」

 

ママよくそういうこと言われるんだ、となんでもないことのように言う。

 

「よく? 確かに美人だけど」

「そうじゃなくてさ・・・女性の捜査官や検察官をからかいたいんだよ。檻の中に入ってても、そういう性質は変わらないからね。普通の、ただの女だと思い知らせて優位に立つために、性的嫌がらせ発言を繰り返す。グリンデルバルドは紳士だったんだけどね」

「・・・そういうんじゃなくてさ。君や君のパパは平気なのかな。じいじだって」

 

蓮は首を傾げた。

 

「レン?」

「うん。いや・・・平気かどうかはともかく、じいじは諦めてんだろ。そういう女だってわかってて結婚したんだから。その延長上でママのことも諦めてる。菊池柊子の娘が検察官なんかになったらこうなりますよーって見本じゃないか。パパはどうだか知らないけど、最終的には諦めたんじゃないかな。その部分もママらしさなんだから。パパの言葉に従っておとなしく家にいるなんてうちのママのやることじゃない。もしそんなことしてたら用心しろ? 絶対に何か企んでる」

「でもそういう時期はあっただろ?」

「産休からずるっと忠誠の術生活にスライドしたからね。だいたい2年ちょっとわたくしごと家に閉じ込められてた」

「今だって」

「ハリー? 何を気にしてるんだ? うちのママやばあばの心配じゃないだろ、それ」

「ああ・・・うん、ごめん。僕なら、奥さんがああいう、皮剥ぎ男みたいな殺人犯と会話するだけで勘弁だなあって思ったんだ。君のママの仕事は素晴らしかった。ホークラックスを実際に作り続けたインテリの証言だ。あれを引き出せるなら、おぞましさぐらい妥当な負担だと思う。でも、僕の奥さんなら嫌だよ。舐めるように君のママの肌を見て、ベッドサイドに飾りたいだなんていやらしいことを言うんだ。それから君のママが男を殺すときにはどうやって殺すかとか。こんなの、君のパパはどう思うだろう」

 

鉄のパンツを買いに行くんじゃないかな、と蓮は笑い飛ばした。「ママから一番にちょん切られるのは自分だと思って」

 

「レン、今僕は割と真面目に考えてるんだ」

「じゃあ真面目に答える。それはハリーとその奥さんの間で解決すべき問題だ。つまりガールフレンド。ハリーの言うことを聞く女の子を選べばいい」

「・・・そういうタイプじゃないし、付き合ってない」

「どういうタイプなんだ?」

「敵の気配を感じたら杖を握って飛び出すタイプさ」

「・・・絶望しないで聞いて欲しいんだけど、君の周りにはもともとそんなのしかいない。嫌ならスーザンなんてどう? 芯は強いけど穏やかだし、君がどうしても家でおとなしく待ってて欲しいと頼めば受け入れてくれるよ。ただし我慢の限界が来たら、磔の呪文が飛び交う中で仁王立ちになって怒り出すから気をつけろ」

 

レン、と静かに考え事をしていたハーマイオニーが割り込んだ。「スーザンを勝手におすすめしないの。彼女にだって好みってものがあるわ」

 

「そうか。そうだね。スーザンに悪い。うーん、ラベンダーはどうだ? 『君のためを思って言ってるんだ。おとなしく家で守られててくれ』って言ってやれば感激して家にこもって、友達に惚気話の手紙を書き続けるよ。そしてフクロウの出入りが多過ぎて敵に居所がバレる」

「相手は自分で見つけたんだよ。打ち明けてないし、他の奴と付き合ってるけど、それでも・・・僕が戦いに行くなら、杖を握ってついて来るような気がする。だから悩んでるんじゃないか」

「何も言わずに行けばいいんじゃないか? なんでそういう子に、いちいち言って出掛けるんだ?」

 

当たり前のことのように蓮が首を傾げながら疑問を口にした。ハリーはその言葉にぽかんと口を開けた。

 

「そうか・・・そうだよな。僕のガールフレンドってわけでもないのに、なんで僕そんなこと考えたんだろう」

「理解して送り出して欲しいからでしょう。レンには難しいテーマよ、ハリー。聞く相手を間違ってるわ」

「じゃハーマイオニーならどう答えるんだよ?」

 

蓮がハーマイオニーにバトンを渡すと、ハーマイオニーは腕組みをした。

 

「・・・何も言わずに・・・幸せを願いつつ旅立つ?」

「わたくしの意見とどこがどう違うか100単語以内で説明してみろ」

「・・・君たちに質問した僕が馬鹿だった」

 

パーバティが蓮を呼びに来た。

 

「アルジャーノンのおねむの時間よ、レン」

「はーい。ハリーおやすみ。ハーマイオニーも早く寝なきゃ皺が増えるよ」

「さっさとこのクソガキを連行して、パーバティ」

 

蓮の尻をパチンと叩いてパーバティに向かって送り出したハーマイオニーがハリーに向き直った。

 

「ジニーに打ち明けてみれば?」

「・・・いや、それは・・・じ、ジニーじゃないよ。君の勘違いだ」

「すごくわかりやすいけど。ああ、レンにはわからないと思うわ。わたしは隠れ穴に滞在することが多かったからなんとなくね。ジニーが今誰と交際しているにしても、あなたが気持ちを打ち明けることが害になるわけじゃないんだから、言ってみればいいのに。何もかもそれからの話なんじゃない?」

 

ハリーは溜息をついた。

 

「ロンにイラ立ったのもそれが一因でしょう?」

「・・・かもしれない」

「せっかく隠れ穴にいてもロンにつきまとわれてジニーとろくに話せなかったから」

「誰にも言うなよ」

 

肩を竦めたハーマイオニーが「わたしはこの類の話には口が堅いの」と答えた。

 

「ディーンと付き合ってるんだ。余計な邪魔はしたくない」

「余計な邪魔なら、ジニーが却下しておしまい。ディーンとの関係に影響を与えるなら、そもそも彼女もあなたを好きだということよ」

「・・・だったらなんで他の奴と」

「軽い気持ちで異性と交際する人は少なくないし、誰かを忘れるために他の人と交際することもあるわ。それは本人にしかわからない」

 

ハリーは溜息をついた。

 

「悪いとは思ってる。君やレンはそれどころじゃないのに、僕がこんなことで頭がいっぱいだなんて」

「気にしないで。レンのことは特に気にする必要はないわ。アルジャーノンな上に今はおそろしく鈍感に成長中だから」

「なあ、ハーマイオニー。君だってこのままでいいのか? ロンのこと・・・」

「ハリー、それこそ『それどころじゃない』のよ。彼に調子を合わせるわけにはいかない。ママとラベンダーにちやほやしてもらいたければ永遠にその場に留まっているしかないわ。わたしはその場に留まってはいられないの」

 

ハーマイオニーが冷酷に言い放つのを、ハリーは痛々しく見つめた。

 

 

 

 

 

翌日、ハリーが箒を担いで談話室に降りると、蓮がディーンやシェーマスとチェス盤に向かっていた。

 

「ハリー? 練習は明日だ」

「いや、気晴らしに飛んで来ようかって。君もどうだ?」

「シェーマス、チェンジだ。オーケー、箒持ってくる」

 

風のようにすっ飛んで箒を取りに行ったところを見ると、何かストレスがあるらしい。ハリーは肖像画の扉近くの壁に凭れて待った。

 

「寒いのに熱心だな、君たちは」

「まあ、レンと飛ぶのは頭が空っぽになるからね」

「君たちについていけるやつはいないしなあ」

 

ディーンが呑気に言う。

 

「待たせた! さあ行こう!」

 

新入生のようなワクワク顔で、ハーマイオニーに強要されたのか大判のストールをマフラーのように首周りにぐるぐる巻きにした蓮が駆け下りてきた。

 

階段を下りながら、それを毟り取る蓮に「ハーマイオニーの気遣いだろ。ちゃんと防寒しなよ」と言うと、蓮が顔をしかめる。「ハーマイオニーみたいなことを言うのはやめてくれ。風邪なんかたぶんひかない」

 

「たぶんなんて言うからハーマイオニーのお節介を回避できないんじゃないか?」

「それは関係ない。お節介の相手が減って手持ち無沙汰だから、わたくしがターゲットにされてるだけだ。西暦何年何月何日にわたくしが空飛ぶのを寒がったかっての。空を飛ぶなら身軽じゃなきゃダメだ。誰かさんの代わりにするのは勘弁してもらいたいよ。わたくしはママからマフラーを巻いてもらって喜ぶタイプじゃないんだ」

 

ぽい、とストールを階段の手すりに引っ掛けて置き去りにすると、まだ廊下だと言うのに箒に跨り、玄関に行く手間もかけず、塔の真ん中から空に滑り出した。

 

 

 

 

 

城の尖塔をぐるぐるっと猛スピードで旋回して、箒を湖に向けると、身を伏せてさらにスピードを上げる。

 

耳が千切れそうなほど鋭い風が心地良い。

 

「ひゃっはー!」

 

浮かれた蓮の背中に少し遅れて湖の中央まで出た。

 

「はあ・・・君と全開で飛ぶのは気分がいい。相変わらず速いな、レン」

「練習のたびにストレスが溜まるんだ。セーブして飛ばなきゃいけないから。ハリー、コーチ役なんてわたくしには向かないんだよ。ジニーのほうがいいと思う」

「そのジニーにまだ自信がないんだ。今年は我慢してくれ。僕だって、声が枯れるほど叫んで回って、練習中はスニッチにだって触れないんだぞ」

「しょうがないなあ。キャプテンの言う通りになるのは今年までだからな? 来年はチームに入れるかどうかわかんないし」

「・・・卒業を待たずに大事業を始めるってことか?」

 

ハリー、と蓮が箒を止めてホバリングした。

 

「なんだ?」

「夏を待たずに事態は動く。本格的な戦争状態に突入することになる」

「・・・そうなのか? どうやって」

「計画は立ててあるけど、教えるわけにはいかないんだ。理由は2つ。一から十まで計画通りにいくとは考えられない。臨機応変な対応が要求される。わたくしやハーマイオニーは、もちろんハリーやロンの行動パターンを繰り返しシミュレートしてるから、君たちは自分のスタイル通りに動いてくれていい。というか、それが大事なんだ。ハリー・ポッターがハリー・ポッターらしく動いてくれないとうまくいかない。もうひとつの要因は、ロンだ」

「うん?」

「今のロンに説明して納得させるまでの間に、どれだけの情報が流出するか考えたら、とてもじゃないけど説明していられない。一から十まで説明したって、その要素のいちいちに、信用できないだとか、そこまでする必要あるのかとか喚かれたらどうなる? わたくしたちがいちいち回答を示していたら諜報面はボロボロだ。ロンをいたずらに刺激しないためには、伏せておくしかないことだらけなんだ」

 

わかった、とハリーは苦笑した。「スパイ大作戦に僕とロンは向いてない。認めるよ」

 

「いいネーミングだ。この戦争はスパイ大作戦によって進行する。スパイは2人いる。わたくしたちが用意したスパイはマルフォイ。もうひとりのスパイは誰だかわからない。ダンブルドアが用意した人物だ。わたくしたちはマルフォイに計画の全容は教えない。信頼できるかどうかの問題ではなく、事態が大きく動いた後、トムくんの懐に入ってもらうからだ。そのままトムくんの手先になっても構わないし、情報を握ってこちらに戻ってきても構わない。そういう状態を作るつもりだ」

「・・・君はマルフォイをどの程度コントロールしてるんだ?」

「コントロールなんかしてない。マルフォイはマルフォイのために動く。マルフォイ自身の未来の居場所をどちらの側が提供できるかの問題なんだ。そしてわたくしたちはそれに関しては100%の自信がある。恐怖に負けて未来を放棄するならトムくん側につくだろうし、歯を食いしばって自分の居場所を作りたければわたくしたちにつくしかない。原理的には単純な話だけど、目に見える動きは曖昧なものにしかならないだろう。だからいちいち説明することは無理なんだ」

「もうひとりのスパイはどの程度信用できるんだろう」

 

スパイは誰からも信用されない、と蓮は断言した。「信用できるかどうかの問題じゃない。スパイ自身は自分の真実のために行動する。わたくしやダンブルドアに必要なのは、スパイを信頼することじゃない。スパイに何をさせられるかが問題なんだ。マルフォイに限って言えば、わたくしが提示する未来をマルフォイが願うかどうかが重要なんだ。ダンブルドアのスパイのことはわからない。でも、ダンブルドアには自信がある。それだけはわかってる」

 

蓮はどことなく寂しそうに答えた。

 

「マルフォイを信じたくないのか? 僕らのことは気にしなくていい。信じたければ君だけは信じてやればいいと思う。本気で思ってるよ」

「そんなんじゃないよ。信じたければ自分で勝手に信じる。それが出来ないのが、なんだかつまらなくなってきたと思っただけだ」

「薬の件はどうする? やっぱりマルフォイに作らせたいと思ってる?」

「他に作れそうな奴がいないんだ。才能と実力は飛び抜けてる。ただし、疑わしさも飛び抜けてる。今のところ、ひいじいの遺した文献なんかを与えて、いくつかの素材の代替物を考えさせてる」

「代替物?」

「ああ、どういう薬を作るかはまだ教えてない。でも、ハリー、ちゃんと論文読んだのか?」

「読んだけど、代替物が必要な素材なんてあったのか? そんなことまで僕じゃわからないよ」

「ウクライナ産弟切草」

 

ウクライナ、と鸚鵡返しに呟いたハリーは「放射能漏れの? あのウクライナ?」と思い当たった。蓮が頷いた。

 

「産地がピンポイントで指定されてたんだ。まさに放射能漏れの地域。手に入るとしても使うのに二の足を踏んでしまうだろ。だいいち、手に入らなくなったんだ。その地域からの輸出は全面禁止。当然ながらウクライナの魔法族もそれに倣って輸出を停止した。あの論文が書かれたのは1980年。今は1997年だ。この17年間に使えなくなった素材はそれだけじゃないから、全ての素材を再検討する必要がある。再検討した上で、より強化した効能が期待できるものに置換しなきゃならない」

「そ、それをマルフォイにやらせるのは無理じゃないか? いや、勘違いするなよ。信用の問題じゃなくて、あいつの環境の問題だ。君やハーマイオニーなら頭に入ってる世界地図があいつの頭には入ってないだろ? ウクライナの放射能漏れだって知らなかったんじゃないのか? 他にも、あー、ほら、ヴィクトリア湖の水質とか気になるし。再検討ってそういう産地を洗い出すことから始まるんだろう?」

「それは問題ない。将来的には、マルフォイもそのあたりに自分で関心を持つべきだろうけど、この件に関しては国連からデータを取り寄せた。使えなくなった素材の特定は終わった状態だし、代替物の提案書もある。ただ、魔法薬の全貌がわからないまま進めるのはそろそろ限界ではある」

 

そう言うと蓮は箒の向きを変えた。それに合わせながら、ハリーは迷っている自分に気がついた。

 

しばらく2人でまた城の尖塔を巡るレースをして、グリフィンドール塔の屋根に下りた。

 

「レン」

「んー?」

「マルフォイに『アリアナの安らぎ』を作らせてくれ」

「・・・君が信用できない相手は嫌だろ?」

「君の言葉を借りるなら、僕の信用は問題じゃない。17年で使えない素材がいくつも出てきたんだろ。僕が自分の手元で温めてる間に、またいくつも使えなくなる。それじゃ元も子もないじゃないか。マルフォイに丸投げするんじゃなく、君たちがマルフォイを、未来を餌に惹きつけておいてくれるなら、それが一番早くママの薬を実用化する方法だ」

「『アリアナの安らぎ』そのものは出来てるんだ。謎の魔法薬学者が治験段階まで事を運んでる。まあ、それは何年も前になるから、やっぱり素材の再検討は必要だし、強化薬にも素材の置換は欠かせないけどね」

「いずれにせよ、マルフォイが必要だってことだろ。今飛びながら考えた。信用できない奴に任せたくない気持ちはあるけど、僕は誰が相手ならママの薬を任せるぐらい信用できるかなって。君やハーマイオニーやロンなら構わない。でも・・・悪く取らないで欲しいんだけど、君やハーマイオニーでさえ、どうだ? 自信はあるか?」

「ない。『アリアナの安らぎ』は完全に魔法薬学者の領分だ。OWLで魔法薬学がOだったからって手が届く代物じゃないよ」

「そうだろうな。僕の印象でもそうなんだ。だったらいずれ誰かに任せることになるけど、それはいつで、いったい僕はそいつのことを信用できるのか? 無理だよ、レン。マルフォイのことは信用できないけど、そのマルフォイにやらせるって言う君とハーマイオニーのことを信頼してる。じゃあ、今マルフォイにやらせるのがベストなんじゃないかって気持ちが、僕の中には確かにあるんだ。計算もある。今君たちに『アリアナの安らぎ』を委ねれば、決戦時に焦点を合わせて強化薬を完成させて、戦後に『アリアナの安らぎ』の本来の目的のために権力をフル活用してくれる。少なくともその可能性が高くなる。でも、今僕が仕舞い込んでいたら、実用化させて軌道に乗せるまでは、僕が自分で責任持って進めなくちゃならない」

「そんなことはない。わたくしもハーマイオニーも、ハリーがそうしたいと言い出した時には全力を尽くす」

「ほら、そこなんだよ。君の言う通り、全力を尽くしてくれる。『僕が話を持ってきたら』そうだろ? このタイミングでしか、君たちから人材や労力の提案は出てこない。人材がマルフォイだってことに戸惑いはしたけど、そもそも僕は君たちに任せるつもりは最初からあった。マルフォイだからって、ビビるのはもう無しにする。じゃなかったら、僕がこの頭を捻って、スネイプやスラグホーンに頭を下げて、優秀な魔法薬学者を紹介してもらって、そいつが信用できる奴かどうか自分で検討して、それから君たちに協力してくれって言いに行くことになるんだ。その時君たちは、大学生だったり新米教師や魔法省のインターン。その段階じゃ、使える権力も制限される。今がベストのタイミングだ。そのタイミングでマルフォイが君たちの円卓の間に転がり込んできたのだって、きっと何か大事な役割があるからなんだと考えることにした。スパイに最適だというだけじゃなくて、もっと確かな功績を持たせてやれるじゃないか。強化薬を完成させて、それによってヴォルデモートを捕えることに成功したら、マルフォイの未来はそうとうに開けるだろ? 君たちがマルフォイの前に吊るす餌がより豪華になる」

 

蓮は仕方なさそうに笑った。

 

「その思惑を否定はしない。確かにそれも考えてる。正直言って、マルフォイを円卓の魔法戦士にカウントすることには、騎士団からは反対されるだろうと思う。でもこの薬をマルフォイが作ったとなれば、騎士団を黙らせられる」

「騎士団だけじゃなく、魔法界全体から見ればマルフォイ家なんて信用されない。それを覆せるんだ。マルフォイが必死になって完成のために努力する価値のある薬のはずだ。もちろん無条件にじゃない。君たちがマルフォイをしっかりと惹きつけてくれることが条件だ。あいつの未来は、ヴォルデモートのためのものじゃない。あいつを含めた、僕たちみんなのためのものだ、って」

「うん・・・なあ、ハリー。あいつが一番やりたいことを知ってるか?」

「知るわけないだろ」

「副作用のない完璧な脱狼薬と、人狼ワクチンだよ。他に、龍痘のワクチンも」

「人狼はあっち側の戦力じゃないか」

「わたくしもそう疑問に思ったんだけど、あいつの答えはシンプル極まりないものだった。ただの戦力だ、永遠に必要なわけじゃない。それより、感染症なんかで魔法族が減ることのほうが損失だ。防げる病なら防ぐべきだ。そう言ったんだ」

 

ハリーは「不本意ながら同感だ」と頷いた。「君はその会話が頭にあったから、あいつの未来の居場所を考えずにはいられないんだな」

 

うん、と蓮が風に目を細めた。

 

「敵とか味方とか・・・そんなことよりも、わたくしたちにとって大切なことを考えたいんだ。わたくしは、20年後、30年後の未来を真剣に想像した。わたくしがホグワーツの校長になって、ハーマイオニーが魔法大臣。スーザンがハーマイオニーの後継で魔法法執行部長。グリンゴッツの役員にジャスティン、ハリーは闇祓い局長なんてどうかな。パーバティは聖マンゴでどこかの病棟の主任癒師。ネビルには薬草学の教授がベストだ。ルーナは、まあ、好きなように、夢のある生き物を探して冒険の旅に出るとか? ジニーは念願のホリヘッド・ハーピーズ。そういう未来の中で、スリザリンの奴らの居場所をうまく想像できなかった。それは当たり前だ。スリザリンは大半がトムくんの配下。トムくんを倒す以上、彼らに未来はない。そんなことでいいんだろうか、正しいんだろうかって思った」

「・・・そうか」

「親や一族の考えを真に受けて死喰い人側についた純血主義者。それだけで未来を棒に振らなきゃいけないのかな。それは違うと思ったんだ。もちろん無条件で受け入れて、社会を引っ掻き回されるのは困る。でも、まるっきり却下して切り捨てていくのも、つまんないよね」

 

そうだな、とハリーは頷いた。「こうして頭を冷やしてフラットに考えると、よく理解できる。僕もおおむね君に賛成する。僕はヴォルデモートを倒したい気持ちが強過ぎて、それが僕のものの見方を歪めがちなんだよな。ヴォルデモートを倒したら、どういう未来があるか考えなきゃいけないって、最近よく思うよ」

 

「そうだね・・・」

「君のばあばに言われた。未来を願えって。真剣に願うことで死の淵から這い上がるエネルギーを持って欲しいんだって。それだけの激闘が予想されてるんだろう」

「・・・そうかもしれない」

「生きるエネルギーだけはヴォルデモートには莫大なものがあって、それがあいつの、ばあばによれば大した魔法使いでもないあいつの唯一にして最大の強みなんだそうだ。皮剥ぎエリックでさえ、ホークラックスは最大2個数分間。苦痛に魂ごと身体を焼かれて、古いホークラックスはすぐに破壊する。そのホークラックスの中身が、自分本体から遠くならないように細心の注意を払うから、ホークラックスから解放された魂のカケラは、すぐに魂本体に融合する。ヴォルデモートのやったことを、皮剥ぎエリックは変態の仕業だって、心底おぞましそうに言った。皮剥ぎエリックほどの自己愛の強い文字通りの変態にさえ信じられない数のホークラックスを作って維持してる。そのエネルギーはたぶん世界で一番と言っていいだろう、って。本来なら大人たちがヴォルデモートを始末しなきゃいけない。未成年や成人したての若者を安全に保護して、経験豊富な大人たちが始末するべきだ。でもばあばはそれでは絶対に勝てないって言ってた。結婚して家庭を持ち、子供を産み育てて、孫まで成人した。マクゴナガルだってそうだ。名付け子や名付け孫がいる。自分たちは幸福な人生に、それなりに満足してしまった。ハングリーなほどの生きるエネルギーがどこからも湧いてこないって。だから僕たち若者に任せるしかない。僕たちの未来を切望するエネルギーが必要なんだ、って」

「まあ・・・あの歳でハングリーなほど生きるエネルギーに満ちてたら、わたくしが迷惑するし」

「ないらしいから安心しろ。君だってそうだろ? 澄ました顔してるけど、欲しい未来はあるんだろ? イギリス魔法界のためなんかじゃなく、君個人の未来だ。マルフォイと結婚してさ」

 

蓮が複雑な顔でハリーを見つめた。

 

「今年はみんなおかしくないか? 色気づいた奴ばっかりだ。なんでわたくしがマルフォイと結婚することになってるんだよ?」

「違うのか? ずいぶんマルフォイに気を遣ってるからてっきり」

「わたくしは猟犬に優しい伯爵令嬢としてゴドリックの谷では有名なんだ。野山に放つ犬には日頃からの思いやりが必要に決まってるじゃないか」

「じゃあジョージ」

 

ハリー、と蓮が眉間に皺を寄せ、こめかみを押さえて目をきつく閉じた。

 

「それも違う?」

「みんなを愛してる。ハーマイオニー、パーバティ、スーザン、ルーナ、マートル、ジョージ、マルフォイ、ネビル。ウェンディ、ウィンキー、ドビー。みんなを心から愛してる。これでいい?」

「僕とロンが入ってない」

「入れてやるから、わたくしの結婚の心配はしなくていい。したけりゃする」

「うーん。まだいまひとつ弱いな。君個人の未来予想図を聞きたいんだ。誰でもいいから結婚して、子供を持つ必要があるだろう? これは君の立場上だけど、多少は個人的な感情も必要だな」

 

子供ねえ、と蓮は屋根に後ろ手をついた。「誰が産むんだ?」

 

「君だろ。君の血は残さなきゃいけないんじゃないか?」

「イギリスのウィンストン家はわたくしで終わりにするつもりだ。だから、イギリスに住むイギリス人との結婚は無いな」

「そうなのか?」

「うん。結婚するとしても、家族は日本に置いて、わたくしがホグワーツに単身赴任するんじゃないかな。日本のほうはまだ責務を返上する予定はないから。強いて言うなら・・・子供にこんな仕事をさせないことが、わたくしの望みだ」

「レン・・・もう少し積極的な展望を持ってくれないか? まるで義務と償いのために生きるみたいで見てられない」

 

そんなことないよ、と蓮の瞳が遠くグレンコーの山々を見ていた。

 

 

 

 

 

うぇっくしょーい! と盛大なくしゃみが談話室に響いた。

 

「はーま゛いおに゛ー。でぃっしゅ」

「自分で持って来なさい。わたしの忠告を無視してあんな薄着で飛び回るからよ」

「う゛ー・・・」

 

ちーん、と洟をかむ音に数瞬遅れてハーマイオニーの悲鳴が響いた。服に鼻水をつけられたらしい。

 

ハリーは肩を竦めて箒の手入れを再開した。

 

「最近、レンは風邪ひきが多いの」

 

向かいのソファにジニーが座った。

 

「そうなの?」

「ええ。始終鼻を赤くして鼻水を啜ってる。こないだはずいぶん高熱を出して意識が朦朧としてたみたいだし」

 

心配だね、と口にして、その上ずった声に自分で嫌になった。

 

「あなたたちみんなして何を企んでるの?」

「べ、つに。何も?」

「わたしにまで嘘をつかないで。隠し事をするなとは言わないけど、隠すなら100%隠し通して。それが出来ないなら、話せる範囲で説明して。嘘は無し」

 

ハリーはしばらくジニーの燃えるような赤い髪を眺めて、軽く頭を振った。

 

「今回の企みのリーダーはレンとハーマイオニーだ。僕の裁量の範囲じゃ、どこからどこまで話せる内容なのか皆目わからない」

「・・・例の・・・名前で呼ぶべきだったわね・・・ヴォル・・・ヴォルデモート、の敵はあなたなのに? そのあなたにまでレンとハーマイオニーは企みの全部を話さないっていうの? あなたの問題なのに?」

「ジニー・・・それは・・・それは違う。レンとハーマイオニーの企みは、ヴォルデモートとは次元が違うんだ。それに、ヴォルデモートの件だって僕だけの問題なんかじゃない」

「あなたはそれでいいの?」

 

いい、とハリーはきっぱりと答えた。「それが僕たちのやり方だ。気にしてくれるのは嬉しいけど、レンやハーマイオニーを責めたりしないでくれ。そんなことより、レンのコーチのやり方を覚えてくれないか? 練習じゃレンの負担が大き過ぎるみたいだ」

 

ずるずると洟を啜りながらハーマイオニーに引っ張られて女子寮に撤収させられる蓮を顎で示して、ハリーはわざと皮肉を言った。

 

「・・・余計なお世話だと言いたいの?」

「意味が通じて良かった」

「あなたたちのやり方に首を突っ込むなってこと?」

「そうだ。君はまだOWLもクリアしてない未成年で、ディーンのガールフレンドだ。巻き込んでいい相手じゃないし、巻き込むつもりがないから何も話さない」

「未成年ならあなたも同じはずよ」

「夏には成人するし、OWLはクリアした。君にはまだモリーおばさんを安心させる義務がある。ちなみに、あの子供みたいな喧嘩を繰り広げている2人だけど、ああ見えて、れっきとした成人で、OWLは2人とも7つ以上のOで通過してるし、最低でもEなんだ。君が同列に並んで激論を交わすのには無理がある」

 

どうしてわたしの服に鼻水をつけられなくちゃならないのよ! ハーマイオニーがティッシュをくれないからだ! 自分で取りに行けばいいでしょう! 鼻水垂らしながら歩き回れっていうのか!

 

「・・・本当に成人らしいお姉さまがただこと」

 

ハリーはするすると半純血のプリンスの教科書で顔を隠した。


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