これをアップしたら寝正月です。
ポッターを見かけた。当然のことだ。魔法薬学の授業に向かう廊下なのだから。
奴は窓の外をじっと見つめている。
ドラコも見るともなくその視線を追いかけた。
ーーウィーズリーの妹か
ふん、と鼻で軽く流し、壁に凭れて数人をやり過ごした。ポッターも、じっとウィーズリーの妹が中庭で友人たちに囲まれている姿に見入っている。
あの手の、いかにも仲間受け男受けの良いわかりやすい女の子は、ウィーズリーということを抜きにしてもドラコの好みではない。スリザリンでも好感を持っている奴らの顔を幾人か思い出せるし、ダフネ・グリーングラスがケンケンと嫌っているからには、その人気は本物なのだろう。しかし、ポッターがウィーズリーの妹をやたら切なげに見つめているのは意外だった。てっきりグレンジャーが相手だとばかり思い込んでいた。
そのドラコの横を額にストラップを引っ掛けて背中に鞄をぶらぶらさせた、だらしないウィンストンがボーンズに宥められながら通り過ぎた。
「レベッカに悪気はないのよ、レン。不幸な偶然。それよりわたしからのプレゼントはその怪しげな山に振り分けられてはいないでしょうね?」
「振り分けてない。ちゃんと持ってるよ。去年はえらい目に遭ったけどね」
「それはわたしの責任ではなくて、マートルに愛され過ぎのあなた自身の責任よ」
「そうだ、レベッカって奴にはマートルをけしかけよう」
その後ろからグレンジャーとウィーズリー。
「シャツの裾、もうちょっとどうにかならない? 今まで談話室で寝てましたっていう格好のまま授業に出てこなくてもいいでしょう」
「実際寝てたんだ。仕方ないだろ。ようハリー! 起こしてくれよな」
ウィーズリーの声に慌てて振り返ったポッターと視線が交わった。
「・・・マルフォイ」
ドラコは唇を歪めて嘲笑してみせる。
「ガラ空きの背中にどんな呪いをかけてやるか考えていただけだ。魔法薬学の天才児殿。いずれ化けの皮を剥いでやる」
気づけよポッター。今彼女は君を見上げているぞ。
「行こうぜハリー。スネイプが魔法薬学教授じゃなくなった途端に不調なのはなんでだろうなマルフォイ」
憎々しげに言うウィーズリーに鼻ジワを寄せてやってから、肩をぶつけ合って教室に入った。
「触るな!」
寮監のスネイプが肩に伸ばした手を振り払う。
「ドラコ・・・伯母上から学んでいるのか? 閉心術など愚かな。闇の帝王の目をそのような閉心術で欺くことなど不可能なのだ。吾輩にもわかる。言いたくはないが、伯母上は決して閉心術の名手とは言えぬ」
「闇の帝王を欺くつもりなどさらさらありませんが『プロフェッサ・スネイプ』? その必要があるのは貴様のほうだろう! ダンブルドアの飼い犬め! 闇の帝王になら心の隅々までお見せするが貴様になど見せるわけにはいかない。それだけのことだ」
「吾輩がダンブルドアの飼い犬でいることを闇の帝王ご自身がお望みなのだ。その程度のお考えすら拝察出来ぬようではまだ寵愛を受けるには程遠い」
とにかくあとは自分に任せるようにと言い募る。
「父上の座に取って代わるつもりかもしれないが、そんなことはさせない。ポッターたちのせいで父上の名誉は地に落ちたが、僕が父上の分までお仕え申し上げる。貴様の出る幕じゃない。混血の貧乏人め!」
「よしんば君にその意欲と才能があるにせよ、まだ未熟なのだ、ドラコ。君の母上と吾輩は破れぬ誓いを結んだ。吾輩には君を助力する義務があるのだ」
下手くそ! ドラコの襟首を掴んだウィンストンが険しい目つきで睨む。
「今の記憶は何だよ? スネイプにいちいち反抗すんなって言っただろ。閉心術を使ってることがバレちゃったじゃないか」
「どうしろと言うんだ」
「母上の顔でも思い浮かべて悲しみに沈んでれば良かったんだ。覗いても覗いても悲しみ色の心に染め上げてしまえ。相手を騙そうと思うな。自分を騙すんだよ」
休ませてくれ、と鈍い頭痛を堪えながらドラコは絞り出すように呟いた。「もう2時間も繰り返している。これ以上は無理だ。悪化する」
「根性無しだな。死喰い人にはこういうトレーニングはないのか?」
「ない、な。自主的に高度な魔法を学ぶ者はもちろんいるはずだ。闇の帝王の御寵愛を賜るために。しかし、帝王ご自身が指示なさることではない」
なんで? とウィンストンは首を傾げた。
「な、なんで、とは?」
「自分の陣営の戦力強化は総大将にとっては重要なことだと思う。ダンブルドアだってわたくしだって、メンバーにそれぞれ必要な能力や得意分野を中心にして更なる高みを目指してもらいたいと考えてるし、きっかけがあればバンバン要求するよ、こんな風にさ。自分のチームを強くするのは極めて重要だからね」
「確かにそれにも一理あるが・・・配下に力を持たせる不安も大きいだろう? 反逆の芽を育ててどうする」
「わたくし以上にうまくやれる女王の剣がいるなら、さっさと交代して欲しいよ? ダンブルドアもそれが本音なんじゃないか? 誰でもいいから代わってくれって思いながら校長やってんだろ」
あまりに自分とかけ離れたセンスに眩暈がした。
「だ、誰かに代わって欲しいだと? 絶大な権力を握っていながら、君やダンブルドアは」
「権力と義務は表裏を成す。絶大な権力の裏面には絶大な義務がある。やってられるかと思わない日はない。君がわたくしに取って代わりたきゃいつでも言え? テストはするけど、そのテストに合格したらいつでも代わってやるよ」
とりあえず閉心術だな、とウィンストンが溜息をついた。「こんなに閉心術が下手くそな奴には任せられないことが多過ぎる」
「どうしてそんなに無欲でいられるんだ? 君の望みは? 将来の夢はないのか?」
「昔から一貫して『普通の、ただの魔女、もしくはマグル』になりたかったよ。その夢が断たれてただいま絶賛絶望中」
無欲過ぎて胡散臭い。ドラコは頭を振った。
「本当のことを教えてくれないか。君の本当の望みは?」
「読んでみろよ」
ウィンストンが親指で自分の胸を示した。「レジリメンスで」
「は?」
「それがわたくしたちの流儀だ。必要なら読め、教えて良い範囲のことは隠さない。必要なことは勝手に胸に流し込まれるから覚悟しろ」
「意味がわからない」
ドラコが戸惑っていると、薬学書から顔を上げたパーバティが「仕方ないわね」とドラコの瞳を見つめた。
『レン、例の薬を生徒全員に一定量服用させるのが一番だわ』
『やっぱりそうなるか。マルフォイはアテにならないからわたくしたち2人で調合するしかないね』
ドン、と椅子に身体を投げ出されるようにドラコは意識を覚醒した。
「な、なんだ今のは」
「頭の中に声が聞こえたろ? それが連絡手段だ。人前で君と仲良しこよしするわけにはいかないからね。いろんな都合が良くなるから、ハーマイオニーだけじゃなくパーバティもスーザンも覚えてくれた。ハリーを神秘部に誘き出すためにトムくんが使った開心術の技を、わたくしたちなりに健全な用法で使ってるだけだよ」
「・・・馬鹿な。こんな技まで僕に開示してどうする。僕が闇の帝王に心を読まれたら」
ウィンストンが立ち上がった。
「わたくし、ハーマイオニー、パーバティ、スーザン。美しい魔女たちがトムくんから狙われるかも。彼は自分の得意技を他人が使うのに我慢ならない性格だからね。あー、っと。アレもあるな、マルフォイ。『トムくんがペットにしてるあの蛇を操るつもりはないから安心しろ』こんなことも出来る」
「な、なんだ、今のは? 途中がまるで理解出来なかった。日本語か?」
「ホグワーツのパーセルマウスはハリーだけじゃないってことだよ。わたくしも祖母譲りのパーセルマウスなんだ。トムくんに見せていい記憶をパーセルタングで喋ってやるから、それは意味がわからなくてもトムくんに見せてやってくれ」
椅子の上でドラコはじっとりと嫌な汗をかいた。
「ま、待て。待ってくれ。高度過ぎる。僕にはそんな器用な真似は出来ない」
「やれ」
「言いたくないが、そんな器用なことができるタイプだと思うのか! 僕は比較的正直者なんだ!」
「スパイにしては不器用なのはわかってる。だから鍛えてやってるんだぞ。文句言わずについて来い」
蓮がドラコの胸ぐらを掴んだ。
『聞いているかしら、ヴォルデモート卿。わたくしの治世にあなたは邪魔だわ。あなたに相応しい地位と領地を与える用意はあるから、わたくしがレガリアの承認を得たらおとなしくなさい。代償にあなたが気になって仕方ないハリー・ポッターをわたくしが殺してあげる。ハリー・ポッターを殺し、あなたを従えて世界に君臨するのはこのわたくしよ。グリンデルバルドの成し得なかったことも、わたくしならば完遂出来ると思うの。あなたにはどうせ世界を統治する能力はないわね。自覚があるかどうかわからないけれど。わたくしを世界の女王として崇める下で、自分の領地で好き勝手。それが一番ハッピーになれる形だと思うわ。とにかくわたくしがハリーを殺してからゆっくり話し合いましょう。ハリーの屍が約定の証よ』
また椅子に投げ出された。
「いいね? わたくしがパーセルタングで君に話しかける時、それはトムくんへのメッセージだ。たまに独り言もパーセルタングで呟いてやる。良い目印になるだろ? ウィンストンがパーセルマウス、それだけを念じてトムくんと顔を合わせるんだ。これは彼の不快な事実だからね、彼の意識はわたくしからのパーセルタングによるメッセージに引き寄せられがちになるだろう」
「い、今、何を言った?」
「トムくんにしか伝えたくないメッセージだよ、マルフォイ。疲れたなら、今夜はもう寮に帰れ。おっとフェリックス・フェリシスの改良レシピは置いていけよ」
「あ、ああ。しかし、本当に君がパーセルマウスだと知られて構わないのか?」
ドラコが羊皮紙を差し出しながら言うと、ウィンストンは面倒くさそうに頷いた。
「わたくしの祖母がパーセルマウスなのはとっくに知ってるからね。わたくしがパーセルマウスだと知っても特に驚きはないだろう。それに、わたくしが君を使って、君自身も理解出来ない、トムくんにしかわからないメッセージを送れることが伝わると、良い使い道が出来るから、君の立場の安全度が高まる」
ウィンストン、と呟くと、しっしっ、と手を振って追い出された。
『しっかりしなさい。背中をしゃんとして』
昼休みにぼんやりと窓の外を眺めていたら、頭の中にグレンジャーの声が聞こえて、慌てて背筋を伸ばす。
『そう。常に緊張感を持っていなさい』
振り向くと、古い本を数冊胸に抱えたグレンジャーがドラコをじっと睨んでいる。
『姉より妹のほうがまともな選択だと思うわ。レンによれば整形魔法は使ってないみたいだし』
がたん、と思わず窓枠に倒れかけた。
「な、な、な・・・」
『この程度で動揺しないで』
ふん、と鼻先で嘲笑ってみせるとグレンジャーは踵を返して早足で歩き出した。
『4年生のほうのミス・グリーングラスは寛容なレディよ。ああいう女の子を選ぶなんて、あなたは趣味が良いと思うわ』
大広間のディナーを前にドラコは頭を抱えた。
『あ、今あなたを心配そうに見てる。気持ちを打ち明けたらどうかしら』
ボーンズまで、とドラコは口に出さずに呻いた。
なんだあいつら。ろくでもない魔女ばかりだ。人の頭や心を何だと思っている。
『ごめんなさい、マルフォイ。わたしはハーマイオニーやパーバティに比べるとまだまだだから、時間が余ると練習しているの』
『僕を練習台にするな!』
『それよ、マルフォイ! 今会話が成立したわね? こんな風にやっていけると連絡がスムーズにいくわ』
「僕のプライバシーはめちゃくちゃだ」
「スパイにプライバシーなんかあるわけないだろ。密かに想っている女の子のことをトムくんに知られたら利用されるぞ。わたくしたちは彼と違ってレディだから、そちらの方面を利用することはない」
「闇の帝王が、彼女を利用、する?」
そ、とウィンストンは羊皮紙に落書きしながら鼻先で頷いた。「薄汚い下っ端の死喰い人の前を歩かせる。『ドラコが失敗すればこの娘はおまえたちのものだ』とか? 張り切ってホグワーツに乗り込んできてアバダケダブラの連発だな。マグル女性を襲うほど飢えてる奴らに、グリーングラス家の令嬢は最高の餌だ」
守りたかったら本気出して閉心しろ、とウィンストンがドラコを睨んだ。
「ハーマイオニーからもスーザンからも報告を受けてる。廊下や大広間で緊張感なくガラ空きの心でいたらしいな。背中でわかったらしい。気合が足りないよ、マルフォイ」
「ウィンストン、僕には無理だ。僕は本質的にスパイじゃない。魔法薬学者だ。『アリアナの安らぎ』のことで頭がいっぱいなんだ。あ、あと・・・その、彼女のことと」
「どっちもダメ過ぎだろう、マルフォイ。『アリアナの安らぎ』のことは誰にも読ませるな。妹のほうのグリーングラスを守りたかったら彼女のことも読ませるな。基本中の基本だ。出来ないなんて今さら言ったらマルフォイ家を空爆するぞ」
「ウィンストン・・・無理なものは無理だ・・・」
「ヘタレ野郎。君の家にトムくんが我が物顔で居座っていることに怒りはないのか? 君の父上を足蹴にし、神秘部に忍び込ませ、失敗したら魔法省に置き去りにしたクソ野郎が、君の屋敷に我が物顔で居座り、夫のいる君の伯母上を寝室に侍らせている。自分の領分をそこまで明け渡さなきゃいけないような主君、歴史上に存在しないぞ。女癖の悪い王は山ほどいるけど、みんな自前の宮殿やベッドを持ってるもんだ。自分の屋敷も自分のベッドも持ってないくせに一丁前に帝王気取りのクソ野郎を踏み潰せ。そういう気概を持てよ。わたくしが同じ目に遭ったら、無理だのなんだの泣き言を言う前に殺しにかかってるぞ。実際アンブリッジを殺しかけた」
ギラリと切れ長の瞳に睨まれた。
「ウィンストン・・・」
「マルフォイ家の誇りを取り戻すんじゃないのか。手を汚さず危険から守られてマルフォイ家の誇りが取り戻せるのか? 一番危険な仕事を引き受けてこそだろう。そのぐらい自分でわかれ、ヘタレ野郎」
面白い話をしてやろう、とウィンストンがニヤリと笑う。「日本の英雄の話だ。邪智暴虐の王を如何にしても倒さねばならぬと決意した英雄は、女装した」
「は?」
「女装して邪智暴虐の王にしなだれかかり、寝室まで連れ込まれることに成功し、懐に持った剣で邪智暴虐の王を刺し殺した」
「・・・まさか」
「その剣は日本のエンペラーの宝物だ。まったく。わたくしは、マルフォイ家の息子なんかよりマルフォイ家の娘が欲しいぐらいなんだからさ。グズグズ言わずにとっとと閉心術ぐらいマスターしろよ」
「マルフォイ家の娘が、仮にいたとして、何をさせる気なんだ」
「伯母上を押し退けてトムくんの寝室に侍ってもらうに決まってるだろ。色仕掛けはスパイの常道だ。それを免除してやってんだから感謝しろよ」
偉そうにふんぞり返ってあまりにも下品な作戦を口にするウィンストンに、ドラコは頭を抱えてしまった。
「マルフォイの女装ならエロイーズ・ミジョンよりはたぶん美人になると思うんだけどな」
レン、とボーンズが珍しく棘のある声で注意した。「女の子の容姿をあげつらうのは紳士らしくないわ」
「はい。ごめんなさい、スーザン。それはダフネ・グリーングラスの担当です」
「エロイーズは気にし過ぎなだけなの。気にし過ぎて、ニキビを治すのに無駄に高度な魔法を使おうとするのよ」
「あらスーザン、それなら騙されたと思ってマグルのニキビ薬を試したらどうかしら。わたしも夏にひとつだけ目立つところに大きなニキビが出来てしまったの。魔法が使えないから仕方なくマグルのドラッグストアで勧められた薬を使ったらあっという間に治ってしまったわ。お勧めよ。言ってくれたらすぐに取り寄せるわ」
ドラコの深刻な仕事よりエロイーズ・ミジョンのニキビのほうがさも重大な案件のようにグレンジャーとボーンズが頷き合う。
「・・・マルフォイ、君に要求していることは彼女たちにとってエロイーズ・ミジョンのニキビを治すより簡単なことなんだ」
「・・・そのようだな。なあウィンストン、君はどうして僕を信頼できるんだ? 僕自身が一番不思議に思っている」
「君を信頼なんかしていない。わたくしが信頼しているのは、人間のプライドだ」
プライド、とドラコは鸚鵡返しに呟いた。
「なんでトムくんに統治者の資質がないと判断しているか教えてやる。彼には人間のプライドが理解出来ないからだ。本当なら、足蹴にされ踏みつけにされた人間が、虫けら扱いされた人間が一番怖いんだ。自分の手足となって働く人間に対して絶対にしちゃいけないことがそれなんだよ。そういうことを骨身で理解していない奴が統治者となっても、長くは続かない。必ず裏切られる」
「ノブレス・オブリージュよ、マルフォイ。トムくんにはそれが致命的に欠如しているわ。だから最後には破滅するでしょう。それは歴史が証明しているの」
「・・・ノブレス、オブリージュ?」
ウィンストンが「パンツぐらいは」と言いかけたのを掌で塞いだグレンジャーが「レンの説明を聞くと茶化されて混乱するから自分で調べなさい」と断言した。
『と、マルフォイには教えておいたわ。実際には恐怖で縛りつけ、重要な人物にだけ飴を与えるのが賢明なやり方でしょう。ドラコ・マルフォイの致命的な裏切りを防ぐにはあなたから飴を与えてもらう必要があるの。考えればわかるわよね。アブラクサス・マルフォイが命の水のボトルを割っていたらあなたはおしまいだった。学生時代にアブラクサスを脅し過ぎなかったおかげよ。マルフォイ家は臆病者揃い。ダンブルドアも当然そのことを知っているから、マルフォイに対しては油断する。そこでマルフォイが力を発揮するかどうかは、与える飴の量が充分かどうかにかかっているわ』
髪を掴まれて、無理矢理瞳を覗かれ、邪悪な微笑と共に何事かをパーセルタングで囁くウィンストンに、ドラコは膝がガクガクと震えるのを感じた。
久しぶりに母からの手紙が届いた。
朝食をとりながら、それに目を通す。
『手持ち無沙汰な日々の中、ふと思い立ち、我が家に伝わる古代ルーン語の魔法書を読み始めることにしました。あなたに言ったことはなかったかもしれませんね。母はこう見えても学生時代には古代ルーン語を得意としていたので、今でも人から簡単な訳を頼まれることがあるのです。一族のモットーぐらいがせいぜいですが、今度は多少本格的な魔法薬の書物です。確かホグワーツの図書館に、下に記す古い良書があったはずです。辞書ですが、今の学生はこのように古いものは使わないでしょうから、しばらく借りてくれませんか? 母の無聊を慰めると思って』
円卓の間でマルフォイの手からその手紙をひったくったウィンストンが「ハーマイオニー。この本をすぐに借りてきてやってくれ」とグレンジャーに指示を出した。
「お手柄だ、マルフォイ。やっぱりあいつが持ってた」
「は?」
「サラザール・スリザリンの闇の魔法薬書だよ。ろくでもない魔法薬のレシピが山ほど載ってる。そうだな。母上にスネイプから教わったとかなんとか適当に言い繕って、この2つの魔法薬を最優先で翻訳するように教えてやるといい。トムくんが知りたいのはこの2つだけだからね」
メディカナエアモル
アルテエゴ
そのメモを手に取り「なんだこれは。どういう薬なんだ? 僕は知らないが」と眉を寄せた。
「君が知らない禁薬も当然サラザール・スリザリンは知っていた。ちなみにどういう薬なのかを解説するにはわたくしは極めて恥じらい深きレディだから無理だ。それで察しろ」
「・・・そんなものを母上に解読させる気か?」
「トムくんがね。わたくしはトムくんが欲しそうな薬を先回りして教えて手間を省いてやっているだけだ」
「母上が解読しなくても知っている者がいるということだろう。その資料を送ればいいんじゃないか?」
ウィンストンは自分を親指でビっと指した。
「悪いけど、わたくしの祖母が闇祓い時代にトムくんの母親が生まれ育った小屋で発見してジェミニオを作って持ち帰り、解読したものなんだ。菊池家とウィンストン家が気持ち悪さのあまり厳重に封印してる。資料として送ってやってもいいけれど、トムくんの激怒は避けられないよ。君の母上には気の毒だけど、5分おきにシャワーを浴びるぐらいの覚悟でトムくんの計画通りに解読してやるのが一番安全だ」
それから、と声をひそめた。
「なんだ」
「母上から解読時の体感を聞き出してくれ。ネガティブな感情を掻き立てられないか、身体の中を蛇が這い回るような気持ちの悪さを感じないか。その魔法書と同じ部屋で寝起きしているかどうか。もしそのような不安感を煽る魔法書だったら、一度に接触する時間は短時間にして、ポケットに塩を入れておくように勧めろ。枕元にも塩を置いておくようにな。魅入られるぞ」
「わ、わかった。君からそう勧められたと」
馬鹿野郎、と拳を頭に落とされた。
「いたい!」
「スパイなんだから、母上をうまく言い包めるぐらいのアタマ使えよ。わたくしじゃなく、君が、息子としてこっそり母上を守る知恵を探して知らせるんだ。そういうことにしとかなきゃ母上が危なくなるんだよ」
「ウィンストン・・・どうして君が僕の母上を守る知恵を教えてくれるんだ?」
「わたくしの大事なスパイを愛する母親だからさ。トムくん陣営を切り崩すには愛が必要なんだ」
『親愛なる母上
無聊のお気持ちお察しいたします。
先般より僕も図書館の古い資料を探して、お仕えするに相応しき魔法薬学の知識を得るに腐心しております。
中でも【メディカナエアモル】と【アルテエゴ】という古の強力と思しき魔法薬に関して、何ら資料がなく困惑しているところです。おそらくはダンブルドアが隠したという古の書物の中にあるのでしょう。彼が校長でいる限り、サラザール・スリザリンの残した業績が過度に軽視されているようで不快な感情を押し殺すのに苦心いたします。
おっしゃった辞書を同梱いたします。
非常に古い書物です。どのような呪いがあるかわかりかねますので、辞書をお使いになる折には手元に塩を隠し持っていることをお約束ください。これだけはいかなる余人にも内密に。息子からのたっての願いです。
全ては闇の帝王の御為に
ドラコ』