サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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平和になった50年後のホグワーツ、という感じでどうでしょう。

校長に相応しいペットを持たせたいと思って、いろいろ検討したのですが、不死鳥はダンブルドアのシンボルですから、レンは不死鳥だけはダンブルドアのために手を触れずに取っておくと思います。


お年玉閑話

チンチンチンチーンとクリスタルのゴブレットを鳴らした校長が立ち上がった。

 

「今日はうちのプリシラの散歩の日にする。死にたくなければ屋外への外出は控えるようにねー」

 

プリシラ、とヘンリー・ポッターは呻いた。校長のペット・プリシラの「散歩の日」は厄介だ。

 

「校長先生、僕ら、グリフィンドールのクィディッチの練習日なんです! プリシラに散歩は明日まで待つように交渉してもらえませんか?」

 

ダメだ! とスリザリンのテーブルから声が上がった。「明日は僕たちの練習日だ。校長先生、僕は今日のプリシラのお散歩に強く賛成します!」

 

「卑怯だぞマルフォイ!」

 

校長は、腕組みをした。

 

「ふーん。困ったね。レイブンクローとハッフルパフの練習日は?」

「明後日です」

「明々後日です」

「了解。じゃ、今日から4日間毎日プリシラのお散歩日にするよ。平等に平等に。プリシラ喜ぶだろうなあ」

 

「はああああああ?!」と各寮のクィディッチ・キャプテンが教職員テーブルに向かって駆け出した。

 

「行儀悪いなあ。食事中に席を立たない」

 

校長の杖のひと振りで全員のローブの襟が空中に摘み上げられて、席に戻された。

 

「君たちはクィディッチを甘く見ているね? 近年の日本代表がワールドカップのたびに優勝するのも、これじゃ当たり前だ。日本代表は台風の中で練習するのも試合するのも当たり前だからなあ。ちなみにわたくしは、ディメンターに見張られながら試合した経験があるし、アメリカ代表チームのコーチを務めた時にグアム上空に発生したばかりの台風の中で練習させたこともあるよ。やりたいなら4チームまとめて今週いっぱい面倒見るけどどうする?」

 

魔王だ、とレオナルド・マルフォイは口の中で呻いた。

 

 

 

 

 

プリシラなんて可愛い名前がついているが、巨大なサンダーバードである。飛べば間違いなく大嵐。

 

校長が若い頃、イルヴァーモーニー魔法魔術学校の変身術の教授をしていた折に、どういう手違いかサンダーバード寮の寮監を務めたことがあるそうだ。

イルヴァーモーニー時代、長くアメリカ魔法界を悩ませた20世紀セーレム救世軍を壊滅させたことへの感謝として、巣立ちを迎えたばかりの若い雌のサンダーバードが贈られた。

そのサンダーバードを連れてホグワーツの闇の魔術に対する防衛術の教授に着任した時には、ミネルヴァ・マクゴナガル前校長が腰を抜かし「今すぐアリゾナに返しに行きなさい!」と嵐の中で怒鳴ったらしい。まるで拾ってきた捨て猫を飼うことは許さないと言わんばかりに。

しかし、英米の国際関係を重視する時の魔法大臣キングズリー・シャックルボルトが「返すだなんてとんでもない!」と飛んできて止めた。

 

校長の親友である魔法生物学者ルーナ・ラブグッド・スキャマンダー女史から贈られた古臭い魔法のトランクが全てを解決した。ニュート・スキャマンダーの形見である魔法のトランクに普段のプリシラは住んでいる。

 

 

 

 

 

「魔法のトランクにずっと住ませておけばいいじゃないか!」

「うるさいぞポッター! プリシラには重要な役割があるのを知らないのか!」

「大嵐で僕らを吹っ飛ばす以外に何が出来るんだよ馬鹿鳥!」

 

危険を察知するのよ! とレイブンクローのシーカー、アルテミス・グレンジャー=ウィーズリーが叫びながら、ヘンリーとレオナルドの脇をプリシラの突風並みの速度ですり抜けた。「ちなみにわたしの杖芯はプリシラの尾羽よ!」

 

「だからアルテミスに決闘で敵う奴はいない。電光石火の呪いが得意だろう」

「なんで君が知ってるんだ、マルフォイ」

「おじいさまから何度も聞かされた。ウィンストンとサンダーバードが守っているホグワーツなら、危険のほうから避けて通る、とね。闇の陣営がホグワーツを狙うのなら、プリシラと校長が先手を打って学校を守るのさ」

 

びゅん、と瓦が2人の間をすり抜けた。ヘンリーとレオナルドの頭のてっぺんの毛が逆立った。

 

「今まさに僕らが殺されかけたじゃないか!」

「安穏とし過ぎても問題だろう! 行くぞポッター! 魔王を止めるんだ!」

 

行くまでもなく、ヘンリーの箒の前にサンダーバードの威風堂々とした姿が現れた。ご丁寧に校長がその背に跨がっている。

 

「プリシラを馬鹿鳥って呼んだ?」

「ポッターが呼びました、校長先生」

「ふーん・・・プリシラ、やっちゃう? ハリーの孫だからたぶん死なないよ。うんやっちゃおう! ほらポッター! 見なさい! ゴールデンスニッチ、羽無し! 取ってこーい!」

 

校長は谷に向かってスニッチを投げた。

 

「うわああああああああああ!」

 

反射的にスニッチを追って弾丸のように飛び出していったヘンリーを眺めて校長は頭を振った。「実に扱いやすい」

 

「やあマルフォイくん」

「は、はい校長先生」

「グリフィンドールのポッターにも、レイブンクローのグレンジャーにも、ハッフルパフのフレッチリーにも、シーカー全員にスニッチをくれてやったんだから、君も欲しいよね?」

「ほっ、欲しいでーす!」

 

校長先生が投げる羽無しスニッチをシーカーが持ち帰らない限りこの地獄の特訓は終わらない。

 

「取ったらさっさとチームメイトを集めて帰りなさい。違う意味の嵐が来る。ほーら! 取ってこーい!」

「違う意味の嵐・・・ってうわあああああああ!」

 

さーて、と校長はプリシラの背中に立ち上がった。

 

 

 

 

 

「プリシラの嵐じゃない」

 

ずぶ濡れで箒を担いで城に入りかけて、3人のシーカーはヘンリーの言葉に、目を細めて空を見上げた。

 

「色が違うよ、ほら。炎が混ざってる」

「悪霊の火だわ」

「校長先生の魔法かな?」

「違う。おばあさまがおっしゃっていたの。校長先生は炎より水の魔法がお得意よ。それにホグワーツに属する者の悪霊の火は、4つの寮のシンボルの形を取るの。あれは違う・・・サソリだわ。尾が鋏より太い・・・たぶん中近東から北アフリカの・・・毒、サソリ・・・大変! スコルピオニス一派のシンボルよ!」

 

なんだって! とヘンリーが叫んで舞い上がった。

 

「ヘンリー! 降りてきて! 校長先生に任せなさい!」

「降りて来いポッター! 校長はご存知の上でプリシラと飛んでるんだ!」

「そんなことわかるもんか! ホグワーツの危機だ!」

 

ヘンリーを追ってハッフルパフのブライアン・フレッチリーも舞い上がった。

 

「戻れ、ヘンリー! 君が飛び回ってると校長先生の邪魔になる!」

 

まったくだ、とヘンリーが飛ばされてブライアンの箒のタンデムシートに座らされた。「箒借りるよ、ポッター。フレッチリー、その利かん気の強いグリフィンドールを連れて帰りなさい」

 

「先生! ひとりじゃ無理だ! 手伝います!」

「面倒くさいなあ。じゃ、そこで見学することは許す。動いたら罰直だからね。だいたいトムくんの騒ぎを大きくした国連とミネルヴァが悪いんだよ。おかげで世界中の馬鹿どもがホグワーツ城を欲しがって仕方がない。誰が城全部を秘密兵器化しろなんて言ったんだ。ハーマイオニーまで調子に乗ってたまに油差しをしたがるし。普通に城のまま放っておいてくれ」

 

校長先生がぶつぶつ独り言を言いながら箒に身を伏せてスコルピオニスの悪霊の火に向かって突進していく。その後ろから湖の水が渦を巻いてついていくのが見えた。

 

「あ・・・スコルピオニス、終わったわね」

「ああ。校長先生が湖の水を持ち出した時点で命運尽きたな」

「かなり八つ当たり気味だけれど」

「仕方ない」

 

 

 

 

 

4人のシーカーを校長室に連れ込み、ひゅんと杖を振って、ふかふかの温かく乾いた大判のタオルを校長が出してくれた。

 

「うわっぷ!」

「きゃあ!」

 

校長のタオルは乱暴に4人をゴシゴシと拭き上げる。

 

「コーヒーテーブルの上のパンを食べてもいいよ。ニューヨークから取り寄せたコワルフスキ・ベーカリーのパンだ」

 

すてき! とアルテミスが飛びついた。「1920年代から変わらないエルンペント・パンよ!」

 

よく知っているね、と手早くバーバリーのスーツに着替えた校長が螺旋階段を下りてきた。「プリシラの好物だからいつでも備えてある。食べたい時はおいで」

 

校長先生は執務机の椅子に腰掛けて、脚を組んだ。

 

「さて。君たちを寮に追い返す前にここに呼んだのは、別にエルンペント・パンを自慢するためではない。いい加減に、頭を使うことを覚えて欲しいからだよ、特にポッター」

「・・・はい」

「君のおじいさまは確かに英雄だ。というより、ホグワーツの生徒たちのおじいさまやおばあさまが魔法使いや魔女ならたいていみんな英雄だとわたくしは考えているし、マグル生まれの子たちだってそれぞれ勇敢に人生と戦う英雄を家族に持っている。しかし、勇気と無謀な蛮勇とはまったく違う。察するに君にはその違いがまだ理解出来ていないらしい。わたくしは何を指示した? マルフォイ?」

「さっさと羽無しスニッチを取ってチームメイトを寮に帰らせることです」

「正解。ポッター、その伝言は聞いた?」

「・・・はい」

「成人の、外国のテロリストの相手が自分に出来るとでも?」

「それは僕知らなくて・・・」

「スコルピオニスを知らずに飛び出したの?」

 

ちゃんと言ったじゃない! とアルテミスがヘンリーの肩をバチンと叩いた。

 

「テロリストだなんて聞いてない!」

「・・・知ってろよ。中東から北アフリカを混乱させてる魔法使いの軍事テロ集団だ。グリンゴッツや魔法省の警備を強化するようになった原因だぞ?」

 

ポッター、と校長がヘンリーを厳しい瞳で睨んだ。「ホグワーツで誰がいつ、何時何分何秒に杖を振る猿になれと教えたか答えなさい。知識のない人間に戦う資格はない。君のおじいさまは、杖を振る猿として英雄になったわけじゃない。勇敢さには、知識と友情と、狡猾を超える狡猾が必要だとおじいさまから習っていない?」

 

「そういえば・・・みんなのおかげで勝ったとかなんとか謙遜してたかも」

「謙遜じゃない。事実だ。それを知っているからハリー・ポッターは英雄たり得た。形ではなく精神を見習いなさい。アルテミス・グレンジャー=ウィーズリー」

「はい」

「知識は友を助けるためにある。君にはその覚悟が足りていない。知識をかき集めるだけでは無駄だ。友のために使ってこそ知識は生きる」

「・・・はい」

「ブライアン・フレッチリー」

「はい」

「友情の証は、たまに友人と敵対する形を取ることもある。無謀な友を身体を張って止めることも選択できなければ、それは友情ごっこだ」

「肝に銘じます」

「レオナルド・マルフォイ」

「は・・・はい」

「君はわたくしが『プリシラのお散歩』をさせる意図を察しているね?」

「・・・はい。プリシラの反応から危険を察知なさると、ホグワーツ周辺のパトロールを強化なさいます。それが『お散歩』です」

「なぜそれを友人達に教えないの?」

「それは・・・校長先生が負けるはずがないから」

「物事に100%はない。わたくしが宣言するとパニックになるから言うわけにはいかないけれど、そう察している少数の学生には、下級生や友人を守るために行動することを求める。猿行動ではなくね、ポッター!」

 

エルンペント・パンに手を伸ばしていたヘンリーの手が弾かれた。

 

「君の勇気は猿真似だ。自分が飛ぶ前に仲間の安全を守りなさい。それが出来ないうちは勇敢さを語ってはならない」

「でも校長先生、校長先生が負けたら」

「わたくしが負けても、ホグワーツには優秀な先生方が揃っている。その先生方が戦っている間に魔法省から闇祓いのチームが到着する。わたくしは、自分が死んでも問題ない体制を整えたことには自信を持っている。敵の知識もないのにただ飛び上がる君の手を借りるほど物事を甘く見てはいない」

 

校長は立ち上がった。

 

「英雄たちの戦いが伝説になり、平和が長く続いた。寿ぐべきことだが、愚かな若者たちもまた増えた。魔法戦争の英雄たちは英雄になりたくて戦ったわけではない。仲間の命がかかっていたから戦った。意味を取り違えた愚かな大人になる前に根性を叩き直す」

 

 

 

 

 

「ひぎゃああああああああああ!」

「ポッター! どうするグレンジャー、ポッターが落ちた!」

 

魔王城だ。

 

上級生から聞いたことがある。ウィンストン校長は魔王城を持っている、と。調子に乗った上級生を何人も病院送りにしたらしい。

 

「冥福を祈ってヘンリーの分まで先に進むしかないわ」

「はいハズレ!」

 

校長の声が響いて、グレンジャーの足元の床が消えた。

 

「ひっ、きゃ、きゃああああああああ!」

「仲間を守れってあれだけヒントを出したのに。ハーマイオニー、孫の教育が足りてない」

 

暇になったのね、と魔法大臣が額に手を当てて現れた。「ところでうちの孫に危害を加えたらどうなるか覚悟は出来ているんでしょうね?」

 

「骨一本も折れるわけないだろ。ネビルが丹精込めて育てた悪魔の罠がふっかふかに敷き詰めてある」

「悪魔の罠ですって?!」

「おばあさま? おばあさまなの?! お願い! 薪を! 薪がないの!」

 

血は争えないねえ、と校長がせせら笑ってプリシラの背に飛び乗って逃げた。

 

魔法大臣が落とし穴に向かって叫ぶ。

 

「アルテミス! あなたは魔女よ! 薪がなくても魔法があるわ!」

 

 

 

 

 

イギリスにはホグワーツ魔法魔術学校という魔法の名門校がある。

 

クィディッチの道に進んだ卒業生は、荒天であればあるほど力を発揮してクィディッチ・ワールドカップでたびたび優勝を飾るようになった。彼らは語る。「プリシラの嵐に比べたら太平洋の台風なんてそよ風ですよ」

 

イギリス魔法省の闇祓いたちは語る。「魔王城で育った我々に油断はない。今までに経験した最も恐ろしい戦地は学校だった」

 

ウィンストン校長の死後、あらゆる魔法画家たちはこぞって肖像画を描き続けた。フォトジェニックな容姿、伝説の箒、美しいサンダーバード、画家たちの創作意欲に英国魔法界の人々は喜んで大枚をはたいたため、全ての魔法族の家庭にウィンストン校長の肖像画が飾られている。

 

この美談は諸外国にも伝わったが、イギリス魔法族は決して真実を語らない。

 

ただの報復であるとは。

 

 

 

 

 

「もう死んでるってのに殺す気か、グレンジャー校長」

「滅相もない。ウィンストン校長? ホグワーツの伝説的な校長の人気が素晴らしくて、御遺族が世論の圧力に耐えられず肖像画作成の許可をお出しになり、人気のほどを示すように肖像画がバカ売れしただけですわ。そうそう。『エリザベス3世』と『ウィンストン校長』が人気を二分しているせいで、多忙さが単純計算で倍になっていることは、単なる自業自得ですわね?」

「『エリザベス3世』? そっちの肖像画まで出回ってるの?!」

「魔法省立て直しの立役者ですもの。ウィンストン校長とは無関係の赤の他人ということになっていますから、御遺族が止めることは出来ず、わたくしの祖母が在職中からせっせと閣僚たちのオフィスに飾らせました。さて、法執行部長がちゃんと働いているか見てきてくださる? うたた寝していたら叱ってきてくださいませ」

「人使い荒いよ! 死ぬほどハーマイオニーの孫だ!」

 

ウィンストン校長が肖像画の額から消えると、グレンジャー=ウィーズリー校長は執務机の椅子に腰掛けて足を組んだ。

 

「それだけ『ホグワーツの魔王』が尊敬され愛されているのですよ。あの地獄の魔王城でわたくしたちは大切なことを学びましたから。絶対に本人には教えませんけれど」

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