サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第20章 天文塔の戦い2

マルフォイ、クラッブ、ゴイルが目の前を通過し、螺旋階段に消えるとハーマイオニーはカワウソのパトローナスを出した。

 

「必要の部屋が開きます」

 

隣でロンがジャック・ラッセル・テリアのパトローナスを出して「誘導の準備を始めろ」と囁いた。

 

心臓の鼓動がうるさい。

 

ハーマイオニーはこの後のプランを再度頭の中に呼び出した。

 

マルフォイ、クラッブ、ゴイルが連れて来るベラトリクス・レストレンジたちの真正面に姿を見せるのは、蓮ひとりだ。マルフォイが死喰い人側に抱き込むために繰り返し接触していたことで、蓮だけは襲撃を予測していても不自然ではない。

 

その第一集団が蓮と激突したら、ハーマイオニー、ロン、ネビルは8階に駆け上がる。後続を発見して、第一集団との合流を防がなければならない。

 

ノクターン横丁でも死喰い人を減らしてくれるはずだ。大集団の侵入を防いで、少数でダンブルドア襲撃をなんとか成功させてやればいい。それ以上の被害は必要ない。

リーマスとビル、とにかくノクターン横丁組が「姿をくらますキャビネット」を使って入城したら、スーザンがキャビネットの一部部品を交換する。帰り道の転移先は、ボージン・アンド・バークスではない。魔法法執行部検察部屋の暖炉だ。

 

「・・・来る」

 

蓮が小さく呟いて、目くらましを解き、螺旋階段の下に進み出て杖を構えた。

 

「ダンビィはちゃんと騙されてるんだろうね?! しくじりは許されないよ!」

 

8階から女のヒステリックな声が聞こえ、ネビルが鼻で大きく息をするのがハーマイオニーにもわかった。

 

蓮が右手に杖を構え、左の拳を高く上げた構えで落ち着いた声を出した。

 

「校長はあなたを待っているよ、マダム・レストレンジ」

「おまえは! ドラコ、どういうことだい! ウィンストンに知られるなんて!」

「あなたの甥は閉心術がド下手クソだ、マダム。あなたが教えたの? あんな穴だらけの閉心術しか出来ない男をわたくしのところに送り込んで、よくまあ安心できるものだ」

 

蓮はわざと大きく杖を振り上げ「インカーセラス!」と大声で呪文を唱えた。

 

「はっはあっ! おまえも魔力だけは大したもんだけど、お嬢ちゃん? 杖が大振り過ぎて話にならないんだよ! クルーシオ!」

 

キン! と蓮が盾で弾いたのを合図に、螺旋階段にいた死喰い人がマルフォイの肩を掴んで蓮の脇をすり抜けるように駆け出した。

 

ロンがハーマイオニーの手に軽く触れた。ふっと香ったロンの服の香りに、ハーマイオニーは隣のネビルの手に同じように触れてから、透明のまま螺旋階段に駆け上がる。

 

クラッブとゴイルが門番よろしく必要の部屋の扉の両脇に立って杖を構えている。

 

ハーマイオニーの背中を杖先でツンツンと突かれ、ハーマイオニーも、ロンの背中と思しきあたりを杖先でツンツンと突いた。

 

「フィニート・インカンターテム」

 

するりと透明マントを脱ぐように目くらましを解きながら螺旋階段を駆け上がり、そのまま無言でクラッブとゴイルを失神させて必要の部屋に駆け込んだ。

「姿をくらますキャビネット」の前で、後ろから手を繋いで駆け込んできたスーザンとジャスティンをさらに奥に押し込み、キャビネットの両側にロンとネビルが張り付いて杖を構える。

 

「行け、ハーマイオニー。あれで全部じゃないはずだ。螺旋階段の逆に向かえ」

「・・・わかったわ!」

 

ハーマイオニーは、突き上げてきた感情を振り切るように駆け出した。

 

もう後には戻れない。

 

ボーバトンとホグワーツから入学許可証が届いた11歳の誕生日。

ピカピカのジャガーから降りてきたハンサムな男の子、みたいな何か。

ダイアゴン横丁で一緒に食べたチョコチップバナナ。

4人で初めて倒したのは鼻水まみれのトロール。

大きなチェス盤の上でクィーンに叩きのめされてふっ飛んだロン。

蓮のウロンスキーフェイントを見て、ネビルと凭れ合って失神。

秘密の部屋で大蛇を相手に死にそうな目に遭って、マクゴナガル先生からまた死ぬほど叱られて。

 

戻れない。

 

先を走る死喰い人の背に呪いを放ちながら、いつのまにかハーマイオニーの頬に涙が流れていた。

 

ダンブルドアがいなくなる。

 

ダンブルドアが用意してくれた舞台で、ひとりでも死喰い人を減らす。

 

目の前に誰もいなくなると、ハーマイオニーは杖先を首に当てて、全校に響けとばかりに「死喰い人が校内に入っています! 全員! 寮から出ることは禁止です!」と3回繰り返して、玄関ホールの、スリザリンへ降りる階段の上に仁王立ちになった。

 

「・・・グレンジャー」

 

階段下から駆け上がろうとしていたパーキンソンと睨み合った。

 

「っはぁ、合流は、させないわ、パーキンソン。スリザリンから出てくる学生は、全員わたしが止める」

 

素早く突き出した杖先からの失神光線で、パーキンソンはもんどりうって、階段から転げ落ちた。

 

 

 

 

 

蓮! と聞こえる声に「狂犬は任せて! 他をよろしく!」と叫びながら、蓮は素早く繰り出される磔の呪文を弾き、じりじりと後退を続けていた。

 

ベラトリクスから離れるわけにはいかない。このまま時計塔にもつれ込むことが目的だ。

 

ベラトリクスから目を離したら、時計塔までの間に、他の誰かを、腹立ち紛れに殺すだろう。なによりも、意識を失った犠牲者の身体を弄ぶ熊のような女に、ダンブルドアの身体を与えるわけにはいかない。ダンブルドアの決意は止められないにしても。

 

「なぜだ! なぜおまえを殺してはならぬのだ!」

「知るか!」

 

蓮はまた磔の呪文を弾き、鋭くディフィンドをかけて、ベラトリクスの頬を切り裂いた。

 

「貴様を闇の帝王のお側には近づけぬ!」

「ありがたいね!」

 

今度のクルーシオを正面から弾き返し、自分で放った磔の呪文の反射をからくも避けたベラトリクスの血走った瞳と睨み合った。

 

「甘っちょろいお嬢ちゃん、あたしを置いて、みーんなを助けに行かなくてもいいのかい? ん? ダンビィはあんたがみーんなを助ける正義の味方になることを期待してるんだろうねえ?」

 

その時だった。

 

『死喰い人が校内に入っています! 全員! 寮から出ることは禁止です!』

 

ハーマイオニーの声が響き渡る。

 

「そういうことは! ハーマイオニーに任せてある!」

 

蓮が杖を突き出した瞬間にベラトリクスの手から杖が飛び、さらにベラトリクスの身体を縄が縛り上げた。

 

「わたくしは、狂犬を校長の前に突き出す担当だ」

 

杖を突きつけて、蓮はベラトリクスを睨んだ。

 

 

 

 

 

時計塔では、顔を歪めたマルフォイがダンブルドアに杖を向けたまま、静かに泣いていた。

 

「つらかろう。死喰い人を、しかもグレイバックのような者を、友の手を汚してまで、この学校に招き入れることは、つらかったであろう」

「もっ・・・申し訳、ありま・・・」

「それで良いのじゃ。君は間違ってはおらぬ。これで良いのじゃよ、ミスタ・マルフォイ・・・ドラコ。さあ、儂を攻撃するのじゃ。磔の呪文じゃ」

「く、クルーシオ・・・」

「憎むのじゃ、心の底から、誰に対してでも良い! 憎しみを儂にぶつけよ!」

「クル・・・」

「まだじゃ! まだ憎しみが足りぬ! 君をそのような目に遭わせた者を苦しめよ! さあ! 誰じゃ?! 誰が君にそのような真似をさせた!」

 

視界は涙で曇り、憎しみが思い出せない。

 

「儂か? 蓮か? 誰じゃ?!」

「ちがう・・・それは違う!」

「誰のために君の家族は耐え忍んでおる?! どこが過ちだったのじゃ?! 取り戻すのであろう! 誰から! 何を!」

 

マルフォイは唇を引き結んで、左腕で涙を拭いた。

 

「トム・リドルから。奪われた全てを!」

「そうじゃ。憎しみを練り上げよ。怒りを腹に溜めよ。君の復讐は、儂を苦しめることから始まるのじゃ。儂を利用して、トムの懐に入るのじゃ。そのために今はその憎しみを儂に向けよ!」

 

ダンブルドアの叫びに応じて、マルフォイは渾身の力を込めて叫んだ。

 

「クルーシオ!」

 

磔の呪文が当たった胸を押さえて、ダンブルドアがよろめき、膝をついた。

 

「ぐ・・・その、調子じゃ・・・続けよ」

 

 

 

 

 

「プロフェッサ・スネイプ!」

 

ベラトリクスを拘束したまま浮遊させて時計塔への螺旋階段に踏み入った蓮は、スネイプの姿を見つけて呼びかけた。

 

「ほう、ミス・ウィンストン。マダム・レストレンジを捕縛したか。よくやった」

「校長先生は?」

「おそらくこの上におられようかと、我輩も探しに来たところだ。ついて来なさい」

「はい!」

 

クルーシオ! とマルフォイの声が響き渡る。スネイプは顔色を変えて足を速め、同時にベラトリクスの縄を切った。

 

「なっ・・・!」

「ふっ、あーはっはっはあ! おまえはあのセブルス・スネイプを信用していたんだろう、お嬢ちゃん?」

 

黙れ、と蓮はベラトリクスの襟首を掴んだ。「あんたのような狂犬に信頼の何がわかる!」

 

そのままベラトリクスを突き飛ばして螺旋階段を駆け上がった。

 

間に合え。間に合え。

 

時計塔の頂上、巨大な歯車越しに睨み合っているマルフォイとダンブルドアを見つけ、ベラトリクスを放り出してダンブルドアの隣に駆け寄った。

 

「先生!」

「おう・・・危ないでな・・・離れ、よ」

「クルーシオ! 退けウィンストン!」

 

蓮の盾が磔の呪文を弾いた。

 

「やめろ! マルフォイやめろ!」

 

モースモードル! と階下から声が聞こえる。誰の杖を奪ったのだろう。

 

セブルス、とダンブルドアが微かな声を発した。蓮はダンブルドアのローブの肩を掴み、スネイプを睨む。

 

血走った瞳のベラトリクスが駆け上がってきた。

 

「ドラコ! さっさとおし! ダンビィを殺っちまいな!」

「頼む・・・セブルス」

 

す、とスネイプが杖を上げた。

 

「アバダケダブラ!」

 

時計塔から飛び出すダンブルドアの身体に引っ張られた瞬間、蓮は叫んだ。「アレスト・モメンタム!」

 

 

 

 

 

微かに震える右腕を左手で押さえ、スーザンはキャビネット前の戦闘の帰趨をひたすら見守っていた。

 

ロンとネビルで5人を倒した後、ジャスティンも出て行って、失神した死喰い人を脇に投げ出し、続く8人ほどを3人で倒した。

 

もう来ないで。これ以上来ないで。

 

怖い。怖くてたまらない。キャビネットの行き先を変更する任務のためにこの場にしがみついているのは、むしろ怖いことだった。ジャスティン、ネビル、ロン、誰が倒されても、スーザンは助けに行くことは出来ない。あそこに積み重なった死喰い人を、しかるべき場所に送りつけてやるのが、スーザンの仕事だ。

 

キャビネットの扉がまた開いた。

 

「ビル!」

 

背の高い赤毛の男性が出て来た。そのまま中に腕を伸ばし、引っ張り出したのは、ルーピン先生だ。

 

「ノクターン横丁の掃除は終了だ。あっちのキャビネットはフレッドとジョージが部品交換する」

 

それを聞いたロンがスーザンを呼んだ。

 

「キャビネットは君たちに任せていいな? シリウスや怜たちは?」

「わからない。とにかく早く校内に! 頼むスーザン!」

 

スーザンはキャビネットの扉を開けて、手早く内張の板を剥がした。

キャビネットの下に隠しておいた同じクロスを貼った内張板を取り出し、魔力照射。呪文の行き先を確認して、それを剥がした板の代わりにキャビネットの内側に当てる。「タナセス」接着の呪文を唱えると、強度を確認して、ロンに頷いた。

 

「よし、ここは僕とスーザンで引き受けた。君たちは外の加勢に行け!」

「頼むジャスティン!」

 

迷いなく飛び出して行ったロンとネビルの背後で扉が閉まると、ジャスティンは「よし、大荷物を送り出そう」と杖を振った。

 

 

 

 

 

「ロン!」

 

ハーマイオニーが駆け寄ってロンに飛びついた。

 

「良かった、無事だな?」

「スリザリンからの合流は封じてきたわ! 騎士団の出入り口が天文塔だと気づかれたから、そっちに行かなきゃ! 校内には騎士団の先発隊が入っているはずよ!」

 

ロンはそのままハーマイオニーの手を引いて、天文塔に向かって駆け出した。

 

ハリー、早く帰って来いよ。

もうすぐ終わっちまうぞ。

 

そう思った時、誰かの身体に躓き、ゴロゴロと転がった。

 

「って・・・誰・・・ビル!」

 

救護しろ! とリーマスが叫びながら誰かと戦っている。

 

ハーマイオニーが「まさか・・・」と微かな声を発したところへ、マクゴナガル先生たちが髪を振り乱してやって来た。

 

「グレンジャー! 医務室へ!」

 

素早く状況を見て取ったマクゴナガル先生が杖をしごいて、リーマスの隣から尋常でない矢継ぎ早の呪いを放った。

相手は・・・。

 

「グレイバックよ!」

 

ハーマイオニーの叫びに、ロンは腰を抜かしたように躓いたばかりのビルの身体にいざり寄った。

 

「ビル! ビル! おい起きろビル!」

 

揺り動かそうとするロンをネビルが止めた。

 

「ハリーの入り口を確保だ、ロン!」

「行って! 天文塔に行って! ビルはわたしが連れて行くから!」

 

フリットウィック先生が杖を振り担架を出してくれるのを確かめて、ロンは振り切るように立ち上がって駆け出した。

 

 

 

 

 

運ばれてきた負傷者の中に、死喰い人の顔を見つけたパーバティは、連れてきたグリフィンドール生に「人を選んで連れて来なさいよ!」と怒鳴った。

 

「パチル。入れなさい」

「マダム・ポンフリー、でも死喰い人で」

「ここに来た時点で負傷者です」

「中に入れたら」

「失神させたまま治療し、失神させたまま放り出せばいいのです。それがわたしの医務室のルールです。従いなさい」

「マダム!」

「いくら戦時中でも、敵であっても、治療の必要な者には治療するのが医療者です! ついでに言うと、身動き出来ない負傷者が泣き叫ぶような苦痛を伴う治療をするのは楽しいですよ」

 

呆然として、パーバティは足元の死喰い人を見下ろした。

 

「ま、どうせ治療するなら・・・」

 

片足だけ靴の脱げた足の、小指をグリグリと踏みにじった。

 

そこへ。

 

「パーバティ!」

 

涙と汗と埃にまみれたハーマイオニーが、フリットウィック先生と共に駆け込んできた。

 

「どうしたの!」

「グレイバックに、噛まれたの。ロンのお兄さまよ!」

 

パーバティは顔色を変えて、足元の死喰い人を蹴り飛ばし「マダム・ポンフリー!」と叫んだ。

 

 

 

 

 

天文塔あたりに大量にいたグリフィンドール生に、失神した死喰い人の処遇(必要の部屋の「姿をくらますキャビネット」に放り込む)を指示した怜は、ドロメダ、シリウス、ドーラ、フラーを振り返った。

 

「ドロメダはスリザリン寮の様子を見てきて。ドーラとフラーは2人組で校内の残党の捕縛。シリウスはリーマスとビルを探してちょうだい。わたくしは他の3つの寮の状況を確認して来るわ。再集合はここ。行って」

「レイ、ドロメダとあんたも単独行動は」

「頭を使いなさい、シリウス。ドロメダの顔でよその寮に顔を出したらパニックになるわ。わたくしの顔なら問題ない。行きなさい。ドロメダ、スリザリンは合言葉制だったわよね? わかる?」

 

2種類しかないから問題ないわ、と答えてドロメダは駆け出した。

 

「それ、合言葉の意味があるの?」

「おばちゃま、ハッフルパフ・リズムはわかるわよね」

「合言葉じゃないの?」

「樽を叩くのよ、こう」

 

手を叩いてリズムを取るドーラに手を振って「なんとかするから行きなさい」と2人を送り出した。

 

「グリフィンドールだが」

「知っているの? 合言葉よね?」

「いや。見に行く意味がないと思う。上級生の大半らしき人数がここらにいたからな。誰か捕まえて寮に様子見に戻らせる」

 

そうしてちょうだい、と脱力感に耐えてシリウスも送り出し、西塔に向かって駆け出した。

 

「レイブンクローはこういう時も一番お利口さん、のはずよね?」

 

ステューピファイ! と戦闘音が聞こえて、怜は顔色を変えた。

 

ゼノフィリウス・ラブグッドの娘のプラチナ・ブロンドに気づいて、怜は杖を振り上げると、いくつもの失神呪文を死喰い人の胸目掛けて放った。

 

「ウィンストンのママ!」

「今ので全員? 他にも?」

 

全員です、と数名の上級生が汗を拭きながら答えた。

 

「監督生か首席は?」

「わたしたちです。パチルとゴールドスタイン」

「ああ、パーバティの。中の様子はどう? 下級生に問題は?」

「窓からの侵入が無ければ問題ないはずです。見てきます!」

 

階段を駆け上がったパドマ・パチルが「全員問題なく揃っています!」と、なぜか満面の笑みを浮かべて、ぶんぶんと手を振った。

 

「我がレイブンクローがお利口で嬉しいわ。あなたがたも中に入って。ルーナ、ドアノッカーのセキュリティ・レベルは?」

「カラスのなぞなぞ。黒いカラスの証明」

「上出来よ。この状況でそれに答えられる死喰い人はいないわ。あなたがたも中に入って終わるのを待ちなさい」

 

レディもどうぞ! とパドマ・パチルに招かれたが、怜は「また今度ね」とハッフルパフに向かって駆け出した。なぜか鳥肌が立つ。

 

厨房の隣のハッフルパフ寮の前に行くと「アーニー、ウィンストンが来た!」と、樽を叩いて、ほぼ自動的に招き入れられた。

 

「えーと・・・ウィンストンの、母のほうだけれど、あなたがた、こんな調子で誰彼構わず中に入れるの? 監督生か首席はいるかしら」

 

なぜか談話室にぎっしりと、小さめのグリフィンドール生の姿が見える。

 

「生徒しか入れません。ウィンストンのお母さんなら、まあ、文字通りの顔パス、特別です。ウィンストンのおじいさんの樽をまだ飾っているぐらいですから。出来れば隣にサインして行ってください」

「また今度ね。ハッフルパフ寮にトラブルは・・・なさそうね。もうすぐで大勢は終わるから、緊急避難者受け入れはやめなさい。死喰い人の残党を片付けるまで。食糧は充分にありそうだし。グリフィンドールの低学年もこのまま保護してちょうだい。いい? 避難者受け入れは中止よ。残党が逃げ込んで来る危険を今後は回避しなさい」

「了解です!」

 

ハッフルパフ寮を出た怜は、軽く首を傾げた。「うちの子の写真が飾ってあったような・・・あの子、学校で何をしているのかしら」

 

 

 

 

 

ドロメダは、失神したスリザリン生を足の先で掻き分けて、石壁に向かって「純血」と呟いた。

 

扉が開いた途端に、ひとりの女子学生が杖を構える。

 

ドロメダは両手を挙げ「アンドロメダ・ブラックよ。あなたが監督生?」と尋ねた。

 

「あ、あなたが、ブラック家の」

「今はトンクス。でもここではブラックのほうが通りが良いでしょう。外に転がっているのは?」

「死喰い人に合流しようとして、グリフィンドールの誰かに妨害された学生です。監督生も首席もあの中に転がってると思います。張り切って出て行きましたから」

「そう・・・困ったわね。今中にいるのは、死喰い人に合流したくない子ばかりなのね?」

「ええ。混乱状態が済むまでこのままでいるつもりですけど、なにか?」

 

合言葉を変えたいのよ、とドロメダが言うと、女子学生が「あ・・・」と何かに気づいたような顔をした。

 

「わたくしの頃からの2種類しか合言葉がないままなら、死喰い人の大半がこの寮に逃げ込んで来る恐れがあるわ。たった今わたくしが入って来られたように。今から残党の捕縛を始めるの。その間だけでも合言葉を変えたい。監督生か首席の魔力でないと合言葉は変えられないから、外の屍の中から探してくれないかしら。あなた、お名前は?」

「グリーングラス。ダフネ・グリーングラスと申します、マダム・トンクス」

「そう、ダフネ。理性的なスリザリン生がいて良かったわ。ではお願いね。あ、それからわたくし、ベラトリクスのフリをするから話を合わせてくれるかしら?」

 

ダフネ・グリーングラスが指定した女子学生の襟首を掴み、杖を突きつけて失神を解くと、ぼんやりした女子学生を「さっさと起きな!」と乱暴に揺すった。

 

「ひっ! ま、マダム・レストレンジ!」

「この役立たずが! いつまでも寝てんじゃない! あたしの言う通りにしな! いいね!」

 

パグ犬のような顔をした女子学生を小突いて「我らスリザリン、ホグワーツの護り」に合言葉を変更させると、また失神させた。

 

ダフネ・グリーングラスは、一連の作業をするドロメダをただただぽかんと見ていた。

 

 

 

 

 

冷たい瞳で失神したグレイバックを壁際に蹴り遣ったリーマスのもとにシリウスが駆け寄ってきた。

 

「やったのか?」

「失神させただけだ。ビルを噛んだ。いずれモリーが殺したがるだろう」

 

シリウスはきつく目を閉じた。

 

「ビルは?」

「ハーマイオニーが医務室へ・・・」

 

言いかけたリーマスの目が、窓の外に向かって大きく見開かれた。

 

「・・・モースモードル・・・!」

「時計塔だ!」

 

シリウスはリーマスの肩を小突いて駆け出した。

 

時計塔に上がる螺旋階段を、学生のローブを引っ掴んで降りてきたスネイプに会った。

 

「セブルス! モースモードルは!」

「この馬鹿者の仕業だ! 来い! 用心しろ、中にベラがいる!」

 

学生を引きずるように出て行くスネイプと入れ違いに螺旋階段を駆け上がる。

 

「あーはっはっは! 死んだ、死んだ、ダンビィが死んだ! クルーシオ! クルーシオ! おどきウィンストン!」

 

なんだと、と呟いた2人は争うように駆け上がって「そこまでだ!」とベラトリクスに杖を向けた。

 

「貴様がダンブルドアを?」

 

シリウスは半信半疑のまま、ベラトリクスに確かめた。ダンブルドアがこの女になど遅れを取るはずがない。

 

「おーや、ダンビィのワンちゃん! セブルス・スネイプの仕業だよ! あーひゃっひゃっひゃっ! スネイプなんかを信用するからこうなるのさ! おどき! ダンビィを踊らせてやる!」

「校長の身体への冒涜は許さない!」

 

呆然とした一瞬に誰かが「死ねベラトリクス!」と叫んで駆け込んできた。

 

リーマスは身を乗り出して下を見る。

 

険しい表情で時計塔に向かって蓮が杖を構えていた。その傍らには、仰向けにダンブルドアが倒れている。

 

「そんな・・・」

 

膝から力が抜けそうだ。

 

リーマスの隣でベラトリクスが舌打ちすると、宙に躍り出した。黒い影となって、嘲るように旋回すると、そのまま遠ざかる。

 

「レン・・・」

 

ダンブルドアの容態を尋ねようとしたリーマスは目を疑った。

 

ひゅん、と一瞬の渦となって、蓮の姿が搔き消えてしまったのだ。

 

「まさか・・・嘘だろう・・・?」

「リーマス?」

 

ハリーを羽交い締めにしたシリウスに「レンが姿くらましをした」と答え、リーマスは左手で顔を覆った。

 

「・・・なんということだ」

 

空気さえも重力を増したように、リーマスはその場にがくりと膝をついてしまった。

 

 

 

 

 

湖沿いを逃げるスネイプとマルフォイの前に姿現しをした蓮は、両手で杖を構えていた。

 

右の手首、肘、肩、右目が一直線になる射撃の構えだ。

 

「セブルス・スネイプ」

「やる気か、ウィンストン」

「パトローナスを出せ」

 

スネイプは一瞬戸惑って足を止めた。

 

「・・・なんだと? 我輩を追ってきながら、言うことがそれか?」

「パトローナスを出せ」

 

挑発になど乗る気はない。事実はもう何も変わらない。ただ確かめたいだけだ。

 

「パトローナスを出せ、スネイプ」

 

スネイプがローブの中に手を入れた。マルフォイがその腕に飛びつこうとするが、それより早く、スネイプが杖を振った。

 

「エクスペクト・パトローナム」

 

スネイプの傍らに、銀色の牝鹿が現れた。

 

「これがどうかしたかね?」

 

いや、と蓮はスネイプを睨んだまま「行け」と顎を動かした。

 

育ち過ぎたコウモリのように、真っ黒なローブを翻し、マルフォイを引っ立てて、スネイプは蓮の傍らを通り過ぎた。

 

スネイプの残した牝鹿に、ゆっくりと近づくと、銀色に輝く牝鹿はじわりと大気中にその輪郭を溶かし始めた。

 

「・・・セブ、牝鹿じゃ、分かり易過ぎる」

 

涙が出てきたが、蓮はスネイプの牝鹿の作った銀色の靄の中で、微かに苦笑した。

 

そして、湖に向かって大きく杖を振った。

 

「エクスペクト・パトローナム」

 

久しぶりに見た自分のパトローナスは、やっぱり以前から変わらないブランカの形をしていた。

 

「なんだ・・・わたくしも、分かり易いじゃん」

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