サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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閑話44 アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘

ダイアゴン横丁の外れに構えたオフィスでリータ・スキーターは悪魔の娘と向かい合っていた。

 

「あぁた・・・あたくしにそれを書けというつもりざんすか?」

「うん」

「気が進まないね。生きてる奴を失脚させるのは得意だけど、死んだお人の名誉まで」

 

悪魔の娘は白けた表情で呟く。

 

「コンラッド・ウォレン・ウィンストン」

「あれは! あれはアンブリッジの要求ざんす! あぁたはアンブリッジと同じ真似をしてるざんすよ? ダンブルドアの秘密を暴けだなんて、何の意味があるざんす」

 

ダンブルドアも過ちを冒すただの野心的な若者だった、と悪魔の娘は微笑んだ。「そういうことを人々の頭に叩き込んでおきたいんだ」

 

「・・・グリンデルバルドとの関係は、スキャンダル過ぎて扱いきれないざんす。だいたいあぁたは、いったいこんなネタをどこから」

「ダンブルドア本人、それとグリンデルバルド本人」

「本人たちがあぁたに話した?」

「そだよ。ひと夏の熱烈な恋愛だった。友情か恋愛かわからないほどに大鍋は熱く滾り、血の誓いを交わし、2人で共に偉大な魔法使いになることを誓ったんだ。残念ながらその関係は、アリアナの死によって大き過ぎる影に覆われてしまい、グリンデルバルドは逃げ出し、ダンブルドアは過去を封印して清廉な教師として贖罪の、修道士のようなライフスタイルを選択した」

 

そんなに悪いことかな、と悪魔の娘が呟く。

 

「グリンデルバルドのしたことを考えると、ダンブルドアが知り合いだったというだけでゾッとするざんしょ」

「それは結果論だよ。優秀な若者同士が出会って意気投合、魔法界の将来について議論を重ねる。それだけなら、別に悪いことじゃないよ。まあ、スキャンダラスに書いてくれて構わない。そのほうが売れる。グリンデルバルドからも承諾をもらっているから気にしなくていいからさ」

 

 

 

 

 

#####

 

「アルバスが君に話したのかね?」

 

蓮は頷いた。

 

「こんな嘘をつく意味は、あまりないと思う。意図があって話してくれたんだろうけれど、その意図を拡大解釈してもいいかどうか、もうひとりの当事者であるあなたに聞きに来たんだ」

「君はアルバスの意図がどのようなものだと認識したのかね?」

 

グリンデルバルドは渋い顔つきで椅子に腰掛けて脚を組んだ。

 

「ダンブルドアは晩年にはホグワーツ校長としての職務に専念していた。魔法省やウィゼンガモットへの介入はしなかったし、国連の会議でも基本的には出席するだけで、舵取りはうちの祖母あたりの、次世代? に任せていたんだ。自分の年齢を意識するなら当然だと思う」

「うむ」

「それだけじゃないよ。ダンブルドアのもともとの目的は、アリアナの死に対する贖罪の人生を生きることだった。なのに、やっぱりそこは人間的スケールの大きさだとか、もともと持っていた資質だとかが機能してしまって、本来なら回避したい政治権力や基盤が出来てしまったんだ。ダンブルドア本人が望んだわけでもないのに、虚像が肥大していって、人々がそれに依存するようになった。ダンブルドアならなんとかしてくれる。ダンブルドアがいる限り安心できる、ってね。それはダンブルドアには負担だったと思う」

「・・・そうだろうな。私との決闘は、世論に押されてのことだったと聞いている」

 

そうなんだ、と蓮は頷いた。「死ぬ前に虚像は虚像だと言いたかったんじゃないかな。ひとりの悩める若き魔法使いに過ぎなかったんだって。わたくしはダンブルドアを尊敬している。こうした事実がその尊敬に陰りは与えない。むしろ、だからこそ尊敬の念が増したよ。でもそうじゃない人はまだたくさんいるだろうね」

 

「アルバスの栄光をそのままにしてやってはどうかな?」

「本人が望んでいる気がしない。過去に過ちを冒した贖罪の清廉な教師。それで充分だと考えている気がしてならない。ダンブルドアはホグワーツの敷地内に葬られることを望んだんだ。魔法省はゴドリックの谷にダンブルドア記念公園として立派な墓所を整備する案を出してきたけれど、ダンブルドアの遺書にホグワーツに葬られたいと書いてあった。生徒や教師がたまに思い出してくれたら充分なんだって。だから、この情報が世に出ることで、等身大の自分の姿が、若者たちへのテキストとして役に立つなら、それもまたよし、って気分だったんじゃないかな」

「それもまたよし、か。君にとってアルバスはそういう人間であったかね?」

 

蓮はグリンデルバルドの目を見て、しっかりと頷いた。

 

「しかしいささか無責任ではないかな? これほどのスキャンダルはそうはない。遺族の肩身は狭くなるだろう」

「ダンブルドア家には、もう100歳を過ぎた弟しかいないよ。独身。妻はヤギ」

「・・・まだヤギとの不適切な関係を続けているのか。良かろう。遺族らしい遺族がいないのは私も同じことだ。バチルダ伯母はいるが・・・生きているのか?」

「白内障の治療を勧めたけれど、断られた。超高齢の独り暮らしだから心配なんだけれど『あんたさんはウィンストンの当主であってマグルの福祉委員じゃないんだから、独居老婆の世話より大きなことをおやり!』って。ある意味とても元気だよ。あなたとダンブルドアの過去の断琴の交わりについては、あなたが置いていった手紙や写真を提供すると言ってくれた」

「それはまた・・・ずいぶんと思い切ったことをするものだ」

 

蓮は肩を竦めた。

 

「すごくご高齢だから、どの程度意味や影響力を理解していらっしゃるかは、ちょっと保証出来ないよ。でも、バチルダ・バグショットの名誉は必ず回復するつもりはある。優れた魔法史家として。幸いゴドリックの谷にお住まいだから、わたくしの目も届きやすい。マグルの福祉委員みたいにちょこちょこ様子を見るつもりだよ」

「まったく・・・バチルダ婆さんの言う通りだ。もっと大きなことに目を向ける立場だろう」

「気になるから仕方ない。わたくしは年寄りに優しい魔女だから。中でもああいうタイプのお婆さんは得意分野なんだ」

「だからそういうことは」

「そういうことも魔法省は考えなきゃいけないと思う。生活安全部か何か作って、老後を見守る社会の仕組みを作る必要があるよね。実を言うと、ゴドリックの谷の家々に保護魔法をかけて回っている時に知り合ったんだよ。あそこはもともとうちの領地だったし、ダンブルドア家やポッター家がある。その上、マグルも混在する集落だから、高度な安全対策を講じる必要があると思って。魔法族の家々は、外からサッと回って保護魔法を使っているかどうか確認しただけ。でもバグショット家は丸裸でさ。訪ねたらマダム・バグショットがいらした。保護魔法かけてくださいって言っても『は? なんだって? この婆あを襲いに来る輩がいるのかね? あたしゃ目も見えない婆あだよ!』ってさあ。仕方ないから、マダムの出入りに不自由がない程度の保護魔法を勝手にかけておいた。そんな状態だから、やっぱり様子を確かめる必要はあると思う」

 

グリンデルバルドは苦笑して「手数をかけているようで申し訳ない」と言った。

 

「大したことじゃないよ。言ったでしょう。ああいうタイプのお婆さんは得意分野だ。それで、どうかな、ミスタ」

「バチルダ伯母がその状態なら、私は構わない。それもまたよし、だろう。アルバスがそう望んでいたと君が解釈しているのであれば、君のやり方で知識を有効に活用したまえ」

「あなたにとっても隠したい過去だと思うけれど、それは?」

 

血の誓いを交わした男だ、とグリンデルバルドは微笑んだ。

 

「ミスタ・・・」

「人生の途中で袂を分かってしまったが、愛していたよ。アルバスと私の人生は、時折、不思議な縁で交わろうとする。私にとってそれは、里程標のようなものだった。アルバスとどれだけ離れてしまったか。あの夏のゴドリックの谷からどれだけ遠いところに来てしまったか。人生の最後に、君を通じてアルバスと交わったのも里程標のひとつだろう。我々の魂をあの夏のゴドリックの谷に帰らせてくれたまえ。血気盛んな野心家の若者2人の過ちとしてでも構わない」

「わかった。ありがとう。必ずそうする」

 

 

 

 

 

#####

 

「グリンデルバルドがねえ・・・」

 

リータは悪魔の娘の持ち込んだ資料をデスクにバサリと置いて溜息をついた。

 

「ダンブルドアとグリンデルバルドがデキてたなんて話を細かく書いても仕方ないから、このあたりはさらっと流して」

「流さないでよ」

「お黙り。ここから先はあたくしの仕事ざんす。広く売りたいんざんしょ? 男とデキてた話よりも、闇の魔法使いと意気投合するような人間だったって方向から攻めるほうが読者を選ばないざんす」

 

はいはい、と悪魔の娘がソファに寝転んだ。「広く売ることはマダムにお任せします」

 

「・・・あぁたは、ダンブルドアが男とデキてたことが気になるのかい?」

「そうじゃないよ。そうじゃなくて、ダンブルドアはずっと独身だったからさあ。広い意味の、人類愛だとか、そういう愛情深さはイメージ出来るけれど、もっと個人的な感情もちゃんと持ち合わせていたということを、何かの形にして欲しいんだ」

「妹や弟じゃダメなの?」

「妹は犠牲になった。弟は・・・ヤギと不適切な関係。そっちをクローズアップするとますます人間離れしそうだ。ヤギより同性のほうがマシだと思う」

「・・・家族への愛情ってもんなら書いてあげるよ。アバーフォースと不仲だって言われてるけど、怪しいもんさね」

「やっぱりそう思う?」

 

当たり前だよ、とリータは煙草に火をつけた。「不仲の兄貴の足元で、流行らないパブを100歳過ぎてまで経営してるんだ。アバーフォースはダンブルドアのために働いてるんだろうさ」

 

「わたくしには兄弟がいないから、その感覚がよく理解出来ないんだ」

「あたくしだってそうさ。まあ、年の功ってもんがあるから、ああいう兄貴の弟をやっていくのは楽じゃないとは思うよ」

「お兄さまを尊敬はしないもの?」

「尊敬、ってのは、他人事の同義語さ。あぁただってそうじゃないのかい? あぁたの家族を尊敬する魔女は多いんじゃない? あぁたは母親、ばあさま、ひいばあさまを『尊敬』する?」

 

悪魔の娘はしばらく天井を見上げて、首を振った。

 

「家族は、愛する対象ではあるけれど、尊敬する対象ではない。そういうこと?」

「そういうこと。尊敬って感情は、距離があるからこそ生まれるもんでね。家族に対する好意的な感情は愛、否定的な感情は憎しみになる」

「愛の対義語は無関心だよ」

「お貴族様のくせにカトリックの婆さんみたいなことを言う子だね」

「魔女のくせに英国国教会とカトリックの違いがわかるあなたは、やっぱりちゃんとしたジャーナリストだよね」

「お世辞はいいから。愛があるから憎むんだ。他人じゃないからさ。他人ならそれこそ無関心でいれば済むだろうよ。あんたの好きなカトリックの婆さんが『愛の対義語は無関心です』って表現したのはその仕組みのことだよ。アルバスとアバーフォースのダンブルドア兄弟に絡めて考えるとわかる。アルバスは無関心なフリをしてたけど、無関心になりきれなかった。アバーフォースの暮らしぶりを心配して、ホグワーツの教師になったあともたびたびゴドリックの谷の自宅に戻ってたんじゃないかね。アバーフォースはなにしろあの通りの男だ。愛想がないどころか、ヤギ以外世界の全てを敵視して暮らしている。これでは放置出来ないと考えた兄貴は、ホグワーツ城の城下町ホグズミードで店を構えさせる。ヤギごとね。弟は嫌がったかもしれない。そこで出てくるのが妹の存在さ。妹の死のきっかけを作ったことへの贖罪の人生を選択した兄貴は、その贖罪のひとつとして弟を妹の分まで家族として愛して見守らなきゃいけない。弟だって同じことさ。妹がいたらこうしただろう、と考え考え兄貴のお膝元で地味なパブをなんとか経営してきた。多少の金は兄貴のポケットマネーから出ていたかもしれないね。たまに上の客室に泊まることもあったらしい。激しく憎しみ合っていた兄弟の仲は、ナメクジの歩みのようにゆっくりと改善されていき・・・」

 

リータはそこで言葉を切り、ダメだダメだダメだ、と手を振った。

 

「黙って聞いていたのに。続きは?」

「頭の中で妄想の翼を広げていたってのに、ジジイ2人じゃ絵面がひどい。わかった。あぁたの言う通り、アルバス青年とゲラート青年のひと夏の灼熱の恋にするわさ」

「ゲイだと売れないんじゃなかった?」

「そこは仄めかすだけにするざんす。えーと、ほら、恋文だろうけど、2枚目の便箋以降には、政治論が書いてある」

 

しばらくリータはそのまま資料に目を通した。煙草が短くなるまで。慌てて灰皿に押し付けて火を消した。

 

「お嬢ちゃん。あぁたは本気でこういう事実を暴きたいの? あたくしの得意分野ではあるけど、そのあたくしでも、ちぃっとばかり気が引けてるんだよ」

「お願いだ、マダム。ダンブルドアが偉大過ぎて困るんだ。わたくしはダンブルドアを尊敬しているよ。ウィンストンとして葬儀やその支度に関わったから、普通の生徒やホグワーツを卒業してからは無縁に暮らしている魔法族よりは、人間的な部分を知っている。ダンブルドアはただの人間なんだ。偉大な魔法使いではあるけれど、人間だ。不世出の天才だとか、イギリス魔法界を支えた巨匠だとか、そういうんじゃなくて・・・グリンデルバルドと愛を絡めた政治論を交わす青年が、妹の死をきっかけに政治や権力を求めない清廉な教師になる。一方では、ダンブルドアと練り上げた構想を実現しようと闇の魔法使いとして着々と勢力を広げたグリンデルバルド。ねえ、マダム、ダンブルドアだけが正義で、グリンデルバルドだけが邪悪という硬直したイメージしか持っていない人たちに知らしめたいんだよ。ただの人間が努力と研鑽を重ねて偉大になっていくってことをね。ダンブルドアは生まれつきダンブルドアじゃなかった。手のかかる弟と妹がいて、お父さまは獄死という不名誉な烙印の捺された家庭の長男。そういう等身大の魔法使いの姿を書いて欲しい。本当なら誰でもダンブルドアになれるはずなんだから」

 

なるほど、とリータは納得した。

 

「等身大のダンブルドア。あぁたが広めたいのは、それざんすね?」

「うん」

「ダンブルドアがただの魔法使いだと広めてどうしたいざんす?」

「『ダンブルドアがなんとかしてくれる』って、依存し過ぎている。ダイアゴン横丁を見てきたけれど、まるでお通夜だ。ホグワーツの校長が死んだぐらいで、こんなに沈むなんて不健全だよ。マグル社会風に表現すると、株価が暴落、為替もどん底、っていう経済状態じゃないか。次の校長を速やかに決定して、安全にホグワーツの次年度を始められればそれでいいはずなのに、ダンブルドアがいくら尊敬すべき偉大な魔法使いでも、その死がここまで人心を沈ませるのは、不健全だ」

「まあ、あたくしもそれには同感ざんすよ」

「ダンブルドアがひとりで背負っていた重荷を、自分も背負うと言い出す若者が増えなきゃいけない。イギリス魔法界に、もう巨星は要らないんだ。みんなが自分に出来ることを淡々とやっていくことで、社会がうまく回るようにしなきゃ。巨星を請い願うんじゃなく、みんなが星屑であればいいじゃないか」

「・・・そのために、ダンブルドアの栄光ごと、偉大過ぎる虚像をぶち壊すと?」

 

悪魔の娘が深く頷き、腕時計を見た。スチールのベルト、文字盤は中の歯車が見えるスケルトンのデザインだ。

 

「お嬢ちゃんにしちゃあ、ゴツい時計じゃないかい?」

「ハーマイオニーのご両親が成人のお祝いにくれたんだ。カッコいいでしょ?」

「あぁたの普段の格好には似合ってるけど、ドレスアップしたときには使えないんじゃないかね?」

「んー。でもまあ、そういう格好のときは手首に時計っていうのも無粋じゃない? レディースだとしても」

 

ちょっとお待ち、とリータは立ち上がり、デスクの引き出しから懐中時計を取り出した。小さな文字盤にゴールドの鎖だ。

 

「そういうときには、これを使いな」

「くれるの?」

「別に使わないからね。あたくしの母がドレスローブを着るときに使ってたもんさ」

 

マダム、と呟いた悪魔の娘は、懐中時計を受け取って、矯めつ眇めつ見回した。

 

「マダムのお母さま、すごくセンスの良い人だね。今はどちらに?」

「あの世。あぁたね、スキーター家がちゃんとしてたら、あたくしがマグルのパブで働くなんてことにはならないってわからないの? 家族はみんなあの世さ。龍痘でごっそりいっぺんにね」

「・・・ごめんなさい」

「まあ、純血のせいで身体が弱かったってのもあるけど、何代もの間働きもせず先祖の財産を食い潰して、最後には医者にかかる金も惜しい有様だったんだから、自業自得だけどね」

 

悪魔の娘は小さく頷き「感染症の治療は無料化するべきだと思う」と呟いた。

 

なんでこの話題でそっちに頭が働くのだろう、と思いながらリータは悪魔の娘の手の中の懐中時計を指差した。

 

「あたくしの母が嫁いで来る時に、魔法道具屋にオーダーして作った時計。形見の品はまだあるから、ひとつぐらいあぁたにくれてやっても構わない。その時計も、あたくしよりあぁたの手元にあったほうが出番が多くて喜ぶだろうよ。ま、成人おめでとうってことさ。スポンサーへの貢ぎ物」

「ありがとう。大切に使わせてもらうね。魔法道具ってことは、何か機能があるの?」

「お貸し」

 

リータは立ち上がり、懐中時計をスーツのポケットに入れて、上から手で押さえ軽く魔力を通した。

目の前で悪魔の娘がぽかんと口を開ける。

 

「な・・・透明になる魔法? でも・・・あれ? これ、ハリーのマントと同レベルの魔法だ・・・マダム! これ作った魔法道具屋って!」

 

ポケットをポンと叩いて透明化を解くと、リータはニヤっと笑った。

 

「よく気づいたね。イグノタス・ぺヴェレルの子孫、アーノルド・ポッターさ」

「アーノルド・・・ハリーの、ひいおじいさまの一番下の弟、だっけ?」

「そういうことだね。市販の透明マントを発明した魔法使いだよ。本物の死の秘宝の透明マントにはとても及ばない代物だけど、とにかく透明マントを作り続けた男でね。あたくしの母が懐中時計を依頼した時に、泣いて喜んだそうだよ。『部品の質を上げれば透明化の精度を上げられる』ってね。この中のネジや歯車全部、ゴブリンが精錬した金属が使ってある。文字盤のダイヤは、上がルイ14世がハート型にカットさせた残りのメレ。下はエドワード7世が王冠に付けるためにカットさせたカリナンから出たメレダイヤ」

 

最後の説明に悪魔の娘は苦笑した。

 

「呪いのダイヤじゃないか。持ち主を次々に破滅させたホープダイヤのことぐらい知っている。しかもカリナン2? 大英帝国の王冠だよ?」

「それだけ魔力を含んでるってことさ。要らない?」

「要る」

 

差し出された掌に、母の形見を載せてそのまま両手で包んだ。

 

「ダイヤの呪いに勝ってごらんよ。こいつを飼い慣らしたら、あぁたが最高の魔女だと認めてあげるからさ。それに、ホグワーツ城の主人に代々伝わる呪いのダイヤってのも乙じゃないかい?」

「乙だけれど。貰ってから言うのも変だけれど、どうしてわたくしに? マダム、まだその気になれば子供産めるでしょう?」

「この人の子供を産みたいって男には長年会ってないからね。このふたつのダイヤは母の実家のキャヴェンディッシュ家の家宝だった。母が嫁ぐことで、家系は断絶しちまうから、ポッターにこのダイヤをあしらう魔法道具を作ってくれって頼んだ品さ。金庫に財産がなくなっても、この時計を含むいくつかの品は売るわけにはいかなくてね。考えてごらんよ。ホープダイヤにカリナンダイヤだ。まともに値なんかつくわけがない。買い叩かれるにはあんまりな代物じゃないか。だから売らずに取っといたんだよ。ウィンストン家、菊池家、ホグワーツ城、あぁたが代々引き継ぐべき立場ってのはいくつかあるから、そっちに譲るのが道理ってもんだろ? あともうひとつ。レガリアが剣だったせいで、ちっとも女王らしさが感じられないからね。このダイヤに相応しいレディに躾けてもらおうかってことさ」

 

 

 

 

 

ゴドリックの谷に姿現しすると、リータは深い溜息をついた。

 

「あの、クソガキ・・・! バグショット家の保護魔法って・・・見えやしないじゃないのさ! インタビューも出来なくてどうしろって言うんだい!」

 

憤然として杖を振ると、もう何十年も見たことのなかったノスリのパトローナスが姿を現した。

 

パトローナスでもなきゃ連絡が取れないと杖を振ってみたものの、まさか出るとは思っていなかったリータはしばらく呆然として、その間にパトローナスは銀の靄になって消えてしまった。

 

「・・・なんてこと」

 

悪魔の娘の仕業かと一瞬考えて、苦笑してその考えを打ち消した。

 

「いくらなんでもそんな真似は出来やしないね」

 

気恥ずかしい話だが、どうやら自分はこの歳になって「希望」とやらを取り戻したらしい。

 

ガキどもの語る夢物語が、リータ・スキーターに希望を取り戻させた。

そう考えると腹が立つので、自分がそれだけ優れた魔女になったのだと考えておくことにして、もう一度パトローナスを呼び出し、諸悪の根源にメッセージを送ることにした。

 

「お嬢ちゃん、あぁたのご丁寧な保護魔法のせいで、バグショットの婆さんに会えないんだけどね?」

 

杖を振ってパトローナスを送り出すと、ノスリが羽ばたいて行った空を見上げた。

 

オオカミのような巨大な犬のパトローナスが駆けてきて、悪魔の娘の声が聞こえるまで。

 

「ごめんなさい、忘れてた! 5分待ってて。今マクドナルドにいるんだ。周りに忘却術かけてから、ダブルマックを買って行く!」

 

相変わらずまったくお貴族様らしからぬ生活態度らしい。

 

「・・・マリー・アントワネットのダイヤも大英帝国王冠のダイヤもちっとも役に立ってない気がするね」


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