つかまえてー、と蓮の声が聞こえてハーマイオニーは3階の窓から庭を見下ろした。
「捕まえたらぶん回せ」
ロンが草むしりをしながら顔も上げずに指示を出す。
「ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる!」
「遠くに投げろー」
「ウラーーーーーーーー!」
あの掛け声何なのかしらね、とジニーが首を傾げる。
「えーと。ブルガリア語なの。歓声というか、日本語のバンザイ、みたいなニュアンスですって」
「つまり、レンはGodSavetheQueen!と叫びながら庭小人で遊んでるわけ?」
「あー、バンザイにはそっちの意味もあったわね、そういえば。その意味は違うわ、ジニー。バンザイ突撃の掛け声だと思っていればいいはず」
ジニーと2人でせっせとテーブルクロスに糊を利かせてアイロンをかけているせいで、額に染み出した汗を拭った。
「ロン! 遊んでる暇はないわよ! 今夜のハリーのバースデイパーティは室内だけど、明後日には結婚式! ですからね!」
「遊んでるのはレンだ。僕はせっせと草むしりさ」
「レンは庭小人駆除に張り切ってくれてるわ! ダラダラ草を弄るばかりのあなたとは違います!」
庭で響くミセス・ウィーズリーの声を確かめて、ジニーが「出発はいつ?」と声を潜めた。
「未定よ。結婚式が済んでからなのは確かだけど。ハリーからは何も?」
「わたしたち、そのことについては何も話さないの。というより、ハリーからはフラれちゃったの」
「・・・え・・・ジニー、それにしてはアッサリしてるわね?」
「英雄症候群の発作よ、どうせ。それからも寝る前には毎晩キスしてるもの。わたしからばっかりだけど。そのたびに、これは良くないって自分に言い聞かせてるわ、彼。未成年のわたしじゃ、『匂い』をつけてついてくことになるから、ついてくなんて言わないけど、わたしには別れたつもりなんてないわよ。無駄に感傷的になって無駄に別れたりくっついたりなんて馬鹿な真似したくないから。『君の安全のためだ。僕のことは忘れて幸せになってくれ』馬鹿馬鹿しい。安全のためだと言い張るなら、別れたことにはしてあげる。新学期に学校に戻って、ラベンダーあたりにでも泣きながら別れたことを話せば学校中に広めてくれるわ。あとは彼が帰ってくるのを待つ間に、わたしなりに安全な範囲で何かやってればいい。それだけの話でしょ」
「・・・たくましくなって・・・」
「ハーマイオニー、兄貴が6匹もいるとね、世の中の男はたいてい悲劇のヒロインになりたがる生き物だと理解できるようになるの。女の子じゃなくて、男がよ。本人は世界を背負った悲劇のヒーローのつもりだけど、中身は女々しいからヒロインね」
「・・・そういうもの?」
「そうよ。勝手に世界を背負うの。レンと僕には魔法界の未来がかかってる・・・なんて言って別れ話されたって、魔法界の未来を背負う片割れがレンじゃ・・・ドラマチックには程遠いわ。ちなみにその昼間のレンはバチルダ・バグショットに頭を叩かれながらおんぶして、無理やり白内障の手術に連れて行ってた。魔法界の未来のために背負ってるのは、レンの場合バチルダ・バグショットの体重。バチルダからバシバシ頭を叩かれたけど、これで少しは安心だー、なんてのびのび居眠りしたレンの隣に座ってたら、ハリーがやって来て、魔法界の未来がかかった別れ話されたってね・・・わたし、そこで感傷的になれる人間じゃないの。あーこれは兄貴たちでよく見てた悲劇のヒロイン症候群ねー、って冷静になっちゃう。ハリーがそんな気分で心残りなく戦いに赴きたいのなら、ハイハイって調子を合わせてあげるけど、心残りありまくりの状態にしてやるわ。これがわたしなりの覚悟よ」
本当にたくましくなって、とハーマイオニーは思わず額を押さえた。
「でもジニー・・・ハリーの気持ちは、あまり軽々しく考えないであげてね? ハリーなりに真剣なんだから。確かにあなたと別れればあなたが安全だと考えるのは的外れだと思うけど、あなたのためを真剣に考えたことは本当だと思う。それは理解してあげて」
「もちろんよ。面と向かって英雄症候群だの悲劇のヒロインだの言ったりなんかしないわ。ちゃんと悲しげに俯いて、声を詰まらせて、レンにブランケットをかける口実で背中を向けて・・・『わかったわ・・・行って、ハリー・・・もう行って』ってやったわよ」
「・・・素晴らしい演技力に脱帽」
「ハリーは黙ってロンの部屋に入っていき、レンのお腹がグウと鳴ったからソーセージと卵を焼いてやり、レンを起こして食べさせて。それからは知ってるでしょ? ハーマイオニーと2人で死体眠りのレンを着替えさせて寝かしつけた。ウィーズリー家の娘には暇を持て余して感傷的になる教育は施してないの。ハリーの運命の戦いなんてことに憧れと恐れがあったのはせいぜい2年生までよ。そんなことわかった上で付き合うことにしたわ。わたしをそんな言葉で遠ざけられると思うなら、彼はわたしをナメてると思う。彼のほうこそわたしの気持ちを甘く見てるのよ」
ぴゅう、とレンが口笛を吹いた。
「さすがジニーだね。わたくしはそういう女性はとても魅力的だと思う」
「・・・たくましいでしょ?」
「うん。でもまあ・・・ジニーに恨まれるのは勘弁してもらいたいなあ」
「・・・レン」
「ハリーはさ、ジニーの気持ちを甘く見てはいない。いろいろ下手くそだから、ありきたりな表現になったけれど、最後には・・・ね。その予防線を張ろうとしただけだよ」
「あなたはやっぱり自分で手を下すつもりなの?」
「なるべくね。トムくんたちにやらせればいいとか言うなよ? この前、マッドアイのことで、ママからは日本人的な遺体への思い入れは、しばらく忘れなさいって言われたけれど、ベラトリクスにはさ、熊みたいな性癖があるんだ。死体をオモチャにしようとする。グランパやキングズリーから聞いてるんだ。遺体に必要以上の辱めが加えられているケースでは、ベラトリクスの関与を想定しろ、って。前回の戦争の被害者はほとんどそうだったらしい。どこでそんな異常性を身につけたかはわからないけれど、実際にそうなんだから仕方ない。わたくしは、それがとにかく嫌なんだよ。だからー・・・うまく立ち回ってハリーをトムくんやベラトリクスが殺すように仕向けるよりもさ、綺麗に片付いてから、わたくしが、って。今はそう考えているよ」
ウィーズリー家を見下ろす丘の上に腰を下ろして、蓮が陰りのある微笑を浮かべた。
「円卓の魔法戦士としては、あなたが手を下すことには反対だわ。その後の魔法族からの心証が悪くなってしまうから」
「・・・政治家じゃあるまいし」
「ベストは、トムくんたちにやらせることよ。成り行き次第でもあるから約束しろとは言えないけど、賛成はしない」
じゃあさあ、と蓮が声を上げた。「わたくしがハリーの立場だったら、ハーマイオニーはどうするの?」
「え?」
「わたくしをトムくんの前に突き出すのか、ハーマイオニーが傷の始末をつけるために殺してくれるのか」
「それ、は・・・」
「あーあ。わたくしはハーマイオニーの政治生命のために、トムくんなんかに殺されてやらなきゃいけないのかあ」
蓮が立ち上がった。
「レン・・・」
「世間によるとなぜか世界近代史に残る名君、菊池薫日本魔法大臣のポリシーを教えてやるよ。将来の名君、グレンジャー魔法大臣に」
ジーンズのお尻を叩きながら、胸を張って「哀しみを人に預けてはいけません。哀しい行いは自分が引き受けなさい」と堅苦しい作り声で言った。
「・・・それ」
「まあ、なんていうか、曽祖母による唯一の帝王学ってやつだね。女王なら嫌なことは人にやらせるなって意味だろ」
「わかったわよ! でも約束して! 殺さずに済む方法を最後まで検討しなさい! いい?!」
「ハーマイオニー・・・それは、わたくしこそが頼みたいことなんだ」
蓮は今度こそ力無く微笑んだ。
「わたし?」
「あの傷を抱えたまま生きていくように、ハリーの気持ちを変える努力を続けて欲しい」
「レン・・・」
「魔力を奪って拘束したあと、トムくんが何年生きるか正確にはわからない。でも、魔法族の長寿は魔力が前提だ。完全に魔力を奪う受刑者となるトムくんは、マグルの平均寿命前後が限界だと思う。そのあとはもうあの傷に悩まされずに済む。それまで我慢出来ないかな? 当然嫌だと思うよ。ハリーはね。ハリーの気持ちとしては、嫌で嫌でたまらないのが当たり前だ。でもさ、ジニーとか、わたくしたちとか、ハリーを必要とする人間はたくさんいるんだから、そのみんなのために我慢してくれないか、って。たったひとつのホークラックスだよ、ハーマイオニー。ハリーという容器に閉じ込めたたったひとつのホークラックス。周りにはわたくしたちがいる。トムくんの本体が寿命を迎えれば心配はなくなるんだし。ハリーを気長に説得出来れば、ハリー以外のわたくしたちにとっては、ベストなんだ・・・ハリーの気持ちを思うと申し訳ないけれど」
「・・・わかったわ。ハリーはまずは拒否すると思うけど、努力する。ジニーにも努力してもらうわ。せっせとキスしてやればいいんだし」
その時、丘の下からミスタ・ウィーズリーの声が聞こえてきた。
「ハーマイオニー! レーン! 帰っておいで! お客さまだよ!」
スクリムジョールがリビングチェアに座り、ハーマイオニーと蓮がソファに座っていた。ハリーとロンはその後ろに立っている。
「ダンブルドアの、遺言書?」
ハリーが怪訝そうな声を出した。
「その通り。あれだけの人生を歩んだ偉大な人物だ。急死ではあったが、充分な高齢でもあった。特に不自然なことではない」
「そうですね」
蓮は肩を竦め、ハーマイオニーも小さく頷いた。
「だがしかし、君たち4人に遺品が寄贈されたことは、いささか不自然な気がする。そうは思わないかね?」
「教え子ではわたしたちだけなら、不自然かもしれません」
スクリムジョールはハーマイオニーのこの言葉には、小さく首を振った。
「教え子たちの中でも特別な立場にある人物には、それなりのものが贈られている。例えばミネルヴァ・マグゴナガルや、菊池柊子。地位や職務においてダンブルドアの後継と看做される人物だ。彼女たちに遺品が贈られることは当然だろう。だが、不自然な人物もいる。シリウス・ブラック。裁判により無罪が認められたが、現時点で何らの職務を持たず、地位もなく、先祖の遺産で生活しているだけだ。彼に贈られたのはペンシーヴ。大して珍しい品物ではない。司法関係者なら自前で購入した者もいよう。だがまあ、ダンブルドアのペンシーヴは翡翠で出来た精緻な装飾にこそ格別な価値がある」
「シリウスおじさんには心当たりがあるんじゃないですか?」
ハリーが木で鼻をくくったように応じた。
「ブラックにはもう渡してきた。彼はこう説明したよ。『私がハリー・ポッターのゴッドファーザーとして暮らすことをダンブルドアには伝えてある。遺言書にも書いてあるが、ジェームズとリリーの思い出をハリーのために・・・他にどんな意味が? 喜んで使わせていただきますよ』」
「・・・それじゃダメなんですか? それ以上に特別な理由が必要?」
ロンが呆れ顔を隠しもせずに発言する。スクリムジョールはそれを無視した。
「ハリー・ジェームズ・ポッター、金のスニッチ。君が初めての試合で掴んだスニッチだそうだ。ハーマイオニー・ジーン・グレンジャー。吟遊詩人ビードルの物語、初版。ダンブルドア自身が研究途上にあったものらしく、解釈メモが付属している。ロナルド・ビリウス・ウィーズリー、灯消しライター。ダンブルドア自身の設計による魔法道具だ。おそらく世界でひとつしかない。レン・エリザベス・キクチ・ウィンストン。ゴドリックの谷にあるダンブルドア家の権利書だ。不動産払い下げの折にダンブルドアがウィンストン家から買い取った。しかしながら、ごく若い頃に君の先祖であった領主からの借金が未返済だったらしく、この不動産をもって負債の返済としてもらいたい、と書いてあった」
蓮は肩を竦め「固定資産税を払わなきゃいけなくなるから迷惑ですね、正直に言えば」と苦笑した。「でもまあ、遺言ならお引き受けしますよ」
「それで? 僕らが貰ったこういう遺品のどこが問題で、わざわざ大臣が届けに来たんです?」
「不自然だから、調べるべきだと考えたまでだ。ポッター、心当たりは?」
「僕がシーカーだから? 初めてのスニッチだと言われたら、そりゃ思い入れがあるから、ダンブルドアの思い出とともに大事にしたいですね」
「ならば手に取ってはどうかね?」
スクリムジョールが険しく眉を寄せた。
「ああ! ハリー、スニッチの肉の記憶よ。初めての試合の時みたいに、きちんと掴むの。スニッチは判定が難しい時に備えて、肉の記憶を保存するから、あなたが掴めば魔法的反応が起きるんじゃない?」
「なるほど?」
ハーマイオニーと蓮の間から腕を伸ばしたハリーが、右手でグッと握り込んだ。
「・・・何も起きないな」
「君、両手利きだろ。たまに左手を使うこともある。左手で握ってみろよ」
「ああ・・・いや、それも。特に何も起きない。まあ、せっかくダンブルドアが取っておいてくれたスニッチだから、ありがたくいただきます。これで良いですか、大臣?」
「・・・良かろう。大切にしたまえ。ミス・グレンジャー、君とこの本の関係は?」
「ダンブルドア先生と、ビードルの物語の解釈について個人的に議論させていただいたことが数回あります。クリスマスホリディで帰省しなかった年に。マグル生まれのわたしにとって、ビードルの物語は子供の頃の御伽噺ではなく説話傾向の強い古典文学です。そういう視点からの解釈は新鮮で面白いと言ってくださいました。その会話を御記憶だったからでは? ルーン語を履修していることもお話ししましたから、君なりの解釈を楽しみなさい、ということでご自身の解釈も議論代わりにくださったんだと思いますけど」
「それだけかね?」
「スニッチの肉の記憶みたいに、何かテストが必要なら従いますけど・・・とにかくまあ、そうですね。ダンブルドア先生の著作の中にビードルの物語に関するものはなかったはずです。ですから、ずっと先の未来の話になってしまいますが、ダンブルドア先生の解釈を活かした新訳を出版出来ればいいなと、今思いつきました」
「・・・メモを読みたまえ。暗号では?」
ぷっ、と蓮とロンが吹き出した。
「なにかね?」
「ハーマイオニー・・・ヤバい、笑える・・・あなたいつ、ダンブルドアと秘密のお手紙をやり取りする怪しい関係になったの?」
「君の好みにしちゃあ、ちょっとばかり・・・そうだな、100歳ばかり歳を取り過ぎじゃないか?」
ハーマイオニーがその2人を睨んで、次にスクリムジョールを睨んだ。
「ダンブルドアへの侮辱です、大臣」
「おや、そうかね?」
「魔法省でさんざん検査したから、わたしたちの手元に届いたのがこんな時期になったんですよね? 魔法省には暗号を解読する専門家はいないんですか? その人が暗号の可能性が高いとお考えになったとか?」
「質問をしているのは私だ。ここに暗号の可能性はないのかね?」
「一般的な法則性を利用した暗号なら、魔法省の専門家が見ればわかるでしょう。そうでないならば、わたしとダンブルドアが共有する変換キーが必要になりますけど、わたし、そこまでダンブルドアと個人的な関係は持ってません!」
「私の質問に答えたまえ!」
こ・た・え・ま・し・た! とハーマイオニーが一音一音明確に答えた。
「ダンブルドアが何か理由があってわたしに暗号を残したと仮定しましょう。仮定した上で、わたしはこれからせっせとビードルの物語とダンブルドアのメモを読みます。何かわかるかもしれないし、わからないかもしれない。魔法省の御立派な専門家に解読出来なかったことを、わたしがこの数分、大臣の目の前でスラスラ読み解くですって? 寝言は寝てからにしてください! ダンブルドアとわたしの間に、事前の打ち合わせによって共有する変換キーが無ければそんなことは不可能です! さっきから大臣が疑っていらっしゃるのは、ダンブルドアが! あのダンブルドアがですよ?! 女子生徒にそんな極めて個人的なメッセージを送るような破廉恥な人だとお考えだからですか! 信っじられないわ! それから大臣、わたし、頭ごなしに命令されるのは鳥肌が立つほど嫌いです。その調子で闇祓いとして成果を挙げてきたかもしれないけど、わたしがそんな態度に出られて素直にお腹を見せるような小娘かどうかぐらい調べてからきたら? ダンブルドアが死んでから時間はたっぷりあったでしょう?! とにかくあなたはムカつく。こんなオジさん、大っキライ!」
がばっと腕を組み膝を組んで、ハーマイオニーはツンとそっぽを向いた。
「おいおい、ハーマイオニー・・・」
「良かろう・・・ロナルド、君の件に移ろう。君はダンブルドアと親しかったのかね?」
「んー、そうでもないですね。監督生にする程度には認めてくれてたと思いますよ。でも特別な生徒ってこたぁないと思うな」
「ではなぜ君に遺品が贈られる? 灯消しライターの目的は?」
「灯を消すため」
「そんなはずはない。何か意図があって贈られたはずだ」
「意図ねえ・・・まあ、わからないじゃないけど」
「何だね?」
ロンが苦笑して3人の親友を見回した。
「ハリーは生き残った男の子。ハーマイオニーはダンブルドアと古典文学の議論ができるぐらい優秀。レンは、昔の借金相手の子孫。3人にはそれぞれ何か遺すのに、その3人の親友である僕に何も無しじゃそりゃあ角が立つってもんじゃないですか? ハーマイオニーの言った通り、灯消しライターも魔法省で検査したんでしょ? でも、灯を消す以外の使い道がなかったんなら・・・」
「灯を点けることも出来る」
「失礼。灯を点けたり消したりする。ダンブルドアだって、大した意味なく便利道具を作ったことぐらいあると思う。ま、とにかく、3人に遺したい何かがあって、僕に何も無しじゃ角が立つから、その便利道具をくれたんだと思いますよ。僻むつもりはないから、ダンブルドアの思い出の品として大事にします。でもそれ以上の意味を教えろって言われても、僕が聞きたいぐらいだ」
スクリムジョールはがっしりした顎を震わせた。
「・・・君はどうかね、ミス・ウィンストン。遺言書にはこうある。レディ・レン・エリザベス・キクチ・ウィンストン、カウンテス・オブ・ティンタジェル・ゴドリックヴァレー。ウィリアム・ウォレン・ウィンストン6世公からの借財未返済分に充当されたく、我が家屋と付随する不動産を贈る・・・心当たりは?」
「と、薮から棒に言われても困ります。曽祖父の父親の時代の話だから、いくらなんでも負債はもう時効だと思います。弁護士に相談しなきゃいけないでしょう。正確な貸金記録を探して、貸借契約の日付を確認。その上で時効成立なら、受け取るにしても意味が違ってくる。そのあたりの問題は、今ここで即答できることではない。魔法省が手に入れたい家屋不動産なら、時効が成立してる限りは、魔法省にお譲りしても構いません。欲しいですか?」
「率直に言えばな。我々も試してみたが、立ち入ることすら出来なかった。君にしか開けられない鍵がかかっているのではないかね?」
蓮が拳でハーマイオニーの肩を軽く小突いた。
「ヤバいよ、ハーマイオニー。今度はわたくしに、爺との密会容疑がかかった」
「笑い事ではない、ミス・ウィンストン。これからゴドリックの谷のダンブルドア家まで付き合ってもらう。君の魔法による開錠が可能かどうか、検査したい」
ハリーは隠れ穴に残り、ハーマイオニーとロンが付き添ってゴドリックの谷に姿現しした。キングズリーを含む数人の闇祓いが護衛について来る。
「さあ、門を開けてみたまえ」
腰までの高さしかない真鍮のパティオの門だ。
「ミス・ウィンストン、この通り、アロホモラでは開かないのですよ」
キングズリーがアロホモラを使ってみせる。
蓮とハーマイオニーは顔を見合わせた。
「ハーマイオニー、やっていいよ」
「はいはい」
ハーマイオニーが門の上から内側に手を下ろして、掛け金を上げるだけで、門は開いた。
「これ、大した門じゃないですよ。マグルの庭の飾りみたいな、あまり意味のない門だ」
「・・・魔法使いって・・・マグルの門も開けられないの?」
愕然としたスクリムジョールを置いて、蓮はさっさと玄関に向かう。
「あー、さすがにこっちはちゃんとした鍵だね。ピッキングか万能鍵でいけそうだけれど」
「・・・あなた、何なのそのろくでもない技能」
「ハリーの物置の鍵を開けてやったことがあるんだよ」
「ああ・・・万能鍵を持ってるなら、それ使ってみたら?」
「うん。でもまずはハーマイオニー、アロホモラを使ってみてくれ」
「アロホモラ・・・開いたわね」
どうします? と蓮が溜息をついて、スクリムジョールの前で腕組みをした。
「門といい、玄関といい・・・疑心暗鬼が過ぎませんか? このまま続けてもいいけれど、時間を節約するために提案させてください。この家屋や不動産内の全部の鍵をわたくしが試すのは無駄だ。わたくし以外の全員でアロホモラ他の解錠を試してください。それで開かない場合はわたくしを呼んでくれたら、そこをわたくしが開けてみます。それで構いませんか?」
「・・・良かろう。君たちはそこにいたまえ。キングズリー、彼女たちの護衛を」
スクリムジョールをはじめとする全員が散って行った。
「ハリーのパーティには遅れないようにするからそう不機嫌な顔をするな」
「キングズリー・・・スクリムジョールの察しの悪さに付き合って疲れただけだよ・・・この遺産は、わたくしに贈られたものじゃないんだ」
「なに?」
「わたくしの正式な名前は、レン・エリザベス・キクチ・ウィンストン・カウンテス・オブ・ティンタジェル。ゴドリックヴァレーなんてついてない」
「あ、なるほど、今は領主ではないわけだな?」
「そういうこと」
「ではなぜダンブルドアはあんな遺言を・・・」
「理由はある。でもね、悪いけれど、キングズリー、スクリムジョールが諦めないうちは、わたくしは本気で試すつもりはないんだ。あんな頭の悪いオジさんに引っ掻き回されたくない」
「・・・ハリーもね」
「うん。本気で試すつもりはハリーにもなかった。ナイスアシストだ、ハーマイオニーもロンも。肉の記憶と両手利きの情報を出したもんだから、ハリーのことは信用したみたいだね。ハーマイオニーがブチキレなきゃ、わたくしとロンももう少し楽だったのに」
「わたし、大臣に協力しないなんて言ってないわよ? 魔法省の暗号解読の専門家がこねくり回しても分からなかったものを、あの短時間で答えろっていうほうが無茶ぶりなだけよ。じっくり検討すればわかることがあるかもしれないとは言ったもの」
「たぶんあの人に面と向かって『あなたはムカつく。こんなオジさん、大っキライ!』なんて喚いたのはハーマイオニーだけだよ。歴史的偉業だ」
君たち、とキングズリーが頬を引き攣らせた。
バースディパーティの後、ロンの部屋に集まった4人は車座に座った。
「さーて、ハリー。スニッチの『肉の記憶』を呼び覚ませ」
ロンの言葉に頷いて、ハリーがスニッチを口に押し込んだ。
カポッと吐き出すと、スニッチの真ん中の球体がドームのように開く。
「羊皮紙だな・・・カウンテス・オブ・ゴドリックヴァレー、って書いてある。レン?」
やっぱりだ、とレンは寝巻き代わりのTシャツの腹をめくって見せた。
「ちょ・・・何やって・・・レン!」
「いい腹だな。女の子の腹筋も割れるのか」
「見ないの! レン、蕁麻疹ね?」
「うん。ダンブルドア家には、ホークラックスが隠してあると思うよ。魔法省の監視が緩んだら取りに行こう。その前にマダム・ポンフリーからアレルギーの薬を送ってもらう必要があるけれどね」