サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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閑話47 ホグワーツ1

ホグワーツ特急がこんなにガラ空きなのは初めて、と思いながらダフネは妹のアステリアを促してコンパートメントに入った。

 

「こんなに新学期に学校に戻る人が少ないなんて・・・」

 

妹の呟きに「時期が時期よ。仕方ないわ」と答えて、荷物を網棚に載せてやる。

 

「でも・・・大丈夫なのかしら?」

「なにが?」

「学校・・・みんな・・・」

「不安なら、家に帰る? わたしは最終学年だし、学校でやりたいことがまだあるから行くけど、あなたはしばらくお休みするのも悪いことじゃないわ」

「お姉さま・・・そうじゃなくて、ドラコのことが心配なの」

 

姿勢良くシートに腰掛けたアステリアの、両脚の上で組んだ指が震えている。

 

「そういう心配なら、誰もが持ってるわ。ジニー・ウィーズリーに比べたらあなたはまだマシなほうよ。なにしろボーイフレンドがよりによってあのポッター。他にも、キングス・クロスで見た限りじゃ、マグル生まれは見当たらなかったわ。マグル生まれのボーイフレンドがいる子は、心配なんて言葉じゃ足りないぐらいでしょう」

「・・・そうね。本当にその通り」

「だからってあなたの心配を軽く見るつもりはないわよ、アステリア。でもドラコの様子を知りたいなら、今は学校にいたほうがいい。今年は大事な年なんだから。まあ、世間がこの調子じゃ、果たしてOWLがまともに出来るかどうかも怪しいけどね」

 

いやいやこりゃこりゃ、とスリザリンの寮監になったはずのスラグホーンが、通路からコンパートメントのドアをノックした。

 

「あー、ミス・ダフネ・グリーングラスはこのコンパートメントかね?」

「はいスラグホーン先生。どうぞお入りになって」

 

スラグホーンは額の汗をハンカチで拭いながらコンパートメントに入ってきた。

 

「何のお話でしょう?」

「ギリギリになってしまい申し訳ないのだが、ダフネ・グリーングラス、今年のスリザリンの首席は君だ」

「はい? パンジー、パンジー・パーキンソンが監督生からそのまま首席では? さっきホームにいたと思いますけど」

「その予定だったのだがね。我がスリザリンは他所の寮よりは休学者も少ない。マルフォイもパーキンソンも休学するという届けは出ておらんから、安心しておったのだが、セブルスが、いや、スネイプ校長がだな、首席は君だとお決めになったのだよ。おおかた・・・ああ、いやこりゃ・・・」

「スラグホーン先生、ちょっとしたことでも教えていただけると助かります。パンジーとの間に角が立たないようにしたいですから」

 

スラグホーンは辺りを見回して、僅かに身を屈め声をひそめた。

 

「パーキンソン家はだな、祖母の代から熱心な『例のあの人』の支援者だった。おそらく死喰い人の活動に、パーキンソンもたびたび参加するのではないだろうか。そのためにセブルスはパーキンソンを身軽にしておきたいのだろうよ」

「・・・それなら、パンジーも納得してのことですの?」

 

まあとにかく、とスラグホーンは首席のバッジをダフネの手に握らせた。「これは君のものだ。パーキンソンから・・・あー・・・回収してきた」

 

「・・・回収・・・面倒はごめんですわ」

「なに、今年からは首席だ監督生だと気を張る必要は、たぶん、おそらく、あまりない。スネイプ校長がパーキンソンを納得させてくださるだろうし、首席や監督生の任務は、様変わりする。見回りだのなんだのはなくなるよ。ああ、残念ながら監督生専用浴室は使えないことになった。アミカスとアレクトのカロー兄妹が・・・いかん口が滑った。じゃあ、まあ、そういうことで」

 

せかせかとコンパートメントを出て行くスラグホーンを見送り、ダフネはぽかんと口を開けた。

 

「お姉さま・・・おめでとう、と言っていいこと?」

「特典の専用浴室を取り上げられて、面倒だけ押しつけられておめでたいならね」

 

 

 

 

 

大広間での恒例の組分けはなく、新入生は血統によって各寮に振り分けられた。当然ながら恒例の宴会も無しだ。

 

これじゃ不安だよなあ、とさっきマクゴナガル先生から強引にひっつけられた首席バッジを弄りながら、ネビルは談話室を見回した。

 

「今までとやり方は違っていても、あなたたちを新しいグリフィンドール生として歓迎いたします。グリフィンドールは勇気ある者が住まう寮と古来より言われ・・・」

 

演説を中断して新入生を見回したマクゴナガル先生が、溜息をついてネビルを手招きした。

 

「首席のあなたが喋りなさい!」

「うえ? 僕? 形だけだってさっきおっしゃったじゃないですか!」

「あなたにとっての勇気を語れば良いのです! 新入生の時を思い出して・・・適当に、それらしく。皆さん! 首席の、最上級生の! 非常に頼りになるロングボトムがスピーチします」

 

無駄にハードルを上げないで欲しい、と頭を掻きながら新入生の前に立って見回した。

 

小さいなあ、と思う。僕もあんな感じだったかな。ばあちゃんからはグリフィンドールは無理でもハッフルパフでがんばればいい、なんて微妙な励ましをされて入学したっけ。

 

「あー、一応なぜか首席の、ロングボトムです。君たちがこれまで兄さんや姉さんから聞いていた入学式とはずいぶん様変わりして驚いたと思う。ちゃんとした組分けの儀式もなくて、自分は本当にグリフィンドール生になれるのかな? 何かの間違いじゃないかな? と思う子もきっといるだろう。でも安心していい。組分け帽子をかぶったって、その不安や疑問は消えやしないから。かぶった僕が、グリフィンドールに組分けされて一番驚いたんだ。僕の友達は、なんと5分半も帽子が悩んだ。別の友達は、帽子から『君はどこの寮に行きたいかね?』と丸投げされた。組分け帽子の判断はね、割と適当なんだよ」

 

僅かに笑い声が聞こえて、ネビルは声を励ました。

 

「大事なのは、どこの寮に入学するかじゃあない。その寮の生徒として何が出来るかだ。マクゴナガル先生はさっき、勇気ある者が住まう寮とおっしゃった。グリフィンドールのキーワードは、勇気。それは確かだけど、じゃあ勇気って何かな? 入学した頃の僕にとって、あらん限りの勇気を振り絞ってやっと出来たのは、授業中の先生の質問に小さく手を挙げることだった」

 

ネビルは自分の右手を胸の前にコッソリ持ち上げてみせた。

 

「僕の友達にはそりゃあ凄い奴らがいてね。とんでもなく勇敢なことをたくさんやり遂げた。僕はみんなに比べたら、この程度が精一杯のダメな奴だと思ってた。でも友達は誰も僕のことを臆病だとは言わない。なんでかわかるかい? 小さかろうと大きかろうと、勇気は勇気だからだ。形は違っても勇気は勇気なんだ。だから、君たちも、別にデカいことはしなくていい。デカいことはデカい奴らに任せてしまえ。自分サイズの勇気を心の中に見つけるんだ。目を閉じて・・・いや、僕の顔は見なくていいから、目を閉じてごらん。そうだ。自分の胸の中に勇気を探せ。ロウソク1本分くらいはなんとか見つかりそうだろ? それでいいんだ。そのロウソク1本を、消えないように大事にしていればいい。消えないように、がポイントだ。暗闇でガタガタ震えていたら勇気がない? 僕の友達なら言うだろう。『杖を握って飛び出して片を付けられると思ったら大間違いよ!』ってね。本当にそうだ。勇気というのは、なによりもまず消えないことが大事なんだ。そのロウソク1本分の小さな勇気を、消えないようにいつも確かめるんだ。いいね? 怖いことがあった時には、まず自分の胸の中にそのロウソクを探せ。ロウソクが消えてなければ大丈夫。君たちは勇敢なグリフィンドール生だ・・・うん、あー・・・こんなもんですかね、マクゴナガル先生?」

 

よろしい、とマクゴナガル先生が頷いた。

 

「本日は異例の入学式でしたから、特別に食事は寮の談話室でとることになっています」

 

そう言って杖を振ると、立食パーティー風のインテリアに変わり、たくさんのご馳走が並んだ。新入生の顔がみるみる明るくなるのを見て、ネビルはウンウンと頷く。

そうだよなあ。美味しいものが勇気の一番の燃料だ。

 

自分も、と取り皿に手を伸ばそうとしたところで、襟首を掴まれた。

 

「あなたはわたくしの部屋です。来なさい」

 

 

 

 

 

良いスピーチでした、とマクゴナガル先生はネビルをソファに座らせてそう言った。

 

「はあ・・・」

「あなたは自分の胸の中の、小さなロウソクをずいぶんと大きく育ててきたようですね。わたくしは今のところ満足しています。オーガスタも誇る仕上がりです」

「・・・だといいんですが」

「そのオーガスタから伝言があります」

 

ネビルは目を瞬いた。

 

「『ばあちゃんのことは気にせず、大きなことをおやり! まだおまえごときに心配されるほど耄碌はしていません!』だそうです。現に、あなたがホグワーツ特急で移動している時分に、悠長にダイアゴン横丁で買い物をしているところを、死喰い人3人からの襲撃を受けましたが」

「はあああああ?!」

「問題ありません。敵に手傷を負わせて無事に自宅に戻っています。ダイアゴン横丁にオフィスを構えて目撃してしまったリータ・スキーターのほうが、むしろ泡を食ってわたくしに連絡してきました。オーガスタ本人は、自宅でけろっとしていますよ」

「よ、よかった・・・」

 

ネビルはぐたりとソファに背中を預けた。

 

「やっぱレンに頼んで護衛を増やしてもらお」

「そういう心配をするなとオーガスタは言っているのです、ロングボトム」

「で、でも・・・」

「あなたがたのその手の配慮は、年寄りを傷つけます! いいですか、わたくしたちは現代マグル風に言うならば『不死鳥の騎士団シーズン0』の主人公格なのです!」

「は、はあ・・・ホークスヘッド村のホテルで、マグルのドラマを観ていたって本当なんですね」

「観ましたが、なにか?」

「・・・いえ」

「主人公格には主人公格に相応しい歳の取り方があります。たかだか18歳17歳の孫たちに守られる? 冗談は休み休みおっしゃい。わたくしたちにも魔法戦士としての自負はあるのです。庭に池を作った真意はあえてオーガスタには伝えていませんが、それで満足しなさい。半生かけて守ってきたロングボトムの家屋敷が、知らないうちに河童の宿屋になっているという事実を知った時のオーガスタの心臓のほうがわたくしは心配ですよ」

「・・・す、すみません」

 

いいですかロングボトム、とマクゴナガル先生は身を乗り出した。「今ならまだわたくしたちは戦う余力を残しています。必ず今回で片を付けます。刺し違えてでも片を付けてみせましょう。無論、あなたがたにもなにやら深謀遠慮があるようですから、それに乗る形になりますが。オーガスタにも戦わせてやりなさい。フランクとアリスのために杖を振らせてやりなさい。ばあちゃんを大事にすることは、リビングのサイドボードの上に飾っておくことではないのです。僕のばあちゃんをナメるなと、肚をくくって戦うことが最大のばあちゃん孝行だと肝に銘じるのです」

 

「・・・はあ。でも、やっぱ・・・心配です」

「ならばなぜ学校に戻ってきたのですか? あなたはオーガスタに言ったそうではありませんか。『今僕に出来ることをしに行く』それは、オーガスタに心を半分残したままで出来ることですか?」

「いえ・・・」

「出来ないから河童を手配したのでしょう。ならばもう思い切りなさい。オーガスタに対してあなたが出来る手配は済みました。あなたはあなたのするべきことに一心に取り組みなさい。首席の仕事など今年はどうせありません。そのバッジはただの飾りです。わたくしなりの宣戦布告に過ぎません」

「は?」

「ミネルヴァ・マクゴナガルは学校を守ると、新しい校長にそれとなく伝えたまでです」

 

 

 

 

 

マルフォイ、とスラグホーン先生が背後から声をかけた。

 

「何でしょう、先生? まだ報告漏れがありましたか?」

「君が学校に戻ってきたことを、私はいささか不快に思っておる。戻ってきた以上は、教師としては受け入れざるを得んが、ダンブルドアの死を招いた騒動は、君が引き起こしたと聞くからな。よくもぬけぬけと、という感情は拭えん」

「そうですか」

「よって私は、もうひとりの首席をグリーングラスにした。パーキンソン家の者は信用出来ん。パーキンソンの祖母は、校内で少女を殺害する企みに関与した。首席が2人とも殺人者あるいは協力者などという言語道断の事態は回避せねばならん。私はな、マルフォイ、浮かれ騒ぎの好きな爺ではあるが、いや、だからこそ、校内で殺人騒ぎというのは好かんのだよ。ホグワーツ、殊にスリザリンは紳士淑女を育てる場所だ。殺人者を育てて世に放つ場所ではない。放ってしまったことは、私の人生において慚愧に堪えん汚点だ。アルバスが先に死んでしまった以上、私の人生も充分に長かったと言えよう。今度こそホグワーツやスリザリンのあるべき形に取り戻す。たとえ殺される目に遭っても、この意志は曲げん。わかったかね?」

 

片方の口角を上げて「わかりました」と鼻先で答えた。

 

「それよりも、ちょうど良かった。スラグホーン先生、僕は魔法薬を作らなければなりません。授業とは別に。魔法薬学教室を去年のように使わせていただいてもよろしいですか?」

「ならん」

「何を作るかお見せしても構わないのですが」

 

見ておいたほうが良いと思いますよ、とマルフォイはスラグホーンを見据えた。

 

 

 

 

 

ジニーは「・・・御冗談でしょう」と思わず呟いた。

 

「本気ですよ。ウィンストンの薬は今のところわたししか作れないものがほとんどですからね。注文分の薬は作りました。残る注文は、この木箱を抱えて湖に入り、顔が水に浸けられる程度の深さまで達したら水中で『カワタロウ』と名を呼ぶことです。河童が取りに来ます」

「カッ・・・御冗談でしょう?」

 

もう一度尋ねた。

マダム・ポンフリーはやはりもう一度「本気です」と頷いた。

 

「あの、マダム・ポンフリー・・・カッパ、ですよね? 闇の魔術に対する防衛術のOWLは優だったんですよ、わたし。カッパを校内に呼ぶなんて」

「カッパは良い魔法生物です。キュウリ1本で世界各国の淡水周辺植物ならなんでも採ってきてくれます」

「それマダムにとって便利なだけじゃ・・・」

「便利なことは良いことです。とにかく頼みましたよ。『カワタロウ』です」

 

ああ忘れるところでした、とジニーの抱えた木箱の上に、キュウリが1本置かれた。「送料です」

 

 

 

 

 

「ホラスの意地じゃろうの。パーキンソン家の魔女をホラスは嫌っておるでな」

 

ダンブルドアが肖像画の中で苦笑した。セブルスはそれを見上げ「好き嫌いで首席を変えられては困りますな」と鼻にかかった声を出す。

 

「この好き嫌いがホラスの意地じゃと言うておる。ミス・グリーングラスでは問題があるかね? 純粋に成績ならばグリーングラスのほうが上であったと記憶しておるがの」

「さよう。パーキンソンを監督生にしたのは、闇の帝王への服従の名だったからに過ぎませぬ」

「まだパーキンソンの名が必要かね?」

「いえ。グリーングラスで良いでしょう。合言葉を変える権限を持たせるならばグリーングラスのほうが適任ですからな」

 

杖はどうなった、とダンブルドアが眉をひそめた。

 

「動きはまだ何も」

「・・・ヌルメンガードでもかね?」

「は? ヌルメンガード?」

「良いか、セブルス。ヴォルデモートが杖の力を欲する時には、必ずヌルメンガードでグリンデルバルドが殺される。その知らせを受けるよう、あちらの闇の魔法使いとの伝手を維持するのじゃ。それが、君への警告となろう」

「・・・畏まりました」

 

ダンブルドアが額縁から消えると、セブルスは新たな住まいとなった校長室を見回した。

 

ダンブルドアの遺品として記された品々が減った以外は、フォークスの止まり木に至るまで手をつけていない。

 

ここは我輩の所有物ではない、と肝に銘じるために、あえてそのままにしておいたのだ。現し身を失ったとは言え、ここはまだダンブルドアの城だとセブルスは考えている。

 

そこへ、各寮の寮監が報告に現れた。

 

無事に新入生を振り分け、食事をさせたと、予定通りであることを報告するためだ。特別に交わす言葉もない。

 

しかし、スラグホーンが足を止めた。

 

「・・・セブルス、ダンブルドアの品を窓から投げ捨てはせんのかね?」

 

その言葉に眉をひそめたマクゴナガルが部屋を見回し、なるほど、と頷いた。

 

靴音高く去っていくスラグホーンを見るともなく見送ったマクゴナガルが、険しい表情のまま、呟いた。

 

「『せぶるすがたまにくる。まほうのおくすりをつくる。ママと。リリーのために』日本の御伽噺です、スネイプ校長」

「結末はご存知か?」

「それはまだ」

「なかなかの感動巨編になることをお約束する」

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