週に一度、ウェンディは好きなところへ出かけます。
といっても、しもべのいる屋敷を巡るだけです。
魔法使い、特に悪い魔法使いの家にはたいていの場合、しもべがいます。
魔法使いたちは、しもべに命じます。「よその魔法使いに余計なことを喋るな」と。
でも「よそのしもべに業務連絡するな」とは命じませんので、ウェンディは割と自由に悪い魔法使いの企みを知ることが出来ます。
奥様は「それはお仕事でしょう。お休みの日には、他に自分のしたいことをしていいのよ」とおっしゃいますが、ウェンディのしたいことは正しい魔女の一族にお仕えすることなのです。
ーーいただいたお給料がどれだけ貯まったか、金貨を数えるのも好きですが
金貨は毎晩数えていますから、お休みの日には、自分のしたいことをします。
しもべたちを訪ねる旅をするのです。
パチン!
奥様のお嫌いな悪い魔法使いの家に姿現しします。
「ウェンディ!」
姿現しの気配を感じるとすぐにドビーがやってきて、しもべ専用の薄暗く黴くさい通路に招いてくれます。
「ウェンディ! だんなさまとぼっちゃまがハリー・ポッターを悪く言います!」
ドビーはキーキー声で訴えますが、ウェンディはなるべく優雅に奥様のように話します。
「ドビー、どんな風に悪く言うのですか?」
「ハリー・ポッターは目立ちたがりの嫌な奴だといいます!」
ふむ、とウェンディは考えます。
ハリー・ポッターは姫さまのお友達です。「生き残った男の子」ですが、姫さまのお友達であることがウェンディにとっては重要なのです。
「ハリー・ポッターは目立ちたがりの嫌な奴ではありません。姫さまのお友達ですから。他に、ドビーの大事なえらいだんなさまとぼっちゃまは何かホグワーツのことを話しますか?」
「姫さまのことを!」
ウェンディの大きな耳がピクリと動きます。
「姫さまのこと?」
「姫さまは姫さまです!」
「その通りです」
「姫さまですから、ぼっちゃまが姫さまを手に入れれば皆がよろこびます!」
むしろ全英が泣きます。
「皆というのは、だんなさまの大事なご立派なお友達のことですね?」
ドビーと話すときには、だんなさまのことを悪く言わないのがコツです。内容がただの悪口でも、だんなさまを褒める単語で表現していれば、ドビーはご自分をバッチンなさいません。
「そうです! それから闇の帝王も! だんなさまはご立派ですから、闇の帝王がお隠れになったとき、こそこそとご立派な取引をして、アズカバン行きをしませんでした!」
「まったくご立派様です」
「だんなさまは、闇の帝王が万が一蘇ったときに褒めてもらう材料が必要です!だから姫さまを成人前にぼっちゃまの婚約者にします!」
全豪も泣きます。
ウェンディは深呼吸します。罵り文句が出そうですから。罵り文句を口にしてしまうと、ドビーは頷き、頷いたことでご自分をバッチンなさいますから、話が進まなくなります。
「そのためにも、学校から穢れた血を追い出す必要があるとご立派なことをお考えです!」
「まったくご立派様ですね」
「穢れた血はハリー・ポッターのお友達にもいます。姫さまのお友達です!」
ハーマイオニーさまですね。まだお会いしたことはありませんが、奥さまがいつも褒めていらっしゃいます。
奥さまはハーマイオニーさまのような賢いマグル生まれには、是非魔法法執行部に入って欲しいとお考えです。
奥さまのご計画の中では、ハーマイオニーさまの役割はとても大きいようです。きっと正しい魔女なのでしょう。
「ハリー・ポッターのお友達で、姫さまのお友達ならば、ドビー、お守りしなければなりませんね。ご立派様から」
「ハリー・ポッターはドビーがお守りなさるのです!」
それが一番良いでしょう。ご立派様の計画を一番知りやすい立場にいるのはドビーですから。
「ところで、ドビー。姫さまをぼっちゃまが手に入れる件はどうなっていますか?」
「だんなさまがぼっちゃまを叱りました! ああ、ご立派なだんなさま!」
「具体的に」
「12歳の女の子ひとりをコンパートメントに引きずり込むぐらい簡単なことです! 引きずり込んでしまえば何をしても構わないのです! ご立派なぼっちゃまは何度かそうしようとしたけど無理だったと言います!」
でしょうね。
姫さまはたいへん美しいお方ですが、体術にも優れていらっしゃいます。鍛錬は欠かしません。
ホグワーツでも毎日鍛錬なさいますから、ウェンディはほとんど毎日姫さまのクロゼットに侵入して、汚れ物を持ち、新しいトレーニングウェアを置いて帰ります。帰ったら毎日お洗濯です。
「ご立派様は、他の提案はなさらなかったのですか?」
「今年はハリー・ポッターを狙う計画がありますから、ぼっちゃまは関わってはいけないとおっしゃいます! 代わりに姫さまと仲良くするようにと! 背後から抱きしめて、その・・・掴めば貴婦人はおとなしくなるからです!」
ならないと思います。特に姫さまは。
「賢いご立派様ですね」
「ああ、まったく高潔にして賢明なだんなさま! ドビーはハリー・ポッターを守るために全力を傾けます!」
チェルシーに帰り、奥さまに報告すると、奥さまはソファに転がってヒクヒクと痙攣してしまいました。
わかります。馬鹿な計画を立てるご立派様のことは、全米が笑う事態です。
「・・・はあ、笑いをこらえるのは腹筋に効くわ。マルフォイの息子みたいなモヤシが蓮を手篭めって・・・ぶふっ」
無理もありませんが笑い過ぎです。
「ところで、ドビーには『ようふく』の話はしたの?」
「いいえ、奥さま。ドビーにはもうしばらくご立派様のもとにいて欲しいですから」
ウェンディ、と奥さまが呼びます。「悪い魔法使いのことを警戒してくれるのはありがたいけれど、仲間を利用するのはいかがなものかしら」
奥さまはウェンディの小さな手を両手で握ります。
「わたくしたちヒトの過ちは、ヒトがどうにかするべき問題だわ。あなたがたハウスエルフを犠牲にしていいことではないの。あなたが、仲間たちに『ようふく』は恥辱ではなく自由だと説いて回っていることをわたくしは誇りに思っているわ。どうかドビーにも、そのことを教えてあげてちょうだい」
奥さまはろくでもないヒトには冷酷でさえありますが、基本的にはこういう方です。
奥さまのお母さまも姫さまも。
ですからウェンディはお仕えしています。
ハウスエルフはどなたかにお仕えしなくてはいられない生き物です。
ですが、別に魔法契約に縛られてはいません。
お仕えする主人を選ぶことが本当は出来るのです。そのことを知るハウスエルフがほとんどいないだけで。
ハウスエルフは自由なしもべなのです。
そのことをハウスエルフの仲間たちに教えるのがウェンディの一番の務めですが、ウェンディは心配しているのです。
ハウスエルフの多くは、悪い魔法使いの屋敷でしもべとなっています。待遇はひどいものです。
「奥さま、しもべが皆、主人を変えたら悪い魔法使いの方々の動向がわからなくなってしまうのです」
「それでも、よ。ウェンディ。本当は自由であることを教えてあげて」
奥さまのご指示です。
教えるしかないでしょう。
けれど、ちょっとだけ色付けして教えましょう。「正しい魔女は、悪い魔法使いの情報を必要としています」と。
きっとドビーは悪い魔法使いの屋敷で知り得た「いろいろ」を教えるために張り切ってくれるでしょうから。
ご立派様は完全にろくでもない魔法使いですが、バーテミウス・クラウチはよくわかりません。
「ウィンキー」
「ウェンディ!」
いつも大きな瞳に涙を溜めているようなしもべがウィンキーです。
バーテミウス・クラウチは2人いるのです。父と息子です。
息子は完全に悪い魔法使いの仲間です。「闇の帝王」の忠実なしもべです。
悪い魔法使いは、ハウスエルフをしもべにしておきながら、自分たちも「闇の帝王」のしもべになりたがります。まったく迷惑な話です。洗濯の仕方も知らないくせに。
父のバーテミウス・クラウチは、むかしヴォルデモートの勢力が強かったときは、奥さまの上司でした。
でも、実に迷惑なヒトです。ウェンディはバーテミウスのせいでコンラッドさまが死んだと思っています。
悪い魔法使いをサイバンせずに殺して良いと言い出すぐらいに正義を気取っていましたが、一度はアズカバンに収監した息子をこっそり連れ出しています。そのくせ、息子を禁じられた服従の呪文で動かさないように屋敷に監禁しているのです。全てが中途半端だと思います。
「ウィンキー、ぼっちゃまはいかがお過ごしですか?」
「おかわいそうなぼっちゃま! 外の空気を吸うことも出来ない!」
別にかわいそうだとは思いませんが。本来ならアズカバンにいるはずなのですから。
それを言うと面倒なので、ウィンキーに調子を合わせます。
「本当にお気の毒です。ところでウィンキー、あなたは本心からクラウチさまにお仕えしているのですか?」
「ウェンディ! ウィンキーはしもべです」
「クラウチさまにお仕えすることを、ウィンキーがご自分で選んだのですか?」
ウィンキーは2階を見上げます。
「選んだわけではないのです。ホグワーツでの研修が終わってすぐにこのお屋敷に飛ばされました。でも、ウィンキーはきちんとしもべとして働いています! ご主人さまのために! ウィンキーは誇り高いしもべです!」
「その通りです、ウィンキー。誇り高いしもべは、主人を選ぶことが出来ます」
ウィンキーはみるみるうちに瞳の涙の水位を上げていきます。
「ウェンディ! なんという恥さらしな! ご主人さまを選ぶだなんて! そんなことだから、あなたは『ようふく』なのですよ!」
「この『ようふく』は、ウェンディが誇り高いしもべであることの証です。奥さまはしもべが汚い枕カバーをまとうことをお許しになりません。しもべはしもべらしい清潔な格好でいなければならないのです。ウィンキー、あなたはそんな不潔なぼろきれを着て、大事なぼっちゃまの食べ物を作るのですか? それが正しいしもべですか?」
ウィンキーが、ハッとした顔でウェンディを見ます。
もう少し押しておきましょう。
「ウェンディは大事な奥さまや姫さまの視界に、汚い姿をお見せするわけにはまいりません。もちろん汚い格好で、奥さまや姫さまのお口に入るものを作ることも出来ません。ようふくは恥辱ではなく、正しくお仕えするための戦闘服なのです。ウェンディは、奥さまや姫さまにお仕えすることを自分で選びましたから、きれいなようふくを着て正しくお仕え出来るのです」
「・・・ご主人さまを選べば、正しくお仕え出来る?」
「その通りです、ウィンキー。正しくお仕えするためには一度『ようふく』の道を選ぶ必要がありますが、しもべが正しいご主人さまを選べばお仕えすることは自由に出来ます」
ウィンキーの瞳がぼんやりしてきます。
ウェンディは知っています。ウィンキーはぼっちゃまを大事にお守りしているのですから、ぼっちゃまに汚い姿でお仕えしたくはないのです。新しい枕カバーをいくつも隠しています。
「・・・ウェンディは『ようふく』を恥じていない・・・」
「そうです、ウィンキー。ウェンディはようふくを着てお仕えする自由なしもべです」
チェルシーに帰ると、奥さまはお電話中でした。
お仕事のお電話はオフィスでパラリーガルや秘書が受けますし、魔法使いや魔女は電話を使いませんから、これは珍しいことです。
相手はおそらくフィッグさんです。
フィッグさんはスクイブなので、マグルに混じって暮らしています。おばさまもスクイブだったそうですが、奥さまのお母さまがお気にかけていらっしゃったので、姪のアラベラさまもスクイブだとわかると、ご紹介なさいました。
奥さまのお母さまや奥さまには、マグルの伝手が多いので、スクイブの方にお仕事を紹介することも多いのです。
電話を切ると奥さまはウェンディをお呼びになりました。
「なんでしょう、奥さま」
「今夜は外出するわ。ただ、あまり素敵な夕食が期待できるお宅じゃないから、夜食を用意しておいてくれる? 蓮の分はお肉をたっぷりね。わたくしは軽くで良いわ」
「かしこまりました」
「あなたのお友達のドビーはなかなか行動的ね」
奥さまが、ぱちんとウィンクなさいました。
ドビーが原因なのですね。
なんでしょう、とても胸騒ぎがします。