サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第11章 ヘプジバ・スミス

蓮とスーザンが届けてくれたヘプジバ・スミス殺害事件の記録のジェミニオを閉じて、ハリーに「読んで」と渡した。

 

「君から説明してくれよ。悠長に読書なんて気分じゃ」

「いいから読んで! あなたね、ここ最近ずーっとカリカリカリカリしてるけど、それは人の成果を待たなきゃいけないことに対する苛立ちでしょう? 今ここに自分で目を通すことの出来る資料がある。だったら読みなさいよ。わたしが着目する箇所とあなたが着目する箇所は違うかもしれない。わたしから結論だけ聞いて杖を握って飛び出せなんてこと、いったい誰から習ったのよ! 頭を使うのはハーマイオニー、僕とロンは戦うだけ。なにそれ。そりゃお暇なはずね!」

 

ロンからテーブルの下で脚を蹴られたのか、ハリーが「アウチ!」と小さく叫んでロンを睨んだ。

 

「・・・朝食は僕が作ってるだろ」

「わたしは昼と夜よ。集中してビードルの物語を読んでいたいけど、あなたたちが腹が減ったとイライラするから、アラームをセットして食事の支度を始める時間に遅れないようにしてるわ。読書に集中してる時に、あなたたちの胃袋を満たすために中断するのがどんなにストレスか少しは想像して!」

「それは君の趣味が読書だからで」

 

趣味! とハーマイオニーは切り返した。「ビードルの物語は、ダンブルドアから読めと示唆された資料よ。それからロン。灯消しライターをわたしの部屋で無駄にカチカチしないで」

 

おい! とロンが慌てて口の前に指を立てた。

 

ハリーの表情が冷淡になる。

 

「『決めただろ? 主寝室をハーマイオニーに使わせるのは、いわばレディファーストさ。女の子は風呂が広いほうが好きみたいだし。僕は紳士的でいたいから、ハーマイオニーの部屋に立ち入ったりはしてないぜ』・・・だったかな。いいよ、気にするな。All is fair in love and warだ。君がハーマイオニーの部屋の明かりを消したがってるからって非難はしない」

「ハリー・・・頼むからそういうことをチクチク言うなよ。君がそういう反応だから言えなかったこともそれなりにあるってだけだ。とにかく、資料を読め。ハーマイオニーはこっち。君の部屋で話し合おう。君には君でクールダウンが必要だ」

 

逆じゃないのか、とハリーがまた皮肉を言った。「灯消しライターの使い道を考える素振りでヒートアップだろう」

 

 

 

 

 

「頼むから、ハーマイオニー。ハリーは今、その、男女間の問題にナーバスなんだ。僕の腹筋とか灯消しライターとか、あんまりあいつを刺激しないでくれ」

「いかがわしい言い方しないで。完全なプライバシーについては誰にも話してないわ。単なる事実を指摘しただけよ」

「だからその単なる事実に敏感に反応する時期なんだって。あいつにしてみれば、自分はジニーと別れて戦いに赴いてるのに、それに同行する僕らは戦争は戦争、恋愛は恋愛、どっちも手に入れたみたいに感じるんだ」

「All is fair in love and warなんでしょ? この場合は両方のケースが重なってるんだから文句を言われる筋合いはないわ。ジニーと別れたのはハリーが決めたことよ。その選択、わたしは間違ってると思うけど、ハリーの選択は尊重すべきだと思うから、何もコメントはしてない」

「間違ってる・・・かなあ?」

 

ジニーやわたしの見方ではね、とハーマイオニーは冷たく言った。「あとレンも」

 

ハーマイオニーのベッドにギシっと腰掛けて、ロンが頭を掻いた。

 

「僕としてはさ、ジニーの兄貴としては、だな。ジニーの兄貴としては、ジニーを泣かせずにうまくやってもらいたいよ。でもハリーの立場じゃ、どっちみちそんな選択肢はないじゃないか。戦いたくなくても敵は増長して迫ってくるし、最悪死ぬことだって覚悟してるんだ」

 

そこに凝り固まらないで欲しいのよ、とハーマイオニーはライティングデスクの椅子に座った。

 

「え?」

「自分が死なずに済む方法を模索して、ちゃんとジニーのところに帰るって約束するべきだわ。ジニーが求めてるのはそれなの。戦いについていくつもりはない、まだ未成年で『匂い』をつけたままの足手まといだから。ハリーが戦わなくちゃいけないことも理解してる。だからおとなしく・・・おとなしくかどうかは怪しいけど、とにかくホグワーツに戻ってハリーを待つ。ハリーは、ジニーと話し合ったわけじゃないの。結論だけをジニーに告げて別れた気になってる。ジニーにはそんな気はさらさらないわよ。ハリーのガールフレンドだと知られて弱みになるわけにはいかないから、ラベンダーあたりに泣き真似してハリーと別れたと耳に入れれば学校中に広まるだろうと言ってたわ。今頃はそうしてるんじゃない? 新しいボーイフレンドを作らないかという誘いには、まだそんな気になれないとかなんとか誤魔化せばいいんだし。そうやって待ってるからちゃんと帰ってきてというのがジニーの願いよ」

「・・・レンは?」

「ハリーから最後には自分を殺してくれと頼まれてる。ダンブルドアからもそれを覚悟するように言われてる。ハリーを殺すなんてこと、レンがしたいわけないじゃない・・・あの傷がホークラックスだとしても、他のホークラックスを全部片付けて、トムから魔力を奪ってしまえば、危険性はグンと下がるはずだし、魔力を奪った後数十年と生きられはしない。マグルの御長寿さんをそう大幅に上回ることは考えられないわ。あの傷から解放されたい気持ちは理解するけど、ジニーやわたしたち仲間のために死なずにあの傷を抱えてしばらく生きてみると思えないだろうか、ってレンはレンで悩んでるの」

 

ロンは小刻みに何度か頷いた。

 

「それは僕だって同じように考えることもあるよ。というか・・・レンにハリーが殺せるとは思えないってのもあるな」

「・・・そうよ」

「アンブリッジにぶっ放しちまったのは、憎んでたからだ。レンはそういうことなら出来る奴さ。でも、レンの馬鹿魔力があっても、気持ちがついていかないままであんな魔法が使えるとは思えない」

 

ハーマイオニーは俯いたまま、目を閉じた。

 

「僕だって思ってるぜ? ハリーを死なせちまったら、円卓会議の改革なんて意味があるのかな、って。ハリーにもそう言った。トムをどうしても生かしておかなきゃいけないのは、判決が確定するまでだ。死刑ならソコでチョンさ。君が死ななきゃトムの問題の完全解決にならないってわけじゃないってな・・・でもあいつ・・・日記帳が何をしたか考えてみろよ、って怒鳴るんだよ」

「日記帳・・・?」

「そう。ジニーから魔力を吸い取り、ハーマイオニーの魔力を使って人を攻撃した。トムの魔力を奪っても、僕が生きてたら、意味がないんだ、って」

「で、でも、それは」

「そうなってみなきゃわからないことだと思うんだよ。僕はな? 僕は、そうなったらそうなった時に対応を考えればいいと思う。あんな古ぼけた安物の日記帳を、お試しでホークラックスにするんだから、面白がって妙な機能をつけたかもしれないだろ? ハリーはまた違うケースだ。ホークラックスと同じ効果が起きてしまったけど、トムにしてみれば無意識に起きたことなんだからさ。日記帳とそっくり同じ機能かどうかもわからない。いくらそう言っても、あいつ『僕にはわかる! 僕にしかわからない! 僕が危険だと言ってるんだから僕は危険なんだよ!』って喚くだけで話になりゃしねえ」

 

ロンがふりふりと頭を振る。

 

「・・・確かに、本人の体感でしか感じ取れないこともあるでしょうね。でも、そんな感覚的なことを根拠に、さあ僕を殺してくれ、というのはやっぱり・・・無理よ。言いたいことはわかるわ。ハリー自身が、危険な衝動を感じて、それを抑えるのに精神力を使ってる。長く続けば疲弊して乗っ取られるかもしれない。そういう危機感は、本人にしかわからないし、だから楽にして欲しいと思う気持ちは想像がつくけど・・・レンにしてみれば逆にね、どこにも持ち合わせのない殺意をどうやって掻き集めて杖に収束させればいいの?」

「・・・グリフィンドールの剣で刺すとか」

「ダンブルドアの杖でアバダ・ケダブラを使うように明確な指示があったそうよ」

「ニワトコの杖で?」

「その前の、わたしたちみたいに入学時に買った杖のほう。レンへの本当の遺品はそれなの。レンの杖は・・・ほら、いずれ校長になるに相応しい杖として、穢れのないままにしておきたまえ、ということよ」

 

ニワトコの杖の妹杖だと言いかけて慌てて誤魔化した。

 

「ハリーは自分の感覚的な理解として、自分は破壊しなければ危険なホークラックスだと感じている。一方でレンはね・・・アバダ・ケダブラを実際に使ったことがあるから、ハリーに対しては無理だと、やっぱり感覚的な理解として感じてるの」

「ああ・・・そうか。殺しちゃいないけど、ぶっ放したことはあるんだもんな。その時の感情とか魔力を体感してるから、ハリーのことは殺せないとレンが一番わかってんだな?」

 

そうよ、とハーマイオニーは頷いた。「でも、もうひとつの呪縛があって・・・レンの中にね。ハリーを殺すなんてことを他の人に命じるわけにはいかない。逆にトムくんの前に突き飛ばしてトムくんなんかに殺させるのはハリーに対して失礼というか・・・とにかく、ハリーをきちんと、ハリーの意志を尊重する形で殺すのは自分であるべきだと強く思ってる。それが出来そうにないから、ハリーが生きる気になってくれることに期待するしかないの」

 

ロンが立ち上がって「まあまだ始まったばっかりだ。いろいろジタバタしてるうちに見えるものも変わるものもあるだろ」と頭を掻きながら部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

ヘプジバ・スミスは元資産家の未亡人だった。子供はおらず、同居人はハウスエルフのホキーだけ。

 

ヘルガ・ハッフルパフの末裔であることが明確な家系の最後のひとりで、相当な遺産を相続したはずなのに、殺害後に法執行部が検査した限りでは自宅にもグリンゴッツにも宝物の類は一切なかった。

 

闇祓いの菊池柊子が古物商に片端から聞き込み、ヘプジバの経済状況を調べたところ、夫の死後、現金に困ったヘプジバが先祖の宝物を売却して生活していたことが判明した。

本人が目利きでもあったヘプジバは、銀器や陶磁器などをそれぞれ相応しい業者に依頼して売却しており、これらの古物商は記録も明瞭で不審な点は見当たらない。

 

ところが、菊池柊子は以下の2点を担当検察官に対して指摘した。

1.ヘルガ・ハッフルパフに明確に関連した物品が存在しないことは不自然

2.ボージン・アンド・バークスだけが古物商の中でも取引がないのは不自然

 

当然ながら菊池自身もこれが事情聴取をするにも薄弱な根拠であることは了解しており、ハウスエルフのホキーの取調に期待をかけた。

 

菊池柊子の調査によれば、ヘプジバ・スミスと古物商との取引態様は、以下の通りが通例であったためである。

1.ヘプジバがホキーを店に寄越す

2.従業員がスミス家を訪問し、買取依頼のあった物品を査定する

3.従業員の裁量を超える物品の場合には、店長や経営者が改めて査定し、取引が成立する

 

つまりホキーは、ヘプジバの取引先の大半を知っていると思われ、担当検察官は魔法警察部隊の取調班に闇祓い菊池柊子によるホキー取調を申し入れた。

 

ところがこの時点で、魔法警察部隊はティーポットに残留していたジギトキシンを検出、さらにこれがスミス家の庭に植えられているキツネノテブクロに由来する毒物であることを断定していたため、ハウスエルフへの取調は苛烈なものとなっていた。自白こそないものの、ホキーは明らかに容疑者と目され、闇祓い局の追っている線を放棄して、主従関係の悪化による計画的な殺害もしくはホキーの過失による致死のいずれかに焦点を絞っていたのである。

 

担当検察官の申し入れは受け入れられたが、菊池柊子が取調室に入った時点で、意識も不明瞭だったホキーからは「しません。ホキーはしません。お客様にお茶だけ。奥さまのお花は触りません」という趣旨の呟きしか聞かれなかった。

 

ホキーを落ち着かせて取調を試みたが、この取調中にホキーは死亡。

死亡直前の調書は以下の通り。

 

菊池「お客様がみえていたの? 奥さまのお友達かしら?」

ホキー「お気に入り。ハンサムな坊や」

菊池「ハンサムな青年がお客様だったのね? どちらのお宅の方?」

ホキー「(口を開けて答えようとするが突然自分の喉を締める)」

 

関係者全員が即座に救命に当たったが、喉の骨を砕くほどの力だったため、蘇生は適わなかった。

 

この取調内容と、ホキーの異常な自死により、捜査は暗礁に乗り上げた。

 

 

 

 

 

自分の部屋に当てられた主寝室のベッドに横になったまま、ハーマイオニーは記録を思い返す。

 

もし自分が捜査関係者だったら、と想定してみるが、致命的な瑕疵は見当たらない。

 

蓮の祖母である柊子は、トム・マールヴォロ・リドルの関与を証明しようとした。

魔法警察部隊は、ヘプジバ・スミスの遺体に外傷がなかったことから心臓発作や心臓に干渉する毒薬を疑い、実際にティーポットからジギトキシンを検出した。

 

「ティーカップ・・・は、たぶん洗ってあったのよね。わたしなら、ホキーにキツネノテブクロの毒性に関する知識があったかを疑うけど。『奥さまのお花は触りません』なんだから、ヘプジバはガーデニングを趣味にしていて、ガーデニングにホキーは使ってなかった。キツネノテブクロみたいな有毒植物があるなら、知識のないハウスエルフに扱わせるのは危険よ。ハウスエルフのためばかりでなく、それこそ過失ってこともあるから。キツネノテブクロを弄った手でそのまま食事やお茶を出されたらたまったものじゃないわ。ハンサムな坊やについてもっと話を引き出すべきだったとしか・・・つまり、ハンサムな坊やの正体に直接向かわずに、こう・・・よく来る人だったの? とか、奥さまのボーイフレンドかしら? とか・・・ああ、でも間違いとは言えないし。レンのばあばの頭の中では、ボージン・アンド・バークスとリドルの線が明確だったから仕方ないわ」

 

ライティングデスクの上でアラームが鳴った。

 

ハーマイオニーは溜息をついて起き上がり、髪を後ろでまとめながら、今日は面倒だからスパゲティの缶をドロっと出して、ミートソースをドロっとかけて終わりにしよう、とお食事計画を立てた。

決して好きなメニューではないが、純イギリス人の2人は別に文句は言わない。

 

夫はイギリス人に限るわね、と思いながら階段を下りていった。スーザンによると、日本人とは結婚しないほうが良いらしい。スープの味が濃いだの薄いだの、出汁の好みだの。「肉を焼いて与えておけば?」とアドバイスしたが、その後どうなったのだろう。蓮の食事に関する嗜好に合わせていたらキリがないと達観してくれればいいのだが。

 

 

 

 

 

レンのばあばに会おう、とハリーがフォークを握って力説した。

 

食事に文句は言わないが、食事中の話題への配慮がない。目の前で被疑者に死なれた尋問官の気分になどなりたくない。

 

「・・・待てるのか?」

 

ロンが疑わしげに尋ねた。

 

「え?」

「向こうは基本的にアメリカにいるんだぜ。国連議長なんだから忙しい上に、ひとりでほいほい歩き回れる立場か? 僕らが会いたいと言って簡単に会える人じゃないだろ、普通なら。レンを通じてセッティングしてもらわなきゃいけないんだ。ただでさえマグル生まれ登録委員会の問題で忙しい上に、アダムスとかいう野郎を使ってアンブリッジからロケットを掠め取ることにも動いてくれてる。レンのばあばの話を聞きたいのは僕も同じだけど、お行儀よく待てるのか、って聞いてるんだ。待てないだろ、どうせ。まず自分の頭を使って出来ることから思いつけよ」

「じゃあ君はどうなんだ?!」

 

僕なら今度は隠し場所について考える、とロンがハリーをフォークで指した。「レンのばあばが現役の闇祓いだった時代に手に入れたんだ。前回の魔法戦争の時にはとっくにホークラックスに仕立ててどっかに隠してただろうからな。それを考える必要があるってことさ。違うか? 闇祓いや魔法警察部隊の捜査手順の問題で、ばあばは動きが取れなかった。でも、もう僕らの頭の中ではわかりきってるじゃないか。トムはボージン・アンド・バークスの店員だった。ホキーが使いに来て買取依頼をしたから、ヘプジバ・スミスと知り合った。ボージン・アンド・バークスはああいう店だ。ヘプジバにだって後ろ暗い魔法道具はあったかもしれない。そういうもんを処分するためにボージン・アンド・バークスを呼びつけたんだろ。来たのはハンサムな坊やだ。お気に入りになるぐらいハンサムな坊や。自分がヘルガ・ハッフルパフの子孫だとか、ハッフルパフの財宝を持ってるだとか、うまく聞き出しゃ喋っただろ。で、ハッフルパフのカップを見てみたいとかなんとか言って、カップを出して来たら、ズドン、だ。庭にはキツネノテブクロがあるから、そいつをティーポットに入れれば死因の一丁上がり。疑われるのは、哀れなホキーさ。ホキーに念のため強力な魔法をかけておく。ボージン・アンド・バークスのリドルのことを喋ろうとしたら、自分で自分の喉を締める魔法をな。これに疑問符がつくのか? 証拠だの証言だのはまったく足りてないけど、僕らにはそんなの別に要らないじゃないか。ハッフルパフのカップを手に入れればいいんだよ」

 

「それがどこにあるかわからないから! だから!」

「ハリー、捜査は暗礁に乗り上げたのよ。出来事を順に追っていくことが無理になったの。今度は違う切り口から見るべきだとロンは言ってるのよ。別に隠し場所じゃなくてもいいわよ? ポリジュース薬で誰かに変身してボージン・アンド・バークスに行っても。でも50年前の殺人事件絡みの事情をどうやって聞き出す? 危険を冒す価値がある情報かしら? レンにはばあばと会えるように頼むけど、そちらのセッティングが済むまでまたイライライライラ? こっちの問題はここまで進んだ、次に進むまでに時間がかかるから、今度はこっちの問題。そんな風に理性的に進行出来ない? どうしてそう真っ直ぐ一直線に事を急ぐの? ここはもうダンブルドアに守られたホグワーツじゃない。あなた含めわたしたちが走り回って安全だとは言い切れない。その危険を冒してでも必要なことなら躊躇わないけど、闇雲に動き回れないからっていちいちイライラするのはやめて、まず腰を据えて考える努力をして」

 

僕には他にも不満はあるぜ、とロンが口を開いた。

 

「・・・なんだよ」

「君はホグワーツのことをひと言も話さないよな。みんながどんな目に遭ってるかなんて、もうどうでも良くなったか? ジニーのことも? 話さないだけで胸の中では心配でたまらないってことなら構わないけど、じゃあなんで物事を急ぐんだ? 僕らのミスが、ジニーやネビルの学校生活に影響するかもしれないって考えられないのか? 『ごめんごめん、あんまり仕事が進まないからイライラしてボージン・アンド・バークスをちょっと締め上げて聞き出してやろうと思ったら死喰い人とバッタリ会っちまった。うまいこと逃げられたけどね!』君のことを教えろと拷問にかけられた奴にそう言ってやれ。全員がそれぞれの場所で任務を果たしてる。君ひとりがイラついて解決する問題じゃない。いい加減わかれよ」

「・・・それは、心配してるさ。だから急ぎたいんじゃないか!」

 

死ぬのにか、とロンがハリーを睨んだ。

 

「そ、それは」

「レンに殺してもらうんだろ? だったら急ぐ必要はない。どうせ死ぬんだ。ジニーのために急ぐだなんて、僕の妹を身勝手の言い訳に使うな。君はジニーを捨てて死ぬことを決めたんだからな。その後を引き受けるのは誰だ? なあ? ジニーは自分で立ち直らなきゃいけない。でもその前にまずレンを恨むだろうな。どうせ死ぬと決めたんなら、レンやジニーに時間をやれよ。この大仕事に取り組んでる真っ最中のレンを急かして急かして、最後は僕をさっさと殺してくれ? ジニーはどうする? せめて行方知れずのまま連絡も寄越さない君に愛想尽かすぐらいの時間をやれよ!」

「ちゃんと別れた!」

「『ちゃんと』ってのは、毎晩寝る前に僕の耳に聞こえるような熱烈なキスをすることか? どうせカッコつけて『僕は戦わなきゃいけないし、君を犠牲にしたくないから別れよう』って言い渡しましたー、ってだけじゃないのか! ちゃんと別れるってのは、ジニーにフラれてやることを言うんだ。僕ならそうする。もし別れなきゃいけないなら、ハーマイオニーが僕の顔なんか見たくもないって言い出すまで嫌われようと思う。おい『もしも』の話だぜ、ハーマイオニー。今はそうじゃないからな。勘違いしないでくれよ」

「・・・わかってるから、演説を続けて」

 

おう、と言ってロンが立ち上がった。「カッコつけるから中途半端なんだよ、君は」

 

「なんだって?!」

「自分が魔法界を背負って死ぬってことに酔ってやしないか? 自分が死ぬってことを突き詰めて考えたか? なら遺言書ぐらいあるんだろうな? ダンブルドアみたいに準備してあるんだろうな? ジニーやレンやシリウスにそんなことまで丸投げか? だいいち、なんで、なんでもかんでも人に教えてもらいたがる? 捜査記録は、スーザンが君に渡しただろう。なんでそれをハーマイオニー経由にする? 考えるのはハーマイオニーだけか? こっちも丸投げか? 読んだら読んだでレンのばあばに会おうってなあ・・・レンのばあばが断言出来る内容がこの捜査記録だ! あとは推測! 推理はばあばに丸投げか? 僕だって筋書きは推測出来るぜ。人頼みのくせに君のペースで進まなかったらイラつく! 最後は後はよろしく、つって死ぬだけだもんな! 楽でいいな!」

「・・・君にそんなこと言われる筋合いはない! ハーマイオニー、君もだ。よくこんな時に、キスだの・・・それ以上のことだの、出来るな?」

 

またそれ? とハーマイオニーは脱力した。「しちゃいけない? 日中のルーティンワークはちゃんと分担通りやってるわ。掃除、洗濯、料理。レンやスーザンに会うことやシリウスやクリーチャーに会って状況を把握する努力もしてる。夜のプライベートな時間のことまであなたの許可が必要だとは思わないけど。あなたの部屋まで響き渡るような声を出した記憶もないわ」

 

「ハリー、しばらく頭冷やせよ。いや全員だな。僕ら3人で顔を突き合わせ過ぎた。ハリーはグリモールド・プレイス、ハーマイオニーはボーンズ・アパートメント、僕はここ。2人とも頭が冷えたら戻って来い」

「ロン、少し乱暴じゃない?」

 

乱暴なのはこのまま物事を進めることだ、とロンは腕組みをして椅子に座った。

 

「おい、ロン。君はハーマイオニーのことを少しは考えてやれよ」

「どういう意味だよ?」

「レンたちから提案された偽ハーマイオニー情報のリークの件だ。君はさんざん迷ったけど、最終的には承知したよな? 僕は反対だぞ。マグル生まれのハーマイオニーを餌にするようなこと、よく承知出来るな?」

「・・・僕が迷った理由、わかるか?」

「そりゃハーマイオニーは君のガールフレンドだ。情報を出すことに抵抗が」

 

違う! とロンが再び怒鳴って立ち上がった。「レンが現実のハーマイオニーを危険に晒すような情報を提供するわけがないだろ! あの提案はむしろハーマイオニーを安全にするさ! 僕が迷ったのは! 僕の家族がキツい取調べを受ける可能性があるからだ! パパやママ、兄貴たちはまだいい。ジニーはどうなる! 学校じゃ逃げ場がないんだぞ! でも考えを変えた。僕の家族なら、ハーマイオニーのことで取調べを受けたって、なんとかやり過ごしてくれると信じることにした! 少なくとも、ハーマイオニーの情報がゼロよりは、ウィーズリー家から離れた場所で目撃情報が上がったほうがまだマシだろう。レンにOKを伝える時にはその配慮を頼むだけでも多少は違うはずだ」

 

「わたしとロンの間でもその件はきちんと話し合ったことなの。ハリー、あなたがわたしを心配してくれたことには感謝するわ。でも、わたしのことでロンを責めるのはあなたの役目じゃないと思うの。誰の役目でもない。わたしが直接ロンと話すことよ。そこは分けて考えて欲しいの」

「・・・ハリー、僕は君がジニーのことを考えずにただハーマイオニーの安全だけを訴えるのにイラついた。今もイラついてる。君は君で、気持ちの中ではジニーのことを考えてるとは思うから、今まで言わなかったけど。僕とハーマイオニーが隣り合って座るたびに眉を吊り上げたり、僕とハーマイオニーの視線が合うのを見るたびに溜息ついたり。なあ、要するに気まずいんだろ? いつも4人一緒だったのが3人になって、その上僕とハーマイオニーが付き合ってる。今までと人間関係のバランスが違ってしまったから気まずいんだ。だから、全員いったん距離を置こう。僕らはホークラックスを探索して破壊するのが役目だ。でも、その役目を果たすチームワークを維持出来てない。お互いにイライラが溜まってる。このまま3人で一緒にいるのは良いことじゃない」

 

だったら僕が出て行く! とハリーも立ち上がって怒鳴った。

 

「ハリー!」

「心配しなくていい。行き先はグリモールド・プレイスだ。あそこなら少なくともロケットの情報はマンダンガスからすぐに入るからな。ハーマイオニーはここにロンといろよ」

「・・・いいえ。ロンの言う通り、わたしも頭を冷やしたいからボーンズ・アパートメントに滞在させてもらうわ。といっても、ロンをここにひとりにしたままには出来ないから、スーザンとレンが調査してる時間に、軽食や食材を届けに来たりはするけど」

 

ハーマイオニーはじっとハリーを見上げた。

 

「・・・なんだよ」

「ジニーにはまだ別れたつもりはないのよ、ハリー。別れたことにしたほうが安全だとあなたが言うならその通りにする、でも待ってる。そう言ってたわ。ジニーのために、生き急ぐことばかりを考えずに、他の方法も検討して。ジニーだけじゃないわ。シリウスをひとりにすることにもなるの。生き延びることを真剣に考えて」

「だからそれは!」

「売り言葉に買い言葉じゃなく! 頭を冷やしたほうがいいというのはそういう意味よ。最近ではわたしたち、お互いを言い負かすための反射的な会話しかしてない。これではどんな謎も解けないわ」

 

 

 

 

 

スーザンは黙ってハーマイオニーを部屋に入れてくれた。

 

「今夜はレンが留守なの。マダム・ホップカークに連れられて、夜の部の聞き込みよ。わたしでよかったら聞くわ。レンが必要なら夜中まで待つ必要があるけど」

「あなたのほうがいいかもしれない、スーザン」

 

聞き終えたスーザンはお茶を煎れ替えに立ち上がった。

 

「3人というバランスに不慣れ、そのうち2人は交際中。ハリーにもジニーのこととか屈託があって、拗れてしまった。そんな感じね?」

「まさにそれ。慣れるしかないことはわかってるわ。ただ、ハリーってね、こう・・・気持ちが荒れてくると攻撃的な姿勢になるの。ロンにも確かにそういうところはあるけど、どちらかというと、家族の中で揉まれてきたから、あっちのご機嫌、こっちのご機嫌を伺いながらなんとなくやっていこうとする。わたしも悪いわ。攻撃的な態度を受け流せないんだから」

 

それが大人のやり方かもしれないけど、とティーポットを軽くゆすぎながら、スーザンが微笑んで振り返る。「みんながみんなそうなってしまうのはつまらないと思うわよ?」

 

「スーザン・・・でもあなたはレンとうまくルームメイトでいられるでしょう?」

「腹が立つことはあるわよ、もちろん。レンの側にもあると思うわ。でも2人でやっていかなきゃいけないから、お互いに譲歩せざるを得ない。レンにしてみれば、わたしとの仲違いは食生活の危機だし?」

「そうよねえ・・・でもスーザンの側も同じようなものじゃない? レンの高い能力が隣にいると思うから安心して活動出来る部分があるんじゃない? わたしの経験からすると」

「すごくある。あなたもそうだった?」

 

煎れてくれたお茶を受け取りながら、ハーマイオニーは頷いた。

 

「わたしね、レンがいたからハリーの冒険に対応できた部分がすごくあるの。3人になって痛感したわ。ロンとハリーしかナイトがいないと思うと、買い物ひとつもドキドキよ。まあ、今は特別な状況ではあるけど、レンのあの殺しても死なない安心感があるのとないのとでは大違いだわ」

「それは、ハリーとロンも同じなのかもしれないわね。3人というバランスが問題ではなく、レン抜きの状況に不慣れなのかも。まあ、なんというか、気が済むまでここにいて構わないわよ? レンが帰ってきたらまた何か過保護なこと言い出すと思うけど」

「過保護?」

 

あなたに対してね、とスーザンが笑いながらハーマイオニーを指差した。

 

「わたし?」

「そう。リヴァプールの家は、セキュリティ以外も豪華な気がしない?」

「アパートメント・ホテルみたいだと思ったわ。冷蔵庫には食材がぎっしりだし、生鮮食品以外は1年ぐらいなら籠城できそう。ふかふかのタオルに、完璧な高さの本棚があって、大型液晶テレビにDVDプレイヤー、衛星放送。おかげでロンは一日中テレビでマグル学を学ぶことができる」

「あの豪華さがあなたに対するレンの過保護の度合よ。あなただけじゃなく、あなたたち3人へのね。準備中にサー・ニコラスが様子見に来てくださった時には、目をまん丸にして『私たちの蓮はここに妻でも連れて来る気なのかな?』と驚いてらしたわ。まあ、あのセキュリティも、サー・ニコラスの奥さまへの過保護の象徴のような気はするけど。レンは、あなたたち3人がそれこそ籠城してもストレスが溜まらないようにとあれこれ考えたのよ、あの人なりに。わたしはちょっとズレてると思ったけど、レンの気遣いは気遣いとして実現しておこうと」

「ズレてる、とやっぱり思った?」

 

スーザンが苦笑して頷いた。

 

「ここだけの話よ? 『過保護過ぎて息苦しい』が、プランを聞いた時の第一印象だったわ。でもほら、あって困るものでもないからね。それに本当に危険になった時のことを思えば、決して無駄ではないわ。ただまあ・・・いきなりこれだけ整った環境に籠城させられたら、息苦しいだろうなあと。だからなんとなくこうなる気はしてた。あれだけ整った籠城環境が目の前にドーンと出されたら、逆に気負ってしまわない? しかも、結婚式の最中に魔法省陥落、単語による監視ネットワーク、マグル生まれ登録委員会・・・危機感を感じざるを得ない出来事が続いたものね」

「・・・確かにそれはあるわ。結婚式からロンドンに逃げて、ロンドンで襲撃されて、そのままリヴァプールだったでしょう? わたしたち、魔法界の様子がわからないままだし、あの家に籠城してなきゃ危険だと思い過ぎてた気がするの」

「そうよね。わたしはね、機会があったらハーマイオニーにしばらくここに滞在してもらいたかったから、ハリーとロンには悪いけど渡りに船なの。レンもあなたたちを籠城させたいわけじゃないわ。ハリーとシリウス、ロンとご家族、お互いに安否を確かめ合ってゆっくり話す時間も必要だと思う、とは言ってたことがあるから。ハーマイオニーの場合は、ご両親の記憶を操作してオーストリアに送り出してしまったから難しいけど、その分ここには宝の山があるし」

 

ハーマイオニーは目を瞬いた。

 

「伯母が書斎や主寝室に大量の蔵書や法執行部の資料の写しを遺してるの。事件に関する自分の記憶の糸も大量の小さなガラス瓶に入れてあるし、小振りなペンシーヴもあるわ。ヘプジバ・スミスの事件は、ハウスエルフが被疑者という珍しいケースとして書棚の中でも他のファイルから少し離して取り分けてあったから、レンからハッフルパフの末裔について聞かれた時には幸いザッと目を通していたの。でもわたしはホークラックスのほうには細々した知識がないものだから、見逃していたのね。ホークラックスについての大当たりが他にあるとは思えないけど、伯母の資料に目を通してもらえると助かるわ。夏の間にもう少し整理するつもりでいたのに、急に忙しくなってしまって」

 

ハーマイオニーはテーブルに額がつくほど頭を下げた。

 

「是非やらせてください」

「そう言ってくれると思ってた。書斎は主寝室と続き部屋だから、今夜まではわたしが主寝室を使うけど、明日の昼間に部屋を交代しましょう。そうしたら、ハーマイオニーは存分に読書欲が満たされて、魔法省が扱った刑事事件の知識が手に入る。わたしは伯母の資料を整理しなければならないという精神的負担から解放される。夕食は、わたしがマダム・ホップカークに変身して魔法省に出勤する日は少し遅くなるけど、出来るだけ3人で食べましょうね。わたしが作るから安心していいわ」

「スーザン・・・あなたって天使か何か?」

「いつもわたしが作ってるんだもの。2人分が3人分になるのは大した手間じゃないわ。あと、コーヒーが飲みたい時はレンに言いつけて。ドリップ式だから大したものではないのに、完璧なコーヒーを目指してるから。わざわざバリスタのエプロンまで買ってきたわ。その割に洗い物はしてくれないけど」

「・・・あの人、いったい何のためのエプロンなの?」

「さあ、それは・・・完璧なバリスタの気分?」

「わかったわ。洗い物はわたしがするから安心して」

 

その後、空いた客間のベッドを2人で整えて、それぞれの寝室に引き上げて寝た。

 

実に爽快な気分で目覚め、スーザンと2人で朝食を食べていた時に、夜の部の調査から帰ってすぐに寝てやっと起きてきた蓮が、寝癖をつけたまま出てきて、ハーマイオニーの顔を見て固まった。

 

「おはよう」

「な・・・なんでいるんだ!」

「事情がいろいろあるのよ、レン。後からゆっくり説明するわ。今日は、わたしが主寝室から客間に引っ越すことにしたからあなたも手伝ってね」

「引っ越す?! まさかこの人ここに住む気?!」

「ええ。しばらく滞在してもらうの。基本的には、うちの宝の山の整理をお願いするつもりよ。急な移動だったでしょう? ホークラックス探索に取り掛かる前に、斜め読みでもいいから、前回の魔法戦争の時期に起きた刑事事件の概要を把握しておくと、ちょっとしたことでもためになると思うし」

「ハリーとロンは放置か?!」

「ハリーはグリモールド・プレイス、ロンはリヴァプールでテレビを見ながらマグル学の勉強。飢え死にしないようにハーマイオニーが様子を見に行くわ。まだ何か不満?」

「・・・ふ、不満っていうか。何か不備があったの? 足りないものがあればちゃんと用意するよ」

「足りないものは、魔法省陥落からの緊張をほぐすリラックスした時間。あなたに用意してあげられるものは、過保護に騒がず見守ること。あー・・・強いて言うなら、ロンの行き先ね。自宅か御兄弟のお宅とか、どこかないかしら? テレビを見てるだけよりは、ご家族の安否を直接聞いたり、魔法界の状況をゆっくり把握したりするほうが良いと思うわ。もちろんハーマイオニーとロンが、しばらく完全な別行動でも構わないのなら、という条件はつくけど」

 

後から戻って話し合ってみるわ、とハーマイオニーはスーザンの手腕に感嘆しながらあえてあっさりと答えた。

蓮のコントロールはお手の物らしい。


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