サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第12章 盗難がしたいだけだ、盗聴じゃない

『さーて、みんなお待ちかね《今日のハーマイオニー》のコーナーだ。一昨日のハーマイオニーはフィレンツェの彼氏と別れてヴェネツィアのゴンドラ漕ぎと新しい恋に落ちた。今日のハーマイオニーは何をやってるのかな? ぅわお! 俺の手元に来たのは、天井が高くて広い、明るいロビーみたいなところに、同じサイズ同じデザインに引き伸ばされた国連議長とハーマイオニーの顔の、モノクロのタペストリーがズラーッとぶらさがってる写真だ。ハーマイオニー・ジーン・グレンジャーは、いまやイギリス魔法省の圧政に対抗する勢力の象徴として、国連議長と顔を並べちまった。ゴンドラ漕ぎとの恋より、こっちのほうが本物感あると思わないか?』

 

 

 

 

 

ベルトのバックル、ペーパーナイフ、とマンダンガスに売ったアダムスを捕まえて、スリザリン寮の紋章を見せ「こういう図柄の入ったロケット、首からぶら下げるデカいペンダントみたいなヤツだ。見せられなかったか?」と尋ねると、アダムスは顔をしかめた。

 

「ヤなもん思い出させんなよ」

「ヤなもん? 見たことはあるのか?」

 

自分のロッカーに凭れてズルズルと床に腰を落とし「ババアんちに行くと必ずな。『アタクシの夫が使うべき品なのよ』つって。これだけはねだるとヤバ過ぎっから、もらって来いとか言うなよ? 俺、これにだけは手ぇ出さねーかんな。いくらカネ貰ってもヤだ。これ見せびらかされたらキモい夢見るんだ」と、頭を抱えて呻いた。

 

「・・・どんな夢だ。こう・・・自分の劣等感が刺激されて破壊的な衝動に駆られるとか、自分のネガティヴな才能を引きずり出されそうになるとか」

 

ホークラックスのやりそうなことを挙げるが、アダムスはぽかんと蓮を見上げた。

 

「・・・違うのか? じゃあ、アレだ。蜘蛛の行列か?」

「おまえ、実は割と馬鹿だろ。その状況で見るキモい夢っつったらババア以外に何があんだよ? ババアと並んでライスシャワーの中を歩く夢だよ! ていうか、ババアんちに行ってヤるだけで充分悪夢なんだぜ。ババアの手料理だのお茶だの、ぜってークスリ盛られてる。朝まで萎えねーもん。煙も出ねーってのに萎えねーの。腰振んのもダリーから寝てれば勝手に乗っかってくるけどよ、それ見てーか、おまえ?」

 

蓮の耳の中のインカムに「今日のところは追及は勘弁してやりなさい。『悪い。それは僕も見たくない』が正しい返答よ」と指令が入った。

 

「・・・思い出させて悪かったな。確かに僕もそれは見たくない。今後の方針を考えてからまた連絡する。今日はもういいよ。明日は水曜だ、それだけがんばってくれ」

「・・・おう」

 

ロッカー室を出たところで老婆に変装したマダム・ホップカークから襟首を掴まれ、強引に姿くらましをさせられた。

 

「ずいぶんと幸せな夢を見せるホークラックスだった」

 

姿現しで到着したマダムのアパートメントのリビングで、開口一番の端的な感想を口にすると、マダムは溜息をついた。

 

「あれがホークラックスという想定が間違っているのかな? クリーチャーの証言ではもっとはるかにネガティヴなもののはずだ」

「・・・相手がアンブリッジでなければ幸せな夢かもしれないけどね。ドローレス・ジェーン・アンブリッジとの結婚は、あの青年にとって生命の危機に近いのではないかしら」

 

大袈裟だ、と蓮は顔をしかめた。「とりあえず軽く脅して、ロケットを貰って来させよう。結婚することになってもいいでしょう。魔法省で妙な小遣い稼ぎをするクズ野郎が減るだけ。誰も困らない」

 

「あなたにアダムスの人生を破壊する権利はないわ。大した人生じゃないけど、他人が破壊していいものではない。聞いたでしょう? クスリを盛られて物理的に性交可能な状態を強制的に維持されて朝まで文字通り搾り取られてるのよ。どんなクスリか正確には把握してないけど、この手のものは場合によっては心臓に悪影響を及ぼしかねないから、アダムスを自宅に派遣することはやめたほうがいいぐらいよ」

「でも自宅にはアダムスが来た時以外は鳴子魔法が仕掛けてある。アダムスが貰って来るのが最善だよ」

「アダムスは決してプロというわけではないわ。顔がそこそこ整ってて、立派な持ち物があって、脳味噌が足りない。ただそれだけの普通の若者よ。魔法省の中で行為を楽しみたいだけの魔女たちとなら需要と供給が一致する。褒められたものではないけど、悪質ではない。そのような青年とアンブリッジの関係を深めさせたのは、あなたがたの要求を満たすためだったけど、アンブリッジがそこまで悪質な手口を使うとなると、情報提供者の安全確保を講じなければならないわ・・・というか、クスリを盛ったというところに、どうしてそんなに無反応なのよ?!」

 

蓮はガクガク揺さぶられて、首を傾げた。

 

「・・・アンブリッジはそういう奴だ。クスリぐらい平気で使うよ。わたくしだって盛られた」

「あ・・・」

「通常の刑事事件で使う真実薬の3倍濃縮の特別製の真実薬を、1ヶ月毎晩飲まされるのに比べたら、どんな悪質な魔法薬かは知らないけれど、週イチで済むんだから、まだ大丈夫だと思う。それともそんなに危険なクスリなの?」

 

失礼、とマダムが蓮の襟を解放してくれた。「基準がおかしいことと、異性交遊の知識が18歳まで到達してないことを忘れてたわ」

 

マダムはソファに座り、脚を組んで「あなたの基準のおかしさはそこだけでもないけど」と蓮に向かって手招きした。

 

「そこに座りなさい。友人や家族以外へのあなたの無慈悲さがとても気になるの」

 

 

 

 

 

マファルダは額を軽く拳で叩いて「だからそれは違うでしょう」と珍しく苛立ちを隠さずに唸った。そしてハーマイオニーを指差す。

 

「ハーマイオニーは、慈悲や正義感を土台にして、必要な場合には厳しい態度を取る。あなたは違う。あなたは・・・極論すれば、目的のためなら顔色も変えず人を殺せそうに思えてならない」

「それは違う。毛が生えた体温のある動物には抵抗があるよ」

「・・・は?」

「どうしてそうやって、人間を二元的に分類しようとするの? 人を殺せる人間かどうかなんて。誰だって、その人なりの一線を超えたら殺意は湧くでしょう? 実行するかどうかは別にしても。殺人と残虐性は別問題だと思うけど」

 

まず説明しなさい、とマファルダが蓮を睨みつけた。「なぜアダムスが薬物を投与されたことに無感動なのか」

 

スーザンが止めようと身を乗り出すのを、ハーマイオニーはその手首を掴んで止めた。

 

「わたしも聞きたいわ、レン。アンブリッジを殺しかけた事件は、強い動機があったと理解出来るけど、不自然な身体の反応をもたらす薬を投与されるアダムスへの同情心の無さは、わたしも気になる。あなたが一番アダムスを心配するのがわたしには自然に思えるの。でもそうじゃない。それはどうして?」

「ハーマイオニー・・・レンは目的のために天秤にかけて、まだ大丈夫だと判断したのよ。判断材料となる知識が不足してるだけだわ。男性の身体に詳しいわけでもないから、アンブリッジと朝まで行為に及ぶ負担を理解出来ないだけでしょう?」

「それは大した問題じゃないわ、スーザン。わたしが引っかかってるのは、自分がアンブリッジに薬物を投与された被害者でありながら、アダムスが種類が違うにせよ薬物が投与されてるのに平然と犠牲にしようとした部分よ」

「だから、それは」

 

わかった、と蓮は両手を挙げた。「わたくしがアダムスに同情して手を緩めればいいのなら、そうするよ」

 

「・・・その前に、アダムスに健康被害を与えかねない現状に危機感を感じるかどうかを聞かせなさい」

「感じない」

「・・・さっき説明したわよね? 血流を高める効果が必要だから心臓に負担がかかるタイプがとても多いの。楽しむために使い過ぎて死亡事故も起きている。それでも?」

「アダムスには薬物を投与されている自覚がある。わたくしはわたくしの要求をするけれど、それを受けるかどうかはアダムスに選択権がある。杖を突きつけて強制したわけでもないのに、どうしてそこまで心配してやる必要があるの? 薬物の種類が違っても、確かにわたくしとアダムスは似た状況だ。わたくしも薬物のことはわかった上でアンブリッジのお茶を飲んでいた。それはわたくしの選択だ。わたくしが自分の耐性を過信していたことはわたくしのミスであって、ミネルヴァやダンブルドアの責任ではない」

 

ハーマイオニーは目を見開いた。

 

「・・・マクゴナガル先生は、早くからご存知だったの? ダンブルドアも?」

「ダンブルドアに確かめたことはないけれど、知っていても止めなかったと思う。ミネルヴァは知っていた。ゴブリン製のスプーンが曲がったことは伝えたから。クリスマスホリディの予定を通告された翌日にはね。わたくしがもうダメだ、本当にヤバいと訴えれば、それなりの対応を検討してくれたとは思うけれど、わたくしはそこまでは訴えなかった。耐性が機能している自覚はあったから」

「アダムスはずっと嫌がってるでしょう。それについては?」

「あいつ、とりあえず全般的に嫌だ嫌だと言っているだけでしょう。アンブリッジから盗品をプレゼントされてそれを換金することそのものは拒んでいないよ。ロケットだけは嫌がっているけれど、薬物が嫌だとは言っていない。ロケットはすぐにこちらで引き取ることになるし、それを換金する分の金ぐらいは払ってやればいい。その後は、自分の才覚でどうにかすればいいじゃないか。好きで始めたサイドビジネスだ。潮時だからどうやって逃げるかぐらいは、自分で好きなように判断すればいい。わたくしはそこまで面倒見きれない」

 

スーザンがこめかみを押さえ「そうね。アダムスを継続して使うことは当初の予定にはなかったから」と蓮に同情的な物言いをした。「でもレン、わたしたちが利用したことでのっぴきならない事態に至った場合は、それなりに手を貸してあげる必要はあるわよ? 人を利用するというのはそういうことなの」

 

「ハーマイオニー」

「はい」

「マクゴナガル先生は、校内で生徒にそれほどの薬物が投与されていることを知りながら、アンブリッジを泳がせてらしたの?」

「今の話によればそうです。でも、レンに耐性訓練が施されてたことをご存知だったので・・・また、状況的に、アンブリッジの行為に異を唱えることがとても難しい時期でもありました。クリスマスホリディまでと期限を決めて、クリスマスホリディ中に血液検査を受けさせて証拠を取ることになさったんだと思います」

 

マファルダはきつく眉を寄せしばらく思案を巡らし「非常識過ぎるわ」と呟いた。

 

「マダム・・・それは」

「言わなくてもいいわ、スーザン。わかってます。マクゴナガル先生ほどの方が、あえてそういった手段を選ぶほどの事態だったという解釈を採用することにしましょう。レン、もういいわ。楽にしなさい。スーザンとハーマイオニーは覚えておきなさい。情報屋は、アダムスやあなたがたの言うマンダンガス・フレッチャーのような立場の者が多いわ。彼らの判断は、知識や緻密な計画を前提としたものではなく、非常に曖昧な経験則頼みのもの。レンとは違うから、こちらが細やかに観察してあげて、必要な時にはうまく撤収させなければならない」

「はい」

「・・・はい」

「レンほど訓練された情報屋は普通はいないことを忘れずにいなさい。この子は特殊過ぎるわ。感覚も・・・あなたがたは、この子を無慈悲だとは思わない?」

 

スーザンは「思いません」と断言したが、ハーマイオニーはしばらく迷って「無慈悲かどうかではなく」と、考え考え口にした。「目線の高さが、人と違うんだと思います」

 

「目線の高さ?」

「はい。大方針を決める時には、善性の方向を選びます。それはもう間違いなく。ただ、自分を基準にしがちで、自分に厳しいので、今みたいに、暗にアダムスに対して自分並みのものをうっかり求めてしまいます。それが無慈悲に見えるんだと思います」

「・・・アンブリッジに対しても非常に・・・こう、無関心な気がするわ。過去の経緯を踏まえれば、もっと感情的にならないかしら?」

 

それは、とハーマイオニーは蓮を見やった。「たぶんそこが一番目線の高さが変わったところだとわたしは思います」

 

「・・・魔法省が変革の時期を迎えたら、アンブリッジごと患部を削ぎ落とすことになりますから・・・もうアンブリッジ個人をどうこうするということは考えてません」

 

スーザンの補足にマファルダが溜息をついた。

 

「とんでもない子と関わり合いになってしまったわね、わたしも。ある程度はあなたがたに味方しなければ、自分のクビまで危ういわ」

 

それはもう大丈夫です、とスーザンが身を乗り出した。

 

「は?」

「マダムのお名前で、国連にマグル生まれ登録委員会が作ったマグル生まれのリストを提出してあります。『ホップカーク・メモ』として、難民支援策の根拠書類になっていますから、戦後の訴追は免れるかと」

 

マファルダは頭を抱えて呻いた。

 

「・・・それもこの悪魔の悪知恵なの?」

「いえ・・・フランスとアメリカにいる仲間たちの」

「・・・訂正するわ。とんでもない子じゃなく、とんでもない子たち、ね。わたしの保身の為には、あなたがたを勝たせる以外に道がない」

 

マダムの指示に素直に従ってだらんと脱力した蓮が「無理と無茶はこういうときのための最後の手段だ」と言うと、マファルダはきちんと整えた髪を掻きむしった。

 

「全部終わったら、マクゴナガル先生とレイに厳重に抗議するわ。こんなのを育成して、わたしにけしかけたことを!」

「スーザン、せっかくだから今のうちに先のポストを提示しておこうよ。わたくしの意見では闇祓い局長。これだけ動ける人だからウィゼンガモットはまだ早い。闇祓い局からはキングズリーが抜けるし」

「・・・待ちなさい」

「でもウィゼンガモットには、新体制のバランス感覚を理解できる方を入れておかないと。前回の戦争とは本質的に裁判の質が変わるのよ?」

「・・・待ちなさい」

「畑違いになるかもしれないけど、国際魔法協力部長が一番じゃないかしら。『ホップカーク・メモ』で国連とパイプが出来たんだし。国連に受けの良い名前、他にないわよ」

「・・・待ちなさい!」

 

マダムはどれがいい? と3人に見つめられ、マファルダはまた髪を掻きむしった。

 

 

 

 

 

イヤ過ぎる、とアダムスが額を壁に当てたまま蚊の鳴くような声で答えた。「てめえ、他人事だと思ってよー。ざけんな。あのババアからンなもん貰ったら三日三晩搾られて干涸らびるっつの」

 

「そのあたりの後始末には、多少の提案がある」

 

蓮はアダムスの隣で背中を壁にもたせかけた。

 

「君がババアと完全に切れてもいいのなら、君のこともロケットのことも、ババアから綺麗サッパリ忘れさせてやることは出来る。ただし、今後、ババアからの小遣いやプレゼントは無くなるよ。作戦当夜には、僕と仲間が自宅付近に潜む。君が泊まる夜は鳴子魔法が解除されるから、君たちが寝室に入ったら我々が自宅内に侵入して、待機する」

「・・・おまえ趣味わっる。盗聴か? それなら、もちっとイイ声のババア紹介してやんよ」

「僕がしたいのは盗難であって、盗聴ではない・・・ 聴かずに済むなら聴きたくないに決まっているだろう。だが、ボスがうるさいんだ。要らぬ波風を立てないために、鳴子魔法が解除される機会を作り、ババアが我々の気配に気づかないよう君に夢中になったタイミングで術を掛けろと厳命された。ロケット以外にも、盗品と判明しているものは持ち出せる限り持ち出しておきたいからね。さあ、どうする? ババアとの関係を続けるのなら、ロケットだけをうまく貰って、いつものようにフレッチャーに売れ。ババアと完全に切れてもいいなら、君が干涸らびる前に救出し、ババアから君とロケットその他の記憶を消してやる」

 

あーもーそれで頼む、とアダムスはマダム・ホップカークの予想通りの回答をした。

 

「・・・小遣い稼ぎにならなくなるが構わないのか?」

「つかもう小遣い稼ぎになってねーよ・・・『アタクシとアナタの間にお金なんて・・・長いこと失礼な振る舞いだったわ、ごめんなさい』とか言いやがってよー。搾り取られてっから、他のババアの相手すんのもキビシーしさあ。あのババアから解放されんなら、他のババアにちーっとサービスして元通りのペースに戻してみっから。そのほーがマシだろ、どう考えても」

「・・・なるほど。僕が追っている事件では例のババアからロケットを取り戻しさえすれば君は用無しだ。好きなだけ他のババアで小遣いを稼ぐといい。情報屋商売がしたければ、フレッチャーに弟子入りでもしろ」

「お・れ・は、カタギだっつの。盗品にも関わりたくねーし、殺人事件にも関わりたくねーよ。クソアマにぶん殴られっしよー。あのガマガエルババアの小遣いに目が眩んだせいでエラい目に遭ったぜ」

 

カタギという単語の意味はとても難しい、と蓮はしみじみと思った。

 

 

 

 

 

うぅぅ、と泣きそうな顔で玄関ドアを開けた蓮が振り返った。スーザンはその蓮を軽く引いて「どのくらい夢中になってる?」と尋ねたが、蓮からは「そんなのわかるわけないだろ・・・」という頼りない回答しか返ってこない。「先にアンブリッジを黙らせていい? キモい」

 

スーザンは溜息をついて頷いた。「強力な奴をね。多少使い物にならなくなってもいいから。アダムスを完璧に忘れさせてあげて」

 

 

 

 

 

帰宅してハーマイオニーが用意していた塩漬け壺にロケットを収め、蓮にアレルギー薬を飲ませてベッドに入れると、スーザンはやっと安堵の息を吐いた。

 

「・・・大丈夫?」

「あ、ああ。わたしにはレンみたいなアレルギーはないから、ただ・・・決して良い気分ではないわね、これ。身につけるのはお勧め出来ない」

「そうなの・・・」

「なんというか、直視したくなかったコンプレックスとか、嫉妬とか羨望を・・・こう、無理矢理引き出される感じなの」

「誰にもそれはあるだろうけど、あなたからそんな感情を引き出すなんて」

「わたしも人並みの人間よ? レンを男の子だと思ってたときは、ハーマイオニー、あなたに嫉妬しなかったわけじゃないし。割と最近まで、女友達としても、わたしよりレンに近いあなたに嫉妬してたわ。ハンナが監督生になったことにも、もやもやした。ジャスティンとの関係には不安だらけだったし、たぶんこれからも、大なり小なりそういう感情を抱えていくのは間違いないわ」

「・・・スーザン」

「それはそれでいいの。別に聖人君子になりたいわけじゃないから。コンプレックスや嫉妬や羨望をきちんとした努力の原動力に出来れば、差し引きでプラスになる。でもこのロケットが引き出すのは、そんな穏やかなレベルじゃないのよ。もっと悪意があるの。おそらく一番長く手元に置いていたのはクリーチャー、ハウスエルフでしょう? ハウスエルフ、しかも邸に独り住まいのハウスエルフだったから被害が出なかっただけのような気がする・・・ごめんなさい、変なこと言って」

 

ハーマイオニーは壺を脇に抱えて、スーザンの腕を引き、リビングまで戻った。

 

「お願い、スーザン。嫌な気分になった内容を、きちんと聞かせてくれないかしら? 被害という表現、イメージはすごく不穏だわ」

「・・・聞くと、あなたはきっと不愉快よ?」

「それでも。わたしたち、これを身近に置かなきゃいけないの。わたし、ロン、ハリー。あなたが感じた危険は、どんな些細なことでも知っておきたいわ」

 

しばらく額を押さえて躊躇ったスーザンだったが、ハーマイオニーが辛抱強く待っていると、そのまま目を閉じて「あなたを殺したくなった」と囁いた。

 

「・・・ごめんなさい、スーザン。その感情は、どこまでがロケットのせいだと自分では思う?」

「そうね。ハーマイオニー、レンのことであなたに嫉妬や羨望を感じているのは確かよ。将来、わたしより優秀な人材として華やかな活躍をするだろうことにも。でも本来のわたしは・・・綺麗な言い方をするつもりはないけど、あなたを害して解消しようとは思わない。わたしにできるやり方でレンをサポートしたり、あなたとはタイプの違う法律家も必要だと・・・そう割り切ってる。いえ、少なくともそのつもりでいた・・・いるわ。ただ、これを首から提げて行動してる間に、あなたをどう蹴落としてやればいいかを考えてしまう。そこは、わたしの本意とは違う、と思いたい」

 

違うわよ、とハーマイオニーはきっぱりと断言した。「あなたはそういう人間じゃないわ」

 

「・・・そう言ってくれると助かる。本当に。ハウスエルフは、生来奉仕的な性質を持つから、ヒトよりも安全な持ち主だったと思うわ。ただ、聞くところによるとクリーチャーは、2年前までは、ヒトに対して暴言を吐いたりしていたそうね?」

「ええ。かなり。年寄り過ぎてハウスエルフらしからぬ振る舞いになってきたと、騎士団のみんなは聞き流してたけど」

「ハウスエルフだったから、その程度の攻撃性しか発揮せずに済んだだけのような気がするの。ハリーの体験によると、これは複数人が取りに行くように罠が仕掛けられていたんでしょう? クリーチャーの場合は、レギュラス・ブラックが命を落としたけど、ハリーとレンのおばあさまのように、2人とも生きて戻ることは、まったく不可能なわけではない。そうよね?」

「そうね。ハウスエルフの魔法でひとっ飛びではなく、来た道を辿って帰還することが出来た。それだけの精神力と体力のあるペアだったから、なんとか」

「その時には偽物だった、間違いない?」

「間違いないわ。偽物だったから、今こうして本物探しをすることになったのよ」

「・・・本物だったら、帰りの道中で殺し合いになってたかもしれない。全体の罠と、このロケットとで完全な罠が完成するのよ、きっと」

「あ・・・!」

 

ずっと気になっていたの、とスーザンが呟いた。「行きの船は2人乗り、帰りの船は1人乗りにすればいいのに、って。そのほうがトムくんの見回りの時も安心じゃない?」

 

「・・・そうね」

「トムくんには、最初からクリーチャーを連れて帰るつもりはなかったわ。使い捨てにしないと危険だから。現にこうして情報が漏れてしまう。だったら、なぜ2人で帰る可能性を潰さなかったのか、って。このロケットそのものが仲間割れを喚起するようになってるのよ、きっと。つまり、帰り道で2人は殺し合うの。亡者の水際で」

「そうか。仮にクリーチャーがレギュラスを連れて帰ったとしても・・・邸に2人で暮らしている間には、諍いが起きやすく、なる?」

「そう。こうして持ち帰ってきて、封印したからまだマシだけど。剥き出しのままここに置くのは、レンのアレルギーがなかったとしても・・・すごく危険なことだと思うわ。封印してはいるけど、出来る限り早く破壊したほうがいいと、わたしは思う」

 

ゾッとしながら頷いて、ハーマイオニーはふと違和感に気づいた。

 

「アンブリッジは大丈夫だったのかしら? ただでさえああいう女なのに」

「・・・クリーチャーと違う意味で、アンブリッジがアンブリッジだから、精神に変容を与えなかった、という気がする」

「え?」

「クリーチャーの場合は、生来が無欲で奉仕的なハウスエルフだったから、攻撃的な暴言程度で済んだ。アンブリッジの場合は、ロケットがなくても嫉妬やコンプレックスを力で解消しようとする・・・要するに・・・ロケットと共存できる珍しい人間なのよ、きっと」

 

スーザンが力無く苦笑し、ハーマイオニーも思わず笑ってしまった。

 

「わたしはあなたたちが神秘部に行った時、レンと一緒にアンブリッジを拘束してたでしょう? レンがアンブリッジを水責めにして尋問した。その時にもう、こんなに理解出来ない人間は初めてだと思ったの。家族を尊敬したり愛したり出来ない、それはまだ理解出来るわ。どうしても折り合いをつけられないまま幼い頃から拗れてしまった感情、不幸なことだけど、それは想定出来る。でも・・・ビル管理部に同じ姓がいると自分の嘘に信憑性がなくなるからと、父親から仕事を取り上げる? 魔法戦士アンブリッジの末裔だという、ただでさえわたしには価値のよくわからない嘘のためにそこまでする? でもこのロケットを首から提げてる間のわたしの発想も、こうして外して封印してしまった今となっては『そこまでする?』と言いたくなる方向にねじ曲がっていたわ。ロケットが誘導するネガティヴなベクトルと波長の合う人間がアンブリッジ。そう考えることにした・・・とにかく、アンブリッジとロケットにはもう懲り懲りよ」

 

甘いホットミルクを飲みましょう、とハーマイオニーはスーザンの肩を摩った。

 

「え?」

「あと、それにレン用のサクシフラガ薬。とりあえず幸せのエネルギーをチャージするべきだわ。今リヴァプールの家には誰もいないから、明日にでも持って行って隠してくる。今夜はお互いに殺し合わないように、幸せのエネルギーをチャージしてから眠りましょう」

「諸手を挙げて賛成します」

「ついでに言っておくと、わたしもあなたに嫉妬してるわよ、スーザン」

「・・・は?」

「レンの懐きっぷりにイラッとすることは多いし、わたしがどんなに努力しても手に入らない宝の山を相続してる。しかも、それをあっさりとわたしと共有できる。あなたって人には、わたしにない美点が山のようにあるんだもの。嫉妬ぐらいさせて」

「ハーマイオニー、それは」

「最後まで言わせて。無駄に敵を増やさない賢さね。わたし、たまに歩くだけで敵を増やしているような気になることがあるぐらいだもの。反省はしてるけど、その部分はわたしの中でも、かなり頑固に根付いてしまって、たぶん直すのが一番難しい欠点なのよ。あなたとの一番の違いはそこ。わたしなら、反射的に言い負かされないように戦闘態勢に入ってしまうところでも、あなたはいったん柔らかく受け止めてから、対話の中でそれとなくやんわりと自己主張するわ。それってわたしからしたら、とんでもない才能よ。とても真似出来ない」

 

スーザンは小さく頭を振った。

 

「あなたやレンみたいに回転が早くないからそうなるだけ」

「わたしたちが、戦闘態勢に浪費してるエネルギーを、あなたは観察に向けてるわ。クリーチャーともアンブリッジとも違う意味で、これを取りに行ったのがあなたで助かった。わたしを殺したいという衝動はあっても、それを行動に移す前に分析出来るあなただったから、なんとか無事にこうして壺に収めて、今こうして注意事項を貰うことが出来たのよ。わたしだったら帰ってきてまっすぐにあなたの首を絞めたと思う」

 

まあレンが止めただろうけど、と澄まして言うと、スーザンは苦笑して「そして喘息でヒューヒュー言いながら、女難はもう勘弁してくれえ、って言うのね?」と応じた。

 

そうよ、とハーマイオニーは立ち上がってホットミルクを作り始めた。「ところで女難と言えば、アンブリッジの部屋で、レンは予定通り冷静に行動出来たの?」

 

「・・・無理ね。アンブリッジのポルノ音声を聴きながらクライマックスまで待機するなんて。さすがにわたしもレンを止める気にはなれなかったわ。気の毒なアダムスは、強力オブリビエイトで意識を失ったアンブリッジの下敷き。まあこれでアンブリッジとは円満に契約解消出来るんだから、そのぐらい我慢してもらいましょう。腰が痛いだの治療費寄越せだの泣き言を言ってたけど、わたしたちがロケット他、目についたブラック家の紋章入りの銀器を持ち出す間に自力で抜け出して服を着てたから、死ぬことはないわ」

「女難の相の持ち主はあなたひとりじゃないのよと、今度からはレンにお説教出来そう。ブライアン・アダムスの女難の相のほうが深刻よ」

「ハーマイオニー、わたし、アダムスを尊敬するわ。彼、よくあんなものを毎回のようにチラつかせられて、アンブリッジと一緒にライスシャワーを浴びる、のどかな悪夢ぐらいで済んだわね・・・」

「・・・なんていうか、ある意味ものすごく無欲な人物だからじゃない? 出世欲もなさそうだし。コンプレックス? なにソレおいしいの? 的な人物・・・というイメージよ、あなたたちの話を聞く限り。盗品を換金することも基本的には嫌がったらしいし。無欲の勝利よ」

 

 

 

 

 

ベッドに横になったハーマイオニーは、帰宅してきた時のスーザンが一瞬見せた目つきを思い出し、鳥肌の立った二の腕を擦った。

 

それは穏やかなスーザンとはまるで人が違ったかのような、冷酷この上ない表情だった。

 

「具体的な行動に移さないまでも、仲間がああいう表情をたびたび浮かべるようになったら、それだけで仲間割れが深刻になるわね・・・」

 

レンの生け捕り希望案は、ことこれに関しては却下だ。可能な限りさっさと破壊しなければならない。

 

「無欲に勝る対策無しだわ」


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