サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第13章 ゴドリックの谷

『逃亡中のみんなに良いことを教えてやる。耳をかっぽじってよーく聞けよ? いいか? 《コーンウォール地方はエリザベス3世が制圧した》もう一度言うぜ《コーンウォール地方はエリザベス3世が制圧した》ゴドリックの谷より西側は俺たちの陣地だ。エリザベス3世がどっかから拾ってきた鳴子魔法を、馬鹿魔力でゴドリックの谷より西側に広く展開した。鳴子魔法だけじゃない。相当な数の人的戦力を常駐させてある。ゴドリック・グリフィンドールの故郷から西は俺たちの陣地だ。よーく覚えといてくれ。なに? エリザベス3世にお礼を言いたいだって? そりゃやめとけ。今頃奴はコーンウォールの名物料理、スターゲイザーパイを食わされて不機嫌間違い無しだ。魚の頭をぶっ刺して並べた、あのパイさ。コーンウォールではクリスマスの前夜に食うもんらしいが、エリザベス3世はあれが大嫌いでね。《美しくない》だそうだ。いいな? 俺は忠告したぜ、死喰い人諸君。エリザベス3世の逆鱗に触れたくなきゃ、クリスマス休暇中はゴドリックの谷より西側には行くなよー?』

 

 

 

 

 

鋭く杖を振って姿現ししてきたヤックスリーを捕縛したマクーザの闇祓いが、キングズリーに向かって溜息をついた。

 

「ミスタ・シャックルボルト。イギリスの闇の魔法使いは、たいへん牧歌的だね。あんなに露骨に誘導されてもこうして不用意に飛び込んでくる。しかも、この顔は、司法長官? 闇の勢力が魔法省の高官として配置した重要人物じゃないのかな?」

「・・・重ね重ねお恥ずかしい」

 

キングズリーがうなだれる横で、右腕に銃を折って掛けた蓮は「キングズリー、任せてもいい? ディナーが終わるまでは、わたくしのスケジュールが空けられなくなるけれど」と確認した。

 

「任せたまえ。狩と社交は貴族の務めだ。頑張って来い。そのツィードのハンティングジャケットの下に締めたネクタイ、なかなか良い色じゃないか。見覚えがある気がする」

「見覚えというより物覚えが良いんだよ、キングズリー。このネクタイはパパのお気に入りだったらしい。じゃ、あとはよろしくね。ミスタ・ラパポート、そういう愚物は日本語で飛んで火に入る夏の虫っていうんだ。ばあば相手のジョークに使うといい。じゃ、よろしく」

 

蓮はよく懐いている5頭の大型犬を引き連れて、気軽に散歩するように歩き出した。

 

 

 

 

 

今年はホステス役が2人増えて大助かりよ、と怜がダフネとスーザンに向かって微笑んだ。「去年は、あのマグルのレディたちをわたくしひとりで捌かなければならなかったの。どちらでもいいから、いっそのこと当家にお嫁に来てくださらない? 馬と箒と自転車に跨るのが得意な馬鹿娘だか馬鹿息子だかよくわからないのが1匹いるわ」

 

「考えておきますわ、レディ。あの若い殿方の集団がウィ・・・レンとそのお友達の皆さまでしょうか?」

「ええ。去年の狩で親しくなったの。ジャスティンも一緒にね。彼は今年は残念ながらフランスだけれど、来年からはまた参加してくださると思うわ」

「でしたら、確実にスーザンはホステス役のお手伝いが出来るわね?」

「ダフネ・・・そういうことは」

 

スーザンが窘めるが、もう遅かったらしい。怜は拳で口元を隠し、顔を背けて肩を震わせている。

 

「そういうことね、スーザン。ジャスティンは素晴らしい紳士だから、とても我が家の王子さまでは敵わないわ。潔く諦めましょう」

「はあ・・・もう、ダフネったら」

「ああ、どうやら哀れな鹿は討ち取られたみたいだわ。さ、騒がしい泥だらけの殿方が帰還するわよ。ティータイムの準備を始めましょう」

 

朗らかな表情でそう言ってダフネをロビーに向かわせると、怜がスーザンの耳に「あなたが燃やしたほうがいいわ」と耳打ちした。

 

「え?」

「あの手の品物の破壊には、それに喚起された悪感情を持つ者が、その苛立ちをぶつけるのが一番効果的よ。わたくしの経験上」

 

 

 

 

 

チェーンを装着したRV車が、ポッター家の前に停車した。

 

現れたのは、ブラックタイのタキシードの上からコートを羽織った蓮と淡いブルーのドレスにシルクのコートを着せられたスーザンだ。

 

ひゅう、とロンが口笛を吹く。「2人ともめかし込んでるな」

 

「ごめんなさい。ディナーの後もなかなか抜けられなくて。ダフネがいてくれて本当に助かったわ」

「ああ。不本意ながら招待して良かった。グリーングラスは今頃マグルの若い紳士に囲まれて本領を発揮しているところだ。ハリー? 大丈夫?」

 

庭石に腰掛けて両手に顔を埋めているハリーに蓮が声をかけると、ハリーは慌てて眼鏡を外して腕で目元を乱暴に拭い立ち上がった。

 

「あ、ああ。ここに来たのは初めてだけど、こんなに感情的になるとは思わなかったよ。みっともないところを見せて悪かった」

「感情的になるのは当然だ。君はここに住んでいたわけだから。あまり必要がないから触れないけれど、ハーマイオニーが意図的に深い記憶を探れば、1歳頃の記憶の中には、この家で暮らした記憶があるはずだよ」

「そういう使い方は想定したことがないけれど、無理ではないと思うわ。あれこれ落ち着いたら試してみるのも悪くないわね。ね、ハリー?」

 

ハリーは恥ずかしそうに軽く手を振った。「その気になったら頼むかもしれない。早めに場所を変えないか? バチルダばあさんが、僕らのことを『怪しげな若い衆』だと言って、さっきから10分置きに呪いをかけたがるから往生してるんだ」

 

「・・・元気な人だろ。わかった。さあ乗った乗った」

 

スーザンが助手席に、ハーマイオニーをはじめ3人が後部座席に乗り込むと、蓮が運転席に座って車を発進させた。

 

「少し提案。わたくしが悪霊の火で燃やすつもりだったけれど、ママが言うには、そのホークラックスに一番不快な目に遭わされた人物が適任らしい。あくまでママのフィーリングだけれどね。植えつけられた邪悪な感情を叩き返してやるべきだ、って言うんだ。そういう基準で選ぶならスーザンだろ? どう思う?」

 

賛成するわ、とハーマイオニーは即座に手を挙げた。「持ち帰ってきた時のスーザンを見てるから、この中で一番ロケットの悪影響に晒されたのはスーザンだと思う。叩き返してやるべきものを持ってるのもね。スーザン、どう? あなたさえ良ければ是非そうして」

 

「ハリー、構わない?」

 

ミラー越しにスーザンがハリーに確認すると、ハリーも力を込めて頷いた。

 

「経験者の意見に勝るものはない。レンか僕が開いておくから、悪霊の火を纏わせた杖でまず突き刺せ」

「開く?」

「フラメル・ハウスで少し試してみたの。さっさと燃やしてしまおうと思って。でもダメ。外側からじゃ悪霊の火が効かなかったわ。それでこれ、蛇の紋章があるでしょう? ハリーが言うには、マートルのトイレの蛇口と同じじゃないかって。さすがにそれはお試ししたくないから、また塩漬け封印よ」

「パーセルタングか・・・ハリー、やってよ。わたくしはなるべく近寄りたくない。触って開くなんて無理」

「言うと思ったよ。スーザン、それでいいかな?」

「頼むぜ、スーザン。僕は2年生の時に一番の安物を一丁始末したんだ。後年の自慢にしようぜ」

 

スーザンが隣の蓮を窺うと、蓮も頷いた。

 

「わかったわ。わたしがやる。でも・・・わたしがおかしな行動に出たら必ず止めて。手荒でも、極端な手段でも何でもいいから、必ず」

「心配要らないわ、スーザン。わたしはとにかく命懸けで止めるしかないんだから」

 

もう着くよ、と蓮が落ち着いた声を出した。

 

「何だって? ハリーの家からこんなに近いのか?」

「ポッター家やバグショット家の立地にも驚いたけど、ゴドリックヴァレー村って本当に、文字通り魔法族とマグルが混在してるのね」

 

ダンブルドア家に続く小径に車を停め、ハッチバックを開けた蓮がシャベルとスコップを、ハリーとロンに持たせた。

 

「君、ハーマイオニーの『薪がないわ!』をからかえないぜ。魔法で掘ればいいじゃないか」

「魔法でガバッと掘ってやるから、掘り出した土の中から探せって意味だよ。かなり深いんだ。ハリー、塩漬け壺はわたくしが持つよ。ハーマイオニーとスーザンに小さなスコップを渡して」

「なあ、指輪1個じゃないのか?」

「朝のうちに近くまで来てサーチしておいた。前回はダンブルドア家の敷地に入ってしまったから全部混ざってわからなかったけれど、離れたところからなら3箇所に反応を感じた。ダイアデム、指輪、日記帳。数が合うだろう? 校長室よりはマシな隠し場所だと思うよ」

 

そう言った蓮が、ポケットから出した和紙を細かく千切って息を吹きかけた。

 

ひらひらと舞う紙吹雪が宙空の4箇所に留まる。

 

「あれ?」

「おい、4箇所反応してるぞ、レン。カップかな」

「いや違う。これは宝の在り処を示す日本の魔法だ。わたくしは今でも3箇所しか感じない。とにかく、4箇所目は後回しにして、3箇所先に掘ろう」

 

 

 

 

 

掘り出した3つの破壊済みのホークラックスを並べて、蓮以外の4人は疲れきって座り込んだ。

 

「・・・提案がある」

 

ハリーが口を開いた。ロンが「言わなくてもわかるぜ、ハリー。大賛成だ」とゴロンと寝転んだ。

 

「こうして在り処を確認出来たことだし、ロケットも、破壊後は同じように埋めてしまいましょう。これだけの作業、あちらの陣営にはたぶん無理よ」

「そうよね・・・レンのアレルギーが大前提の隠し方・・・痛感したわ。まるで考古学者になった気分よ。こんな小さな指輪を探してスコップ1本・・・」

「肝心のレンはどこ行った?」

「痒くならないところで待機中でしょうね。スーザン、今のうちにやっちゃわない? レンには見られたくないでしょう?」

 

ハーマイオニーが提案すると、スーザンは塩漬け壺に目を向けて「わかる?」と苦笑した。

 

「言ったでしょ。持ち帰ってきた時に一瞬だけ、まるで人が違って見えたの。スーザンの姿形なのにスーザンじゃない形相。あの時のレンは喘息でそれどころじゃなかったけど。わたしなら自分のああいう形相はレンには見せたくないわ。祓われちゃいそう」

 

ハリーが立ち上がり、塩漬け壺の紙封を破った。

 

「スーザン、いいかい? 杖に悪霊の火を纏わせておいたほうがいいな。ハーマイオニーは念のためスーザンの後ろ。ロンは僕の後ろにいてくれ。オーケー」

 

全員が配置につくと、ハリーが頷いて、塩の中からロケットを取り出した。

手近な庭石の上に置き、身を屈めてパーセルタングを使う。

 

『開け』

 

咄嗟にスーザンの背中が強張った。

 

憎々しい表情を浮かべたハーマイオニーがロケットの中から現れ、スーザンを挑発するように嘲笑う。

 

自分の顔ながら殺したくなる気持ちもわかる、とハーマイオニーは心底納得した。

 

「やれ、スーザン!」

 

ハリーが叫ぶ。

 

ロケットから現れたハーマイオニーの幻は、脱力した蓮をやはりロケットから引きずり出した。

 

「・・・レン、いや」

 

幻のハーマイオニーは、幻のレンの首に鋭い牙で噛みつき、スーザンにまた挑発的な紅い視線を送る。

 

「スーザン!」

 

ハーマイオニーはスーザンの背中に飛びついて、二人羽織のように、スーザンの手ごと杖を振り上げてロケットに突き立てた。

 

ハリーとロンが反対側に弾かれたが、スーザンは歯を食いしばって再び杖を振り上げると、傷ついたロケットを包むように悪霊の火を展開する。

 

ハーマイオニーが出した時と違い、黄色みの強い炎が形作るアナグマの頭が繰り返し繰り返しロケットに襲いかかる。

 

「っあなたは! ハーマイオニーじゃ! ない! 消えなさい!」

 

その時、アナグマの襲撃を悲鳴を上げてすり抜けた焦げかけのロケットがハーマイオニーの前に飛んできた。

 

「ハーマイオニー!」

「来ないで! これはわたしとスーザンが始末するわ!」

 

ロケットは断末魔のように、再び幻を生み出した。ふくよかな胸に蓮の頭を抱えるように現れた幻のスーザンは紅い瞳でハーマイオニーを嘲るように見つめている。

 

「・・・腹が! 立つ! わね!」

 

ゴウっと轟音を響かせて、黄色の炎に赤が混じる。グリフォンとアナグマが絡まり合いながら、ロケットが地に落ちてもピクリとも動かなくなるまで燃やしてしまった。

 

ハーマイオニーの肩に凭れるスーザンの重みに引っ張られて、ハーマイオニーもその場に座り込む。

 

「ハーマイオニー、ありがとう・・・ダメね、わたし。ひとりじゃ出来なかったわ」

「これはわたしたちが2人で始末するべきロケットだったのよ。絶対そう。わたしだって憎たらしかったもの。あれは殺したくなるわ」

 

何の騒ぎだよう、と遠くから蓮の間延びした声が聞こえてくる。

 

ロンが首をコキンと鳴らし「渦中のはずのあいつひとりが、やたら平和だな?」と言うと、ハリーが「それがレンのイイところさ。ロケットから出てきた幻まで寝こけてたじゃないか」と脱力するようなことを言った。

 

 

 

 

 

4箇所の穴にまたそれぞれホークラックスを埋めてしまうと、ハーマイオニーは「4つ目の穴には何が埋まってたの?」と蓮を小突いた。

 

「いてっ。さっきから冷たくない? 杖だよ。ダンブルドアの杖。もともともらうはずだったやつ」

「失礼。ホークラックスのせいね。でも、あと3つもこんな調子だと、さすがに気が遠くなるわ」

 

まったくだ、とロンも頷くが、ハリーは首を振った。

 

「罠としてはこれが一番厄介だったんじゃないかな。なにしろスリザリンのロケット、それもゴーント家の家宝なんだから、思い入れの強さが段違いだろ? 残り3つのうち、蛇と魔法薬書は手元に置いてある。僕らが次に取り掛かるべきはハッフルパフのカップだ。スーザン、君に会えたら聞きたいことがあったんだ。ハッフルパフにまつわる隠し場所でイメージ出来ることはないかな?」

 

ハーマイオニーと背中合わせに座ったスーザンは力無く首を振った。

 

「ヘルガ・ハッフルパフは、秘密とか隠すという行為から遠い人柄よ。ホグワーツで出される伝統料理のレシピでさえ惜しみなく公開する人だもの。四大元素では、地だから・・・豊穣とか実りね。適当なことを言わせてもらうと、ハッフルパフの黄色は麦の色、黒は大地。麦畑ぐらいしか思いつかないわ」

「だよなあ。ヘルガ・ハッフルパフの秘密の部屋、なんてもんがあったら、絶対美味いもんがありそうだもん」

「地、豊穣、実り・・・」

 

金庫案に1票よ、とハーマイオニーも力の入らない手を挙げた。「グリンゴッツの金庫は地下。金庫といえば財産、宝物。豊穣のイメージ的にぴったりだわ」

 

「金庫はありそうだけれど、どの一族の金庫かを考えておかないと、手当たり次第に死喰い人の金庫に突撃するわけにはいかないだろ」

「そうなんだよ。僕ら3人の間でもやっぱり金庫で間違いないとは思うんだ。あいつのコンプレックスの象徴的な場所でもあるし、現実的に考えてもロケットの時みたいな罠を張り巡らすよりは確実に守られる。黄金のカップなら宝物としても違和感なく収納出来るだろ? ただ、入手時期が比較的初期だったから、それから前回の魔法戦争のどの時点かで隠したと想定すると、膨大な数の金庫が対象になる。最近シリウスがブラック家の金庫を整理してるけど、最深部の他にも分家とか分与金とかを数に入れたらブラック家だけで50を超えるって言うんだ」

「うちはウィンストンが60、菊池が50、フラメルが15と、ざっくり記憶しているけれど。あ、世界中でね。ロスはどのくらい?」

「ロス家は少ないわよ、12だったかしら。マクゴナガル先生が相続なさった時点で、全部で32の金庫があったそうなの。それを整理して、宝物類と即時換金可能な金貨に分類し直したのよ。宝物類の金庫が12残って、金貨が20庫。金貨のほうはマグルマネーに換金して、弟さんを通じてマグル側の親戚に全部分与なさったわ。宝物類は、精査してからじゃないと処分出来ないから、あとはわたしが管理することになってる。ロス家の金庫はイギリスにしかないわ」

 

マジかよ、とロンがあんぐりと口を開けた。「現金をなんであちこちに分与したがるんだ?」

 

「マクゴナガル先生御自身に必要なお金は、マクゴナガル先生御自身が確保なさった金庫にちゃんとあるし、御主人が遺されたお金もあるの。貯えは充分だから、身軽でいたいそうよ」

「うちも整理すれば10ぐらいに収まるはずよ。父がそういうの苦手だから20庫に少しずつ入っている寂しい感じだけど」

「君たち、マジ金持ちだな。ハリーにはポッター家の金庫もあるんだろ? そっちはいくつだ?」

「僕に権利があるとはっきりしてるのは少ないよ。5庫しかない。ポッター一族全体でなら30ぐらいあるみたいだけど、どうもかなりアバウトにみんなで使ってた感じらしくてさ。しかも、事業を展開してた人がかなりいて、知らないうちに増えたり減ったりしてるから、整理する前に一族名簿から作らなきゃいけないんだ。僕はもう5庫で充分だ・・・シリウスがちょっと調べてくれただけでも、アメリカで文無しになっただのブラジルでプランテーション経営を始めただの・・・ぴと・・・ピトケアン島っていうよくわからない島でタヒチの女性を集めたハーレムを作っただの・・・どう考えても僕の手に負える気がしない。とにかくだ、ポッター家やボーンズ家よりは死喰い人の一族の金庫は多いだろ? それが全部でいくつになるか考えたら・・・もっと絞り込まなきゃ話にならないよ。最近まで、可能性ゼロの金庫を消す作業をしてた」

「ビルが銀行から金庫の配置図と所有者を示した見取図を一式調達してきたんだ。そこからダンブルドアとか、ウィーズリーとか、ウィンストン、キクチ、フラメル、可能性ゼロの金庫に消しを入れてるとこ」

 

蓮が「ハリー、シリウスの作業は使えないかな?」と声を上げた。

 

「使う? 何にだい?」

「ブラック家の金庫を整理するってことをリークして、敵の動きを見るんだ。ポッター家みたいなアバウトな金庫に預けているとしたら、もっときちんとした金庫に移せー! ってことにならないかな? 最終的には一番厳重な最深部金庫の中の、マルフォイ、レストレンジ、そのあたりの今の重臣のところに動かすと思う」

「なるほど・・・今ある場所を探すよりも、こっちから一番厳重な場所に誘導するわけか・・・」

「おいおい。一番厳重な場所の金庫破りは絶対不可能だぜ? グリンゴッツの最深部金庫は絶対に破れない」

「破るかどうかは、また考えればいいわ。砂漠の中のダイヤモンドを拾うよりも、ショーケースの中のダイヤモンドにさせる。そういうことよね、レン?」

 

そういうこと、と蓮は頷いた。「ブラック家以外にも働きかけて、グリンゴッツの大掃除をしてもらおう。ロムさんとレムさんがPRする。『銀行を凍結する案が国連で浮上した』とかなんとか。預けてある金を引き出せなくなる恐怖から、ミスタ・ボーンズのような温厚な紳士の中にもしぶしぶ金庫を整理して現金を持ち帰る人が増えるんじゃない?」

 

「金は主義主張を超える説得力があるかんな」

「それに自宅に大金を置いてると、不要不急の外出は控えるでしょうから、戒厳令を出さなくても、ある程度は自宅に足止めできそうよね」

「話が決まったらウィンストン・ハウスに泊まりに来なよ。グリーングラスがホグワーツのニュースを持ち帰ってきている」

 

ハーマイオニーがものすごい勢いで蓮の脚を掴んだ。

 

「文化財でしょ? 泊まっていいの?」

「・・・泊まり客を入れる予定で借りたからね」

「ハーマイオニー、明日陽が昇ったら、温室を見に行きましょう。真紅のレディ・クロエのほかに、純白のレディ・レイが今年からお披露目されるようになったの。イングランドの白き薔薇レディ・レイ。ミスタ・ガレアッツォの渾身の薔薇よ」

「・・・中身はめちゃくちゃ日本人なのに」

 

 

 

 

 

蓮の部屋に集まって車座になった。

 

「3人とも元気そうじゃない? ちょっと太ったんじゃない? ポッターもウィーズリーも」

「そう見えるか? ヤバいな、ハリー」

「割り当てのソーセージを減らすか」

「そうだな。まあ、それはそれとしてだ、グリーングラス、学校のほうはどうなってる? グリフィンドールは痛い目に遭ってないか?」

 

遭わないわけがないでしょ、とグリーングラスが呆れ顔で肩を竦めた。「グリフィンドールが急にお利口さんになったら、この上なく怪しいもの。ロングボトムやフィネガンたちが騒ぎを起こしちゃ行方をくらまし、また騒ぎを起こしちゃ行方をくらまし・・・でもあんたの妹がうまく下級生を取りまとめてるわ」

 

「ジニーが?」

 

ロンではなくハリーが反応した。

 

「そうよ。実質的な首席兼監督生兼クィディッチキャプテンのミス・ウィーズリー。なにしろ7年生は休学してるか、校内で行方不明だし、同じ監督生仲間のカメラ小僧はマグル生まれで学校にも戻ってきてないから、5年の監督生を使いながらひとりで下級生の面倒をみてるわよ。クィディッチが全面的に禁止になってるから、その負担だけはないけどね。実際、よくやってると思うわ。あと、レイブンクローはあの変な子がなかなかうまく回してる。ルーナだっけ。プリパリングなんたらかんたらだとか、ラックスパートだとか、ナーグルだとか、なんかそんな感じの暗号でレイブンクロー生にしか通じないメッセージを送り合ってるから被害が一番少ないわ」

「ダフネの話では、ハッフルパフが意外に頑固らしくて。処罰されるのはハッフルパフが一番多いみたい」

「まあ、もともと根っから闇の魔法使いを輩出しない寮だからね。ハッフルパフはそれでいいのよ。スリザリンは予想通り。でも、こっちは意外なことにスラッギーが締め付けてるの。ドラコによると、校内で殺人ってことが許せないみたい。ダンブルドアだけじゃなく、昔の事件でもね。だからパンジーの梯子外してわたしを首席にしたらしいわ。パンジーのおばあさまって人が、昔からトムの取り巻きで、トムが校内で引き起こした殺人事件に深く関わったのが今だに許せないとかなんとか。寮の談話室をしょっちゅう見回りに来て、死喰い人絡みの奴らが談話室でたむろってたら、適当な理由つけてバラバラの場所で罰則。だからわたしは首席にされたけど、かなり楽よ。個室ももらえたしね。総合的には、死喰い人に牛耳られてる割には、そこまで悲劇的にはならずに済んでるってところで、70点ぐらいだとわたしは思ってるわ。アンブリッジの時ほど、個別の授業内容に干渉されることもないから、アステリアも安心して勉強出来てるみたいだし。変身術、呪文学、薬草学、魔法薬学、このあたりはもう万全よ。魔法生物飼育学、占い学あたりは教科自体がなくなったりもしたけど。露骨な変化は防衛術ね。カロー兄妹が教授で、生徒たちはお互いに禁じられた呪文を掛け合うの。磔の呪文と服従の呪文よ。ハッフルパフに罰則が多いのは、これを嫌ってボイコットする子が多いからなの。グリフィンドールやレイブンクローは、ミス・ウィーズリーやルーナの誘導で、磔の呪文や服従の呪文への耐性訓練だと思うようにしたみたい。発想の転換というやつね」

 

ハーマイオニーが顔をしかめた。「想定内ではあるけど、ひどい授業内容ね」

 

「後々が面倒になるわね。そういう魔法に手を染めてしまうと、闇の魔術への大きなハードルを越えてしまうものらしいから」

「そうね。実習させられるわたしも、魔法としては大した魔法じゃないと思う。割と簡単にパンジーを跪かせて泣かせたまま靴を舐めさせるぐらいは出来た」

「・・・楽しんでないか?」

「そこはちょっと難しいところよ。ドラコのガールフレンド気取りでアステリアを悩ませるあの女にぎゃふんと言わせるのは楽しい。でも、わたしの魔力で人をそんな風に支配してる状態は気持ちが悪いわ。でもこれは、成人するまで禁じられた呪文として遠ざけてきた魔法に対する生理的な反応かも。だとしたら、幼ければ幼いほど、自然に受け入れてしまうかもしれないわ。学校から死喰い人を追い出した後で、キツい引き締めが必要な案件よ」

 

そこまでひと息に報告したところで、ダフネが表情を改めた。

 

「昨夜ウィンストンとスーザンには説明したけど、ドラコからの報告があるの。あとまあ、もし可能なら、って条件付きの頼みね。今ドラコは、あっちの陣営ではそれなりに重宝されてるみたい。ドラコの外出や外泊はスラッギーがどう頑張ろうと、スネイプが直々に認めるから、学校と家はフリーパスよ。それでも学校に必ず戻ってくるのは、どうやらスラッギーを言い包めて魔法薬学教室で魔法薬を作ってるから。夜はたいてい地下牢教室にいるわ。スラッギーだけじゃなく、スネイプも出入りしてる。これをどう見るかはあなたたちに任せるわね。まあ、とにかくドラコはスネイプのお墨付きもあって、自由に出入りして、魔法薬も作りたい放題なの。なんでそんなに出入りする必要があるかって言うと、グレンジャーかウィンストンを捜索するチームのリーダーだから。あちらの陣営は、魔法省なんかアテにはしてない。魔法省が派手に動く陰で、トムくん直々の命令が下されてるの。だから、魔法省の動きだけを基準に潜伏先を決定するな。特にリヴァプールをしらみつぶしに探せとベラトリクスが目の色を変えてる。レディの実家なんですってね、リヴァプール。違う?」

「狂犬ベラはそこまでしか知らないんだよ、たぶん。リヴァプールには、母のイギリスでの後見人の住まいがあったから、ホグワーツ在学中の帰省先はリヴァプールだったというだけだ。実家は日本だし、母がホグワーツを卒業してからは後見人ごとロンドン郊外に引っ越してしまってその家はもうない」

 

蓮の説明にグリーングラスは軽く手を振った。「わかった。それで通すわ。ここまでが報告よ。可能ならばっていうお願いは、そろそろ具体的な手柄が欲しい、ってこと。身柄までは求めないけど、手土産無しのままだから、雰囲気が悪いみたい。どの程度の手土産かは任せるけど、魔法省を踊らせるガセネタ以上の手応えは最低限保証してもらいたいんですって。ま、それぐらいならなんとかなるんじゃない?」

 

ちょっと待て、とロンが手を挙げた。「なんでハーマイオニーなんだ? ハリーとレンならまだわかるけど」

 

「スコットランドのロスの当主だと推測されてるからよ。先月かその前に『変身現代』にマクゴナガルのインタビューが掲載されたの。スリザリン内では、結構な騒ぎになったわ。スコットランドのロス家の直系がマクゴナガルひとりで、そのマクゴナガルが記事の中で、自分はもう年齢が年齢だから、当主は自分が後見する者に譲ったと語った。スリザリンで、それは誰だという話になって、グレンジャーでまず間違いないって結論よ。言ったことあるでしょ? ウィンストンとロスは、子供の年頃が合えば結婚させていた時代があったって。ウィンストンのおばあさまとマクゴナガルは親友だし、ウィンストンのお母さまはこの通り、ウィンストン家に嫁いだ。前回の魔法戦争の真っ最中にね。当代のウィンストンの一番身近にいつもいるのはグレンジャー。他にも細かい根拠はいろいろあるけど、とにかく当代のウィンストンとロスは、あの2人で間違いないって結論よ。ドラコも、スリザリンで騒ぎになった内容を隠すのはマズいから、それはスリザリン内からの情報としてトムに進言したそうよ。トムはマグル生まれなのは気に入らないが、グレンジャーの血でもホグワーツ城が奪れるというのは朗報だと評価したみたい」

 

血? とハリーが身を乗り出した。「グリーングラス、目的はハーマイオニーかレンの血なのか? それはホグワーツ城のためで間違いないか?」

 

「わたしが聞いた表現はこうよ。『ウィンストンだけでなく、グレンジャーの血でもホグワーツ城が奪れるというのは朗報』隠された意図まではわからないわ」

「そうか・・・悪い、血なら僕も奪られたから。過剰反応なのかな・・・」

「わたくしの血でもハーマイオニーの血でも単体でホグワーツ城は奪れないよ。それは教えてある?」

「ドラコに? わたしからは教えてないわ。でも油断は禁物。なにしろあっちには古の魔法書を所有するはずの家柄がズラっと揃ってるから。何をどこまで理解してるかはわからないけど、わたしが知ってる程度のことは伝わっていてもおかしくない」

 

だろうね、と蓮は肩を竦めて、ベッドに仰向けに倒れた。

 

「とりあえず引越しはしたほうが良さそうだ。拠点を長く定め過ぎた。スーザン?」

「はい?」

「わたくしたちは、拠点をこのままウィンストン・ハウスに置こう。社交のためにホリディ中は貸し切りにしてあるから、どうとでもなる。ハリーたちも2・3日は滞在してくれ。グリーングラスの休暇中のスケジュールは?」

「明日いったん家に戻って、明後日には学校に戻るわよ」

「なんで? せっかくの休暇なんだ。妹と家でのんびりすればいいのに」

「その妹が学校に残ってるからよ! ドラコのことが心配だからって! そうじゃなかったらロバートとのデート、オーケーしてたわ」

「・・・マグルと付き合う気になったのか?!」

「ゴブリン製じゃなくても銀器で食事するのなら多少は譲歩すべきよ。もうすぐ21世紀なんだし」

 

なんだか平和ね、とハーマイオニーがしみじみ呟いた。


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