サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第16章 ベビーシャワー

蓮を魔法で乾かし、ベッドまで運んでなんとかTシャツとスウェットパンツに着替えさせると、スーザンはハーマイオニーにパトローナスを飛ばした。

 

「支障が無ければこちらに手伝いに来てくれないかしら。緊急の問題が起きたの」

 

ベッドに横たわった蓮の口に液状のアレルギー薬をゆっくりと流し入れたところで、玄関のドアノッカーが鳴った。

 

蓮に布団を被せてハーマイオニーを迎えに出る。

 

「緊急って?」

「詳しいことは後から話すわ。酷い喘息なの。今から河太郎さんを呼んでマダム・ポンフリーに往診をお願いに行くから、その間レンについていてくれない? 本来なら入院が必要なレベルだと思うの。手持ちの薬じゃ不安だわ」

 

矢継ぎ早に質問したくてたまらないような顔を一瞬見せたが、それを深呼吸して我慢したハーマイオニーはスーザンの肩を軽く叩いた。

 

「了解よ。何がなんでもマダムを呼んできて」

「お願いね」

 

言い置いてスーザンは蓮の部屋のバスルームに飛び込んだ。

 

蓮が行き来する可能性のある屋敷には必ずバスタブに綺麗な水を溜めておくことになっている。当然蓮の部屋のバスタブもそうだ。

 

「河太郎さん!」

 

顔をつけて呼び出すと、河童がすぐに現れた。

 

「なんだ、嫁のほうか。今日は暇だから何なりとしてやるぜ?」

「わたしをホグワーツの湖に連れて行って。帰りはマダム・ポンフリーも一緒だと思うから、もう少しお手伝いを呼んでおいてくれると助かるわ」

「癒者だな? よしきた。あんたを湖に送ってから仲間を呼ぶよ。さあ、風呂入んな」

 

 

 

 

 

この歳で河童に連れられて往診させられるとは思わなかった、とボヤいて、また風呂ワープでホグワーツに帰るマダムを見送ると、ハーマイオニーはスーザンを魔法で乾かした。

 

「聞きたいことはあるけど、あなたも疲れてるでしょう。休んだら? 一応、ものすごく簡単な食事は用意しておいたし、ロンに連絡して数日こちらに泊まることにしたから、急がなくてもいいわよ」

 

しかしスーザンは青ざめた顔で弱々しく首を振り「レンの治療体制が整ったから、今度は次の問題について方針を決めなきゃ」と唇を震わせた。

 

「そう? じゃ、ダイニングに行きましょうか。夜食は後回しでいいけど、何か温かいものでも飲まなきゃいけないわ」

 

スーザンをリビングダイニングのソファに座らせ、ブランケットでぐるぐる巻きにしてから、お茶を用意した。カチカチと歯を鳴らしているスーザンに、いっそのこと魔法睡眠薬でも飲ませてもらえば良かったかもしれない。

 

「昨日、新しい収監施設を視察したの。あそこで働くスクイヴの何人かが聖28一族と繋がっていることは、キングズリーやマダム・ホップカークからも聞いてたから、意図的にね。意図的に、今日は収監施設周辺の開発地を視察すると思わせたのよ」

「行ったの?」

「ええ。わたしがレンに、レンがハーマイオニーに変身した状態で。というのは・・・マルフォイに豪華な手柄を立てさせるためだったの。スリザリンの魔法薬書をマルフォイに持ち出させることが出来ればと、欲を出してしまったわ。そのためには、レンの血と思わせてわたしの血を奪わせればいいと」

 

お上品なティーセットでは間に合わない話になりそうだ。ハーマイオニーは戸棚から大きなマグカップを出して、ミルクを入れた上からお茶を注いだ。

 

「そうね。わたしがあなたの立場なら、同じことを考えたと思うわ。どうせマルフォイに手土産を持たせるなら、次の展開に繋げたいもの」

「わたしとレンは、マルフォイ邸に連れて行かれたの。そこまでは予想していたことよ。ところが、あちらの狙いは、レンじゃなく、ハーマイオニーだった」

 

ハーマイオニーはマグカップを2つ持ってスーザンの隣に胡座をかくように飛び乗った。

 

「つまり・・・わたしに化けたレンの血が奪われた?」

 

スーザンがきつく目を閉じて小刻みに頷く。

 

「スーザン、順番に話して。マルフォイ邸に連れて行かれて、いきなり血を奪われたの?」

「最初は尋問よ。ベラトリクスは、マダム・トンクスの金庫を《あたしの金庫》と呼んだわ。かつては自分が自由に使えたのでしょう。その金庫に触れなくなったことに苛立って、わたしたちが国連を動かして嘘をつかせただとか、わたしたちが金庫の中身を狙っていることを聞き出そうとしたの。でもその場にトムがいた。トムは、ベラトリクスが喋り過ぎないように、途中でレンに開心術をかけたと思う。もちろんレンは予定通りに、わたしたちはグリンゴッツに興味はないし、マダム・トンクスも偶然転がり込んできた金庫を経済制裁に合わせて処理しただけで中身に関心はないというビジョンで通したみたい。ただ、その時にはもう激しい咳き込みと、喉からは笛を吹くような呼吸音になっていたわ。わたしは、レンのフリをしながらマルフォイを呼んだ。まだハーマイオニーを死なせるわけにはいかないなら別室に連れて行って治療しろと。マルフォイは同じ室内に控えていたから、すぐにわかったみたい。トムに、喘息の症状だから放置すれば間違いなく死ぬ、学校に行けば薬は手に入ると進言した。トムもそれは許したの。でも・・・ハーマイオニーを連れて退室させる前に、ハーマイオニーつまりレンから血を奪わせた」

 

ハーマイオニーは頷いて先を促した。

 

「レンはその後すぐに気を失ったの。マルフォイが別室に連れて行って、わたしだけがトムとベラトリクスの前に残されたわ。そして、準備してあった大鍋に気がついた・・・ベラトリクスは拝むように大鍋の脇に跪いて、右腕を剥き出しにして大鍋の上に差し出し、トムはその手首から先を杖の先で切り落としたの。それから、ガラス瓶に入れてあったレンの血を大鍋に入れて・・・」

「・・・それからトムが鍋に浸かったの?」

 

スーザンは激しく首を振った。

 

「それは自分の復活のためでしょう? 今回は違ったの。ハーマイオニーの血で、赤ちゃんを作るのが目的だったのよ。こう言ったわ。『穢れた血と言えど、赤子から育てればおまえたちのような出来損ないには育つまい』わたしたちずっと忘れていたわ。ホムンクルスはもともと赤子の状態で『ヒトの器』を作る術。リトル・ハングルトンでトムが復活したのは、ホムンクルスの術の応用よね? 大鍋の中に出来た『器』に自分が入るという応用の術だったのに、一番基本的な術について失念していた」

「・・・そうね・・・わたしの血を望まないというのは、自分自身が穢れた血を纏うことを嫌うという前提の話だったわ」

「・・・醜悪な肉の塊だった。トムが大鍋の中に手を入れて高々と掲げたのは・・・血塗れの赤ちゃんのミイラといったところかしら。あんなものを、トムは自分の娘だと呼んだわ・・・闇の帝王の娘デルフィーニアと」

「つまり、トムの認識を前提とするなら、ロスの後継者になれる娘をホムンクルスとして製造した? じゃあ、わたし、というかわたしに化けたレンはもう用無しじゃないの?」

「それは、マルフォイが退室する前に確認したの。『俺様は完璧を求める。分身の血がこの娘─ハーマイオニーのことよ─と全く同一で、レガリアが問題なく機能するかどうかはわからない。だからまだ生かしておけ』そういう答えだった。わたしはもう、頭が真っ白になったわ。たぶん開心術も使われたと思うけど。とにかく当たり前のことしか答えられなかった。ブラック家の金庫の整理について。トムはその答えと開心術の結果に満足して、わたし、つまりレンを書斎に監禁するように命じたの。変身が解けたのは書斎に入ってからよ。レンを見つけて脱出しなければと思っていたらマルフォイが来て、脱出までの手引きを整えるからじっとして待てと・・・そうだわ、マルフォイ邸に関してはハウスエルフはもう使えないと覚えておいて。クリーチャーのことだと思う。ブラック家のハウスエルフがベラトリクスの呼び出しに応じないことでベラトリクスがハウスエルフに不信感を持っているそうよ。ハウスエルフの行き来を監視する魔法か何かを仕掛けている可能性があるわ」

「わかった。ハウスエルフのことは覚えておくわ。それから?」

「それからマルフォイはたぶん学校に行ったんだと思う。3時間以上は経っていたわ。マルフォイが今度は窓からじゃなく、廊下に面したドアから入ってきて、レンから預かった懐中時計を渡してくれたの。透明化の魔法道具よ。それでマルフォイに連れられていった2階の窓から、池に飛び込んで、レンの河童技能でコーンウォールの海を経由してここに帰ってきた」

 

まだ緊張がほぐれていないスーザンの肩を抱き寄せて、温めるように二の腕を摩った。

 

「ホムンクルスね・・・ホムンクルスが闇の魔術そのものだとしたら・・・たぶんその赤ちゃん、そう遠くないうちに死ぬと思うわよ?」

「・・・え?」

「レンの血が流れてるんだから」

 

あ、とスーザンがハーマイオニーの顔を見返した。

 

「レン本体がトムくんの前に1時間も滞在しないのにあの有様だもの。レンはホムンクルスは闇の擬似生命だと言ってたけど、それなら確実に死ぬと思う。もし生き延びていたら、その時に考えればいいんじゃない?」

「ハーマイオニー、それは・・・人間らしくなっていたら殺せなくなるわ」

「そこなのよねえ。人間らしくなるかどうかに、実は関心が・・・ないと言ったら嘘になるわ。さっきあなたが言ったでしょう? 『ヒトの器を作る術』だって。だったら、中身次第ということにならない?」

「中身って・・・中身は、トムくんたちが育てるのよ?」

「どうやって? あなたが見た感じ、どうだったの? もう普通食が食べられそう?」

 

まさか、とスーザンは首を振った「大鍋の中からトムくんが手に乗せて取り出したの。小さめの新生児というサイズよ」

 

だったら、とハーマイオニーが言いかけた時、エクエスが振動した。

 

「グリーングラスからだわ・・・『母乳がない。調合でどうにかなる?』ですって・・・スーザン知ってる?」

「・・・知らないわよ。育てる気なの? アレを?」

「たぶん・・・というか、トムくんが自分の娘だと宣言したんでしょう? そう宣言された以上は、最低限の世話をして死なせないようにしないと、マルフォイ家の責任になるんじゃないかしら。育てざるを得ないんだと思うわ。待ってね。わたしの知識で答えておくから」

 

ハーマイオニーがグリーングラスにマグルの粉ミルクについてメッセージを送って顔を上げると、スーザンは膝を抱え頭を抱えていた。

 

「スーザン・・・」

「見てないから・・・あんなに醜悪な存在、初めて見たわ。アレが育つなんて、おぞましい。ミルクの心配なんてしなくていいでしょう? ゴーント家ではどうしてたか知らないけど、ゴーント家出身のトムならわかるんじゃないの? ああ、スリザリンの魔法薬書に書いてあるわよ、たぶん」

「スーザン、落ち着いて。落ち着きましょう。わたしが悪かったわ。目の当たりにしたあなたのショックを失念してた。スリザリンの魔法薬書については、明日にでもグリーングラスを通じてマルフォイに伝えることにするわ。でも、今すぐ殺すわけにはいかないことは、納得してもらえない? しばらくはあちらを泳がせておかなきゃ。レンは当分動かせない。そうでしょう?」

 

スーザンは常にレンを最優先に考える。その指摘をすると、ぎゅっと目を閉じて頷いた。

 

「ウィンストンの剣はどうせグリンゴッツにはないわ。トムくんたちが剣の探索をするとか、他にどんな計画があるかはわからないけど、それが致命的なものにならないようにコントロールしつつ泳がせて、レンの回復を待つ。ある程度回復してもらわないと、ホムンクルスの、その、処分、についても相談しかねるわよね? 明日明後日ぐらいにそんな話を聞かせたら・・・まあ、悪化間違い無しだと思うけど・・・どう?」

「やめて。とても聞かせるわけにはいかない。完全に回復するまでは、無理よ」

「そうなのよねえ。だから、話すタイミングはスーザンに任せるわ。でも、レンに内緒で処分というのも、どうかしら? ウィンストンの当主であることは確かなんだから、ホムンクルスにウィンストンの血が流れたことをどう処理するかは、レンが決めることだと思う」

 

それは、と呟いたスーザンが唇を噛んだ。

 

「いずれレンに判断させるときに、スーザンが目撃したことを話すべきよ。その、醜悪さについて。レンは見てないんでしょう?」

「・・・見たらその場で死んだかもしれない。それほどグロテスクだったわ」

「話せる? レンに」

「話さなきゃ。受け入れられる体調になるのを待って話すわ。それまでは、状況がわからないから、マルフォイやダフネに任せるしかないけど」

 

それからしばらく落ち着かせ、お代わりのミルクティーにサクシフラガ薬を混入すると、子供のように眠りに落ちてしまった。

 

 

 

 

 

「他に変身のアテはないの?」

 

待ち合わせたウィンブルドンのドラッグストアで、グリーングラスが頭から爪先まで眺めて溜息をつく。

 

「ミセス・ロングボトムに何か不満でも?」

「いや、だから・・・悪目立ちするわ!」

「悪いけど、本当に手持ちのカードがこれしかなかったの。レンはダメだし、レディ・レイもダメでしょう? 菊池議長もダメ。マダム・トンクスは反対の意味でダメ。スーザンに頼んでみようと思ったけど、ベビー用品を買いに行くって言っただけで、こう・・・空気が凍ったわ。とても髪の毛1本くださいと言える空気じゃなかった」

「・・・あー。絶対拒否?」

「醜悪な肉の塊、だそうよ。唯一の目撃者だから、それを持ち出されるとねえ。まあ、レンの意識がまだ朦朧としてるから、それでピリピリしてる部分もある。『ベビー用品とは別のカゴに入れて、レンの口に含ませやすい流動食を買ってきて』って、冷たく言われたわ」

「同じカゴも許容出来ないわけ? バレなきゃいいのよ。行きましょう」

「このあと、スーパーマーケットにも寄っていい? 摩り下ろして飲ませられる果物も頼まれてるの」

「はいはい。わたしもスーザンに会いに行くわ。ウィンストンの様子も確かめたいし、ドラコが馬鹿なこと言い出したから、それについても意見を聞かなきゃ。まあ、絶対拒否なんだろうけど」

 

店内に入ると、ハーマイオニーが先に立ち、グリーングラスが押すカートに次々と粉ミルクを放り込んだ。

 

「哺乳瓶って何本あればいいのかしら? 今朝何本持たせた?」

「1本よ。ダメなの?」

「いやほら、洗い替えというか消毒替えというか、複数あったほうが安心じゃない?」

「じゃ3食ってことで、あと2本にしとけば? 足りなかったら言えってことでいいんじゃないの?」

「そうね。でもちょっとだけ意外だったわ。スーザンって、レンの命がかかっていなければものすごく寛大な人なのに、あんなに拒絶するなんて」

「ハッフルパフって、闇の魔術に対してものすごく潔癖なのよ。知らなかった? 今までの歴史で闇の魔法使いも魔女もひとりもいないのはハッフルパフだけ。そればかりじゃないと思うけどね。実際グロテスクだったでしょうし。闇の魔術って基本的にグロテスクだから」

「ねえグリーングラス。心臓が止まった患者の胸を切り開いて、心臓を手掴みでマッサージするのは闇の魔術だと思う?」

「真っ暗闇ね。あ、それ? 赤ちゃんのオムツってこんなに小さいの?」

「とにかく一番小さいのでいいわよね。生後1日なんだし。真っ暗闇とは言うけど、マグルの救急救命では知られた方法なの。見た目にグロテスクでも、それが即ち闇の魔術かというと、ちょっと違う気がするのよね」

「あらそう。ね、生後1日の赤ちゃんに飲ませる粉ミルクを買いに来たと店員に言ったら通報されそうになったのはどうして?」

「普通なら母乳があるからよ。母乳が期待出来ないケースならたいていは病院にいるはずだから、こういうお店にミルクを買いには来ない。え、言ったの?!」

「大鍋で煮込んだら出来たとは言ってないわよ。機密保持法違反になるわ。でも誘拐犯みたいな扱いされたから、面倒になって忘却術かけて500ポンド置いて、商品を抱えて裏から出て来た。お金足りたかしら?」

「多過ぎよ。なんでそんな大金を持ってるの?」

「学校にいるだけなら要らないとは思うけど、なにしろ非常時だからね。アステリアを逃さなきゃいけない時に備えて、ガリオンもポンドもちゃんと用意して暮らしてるの」

「ああ、妹さん? あなたってほんとに妹さん好きよね」

「その妹さんとくっつける予定の男がホムンクルスを引き取るって言い出したから頭が痛いのよ」

 

蓮に与える離乳食のパウチを鷲掴みにしたところでそんな爆弾発言をされて、ハーマイオニーは固まってしまった。

 

「・・・グリーングラス、ワンモア、プリーズ」

「ドラコは、この戦争が終わったらホムンクルスを自分が引き取るつもりでいるわ」

「な、んでまた」

「情が移ったわけではないみたい。たぶんスーザンが見たのとそう変わらない状態のホムンクルスだったと思うんだけど、あいつが言うには『これをきちんと育てたらちゃんとした人間になるかどうかを確かめたい』んだって。馬鹿なこと言うなってだいぶ言ってやったけど、耳に入ってるかしら」

「・・・ああ、それなら、実はわたしもちょっとだけ頭をよぎったわ。ね、グリーングラス、こういうちょっとしたオモチャもあったほうが良くない?」

「相手はホムンクルスよ、グレンジャー。生命維持だけで目的は果たせるわ」

「そ、そうよね」

「そんなね、ドラコみたいな実験感覚で育てたらろくなことにならないに決まってるわよ。ちゃんとした人間になるには、空っぽの器に愛情をドバーッと注がなきゃいけないわけでしょ? 出来るわけないじゃない」

「マルフォイはなんでまたそういう可能性を思いついたのかしら?」

「ひとつには、お母さまの冷淡さに対する反発だと思うわ。ドラコ自身は、ひとり息子で溺愛されて育ったもんだから、いくらホムンクルスとは言え、鍋から出てきたままの赤ちゃんを自分の母親が放置していたことが軽くショックだったのよ。なんていうか、母性に対する幻滅? それで、こういう扱いを受けた器が闇に傾くのは当たり前だと思ったのね。そこから妙な方向に飛躍した感じよ。ちょっと・・・何なのその離乳食。生後1日だと言ってるじゃない!」

「これはレンのよ。スーザンは簡単に流動食っていうけど、そんなもの簡単には売ってないんだから。嚥下が楽で消化に良ければいいんじゃない? それとも、レンにも哺乳瓶と粉ミルクにする?」

「・・・そんなもん持ち帰ったらスーザンから殺されるんじゃないの?」

「わたしもそう思う。だから離乳食よ。マルフォイのお母さまねえ・・・自分がお腹で育てて産み落とした息子への愛情と、鍋から出てきたグロテスクなホムンクルスへの気配りを同列に並べられても困るわよねえ。無差別に愛を振り撒く人でもなさそうだし」

「あなたなら振り撒くの? 鍋から出てきたグロテスクなホムンクルスに」

「無理だと思う。ねえグリーングラス、やっぱり手触りの良いタオルとか、何かしらふかふかしたものは必要よね? ぬいぐるみとか」

「相手はホムンクルスよ。最低限の生命維持だけでいいから。舌の根も乾かないうちにホムンクルスに散財するのやめなさいよ」

「大丈夫よ。レンのカードで買うから」

「は? ウィンストンの? カード?」

「わたし、レンのクレジットカードで買い物するように言われてるの。あ、クレジットカード知らないわね。マグルのシステムよ。とにかく、ホムンクルスに必要な品物は、レンのお金で買うと思ってればいいわ。親なんだから養育費みたいなものよ」

「いやいやいやいや。勝手に親にカウントするのやめなさいよ」

「でも、トムたちは赤ちゃんに必要な品物をどうやって購入するの? しないからわたしたちがこうして買い物に来てるんでしょ? トムたちからお金もらえる? わたしが出してもいいけど、わたしのクレジットカード、両親の口座に請求が行くからややこしいことになるのよね。手持ちの現金はあまり減らしたくないし。レンのクレジットカードが一番いいの」

「ああ・・・まあいいか。そうよね。ウィンストンの代わりに買い物してやってるだけよ、うん」

「そうそう。レンの離乳食もちゃんと含まれてるし。というか、マルフォイのお母さまにしてみれば、自分がお腹で育てた経験があるからなおさら鍋から出てきた赤ちゃんに対する違和感が強いんじゃないの? わたしはほら、他人事だから。なんていうか、レンがよそのおうちで卵産んできちゃった感じなの。よそのおうちで卵産んで意識不明になって帰ってきちゃったから、その卵の世話をマルフォイにお願いする感覚よ。だから必要経費はレンのカードで済ませるわ」

「あー。わたしも似たような・・・他人事ではあるわね。でもウィンストンも気の毒だと思うわよ。一夜限りの遊びのつもりが、相手妊娠しちゃいました、みたいなもんでしょ?」

「・・・よねえ。って、わたし、そこまではっきりとは言ってないわよ、まだ」

「でもそういうことじゃない? 孕ませたんだからとりあえず赤ちゃんの身の振り方が決まるまでの必要経費ぐらいは払わせてもいいかなあ、って思うけど、ウィンストンの身になって考えると踏んだり蹴ったりよね」

「スーザンが嫌がってるのはそれもあると思う?」

「それはない。スーザンはもう完璧に鍋から出てくるのを見たんだもの。でもほら、わたしもあなたも、鍋から出てくるのは見てないからねえ。ウィンストンが他所で子供作ってきたのをどう解決するかっていう感覚しか持てない部分は確かにあるわ。協力はするけど他人事。でもドラコが引き取る件は思いとどまらせて」

「マルフォイもねえ。あなたの妹さんのこと好きなはずよ? それは開心術で見たから確か。でも諦めてるんだと思うわ。こういう状態だから、好きな女性を巻き込むわけにはいかないものね。実際に自分が恋愛や結婚を考えるなら、縁もゆかりもない赤ちゃんを抱えて暮らすわけにはいかないでしょ?」

「アステリアにホムンクルスの養母は無理よ。自分の子供を産めるかどうかもわからないのに」

「身体が弱いって言ってたわね」

「そう。弱いのよ。どこがどう悪いというわけでもなく、全体的に虚弱なの。中でも婦人科系の機能が不安定だから、それこそ子供は産めないかもしれないわ。そんな子にホムンクルスを育てさせるのは、ちょっとあんまりだと思わない?」

「思う。先々マルフォイと結婚した上で、そこから改めての選択なら構わないけど、マルフォイが先に引き取ってしまったら、それはあんまりだわ」

「それよそれ。しかもウィンストンの子っていうのがまたねえ・・・あの2人、何かあったでしょ? ねえ、白状しなさいよ」

「そうはっきりした関係はなかったわよ。開心術で見たから断言するけど。アンブリッジがホグワーツで騒いでた頃に、もやもやっと意識する程度の関係。お互いにね。あの頃はレンとジョージ、別れる寸前だったし。マルフォイは入学した頃からレンを意識してたしね。今は仲間意識しかないわ。これも確かよ。あ、カードで。サイン要ります?」

「やだ簡単でいいわね」

「あなたもグリーングラス家のカード作ったら?」

 

 

 

 

 

ハーマイオニーとグリーングラスが抱えて帰った大荷物を見たスーザンが深い溜息をついた。

 

「・・・ここまで必要?」

「さ、最低限の生命維持にね。そうよね、グレンジャー」

「もちろん。確かに状態がわからないから、対応できるように多めに取り揃えはしたけど、情操教育グッズは買ってません」

「・・・レシート出して。さっきレンが少しだけ目を覚ましたの。マルフォイ家で必要なものをハーマイオニーが買いに行ったことを伝えたら、自分のお金で買うように言って眠ったから、立て替えてもらった分は返しておくわ」

「きっ、気にしなくていいわよ! 大丈夫よ! グリーングラスが大盤振る舞いしただけだから!」

「そう! そうなの! ドラコが馬鹿なだけだから、ウィンストンに負担させるわけにはいかないわー」

 

グリーングラスが余計なことを口走った。

 

「ダフネ・・・今、何て?」

「あ・・・ど、ドラコが馬鹿なんです」

「マルフォイが? マルフォイが何なの?」

「グリーングラス・・・ああもう、スーザン、あのね、マルフォイがちょっとした気の迷いを起こしてて。でも今日買ってきたのは、本当に生命維持のための物資です。えーと、レンのクレジットカードで買いましたので、お気遣いなく。はい・・・そう! マルフォイの気の迷いについては、改めて話し合いましょう? ね?」

 

スーザンがソファに座って溜息をついた。

 

「だいたいわかったわ。要するに情が移ったのね?」

「そう単純でもないんだけど、まあ、そういう解釈でいい、かしら。わたしとグリーングラスは、あくまでも他人事なんだけど、マルフォイはほら、あちら陣営での立場のためとはいえ、自分がリードして世話しなきゃいけないから、どうしても、ね。わかってるわよ? レンの身になってみたら、すごく困る問題よ。なんていうか、勝手に妊娠していきなり認知を迫られるみたいなものだし。スーザンの気持ちは、想像しか出来ないけど、グロテスクな場面を見てしまったから、抵抗があるというのも了解してます。でも、とりあえず、とりあえず赤ちゃんには罪がないわけだから」

「赤ちゃんじゃないわ。ホムンクルスよ、ハーマイオニー。罪の有無で考えるような問題じゃないわ。将来に禍根を残すことになる。ベラトリクスはともかく、トムには娘という認識はないわよ。『俺様の分身』と表現したわ。必要な時には乗っ取ることも出来る器よ。ホークラックス同様に考えるべきだと思う」

 

ハーマイオニーはグリーングラスと顔を見合わせた。強硬な意思表示である。

 

「もちろんマルフォイの立場を守るためにはまだ死なせるわけにはいかないことは理解するけど、それ以上の思い入れは避けるべきだという意見には変わりはない。だからといって、わたしには殺せない可能性が高いの」

「スーザン・・・? ああ、まあ、レンの子だからね」

 

違う、とスーザンがいらだったように手を組み合わせた。「レンの血を奪って製造されたホークラックスよ。わたしの能力が及ばない可能性が高いわ。そんな高い潜在能力を持つ器にトムが入り込んだら、とてもじゃないけど、太刀打ち出来なくなる。誰か出来る?」

 

「・・・そ、れは」

「わたしが殺して出てくるべきだった」

「スーザン、落ち着いて。わたしとグレンジャーがはしゃいだのは軽率だったわ。でもあなたがそこまで責任を感じる必要はないわよ。ドラコがもっと明確な報告をしていれば立てなかったプランなんだから、元はと言えばドラコのせいよ。ね、グレンジャー」

「マルフォイのせいでもないけど、スーザン、もちろんあなたの責任なんてどこにもないわ。その状況で、ホムンクルスを殺してレンを助けて逃げ出してくるなんて不可能なんだから。それこそ誰にも不可能よ。レンなら出来たと思ってる? 無理よ、絶対に無理。現に何されたわけでもないのに死にかけたじゃない? あの人の高い能力は認めるけど、制限付きなの。ホムンクルスがまともに機能するかどうかも怪しいんだから」

 

どういうこと? と首を傾げるグリーングラスに、スーザンが目尻を指先で拭いながら答えた。

 

「ウィンストンの血以外にも、特殊な血が流れてるわ。むしろそちらの血がどう反応するかが問題。ウィンストンとディミトロフの血は、特筆するような問題じゃないの。ウィンストンの血と言っても、剣を破壊すればいいんだし。問題はご両親の母方の血。日本の菊池家とフランスのデラクール家。レンのあのアレルギーは菊池家に由来する能力が極端な表れ方をしたものよ。闇の魔術に抵抗するために、幼い頃は魔力的に清浄な空間で育つの。自分の身体が闇の魔術のセンサーになるように育てられる。レンのアレルギーは、千数百年間そうして蓄積されてきた一族の血に由来する根の深いものなの」

「デラクール家は、ほら、フラー・デラクール覚えてる? 彼女、レンの再従姉なんだけど、ヴィーラとマーメイドの血が流れてるわ。デラクール家は相手が美しければ種族は問わないところがあって、セイレーン、ヴィーラ、マーメイド、美貌を謳われる魔法種族の血はたいてい流れているんじゃないかと言われるほど。美意識の高さを考えるとさすがに巨人やトロールは無いと思うけどね。レンの河童技能は、河童が教育係だった以上に、マーメイドの血が強く出てるからよ。性別が不安定なのもマーメイド由来成分。地上の魔法薬や呪いの大半が極めて効きにくいのもマーメイド由来成分。他にもどんな特殊な血を引いているかわからない。つまりね、マルフォイがホムンクルスを死なせないように世話をするには、菊池家のアレルギーを抑制する薬を、デラクール家の血が流れる身体用に特別なレシピで用意しておく必要もあるということよ。レンには一般的な魔法薬が効かないの。マダム・ポンフリーの特製しか無理」

 

グリーングラスが慌てて手帳に書き付けて、ハーマイオニーがベビー用品を検知不可能拡大呪文をかけたジップロックに密閉して、風呂ワープでホグワーツの湖に帰っていった。

 

 

 

 

 

水を抜いたバスタブの中に座らせた蓮の頼りなくぐらぐら揺れる頭をわしわしと洗いながら、ハーマイオニーはスーザンの様子を窺う。

 

「あんまり思い詰めないほうがいいわ、スーザン」

「わかってはいるけど」

「レンの人生に付き合うにはコツがあるのよ。シリアスになり過ぎないこと。この人、ものすごく照れる人なの。もじもじしないからわかりにくいけど。シリアスで感情的な空気に耐えられない人よ。だから、シリアスな物事に対しては、距離を置いて見る努力をしましょう。あなたがそうしていれば、レンの呼吸が楽になる。ウェンディを見習って。空気をぶち壊すぐらいがちょうどいいわ」

「・・・例えば?」

「今回の件に対するウェンディの反応を想像する」

 

ハーマイオニーも自分の頭の中でウェンディを喋らせてみた。

 

『ひーめーさーま! ウェンディの知らないところで子を作ってくるとは! ああああ! なんという情けない! 全てはアルファイドの責任でございます!』

 

スーザンが俯いて肩を震わせている。

 

「ウェンディによれば、これは誰のせい?」

「・・・アルファイド?」

「そういうこと。あのウェンディに育てられた人が、シリアスに耐えられるわけがないの。とりあえず全部アルファイドのせいにして、客観的に見るのがコツよ。ちなみにその前は、全部チャールズのせいだったわ。誰のせいにも出来ないことを自分に引き寄せて自責の念に駆られるよりも、チャールズやアルファイドのせいにしておけばいいの」

 

シャワーのお湯をかけながら泡を洗い流し、スーザンが杖先で乾かすと、清潔なパジャマを着せた。

 

それを浮遊させて、やはり清潔なリネンに交換したベッドに入れると、やっとスーザンの肩の力が抜けたようだった。

 

「ありがとう、ハーマイオニー。ひとりでは対処できなかったと思うわ」

 

はいはい、とスーザンの肩を引き寄せてハグをし、背中を撫でた。

 

「あなたよりもっとひとりでは何も出来ない人が寝てるから、リビングに行きましょうか」

 

 

 

 

 

数日ラムズゲートに滞在してオズボーン・ハウスに戻ったハーマイオニーは、ハリーとロンに事の次第を説明した。

 

「・・・マジかよ」

「残念ながらね。マルフォイは、自分の立場を守らざるを得ないから、丁寧に世話をしてるみたい。ベビー服を数着買って渡してあるし、ミルクとオムツはかなりの備蓄になったはずよ」

「備蓄・・・」

「レンの意識もはっきりしてきたから、あとはスーザンに任せても大丈夫だと思って帰ってきたの。あなたたちは?」

 

ホークラックス一丁上がりだ、とハリーが肩を竦めた。「マダム・トンクスにやってもらった」

 

「どういうこと?」

「コレだよ」

 

ハリーが自分の額の傷を指差した。

 

「ロケットの時の君とスーザンを見ていて思ったんだけど、かなり強く感情を刺激されるだろ? 僕がそうなった場合、必ずトムに伝わると思うんだ。だから回避した。その後はまたグリンゴッツを監視してるよ。死喰い人も数人見かけたけど、ベラトリクスは来てない。赤ちゃんに夢中なのか?」

「まさか。グリーングラス経由でマルフォイから聞いた話だと、手首を切り落として数時間放置してたから、いろんな意味で体調不良なんですって。グリンゴッツの問題はルシウス・マルフォイの担当ということになってるけど、トムはブラック家の最深部金庫に保管させておけと命じたみたい。今はそれよりニワトコの杖に関心があるみたいで、毎日オリバンダーさんを尋問中」

「ニワトコの杖か・・・ハーマイオニー、レンは何か言ってたかい? あるいはダンブルドアの遺品から何か見つかった?」

 

ハーマイオニーは首を振り溜息をついた。

 

「そんなことじゃないかと思ってたけど、ダンブルドアが私に『ビードルの物語』を遺したことは、わたしたちに対するメッセージじゃないと思うわ。まあ、わたしにはダンブルドアの解釈メモがあるから、それだけでも充分な価値があるけど。これは、トムたちの目を死の秘宝に向けさせるための仕掛けなの、きっと。現にトムはわたしに贈られた遺品の意味を知りたがったそうだもの」

「死の秘宝、ニワトコの杖をあいつが持つのはゾッとするぜ。僕らが先に手に入れたらどうかな?」

「ロン・・・今どこにあるか知ってる?」

「いや。知らないけど」

 

ダンブルドアと一緒に葬られたわ、とハーマイオニーは溜息混じりに答えた。

 

「は?」

「レンが前に言ってたこと覚えてない? あの人、死の秘宝の在り処は全部知ってると言ったでしょう? 復活の石はゴーント家、ニワトコの杖と透明マントは『よく見かける』って。そのはずよ。ニワトコの杖の持ち主はダンブルドア、透明マントの持ち主はハリーなんだもの」

「・・・は?」

 

ハーマイオニーがパースから「ビードルの物語」を取り出した。

 

「これ見て。このマークよ。縦線1本、丸、それを囲む三角。杖、石、マントね。このマーク、ハリー、見たことない?」

「あるよ。ゴドリックの谷のポッター家にあった。玄関ポーチに続く石畳に、点々と刻んであったんだ」

「これはぺヴェレル家の係累がよく使う印なの。えーと、ちょっと待ってね。ラムズゲートで家系図を作ってきたから。アクシオ!」

 

飛び出した家系図をコーヒーテーブルに広げた。

 

「これ、コーンウォールのティンタジェルのウィンストン家にあった資料から引っ張り出してきてまとめ直した家系図よ。ぺヴェレル家には、3人兄弟がいたの。この3人兄弟は魔法道具製作を生業としていて、腕も良かった。長男は杖作り、次男は錬金術、三男は魔法繊維が専門。3人のそれぞれの最高傑作がニワトコの杖、蘇りの石、透明マントよ。注目して欲しいのは、次男と三男。まず次男から行きましょう。御伽噺の件は忘れてちょうだい。次男は生きた女性と結婚して子供を残したわ。その直系の子孫にあたる女性が、ゴーント家に嫁いだの。この人が次男のぺヴェレルを名乗った最後の人物。つまり復活の石は、この結婚によってゴーント家にもたらされて、紆余曲折あって今に至る。三男はこう。やはり途中でぺヴェレルの家名は断絶してしまったけど、女系の子孫によって透明マントは代々引き継がれ、ここでポッター家に渡った。この、ハリーのひいおじいさま? のおじいさま以降、ポッター家は魔法道具製作者や魔法薬のビジネスを展開する人が急に増えてるの。ハリーのひいおじいさまの一番下の弟、アーノルド・ポッターは、市販の透明マントの開発者よ。透明化の魔法道具を追求し続けた人で、デミガイズの毛皮を使った透明マントには満足していなかった。晩年の作品はメレディス・スキーターの懐中時計。とんでもないダイヤをあしらった最高傑作だと目録には書いてあるわ。リータ・スキーターのお母さまのことよ。その懐中時計は紆余曲折あって今はレンの持ち物になってる。すごいダイヤよ、本当に。そのアーノルド・ポッターの甥にあたるフレモント・ポッターは、わたしのヒーローね。スリーク・イージーの直毛薬。ハリーのおじいさま。それからジェームズ・ポッター、ハリー・ポッター。アーノルド・ポッターの透明化魔法への執念とハリーの透明マントを考えたら、ぺヴェレル家との血縁がある以上、ハリーの透明マントは『本物』なの」

 

ハリーとロンが、ぽかんと家系図を眺めている。

 

「レンは1年生の時から知ってたそうよ。この家系図のペヴェレル家の部分は、レンがグラニーと一緒に作ったもの。あの人、こういうことを今まで言わないんだからもう」

「・・・そういえば、レンは1年生の時、透明マントを僕に手渡すために罰則を受けたんだ。あの時にはもう?」

「知ってたの。だから、去年だったか、あなたにコーンウォールの屋敷にある資料を使えばポッター家の家系図が作れると言ったと思うけど?」

「ああ、うん、言われた。でもそんなノウハウないから無理だよ」

「グラニーは呪い破りだったから、こうして魔法界の宝がどのように伝わっていくのかを文書から拾い出す作業もお得意なの。そのグラニーに教わりながら、ハリーの透明マントが『本物』だと確信したみたい。透明マントと蘇りの石はこの家系図を見ればわかるでしょう? 問題はニワトコの杖なの」

 

ガサガサと家系図を丸めてハリーに押しつけ、ハーマイオニーは魔法史の教科書を引っ張り出した。

 

「悪人エメリックとか極悪人エグバート、ゴデロット、ヘリワード、バーナバス・デベリル、ロクシアスあたりは、魔法史で習ったから覚えてるでしょう?」

「・・・いや」

「覚えてなさい。今日のところはもういいわ。グリーングラスが整理してくれてるから。ニワトコの杖は、親から子へ平和的に受け継がれるものじゃないの。殺人、決闘、盗難。持ち主の意に反して奪われることによって、杖の忠誠心が移動する。そういう血生臭い転変を辿る杖だから、ロクシアスから奪ったとされるアーカスとリビウス以降の消息が明らかではないの。アーカスとリビウスのどちらが所有していたかも定かではないし、それ以後は皆目わからない」

「・・・ダメじゃないか」

「話は最後まで聞きなさいよ。ある時、突然杖作り界隈が騒然となったの。ブルガリアのグレゴロビッチがニワトコの杖を手に入れたという噂が流れて。決闘愛好家だけが注目する杖じゃないわ。杖作りにとっては最強の杖を手に入れて研究しているというのは、最高の宣伝文句よね。でも・・・ブルガリアよ? 時代はグリンデルバルドの学生時代」

 

ハリーがやっと得心のいく表情になった。

 

「グリンデルバルドはグレゴロビッチから手に入れた?」

「そう。盗んだんですって。グリンデルバルドが言ってたそうよ。レンが言うには。そのグリンデルバルドを倒して杖を奪ったのは・・・ダンブルドアなの」

「ダンブルドアを殺したのはスネイプ・・・だからスネイプはトムに殺されるとレンは言ったんだな」

「そうなの。でもニワトコの杖は、間違いなくダンブルドアの棺の中よ。ダンブルドアの遺体に杖を握らせたのはレンですって。あの人は、ニワトコの杖は、ダンブルドアが最後の所有者のままダンブルドアと共に睡るべきだと考えているから。わたしたちが杖を先に入手するには、ダンブルドアの墓を暴くことになるわ。その上、グリーングラスの見解では、スネイプとダンブルドアの間で合意が成立していたら、所有権はスネイプには移らない」

「・・・意に反して奪ったわけじゃないから、か?」

「そういうこと。墓暴きまでしても、誰にも所有権が移らないの。トムくんも同じことよ。ニワトコの杖は、トムくんに杖の忠誠を捧げない」

 

ニワトコの杖なんかより重大な問題があるのよ、とハーマイオニーは腕組みをした。

 

「・・・『なんか』?」

「・・・ハーマイオニーとレンにかかっちゃ、ニワトコの杖『なんか』で済む話なんだろ。僕はもう慣れてきたよ」

「ディメンターが問題なの。スーザンによれば、アズカバンはもう空っぽになったはずなの。つまりディメンターが飢えることになるわ。レンが、マルフォイ家に置いてきた我が子より優先して片付けたいのはアズカバン。あれ、どうやら世界で唯一のディメンターの繁殖コロニーなんですって」

「・・・は? 繁殖するのか?」

「んー、一般的な繁殖とは違うけどね。ディメンターというのは本来はああいう群れで過ごす生態じゃないみたい。ヨーロッパ各地にいるにはいるけど、単体でふらっと遭遇する感じね。パトローナスを出せる一人前なら大した脅威じゃないわ。そのディメンターを、何らかの力で北海の真ん中に集めたの。それがアズカバン。集めたディメンターを養うためにマグルの船乗りたちを拉致して魂を吸わせるうちにディメンターはさらに増えていったと推定されるらしいわ。おそらく、ディメンターに吸われた魂が新しいディメンターとして再生産されるんじゃないかしら。ディメンター自体にも魂が消滅する期限はあるから、アズカバンのディメンターはああいう牢獄にして接吻を刑にしている限り、最高の環境で繁殖してきたようなものなんですってよ。そのディメンターの繁殖コロニーに餌を与えないまま放置しておくと・・・ヨーロッパ各地に多大なご迷惑をおかけすることに」

 

なるよな、とロンがガシガシと頭を掻いた。

 

「方法については、レンの腹案があるの。アズカバンの中枢部に、魔法のボックスみたいなものだとか、あるいは基礎に展開された魔法陣があるはずだって」

「ああ、もともとのディメンターを集めた何かだな?」

「そうそれ。もちろん、ディメンターがふらふら迷い出さないように、多少の効力は今も発揮してるでしょうから、それを利用して、もっと強力にアズカバンに留めておくしかないとレンは言ってるの。アズカバンをディメンターの牢獄にするわけ。互いにエネルギーを消費し合って、消滅するのを待つしかないわ。でも、これ、レンには絶対に出来ない作業なのよ。スーザンも断固反対だし」

 

無理だろ、とハリーが脱力した。「短時間の離着陸ならともかく、探索するだけの時間をレンがアズカバンで過ごしたらまた死ぬ目に遭う」

 

「僕らが行くのは構わないけどな、ハリー、呪い破り並みの調査をしなきゃいけない気がするぜ。ハーマイオニーの知力は頼りになるけど・・・ハーマイオニー、アズカバン上空を箒で飛ぶ自信ある?」

「箒ならあるわよ、ノルドヴィント。おばさまにいただいたから。箒はあっても自信は全然ない。でもこれは、出来るだけ早く着手したほうがいいと思うの。というか、ディメンターの観察は必須よ。なんなら、新しい収監施設にヤックスリー他数名の死喰い人がいるから、それでも放り込んで餌にして時間を稼ぐことも考えなきゃいけないぐらいよ?」

「間違いない。とにかく、明日にでもアズカバンに行ってみよう。ロン、君がノルドヴィントを借りてハーマイオニーを乗せろよ。様子を見て、簡単な調査だけでもして、必要そうなら誰かを改めて連れて行こう。ハーマイオニー、それでいいかい?」

「もちろんよ。でも明後日からにして。明日スーザンがマダム・ホップカークに会うの。アズカバンの中枢部についての資料を持ち出せるのは今はマダムだけなの」

 

ハリーが目を瞬いた。

 

「資料があるの?」

「マダム・ボーンズの宝の山にはそれらしき記述がいくつかあったわ。マダム・ボーンズ、マダム・ホップカーク、レイおばさまの3人で、アズカバンの中枢部についての資料を資料室の中で探し出して、また資料室の中に戻したはずなの。手当たり次第よりマシでしょう? ただし、レイおばさまもアズカバンでは長時間動けないと思うわ。必要なら連れて行くけど、猫に変身してもらわなきゃ。明日はスーザンが留守にするから、わたしがレンの監視役よ」

「・・・ひとりで寝かせてたらダメなのか?」

「スーザンが心配し過ぎてる部分はあるけど、スーザン抜きで伝えたいこともあるの」

「なんだそりゃ」

 

ホムンクルスのことよ、とハーマイオニーは髪をかきあげた。「スーザンはもう絶対に拒否の姿勢だから、彼女の前では話しにくいのよね。でもたぶんレンはもうある程度のことは推測してるはずだから」

 

「そうか? 見たのはスーザンだけなんだろ?」

「ええ。でもあの人、見なきゃわからない人じゃないもの。少なくとも、わたしとグリーングラスがベビー用品を買うお金は、自分が負担するってスーザンに言ったみたいだから、自分の血を引く子供がいることは認識してるわよ」

 

 

 

 

 

蓮は苦笑して「まあ、スーザンの気持ちはわかる」と身を起こした。

 

「あなたは?」

「全然実感はないよ。あるわけないだろ。グリーングラスの言い草じゃないけど、ある日突然認知を迫られた男の気持ちが理解できるようにはなった」

 

またきちんとスーザンが着替えさせてくれたのか、昨日とは違う長袖のTシャツに変わっている。

 

「でもまあ、何らかの形でソレに対して判断や責任は生じるのかなあ、ぐらいだね。正直なところ」

「マルフォイが言うにはね、その・・・最初はおぞましい姿だったけど、今はもう普通の人間の赤ちゃんになったんですって。髪の色はあなた譲りだそうよ」

「・・・反応に困るよ」

「まあ、マルフォイがせっせと世話してるみたいだから、その反映なんでしょうけどね。いずれ判断しなきゃいけないことだから、判断に必要な情報は提供するわ。スーザンがいない隙に」

「スーザンはそんなに?」

「鍋から取り出す場面を直視したんだもの。グロテスクな闇の魔術の産物だと断定して、受け入れる気持ちはゼロ。それはそれで正しいと思うわ。ひとつの考え方よ」

「・・・ハーマイオニー、生き延びられるなら生き延びても構わないよ、ソレ。ウィンストンの剣はどうせ破壊するし。実質的な損害はないはずだ。多少の養育費は払っても構わない。素性を広く知られないように出来るなら、という条件付きでね。その意味で、マルフォイが育てるのはちょっと・・・でもマルフォイ以外に、事情を知って、口を噤んで引き取る人なんてまずいないな」

「・・・あなたは?」

「勘弁してくれ。自分の子供だなんて想像したこともないし、想像しても可愛いとは思えない。面倒過ぎる。わたくしの迂闊さが発生原因のひとつだとは思うから、養育費は負担するけれど、勝手に作られた子供に対して生活を明け渡す気はない。とにかく、全部終わってからきちんと話を詰める。だから、ハーマイオニーもグリーングラスもスーザンも、もちろんマルフォイも、その子供の生存を願うなら、隠し通してもらいたい。素性が知られたら殺さないわけにはいかなくなる」

「・・・あの、スーザンは生かすことに大反対よ?」

「スーザンにはわたくしから話すよ。見極めてからでも大丈夫だと安心させる。あまり血生臭い言葉を使わせたくない。殺すとか破壊するとかね。言葉にすると、引き摺られるだろ。でも・・・見極めるべき人物はスーザンだとわたくしは思ってるよ、ハーマイオニー」

 

ハーマイオニーは眉をひそめた。

 

「スーザンに責任を負わせるの?」

「いや、そうじゃない。スーザンだけが鍋から出てきたホムンクルスを見てる。マルフォイがせっせと世話をすることで、まともな人間に近づいたかどうか判断できるのはスーザンだけだ。そうだなあ、こうしようか。マルフォイをゴッドファーザー、スーザンをゴッドマザーにする。発生時にその場にいた両極の意見を持つ2人に、ひとつの結論を出してもらいたい。もし生かすことにした場合、2人に里親を選んでもらう。マルフォイ以外の里親をね」

「あなたね・・・父親はあなたよ?」

「・・・わたくしが鍋を孕ませたわけじゃないだろ。父親じゃないよ、少なくとも」

「広い意味で、親でもいいわ。親はあなたよ」

「そこまでの自意識は持てない。ハーマイオニー、わたくしには恋愛や結婚をするつもりはないんだ。子供を産むなんて気持ち悪いと思ってる。よりによってそのわたくしの血を使って子供が出来たというのは、実に皮肉なことだと思うよ」

「・・・は? レン、あなた何言っ」

 

ラジオを聴かされた、と蓮が顔を背けた。「いや、スーザンがリビングで聴いてただけだ。わたくしが起きて行ったからってスイッチを切る必要は別にない。でも聴かされた、と言いたくなるぐらい押しつけがましい内容だった」

 

「ジョージね?」

「さあね。とにかく、わたくしに人の親になる期待はするな。母親だの妻だの、そういう期待は一切受け付けない。吐き気がする。ホムンクルスの問題は、マルフォイとスーザンを中心に適切な対応をしてくれ。生かすなら金は出す。殺すならわたくしが殺す。それでいいだろ」

「レン、そんな投げやりな。わたしとグリーングラスはね、別にどうしても生かさなきゃとは思ってないの。あなたが愛情を注ぐことができるなら、生きる道があるとは思うけど、マルフォイだとか里親に預けるぐらいなら無理だと思うわ。生かすならあなたが育てるべきだと」

「どうやって? 毎日毎日点滴しながらハグしろと? わたくしはそこまでの罪を犯したのか?」

「レン・・・」

「ゴーント家の骨から出来たホムンクルスと同じ家の中でわたくしがまともに生きていけると思うのか? ホムンクルス自体が罪を犯したわけじゃないから、生きる道があるなら生かしても構わない。そう言ってるだろ。金も出すよ。でもわたくしが育てる? 冗談は休み休み言え。わたくしは自分の生活まで明け渡す気はない」

 

顔をしかめた蓮が吸入器を咥えて、薬剤を吸い込んだ。胸の奥からまだ、ひゅうひゅうと音が聞こえる。

 

 

 

 

 

スーザンがこめかみを押さえて目を閉じた。

 

「いつかは話さなきゃいけないと思ってたし、あなたに頼むつもりはあったけど、ハーマイオニー・・・少し急ぎ過ぎだわ。炎症も併発してるから治癒が遅いってマダム・ポンフリーからも言われたじゃない。昨夜も高い熱を出したところなの」

「ごめんなさい。ね、スーザン、ジョージのことで何かあったの?」

「ジョージがラジオを通じてラブコールを送るようになったのよ。それ以来ラジオを聴こうとしない。わたしも注意はしたわ。性別が不安定な身体を言い訳にしないで、いつかはきちんと向き合うべきだって。わたしだって、レンとジョージのことは、うまくいくように祈っているわ。でもね、ハーマイオニー、身体が思うようにならない時には、ポジティヴな結論は出ないものでしょう? ホムンクルスにしてもジョージにしても。投げ出したくもなるわよ」

「・・・ごめんなさい。ホムンクルス問題の丸投げ先はあなたになりました」

 

スーザンがソファに座り込んだ。

 

「・・・いくらゴッドマザーにされても、わたしの意見は変わらないわよ、ハーマイオニー。時間が経過しても同じ。それより、まあ、良かったんじゃない? レンはホムンクルスに生き延びることを認めたし、養育費も払うと言ったんでしょう?」

「スーザン・・・判断はあなたに預けるらしいんだけど」

 

肩を竦めてスーザンは苦笑した。

 

「直接見るまでは保留にするけど、なんとなくこうなる気はしてた」

「スーザン・・・あなたの意見は正直に言ってもらいたいんだけど。わたし、別にホムンクルスが生き延びるべきだとは思ってないわよ? わたしの意見は、レンが養育するなら、っていう条件付き。でもレンがそれだけは拒むのよ」

「拒むでしょうね」

「あなたは? 正直に言って」

「ハーマイオニー・・・わたしは先日から意見は変えてないわ。早いうちに処分するべきだと思ってる。でも、あなたが最初に買い物に行った日にレンが、自分のお金で済ませるように言った時に、こういう形を考えてるとは察したわ。あの人、甘っちょろい性格してるもの。たぶんマルフォイやあなたたちがホムンクルスに情を感じるのなら、無理に殺さなくてもいいと思ったんでしょう。だからもうそれでいいじゃない。でもレンに養育を強要するのはやめてあげて。自分の身体の不調と付き合いながら戦っている今がもうあの人の精一杯なの。アズカバンのことはあなたたちに任せなきゃいけないし、自分が動きたくても体力が戻らない。自己嫌悪にまみれてる。そんな時に、恋愛だとか自分の子供だとか、ちょっと酷だと思うわ」

 

スーザンの座るソファの前のラグに正座して、ハーマイオニーはスーザンの顔を上目遣いに見上げた。

 

「そうなの?」

「そうなの。ジョージのことはまだ好きだと思うわよ? ジャスティンから聞いてるけど、ジョージとレン、同じブランカのパトローナスなんでしょう? ウィンストン家や菊池家は当主のパトローナスが割と固定されてるの。成人前後にパトローナスが変わるのよ。ウィンストン家は獅子、菊池家は龍か鷹。レンがブランカを使うようになってから、いろんな転変があったのに、パトローナスが変わらないままは珍しいと思ってたら、ジョージもブランカをパトローナスにしてると聞いて納得したわ。ただね、だからといって、ラジオでのジョージのラブコールに胸がときめくわけでもないの。むしろ逆だと思う。もう以前の自分じゃないと日々痛感してるから、辛いんだと思うわ。レンのこのアレルギーは、大雑把に言えば闇の魔術に対する過敏な反応だけど、菊池家の基準はわたしたちの闇の魔術とぴったり一致するものではないわ。わたしたちには普通の魔法でも、日本の基準では厭わしいものもそれはあるでしょう。これだけ過敏な反応をしてる間は、爆弾を抱えてるようなものよ。魔法界で生きていくには、まず身体をコントロールできるようにならなきゃいけないんだもの。恋愛や結婚のことなんて、今のレンからは遠いものでしかないの。まして、ホムンクルスを自分の子供として受け入れて家庭を与えるだなんて・・・いくらなんでも負荷をかけ過ぎじゃないかしら?」

「じゃあ、スーザン、あなたはホムンクルスに里親を見つけるべきだと思うの? どんな人ならいい?」

 

スーザンは溜息をついて片膝を抱えた。

 

「マルフォイでいい気はするけど、レンはマルフォイ以外と言うんでしょう? あなたは?」

「は? わたし? わたしは・・・無理よ。まだ学校に戻るつもりだし、大学にも行くし」

「レンもそうよね? だからといって、完全な部外者に託せる存在じゃないから、グリーングラスでいいんじゃない?」

「あれは・・・ものすごく教育に悪い女よ」

「じゃああなたは、誰を想定してるのかしら、ハーマイオニー?」

 

きゅっと睨まれてハーマイオニーは身を縮めた。

 

「・・・ごめんなさい」

「わたしもホグワーツを卒業するつもりよ。だから1年間は引き取ることは無理だし、自分の中に悪い印象があるのは否定できないから、良い影響は与えられない。いくらレンの子供だと思いたくても、わたしの目には大鍋から出てきた姿が焼き付いてる。無理よ」

「じゃあ・・・やっぱり抹殺、でしょうか?」

「レンが育てなくても、レンの承認はもうあるんだから、秘密を守れて愛情を注ぐことの出来る人なら誰でもいいと思うわ。マルフォイがどうしてダメなのかはわからないけど」

「それは、ほら、人狼島暮らしだからよ。人狼島の家で、ハウスエルフをひとり雇って、とかどうせそんなことを考えてるんだろうと言ってた。レンの中では、とても子供を育てる環境じゃないってことなんじゃないかしら」

 

抱えた膝に額を押し当てたスーザンが、あからさまな溜息をついた。

 

「・・・なら心配要らないわ。いざその時になったらレンが引き取るわよ」

「は? ま、さか」

「マルフォイの育児環境を気にするぐらいだから、いざその時になったら放置出来なくなるでしょうね」

「ものすごく拒否してたんだけど」

「だから・・・今のあの人に答えを迫るからよ。回復するまで時間をあげてと言ったのに・・・また今夜は発熱だわ。というか、ハーマイオニー、お昼ごはん食べさせてくれた?」

「まだよ?」

「・・・マルフォイがせっせと子守してるホムンクルスの世話より、つい先日死にかけたレンの世話を優先してくれない? ああもういい。薬を飲ませる時間があるんだから、ある程度の時間には食事をさせて」

 

ソファから降りてキッチンに向かうスーザンの背中を見送り、内心で「やっぱりスーザンが里親なら丸く収まるんじゃない?」という台詞が頭をよぎったが、口に出さない程度の賢さを保つことにした。

レンが引き取ってからもレンごと世話を焼くスーザンおばさまを幻視出来るのだが、言うと意地になるだろうから。


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