サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第22章 終わらないループ・下らないルール

柊子の言葉を聞いたあと、スーザンはしばらく黙っていた。

 

木漏れ日が揺れ、風が葉を鳴らす。

 

祈りとは、理屈ではなく、状態なのだと、ようやく理解し始めていた。

 

「・・・ひとつ、質問してもいいでしょうか」

「どうぞ」

「レンの体調なんですが」

 

柊子の眉がわずかに動いた。

 

「イギリスでは、魔法医学で治療しても回復が遅い状態なんです。マダム・ポンフリーにたびたび往診していただいて目立った症状は治癒出来たはず。でも、回復力が落ちている・・・というか。夜になると高い熱を出してじわじわと体力を削っていく。治療しても一進一退の状態です」

「ええ」

「もし、日本の考え方で言うなら・・・それは具体的な臓器の問題ではなくて」

 

スーザンは言葉を選んだ。

 

「・・・"流れ”の問題でしょうか」

 

柊子の口元が少し上がる。

 

「あなた、理解が早いわね」

「完全ではありません。ただ・・・」

 

スーザンは山の空気をもう一度吸った。

 

「この山に入ってから、レンの顔色が少し良くなったんです」

 

柊子は黙って聞いている。

 

「イギリスではずっと閉じた屋敷でした。魔法結界の中で、研究して、考えて、戦って・・・たぶん、身体がずっと緊張していた」

「うん」

「でもここは違う」

 

スーザンは周囲を見渡した。

 

「ここには“敵”がいない」

 

柊子が小さく笑った。

 

「それは大きいわね」

 

スーザンは少し考え込んでから言った。

 

「東洋の医学では、“気”という概念がありますよね?」

「あるわ」

「身体のエネルギーの流れが滞ると病気になる」

「ええ」

「それなら・・・レンの療養は」

 

スーザンはゆっくり言った。

 

「治療じゃなくて、“流れを戻す”ことが必要なんじゃないでしょうか」

 

柊子は腕を組んだ。

 

「具体的には?」

 

スーザンは少しだけ笑った。

 

「まだ仮説ですけど」

 

指を折りながら言う。

 

「規則正しい生活、山を歩く、静かな呼吸、温かい食事、考える時間を減らす」

 

柊子は吹き出した。

 

「最後が難しいわね」

「そう思います」

 

スーザンも苦笑する。

 

「レンは頭で考えすぎる人ですから」

「間違いないわ」

 

柊子は頷いた。

 

「だから東洋医学では、そういう人には器、つまり身体から整えるの」

「身体から」

「ええ。身体が整うと心も整う」

 

スーザンは納得した顔をした。

 

「今、わたしがここでこうやって深呼吸して・・・気持ち良かったんです。イギリスにいると、トムくんたちのルールが絡みついて来るようで、ずっと緊張していたんだと、思いました」

「そうでしょうね」

「ここで育ったレンが、そんなくだらないルールで雁字搦めになるのは、レンのためばかりでなく、わたしたちのためにもならない。くだらないルールの中で戦っている限り、ループは終わらないと思います。ルールの外に出ないと、終わらない」

「いいところに気づいたわね。トムの恐ろしいところはね、スーザン」

「はい?」

「みんなを自分のルールの中で戦わせることよ」

 

柊子は静かに笑った。

 

「わたくしも夫も明日の朝にはここを空けるから、好きなだけ休んで行きなさい。家も神域も自由に使って構わないわ。あ、もしかしたら怜も帰って来るかもしれないけれど、怜のほうは放っておいてあげて。あの馬鹿娘は自力でなんとかできるうちに人から世話を焼かれることを嫌うから」

「レイおばさまも体調が?」

「絶対に体調が悪くなるようなことを計画しているわね、あれは。『冷蔵庫の中に食材だけ詰め込んだらしばらく帰って来ないで』なんてわざわざ連絡してきたぐらいですもの」

 

 

 

 

 

案の定、その夜にはもう蓮は不服そうに眉を寄せた。

 

「そんな悠長なことしていられる状況じゃないだろ。国立魔法病院の院長がひいじいの弟子なんだ。さっさと薬作ってもらって数日入院したら治るよ」

「レン・・・薬ならマダム・ポンフリーが売るほど用意してくださったわ。その院長先生が小さい頃のあなたの主治癒だとしても、今現在の成長したあなたの体調を熟知していらっしゃるわけじゃないでしょう? マダム・ポンフリーのお薬でも院長先生のお薬でもない、違うアプローチが必要だと思うの」

「違うアプローチ?」

 

蓮は眉をしかめた。

 

「山を歩いて、深呼吸して、飯食って寝ろって?」

「そうよ」

「それ療養じゃなくてただの休暇じゃないか」

「そうね」

 

スーザンはあっさり頷いた。

 

「レンはずっと戦ってきたから、休むことが怖いのよ」

 

スーザンは静かに言った。

 

「レン。それはトムくんのルールよ。休むな、常に戦え、常に先を読め、常に勝て、失敗は許されない。そんなリングに上がる必要は無いわ。何だったかしら、スモーに、似たような言い方があるわよね。敵のリングで戦わないこと」

「土俵」

「そう! ドヒョーよ! あなたは今、トムくんのドヒョーで疲れてるんだと思うの。だったらトムくんのドヒョーを降りてしまわないと。敵の好きなドヒョーだなんて不利に決まっているものね?」

 

蓮は不機嫌そうに押し黙った。眉間の皺が深くなる。

 

隣の部屋でお茶を飲んでいた柊子が「よく言った」と言いたげに湯呑を掲げて見せた。

 

「レンがどうしても嫌ならあなたはその主治癒の先生のところに行けばいいけれど、わたしはこの山から出ないわ。わたしだってトムくんのドヒョーにはうんざりしているの。わたしにも休暇は必要よ」

 

ぐ、と蓮は悔しそうに唇を結んだ。スーザンは黙って返答を待つ。

 

蓮はしばらく視線を畳に落としていた。

 

「・・・3日だけだよ」

 

そう言って視線を逸らした蓮の頬は、熱でわずかに赤かった。

 

 

 

 

 

やはり発熱していた蓮を寝かしつけ、静かに襖を閉めてから、食後のお茶の片付けをしようとキッチンに下りていくと、柊子が流しの下の取手にかけたタオルで手を拭いながら「お見事」と笑って言った。

 

「あ、すみません、洗い物までお任せしてしまって」

「そんなことは構わないわ。わたくしが日本にちょくちょく帰って来るのは、『菊池議長』の看板を下ろして『山の中のばあば』らしく呼吸をするためですもの。それにしてもウチの馬鹿孫の扱いが巧みね、あなたは」

 

そんなことは、とスーザンは苦笑した。

 

「そう? わたくしはハッフルパフの女子生徒の中に特別親しい人がいなかったから、とても新鮮だったわよ」

「マクゴナガル先生の御親友と伺っています」

「そうね。ポピー、ミネルヴァ、オーガスタ・・・あ、オーガスタ・ロングボトムよ。ネビルの強烈な『ばあちゃん』と言えば伝わる?」

「え、ええ」

 

柊子は切なげに「癒し系がひとりもいなかった」と溜息をついた。

 

「・・・レンとハーマイオニーが2倍になった感じなら、それは・・・えーと、確かに、まあ」

 

言葉を選ぼうにも選ぶ余地はあまりなかった。

 

「いいのよ、自覚はあるから。怜の学生時代もなんとも殺伐としていてねえ。レイブンクローの怜、スリザリンのアンドロメダ・ブラック、グリフィンドールのアリス・プルウェット。蓮が入学して以来、怜がわたくしに『いったいどういう育て方をしたの。殺伐とした学校生活しか送っていない』とたびたび苦情を言ってきたけれど、自分の学生時代だって大して違いはないくせに、いけしゃあしゃあと」

「おばさまは心配なさっていらしたのでは? わたしは、レンやハーマイオニーと親しくなったのは5年生の時でしたけれど、それ以前からレンやハリー、ハーマイオニーたちの武勇伝を聞くたびにヒヤヒヤさせられていました」

 

柊子は笑って「それを言うなら、わたくしだって怜の時は初めての育児よ。一応心配はしていたわ」と軽く言ってのけた。「しかも同じ学年にマルフォイ家の息子だのブラック家の娘だの、よりによってウィンストン家の息子までいるなんてね」

 

あ、とスーザンは気づいた。

 

「ふふ。もうわかるでしょう? 怜は日本の魔女でありながら、前回トムが勢力を拡大する時期にわざわざ好き好んでホグワーツに留学した馬鹿娘よ」

「・・・どうしてでしょう?」

 

柊子は肩を竦める。

 

「ビートルズがどうだこうだと言っていたけれど、結局のところ、わたくしもわたくしの母も、つまり怜にとっての母親も祖母もホグワーツを卒業していたからでしょうね。ホグワーツでレイブンクロー生になることが彼女の中で一番イメージしやすい自分の姿だった。でもわたくしは、ある意味で、世界が怜を呼んだのかもしれないと諦めているわ」

「世界が、おばさまを選ぶ?」

「ええ。今、蓮がこの戦争を指揮しているけれど、そもそもの話、怜がおとなしく日本の魔法学校に行っていたら蓮は生まれていない。あなたもここに来ることはなかった。あなたの伯母様、アメリア・ボーンズも穏やかで優秀な法曹のまま、今もまだ御健在でいらしたかもしれない」

 

スーザンは小さく頷いた。

 

「・・・可能性としてなら、もちろん」

「ええ。もちろん怜の選択だけがこの事態を招いたわけではないわ。あらゆる人のあらゆる選択が、今の状況に繋がっている。日本にはね『風が吹けば桶屋が儲かる』という言葉があるの」

「・・・え? それはどういう?」

「バタフライ効果を簡単に表現したものね。どこかで蝶が羽ばたき、様々な因果律で地球の反対側は嵐になるとか、聞いたことはない?」

 

あります、とスーザンは頷いた。

 

「だったらわかるかしら。世界は誰かひとりの英雄によって救われるほど簡単なものではない。わたくしも若い頃、そうね、ホグワーツ在学中や、イギリスで闇祓いとして働いていた頃には『リドルをどうにかして止めなければならない』と、こう」

 

柊子は両手で顔の幅を示した。

 

「視野が狭くなっていたわ。でも、どう思って? あなたがたの言うトムくんをその時、わたくしやミネルヴァが始末していたら、今あなたがたが取り組んでいる問題は全て解決したかしら?」

 

スーザンは首を振った。

 

「却って見えにくくなっていたかもしれません。つまりトムくんの存在は、イギリス魔法界の抱える構造的な問題を可視化する装置だった?」

「そういう見方も出来るということ。伊織の誕生が良い例よ。あの子はトムのルール上では『いざという時の切り札』でしょう? そもそもトムが『我が子』を持つ意味なんて無いわ。ホークラックスをやたらと量産してあちこちに隠すからには、死ぬ気はない。だから『我が子』は必要無い。なのになぜホムンクルスを作ったか。『いざという時』つまりハリーなり蓮なりの攻撃が自分に致命的な損傷を負わせることに備えた。そうよね?」

 

スーザンは眉を寄せて頷いた。

 

「でもそのトムのルールをあなたがたは無視して、盛大に物資を送り込み、やたら神々しい名前を付けた。トムの知らないルールを持ち込んだ・・・だからわたくしは褒めたの。伊織を殺す、破壊することは簡単だと思うわ。誰も世話しなければ生きられない。それが赤子ですもの。マルフォイ少年が見捨ててあなたがたに合流してしまえば生きられない」

「・・・はい」

「ダンブルドアなら『愛の力じゃ』と言うかもしれないわね。わたくしの表現では『トムのルールを無視した』ことが、この件における最大の功績よ」

 

だからわたくしはあなたを高く評価するわ、と微笑んでスーザンの頭を撫でた。

 

「え、え?!」

「トムのルールをあなたはあまりにも当たり前に『くだらないルール』と放り出した。今までの戦力の中に存在しなかった視点よ。ハリーも蓮も『戦う』ことに焦点を当てる傾向がある。ハーマイオニーもそうね。あなたは違う。トムに労力を割く、体力を削ることを『くだらない』と拒否する。あなたにとってのこの戦争は、通過点に過ぎない。そうでしょう? 決して目的ではないわね?」

「あ、はい。なんならこのままトムくんがおとなしくなるならそれでも構わない気はしています」

「そうでしょうね。あなたのことを怜から聞くたびに思っていたの。なぜこの戦いに参加しているのかと。あなたにとってトムは、どうしても倒さなければならない敵ではない。なのに参加して蓮の近くにいてくれるのは・・・単純に、蓮やハーマイオニーのことが心配で、必要なら止めてあげる必要があるからなのでしょうね。これもダンブルドアなら『友情という名の愛じゃよ』と言うわ、間違いなく。でも・・・わたくしはそういう観念的な表現が苦手だからこう言う。あなたは、蓮やハーマイオニーと作る健全な社会というビジョンを大切に考えてくれているのよね」

 

スーザンはじっとその言葉を噛み締めて、静かに「はい」と答えた。

 

「それが実はあなたがたの最大の武器になる」

「・・・え?」

「物語の中心からトムを外してしまえば彼は生きられない。彼の人生はね、スーザン、人に恐怖を与え、畏怖させ、承認されること。物語の中心に居続けること。それがあの男の原動力なの。でもあなたは最初からトムに興味がない。例えば今、ここにトムが現れた。激しい戦闘が始まる。あなたはどう行動する?」

「え・・・レンを隠します」

 

柊子は天井を仰いで、心底愉快そうに「あっははははは!」と呵々大笑した。

 

スーザンは首を傾げた。

 

「間違っていました?」

「とんでもない! それでいいのよ! なぜハリーが『生き残った男の子』になれたと思う?」

「それは・・・わかりませんけれど」

「ハリーのお母様、リリー・ポッターは最期の瞬間トムを見ていなかった」

「・・・え?」

「ハリーを守ることしか考えていなかったの。トムとハリーがその場にいたのに、リリーが視界に入れたのはハリーだけ。愛する息子だけよ。だからトムはその場に存在出来なくなった」

 

柊子は笑いを残した表情で「これだけはわたくしも『母の愛』と表現するのにやぶさかではないけれど、トムに価値を認めない人の前で、トムは無力なの。今後、いよいよトムとの決着に備える必要はあると思うけれど、蓮やハーマイオニー、出来ればハリーにもあなたの言葉で教えてあげて。『トムのルールなんてどうでもいいでしょう?』と言い続けるだけで構わないから。『トムと戦う』のではなく『自分の未来に邪魔なものを片付ける』程度に考えていればちょうどいいのよ」と言ってスーザンの肩を叩いた。

 

「はい・・・」

「それと・・・わたくしは個人的に気になっているのだけれど」

「何でしょう?」

「ハリーにはガールフレンドはいないの?」

 

ほんの少しスーザンは脱力した。

 

「いない、というか・・・いるにはいるんですけど、この戦いのためにお別れを言ったそうです」

「ハリーが? 相手が?」

「ハリーから。相手の子は、別れたつもりは無いと、ハーマイオニー経由ですけれど、そう聞いています」

 

柊子は頭が痛いとでも言うようにこめかみを押さえた。

 

「ダメ、でしょうか?」

「あなたはどう思って?」

「ハリーの心情は理解しますけれど、そこまでしなくても、と」

「そうね。トムとの物語に埋没し過ぎているわ。スーザン、誰にでも出来る、マグルにだって出来る『主人公になるための魔法』ってわかる?」

 

スーザンは苦笑して「恋をすること、でしょうか」と答えた。

 

「その通り。せっせと人を殺して、せっせとホークラックスをいくつもいくつも作って、馬鹿げた闇の印なんか作らなくても、伴侶を見つけ、家庭を築く。家族を大切にする。それだけでヒーローになれるわ。それが普通の生活感覚よね」

「はい。仰る通りです」

「トムにだってその機会はあった。ホグワーツ在学中には、まあ整った顔をしていたから、スリザリンの女子学生たちはトムに恋をしている子も少なくなかったわ。卒業する時に、ボージンアンドバークスみたいな後ろ暗い職をわざわざ選ばずに、魔法省やグリンゴッツのような堅い職に就けば結婚だって夢じゃなかった。闇の魔術に手を染めた後も、例えばベラトリクス・ブラック、いえ、レストレンジのように強烈な承認を捧げてくれる女性はいるわけだから、いつだって彼の前には選択肢はあったの」

「トムには、それでは足りない、ということでしょうか?」

 

さあねえ、と柊子はまた肩を竦める。「本人はそう考えているかもしれないわ。でもわたくしは彼が腰抜けだからだとしか思わない」

 

「腰抜け・・・あ、ああ、そういう・・・そうですね、男性としては腰抜けかもしれません」

「ウチの夫。あれでもブルガリアではなかなかに名の知れた闇祓いだったの。ところがわたくしがイギリス魔法省を辞めてこの家の家業を継ぐために日本に帰国したと知ると、さっさとブルガリア魔法省を辞めて押し掛け婿になりに来たわ。蓮の父親のコンラッドだってそう。ホグワーツ在学中から怜にせっせと手紙やプレゼントを贈って、怜から馬鹿扱いされようと痴漢扱いされて蹴られようと諦めなかった。ハリーの父親のジェームズだって、ホグワーツ卒業後すぐにリリーと結婚した。ミネルヴァ、あなたがたのマクゴナガル先生だって、50歳過ぎまで結婚しなかったのに、ある時突然、30年以上愛を捧げてくれた男性と結婚したわ。ウチの娘の怜だって・・・コンラッドの後に誰もいなかったとは思えないのよ。あの子は昔からロマンスに弱いところがあるわ。亡くなった夫に操を立ててもう誰も愛さないなんてパサパサした生活が出来る娘じゃないの。蓮をわたくしたちの預けたまんまだったのは、何か後ろめたいことが絶対にあったと思う」

 

スーザンは力無く微笑した。

 

「トムには恋をする勇気が無い。それは断言できるわ」

「ええと、その・・・幼少期の愛情の欠落とか?」

「最近の心理学ではよくそんなことを言うけれど、わたくしはどうも眉唾物だと思っているの。わたくしたちの年代かそれよりもう少し下の年代には、若くして、あるいは幼くして親を失った人々は少なくない。彼等がみんなサイコパスになっていたらそろそろ世界は破滅するわよ」

「あ・・・」

「つまりハリーが恋を遠ざけること自体が、トムの物語を自分の物語に置き換える失策。恋は恋で大いに楽しめばいいの。トムより魅力のないガールフレンドなんていないでしょう?」

「ふ、普通以上に魅力的な子だと・・・」

「ほら! どうしてそんな素敵なガールフレンドをトムごときのために遠ざけるの?」

 

そうですよね、とスーザンはしみじみ頷いた。

 

「トムのほうがハリーを狙うのには理由があるわ。主人公の座を奪い返す必要がトムにはあるの。だからハリーは確かにトムを排除しなければならない。でも、トムの物語に付き合ってやる必要なんてどこにもない」

「・・・確かに」

「わたくしはそう考えて生きてきた。わたくしだってある一時期、トムから命を狙われていたけれど、わたくしにはいつまでもトムに付き合ってやる義理はなかった。だってそうでしょう? わたくしにはこの土地を健全に保つという義務があったし、そのわたくしのところに押し掛けて来る蛮勇の塊みたいな夫がいて、理屈っぽいくせにロマンスに弱い娘がいたわ。不死鳥の騎士団として戦いに参加してはいたけれど、自分の義務や家族を切り離してまで差し違えに行く義理なんてどこにもない」

 

スーザンは黙って頷いた。「あの・・・でも、わたしの伯母は」

 

「そうね。あなたの伯母様は、トムの手に掛かってお亡くなりになった」

「はい。その理由は、なんとなくわかるんですけど、伯母にとってわたしたち家族は」

「ひとつだけ言えるとしたら・・・」

 

柊子はスーザンを見つめた。

 

「あなたの伯母様には、トムと戦う理由はなくても、何かを守る必要がおありだったと思うわ」

「え・・・」

「わたくしも御人柄を存じ上げているけれど、あなたに似たところがおありね。トムのことは伯母様にとっては割とどうでもよかったはずよ。徹頭徹尾、法律家として物事を見ておいでだったわ。わたくしはね、スーザン、あなたの伯母様のような方がイギリス魔法界にもっと増えたなら、トムはいずれ消滅すると思っていたの」

 

そしておそらくトムはそれを理解していた、とスーザンの瞳を見つめた。

 

「え・・・」

「幸いにして今のところあなたには、肩書きがない。まだ若いからそれは当然ね。でも、あなたと伯母様はトムのことを法治社会の異物と判断するでしょう? 恐怖の物語の主人公でも、英雄でもなく、『ただの卑小な犯罪者だ』と彼にとって許し難い分類をする。今のあなたがそれをしても、それは個人的な分類に収まるわ。でも魔法法執行部長がそう宣言すると、トムにとっては存在の根幹に関わる危険人物になる」

 

だから今のうちにトムを片付けることを勧める、と柊子は静かに告げた。

 

「わたくしはあなたの伯母様がお亡くなりになった時に、まず一番にそれを感じたの。前回の時にはアメリアはまだ新進気鋭の検察官に過ぎなかった。ところが今回は真っ先にアメリアを直々に手に掛けた。あの男はね、そういう嗅覚だけは確かなの。自分の存在理由を塗り固めることだけが生きる手段だから。あの男の敵は2種類。ひとつは自分から主人公の座を奪う英雄。もうひとつは、自分を等身大に評価して小さな存在にしてしまうまともな感覚を捨てない為政者」

「・・・はい」

「戦うことはハリーや蓮に任せてしまって構わないわ。でも今の、いわば透明マントを被ったあなたが蓮やハリー、ハーマイオニーを支えてトムを片付けてしまうことは、あなたの今後の安全のために欠かせない。それだけは覚えておいて欲しいの」

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