サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第3章 閉ざされた柵

ハーマイオニーと蓮は、ウィーズリー家の人々を待ってコンパートメントから顔を出してきょろきょろしていた。

 

「遅いわね、心配だわ」

 

ハーマイオニーが言いかけたとき、柵からするりとパーシー・ウィーズリーが姿を見せた。

 

「ああ、間に合ったみたい」

「パーシー、ミスタ・ウィーズリー、フレッドにジョージ・・・ミセス・ウィーズリーとジニー・・・だけ?」

「何をグズグズしてるのかしら?」

 

蓮は「ミスタ・ウィーズリー!」と声を張り上げた。

 

「ああ、レンにハーマイオニー。君たちは早いね」

「ロンとハリーはまだですか?」

 

その背後で蓮の母が姿くらましをした。

 

「まだのようだ、乗り遅れてしまうよ。母さん! ロンとハリーはどうしたね」

「ああ、ミスタ・ウィーズリー。今、母が様子を見に行きましたから、ジニーの荷物をこちらへ」

 

ジニーの荷物をハーマイオニーと蓮のコンパートメントの窓から運び入れたところで、無情にも発車のベルが鳴り響いた。

 

「レン、どうしよう!」

 

ハーマイオニーが右腕に、ジニーが左腕にしがみついてくる。

 

「落ち着いて。母が様子を見に行ったから、対処してくれるはずよ。連絡を待ちましょう。ジニー、このコンパートメントにいる? それとも新入生のお友達を探す?」

「・・・あ、ルーナが1人でいるかもしれない」

「ルーナ?」

「ルーナ・ラブグッドよ。うちの近くに住んでる子なの。ちょっと変わった子だけど悪い子じゃないわ。わたし、ルーナを探す」

 

そのとき、フクロウがホグワーツ特急を追いかけてきた。蓮が窓を開けて腕を出すと、ふわりと着地したので母からの連絡らしいと胸を撫で下ろす。

 

「母からよ。ロンとハリーを保護したんですって。母が、今からホグワーツに連絡を入れて、夜までにホグズミードに連れて行くことになったらしいわ。ジニー、大丈夫よ。駅で合流できるから。ちょっとだけ変な荷物を持っているせいでマグルに白い目で見られながら、ハイランドまで旅をするだけだわ」

 

よかった、とジニーが胸を撫で下ろした。「わたし、ルーナを探すわ。ついでにフレッドたちがいたら伝えておく」

 

「よろしくね」

 

蓮はジニーのトランクをコンパートメントの扉から出してやりながら手を振った。

 

「さて、と。鍵をかけましょう」

「マルフォイ予防」

「鍵かけ呪文覚えてきた?」

「もちろんよ」

「じゃ、ハーマイオニー、やってみて」

 

ひゅひゅっとハーマイオニーが杖を振った途端に、ガタガタと扉が揺れた。

 

「なんだこれ! ホグワーツ特急の扉に鍵なんかかかるのか、クラッブ、ゴイル?」

 

ハーマイオニーが肩を落として「聞く相手を間違ってると思わない?」と囁いた。

 

「クラッブとゴイルが純血だなんて嘘に違いないわ。絶対トロールの血が混じってる」

「そうね。人間と交配可能な魔法生物は、ヴィーラと巨人、それからゴブリンだったかしら?」

「巨人と交配できるんだから、トロールとも不可能じゃないわよ、たぶん」

「トロールと交配したがる人間がいればね」

「クラッブとゴイルの一族に、人間とトロールの区別がつかない先祖がいた可能性は?」

 

大いにあると思うわ、とハーマイオニーが頷いた。

 

「勝手なことを言ってないでここを開けろ!」

「まだいた」

「マルフォイの頭の中も怪しいわね。まだノックの仕方を知らないなんてトロール並み」

 

言いながら、ハーマイオニーは蓮に目で合図した。

 

「スリー、ツー、ワン。アロホモラ!」

「おいウィンスがふっ」

 

蓮の膝蹴りがマルフォイを頭から吹っ飛ばした。

 

「うるさいわよ、血統書付きのチワワ」

「もともとチワワはよく吠えるのよ、レン」

「だ、誰がチワワだ!」

「チワワ並みの度胸と脳のサイズしかないじゃない。クラッブ、ゴイル、こいつを連れて行きなさい。パグンソンの膝枕で寝かせてやれば回復するわよ」

「・・・い、いや・・・俺たちは、おまえをコンパートメントに」

「引きずり込む」

 

クラッブとゴイルの声を初めて聞いた蓮は目を瞠った。

 

「・・・何のために?」

「ドラコが、おまえを、婚約者にする」

 

あーあ、とハーマイオニーが顔を覆ったのは、スリザリンのメンバーの背後からフレッドとジョージが聞いているのが見えたからだ。

 

「そ、そうだ! 父上がそうおっしゃったんだ! 僕はどんな手段を使ってでもおまえを僕のものにしなければならない! ついてこいウィンストン!」

「腐れマルフォイ、その会話は貴様の母親の前で?」

 

蓮の言葉に含まれる温度が冷えていく。

 

「僕と父上の男同士の話だ!」

 

でしょうね、と言いながら蓮は拳をマルフォイの頬に叩きつけた。

 

「チワワとヤッてろ」

 

 

 

 

 

「ひどい目に遭った」と、ぐったりしたハリーとロンが合流したのはホグズミード駅の外だった。

 

蓮の母親がハグリッドに引き渡し、ハグリッドは2年生以上の生徒を馬車に乗せて、新入生をボートに乗せに行ってしまった。

 

「鉄道を乗り継いで、最後はタクシーでホグズミード村だよ。ホグズミード村の中では、トランクや鳥籠を魔法で浮かせてくれたけどね。せっかくのホグズミードなのに、どこにも立ち寄り禁止さ。マグルのタクシー運転手は、あんな何もないところに子供2人連れた女の人が降りるなんて、一家心中をするんじゃないかって心配してた。生きる意味について君のママを説得してた」

「僕、君のママの空飛ぶジャガーに乗れるかと思ったのに」

 

ロンの不平にハーマイオニーがきっぱりと言った。「マグルの車に魔法をかける法律に携わるお仕事をなさっているのはミスタ・ウィーズリーでしょう!」

 

「でも、それには抜け道があってだね。要するに見つからなきゃいいわけで」

「ホグワーツの始業式は英国魔法界では公式行事よ、あまり知られていないけど。公式行事に法律スレスレの車で乗り付けることはリスクが高すぎるわ」

「何か食べる暇はあった?」

 

蓮の質問にハリーは急いで頷いた。「君のママが、僕とロンに、フィッシュアンドチップスやホットドッグを好きなだけ買ってくれたよ!」

 

しかし、蓮は顔をしかめ「お母さまったら、またファストフードしかハリーに食べさせてない」と言うので、今度はロンも慌てて「きちんとしたランチを食べさせるお店に入る時間はなかったんだよ! 僕たち、列車の中で食べたんだから!」

 

「それに僕たちマグルのお金持ってないから、君のママが全部支払ってくれたんだ。せめてあとから返せるように値段を確かめておくべきだったけど、レシートも見せてくれなくて」

 

蓮が面倒くさそうに手を振った。「あとから払い戻しが受けられるから大丈夫」

 

「払い戻し?」

「ホグワーツからね。ホグワーツ特急に乗るはずだった生徒が乗れなくて、その他の法的に正しいやり方でホグワーツ入りしたんだったら、その費用はホグワーツが払い戻すのが当然でしょう?」

「そもそも乗り遅れた生徒にそれが適用されるのかしら?」

 

乗り遅れたくて乗り遅れたわけじゃない! とロンが喚いた。

 

「ハリー、あの時のハウスエルフはあなたを学校に行かせたくない様子じゃなかった?」

「あ! ドビー?」

「ハウスエルフは、本能的に原始的で強力な魔法を使えるの。本人たちも詳しく説明出来ないみたい。例えばホグワーツには姿現しも姿くらましも出来ない魔法がかけてあるけれど、ハウスエルフには通じない。本来ならホグワーツ特急の発車後5分間ぐらいは9と3/4線の柵は通過できるはず。見送りに来たマグルのご家族がいらっしゃるからね」

 

ハーマイオニーが頷いた。「うちのパパとママは、見送った後ホームにいた魔法使いから『今のうちに10番線にお戻りください』って誘導されると言っていたわ」

 

「発車と同時に柵が閉ざされるわけでもないし、だいいちジニーとミセス・ウィーズリーがホームに現れてから発車までは慌ただしかったけれど、ちゃんとコンパートメントに荷物を押し込むぐらいの時間はあったもの。誰かが故意に柵を塞いだのだと思うわ。でも、それは生徒や普通の魔法使いには出来ないの。決められた時間以外にあの柵に干渉するなんて」

「普通じゃない闇の魔法使いなら?」

 

無理よ、と蓮はきっぱり言った。

 

「ホグワーツが古代魔法の牙城と言われているのは知っているでしょう?」

 

ハリーとロンが顔を見合わせ、次に期待を込めてハーマイオニーを見つめた。ハーマイオニーは溜息をつき「ホグワーツ校長と認められた者だけがレベル改変できる魔法によって護られているわ。だから、校長の意識ひとつでセキュリティレベルが変わる。悪意のないドラゴンキーパーの箒は通過させても、こそ泥は通過できない。闇の魔法使いなんて以ての外」と説明した。

 

「それと同じ扱いになるのが、ホグワーツ特急のホームなの。だから、ハウスエルフぐらいしかあの柵の開閉ができるとは思えないわ」

「いずれにしろ、ハリーは今年も波乱万丈の1年が送れるというわけね」

 

実に明るいハーマイオニーの見解だった。

 

 

 

 

 

組分けの儀式が無事に終わり(ジニーはグリフィンドールに組分けされた)自室に引き上げてから、ハーマイオニーは疑問を蓮とパーバティに投げかけてみた。

 

「よく考えたら、ホグワーツ校長って、すごい権限を許されているわよね? ホグワーツ城の主人であることって、下手したら魔法大臣より強い権力じゃないかしら?」

 

なにをいまさら、とパーバティが肩をすくめる。「ダンブルドアは20世紀最大の偉大な魔法使い。当然でしょう?」

 

ハーマイオニーは、そういうことじゃなくって! と、ベッドで飛び跳ねた。

 

「ダンブルドア以前の校長もよ。もし校長が悪心を持ったとしても、民主化以前の魔法界だったら、校長の更迭さえ出来なかったわ。それで闇の魔法使いが出なかったなんて不思議だと思わない?」

「ホグワーツ校長職は、魔法界の王族によってのみ更迭が可能だったのよ。今は理事会だけどね」

 

蓮が苦笑いしながら答えた。

 

「魔法界の王族? 初耳だわ」

「教科書には書かないわよ、こんなこと」

「どうして?」

「さっきハーマイオニーが言ったじゃない。ホグワーツ城の主人を決める古代魔法契約権を持っているのよ。英国国王が」

「エリザベス女王が?」

「正確には、ホグワーツ創立当時に当時の王室、というかこのあたりの王との間で交わされた魔法契約よ。王朝はたびたび変わったけれど、魔法契約が解除されない限り、その権限は代々の王に移るから、現在の魔法界の女王はエリザベス女王で間違いない」

「魔女には見えないけれど?」

「だから魔法界における王室の代理人も魔法契約に定められてる。英国魔法界が危機的状況に瀕したときには、その代理人がまずホグワーツの校長、それから現代ならば暫定的な魔法大臣を任命するの。だから事実上の王族だけれど、教科書に記載するような立場ではないわね」

 

ハーマイオニーはベッドの上に胡座をかく。

 

「いくら代理人でも、継承にはレガリアが必要じゃない? 女王だって、たっくさん持ってるわよ。王冠とか錫杖とかガウンとか。そういうのはないの?」

 

蓮は、知らないわよ、と笑った。「たぶん使われたことない権利だと思うわ。使われたとしたら、魔法史に出てくるでしょうから」

 

「まさか、それサラザール・スリザリンじゃないでしょうね?」

 

ハーマイオニーの言葉に蓮は目を瞬いた。

 

「どうして?」

「わたし、ホグワーツの歴史っていう本で読んだことあるの。スリザリンの継承者だけが開けられる秘密の部屋があるんですって。継承者といえばスリザリン、スリザリンと言えば純血主義よ!」

「またスリザリンが調子に乗るじゃない、やだわあ」

 

パーバティの嘆きに蓮が「言わなきゃいいのよ」と調子を合わせた。


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