サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

25 / 210
第5章 穢れた血

何を言われたのかハーマイオニーにはわからなかったし、マルフォイの言うことなんて、純血様の前でマグル生まれは黙ってろというお決まりの台詞だと見当がついたので、深くは考えなかった。

 

そんなことより、折れた杖で反射的にナメクジの呪いをかけて逆噴射したロンの手当が優先だった。

 

ロンはナメクジを大量に吐き散らし、グリフィンドールチームは激昂してマルフォイを3回ぐらい絞め殺しかねない勢いだ。

 

蓮だけは冷え冷えとする微笑を浮かべていたが、それが一番怖かった。

 

「ハリー、ハーマイオニー、ハグリッドのところに連れていきましょう」

 

蓮がさっと杖を振って即席の担架を出してくれたので、それにロンを転がして載せ、ロコモーターの呪文で浮かせて運んだ。

 

「ねえ、レン。マルフォイが言った言葉、血がどうとかこうとか、あれってどういう意味?」

 

ハリーが勇敢にも尋ねたが、蓮の冷え冷えとした微笑に勇気は引っ込んだ。

 

「さ、最悪の・・・ぅえっぷ・・・悪口さ」

「ロン、いいから黙ってなさい」

 

ナメクジの発作に襲われながらも健気に説明しようとしたロンも黙らせられた。

 

ハグリッドの小屋に着いてからの蓮は、不機嫌を露わにした。

 

「レン?」

「ハリーとハーマイオニーが知らないのは当然だけれど、『穢れた血』という言葉は良識ある人間なら使わない言葉なの。そうね、マグルで言えばアフリカンアメリカンをニガーって呼ぶようなことよ」

 

ハーマイオニーは絶句した。

ハグリッドから洗面器をあてがわれたロンが僅かに顔をあげ「僕がそんな言葉を使ったらママからどんな目に遭わされるか考えたくもない。教養のある人は絶対使わない」と補足した。

 

「マルフォイの奴め、そんなこと言いやがったのか。そりゃロンがナメクジの呪いぐらいかけたくなって当然っちゅうもんだ」

 

同じく絶句していたハリーが「そ、そんな言葉、バーノンおじさんでさえよそでは使わない、と思う」と言うと、蓮は頷いた。「まがりなりにも会社社長だもの。ハリーのおじさまが、ルシウス・マルフォイのマグル版みたいなマグル純血主義者だってことは想像がつくけれど、よそで言っていいことと悪いことはわきまえていらっしゃるでしょうからね」

 

「あんなあ、『穢れた血』っちゅうのは、マグル生まれのこった。あとは、半純血にも使うことがあるな。要するにマグルの血が入っていたら穢れてるっちゅう、妙な了見の奴らが使う言葉だよ」

 

まったく馬鹿みたいな話さ、とロンが洗面器から顔をあげた。「マグルやマグル生まれと結婚してなかったら、魔法族なんかもう絶滅してるのにさ」そしてまたナメクジの発作に襲われた。

 

「ロンの言うとおりよ。ハーマイオニーはマグルの教育課程も勉強しているから遺伝のことはわかるでしょう?」

 

ハーマイオニーは頷くが、ハリーは信じられないものを見るような慄いた目つきでハーマイオニーを見た。

 

「あまり血が濃くなると、遺伝的に劣性な遺伝子の組み合わせが出現する確率が高くなるわ。確か魔法族の場合は、魔法力を持たない子供が生まれたり、マグルと同じで遺伝的に体や精神に問題のある子供が生まれたりするはず」

「そのとおりよ。例えばロンのウィーズリー家は純血だけれど、過去に赤毛のマグル生まれの人と結婚した人がいたし、ハリーのポッター家もそう。ハリーのお母さまはマグル生まれですもの。でも、スリザリンに多い純血主義の一族は、聖28一族として、マグル生まれやスクイブ、つまり魔法族なのに魔法力を持たない人との結婚をしていないと保証された純血という意味で、他の魔法族と一線を画す家柄だと主張しているの」

「そんなの本当は嘘に決まってるんだ」

 

ロンが洗面器から顔をあげた。「もしそうなら、たった28の家族の中で1000年も結婚を重ねてきてまともな子供が生まれるはずないんだよ」

蓮がロンの顔をまた洗面器に突っ込んだ。

 

「聖28一族の欺瞞は、マグル生まれと結婚した人やスクイブを家系図から削除していることよ。でもそれがパーキンソンやブルストロード、クラッブやゴイルみたいなのしか残らない原因。わたくしの母の親友は、聖28一族の生まれだけれど、マグル生まれと結婚したから家系図から削除されたわ。でも生まれた子供は七変化という魔法族でも稀有な能力を発現させた。今や次代の闇祓いの期待の星として、マッド・アイ・ムーディの特訓を受けてる。今のスリザリンにそんな特別な能力を持っている人や、ハーマイオニーに優る成績の生徒はいないでしょう?」

 

ハリーは力を込めて頷いた。ハグリッドもロンの背中を火が出そうな勢いでさすりながら「魔法生物の交配を実習してみっとようくわかるぞ」と言う。

 

「そうなの?」

「おう。例えばニーズルだ。あいつらはもう絶滅寸前だが、だからって純血種のニーズルを交配させたって、ニーズルの特徴を完璧に持った仔は生まれねえし、生まれても体が弱くてすーぐ死んじまう。んだから、ニーズルは猫と交配させるんだあ。そうすっと、この世のものとも思えねえ賢い猫が生まれる。そういう猫を掛け合わせていって、ニーズルの特徴を持つ猫から新しいニーズルを作ろうとしちょる。そういう仕事は、スクイブがよくやっちょるがな」

「ニーズルの話のあとに例に出すのは申し訳ないけれど、マクゴナガル先生がそうよ。マクゴナガル先生は、マグルのお父さまと魔女のお母さまの間に生まれた半純血だけれど、変身術の才能は群を抜いていらっしゃるわ。動物もどきまで極めたという意味ではダンブルドアを超えたことになるのよ?」

「父さんと母さんのええところを受け継ぐ子供を生み出すにゃあ、馬や牛、鶏だって、血統が近過ぎっとダメになるが、血統が離れたもん同士からはビックリするような子供が生まれるもんだ。蓮は世界中の魔女の名家の血が流れてる純血中の純血だが、国をまたいで遠い血統のもん同士の結婚だ。競馬の馬だって、よその国から種雄を連れてくるだろ?」

 

蓮は頬をひくっと引きつらせ「ハグリッドはロンの手当てをしてて」と黙らせた。

 

「蓮は聖28一族じゃないの?」

 

ハリーが尋ねるとロンが顔をあげた。「ハグリッドが言っただろ? ウィンストン家はヨーロッパ中の魔女と結婚したんだ。王室がヨーロッパ中に親戚がいるのと同じさ。王室に他国から王妃が来ると、それに随行してきた護衛魔女はウィンストン家に嫁に行くんだ」

 

「わたくしの先祖が女好きだったみたいに言わないでくれない?」

「別にいいだろ。聖28一族なんていうのは、イギリス国内だけの魔法族で続いてきた家柄っていう意味だから、ウィンストン家は含まれない。う、ぉえええ・・・」

「・・・ナメクジ吐きながら人の一族の説明はやめて欲しいわ」

 

ハーマイオニーは納得したように頷いた。「グラニーから同じような話を聞いたわ」

 

「だから、穢れた血なんて言葉は、まともな神経を持っていたら使わない言葉なの。そもそも魔法省は、マグル生まれを排斥してはならないという方針を打ち出しているわ。実際、マグルの血を引いている人を魔法界から排斥したら、カスしか残らないんだもの」

「クラッブやゴイルみたいな?」

 

そうよ、と蓮はハリーの言葉に頷いた。

 

ハーマイオニーはハグリッドのキッチンスペースに行って、お茶の支度をする。ロンのナメクジの発作が間遠になってきたから、お茶を飲んだら少しは気分が良くなるだろう。

 

「もちろん個人個人の心の中に多少の差別意識はあるでしょうけれど、それを口にしないのが普通の知恵。口に出してしまう人間は、ある意味異常よ。これがマグルのパブリックスクールなら、マルフォイは退校処分でも当然だわ」

「だったらダンブルドアや、少なくともマクゴナガル先生には報告するべきじゃないかな?」

 

ハリーの提案には蓮もハグリッドも賛成しなかった。

 

「そこがホグワーツのめんどくせえところでな。一応スリザリンっちゅう創立者がおるだろ。ハウスもある。スリザリンの遺志に適う生徒を集めたハウスがあるのに、純血主義を否定はできなさらん。マルフォイの暴言を注意はするだろうが、『騒ぎを起こさねえ程度にな』って寮監が言えば、それでしまいだ」

「そんな! ハーマイオニーにひどい言葉を投げつけたんだよ?」

 

わたしなら平気よ、と巨大なティーポットとマグカップを載せたトレイを持ってハーマイオニーが現れた。

 

「今までにたくさんのマグル生まれや半純血の人たちが、そんな言葉で悪口言われながらホグワーツを卒業して、魔法省やグリンゴッツで活躍してらっしゃるんだもの。マルフォイなんかに何言われたって平気」

「時間がかかることなのよ、ハリー」

 

蓮が頭を振りながら言う。

 

「ああいう人たちの考え方を変えるのは、無理とまでは言わないけれど、時間がかかるの。一族全員が同じ思想で凝り固まってるのよ? マクゴナガル先生に報告しても、ダンブルドアに報告しても、スネイプに抗議はしてくださるでしょうけれど、ハグリッドの言った通りの軽い注意で終わるでしょうね」

「スネイプのやつ! いつもスリザリンを贔屓するんだ」

 

マグカップに注がれた紅茶を飲みながらハリーは憤慨していた。

 

「わたくしたちの耳に入らないだけで、マクゴナガル先生もだいぶわたくしたちを贔屓してくださってると思うわよ?」

 

疑わしい、と言いたげにハリーは目の前に並んで座ったハーマイオニーと蓮を見た。

 

「だって、蓮ったら、マルフォイが絡んでくるたびに過剰防衛してるもの。膝蹴りしたり、ぶん殴ったり、痴漢扱いしたりね。マルフォイがスネイプに泣きつくのは当たり前じゃない? でも蓮はその件では罰されてないわ」

「そらそうだな。マルフォイの一族をぶっ飛ばすのは、蓮の一族の本能だあ。ミネルヴァも、アブラクサス・マルフォイをしょっちゅうぶん殴りおったからな。今更蓮を咎めやせん。ハーマイオニーが平気だっちゅうなら、この件はおしめえだ。んだが、ハリーもロンも、マルフォイに妙な手出しをすんじゃねえぞい。あいつの親父は理事会に顔が利くし、魔法省にもだいぶ金を使って買収しちょるっちゅう話だ。蓮と違って、おまえらがやると面倒事になる。蓮なら、ルシウス・マルフォイも直接手出しはできん。なんせ、学生時代にさんざん蓮の母さんからぶちのめされとる」

 

みんなで紅茶を飲むと、ハグリッドから裏の畑に誘われた。

ハロウィンに向けて、たくさんのおばけかぼちゃが成長している。

 

「なあ、ハーマイオニーに蓮。イギリスの魔法界は狭苦しいなあ」

 

ハグリッドの言葉に実感を込めて、2人は頷いた。

 

「俺あ、3年生のときホグワーツを退学になって森番見習いになった。ホグワーツしか知らねえようなもんだが、俺にゃあ森がある。森ん中にゃあ、そりゃあいろんな奴らがいて楽しい。んだから、狭苦しい学校の中のいざこざとは関係なく暮らしてこられた。おまえさんらにもそういうもんがあるとええな」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。