サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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クィディッチシーンは難しいですね(ノд-。)


第8章 狂ったブラッジャー

結論から言えば「マートルはバジリスクの目を見て死んだ」それだけだった。

 

「ミス・キクチとミス・マクゴナガルがバジリスクを殺したと思うわ。ミス・マクゴナガルが『もうあなたのように死ぬ生徒は出ない』って言ったもの。フィルチのあのいやらしい猫は、バジリスク以外の何かから石にされたのよ」

 

でもそれは蛇であるはずだ、と蓮は思った。

 

「ありがとう、マートル。もう一つ質問しても?」

「なあに?」

「この・・・あなたのトイレで、最近変わったことはない? 誰か男の子が出入りするとか・・・」

「女子トイレよ?!」

 

悲鳴のような甲高い声だ。しかし蓮は怯まない。不本意なことだがもうマートルに慣れてしまった。

 

「だったら、女の子が出入りする」

「あなたがね」

「わたくし以外には?」

「たまにいるわ、間違って入ってくる新入生とか」

「・・・ハロウィンの夜は?」

 

いなかったもの、とマートルはツンとして言った。

 

「いなかった? あなた、ニックのパーティからここに帰らなかったの?」

「帰らなかったわ。だってわたし、わたし、初めてのパーティだったのよ!」

「え、ええ」

「なのにあなたは、わたしがいなくなってほっとしたようにあの子と腕を組んでた!」

 

ゴーストに囲まれたハーマイオニーが腕にしがみついていたのを見て誤解したということらしい。

 

「マートル、誤解だわ。わたくし、あなたがパーティに戻ってくるのを待っていたの。ハーマイオニーは、一度にあまりにたくさんのゴーストに囲まれたものだから、怖くて、でもゴーストの皆さんに失礼のないようにわたくしに捕まっていただけで」

「ごちゃごちゃ言わなくていいわよ! あなたはわたしを追いかけるより、あの子を選んだんだから!」

 

高く舞い上がったマートルを見て、蓮は観念するように目を閉じた。

 

目を開けたときも、まだマートルは目の前に浮かんでいる。眼鏡の下の小さな瞳から銀色の涙がポロポロと零れていた。

 

「どうして逃げないのよ?」

 

マートル、と蓮は静かに言った。「もう一度あなたのような犠牲者が出るかもしれないの。わたくしの祖母とマクゴナガル先生がバジリスクは倒した。それは間違いないわ。倒したつもりってこともないと思う。あの人たちはそんなに甘くない。息絶えたことを確認したはずだわ。でも、殺意を持った蛇がウロついていることも確かなの。わたくしはあなたのような犠牲者をもう出さない。そのために、あなたがあの日何を見たか、どうしても知りたいの」

 

何も見てないの、とマートルは小さな声で言った。「ニックのパーティであなたとあの女の子を見て、わたし、一番近いトイレに行ったの。飛び込んで死のうと思って」

 

蓮は何と答えたものか、一瞬だけ悩んだ。もう死んでるのに?

ただ、蓮はたぶんこの学校の誰よりもマートルに「慣れて」いた。だから何も言わず沈痛な表情を崩さなかった。

 

「飛び込んだんだけど、わたし、わたし・・・死ねなかった!」

 

マートル、と蓮は静かに言った。「あなたが2度死ぬ必要はないのよ。わたくしはあなたが死ななくて良かったと思うわ」

 

「優しいのね」

「そうでもないわ」

「ミス・キクチも優しかったわ。わたしを絶対に『穢れた血』と呼ばなかったの」

 

蓮は切れ長の瞳を見開いた。

 

「あなた、そう呼ばれていたの?」

「そうよ。最初に死んだ日も、スリザリンのマーガレット・パーキンソンが占い学の授業で『穢れた血が1人死ぬ』って予言したわ。みんなわたしを見て笑ったの」

 

予言、と蓮は呆然と呟いた。

 

 

 

 

 

ハーマイオニーはその日の授業が終わると図書館に駆け出した。

秘密の部屋、という単語は「ホグワーツの歴史」という本で見かけた記憶がある。ただ、問題はハーマイオニーの手持ちの「ホグワーツの歴史」は、ロンドンの家に置いてきてしまったということだ。ロックハート先生の教科書が大量だったので。

 

「わたし、秘密の部屋がホグワーツ城の主人であることのレガリアだと思うの」

「レガリア?」

 

ハリーとロンが顔を見合わせる。

 

「マグル生まれを殺して回るより手っ取り早くマグル生まれを排斥したいなら、ホグワーツ校長になればいいのよ」

「その前に、よろしければレガリアが何か説明してくれませんかね?」

「王権を証明する宝物のことよ」

 

走ってやってきた蓮が「ホグワーツのレガリアは校長室よ」と息を整えながら言った。「秘密の部屋は関係ないわ」

 

「校長室?」

「お願いだからハーマイオニー、1人であちこちに突進しないで、特に今は」

「どうしてよ」

「50年前に一度秘密の部屋は開かれたことがあるの。そのときの被害者が、嘆きのマートル、マグル生まれよ」

 

3人は目を見開いて蓮を見つめた。

 

 

 

 

 

「歴代のホグワーツ校長は、現役のホグワーツ校長に助力する義務がある。たとえ死んでも。だからこそ、滅多な人物は歴代のホグワーツ校長が認めない。相応しくない人物が校長になろうとすると、校長室が開かないの。制度上の校長だったとしても、校長室が使えない、校長としての魔法的権限の使えない、形ばかりの校長で終わるわ」

「そんな人いたの?」

「ええ。母の親友の先祖に1人いたらしいわ。歴代のホグワーツ校長の中で最も人望のない校長だったと言ってらしたそうよ」

「じゃ、秘密の部屋の継承者はいったい何を継承するんだい?」

 

知るもんですか、と蓮が肩を竦めた。「どうせ大したものじゃないわ。ホグワーツ創立者の中で唯一ホグワーツを追われたサラザール・スリザリンの継承者に、そう大したレガリアがあるわけないじゃない」

 

「でも、現にミセス・ノリスは被害者だ!」

「ハリー、落ち着いて。今一番気をつけなければならないのは、ハーマイオニーとあなたよ」

 

僕? とハリーが自分を指差した。「ママがマグル生まれだから?」

 

「そうじゃなくて、あなた、パーセルマウスよね?」

「パーセルマウス?」

「蛇と話せない?」

「話せるよ、魔法使いだもの」

 

ロンと蓮が額を押さえて黙ってしまった。

 

「僕、何か変なこと言った? 話せると思うよ。前に一度だけダーズリー家が僕を連れて動物園に行ったんだ。ブラジル産ニシキヘビのガラスの檻で、僕、蛇に見せ物になるのも大変だねって言ったら、ガラスがなくなっちゃって、蛇が『ありがとよアミーゴ』って言って逃げ出した。僕そのせいで食事抜きにされたんだ」

「・・・蛇が君にアミーゴって言ったの?」

 

ロンは情けなく眉を下げた。ハーマイオニーもさすがに問題の要点に気づいた。

 

「つまり、蛇のアミーゴであることがスリザリンの継承者の資格だということ?」

 

平たく言えば、と蓮は力無く頷いた。

 

 

 

 

蛇のアミーゴ問題は絶対に隠すべきだと、ロンと蓮とハーマイオニーの意見が一致した。ハリーとしてもスリザリンの子孫扱いは願い下げだという。

 

しかしハーマイオニーは「別の問題がある」と指摘する。

 

「わたし、いつまでも純血のみなさんにボディガードされながら暮らしたくないもの。秘密の部屋を開けたのが誰か調べるべきだと思うわ。そしてやめさせるの」

 

ハーマイオニー! とロンが悲鳴を上げる。「秘密の部屋の怪物と戦おうっていうのかい?」

 

「未知の怪物ではないはずよ、そうでしょう? パーセルマウスのハリーとレンが・・・レンもそうに決まってるわね、ハリーのことがわかったんだもの。パーセルマウスのハリーとレンが声を聴いたんだから、秘密の部屋の怪物は蛇なのよ」

 

どうやらハーマイオニーは怒っているらしい、と察して蓮は早々と両手を挙げた。「オーケー。何をすればいい?」

 

「スリザリン寮に忍び込んで、マルフォイが何か知らないか聞き出したいわね」

「マルフォイが喋るもんか!」

「わたしたちにはね。でも、お仲間には喋るんじゃない? どうせ理解できそうにないお仲間ばかりなんだもの、口も軽くなるわよ、スリザリン寮の中なら」

「僕らがお仲間になるのは難しいと思うな。お友達ごっこをやってるうちに、継承者はマグル生まれを片付けてしまうよ」

 

ハーマイオニー? と蓮が微笑んだ。「わたくし、パーキンソンのエキスなんか絶対飲まないわよ。馬鹿が感染る」

 

ハーマイオニーは感激して蓮に抱きついた。「だからレンのことが大好きなの! 蓮は透明になれるから、ついてきてサポートしてくれればいいわ。わたしとハリーとロンがポリジュース薬を飲むから!」

 

「つまり、僕らがクラッブとゴイルのエキスを飲むのかい?」

 

ロンは「バジリスクと戦うほうがマシだ」と言いながらも、勇敢にも賛成した。ハーマイオニーの眼光に負けて。

 

 

 

 

材料調達のためにスネイプの研究室に忍び込む計画を立て始めたハーマイオニーを止めたのは、やっぱり蓮だった。

 

「日本から取り寄せるから、無駄な危険を冒すのはやめましょう」

「日本のお宅には材料があるの?」

「わたくしの曽祖父、つまり祖母の父親は、ロシアの魔法薬学者だったの。研究室はまだそのまま残ってるし、フラメルのおじいさまにもお願いしてみるわ。たいていの材料は揃うはずよ」

「『最も強力な魔法薬』の本も必要なの!」

 

タイトルを聞いてロンがひくっと顔をひきつらせたが、賢明にも声は出さなかった。

 

「わかった。必要なものは、わたくしがあちこちに手配するわ。だから約束して、ハーマイオニー。1人であちこちに突進しないで。わたくしとハリーはクィディッチの練習があるから、四六時中一緒というわけにはいかないけれど、必ずロンやパーバティ、ラベンダー、ネビルでもいいから出来るだけ複数人で行動して。ロンもよ」

「僕は純血だぜ?」

「わたくしもだけれど、『血を裏切る者』でもこの際構わないと継承者が考えたら?」

「・・・わかった」

 

少しだけ引き締まった顔でロンは頷いた。

 

 

 

 

 

「アンジェリーナ!」

 

今度はクィディッチだ。本当に今年は慌ただしい、と思いながら蓮は振り向いたアンジェリーナを自分の寝室に引っ張り込んだ。

 

「アンジェリーナにだけ教える。ハーマイオニーとパーバティとマクゴナガル先生しか知らないことだから、ウッドや他のメンバーには秘密にして」

 

言いながら、アンジェリーナの前に箒のケースを出した。

 

「なによこれ、あなたのおばあさまのお古の・・・レェェェン!」

「チェイサーの作戦はこの箒を活かした作戦を立てて。わたくし、この箒でならスリザリンの箒には負けない自信があるわ。ハリーがスニッチを取ることだけに期待するのはやめましょう。飛び回って、箒の性能だけに頼ってろくなコントロールも出来ないスリザリンのトロールどもの自滅を誘えっていうならそうするし、1人でゴールを出来るだけ多く抜けっていうならそうする」

「りょ、両方よ! 決まってるでしょ、あなた・・・あなた、こんないい箒・・・わかった、これに乗るためのマクゴナガルの特訓だったのね」

 

蓮は頷いた。

シルバーアロー40は優れた箒だが、乗り心地を追求するより前の時代の箒だ。

姿勢を維持するための魔法装置や、自動コントロール装置はついていない。

その分本体が軽く、トップスピードの記録を抜く箒は未だかつて存在しない。

ただし、それだけのスピードを出しながら姿勢を維持するにも、コントロールするにも、すべて自分自身の筋力によらざるを得ない。

 

「ニンバス2001がいくら速くても、あのトロールどもはそのトップスピードでコントロールできるわけじゃないわ。わたくしは、この箒ならトップスピードに近いところまでコントロールできる。箒に乗られるような無様な真似、わたくしはしないわよ」

 

わかってるわよ! と叫んでアンジェリーナは蓮にガバっと抱きついた。「誰にも言わないわ。価値を考えたら、これ、犯罪を冒す価値があるもの! ウッドの作戦を無視することになるかもしれないけど、あなたを最高に働かせるわ!」

 

アンジェリーナの背中をトントンしながら、蓮は小さく溜息をついたのだった。

 

 

 

 

 

「スリザリンには我々より優れた箒がある」

 

ウッドの第一声にアンジェリーナは「まったくだ」というように眉を上げた。

 

「それは否定すべくもない。しかしだ、我々はより優れた乗り手であり、敵より厳しい練習をしてきた。我々はどんな天候でも空を飛んだ」

「まったくだ。俺なんかここ最近、ちゃんと乾いてたためしがないぜ」

 

ジョージの茶々はウッドの耳には入っていない。

 

「ハリー、君次第だぞ。シーカーの資格は金持ちの父親だけではダメなんだと思い知らせてやれ。マルフォイより先にスニッチを掴め。然らずんば死あるのみだ、ハリー」

「だからこそハリー、プレッシャーを感じちゃダメ。得点できるのはシーカーだけじゃないの、チェイサーもよ」

 

アンジェリーナがハリーの肩を叩いた。青ざめた顔のハリーが、手に馴染んだチェイサーグローブをギュと革の音を鳴らして嵌める蓮を見ながら頷いた。

 

 

 

 

 

グリフィンドールチームが真紅のローブをはためかせながらピッチを旋回すると、スリザリン以外のすべての生徒たちの声援のどよめきが起こった。

 

「ハリー、大丈夫かな。めちゃめちゃ緊張してるぜ」

 

ロンが心配そうに呟く。

 

「レンは・・・いつも通りね」

「いや、違う。レンが今日はアンジェリーナより前を飛ぶんだ。毎回グリフィンドールのチェイサーは、フォーメーションを示すんだよ。もちろん状況次第で変わるけど、それがグリフィンドールのチェイサーのプライドさ。最初の陣形は、ピッチを旋回するときに観客にも敵にも教えるんだ。見てごらん。オリバー、ハリー、レン。ずっと遅れてアンジェリーナたちがひとかたまりだろ? アンジェリーナたちはディフェンスに徹する気だ!」

 

ハーマイオニーは思わず両手を口に当てた。「危険じゃない!」

 

「めちゃめちゃ危険だよ! ニンバス2001相手にばあさんのお古の箒でどうするつもりだ!」

「あ・・・」

 

焦れったそうに親指を噛むロンから、ハーマイオニーはそっと目を逸らした。

 

 

 

 

 

解説者のリー・ジョーダンが声を枯らして叫ぶ。

 

「グリフィンドールのチェイサー、奮戦しています! スリザリンはクァッフルに触れません!キーパーのフリースロー以外には。1人で得点を重ねるのは昨年最後のゲームでポッターの代わりにシーカーとして出場したウィンストン! 鮮やかなウロンスキーフェイントはまだ記憶に新しい! 今年はチェイサーとしてレギュラー入りしました! また入った! 80対0! あー、マクゴナガル先生、ウィンストンのあの技術は」

 

マクゴナガル先生の解説を求めたリーはすぐに諦めた。「マクゴナガル先生が理性を失いましたので続けます。しかし、上空の異常なブラッジャーにポッターが苦戦しています」

 

ロンとハーマイオニーは両手を組んでいた。

 

1人でトロールのようなスリザリンのチェイサーとキーパーの間をすり抜けるギリギリのプレイをする蓮からも、なぜかブラッジャーから執拗に狙われるハリーからも目が離せない。

 

たまりかねたオリバーがタイムを要求し、選手たちは陣地に集まる。

 

「ハリー、いったいどうした」

「オリバー、ブラッジャーがハリーから離れないんだよ。俺たち、そっちにかかりきりだ!」

「だが、さっきはレンが危ないところだったんだぞ!」

「平気」

 

蓮が短く答える。「トロールとブラッジャー、まとめて躱すから」

 

「レン・・・フレッド、ジョージ、あのブラッジャーは僕に任せてくれないかな。このままじゃ、僕、スニッチが現れても見えやしない」

「馬鹿言うな! あんなブラッジャー躱せるもんか!」

「レンがもう1つのブラッジャーに叩き落とされたら同じだろ? スリザリンの箒を抜けるのはレンだけだ!」

 

はいはい、とアンジェリーナが両手を挙げた。「ハリー、本当にやるのね?」

 

ハリーは唇を引き結んで頷く。

 

「だったら、チェイサーが前に出ましょう。ビーターはわたしたちを守って。わたしたちがまともなブラッジャーを引き付けるわ。レンの邪魔をしないようにね。レンは、最低でもあと70点入れるのよ、いいわね?」

「わかったわ」

「ハリーもそれでいい? チェイサーはなるべく急いで150点をオーバーする。シーカーはブラッジャーから身を守りながら、なるべく早くスニッチを掴む。シンプルに行きましょう」

「わかってる」

 

マダム・フーチにオリバーが手を挙げ合図すると、全員が持ち場に散った。

 

「グリフィンドール、フォーメーションを変えてきました。ホグワーツで一番美しいチェイサーズがラインを上げてきます。総力戦の構えです。一方スリザリンは、先ほどと変わらないフォーメーションのまま。箒への自信の表れですね。あーっと、ウィンストンがクァッフルをキャッチしました! 箒から伸び上がってです! まるでバスケットボールだ! そのままトップスピードでスリザリンのチェイサーの真ん中に切り込みます! だが背後からジョンソンが迫っている! 逆パス! 身軽になったウィンストン! スリザリンのチェイサーをすり抜けました! あいたっ! これは痛い! ウィンストンに襲いかかったチェイサー2名の正面衝突です! ウィンストンにジョンソンからパスが渡ります。ゴール! グリフィンドール、また得点です! グリフィンドールの素晴らしいパスワークも健在です!」

 

そのとき、ハリーの耳元をブラッジャーが掠めた。ハリーはくるりと向きを変え、ブラッジャーと反対方向に疾走する。

 

「バレエの練習かい、ポッター?」

 

マルフォイが必死でブラッジャーを躱すハリーに叫んだ。ハリーは逃げ、ブラッジャーは追跡してくる。マルフォイを睨むように振り返ったハリーは、見た。

マルフォイの左耳の僅かに上を漂う金色のスニッチを。マルフォイはハリーを嘲るのに忙しくて気付いていない。

 

スニッチに向かって飛ぶべきか、マルフォイに気づかれないように出来るか、一瞬の逡巡をついて、ブラッジャーがハリーの肘を強打した。

 

「ハリー!」

 

ロンが立ち上がった。

 

すべてがスローモーションに見える粘るような空気の中、蓮は自分が杖を抜き、ハリーに向かって飛ぶのを感じた。

 

半分箒から落ちかけたまま、ハリーがマルフォイの左側をすり抜ける。

 

その手に金色に煌めきを確かめ、蓮は「スポンジファイ!」と叫んでいた。

 

 

 

 

 

2人が滑るように肩から地面に落ちてくる。

 

「ハリー!」

「レン!」

 

ハリーがスニッチを掴んだ腕を挙げると、ピッチ全体が割れんばかりの歓声に盛り上がった。

蓮はもはや指一本動かす気力がない。

 

「レン!」

 

すぐ側にジョージとアンジェリーナが降りてくる。「大丈夫か?」

 

「疲れた、だけ」

 

仰向けに大の字になり、蓮は荒い息をついた。

 

「私に任せてください。2人とも私に任せて」

 

ロックハートの声を聞いた瞬間、蓮はパチンと目を開けて自分に屈み込むジョージの首にしがみついた。「今すぐ連れて逃げて!」

 

「あ、ああ、わかった」

 

ジョージは蓮を抱え上げると「ロックハート先生、ウィンストンは単なる疲労だけですから、僕たちが寮まで運びます。な、アンジェリーナ」と言った。

 

その背後で、ハリーに新たな災厄が襲いかかったのだが、それは300対0という歴史的な圧勝の前には些細なことだった。

 

 

 

 

 

目が覚めたのは寮の寝室ではなかった。

寮の小さなベッドではなく、体をいっぱいに伸ばしても落ちる心配のない、クィーンサイズのベッドだ。

カバーのタータンを見て、誰の部屋か察した。

 

「ウィンストン、目が覚めましたか?」

「はい、マクゴナガル先生。わたくしは・・・」

「ジョージ・ウィーズリーがロックハート先生の前からあなたを連れ出すとすぐに気を失いました。マダム・ポンフリーが寝ていれば治るただの過労だと言いますのでね、寮の狭いベッドより良いと思ってここに寝かせました」

 

最高の試合でしたよ、とマクゴナガル先生が目を潤ませた。まだ理性は戻っていないらしい。「今世紀最大のグリフィンドールの圧勝です。しかも最新の箒7本を相手に!」

 

「あ、あの、ハリーは?」

「能無しの先生がただの骨折を治療するために、右腕を完全に骨抜きにしました。今夜は医務室で骨生え薬を飲まされています」

 

あぅ、と蓮は右手で顔を覆った。最後の最後にハリーを生贄にした気分だ。

 

「ウィンストン、はっきり目が覚めたようですから、お客様に会わせましょう。そのまま。寝たままでよろしい」

 

杖を振って衝立を消すと、そこには日本の祖父母とフラメル夫妻がいた。

 

「あ、おじいさま、たち?」

「素晴らしかった! 素晴らしかったよ、蓮! さすが私の曽孫だ!」

「見に来てくれたの?」

「うむ。アルバスをちょいと脅してな!」

「たいへん面倒な荷物を届けるついでにね」

 

祖母の柊子に必死で目配せをした。

 

「相手が動物を飼っていないか確かめなさい。それはそうと、50年前の箒でよくもまああんなことを!」

「余計な装置がないぶん、トップスピードはどの箒にも負けないもの」

「だからってまあ、50年前のミネルヴァだってあんな無茶はしなかったわ。どうしてあんなにムキになったの?」

 

蓮は唇を尖らせた。

 

「ハーマイオニーを『穢れた血』と呼んで、パパのお金で最新の箒を7本揃えてもらうようなチームはぺしゃんこにするしかないじゃない」

「間違いない!」

 

祖父のシメオンが蓮の頭をわしわしと撫で回した。

 

「ハリー・ポッターもいいシーカーね。わたくしなら、あんなブラッジャーに狙われていたら、試合のやり直しを要求するわよ。あのブラッジャーを躱しながらスニッチを狙うファイトが素晴らしいわ。あなたはミネルヴァの若い頃にそっくりなチェイサーね。スリザリンのシーカーは自分がスニッチを掴みさえすれば勝てるつもりでいたのでしょうけれど、シーカーが稼げる点数がたかが150点しかないことを忘れちゃいけないのよ。いいチェイサーを揃えたチームと、いいシーカーだけがいるチームなら、いいチェイサーを抱えたチームが勝つのだから。チェイサーが先に160点をリードしてしまえば、誰がスニッチを掴んでも勝てると考えるチェイサーが最高のチェイサーよ」

 

当然です、とマクゴナガル先生が紅茶の支度を済ませて咳払いをした。「グリフィンドールのチェイサーには、わたくしが期待するだけのプレイをさせます」

 

「タイムアウトのあとのフォーメーションで、蓮とパスワークをしたあの子も素晴らしいチェイサーよ。スリザリンのチェイサーはどれもダメ。箒のスピードに頭がついていけてないわ」

「アンジェリーナはすごいの。わたくしがどこにパスを出しても取ってくれるし、わたくしの箒のスピードをわかっててわたくしの目の前にパスを出してくれるわ。バスケットなら当たり前だけど、箒でそんなこと難しいのに」

「そうだ、柊子! 私のペンシーブを貸してあげるから、コーンウォールのウィリアムにも見せてあげないか? 蓮の素晴らしいチェイサーぶりを彼も見たいだろう!」

 

言いながら、車椅子のニコラスがベッドの中の蓮の手にそっと何かを握らせた。

 

それは良い考えだ、と言い合いながらソファに戻る祖父母たちの背中を見ながら、ニコラスが蓮の耳に囁いた。「君を抱き上げてここまで連れてきてくれた少年に、ドクタ・フィリバスターからご褒美だ。最新の遠隔装置付きピクシー花火だよ。かわいそうにシメオンから君を取り上げられてしまったが、あの妙な教師が骨抜きにすることから君を守ったのだからね」

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