サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第9章 部屋は開かれた

ハーマイオニーが朝食を食べていると、医務室からハリーが駆け戻ってきた。

 

「良かった、まだいた」

「おはよう、ハリー。腕はどう?」

「すっかり骨も生え揃ったよ。ハーマイオニーとロンだけ? レンは?」

 

まだよ、とハーマイオニーは答え、教職員席にマクゴナガル先生がいないことを確かめた。「たぶん、まだマクゴナガル先生のお部屋だと思うわ」

 

「昨日、君が骨抜きにされちゃった頃、レンも気を失ったんだよ」

「レンが?」

「単なる疲労らしいから心配要らないわ。でも、女子寮の寝室まで運ぶより近いし、広いベッドが用意出来るからって、マクゴナガル先生のお部屋に運んだの。一度、夕方には目を覚ましたみたいだけれど、そのまままた寝ちゃったんですって」

 

すっげー活躍だったもんなあ、とロンがほわんとした顔で言った。まだ昨日の大勝利の余韻が残っているのだ。

 

「もちろん君の最後のキャッチもだ。マクゴナガルが泣きながらリー・ジョーダンからマイクを奪って300対0!って連呼してた!」

「ハリーは朝食は?」

「大丈夫、医務室で食べてきたよ。お茶だけもらおうかな」

「牛乳も飲んどけよ、腕一本ぶんの骨を生やしたんだからさ!」

 

言いながら、ロンがハーマイオニーをじろっと見た。「ハーマイオニーったら、骨折の治療にしゃしゃり出てきた挙句に君を骨抜きにしたロックハートをまだ庇うんだ」

 

「庇ってなんかないわ。ミスはミスよ。ただその・・・誰にでも間違いはあるというだけ」

 

なかなかない間違いだと思うわよ、という声とともに、ふらふらの蓮がやってきた。

 

「あ、おはよう、ハリー。昨日は最後に見捨ててごめんなさい」

「・・・やっぱり」

 

ハリーは苦笑いした。「疲れきってたくせに、ロックハートの声が聞こえた途端にジョージにしがみついて『今すぐ連れて逃げて』だもんな。そのあと気を失ったんだって?」

 

ハーマイオニーは目を瞠った。

 

「ハリー、それ本当?」

 

牛乳の跡を唇の上に残したハリーが「うん」と頷いた。

 

「そう。気がついたらマクゴナガル先生のお部屋にいて、日本の祖父母たちがいたわ。そうそう、ハリーのこと、祖母が褒めてたわよ。ファイトが素晴らしいって」

 

嬉しいな、とハリーが少し強張った表情のまま応じた。「レンのあの箒を使っていたおばあさんだよね? キングズクロス駅に迎えに来てた」

 

トーストを齧る蓮がこくこくと頷く。

 

「ハリー、どうかしたの?」ハーマイオニーが尋ねた。「まだ調子悪いみたい」

 

「君たちに話したいことがあるんだ、食事のあとでね」

 

 

 

 

 

昨夜石になったコリン・クリービーが医務室に運ばれてきた、と話すハリーに、蓮もハーマイオニーもロンも一様に表情を暗くした。

 

「同じ1年生か、ジニーがまた気にするだろうな」

「レン、ポリジュース薬の材料の件はどうなってるの? おばあさまが何かおっしゃらなかった?」

 

揃ったわ、とハーマイオニーに答えた。「日本で足りなかったぶんはフラメルのおじいさまの手持ちから貰ったみたい。昨日はその材料を直接わたくしに渡すために来たそうなの」

 

しかし、と蓮は考えた。ハーマイオニーは以前から、調合場所をマートルのトイレと決めていたが果たして大丈夫だろうか、と。

 

「ハーマイオニー? 調合場所を寮の中に見つけましょう。この包みの中に、調合方法を詳しく書いた解説書も入ってるはず。フラメルのおじいさまの蔵書だから、フランス語かも。それで材料が完全に揃った場合の調合に要する期間を計算して、多少無理やりにでも寮の中で調合したほうがいいと思うわ」

「えー? あ、そうか。コリンのことね?」

「コリンと調合場所に何の関係があるんだい? コリンのことがあったんだから、急いだほうがいいだろ?」

「そうだよ。マートルのトイレならすぐ始められるさ! レンがちょっとマートルに昨日ジョージにしたみたいに抱きつけば」

 

ロンの言葉にハーマイオニーが顔を輝かせた。「それよ!」

 

「ハーマイオニー?」

「レン、抱きつけとまでは言わないから、ジョージに相談してみない? 男子寮に空き部屋を用意できないかどうか」

「ジョージに? 監督生はパーシーよ」

 

いやハーマイオニーの言うとおりだ、とロンが言った。

 

「フレッドとジョージが悪戯用品を開発してる話聞いただろ? 中には調合が必要なものもあるはずだ。あの2人、たぶんどうにかして場所を確保してるはずだよ。でも、僕らにはマートルのトイレがあるじゃないか」

 

ハーマイオニーと蓮は首を振った。

 

「あのね、ミセス・ノリスだけじゃなく、秘密の部屋を開いた人物、仮に継承者と呼ぶわね。継承者は生徒を襲い始めたのよ? あのトイレは、ミセス・ノリスがやられた場所に一番近いんだし、安全のためには避けるべきじゃない?」

「そんなもってまわった言い方しなくたって、マルフォイに決まりだ」

「それはまだこれから確かめることよ」

「場所を探している時間がもったいなくないかな? それでまた生徒が襲われたら」

 

ハリー? と蓮が低い声を出した。「確かにそうよ。次から次に生徒が襲われるかもしれない。だからといって、わたくしたちが無闇に事を急いで、何になるの? 蛇の声を追いかけてまた走り回る気? そんなお粗末なことしていたら、次の角を曲がったときにあなたが石になるのよ」

 

ぐ、とハリーが息を呑んだ。

 

「それはそうだな。きっと先生たちも見回りを強化したり、生徒が単独行動しないように指導するはずだ」

 

ロンは頷いた。「蜘蛛だって行列作って逃げ出すんだから」

 

蓮が険しい目をロンに向けた。「蜘蛛が逃げ出す?」

 

「言葉の綾さ。君の足元に僕が階段から転がり落ちただろ? 杖が折れたときだよ。あれ、僕、蜘蛛の行列を見たからなんだ」

「ロン、あなたまさか蜘蛛が怖いの?」

 

蜘蛛が怖い、いや怖くない、テディベアを蜘蛛に変身させられたせいだ、と言い合うハーマイオニーとロンをよそに、蓮が考えに沈んだ。

 

「レン?」

 

ハリーの声に、はっと顔を上げる。

 

「・・・なに?」

「いや、昨日さ、医務室にドビーが来たんだ」

「ハウスエルフの?」

 

ドビーとのやり取りをハリーが聞かせてくれたが、蓮の感想はたった1つだ。

 

「ハリー、ドビーはそのうち親切の勢い余ってあなたを死なせるわ」

 

しかしハーマイオニーは違うところに反応した。「歴史が繰り返され、秘密の部屋がまたしても開かれた?」

 

「そうなんだ、ドビーはそう言った。レンの言ったことと同じだ」

「あら、違うわよ」

 

3人が蓮をぽかんと見つめる。

 

「言ったでしょう? 50年前の被害者はマートルよ。ゴースト、つまり殺されたの。50年前と同じ出来事が起きているわけじゃないわ。歴史は繰り返されていない。繰り返せないの。マートルを殺したバジリスクはもういないから」

「バ、バジリスク? 秘密の部屋の怪物はバジリスクだったのかい?」

「50年前はね。今は違うでしょう。そもそも怪物がいるのかどうかさえわからないわ。殺意のある蛇がうろついてることは確かだけれど、その蛇が石化効果のある邪眼を持っているのか、蛇とは別に石化の魔法を使う人間がいるのかさえわからない」

「でも秘密の部屋にヒントがあると思わないか? 秘密の部屋に入りさえすれば」

 

蓮はこめかみを押さえ「ハリー」と呆れた声を出した。「情報が足りないって言ってるでしょう。秘密の部屋のバジリスクは死にました。マクゴナガル先生とマダム・ポンフリーが証人だそうよ。秘密の部屋自体が罠の可能性もあるのよ? 少なくとも秘密の部屋に入る必然性は今のところないわ」

 

「被害者が出たんだよ?」

「マンドレイク薬が出来れば回復できる被害がね。わたくしが言ってるのは、あなたの性格を利用するなら、秘密の部屋に関する事件を起こして秘密の部屋におびき出して簡単にあなたを始末出来るってこと」

「・・・え?」

「脱出のチャンスは50年後かもね」

 

ハーマイオニーが、はっとしたように両手で口を押さえ、ハリーもさすがに想像力を働かせたのか具合の悪そうな顔つきになった。

 

 

 

 

 

「決闘クラブ?」

 

そうなの! とハーマイオニーがベッドで飛び跳ねた。「行きましょうよ」

 

机に広げた1メートルの羊皮紙を指して蓮は「マクゴナガル先生もしくはフリットウィック先生が教えてくださる決闘なら、コレと比較しても意味があるけれど、主催はどなたさま?」と冷ややかに微笑んだ。

 

「さあ」

「去年まで存在しなかったそんなクラブを今年急に立ち上げる時点で、すごく嫌な予感がするわ。わたくしはパス」

 

ハリーとロンも行くのに、とハーマイオニーはぶつぶつ言った。

 

「あなたは行けばいいと思うわよ、関心があるなら。わたくしはあと40センチ書かなきゃいけないの」

「授業をきちんと聞いていればレンなら簡単に書けることよ」

「わたくしが魔法史の授業中にビンズ先生の話を聞いてると思う? もっとマシなことしてるわよ」

「わかったわ、手伝うから!」

 

椅子の背中越しにハーマイオニーが抱きついてきた。蓮はその顔をじろっと横目に見遣る。

 

「何を企んでるの?」

「ポリジュース薬の最後の材料を毟り取るチャンスだもの」

 

はあ、と蓮は溜息をついた。

 

 

 

 

 

えーと、と蓮とハリーから冷たい視線を向けられ、ハーマイオニーは身を縮めた。

骨抜きにされた恨みを持つハリーと、骨抜きにされかけたことでもともと悪かった心証を地の底に沈めた蓮にとっては、最悪の主催者だ。

 

「スネイプがあいつを吹っ飛ばしてくれただけでも気分爽快だ」

 

ハリーの弁に蓮は深く頷いた。

 

「君はこっちだ、ミス・ウィンストン」

 

突然、そのスネイプに腕を掴まれた。「ミス・グリーングラスと対戦してもらおう」

 

ハーマイオニーを振り向くと口元が「毛!毛!」と動いているのがわかる。

 

魔女の決闘をキャットファイトと間違っているのでは?と思いながら、蓮はホルダーから杖を抜き出した。

 

「構え」

 

祖母に習った通りの構えを取る。

 

「互いに礼」

 

蓮が姿勢を正してお辞儀をした瞬間に「エクスペリア」と呪文が聞こえ、咄嗟にプロテゴを無言で展開すると、即座に「エクスペリアームス!」と杖を巻き上げた。

 

「汚い女ね、ウィンストン」

 

杖を巻き上げられるついでに弾き飛ばされたダフネ・グリーングラスが「無言呪文だなんて」と唾を吐くのに眉をひそめながら、ハーマイオニーの姿を探すと、ミリセント・ブルストロードと取っ組み合いにもつれ込んでいた。こちらで毛を毟る必要はなさそうだ。

ダフネ・グリーングラスから奪った杖を投げ返した。

 

「もう1度やる? グリーングラス」

「結構よ。卑怯者と交える杖はないわ」

「1つだけ教えてあげるわね」

「なによ!」

「作法抜きの決闘は、ごろつきの喧嘩であって決闘じゃないわ。つまり、何をしてもいいのよ」

 

ひゅ、と杖を振り、丁重に「スペシアリス・レベリオ(化けの皮剥がれよ)」と唱えた。

 

「・・・な、なによ、何をしたの?」

「まあ、いろいろと?」

 

スリザリン生の中では顔立ちが整っていてスタイルが良い、という評価は、だいぶ底上げされた結果だったらしい。

 

周りを見回すと、舞台の上でハリーは踊らされ、ハーマイオニーはミリセント・ブルストロードにヘッドロックをかけられていた。

杖をホルダーに戻し、ぐるんと右肩を回すと、蓮はブルストロードに突進したのだった。

 

 

 

 

 

「毛は確保出来たの?」

 

女性に使うべきではない、とハーマイオニーは注意したのだが「女性に使うべき言葉に最大限配慮しても巨漢のブルストロード」に殴られた顔を氷で冷やしながら、蓮が尋ねた。

 

もちろんだ。

 

「レン! 君、なんて顔だ!」

 

ガヤガヤと戻ってきたフレッドが叫ぶと、ジョージがハンバーガーの包みをポトリと落とした。

 

「ハーマイオニーを殺しかけていたブルストロードにラリアットしたら殴られた」

「ついでにグリーングラスからは、化けの皮剥がれよの呪文をかけられたのよね」

 

フレッドがしげしげと蓮の顔を眺め「痣以外に変化はないな」とニヤけた。「おめでとう、グリーングラスと違って天然の美女だと証明された」

 

「笑い事じゃないだろ!」

 

ジョージが叫んで談話室を飛び出していった。

 

「まったく笑い事じゃないわ、いてて」

 

ロンが氷嚢の位置を動かしただけで痛みがあるらしい。

 

「我慢しなよ。すぐにリタイアして冷やせば良かったのに、ブルストロードに勝つまで続けたのは君だ」

 

ハリーとロンが羽交締めにしても、蓮が素早くロックを外してブルストロードを殴り返すのを止められなかった。

ブルストロードは牝牛というよりアメリカバイソンだ。それが暴れているだけでも危険なのに、背が高くリーチのあるアスリートタイプの蓮との乱闘になれば、魔法界のモヤシっ子は近づくこともできない世界なのだ。最終的にブルストロードの懐に体を捻りながら潜り込んだ蓮が肘で顎を弾き飛ばしてノックダウンさせた。

 

ダーズリー家で殴られ慣れているハリーがテキパキと動いて、医務室から氷と氷嚢を貰って戻ったところだ。

ロンが氷嚢を頬に当て、ハーマイオニーが魔法で冷やしたスポーツドリンクをストローで飲ませ、ハリーは今後想定される痣の色の推移について説明していた。

 

フレッドはやれやれと頭を振った。

そしてハリーの肩をポンと叩く。「安心しろ、ハリー。たぶんジョージが痣隠しのパウダーを買い・・・じゃない、手に入れてくるさ」


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