サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第15章 雄鶏の卵

翌日、ジニーが「木箱の内側に隙間がないように白い紙を貼って、中を塩でいっぱいにして塩漬けにした」と寄越したメモをスカートのポケットに仕舞うと、安心して部屋に戻った。

 

パーバティはインドにも親戚がたくさんいるのだから、きっと蛇に詳しいだろう、と藁にもすがる思いだ。

 

しかしパーバティは呆れたように首を振る。「雄鶏が卵を産むこと自体おかしいでしょう、レン。しかも、なんで鶏の卵から蛇が生まれるの」

 

ベッドに腰掛け「でもバジリスクはそういう生物だもの」というと、ハーマイオニーが「闇の魔法使いが作り出した生物、というか一種のモンスターよね」と忌々しげに分厚い本を閉じる。

 

「ハーマイオニー、それは?」

「魔法薬素材大全。バジリスクの毒に匹敵する強力な物質がないかと思ったけど、書いてないわ。バジリスクの毒にも触れてあるけど、ほんのちょっとだけ」

 

仕方ないわよ、とパーバティが「そもそもバジリスクを作ること自体、とうの昔に禁じられてるもの」とぼやいた。「50年前にホグワーツにいたのが、たぶん世界で最後の個体だったんじゃない?」

 

ぽふんとベッドに倒れ伏し「絶望的」と呻いた。

 

50年前のバジリスクの毒は、歴史的遺物とやらの剣に染み込んでいるだけだろう、きっと。バジリスクの毒のような危険物が50年後に変質している可能性を考えたら、たとえどこかに原液が残っていても触りたくない。

 

そんなことないわ、とハーマイオニーが決然と言う。「バジリスクの毒に匹敵する強力な物質を探せばいいのですもの。破壊に適した物質をね」

 

「そもそも日記帳がなくなったんだから、そっちは急がなくていいんじゃないの? それより、秘密の部屋のモンスターが何者かを先に考えたら?」

 

それは蓮の担当よ、とハーマイオニーがパーバティに答えた。

 

「ああ。だからこの前から雄鶏雄鶏うるさかったのね」

「ええ。ハグリッドもバジリスクに関しては詳しいわけでもないみたい。そもそも昔は図書館にそういう闇の生物について書いた本があったけれど、ダンブルドアが校長になってから、闇の魔術に属する本は生物学に至るまで全部回収したらしいから、調べようがないわ」

「レン!」

 

ハーマイオニーが蓮の背中をパチンと叩く。

 

「んー?」

「マダム・ポンフリーよ」

「なにが?」

「ハグリッドやマクゴナガル先生の時代には図書館に資料があったということでしょう? マクゴナガル先生がおっしゃったわ。50年前にバジリスクの毒を採取したのはマダム・ポンフリーだって! マダム・ポンフリーは、その本を読んだことがあると思う。だから毒を採取出来たのよ!」

 

 

 

 

 

マダム・ポンフリーは「あなたがたは何か勘違いしています」とキッパリとハーマイオニーの質問をはねつけた。「わたしは、魔法薬の素材として様々な毒に関心を持っていましたが、ただそれだけです。テロリストでもあるまいし、バジリスクの毒に匹敵する物質など知るわけがありません。蛇毒カエル毒の中ではバジリスクの毒が最強と言われていますから、バジリスク討伐に参加しただけです。バジリスクの毒以上の毒性物質はありません」

 

わかりました、と言いながら蓮は「では蛇について質問しても?」と話題を変える。

 

「毒蛇に関する質問ならば」

「毒蛇かどうかはわからないのですが」

 

溜息をついてマダム・ポンフリーが「わたしを何だと思っているのです」と呟いた。

 

「バジリスク討伐の勇者ですわ」

「そのような仰々しい呼称はミネルヴァに進呈してちょうだい。バジリスクにトドメを刺したのはミネルヴァです。ゴドリック・グリフィンドールの剣でね。いかにも勇者らしいでしょう。それで? 蛇に関する質問とは?」

「雌鶏が生んだ卵を雄鶏が温めたら、蛇は生まれませんか?」

「ひよこしか生まれません」

 

きっぱりした答えに、ですよね、と蓮は肩を落として「お時間をいただいてありがとうございます」と退室しようとした。

 

「お待ちなさい。鶏小屋ならば、の話です」

「え?」

「雌鶏が生んだ卵を雄鶏が鶏小屋で温めたならば、普通にひよこが生まれます。ですが、もし、異常な魔力が集積した場所で雄鶏が卵を温めたならば、違う種の生物が孵化する可能性はありますね」

 

そもそも雄鶏が卵を温める時点で異常ですけれど、とマダム・ポンフリーが眉を寄せた。

 

「これは仮定の話です。雌鶏が生んだ卵と適当な雄鶏をバジリスクの巣穴に置いて、雄鶏に禁じられた服従の呪文をかけて抱卵させたならば、バジリスクの近縁種が生まれる可能性は否定できません」

 

慌てて蓮は「ハグリッドが森番見習いになったばかりの頃に、卵を温める雄鶏がいたそうです」と付け加えた。「つまり、空きたてほやほやのバジリスクの巣穴はありました」

 

「ならば可能性は高くなります。なるほど、即死に至らず石化で済んだのにはそういう理由も考えられますね。バジリスクに近しい邪眼を持つが、ワンランク落ちると考えればむしろ自然です」

「雄鶏の声を恐れないのは、ランクアップではないのですか?」

「どうせ相対して戦うなら大した弱点ではありませんからね。声真似をしても無駄でした。雄鶏に育てられた蛇が雄鶏を恐れないのは当然では?」

 

ハーマイオニーと目を合わせて頷き合った。

 

 

 

 

 

ぽかーんとロンが口を開けて、ハーマイオニーが「蛇」について説明するのを聞いている。

 

「謎はまだ残るけど、蛇自体にはこれで仮説が成り立つわ」

「謎なんかもうないだろ?」

 

ハリーが首を傾げる。

 

「完璧じゃないか?」

「ううん。まだダメ。だって、マダム・ポンフリーでさえ『仮定の話』って何度もおっしゃったわ。たとえT.M.リドルがそうやって今の蛇を作り出したにしても、偶然が過ぎるもの。鶏小屋に卵を温める雄鶏がいたからって、それをいそいそと秘密の部屋に運んだら蛇が生まれました、なんて」

「ハグリッドが言ってた本で読んだんじゃないかな? 昔はそういう生き物のことを詳しく書いた本があったんだろう? バジリスクの作り方は中世に禁止されたから書いてないにしてもさ。雌鶏の卵を雄鶏が蛇の巣穴で温めたら、変な蛇が生まれることぐらいは書き残しても問題ない」

 

だいぶ問題があると思うけれど、と蓮が口を開けた。「秘密の部屋には入りたいわね」

 

「レン?」

「ハグリッドのこともあるし、盗まれた日記帳のこともあるわ。どちらも、秘密の部屋のモンスターを倒せば、ある程度は安心出来るでしょう?」

 

ハリーとロンが強く頷いた。「ハグリッドのことは、僕、本当に解決したい」

 

「こないだレイブンクローの奴まで言ってたんだ。ハグリッドがいる以上、学校は安全とは言えないから両親がダンブルドアに手紙を送るんだって」

 

ハーマイオニーが思案げに俯く。「そういう保護者はきっと他にも出るでしょうね」

 

「秘密の部屋のモンスターを倒せば、少なくともモンスターの被害は出なくなるわ。噂は急には消えないと思うけれど、ダンブルドアが保護者に対してハグリッドを擁護しても構わない状況にはなると思うの」

「日記帳のほうはどうなるんだい?」

 

誰が盗んだかわからないけれど、と蓮は慎重に言った。「ハーマイオニー、あの日記帳が身近にあるとどうなるかわかるわよね?」

 

「もちろん。たぶん、ああやって持ち主を操って、秘密の部屋を開けさせていたのよ」

「なんでわかるんだい?」

 

ハーマイオニーはしらっとした顔で「だってわたし、レンに殺されかけたもの」と蓮のせいにした。

 

「でも、すぐにレンじゃないってわかったわ。わたしを『穢れた血』って呼んだし、声も違ってたから」

「そ、それで?」

「それだけよ。ひっぱたいたら正気に戻ったわ」

「そんなものを誰かが今も持ってるなんて危険じゃないか!」

 

ハリーが大きな声を出したので、ロンが口を塞いだ。

 

「なんでそんなもの捨てちまわなかったんだよ?」

 

声を潜めるロンに「捨てたってまた誰かが拾うでしょうね、わたくしたちのように。だから破壊しようと思ったの」と説明した。

 

「燃やしちまえば良かっただろ?」

「普通の火じゃ燃えないと思うわ。家族に聞いたの。そうしたら、バジリスクの毒やそれに匹敵する強力な物質でないと破壊出来ないと言われた。そんなものに心当たりある?」

「バジリスクの毒を使えば?」

 

どこにあるのよ、とハーマイオニーがハリーを睨んだ。

 

「わたしたちだって、マクゴナガル先生に聞きに行ったり、マダム・ポンフリーに聞きに行ったりしたんだから!」

「持ってないって?」

「鼻であしらわれたわ。『そんなものを50年間原液のまま持ち歩く人間にわたくしが見えますか』って」

 

そりゃそうだな、とロンが口を曲げた。

 

「原液のままじゃないならいいんだろう?」

「あるにはあるのよ、原液じゃないけれど、原液かそれ以上に強力な武器が」

「それを使えば?」

 

蓮は力無く首を振る。「たぶんそれ、ゴドリック・グリフィンドールの剣だもの。国宝扱いよ」

 

「マクゴナガル先生はそれを使ってバジリスクにトドメを?」

 

ハリーの質問に蓮とハーマイオニーが頷いたところで、ハーマイオニーが、はたと気がついてしまった。

 

「・・・ま、まさかあなたのおばあさまが、その剣をバジリスクの毒まみれに?」

 

蓮は両手で顔を覆った。ハーマイオニーが叫ぶ。

 

「・・・な、なんでそんなことを!」

「グリフィンドールの剣は、ゴブリン製なの。ゴブリン製の金属は、自分より強力な物質を吸収して自分の力に変えるわ。だから・・・なんていうか・・・たぶん、ついでに、みたいな?」

「マーリンの髭だぜ、おい。じゃ、マクゴナガルはどうやって持ち出したんだろう?」

 

落ちてきたんですって、と蓮は呟いた。「武器が欲しいと願ったら頭の上に」

 

「組分け帽子がね」ハーマイオニーが補足した。

 

「ピンチに陥ったときに武器が欲しいとダンブルドアに救助を求めたら、組分け帽子が飛んできて、他にどうしようもないから、かぶったらその中に剣が現れたそうよ。あの剣は持ち出せないの、ホグワーツの校長以外には。でも組分け帽子があれば、組分け帽子のところに現れるのよ」

「なんで」

 

ハリーとロンに、ハーマイオニーが「組分け帽子と剣はセットなの。どちらもゴドリック・グリフィンドールの遺品だから。もう! 誰か1人ぐらい『ホグワーツの歴史』をちゃんと読んでくれない?」と憤然と言った。

 

「君がロックハートを優先せずにその本を持ってきてくれてたら読んだと思うよ、たぶんね」

 

 

 

 

 

今週末だ、とハリーが言った。「今週末に秘密の部屋に入ろう。レン、君、入り方はわかる?」

 

「たぶんね。たぶんパーセルタングを使えばいいのよ」

「パーセルタング? なんで言い切れるんだい? なんかいろいろ罠とかあるんじゃないか?」

 

ハーマイオニー、と蓮がハーマイオニーに説明を丸投げした。

 

「『ホグワーツの歴史』にちゃんと書いてあります! サラザール・スリザリンはパーセルマウスだったの。それを誇っていたわ。だからスリザリンの紋章は蛇でしょう? スリザリンの継承者の証ならばパーセルタングで十分だと考えたんじゃないかしら。去年みたいな罠をくぐり抜ける必要ないし、それって美しくないもの。スマートにスリザリンの継承者だけが通過出来る仕掛けならばパーセルタングを鍵にすればいいじゃない」

「レンだってパーセルマウスだ。レン、君、スリザリンの曽曽曽曽曽孫かい?」

 

ロンの肩をバシッと叩いてハーマイオニーが言った。「レンのパーセルマウスは、日本由来よ。サラザール・スリザリンの時代、イギリス人は日本を発見してもいなかったわ!」

 

「じゃ、ハリーはどうやってパーセルマウスになったんだよ?」

「ロン、サラザール・スリザリンは1000年前の人よ。その時代に『魔法力を示す若者を集め』始めたの。当時はたまたまパーセルマウスとして知られていたのがスリザリンだっただけという可能性は高いわ。遺伝的に僅かな一定割合で生まれるものだと考えたほうが自然じゃない? スリザリンの時代はまだそんな知識がない時代だったから、パーセルマウスが自分の魔法使いとしての優越を示すものだと思い込んで、秘密の部屋の鍵にしたんだと思うわ」

 

「ハーマイオニー」ハリーが微かに震える声で「だったら50年前だけじゃなくてもっと前に開けた人がいたんじゃ・・・」と尋ねた。

 

「スリザリン寮に入った野心的なパーセルマウスならばね。それ以外の寮の生徒がスリザリンの継承者だと主張する動機がないわ」

「『ホグワーツの歴史』もまだ印刷所に届いてなかっただろうからな」

 

 

 

 

 

その週、3月の2回目の金曜日に、理事会の過半数の支持を受けて、ルビウス・ハグリッドが魔法省に拘束された。


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