サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第16章 突撃、秘密の部屋

学校備品の箒置き場から箒を2本くすねて、ハリーとロンがマートルのトイレに到着した。

 

「お待たせ。入り口の場所はわかったかい?」

 

蓮でもハーマイオニーでもなく、マートルが「ここよ!」と古い洗面台を指差した。

 

「わたしはいつもあの洗面台を使っていたわ。後ろで物音が聞こえて振り向いたら・・・死んだの」

 

確かに、とハーマイオニーは頷く。「この洗面台の蛇口だけ水が出ないものね」

 

黙って蛇口を調べていた蓮が「目印もあるわ」と指差した。「この蛇に向かって喋ればいいのよ、きっと」

 

「ハイ元気? とか?」

「サラザール・スリザリンらしく」

 

命令するんだよ、とハリーがロンの肩を叩いた。

 

「僕が?」

「僕はブラジル産ニシキヘビのアミーゴだ。バジリスクのアミーゴじゃない」

 

どっちでもいいから急いでね、と言いながら蓮がロンから箒を取り上げてまたがり、ハーマイオニーを後ろに乗せた。

 

「選択の余地なく僕が命令するんだね」

 

ハリーは溜息をついて箒にまたがり、蛇口に身を屈めた。

 

 

 

 

 

 

「でっけ」ロンが脱皮した皮をつつきながら「マジで化け物みたいな蛇だなあ」と呟く。

ハリーは蓮から箒を受け取り、蓮はスカートのポケットから家紋のついた和紙を取り出した。

 

「それは?」

「日本の魔女の技ね。たぶん祖母はこれで鷹を作ってバジリスクの目を潰したはず」

 

ふうっと息を吹きかけると、鷹の羽の家紋を透かしに入れた真っ白な和紙から、鳥が形作られ、しゅるんと色がついた。

 

蓮が力強く杖を振り「いけ!」と短く命令する。

 

4人は巨大な土管の中から、鷹が巣穴に攻撃を仕掛けるのをチラチラと覗き見た。

 

「目だったらいいんだけど」

 

ハーマイオニーが呟いた。最後まで突撃に反対したのはハーマイオニーだ。「石化効果が邪眼ではなくブレスだったらどうするの!」と。

そうしたら振り向かずに逃げるのさ、とロンがいい、ハリーと蓮に箒を使えと主張した。

ハリーも蓮も、大事な箒を危険にさらしたくはないので、学校の備品の箒で妥協することになった。

 

「こんな穴だらけの計画なんて!」

 

何度もハーマイオニーはぼやいたが、ハグリッドが連行されたことを知り、やっとゴーサインを出したのだった。

 

巣穴から鷹が飛び出してきた。

 

「きた」

 

しかし、鷹は巣穴の入り口の石像の口の前でぼっと燃え上がる。

 

「レン!」

 

大丈夫、と言いながら蓮がハリーから箒を取り上げた。

 

「ハリーたちも乗って。目は潰したわ!」

 

ハーマイオニーを後ろに乗せて飛び出していく。

 

ハリーとロンは顔を見合わせた。「目は?」

 

 

 

 

石像の中でズルズルと這いずる音がするが、ハリーは具合悪そうに目を閉じている。

 

「ハリー?」

 

呼びかけるハーマイオニーに蓮が「蛇の悲鳴が聞こえているだけ」と説明した。

 

「蛇は何て?」

「わたくしたちを殺してやる、だそうよ」

「牙でね」

 

石像の口を左右から挟む位置に浮いたまま、4人は杖を構えた。

 

「来る!」

 

ハリーが叫んだ瞬間、ドゴっという鈍い音と共に石像を破壊して大蛇が出現した。

 

 

 

 

 

ちょっとだけうっかりしていた、とハーマイオニーを乗せた箒で地下水路を縦横に飛び回りながら反省した。

 

過去のバジリスク退治において4人からの失神呪文で倒せなかったのは、900歳以上の蛇だったからだ。たかが50歳の蛇なら、同じ4人からの失神呪文を同時に集中させれば倒せないこともないだろう、と。

ロンもそれに賛成した。ドラゴンを捕獲するときにはドラゴンキーパーもだいたい4人でドラゴンを失神させるそうだ。

 

ーードラゴンキーパー4人や6年生4人の手慣れた失神呪文の威力と、2年生4人が慌てて覚えた失神呪文の威力差を考えていなかった

 

ドゴっ、ドゴっ、とあちこちの壁を破壊しながら大蛇が鎌首をもたげて滑ってくる。

 

「・・・とりあえずブレス攻撃はなさそう」

「だったらなによ!」

 

ハーマイオニーが叫んだ。

まったくだ。

邪眼もブレスも必要ない。このままでは物理的に殺されかねない。石化とどちらが良いか選ぶまでもない。

 

「レン! 僕らが引き付けるから、君たちはあの部屋に待機して、威力の高い魔法を撃ち込んでくれないか?」

 

ロンが叫んだ。

 

「僕とロン、より! 君たち2人のほうがたくさんの呪文知ってる、だろ!」

 

箒を操りながら、ハリーも叫ぶ。

 

「わかった!」

 

怒鳴り返した蓮は、速度を上げて秘密の部屋に続く水の回廊の中を飛んだ。

 

「レン?」

「広間になってる場所で箒から降りましょう!」

「わかったわ!」

 

 

 

 

 

ハーマイオニーを振り落とした箒を投げ出し、蓮は壊れかけた石像によじ登った。

 

こうなったら何でもいいから強力な魔法を撃ち込み続けるしかない。

 

ハーマイオニーは滑空して下りてきた土管近くの水路に杖を突っ込んで呪文を唱え始めた。

 

ビュンっと、ハリーたちの乗った箒が飛び出してくる。ロンが転がり落ちたが、蓮が乗り捨てた箒に素早くまたがった。

 

「飛べ! ロン!」

 

ハリーが失神呪文を唱えて時間を稼ぐ。

 

「コンフリンゴ!」

 

蓮が叫んだ爆破呪文は、大蛇の鱗をちょっぴり焦がした。

 

「・・・マジ?」

 

さすがに血の気が引いた。

 

「レン! 爆破呪文はあとよ!」

 

ハーマイオニーの声に振り向けば、ハーマイオニーの杖先から水路が凍り始めている。

 

「ハーマイオニー、バジリスクに冷気は効かな」

「アレはバジリスクじゃないわ! 雄鶏が『あたためた』蛇なの!」

 

 

 

 

 

交互に大蛇の前に出ながら、ハリーとロンは何周も水の回廊を飛び続けた。

 

「さすがに、疲れて、きた、かな」

「僕らも、な」

 

だが、スピードを落として喰われるのは勘弁だ。

 

2人がそう思ったとき、ハーマイオニーの声が聞こえた。

 

「2人とも、どいて!」

 

反射的に左右の壁に分かれてスピードを上げると、蓮が杖先を背後の大蛇に向けているのが見えた。

 

すべてがスローモーションに変わったかと錯覚したが、スローモーションなのは蛇だけだ。

 

「コンフリンゴ!」

 

蓮が叫んだ爆破呪文は、ハリーとロンを狙って大口を開けた大蛇の口の中で炸裂したのだった。

 

「助かった」

 

ロンが、ポテ、と箒から転がり落ちた。

 

 

 

 

 

ダンブルドアとマクゴナガル先生が秘密の部屋に入って、数十分が経過した。

 

フォークスに捕まって洗面台下の穴から飛び出してきたダンブルドアが「見事じゃ」と青い瞳を煌めかせた。

 

「して、あの蛇の正体を誰か知っておったのかね?」

 

全員が首を振るのを見て、マクゴナガル先生の眉がピクリと動いた。

 

「・・・知らずに飛び込んだと?」

 

そこになおりなさい、とマクゴナガル先生が言うのをダンブルドアが遮った。

 

「知るはずがないのじゃよ、ミネルヴァ」

「ダンブルドア?」

「あれは、リドルが作り出した蛇じゃ」

 

おそらくは毒蛇の卵からのう、とダンブルドアが髭を撫でた。

 

蓮がぽかんと口を開ける。「雌鶏の卵を雄鶏がバジリスクの巣穴で孵化させたのではないのですか?」

 

「それももちろん試したじゃろうな。肝心なのは雄鶏が抱卵することと、バジリスクの魔力の影響を受けることじゃ。ならば、蛇の卵のほうが良いと判断したと儂は想像する。君たちが倒した蛇は、ラブドフィス、つまりヤマカガシの特徴をいくつも持っておる。鶏に似たところがあまりにも無さ過ぎる」

 

例えば、とダンブルドアがハーマイオニーの肩に手を置いた。「ミス・グレンジャーの考案した、水温を下げて蛇の動きを鈍らせる手段じゃが、鶏生まれの蛇ならば体温を一定に保つことができるゆえ、意味を成さぬ。変温動物の蛇じゃから効いた手段じゃな」

ハーマイオニーは、こくりと頷いた。

「あるいは、強靭な鱗もラブドフィス属の蛇の特徴じゃ。頭頂部に盛り上がるように鱗が膨れる。これが鶏冠に似ているゆえ、コカトリスやバジリコックの幻想の元となったと言われる。のう? バジリスクを作り出すために、バジリコックに似たラブドフィスの卵を利用したのじゃと儂は考える」とダンブルドアが説明した。

 

「ともあれ、君たちは見事に秘密の部屋の怪物を倒した。まだいくつか問題が残っておるが、学年の終わりまでにはホグワーツ特別功労賞を授与しようぞ」

 

ハリーとロンが慌てて首を振る。「僕たち、その、僕とロンは要りません! ハグリッドをハメた奴と同じ賞なんて。でも、ハグリッドが無実だってわかったんだから、だから、ハグリッドを返してください!」

 

無論じゃ、とダンブルドアは重々しく頷いた。

 

「じゃが、済まぬが、すぐのことにはならぬ。いろいろ面倒な手続きが必要じゃ。その手続きの大半は、ミス・ウィンストンの御母上が手がけてくれることになっておる。儂からも、この大蛇について口添えすることが出来る」

「わたくしも、特別功労賞はご遠慮します」

 

蓮は、じりじりとハーマイオニーの後ろに移動しながら言った。

 

「そ、その。校則を粉々に破りましたので、それと相殺にしていただけるほうが嬉しいですわ」

「わたしもです」

 

蓮とハーマイオニーは、マクゴナガル先生の視線に怯えていた。

 

「ミネルヴァ」

 

ダンブルドアが溜息をついた。

 

「そう睨むでない。君たちと同じことをしただけじゃ」

「わたくしたちは2年生ではなく6年生でしたのよ、ダンブルドア! それに学校の備品を勝手に持ち出したわけでもありません! この馬鹿娘たちは、失神呪文と爆破呪文と氷結呪文しか使えない分際で」

「2年生がそれだけ使えれば充分じゃろう」

「バジリスクには充分ではありません!」

「ヤマカガシじゃ! ちょびっと巨大で悪い癖があるが」

 

ダンブルドアは肩を竦め「ミス・グレンジャー、ミス・ウィンストン、胸を張るが良い。君たちは何もヘマはしておらぬ。マクゴナガル先生は、50年経ってやっと当時の儂の心境がわかったものじゃから、君たちにいささか腹を立てておるのじゃ」と笑った。

 

 

 

 

 

談話室のソファや床に伸びてぐうぐう眠ってしまった4人にアンジェリーナやパーバティが毛布をかけた。

 

「大丈夫かな」

 

ハリーとロンの頭の下に枕を押し込みながらネビルが顔を曇らせた。

 

「毒蛇の毒で眠ったんじゃ」

「ネビル、心配いらないわ」

 

アンジェリーナが笑いながら、ジニーの肩を抱いて女子寮への階段に足をかけた。

 

「怒り狂った大蛇から、オンボロ箒で逃げ回ったり、地下水路の水全部をいっぺんに凍らせるなんて無茶な真似を2年生がやれば、くたびれ果てるのが当然よ」

 

ジニーはその腕の下から、4人を見て「ありがとう」と呟いた。もう自分は誰のことも傷つけないのだ、と思って。


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