サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第17章 燃やしてやったぜ

春の嵐の中を、クィディッチピッチでは深紅の渦巻が8個飛び回っている。

 

ジニーはクィディッチの練習を見に来るようになった。

 

「ジニーはクィディッチチームに入りたいんだぜ」

 

練習が終わり芝生を歩きながら、フレッドが誇らしいような、生意気にと言いたいような複雑な諦め顔で、アンジェリーナと蓮に教えた。

 

「チェイサー志望だとよ」

「歓迎よ」

 

顔の滴を拭いながら、アンジェリーナが言う。

 

「レンももうわかるでしょう?」

「ええ。スリザリンの試合、アンジェリーナたちが前半で温存してくれてたから、後半まで保ったけれど、チェイサーが増えれば、交代しながら総力戦が出来る。グリフィンドールのチェイサーのプレイスタイルなら、交代要員が多いほうが完成形に近づくと思うわ」

「ジニーは手足が長いから、レンと同じフロントプレイヤーに育つと思うのよね」

 

そんなもんかね、とフレッドが鼻を鳴らした。「俺は卒業するまでビーター・クラブは誰にも渡さないけどな」

 

「馬鹿ね。あとのことも考えなさいよ。ねえ、レン?」

 

蓮は苦笑して「フレッドとジョージは人間ブラッジャーなんでしょう? 次の人材に困りそうね」と答えた。

 

とにかくジニーが明るくなったのは良いことだ、と蓮は思った。

日記帳は塩漬けの封印のままだが、秘密の部屋の蛇を始末したあと、ジニーを説得することが出来た。学年が終わるまでジニーが保管し、ホグワーツ特急の中で同じコンパートメントから荷物を運び出す。そのときに塩漬けのまま、蓮が持ち帰る。

 

そうすれば万事オーケーだ。専門家の手にポイだ。

 

 

 

 

 

もちろん、そんな楽観的な期待をしたのは間違いだったのだが。

 

 

 

 

 

楽観的なのは、蓮だけではなかった。

 

グリフィンドールチームの2戦目の朝のオリバー・ウッドも、だ。

 

いつもの演説は、チームメンバーだけでなく、グリフィンドール生全員に聞かせるために、談話室で行われた。

 

「今年のグリフィンドールチームが最高のチームであることは、もはや誰にも否定出来ない」

 

そんな言葉から演説は始まった。

 

「スリザリン戦を思い出せ! 我々は完璧な試合をした。狂ったブラッジャーに負けないビーターがいた、チェイサーはシーカーと同じだけの得点を挙げた。そしてシーカーは骨折しながらもスニッチを掴んだ。これこそがクィディッチだ! そうだろう、諸君!」

 

自分の言葉に恍惚とするウッドに、アンジェリーナが極めて冷静に「更衣室じゃないのよ、オリバー。そろそろ移動しなきゃ」と声を掛ける。

 

メンバーが箒を担いで談話室を出ていく。

 

蓮は、チェイサーグローブを握ったまま、プロテクターを装着するジョージの箒を持って待った。

 

「ジョージ、彼女が応援に来るといいわね」

「彼女? 誰?」

 

蓮は呆れて「ダフネ・グリーングラスよ」と答えた。

 

「グリーングラス? なんでだい?」

「バレンタインカード、大事にするって言ってたじゃない」

 

誰がするか、とジョージは立ち上がり、蓮の手から箒を取った。

 

「え?」

「あんなカードなんかな、悪霊の火で燃やしてやったぜ」

「悪霊の火?」

 

肖像画の扉を蓮のために開けてやりながら「バジリスクの毒並みに強力な火さ。どんな忌々しいクソったれのカードも一発で消えてなくなる。しかも手軽だ。呪文ひとつでオーケー」と説明する。

 

「呪文?」

「インセンディオ」

 

ジョージが肖像画の扉を閉めると、蓮が「ただの火でしょう」と笑った。

 

「消えちまえ! という気合が大事なんだ」

「そこまで嫌わなくても」

「君は、興味ない野郎から送り込まれた小人を半殺しにしたじゃないか」

「あの小人を使うセンスが許し難かったの」

 

だろうな、とジョージは笑い「知ってるか?」と階段を下りながら切り出した。

 

「何を?」

「君が玄関ホールのシャンデリアに吊るして、ぶん回した小人はマルフォイからだ」

 

蓮は顔をしかめた。

 

「どうして知ってるの?」

「あのとき、何かの薬を君に飲ませようとしてたんだろ?」

「そうね、たぶん。あんな得体の知れない小人が持ってくる液体はろくな物じゃないと思う」

「愛の妙薬さ。ハリーとロンの乱闘相手は、それをかぶってたもんだから、あの日、マルフォイのすぐ近くのハッフルパフ席で昼飯食ったんだ。いじらしいだろ? それで、マルフォイが例のごとく、スリザリンのテーブルで、父上父上言ってる話を聞いて、さらにいじらしくもハリーとロンの耳に入るような声でその話を広めたってわけだ」

 

蓮は「わたくしには、マルフォイを3回殺す権利ぐらいあると思う」と呟いた。

 

そのときだった。

 

「レン! すぐに来て!」

 

階段の上からパーバティの怒声が聞こえ、蓮は足を止めた。

 

「行けよ。君の出番は、今日は後攻だろ? オリバーには言っとくから」

「お願い」

 

蓮は箒を担いだまま、階段を2段飛ばしに駆け上がった。

 

 

 

 

 

 

肖像画の穴を潜るとパーバティが駆け寄ってきた。小声で「ジニーだったの、日記。誰にもわからないほうがいいと思って」と囁く。

 

蓮は頷き「わたくしが行くわ。みんなをピッチに連れ出して」と囁き返した。

 

パーバティが「さあ、応援に行くわよ!」と談話室でたむろするグリフィンドール生に呼びかけるのを背に、蓮は階段を駆け上がる。

 

ジニーたちの部屋は女子寮の一番上にある。

 

「ジニー、やめて!」

 

ハーマイオニーの声に蓮は顔色を変えた。

 

「悪霊の火なんて、使っちゃダメ!」

「でもハーマイオニー! これも早くなくなるべきだわ。ジョージがバジリスクの毒と同じ強さを持つ火だって!」

 

ジニーの部屋に飛び込んだ蓮は、塩を払われた日記帳を見て、ローブから杖を抜いた。

 

「レン!」

「ジニー、ジョージは悪いジョークを言っただけ。悪霊の火なんか使ってないわ。お願い、それを元通りにして」

「でも、レン!」

 

ジニー、と蓮は声を低めた。「約束したでしょう? それは専門家に渡す」

 

「インセンディオだけでいいのよ?」

「それはただの火を起こす呪文よ」

「だってフルーパウダーにも使うの。ただの火じゃないわ」

「フルーパウダー? 煙突飛行の時? そんなときに使う火が悪霊の火なわけないでしょう? お願い、ジニー」

 

ゆっくりとジニーとの距離を詰めようとした時、ジニーがガクン、と揺れた。

 

「・・・じ、ジニー?」

 

ハーマイオニーの声にも反応しない。

 

「ジニー」

 

ジニーが顔を上げたとき、蓮もハーマイオニーも息を飲んだ。

 

「『穢れた血』と『血を裏切る者』か。ちょうどいい」

 

 

 

 

 

〈ジニー〉は、自分の本体をローブに仕舞い、杖を出した。

 

「ジニー」

「ハーマイオニー、あれはジニーじゃないわ」

 

パーバティのときは、蓮の側に塩があり、リドルの不意を突くことが出来たが、今塩の側にいるのは〈ジニー〉のほうだ。

 

いくつもの攻撃呪文を思い浮かべるが、どれもジニーの体を傷つけてしまう。

 

蓮の躊躇になど頓着せずに〈ジニー〉は杖を振り上げた。「クルーシオ!」

 

ハーマイオニーは短い悲鳴を上げ、その場に倒れ伏した。

 

「呆気ない、実に呆気ないな。所詮は『穢れた血』の小娘だ」

「ジニーの顔でそんな言葉を使わないで」

 

再び杖が振り上げられた。「インペリオ!」

 

 

 

 

 

蓮は無表情に、倒れたハーマイオニーの体を見下ろした。

 

〈ジニー〉がジニーとは違う男の声を出した。

 

「僕の指示に従え」

「もちろんですわ、マイロード」

「誓え! 僕に跪け!」

 

右手に杖を握り、それを心臓の上に当てると、優雅に跪き頭を垂れた。

 

〈ジニー〉は満足げに哄笑する。

 

やった、ついにやってやった。忌々しいあの女と同じ顔をした娘を闇の帝王の配下にしたのだ。

忠実な下僕に。

こいつは純血の中の純血だ。しかも、各国の王室の護衛魔女という選び抜かれた者だけの血を集めた、極上のホムンクルスのような体だ。

 

ーーこの娘の体を使って僕は再び実体を持つ

 

「まずは、3階の壁にスリザリンの正統なる継承者から最後の伝言だ」

 

 

 

 

 

《彼女らの白骨は永遠に秘密の部屋に横たわるであろう》




ちょっと短いですが!

明日は男子ががんばります( *`艸´)

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