試合が始まったが、蓮が来ない。
ハーマイオニーとジニーにトラブルがあって少し遅れるとパーバティが伝言に来たけど、それにしても遅い。
上空でスニッチを探しながらも、ハリーは気が気ではなかった。
ロンも観客席でハーマイオニーの席を隣にキープしたまま、落ち着きなくキョロキョロしている。
そのとき、スネイプが飛び込んできて、リー・ジョーダンからマイクを奪った。
「試合は中止だ。生徒は全員、各自の寮に戻れ」
言いようのない不安がハリーを押し包んだ。
クィディッチユニフォームを着た選手がソファに、それ以外の生徒は床の上や階段に思い思いに座っている。
マクゴナガル先生が厳しい表情で現れた。
「先生、試合、試合は!」
食ってかかるウッドをフレッドとジョージが止めた。
「クィディッチどころではない事態が発生しました。特にグリフィンドール生には、一層の自重が必要です。あなたがたの、安全のために」
先生、とウッドを羽交締めにしたジョージが「ジニーとレン・・・」と言いかけて、ロンが「ハーマイオニーもだ!」と叫んだ。
マクゴナガル先生は溜息をつき「関係者にだけ話します。ウィーズリーども、それから・・・ポッター、ついてきなさい」と呼んだ。
《彼女らの白骨は永遠に秘密の部屋に横たわるであろう》
3階の壁に書かれた文字を見て、ロンがへなへなとその場に手をついた。
「しっかりしなさい、ロン・ウィーズリー。あなたとポッターは、秘密の部屋に怪物はもういないことを知っているはずです」
「で、でもこれ・・・」
「ジニーとレンとハーマイオニーが秘密の部屋に連れ去られたってことですか?」とジョージが叫んだ。
悪い夢を見ているようだ。みんな顔色を悪くして、マクゴナガルに詰め寄ったり、その場に座り込んで頭を抱えたりしている。
「落ち着きなさい!」
マクゴナガルの一喝に、ハリーは背筋を伸ばした。
「これを書いたのは、おそらくウィンストンです。服従の呪文が使われたのでしょう」
マクゴナガルは、にやり、と笑った。
信じられない、こんなときに笑うなんて。
「先生!」
「落ち着きなさい! ウィンストンには、服従の呪文は効いていません」
「・・・へ?」
「ジニー・ウィーズリーとハーマイオニー・グレンジャーのために、反抗せずに服従の呪文にかかったフリをしたのですよ」
そう言ってマクゴナガル先生が、文字らしきものを指差した。アルファベットではない「柊」という形の何かだ。
「これは日本や中国で使われる文字です。カンジと言います。ルーン文字のように、力ある文字であり、一文字一文字に意味があります。服従の呪文にかかった状態では、このような文字を残すことはあり得ませんから、ウィンストンは正気だと推定出来ます」
「ど、どういう意味ですか?」
マクゴナガル先生は「この場合は、大した意味はないのです。これはウィンストンの祖母の名の一文字です。シュウと読みます。意味はヒイラギ。ウィンストンの祖母は、魔除けのヒイラギの力ある文字を名に持っています。あの人はいわば、歩く魔除けです。わたくしやダンブルドアならば、祖母の名に使われる文字を知っているはずだと、これを書いたのでしょうね」と説明した。
ハリーは自分の杖を手の中で転がした。柊は魔除けなのか、と思うと気分が落ち着いた。
「秘密の部屋に、再び入らねばなりません」
行きます、とハリーは立ち上がった。マクゴナガル先生は頷き「ロン・ウィーズリー、あなたもです。2人でお行きなさい」
それから、と残りのウィーズリーを見回した。「パーシー・ウィーズリー、あなたは監督生ですから、寮に戻り、生徒たちを落ち着かせなさい。フレッドとジョージ・ウィーズリーは、パーシーに協力を」
「俺も行きます」ジョージがきっぱりと言った。「ロンとハリーがいろいろやらかしてることは知っていますが、いつもハーマイオニーやレンがいました。2人だけでやるより、俺含め3人で行くべきです」
それは心強い、とハリーは思った。
ハーマイオニーや蓮のような魔法の知識が自分には足りていない。
「マクゴナガル先生」
パーシーが青白い顔を上げた。「ハリーとロンは秘密の部屋の怪物を退治したと言いましたが、他にもいたということですか?」
「違います。秘密の部屋の怪物を操る悪しき魂が別にいたのです。その魂を砕かねばなりません」
ハリーはロンと顔を見合わせた。「マクゴナガル先生」
「なんです」
「剣を貸してください」
「今はなりません」
「なんでですか? あれなら、その悪しき魂を破壊出来るとレンが」
マクゴナガル先生は頷いた。
「確かにそうですが、剣をひっさげて乗り込めば警戒されるでしょうからね。タイミングを見計らって組分け帽子を送ります。グリフィンドール生ならば、組分け帽子からゴドリック・グリフィンドールの剣を取り出すことができるはずです」
3人がそれぞれ箒に乗って秘密の部屋に降り立つと、ジニーは青白い顔で目を閉じて横たわり、仰向けの蓮に馬乗りになったハーマイオニーが勝ち誇るように哄笑していた。
「っ、ハーマイオニー?」
違う、とハリーが呟いた。「ハーマイオニーじゃない、と思う」
「ジニーとレンはどうしたんだ、ハーマイオニー!」
駆け寄るジョージは、〈ハーマイオニー〉に杖先を向けられて立ち止まった。
「触るな! 『血を裏切る者』よ」
「どうしちゃったんだよ、ハーマイオニー!」
「ハーマイオニーに何をした!」
ハリーの叫びに〈ハーマイオニー〉が「ハリー・ポッター、『生き残った男の子』か」と唇を歪めて嗤った。
「この体は『穢れた血』の分際で優秀だ。精神感応系の魔法に最適な体だ。見ろ、僕がこの体で開心術をしただけで、この菊池柊子の忌々しい孫は閉心に失敗して気を失ってしまった」
「ハリー、こいつハーマイオニーじゃないんだな?」
ジョージの言葉にハリーは頷いた。「前にハーマイオニーが話してた。レンに取り憑いてハーマイオニーを殺しかけたって。今、きっとハーマイオニーがその状態なんだ」
「よしわかった」と言うと、ジョージは一瞬で〈ハーマイオニー〉との距離を詰め、蹴り飛ばした。
「ジョージ!」
「体はハーマイオニーなんだよ!」
知るか、と言うとジョージは蓮を肩に担いだ。
「触るな! それは僕の新しい体だ!」
〈ハーマイオニー〉が、蓮の体から転げ落ちた衝撃で取り落とした杖を構えたとき、ロンがジョージを庇うように前に出た。
光線がロンの胸に当たると、ロンは短い悲鳴を上げて背の高い体を丸める。
「ロン!」
野郎、と叫んでジョージは蓮を肩に担いだまま、〈ハーマイオニー〉に向かって「ステューピファイ!」と叫んだが、躱された。
「ハリー」
ロンが体を丸めたまま、掠れた声を出した。「本体は、日記帳だ」
「アレか?」
ロンはその場にうずくまるように体を丸め、息を吐いた。そして頷く。「アレから出たゴーストだろ、きっと」
「何の話だよ」
蓮を担いで戻ったジョージが「あとはジニーだな」と呟いた。ハリーは蓮を真っ直ぐに寝かせた。
「ハリー! レンのローブの中を探せ!」
言いながら立ち上がったロンがジニーに向かって駆け出しては、〈ハーマイオニー〉の叫ぶ「クルーシオ!」に攻撃される。
「・・・何をしているのです、ギルデロイ」
秘密の部屋に女子生徒3人が囚われた、という情報が職員室で共有されたとき、瞬時に全員がロックハートを見て「マーリン勲章を受賞した英雄の出番ですな」と追い払ったのだ。本人は「女子生徒は私が無事に救出してみせましょう」と職員室を後にしたが、誰も信じてはいない。
マクゴナガルは組分け帽子をダンブルドアから預かり、ロックハートの部屋に様子を見に来たのだった。
「秘密の部屋に行くのにトランクに荷物を詰める必要はないと思いますが?」
「いや、しかし。副校長、秘密の部屋だのなんだのは雇用契約にな」
杖を振りロックハートを吹っ飛ばすとマクゴナガルは組分け帽子を見せた。
「雇用契約書になくても、危険から生徒を守ることは教師の義務ですよ、ギルデロイ。あなたが嘯くほどの多大な功績は期待していませんが、ダンブルドアのペット程度の働きはしていただきます」
「ほう。磔の呪文を受けても動けるか。さすが曲がりなりにも純血だな」
ぐ、とロンが立ち上がる。「杖がなくても、盾にぐらいは、なれる」
「いいぞロン!」
叫んでジョージがジニーに駆け寄る。弟を肉盾にする罪悪感はないらしい。
「もうその娘に用はない」
〈ハーマイオニー〉が嗤った。「僕に魔力を注ぎ過ぎて空っぽだ!」
「な・・・ジニーに何をした!」
「僕は何もしていない。チビのジニーの話し相手になってやっただけだ。『ハリー・ポッターが素敵、だけどハリーの周りにはハーマイオニーやレンみたいな素敵な人がいてわたしなんて見てくれない、レンみたいなチェイサーになりたい、今日の試合のレンは素敵だったの、ハーマイオニーはもしかしたらうちのロンのことが好きなのかもしれない、ロックハート先生に憧れてるみたいだけど、ロンと話すときは、うちのママがパパを叱るのによく似てるんだもの』退屈極まりない会話を毎晩続けてやっただけさ」
ハーマイオニーの顔でハーマイオニーなら絶対言わないような言葉を重ねる〈ハーマイオニー〉に、ハリーは沸々と怒りを募らせた。
「1年生にしてはマシな魔力だが、所詮はチビだ、僕を実体化させるだけの力はなかった。仕方ないから、チビのジニーの体を乗っ取って秘密の部屋を開けさせた!」
「なんてことを!」
「なのに、婆どもに似て忌々しい奴だ。あいつらはバジリスクを殺したが、こいつは今度は僕の蛇を殺した! 僕がウスノロのグレゴール親父やルビウス・ハグリッドの目を盗んで、実験を重ねて作り出した蛇を! しかも、その時僕は塩漬けにされていた! 塩漬けだ、塩漬け! わかるか、この屈辱が!」
全然わかんねえ、とロンが呟く。ハリーも同感だ。
「漬物石にされるよりマシじゃねーか!」
ジョージが叫んで、ジニーの体に飛びついた。
「おっと」
〈ハーマイオニー〉が杖を振ると、ジニーのローブから黒い小さな本が飛び出して〈ハーマイオニー〉の手に収まった。
「また塩漬けにされてはかなわないのでね」
言うと、ジョージを追い払うように手を振る。「チビのジニーの空っぽの体にはもう用はない」
「1年や2年の女子の体体って、変態かてめえ!」
ジョージがジニーの体を担ぎ、駆け戻ってくる。
ハリーはジニーとレンを守るように前に出て杖を構えた。マクゴナガル先生が組分け帽子を持ってきてくれる、それまで時間を稼ぎながら、日記帳を取り戻すか、ハーマイオニーの体を取り戻す必要がある。
「残念ながらそれは僕のものだ!」
ハリーの体に向けた杖先から、失神の呪文が放たれたが、咄嗟にジョージが盾を張ってくれた。「レンもやらねえっつってんだろ!」
「チビのジニーはまたしくじった」
挑発するように〈ハーマイオニー〉は嗤う。
「レンとかいう忌々しい娘の言いつけを破り、僕を塩漬けから解放した! 悪霊の火で僕を焼くつもりが、ただのインセンディオだ、着火呪文でこれを、この僕の記憶を封じた日記帳を破壊できると思い込んだ!」
よくあることだな、とジョージが小さく首を曲げた。「軽いジョークを真に受けたみたいだ」
「ジョージ・・・」
ハリーは頭を振った。
「だが、そのジニーの愚かさのおかげで、僕はこの『穢れた血』には過ぎる魔力と体を手に入れた! あとは、そこの!」と杖で横たわる蓮を指す。「異常なまでに純粋な魔力の塊のような体を手に入れるだけだ! あの体で僕は実体化する!」
「君はいったい何者だ!」
答えはわかっている気がしたが、ハリーは叫んだ。
〈ハーマイオニー〉は「良い質問だ、ハリー・ポッター」というと、杖先で宙に「トム・マールヴォロ・リドル」と綴った。
「よくある名前だ」ジョージが頷いた。
「そう、ありふれた忌々しい名だ。だから僕は、こう名乗るのさ!」
〈ハーマイオニー〉が再度杖を振る。アルファベットが並びを変えていく。
《アイ・アム・ロード・ヴォルデモート》
あうち、と呻き、やっちまったな、とジョージが呟いた。
「それがどうした!」
磔の呪文から立ち直ったロンが立ち上がった。
「さっきから聞いてりゃ、ハーマイオニーの体に間借りしてるくせに『穢れた血穢れた血』って失礼にもほどがあるだろ、トム!」
その時だった。
「またこれはどうしたザマです、ウィンストン」
組分け帽子を抱えたロックハートを引きずったマクゴナガル先生が現れた。
「マクゴナガル先生!」
「貴様は!」とハーマイオニーの姿をしたリドルが叫んだ。
宙に書かれたヴォルデモートの名をチラと見たマクゴナガル先生が「なるほど」と頷く。
「相変わらずですね。変態具合に改善の兆しはない」
「やかましい!」
リドルが「クルーシオ!」と叫ぶと、躊躇いなくマクゴナガル先生はロックハートを盾にした。
「あら」一瞬だけ「しまった」という顔をしたが「まあいいでしょう。雇用契約がどうとかこうとか騒がれては迷惑ですから」とロックハートを放り出し、杖を取り出した。
「反撃です、ウィンストン」
ひゅ、と蓮に向けて杖を一振りすると、ロックハートの手から組分け帽子を取り上げた。
「ウィーズリー!」
ロンに向けて組分け帽子を放る。「杖がなければ剣を使えばいいのです!」