ハリー世代の活躍はいましばらくお待ちください。
閑話9 監督生たち
ビタン! と音を立てて、ジェームズが床にキスをした。
足に縄が巻きついている。
「1年坊主ども、カウントアップよ。夜間外出禁止の校則違反がわたくしの把握した限りで3回目。このままマクゴナガル先生に身柄を預けるわ」
「なっ! どこから出てきたんだ、あんた!」
シリウスは思わず叫んだ。
通ってきた廊下には誰もいなかったし、呪文も聞こえなかった。
「さあ? それもわからないガキの分際で夜中にベッドを抜け出すような一丁前のことするんじゃないわよ」
「ひりうふ」鼻を押さえたジェームズが「ほーめーまんほ」と訴えた。
「透明マントか!」
にや、とミス・キクチが悪どい笑みを浮かべた。「なるほど、あなたたちの発想が透明マントに飛躍したことは、わたくしの胸に留めておくわ。いろいろ便利よね、透明マント」
藪からバジリスク、と思いながらシリウスも足を縛られた。
足だけ浮遊させられてグリフィンドール塔のマクゴナガル先生の部屋に運ばれる。頭は浮遊させてくれなかったので、階段にゴンゴンぶつかる。
「痛いよ!」
「夜間外出を控えれば痛い目に遭わずに済んだのよ」
「虐待だ! 拷問だ!」
「わたくし、自分を甘く見られるのが一番許せないの」
「馬鹿になる!」
「それ以上堕ちる余地はないわ」
「馬鹿にするな!」
「捕獲された時点で充分馬鹿でしょう」
騒ぎ過ぎたせいか、マクゴナガル先生はもう部屋の前に待機していた。頭にヘアネットをかぶったまま、両側のこめかみを親指と中指で揉んでいる。
「レイ・・・」
「夜間外出3回目には、寮監の先生に突き出してよろしかったはずですわね、マクゴナガル先生?」
「もう少し静かに連行なさい」
「あら、お優しい」
「安眠妨害です」
「では次回から、きちんと折り畳んで封をしてから連行しますわ」
なあ、とジェームズが呟いた。「なにげに僕たちの人権が否定されてない?」
いつか殺されるな、とシリウスも頷いた。
まったく許しがたい、と監督生のコンラッドがシリウスとジェームズの前に仁王立ちになった。
「レイにだけは迷惑をかけるな!」
なんだそれ、とシリウスは膨れた。
「おまえらのせいで僕がレイの近くで食事するのさえ拒否されただろうが!」
「校則違反の説教じゃないの?」
「誰がんなもんするか、めんどくせえ」
コンラッド、と女子の監督生のアリスがコンラッドの肩を叩いた。
「ああ、アリス、君からもこいつらにレイに迷惑かけないように言ってくれ」
「レイに迷惑をかけてる筆頭はあなたよ。この子たちは、あなたと同類扱いされた結果、過剰な対処をされたの。レイの中ではグリフィンドールは馬鹿の集まりに定義されてるわ、あなたのせいでね」
くっく、とフェビアン・プルウェットが笑い出した。
「アリスもレイも男心がわからないからなあ。ドロメダだけはテッドと付き合ってるだけあってコンラッドにも理解を示してくれるけど」
ドロメダ? とシリウスは耳をそばだてた。「アンドロメダ・ブラック?」
アリスが「そうだけど?」と首を傾げた。
「ドロメダはスリザリンだろ?」
「そうね」
「なんでスリザリンなんかと仲が良いの?」
アリスがシリウスの鼻を指で弾いた。「自分の従姉を『なんか』とは何よ。わたしもレイもドロメダの友人よ。レイがあなたたちを今まで減点しなかったのは、ドロメダのおかげ。あなたがドロメダが可愛がってる従弟だから見逃してくれてたの」
シリウスはますます膨れた。
その頬を大きな手で鷲掴みにし、ぷすぅ、と空気を抜くとコンラッドが「レイに構ってもらっておきながら何が不満だ」と声を低めた。
「構ってもらったんじゃない! 虐待されたんだ!」
ふん、とコンラッドが鼻で笑う。
「その程度が虐待? おまえらな、レイを甘く見過ぎだ。彼女が本気で虐待する気なら今頃正気じゃいられねえよ」
「おまえが正気でいるのが俺は不思議だがな」
フェビアンの軽口にコンラッドは胸に手を当て「レイは俺には手加減するんだ」と幸せそうに微笑んだ。
ーー変な人だ、この人
「馬鹿2人はほっといて話を戻すけど、わたしやレイがドロメダと友達なのが何か問題? あなただってドロメダとは従姉妹の中では一番親しいんじゃないの?」
「それは当たり前だよ」
「どうしてよ?」
「ブラック家の中で一番まともだもん」
同じ台詞を返すわ、とアリスが微笑んだ。「スリザリンの中で一番まともだもん」
今だ、とジェームズが手招きをする。「たまにはスニベルスも役に立つな」
閲覧禁止の書棚を目指しながら、ジェームズがシリウスの耳に囁いた。
リーマスの患っている「毎月必ず発作が起きる病気」についてマダム・ポンフリーに尋ねたが「あなたがたの知る必要のないことです」と言われて、閲覧禁止の書棚を探してみることにしたのだ。図書館に来てみたら、ミス・キクチがいて、ジェームズ、シリウス、ピーターは思わず固まったのだが、ミス・キクチはスリザリンのセブルス・スネイプとグリフィンドールのリリー・エバンズに魔法薬学のアドバイスをするのに集中していた。
「エバンズはなんでスニベルスなんかと仲が良いんだろう」
「家が近いって言ってたじゃんか。入学式のホグワーツ特急でも一緒だったろ?」
「でもスリザリンだぜ?」
ミス・キクチの注意を引かないようにしずしずと書棚を遠回りし、まんまと閲覧禁止のスペースに来ると、書棚の間に座り込んで癒学関係の本を手当たり次第に一番下の棚に集めていきながら、声をひそめて噂話をした。こうしておいて、夜に機会を見つけて忍び込めばゆっくり読むことができる。監督生対策は透明マントで万全だ。
ただ、あまりに事がうまく運び過ぎていたせいか、声が許容範囲を超えてしまったらしい。
「そこの1年坊主ども」
ヒッとピーターが身を縮めた。
「出てきなさい」
「・・・はい」
無駄な抵抗をしない程度の知恵はついた。
書棚の前に並ばせて、背の高いミス・キクチに冷たく横目で蔑むように見られている。
その目つきに震え上がりたくなってシリウスはコンラッドを尊敬した。こんな風に、しもべを見る母上のような目つきで見られて愛を語れる男は勇者に違いない。
「閲覧禁止の書棚で何をしていたの」
「・・・閲覧禁止とは僕たち知らなくて」
「あらそう。なぜか癒学書ばかりを並べ替えていたわね。理由は?」
「ちょっとだけ乱れがあったので。善意です」
「マダム・ピンスは書棚の乱れを見逃す方ではないわ」
今すぐ元通りにしなさい、と命じられた。
それも、腕組みして見張るのではなく、「その本はこっち、それはあっち」と明瞭に指示するというサービス付きだ。ありがたくない。抜け道が見出せない。
そのミス・キクチが微かに眉を寄せた。
「ねえ、ブラック」
「はい?」
「あなたたち、何を検索するつもりだったの? 『定期的な発作を伴う魔法性疾患』?」
「あ、そ、それはリーマスが」
言いかけたピーターの足を思い切り踏んづけた。
「リーマス、リーマス・ルーピン? そういえば今日はいないわね」
見りゃわかるだろ、とジェームズが不貞腐れた。「あいつ、毎月必ず医務室行くんだもん」
ミス・キクチは「毎月? 今月が今日、いえ昨日から?」と確かめた。シリウスはしぶしぶ頷く。
「ミスタ・ルーピンには尋ねたの?」
「毎月発作が起きるから、それに備えてマダム・ポンフリーのところに行くんだって。それしか言わない」
「だったら、そっとしておいてあげたら? お友達が言いたくないことをこっそり調べるのは正しいことかしら?」
「でも、医務室に行っても面会もさせてくれないなんて変だ!」
ミス・キクチはシリウスの剣幕に微かに苦笑した。
「だったらマダム・ポンフリーに尋ねればいいでしょう」
「聞いたよ! 知る必要のないことって言われておしまいさ!」
「どうして知りたいの?」
「僕らはリーマスの友達なんだ! 毎月の病気だってわかってるのに放っておけないよ!」
ミス・キクチは、毎月具合が悪くなる女の子はたくさんいるけれどね、と苦笑を深めた。そして、すっと長い指で天井を指差して言ったのだ。「ミスタ・ルーピンがいなくて寂しい夜は、夜空を見上げてご覧なさい」と。
シリウスには夜空を見上げて友を想う趣味はなかったが、ジェームズにはあったらしく、数ヶ月後「ミス・キクチはすげえヒントをくれてたぜ」と言い出した。
2年生の秋のことだ。
「絶対に秘密にしなきゃならない」
中庭を突っ切って寮への道を急ぎながら、ジェームズは息を弾ませて言った。
「破れぬ誓いのレベルだ」
やめろよ、とシリウスはうんざりして伸び始めた髪をかきあげた。まるで時代がかったナンセンスな魔法使いみたいじゃないか。そんなのはブラック家だけで十分だ。
「実際に誓わなくてもそういう次元の話だってことさ」
だったら、とシリウスが言った。「ミス・キクチは大丈夫なのか?」
「何がだよ」
「その絶対に秘密にしなきゃならないことを、あの人、とっくに気付いてるんじゃないかってことさ」
ぴた、とジェームズが足を止めた。
「絶対コンラッドの仕業だと思ったのに」
レイブンクローの女子に頼んで、ミス・キクチの机にビックリ箱を仕掛けてもらった。「夜7時にクィディッチピッチのグリフィンドール観客席」と。
「コンラッドだったら良かった?」
ジェームズが不思議そうに言うと「殴るわよ」と睨まれた。
付き合ってるのは一目瞭然なのに指摘すると怒るのはなぜなのかシリウスたちには理解できない。
「それで? 話があるんでしょう?」
「僕は夜空を見上げてみました!」
「は?」
「ミス・キクチの言う通りにしたんだ! それでわかったんだよ!」
よかったわねおめでとう、と棒読みで言った。
「ミス・キクチはどうしてわかったの?」
「安全対策。あなたたちの入学前に校内やホグズミード村に変化があった。あなたたちを閲覧禁止スペースで見つけたのは満月の翌日だった。毎月という単位での定期的な発作を伴う疾患はさほど多くない。男子なら特に」
「どうしてヒントをくれたの?」
あの剣幕じゃね、と肩を竦めた。「あなたたちがミスタ・ルーピンの跡をつけたりしないための予防的措置よ」
それだけ言うと表情を改めた。
「もちろん人に漏らすべきでないことはわかるわね? 安全対策が講じられて彼は入学したはずだから、あなたたちに危険が及ぶわけではないわ。ただ、わたくしはそういうことを言いふらす奴に何するか約束は出来ないけれど」と凄まれた。
「わかってる。絶対言うもんか!」
「だったらいいわ」
「でも僕たちも保険が欲しい」
保険? とミス・キクチが形の良い眉をひそめた。
「あなたを巻き込まなきゃ、あなたの口から秘密が漏れない保証はない」
「巻き込む、ねえ。何を企んでるの?」
「僕たち、リーマスを夜に1人にしたくない」
さすがのミス・キクチも顔色を変えた。
「馬鹿じゃないの?! 変身した彼とポーカーでもするっていうの? 遊びじゃないの! 友情ごっこで首を突っ込むには危険過ぎるわ!」
シリウスとジェームズは必死で頼み込んだ。
「だから方法を一緒に考えて! 遊びだったらミス・キクチにこんなこと頼まない!」
「変身しない方法とか、変身しても安全になる薬とかあ!」
アリスやドロメダによれば、ミス・キクチは学年でもトップだ。レイブンクローの首席が確実視されているのは伊達じゃない。
「よく聞きなさい。変身しても安全になる薬は、長い間研究されているし、仮説を立てた論文も発表されている。でもそれはまだ完成に至っていないの。1人にしたくないという気持ちさえ確かなら、それでいいじゃない。彼もあなたたちを危険にさらすのは望んでいないはずよ」
怖いぐらい真剣な表情だ。シリウスは賭けに出ることにした。
「だったら僕たちを変身させて! 僕、見たんだ! あなたはルシウス・マルフォイをイタチに変身させた!」
「お断りよ」
「だったら僕たちに変身術を教えてよ」
いいじゃないか別に、とジェームズが唇を尖らせる。「ミス・キクチは、魔法薬学も得意だけど、変身術はもっと得意だってコンラッドが言ってた。誰にも内緒だけど、素晴らしく美しい漆黒のしなやかな猫になれるんだって」
ミス・キクチは額を押さえて「内緒が内緒になってないじゃない、あの馬鹿」と呻いた。
「僕ら、マクゴナガル先生に教えてあげようと思うんだ。だって、教え子が在学中に動物もどきになるなんて、先生にとってはすごく嬉しいはずだもん」
「20世紀中で、たった2人の在学中の動物もどきなんて最高だもん」
やめて、とミス・キクチは低い声を出した。
「7年生までの学校で習う範囲の変身術なら教えるわ。あとは自分たちでなんとかしなさい」
でも約束して、と凄まれた。「もし動物もどきになれたとしても、彼を部屋から連れ出しちゃいけない。不完全な変身しか出来ない間は彼が隔離された部屋には行かない。約束できる? できないならば、あなたたちの計画をダンブルドアに報告するわ」
「なんでだよ!」
「マクゴナガル先生に言ってもいいの? 僕ら知ってるんだよ。あなたは無許可の動物もどきだって!」
シリウスとジェームズは喚いたが、ミス・キクチは顔色ひとつ変えなかった。
「わたくしは、一生徒の学ぶ権利が侵害されるというときに、そんな子供じみた脅しに屈する女じゃないわ。もし彼が誰かを傷つけたとしたら、一番傷つくのは誰か想像出来ないの? その程度の想像力もない奴らに変身術は無理よ」
知るか、とシリウスは思ったが、ジェームズは真剣に「リーマスが誰かを傷つけることがないようにする。絶対だ。約束する」と訴えた。
サマーホリデイにドロメダがグリモールドプレイスにやってきた。叔父上も叔母上もシシーも一緒だ。ベラが同行しなくなっただけマシだが、叔父上や叔母上の言うのと同じことばかりを良い子ぶって口にする要領の良いシシーにも十分にうんざりする。まるでレギュラスと同じタイプだ。
挨拶だけしてサッサと部屋に引っ込んだ。
コンコン、と部屋をノックされて「誰だよ」と不機嫌な返事をすると、「わたくしよ」とドロメダの声がする。急いでドアを開けた。
「ドロメダ」
「入れてくれない? レギュラスが下にいるから、今のうちに」
学校では取り澄ましているくせに親戚付き合いには熱心な弟に舌打ちしながら、シリウスはドアを開けた。
「あらまあ」
壁にかかったマグルの女の子のヌードのポスターを見て、ドロメダが笑った。慌ててシリウスは弁解した。マグルのポスターが手に入らないかフェビアンとコンラッドに頼んだら、なぜかこれをくれたのだ。本当は車やバイクにして欲しかったのに。
「別に深い意味はないんだ。動かないからマグルのだってわかるだろ。ただそれだけだよ。フェビアンとコンラッドが手に入れてくれたのがこれしかなかったんだ」
これが動いたら大変なシーンね、と淡々とドロメダが言い、シリウスは首を傾げた。
「どう大変なの?」
「わからなくて安心したわ」
「なんだよ」
「フェビアンとコンラッドの件は、アリスから制裁措置を取ってもらうことにする」
シリウスのベッドに腰掛けて、ドロメダが「ね、シリウス」と白いワンピースのせいでいっそう白く見える肌を隠すように襟を直した。
「なに」
「わたくしがブラック家と関係なくなったら、こうして会うこともなくなるから、今のうちに言っておくわ」
シリウスは目を見開いた。
「・・・は? なに言ってるの?」
「子供っぽい反抗はもうやめなさい。伯父さまや伯母さまへの当てつけなんか、それこそナンセンスだわ。あなたに信念があるとか、愛する女性がマグルやマグル生まれだというのなら、わたくしは応援する。でも、あのポスターの意味がわからないようじゃね」
まだ無理か、とドロメダが笑った。
「なんだよ。ガキだって言いに来たのかよ」
「そうよ。だってあなた、学校でブラック家の息子だって主張してるでしょう? 恥ずかしくないの? 純血主義を否定するなら、家名を強調するのは矛盾してるわ。違って?」
シリウスは押し黙った。
「純血主義が窮屈なのはわかるわ。わたくしもそうよ。でもあなたにはまだ成人まで間がある。伯父さまや伯母さまの庇護無しには生きていけない。もう少し落ち着いて考えなさい。本当に純血主義を否定するのなら、いつかはブラック家を出ることになるわ。あなたはブラック家のただ1人の息子というわけじゃないんだもの。そのことまで含めてきちんと考えなさい。いいわね?」
シリウスは反抗的にドロメダを見た。
「ドロメダだって、いつかはベラみたいにヴォルデモートが決めた相手と結婚するだろ!」
死んだほうがマシよ、と激しい言葉と裏腹に静かにドロメダは言った。
「わたくしはわたくしなりに、ブラック家の娘として恥ずかしくない生き方をするわ。少なくともどこの馬の骨ともわからない闇の魔法使いなんかに愛情を向けた挙句に、お下がりとしてレストレンジ家に払い下げられるような倒錯的な結婚をするなんて、先祖に顔向け出来ない人生は歩まない」
ドロメダの顔立ちは驚くほどベラに似ているのに、ベラとはまったく違う種類の険しさがあって、シリウスは気圧されて言葉を返せなかった。
ほわんほわんと幸せそうなコンラッドが不気味だ。
「レイと結婚するの?」
卒業まであとひと月だ。そういう話題でもおかしくない。
しかしコンラッドは「56回目のプロポーズを断られたところだ」と笑った。
「56回もプロポーズしたの?」
「でも断り方に愛があった」
「愛があっても断られたんだろ?」
アリスがシリウスの背後から「あと100回ぐらいプロポーズしてから結婚すると思うわよ」と言う。
「100回?」
「シリウス、コンラッドみたいになっちゃダメ。発情するたびにプロポーズしてるから、もはや本気とは思われなくなってるわ」
「発情? マンドレイクみたいに? 何かの鉢に入るの? マンドレイクの鉢に入るとコンラッドみたいになるの?」
アリスはこめかみを押さえて「・・・やっぱりグリフィンドールの男って、基本的に馬鹿よね」と呟いた。
「そんなことより、シリウス、ちょっと来て」
アリスに手を引かれてシリウスは肖像画の穴をくぐった。
「・・・レイ」
「門限が近いから手短に言うわ、シリウス、最近おうちから、おじさまのお宅の件で何か連絡はなかった?」
「おじさま、叔父上? ドロメダの家のこと? 別に何も」
アリスと怜は頷き合った。
「シリウス、命令よ。おうちからドロメダの様子を尋ねられたら、特に変わった様子はないと言うのよ、いいわね?」
「ドロメダに何か変わったところがあるの?」
「ないわ。ないのよ、シリウス」
アリスがシリウスの肩を抱いて肖像画の穴を通し、自分は階段に残った。
シリウスは首を傾げ傾げ、幸せそうなコンラッドの後ろを通って部屋に戻った。
ガターン!
大広間に大きな音が響いた。スリザリンのテーブルのほうからだ。
何の気なしに顔をあげると、ハンカチで口を押さえたドロメダが走るのが見えた。
レイブンクローのテーブルから怜が立ち上がり、シリウスがそれを追いかけようとしたら、アリスに突き飛ばされた。
「なんだよ!」
怜とアリスの後を追って駆け出すと、3人は玄関ホールから一番近い女子トイレに入ってしまった。
「・・・なんだよ、もう」
女子トイレの中まで追いかける勇気はない。
そのあたりで、靴先で壁を蹴って出てくるのを待った。
やっと出てきたドロメダは青い顔をしている。「ドロメダ、具合悪いの?」
「悪くないわよ」
アリスが人の良さそうな丸顔を微かに緊張させて、ドロメダの代わりに答えた。
「嘘だ!」
「大きな声を出さないで。この前の命令、忘れていないでしょうね?」
怜の低い声に、ぐ、と詰まり「忘れてない」とシリウスは答えた。
伊達に一族全員がスリザリンの出身ではない。寮の入り口ぐらいすぐにわかる。そこでシリウスは弟のレギュラスを捕まえた。
「おい」
「・・・なんだよ」
「ドロメダに何があったんだ」
知るもんか、と言いながらもレギュラスは目に涙を浮かべている。シリウスはその肩を掴んだ。
「どうしたんだよ?」
「ドロメダは、『穢れた血』の子を産むんだってみんなが言うんだ。なんだよそれ、兄上、なんでそんなことになるんだよ! 僕もいつか『穢れた血』と子供作るのかってからかわれる!」
「そんな言葉使うな!」
「兄上にはわからないんだ! 兄上やドロメダみたいな『血を裏切る者』のせいで僕やシシーがどれだけ肩身がせまいか!」
シリウスは思いきり弟の顔を殴った。
「いいか、命令だ。ドロメダのことは母上や父上には絶対言うな! 言ったらおまえこそが『血を裏切る者』だ。シシーにもそう伝えろ。わかったか!」
「な、なんでだよ?」
「ドロメダはブラック家の娘だからだ。おまえの血はブラック家の血だろ。ブラック家の娘を裏切ることはブラック家の男として最低だ!」
ホグズミードの駅までハグリッドに引率されて、シリウスはアリスや怜と一緒にドロメダの見送りに行った。
何かの騒ぎになって、早く学校を出たい、とドロメダが訴えたからだそうだ。卒業まであと少しなのに、とシリウスは思うが、先生たちも賛成したらしい。
「キングズクロスには、フラメルのおじいさまとおばあさまが迎えに来るはずよ」
「卒業したら、わたしもレイと一緒にすぐに行くわ」
代わる代わるドロメダとハグをして、アリスと怜が言うけれど、シリウスにはなぜドロメダが学校を辞めるのかわからない。誰に尋ねても、誰もハッキリとは答えてくれなかった。
「シリウス、元気でね」
「なあ、ドロメダ。卒業までいちゃいけないの?」
「いたくないの」
ドロメダは今日も少し顔色が悪い。
「病気ならマダム・ポンフリーに治してもらいなよ」
「病気じゃないから治してもらいたくないの、絶対に」
ほれもう時間だ、とハグリッドがシリウスの肩を掴んで引っ張った。
ホグワーツ特急が遠ざかるのを見送り、怜やハグリッドに「なあ」と尋ねようとしたら、あからさまに避けられた。アリスを振り返ると、なぜかビクっとした。
「ドロメダはなんで病気なのに学校辞めたの?」
「そ、それはね、シリウス・・・病気じゃなくて、えーと、つまり・・・ちょっとだけ早めによその鉢に潜り込んだマンドレイクというか・・・」
「それはフェビアンから聞いたよ。マンドレイクの鉢に潜り込むのは良いことなんだろ? コンラッドが羨ましがってたもん」
「コンラッドの言うのとは違う意味で、その、おめでたいことよ。ね、ねえ、レイ?」
アリスが呼びかけたが、怜とハグリッドはものすごく速い足取りで学校に向かって歩いていた。
「教えてよ、アリス。ドロメダはマンドレイクの鉢に入って病気になったの?」
「勘弁してよ。なんでこんなことも知らないのよ?!」
アリスの絶叫が夕暮れの迫るホグズミードに響き渡った。