10番ホームで顔を合わせたハーマイオニーの手を引っ張って、9と3/4線の柵に向かって走る。
ひゅうっと体が何かをすり抜けたかと思ったら、もうそこがホームだ。
「すごいわ! 蒸気機関車よ!」
「蒸気で動いているとしたら、骨董品だと思う、わ」
ハーマイオニーがゆるく頭を振る。
「レン、イントネーションが不自然よ。男の子が女装してるみたい」
「ママ・・・じゃない、お母さまが急にアクセントをレディらしくしろって言うから・・・」
「わたしはレディ・ウィンストンに賛成よ。だってわたしたち、魔法学校だけどパブリックスクールに行くのよ。マグルの男の子だってイートン校に行けばイートン・アクセントになるんだから。11歳を過ぎたら、ちゃんとした言葉遣いを心がけるべきだわ」
蓮は口元をむずむず動かした。ハーマイオニーに反論するのは難しい。
「それにね、レン、あなたって、わたしが今まで見てきた女の子の誰より美人になると思うの」
「・・・もしもーし?」
「自覚しておいたほうがいいと思うわ。その顔に男の子みたいな言葉遣いは、いずれすごーく不自然になるわよ」
マジか、と声に出さずに蓮が呻く頃、母親の怜がハーマイオニーの両親を連れてやってきた。
「ありがとう、ハーマイオニー。わたくしが注意するより、ハーマイオニーのほうが効き目があるみたい。さ、2人とも早くコンパートメントを探してらっしゃい」
親たちにカートを預け、列車に駆け込む。
まだ早い時間ということもあって、空いたコンパートメントはすぐに見つかり、ホーム側の窓を開けた。
「お母さま、こっち」
蓮が声をかけると、カートを押した親たちが窓の外から荷物を入れてくれる。
「ハーマイオニーに迷惑をかけないようにね。ウェンディがいなくても朝はきちんと起きなさい」
「・・・どうしてわたくしがハーマイオニーに迷惑をかけるのが前提なの?」
「確率の問題よ。ハーマイオニー、組分けを頑張って。あなたにふさわしいハウスに入れることを祈ってるわ」
ハーマイオニーは「組分け」の単語にビクッと反応したが、笑顔で乗り切った。
見習うべきかもしれない。
「ハーマイオニー、クリスマスホリデイを楽しみにしているよ」
「頑張り過ぎずに、学校生活をエンジョイなさいね。レン、ハーマイオニーをよろしくね」
ハーマイオニーの両親が窓越しのハグをする間に蓮は母から、シャツのボタンを一番上まで留めなさいと叱られた。
汽笛が鳴り、両親から頬にキスされると列車が走り出す。
途端に蓮がシートの上で大きく伸びをした。
「もう、昨日からうるさいったら」
「レンのおうちは大家族だものね」
「基本的にはマ・・・お母さまと2人なの。グランパとグラニーは、普段はコーンウォールにいるし、おじいさまとおばあさまは日本。まあ、何かあればすぐに姿現しで出てくるから、飛行機使うよりは頻繁にいるけれど。ハーマイオニーのサマーホリデイは?」
ハーマイオニーが得意げに「フランスに行ってきたわ」と言った。
「ランスのおばあさまのところ?」
「ええ。まだホグワーツに入学したわけじゃないから、普通に湖でボートに乗ったりしただけ」
「言ってくれたら、グラニーがランスを案内してくれたのに」
「え? レンのグラニーはランスのご出身なの?」
「言ってなかった、かしら?」
「ちょっと不自然だけど、まあいいわ。聞いてないわよ?」
「ランスには、デラクール家っていう、けっこう大きなお屋敷でマグル避けの魔法を使ってない家があるの」
「あるある! 祖母の家のご近所よ!」
「そうなの? そこがグラニーの実家」
感心していたハーマイオニーが「だったら、おばあちゃまが言ってたのも、あながち迷信じゃなかったのかしら?」と言い出した。
「どんなこと?」
「ランスには、まだフランスが王政だった時代から、魔女の訓練校があるって。王宮に仕える魔女を集めた訓練校だから、それは美しい魔女ばかり。だから、男の人が後をつけたりするんだけど、絶対にその訓練校も魔女の家も見つからないの。三日三晩霧の中をさまよって帰ってくるんですって。だから、ランスでは猫が帰ってこなくなると『魔女を追いかけてる』って言うんですって。いなくなるのは雄猫ばかりだから」
蓮はくすっと笑った。
「猫はたぶん発情期で雌猫を追いかけて迷っただけだろうけれど、魔女の話は本当よ。ハーマイオニーも学校説明受けたでしょう? ボーバトン・アカデミーは、男子部と女子部に分かれていて、女子部はランス校なの。確かに王宮勤めをするための魔女を訓練していた時期もあるわ」
「学校によって得意な魔法とかあるのかしら? ボーバトンからわたしのところに学校説明に来てくださったのは変身術の先生だったけど」
ハーマイオニーの疑問に蓮は軽く頭を振る。
「さあ。でも一般的にホグワーツは変身術に有名人がいるから、ホグワーツといえば変身術、っていう見方をする人は多いかも」
「あ、ダンブルドア校長とマクゴナガル教授ね?」
変身術の教授から校長になったダンブルドアと、その教え子にして、在学中に動物もどきとして登録されたマクゴナガル。
変身術の有名人といえばこの2人だ。
「そもそも変身術自体がすごく難しいって聞いたわ。理論とイメージと、両方を兼ね備えていないと出来ないから、意外に魔法使いや魔女には難しいのですって」
「それもあるわね。でも、動物もどきの登録数が少ない理由は別にあると思うわ」
「別の理由?」
「ハーマイオニーが動物もどきになるとしたら、動機は? メリットとも言う、かしら」
蓮に問われてハーマイオニーは指を折った。
「まず人間の身体では行けない時と場所に行ける。鳥ならば飛べるし、小動物なら狭い空間。動物との意思疎通が比較的容易になる。だから、身を隠して何かしたいときや、人間の身体では得られない情報を得たい場合に有効」
「そうよね。では、動物もどきとして登録されるのは、どういった項目?」
「変身する動物の種や、毛色、体毛の模様などの特徴・・・あ!」
蓮はにこっと笑った。「登録されたら、習得したメリットを失うの」
「そんなぁ。マクゴナガル先生は何のために在学中に動物もどきを習得なさったのかしら」
「寮の門限の後に行動するため。目くらまし術でもよかったけれど、全員が透明になったら互いの位置確認が出来なくて危険だったから、変身術が一番得意だったマクゴナガル先生が動物もどきになったと聞いたわ」
ハーマイオニーはぽかんと口を開けた。
「それって、おばあさまの情報?」
「うん・・・じゃない、ええ。結局はダンブルドアに見つかって、マクゴナガル先生は強制的に登録させられたそうよ。それがなかったら、たぶん登録する気はなかったんじゃないかしら」
「壮大な罰則ね」
「一生もの」
才能が際立っていることは確かなのだろうけれど、使い道には異論がある。
そのとき、コンパートメントの扉がノックもなく開いた。
「おまえがウィンストンの娘か?」
とても無礼な男の子だ、とハーマイオニーは咄嗟に思ったが、速やかにパスした。「わたしじゃないわ。こちらよ」
プラチナブロンドの無礼者は蓮に目を向け、一瞬言葉に詰まった。
蓮が整った顔立ちで、薄く微笑んでいたからだ。
「お、おまえがウィンストンか。僕たちのコンパートメントに来い」
「名前は?」
「僕はドラコ・マルフォイ、マルフォイ家の息子だ」
「そちらのコンパートメントに行くのはお断りします」
「な、なんだと? マルフォイ家に逆らうということがどういうことか・・・」
窓枠に頬杖をついた蓮はますます笑みを深くする。
「ところで、マルフォイ。わたくしの名を呼ぶときには、レディと敬称をつけなさい。学校で家族の階級を持ち出すつもりはないけれど、あなたには言わなきゃ理解出来ないみたい。残念だこと。わたくしは、ウィンストン伯爵家の嫡子。あなたは、どこの馬の骨ともしれない田舎のボロ屋の自称御曹司。家柄のテーブルで語りたいならば、まずわたくしに対して相応の礼を払うべきね。ひとーつ!」
シートから立ち上がり、突っ立ったマルフォイ少年の胸を蹴りつけた。
「わたくしには、レディと敬称をつけること。ふたーつ」
倒れたマルフォイ少年の胸を踏みつけた。
「レディのコンパートメントにノックもなく入室したら、まず無礼を謝罪すること。以上の2点すら躾されていない輩のコンパートメントについて行くほどお粗末な教育は、わたくし、受けておりませんの。あしからず」
ハーマイオニーは溜息をついて、マルフォイ少年の両脇でオロオロする2人の大柄な少年たちに「これ、片付けてくれない?」と頼んだ。