サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第4章 太った婦人ただいま逃走中

生徒全員が再び大広間に集められ、教師全員が、癇癪を起こして「太った婦人」を切り裂いて逃走したシリウス・ブラックの捜索に当たるために、大広間に泊まることになった。

 

ダンブルドアが大量の寝袋を出して「ぐっすりとおやすみ」と言い置いて出て行くと、ハーマイオニーと蓮は寝袋を掴んで隅の方に移動した。ハリーとロンもついてくる。

 

「ブラックが今夜を選んでやってきたのはラッキーだったわね。今夜だけはみんなグリフィンドール塔にいなかったんですもの」

「アズカバンじゃハロウィンパーティはなかったろうから、忘れてたんだな」

 

寝袋に潜り込んだ蓮が「逆かも」と欠伸をしながら呟いた。

 

「誰もいない時間にグリフィンドール塔に入りたいなら、今日は最高のチャンスだったはず」

「え? あ、そうか。誰もいない隙に目的の部屋に入るなら今日がベストね」

「ん。生徒がいる談話室にいきなり乱入するより、誰もいないときにハリーのベッドを探して潜むのが確実でしょう? まあ、ハリーの部屋はわかってもどれがハリーのベッドかまでは特定できないだろうけれど、ロンとネビルが相手ならなんとでもなるでしょう。成人近い学生を大量に相手するより、3年生3人を始末するほうが簡単」

 

おい、とロンが身震いした。それを無視してハーマイオニーが「そもそもディメンターが門という門を見張ってるはずなのに」と呟く。

 

「アズカバン脱獄と同じ手段を使ったんじゃない?」

「それは何よ?」

 

知らない、とうとうとしかけた蓮が揺らぐような声になった。

 

「おいレン、君、こんなときにもう寝ちゃうのか?」

「・・・寝たのよ」

 

ハリーが囁き声で「レンって度胸あるなあ」と言った。

 

「早寝遅起きなほうだけど、最近は特によく寝るわ。わたしとパーバティが夜更かししておしゃべりしても全然起きないの」

 

ハーマイオニーはなかなか寝つけなかった。ハリーもロンも同じだ。しかし、おしゃべりをしているとパーシーがやってきて「早く寝ろ!」と言うので、ひそひそ声でも話せない。

 

「校長、4階はくまなく探しましたが奴はおりません」

 

すぐ近くでスネイプの声がした。寝袋の中から、ハーマイオニーとハリーとロンが目を見交わす。

 

「セブルス、ご苦労じゃった。儂もブラックがいつまでもぐずぐず残っているとは思わぬ」

「ところで校長、私が先日お話しした件についてですが」

「覚えておるとも。じゃが、儂はこの城の内部の者がブラックの手引きをしたとは考えておらん」

 

話を打ち切るようにきっぱりとダンブルドアが言った。

 

 

 

 

 

ずんぐりした灰色のポニーにまたがった「カドガン卿」の絵が、太った婦人の代理でグリフィンドール談話室の入り口にかけられ、これにはみんな閉口させられた。なにしろ、少なくとも1日2回は合言葉を変えるのだ。

 

「レイブンクロー方式にしてくれればいいのに」

 

ポツリと蓮は呟いた。

 

ハリーとロンが、魔法史のレポートの羊皮紙から顔を上げ「どんな方式だい?」と尋ねると「なぞなぞ」と端的に答えた。

 

「正解しなきゃ入れない」

「そりゃダメだ。ブラックは少なくともホグワーツの生徒が答えられる程度のなぞなぞには答えるだろう」

「少なくともレイブンクローのドアノッカーは逃走しないわよ」

「今はカドガン卿が張り切ってくれてありがたいと思わなきゃ」

 

ハーマイオニーの発言には誰も反発は出来なかった。

 

「それより君たちクィディッチの練習のほうはどうなんだい?」

「この嵐の中の木の葉のように努力はしてるわ」

「相手はスリザリンじゃないけどね」

 

なんだって! とロンが喚いた。

 

「スリザリンのやりそうなことさ。悪天候で勝ち目が薄いからマルフォイが高熱を出したことにした」

「マジかよ」

「オリバーはカンカンさ。でも証明は出来ないから仕方ない」

 

みんなそれぞれに大なり小なりのフラストレーションが溜まっていた。

 

それが顕著に表れたのは、闇の魔術に対する防衛術の授業だった。

ルーピン先生の体調不良で代講がスネイプだったのだ。しかもオリバーに捕まっていたハリーが遅刻したものだから、スネイプの機嫌は最初から悪かった。

 

ハーマイオニーが授業の進度を報告しても、ディーン・トーマスが勇敢にルーピン先生の高評価を訴えても、ハーマイオニーが「人狼はまだ予定にない」と指摘しても、さらにパーバティが同じことを指摘しても、スネイプが質問した「人狼と狼の見分け方」にハーマイオニーが回答しようとしても、何がなんでも人狼を授業のテーマにしたいらしかった。

 

しかも、ルーピン先生がこれまでに何を教えていたかを調べながら「河童はむしろ蒙古によく見られる」とふんぞり返るに至って、蓮は我慢出来ずに立ち上がった。

 

「お言葉ですがスネイプ先生、訂正をお願いします。河童は蒙古では生存できません」

「なんだと!」

 

蓮は杖を出して空中に「河童」と漢字で書いた。「上の文字は、アジアでは川を示し、下の文字は子供を意味します。川に住む子供のような大きさの魔法生物で、種族としては、マーピープルの一種です。頭上の皿状の窪みに常に一定の水が入っていなければ活動できませんので、乾燥した草原地帯が殆どの蒙古には、河童の住む場所がないのです。河童は、主として日本の山間部の渓流に生息します。敵視しなければ危険の少ない種族です。キュウリを差し出してお辞儀すると、河童もお辞儀を返してキュウリを受け取ろうとしますが、河童の頭の皿がカラになりますので行動不能に出来ます」

 

クラスがシンと静まり返った。いつスネイプが怒鳴り出すのか、固唾を呑んで見守っている。しかし、スネイプは歯の間から絞り出すような声を出しただけだった。

 

「・・・罰則だ、ウィンストン」

「理由をお聞かせください」

「我輩の指導方法に意見する権利は君にはない」

「かしこまりました。それとは別に後日参考文献を整えて、マクゴナガル先生を通じ、ダンブルドア校長に河童に関する情報の訂正を求めさせていただきます」

「勝手にしろ。罰則については改めて連絡する」

 

授業が終わると、何人かが蓮の肩を軽く叩いて追い越して行った。

 

「おっどろいたなあ、君、スネイプ贔屓だと思ってたのに」

 

ロンに「別に贔屓はしていないわ」と蓮は答えた。

 

 

 

 

 

ハッフルパフとの試合の朝、クィディッチのユニフォームに着替えた蓮が険しい顔で窓を叩く嵐を見つめている。

 

「レン?」

「ああ、おはよう、ハーマイオニー」

「ひどい天気ね。こんな日に試合だなんて」

「・・・ディメンターよ」

 

蓮が呟くように言った。「試合が始まったらきっと嵐はもっとひどくなるわ。あなたたちは観戦しないほうがいいかも」

 

大きく伸びをしながらパーバティが「行くわよ」と言った。

 

「ディメンターと天気が関係あるの?」

「母が言うにはアズカバンはいつも嵐なんですって。空飛ぶジャガーのハンドルが取られそうになるぐらい」

 

言いながら蓮はトランクを引っ掻き回して、ゴーグルを取り出した。杖の先でゴーグルを叩き「インバービアス」と囁くと、グローブと箒を掴んで朝食に降りて行った。

 

「すごく嫌な天気」

 

ハーマイオニーが呟くと、パーバティも頷き「事故が起きなきゃいいけど」と微かな声を出した。

 

「とりあえず、今の呪文、ハリーの眼鏡にもかけなきゃいけないわ」

 

 

 

 

 

開始前の旋回入場の時点でもう頭から湖に突っ込んだような有様だった。

 

オリバーとディゴリーがキャプテン同士の挨拶をする間に前髪を後ろにかきあげて、防水魔法をかけたゴーグルをはめる。

 

マダム・フーチの合図で試合が始まった。

 

いつもならうるさいほどのリー・ジョーダンの実況もまったく聞こえない。自分が何回ゴールしたかさえわからない。ゴーグルに防水魔法をかけていても視界が確保できないほど激しく雨が降っている。

稲光が空を割り、轟音が響く。

 

「ハリー!」

 

途端に湧き上がる歓声に、はっと振り返るとハリーのニンバス2000が急上昇していくのが見えた。

 

そのとき、全身を包む冷気に蓮は思わず箒に身を伏せた。ディメンターが興奮したのだ、と感じた瞬間に歯を食いしばり、ハリーの直下へ箒を向けた。空間が歪んだように黒い壁がうねった。箒と完全に一体化するほどに伏せて、全ての魔力を箒に叩きつけるように飛んだ。

 

ーー間に合え、間に合え

 

遥か上空でハリーの体が揺らめき、一体となっていたニンバスとハリーがバラバラに分かれた。呪文やテクニックは何一つ思い浮かばないまま、蓮は落ちてくるハリーのローブの襟首をひっ掴み、大きく弧を描いて、遠心力で勢いを殺しながら着陸した。

 

「ハリー! ハリー!」

 

箒から降りて、ハリーの頬を叩くが、意識が戻らない。

 

「試合は中止にしてください!」スニッチを握ったディゴリーが審判のマダム・フーチに詰め寄る。「異常事態だ、こんな。やり直すべきです」

 

蓮の冷え切った肩を誰かの手が両側から持ち上げて立たせた。

 

「よくやった」

「ジョージ、ハリーは」

「ディメンターだよ、気を失って墜落したんだ。君しか間に合わなかった」

 

銀色の巨大な不死鳥がピッチに入り込んだ黒い影を追い払っていくのが見えた。

 

ゴーグルを外し、握り締めた。

 

 

 

 

 

蓮がいつまでもシャワーブースから出てこない。マダム・ポンフリーからチョコレートをどっさり貰って待機しているのに。

 

「ひどい試合だったわね」

 

パーバティも具合悪そうに呟き、ハーマイオニーも頷いた。「ハリー、死んでもおかしくなかった」

 

「レンの勘が人より少し早く働いて、さらにあの箒だったから間に合ったけど、もしそうじゃなかったらと思うとぞっとするわ」

「やっぱりあんな看守に全てを任せるのは危険よ」

「・・・そうね」

「魔法省の指示で学校周辺の警備を強化するためっていうけど、生徒を殺しかけたわ。コントロールなんか出来ないのよ」

 

パーバティの憤慨にハーマイオニーも同感だ。

今日は朝から蓮はディメンターを意識していた。たぶん、だから間に合ったのだと思う。

 

「ハリーは、ディメンターのストレスが人より強いわね、なぜかしら」

 

パーバティの疑問にハーマイオニーは「ハリーの前で言っちゃダメよ、それ。すごく気にしてるから」と言い「たぶん『生き残った男の子』だからよ。記憶にないほど小さな子供のときとはいえ、ご両親がなくなった日に同じ場所にいたんだもの。レンの敏感さとは違うわ」と推察した。

 

「レンはレンでボガートに精神攻撃受けるし、ハリーはディメンターに、か。あなたたちがおとなしいのは奇跡だと思ってたけど、こうなるとむしろ不吉ね」

 

甚だ不本意ながら、ハーマイオニーはパーバティに同意して、ただでさえ教科書のぎっしり詰まったデイパックの隙間にひと口サイズのチョコレートを詰め込み始めた。

 

敵はシリウス・ブラックだけではない、と痛感した。ディメンターは生徒を守る存在では決してない。シリウス・ブラックを追うために機械的に行動する闇の生き物だ。ハロウィンの日の蓮の言い草ではないが、シリウス・ブラックを追う過程で生徒を何人犠牲にしても、ディメンターは気に病むことはないだろう。

 

 

 

 

 

夕食の席にマクゴナガル先生が封筒を置いていった。

蓮が封を開けるとハーマイオニーが「スネイプの罰則なんかマクゴナガル先生が握り潰してくださると思ったのに」と憤慨する。

 

「マクゴナガル先生がスネイプから罰則を課す権利を分捕ってくれたみたいよ。マクゴナガル先生の研究室に呼び出しですもの。それより、ハリーはどう?」

「ニンバスの残骸を抱えて抜け殻。ここにチェーンソーがなくて幸いだわ。暴れ柳を切り倒しに行きかねない」

 

箒かあ、と蓮は呟いた。「そろそろ量産型の箒を買う時期かもね」

 

「わたしもそれをお薦めするわ。あなたの箒がハリーのニンバス状態になったら、マクゴナガル先生の寿命まで縮むと思うの。お値段がお値段だからアレだけれど、ファイアボルト社はあなたに違和感のない箒を作ったはずよ。その・・・落札者だから」

「クィディッチ今昔で読んだの?」

「わたしがそれ以外にどこからクィディッチ知識を仕入れるのよ」

 

それもマクゴナガル先生に相談してみる、と蓮は言って食事を続けた。

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