サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第13章 取材

ハーマイオニーとパーバティは朝から大忙しだった。

 

まず、ベッドで寝ている白くて巨大な犬を叩き起こした。

 

そして、念入りにブラッシングをした。なにしろ大きいので、ブラッシングも一苦労なのだ。しかも、変身していると犬の感情に引きずられるらしく、ここを掻けだの、耳の後ろを掻けだの、注文が多い。

 

「わたしたちはあなたの身だしなみを整えているのよ。痒いところは自分で掻いて!」

「う」

 

ブラッシングを終えると、変身を解いてシャワーを浴びさせて、着替えさせる。

 

「ね、今日は休日なんだから、こんなに早く」

「忘れたの?!」

 

ハーマイオニーとパーバティは叫んだ。蓮がビクッと身を縮める。

 

「な、何を?」

「今日はあなた『変身現代』の取材よ!」

「あ」

 

蓮は唇を尖らせて、足元のクルックシャンクスを見下ろした。「残念、クルックシャンクス。森はお預けみたい」ふぎゃあ、とクルックシャンクスが鳴いた。

 

「とにかく急いでシャツを着てネクタイを締めなさい。わたしが熱風で髪を乾かすから」

「そうしたら、髪のセットよ」

「それから朝食に行って、雑誌社の記者が来るまでに『変身現代』のバックナンバーを読むのよ。マクゴナガル先生から借りてきたから」

 

左右から交互に指示され、蓮は溜息をつきながらネクタイを締めたのだった。

 

 

 

 

 

「ぬう」

 

変身現代のバックナンバーを、机に真っ直ぐに座った姿勢で読まされている蓮が唸った。

 

「犬語はやめて」

「犬語じゃないわ。この姿勢で読書なんて無理よ」

「いつものように寝転んだら台無しじゃない。いいこと? あなたは、ホグワーツ特別功労賞を受ける生徒なの。せめて今日はそれらしくして!」

 

大した賞じゃあるまいし、と蓮は唇を再び尖らせた。

 

 

 

 

 

「昨今に珍しい若き変身術者の話題ですからね、特集記事を組ませていただきます」

 

はは、と蓮は作り笑いを浮かべた。若き変身術者って誰だ、と思いながら。

 

「まずその制服姿で写真を撮りながらインタビューです。それから変身した姿の写真撮影を1時間程度。そうですね、屋内屋外両方で撮影しましょう。それが済んだら、クィディッチです」

「はは、・・・はい?」

「聞いたところでは、クィディッチ選手でもいらっしゃるとか。そういう学校生活の場面を入れたいと考えています」

 

いやでも、と蓮は尻込みした。「クィディッチは1人では出来ませんので」

 

「そこはインタビュー中に先生から調整していただきます」

 

 

 

 

 

「動物もどきを目指したきっかけは?」

 

マクゴナガル先生に叱られたことです、と言いかけたところで、ふとロンの言葉を思い出した。

 

「マクゴナガル先生から、向上心が足りないと指摘されたのがきっかけなのですが、もっと個人的な理由もあります」

「ほう、それはどのような?」

 

蓮は微笑みながら「父です」と言った。

 

「お父さまの影響だと?」

「いいえ。父はわたくしが2歳になったばかりの頃に亡くなりました。ほとんど記憶にありません。ですが、学校の授業でボガートを撃退する実習があったとき、父と再会しました」

「それはつまり、ボガートがお父さまに変身したと?」

「はい。わたくしにとって父は、あらゆることに秀でた優秀な闇祓いで、あまりに偉大な人でした。とても乗り越えられない大きな壁でした。それには、理由もあります。わたくしの父の死は、様々な人々に疑念を抱かせるものでしたから、新聞は父の死後、ひと月近く父の名誉を著しく傷つけました。法的な名誉が回復されてからも、そのことには一言も触れていません。わたくしの家族は、将来わたくしが父の不名誉な記事を信じた人々によって傷つくことがないように、その新聞記事と同時に、父がいかに職務を重んじ、優れた人物であったかを教え続けました。わたくしは、偉大過ぎる父のイメージと、また広まり過ぎた不名誉なイメージの前で萎縮していました。再びウィンストンの名が広まることは、それがどんなことであれ、単に億劫なことだと考えていました」

 

なるほど、と生真面目な印象の記者は頷いた。「あの時代は混乱していました。あのシリウス・ブラックでさえ、裁判無しにアズカバンに送られたことは遺憾なことですよ」

 

「・・・そんなときに、友人が言ってくれました。ウィンストンの名前を君の名前で上書きしてしまえばいい、と。わたくしは、父のイメージの前で萎縮するよりも、父を超えてしまえばいいのだと気付いたのです。わたくしにとって、動物もどきへの挑戦は大きな意義のある挑戦でしたが、まだ学ぶべきことはたくさんあります。動物もどきへの挑戦を通じてわたくしは自分に出来ること、出来ないことを見つめることが出来ました。これからはいたずらに萎縮することなく、わたくしはわたくし個人として学びたいものを学んでいこうと考え方を変えることが出来たのです」

「お若くして動物もどきに挑戦なさる方ならではの発見があったのですね。そして、変身する動物がまた珍しい。ピレニアン・マウンテン・ドッグ、非常に大きな、高貴な威厳を感じさせる美しい犬ですが、なぜこの姿になったのか、ご自身にお心当たりは?」

 

蓮は微かに俯いて考えた。

 

「あります」

「お聞かせください」

「わたくしの両親の世代の、友人たちのお話です。互いに尊敬し合っていた友人たちは、お互いがお互いを守る存在になろうとしました。少し抽象的な表現で申し訳ないのですが。わたくしは、大切な人たちを守る存在に変身したかったのだと思います。自分の身を守る魔法はたくさんありますが、自分以外の人たちを守る魔法はそう多くはありません。動物もどきの術を使うことで、自分以外の人たちを守る存在になれるなら、そうしたいと思いました。ただ、ちょっとだけ大き過ぎて、今のところ友人たちを守るというより、友人たちにお世話してもらうことのほうが多いのが悩みです」

「ピレニアン・マウンテン・ドッグは、フランス原産の犬ですが、フランスにご縁がおありですか?」

「はい。わたくしの父方の祖母がフランス人です」

「では喜ばれたでしょう」

「実はまだ知らせていないのです。休暇で帰宅しても、校外では魔法は使えませんから、直接見せる機会はだいぶあとになりそうです。ですから、こちらの記事は祖母にプレゼントしたいと考えています」

 

 

 

 

 

インタビューを受ける蓮を眺めながらハーマイオニーは、おそらく今の蓮がボガートと対決したなら、ボガートは父親ではなく何か別のものに変わるのではないかと思った。

 

たぶん蓮はあのボガートを乗り越えることに成功したのだろう、と。

 

ーーたかがボガートを乗り越える方法がスケールが大き過ぎるけど、それはもういつものことよね

 

「ふむ。ひと皮剥けたようですね」

「マクゴナガル先生」

「普通の魔女になるのが夢などと寝ぼけたことはもう言わないでしょう」

「・・・普通?」

 

ハーマイオニーは思わず聞き返した。

 

「普通でいるために、あちこちで手を抜いているのが透けて見えるのですよ。まったく。どこをどうすれば普通になれると思っているのやら」

「つまり、新聞記事にならない、一般に埋没した魔女になるつもりだったわけですか?」

「そうです」

「・・・無理ですよね」

 

しみじみとハーマイオニーは言った。

 

「他人事のように言いますが、あなたも決して普通ではありません」

「わたしは普通でいるつもりはありません。純血の魔女より優秀なマグル生まれの魔女になりたいと思います」

 

ふむ、とマクゴナガル先生は口の端を上げた。

 

「マクゴナガル先生、日刊予言者新聞からは取材の依頼はなかったのですか?」

「毎日のように何かしら言ってきますよ」

「それを毎日のようにお断りなさってるんですか?」

「『変身現代』のこのインタビューの掲載号が発売されたあとなら、受けても構わないと思いますがね。『変身現代』の特集記事を参考にしろと言えば良いのです。おそらく、リータ・スキーターは『変身現代』には近寄らないでしょう」

 

ハーマイオニーは首を傾げた。

 

「フリーのジャーナリストなのでは?」

「そうですがね。『変身現代』は、非常に真面目に変身術に取り組む人々のための雑誌です。編集部はグリフィンドール出身者が多い。イギリスで変身術の名門といえば、ホグワーツの前にグリフィンドールの名が出るほどですよ。スキーターはスリザリン出身ですし、いたずらにスキャンダルを煽る論調が多い。ですから『変身現代』がスキーターの記事を買ったことはないと思います。いくらフリーとはいえ、記事を買わないとわかりきっている雑誌社には近寄らないでしょう」

 

 

 

 

家に手紙を書いて、蓮はショルダーハーネスタイプの杖ホルダーを送ってもらうように頼んだ。

 

犬姿にそれを付けることをなぜかハーマイオニーが嫌がった。「せっかくの毛並みが!」と。

毛並みより実用性を重視したい。

 

「犬になっていたら杖は使えないのに」

「ずっと犬でいられるとは限らないから」

 

学校では教わらないことだが、蓮はマクゴナガル先生から習っている。動物もどきの変身を解除させる呪文があるのだ。ペティグリューがそれを蓮に対して使ったならば、丸腰で自分以外のマグル12人を吹っ飛ばした男と相対する羽目になる。

 

「あなた、ペティグリューは所詮鼠だって言ってたじゃない」

 

ハーマイオニー、と蓮は静かに言った。「わたくしの父は、腰抜けの闇祓いに殺された。知ってるでしょう?」

 

ハーマイオニーは「腰抜けかどうかは知らないけど、闇祓いに殺されたことは知ってるわ」と慎重に答えた。

 

「闇祓いは尋問のために、わたくしの父を訪ねてきた。そして、出会い頭に磔の呪文をかけた。母がわたくしを連れて移動キーで日本と往復する間の僅か数分で、83回の磔の呪文と死の呪文をかけたの」

「ちょ・・・どこが尋問よ!」

 

「最初の磔の呪文のあと、わたくしの父が捜査手順の不備を指摘したそうよ。いきなり磔の呪文は、いくらなんでも認められていないわ。闇祓いには禁じられた呪文の使用が許可されたといっても、使用せざるを得ない状況において。だから、その時点で腰抜けの闇祓いはルール違反だった。そして、死喰い人の仕業に見せかけるため、父がこの件を暴露できないように磔の呪文をかけ続けた」蓮は肩を竦めた。「追い詰められた鼠のほうが何をするかわからない分、怖いのよ」

 

ハーマイオニーは絶句していた。

 

「ハーマイオニー?」

「そ、そんなひどいことが出来るの?」

「出来るのよ、鼠にも。忘れた? シリウス・ブラックに罪を着せるために、何人のマグルを無意味に殺したか」

 

ショルダーハーネスの杖ホルダーに杖を差し込み、蓮が茶色の瞳を光らせた。

 

「今度は犠牲を出させない」

「レン」

「ハーマイオニー、20歳か21歳かでアズカバンに収監されて12年もの歳月を暮らした人は十分に犠牲者だわ。違う? シリウス・ブラックには、ペティグリューを殺す動機がある。わたくしはそれを責めないけれど、これ以上彼の人生をペティグリューのために浪費する必要はないと思う」

「あなた、ブラックのために怒っているの?」

「シリウス・ブラックのためには裁判は行われなかった。あの記者が言ってたこと忘れた?」

「あ、そういえば・・・」

「クリスマスホリデイに母が『今度こそシリウス・ブラックに裁判を受けさせる』って言っていた意味がよくわかったわ。裁判で経緯を明らかにすれば、何かが大きくひっくり返るのよ」

 

椅子に座った蓮が茶色の瞳を陰らせて「裁判もせずに人一人の人生を奪うことを当たり前だと思う?」と呟いた。「シリウス・ブラックの人生と名誉は回復されなければならないわ。ペティグリューを殺させてはいけない」

 

「ペティグリューを生かしておいたら、鼠になって逃げるのよ!」

「あなたらしくないわ、ハーマイオニー。わたくし、何度もロンに言ったんだけれど。ペティグリューを拘束するのは簡単よ。鼠にして、鼠らしい環境におけばいい。鼠用の檻でね。人間に戻っても壊れないように検知不可能拡大呪文をかけた鼠のケージがあいつには似合いでしょう?」

 

蓮は冷え冷えとする笑みを浮かべた。

 

「それにね、ハーマイオニー。アズカバンは北海の真ん中にある、常時嵐の孤島なの。シリウス・ブラックの脱獄のようにはいかない。冷え切った海で波に叩きつけられて死ぬでしょうね。それを避けるために人間に戻れば、ディメンターのキスが待っているわ。鼠のまま鼠としてアズカバンで死ぬのがせいぜいよ」


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