サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第15章 スキャバーズ帰る

学年末試験の間、ハーマイオニーは鬼気迫る勢いで勉強していた。人の何倍もの学科を履修しているのだから仕方ない。蓮はすっかりへそを曲げたクルックシャンクスが勉強の邪魔をしないように森に連れ出した。もちろん犬に変身して。

 

「クルックシャンクス」

「・・・なんだよ」

「不機嫌ね」

「当たり前だ。俺のハーマイオニーが」

「ハーマイオニーはあなたの嫁じゃないの。人間なの。人間には試験ってものがあるのよ」

 

そんなことより、とクルックシャンクスを見下ろして「『黒いの』は元気なんでしょうね?」と凄んだ。

 

「お、おう。だいぶイラついてるけどな」

「イラついてる?」

「俺がまだ鼠を連れて行かねえから」

「鼠の行方はわからないの?」

 

もうちっとで帰ってくるよ、とクルックシャンクスは言った。

 

「え?」

「あの鼠、鼠の食いモンで長くやってく根性はないよ。小僧が人間の食いモンばっか食わせてただろ? んだから、また小僧のところに帰ってくるに決まってら。俺もハーマイオニーとロンドンに行くしな!」

 

クルックシャンクスはブラシのような尻尾をピンと立てて歩いた。

 

「そうか、サマーホリデイ」

 

 

 

 

 

談話室でロンとハリーを引き寄せると「鼠はまだ帰ってこない?」と確かめた。

 

「まだだ。鼠の群れに同化しちゃったんだよ、きっと」

「クルックシャンクスが言うには、サマーホリデイまでにはロンのところに帰ってくるのですって」

 

ロンが目を見開いた。

 

「もともとが人間だし、人間の食べ物からそうそう離れて生きていけないでしょう? 今は、校内でルーピン先生があの地図を持ってることを警戒しているかもしれないけれど、学年末試験が終わったら」

 

わかった、とロンが急いで言った。「ハリーとも話してたんだけど、あいつが帰ってきたら、僕らはスキャバーズのために最高の家を用意してあげたと言って檻に閉じ込める。クルックシャンクスがそれを運ぶ。君はルーピン先生に知らせに行く。完璧だろ?」

 

「そうして。怪しまれないようにね。動物に変身していても、人間の知識と判断力は維持されるの。忘れないで」

「僕の演技力に期待しろ」

 

 

 

 

 

「スキャバーズじゃないか!」

 

ハーマイオニーがピクっと頬を引きつらせ、黙って夕食のテーブルを離れた。

 

「ハーマイオニー」

 

仕方なさそうに頭を振り、蓮がついてくる。

 

「だってレン、またあんな見すぼらしい鼠が戻ってきたのよ? クルックシャンクスを閉じ込めておかなきゃ何を言われるか」

「それはそうだけれど」

 

言いながら早めに夕食の席を立つ2人をグリフィンドール生はぽかんと眺めた。

 

「ねえ、君たち仲直りしたんじゃなかったの?」

 

したさ、とロンがスキャバーズをポケットに入れながらネビルに答えた。「あの凶暴な猫が関わらない限りはな」

 

 

 

 

 

制服の白いボタンダウンシャツの上からショルダーホルスターを付けた蓮が杖を差し込むのを見て、ハーマイオニーもジーンズの太腿のホルダーに杖を差した。

 

「クルックシャンクスだけで大丈夫かしら」

 

大丈夫じゃない、と蓮が言った。クルックシャンクスが抗議するように、ふぎゃあ、と喚いた。「うるさい、色ボケ猫。鼠が人間に変わったら、あなたなんかひとたまりもないの!」指を突きつけて言うと、クルックシャンクスは傷ついたようにハーマイオニーの腕と胸の間に頭を突っ込む。蓮はクルックシャンクスの襟首をつかんで引っ張り出した。

 

「校内の風紀が乱れるわ!」

 

レン、とハーマイオニーが額を押さえて頭を振る。「お願いだから、クルックシャンクスを猫として扱ってくれない? わたしをナンパするフーリガンみたいな取り扱いはやめて」

 

 

 

 

 

「予定変更かい?」

 

スキャバーズをポケットから居心地の良さそうなケージに移したロンとハリーが、ハーマイオニーと蓮の出で立ちを見て目を丸くした。

 

蓮はケージに杖を突きつけた。「ピーター・ペティグリュー、わたくしが付き添うわ。シリウス・ブラックがあなたを再び殺すことがないようにね」と低い声で言い聞かせる。「この顔でわたくしが誰だかあなたはわかってたんでしょう? だからわたくしには近寄らなかった」

 

「というわけだから、ハリーとロンはルーピン先生に知らせに行って」

「でも君たちだけじゃ」

「わたしには最強のボディガードがいるの。寝てばかりだけど。本来ならマリー・アントワネットのボディガードが勤まるのよ。幸い今は起きてるから働いてもらう」

 

ハーマイオニーの言葉を聞いて、ブルブル震え始めた鼠に蓮はさらに言った。「ミスタ・ブラックのところに連れていくのはね、ピーター、同窓会のためよ。懐かしい友とひそかに旧交を温めなさい。アズカバンの死喰い人の最新情報も聞いておきたいでしょう?」

 

「さあ、行きましょう!」

 

 

 

 

 

クルックシャンクスが暴れ柳の瘤に触れると柳の枝の動きが止まった。

 

「ハーマイオニー」

 

ケージを提げた蓮がハーマイオニーの足元を気遣って手を差し出してくれる。

 

湿った土の匂いのする通路に、バタバタっと足音が響いた。

 

「ハリー、ロン!」

 

ハーマイオニーが叫んだ。

 

「ルーピン先生は?」

「すぐに来るよ」

「先生が支度してるうちに先に来たんだ」

 

蓮は溜息をつき「静かにね」とだけ言った。

 

「この通路、どこに続いてるんだろう?」

「さあ、ホグズミードの空き家か何かじゃない? ハリー、地図には書いてなかったの?」

 

狭いトンネルの中を、身を屈めながら歩いていった。通路は延々と続く。

 

「そろそろ着くわ」蓮が囁いた。「前の方に明かりが漏れてる。みんな杖を出して」

 

木の厚い扉を押し開けた。

雑然とした埃っぽい部屋だ。壁紙は剥がれかけ、床はシミだらけで、家具という家具は、誰かが打ち壊したかのような有様だった。

 

「ここ、叫びの屋敷じゃないか、なあ、ハーマイオニー?」

 

クルックシャンクスが、突然タッと駆け出した。

階段を上っていったのだ。

 

4人は顔を見合わせ、頷き合った。クルックシャンクスの後から階段をゆっくり上っていく。

 

杖を構えたハリーが、ドアをバン!と蹴り開けた。

 

埃っぽいカーテンの掛かった壮大な四本柱の天蓋ベッドにクルックシャンクスが寝そべり、その隣にはお世辞にも清潔とは言えないなりの男性が座っていた。

 

ごくり、と息を呑み、蓮は鼠のケージを突き出して「ミスタ・ブラック、鼠は捕まえてあります」と言った。

 

シリウス・ブラックと思われる男性は、ゆらりと立ち上がり「やあ、ピーター」と呻くように呟きながら近づいてくる。その瞳に映るのは、抑えがたい憎悪以外の何物でもない。

 

蓮はケージをさっと背に隠し、シリウスに杖を向けた。ロンが蓮の手からケージを取った。

 

「なっ、何を!」

「ミスタ・ブラック、少し落ち着いてください。もうすぐルーピン先生がいらっしゃいます。ルーピン先生がみえてからペティグリューをどうするか相談なさってください。わたくしたちは、あなたに罪を犯して欲しくなくてここに来ました」

 

 

 

 

 

正しい捜査員とはこういう態度なのだろう、と蓮の横顔を見ながらハーマイオニーは思った。出会い頭に磔の呪文をかけるような人間とは格が違う。

 

「あなたは杖をお持ちではないはずですね。大型犬に変身するのも無駄です。わたくしはあなたより大きな犬に変身できます。あなたを抑制するのに十分なサイズの犬に」

「ぐう・・・頼む、私はもう待ち過ぎるほど待った」

「ミスタ・ブラック! ハリー・ポッターに説明すらしないおつもりですか? ハリーは自分の両親に本当は何があったか知る権利がある。ロンもそうです。ペティグリューを養い続けてきた。わたくしたちは子供なりに事情を推測はしましたが、あなたには取り返しのつかないことをする前に彼らに説明する義務がある」

 

ギリギリと歯ぎしりしながら、やっとブラックが蓮に顔を向けた。途端に表情から敵意が抜け落ちる。

 

「れ、レイ?」

 

蓮が溜息をついた。「その人に間違われるほど老けてはいないつもりですが」

 

「いや、そうか、君はレイの?」

「娘です」

 

言うと蓮は杖先を振った。「ベッドへ、せめて自己紹介をさせてください」

 

ほとんど素直と言ってもいい態度でブラックはベッドに戻り、クルックシャンクスの隣に腰掛けた。

 

「ハリー、自己紹介を」

 

ハリーがおずおずと進み出た。

 

「はじめまして、ミスタ・ブラック。僕、ハリー・ポッターです」

「・・・知っているよ。ジェームズの息子、私のゴッドチャイルドだ」

 

微かに微笑みらしきものが浮かんだ。長い間笑い方を忘れていた人が笑い方を思い出しつつあるように、やはりおずおずとした表情だ。

 

「ロン」

 

ロンは大きく息を吸い前に出た。「は、はじめまして、ミスタ・ブラック。僕、ロン・ウィーズリーといいます」

 

「ロン・ウィーズリー・・・ああ、アーサーとモリーの、ええと、何番目だい?」

「6番目です。パパとママを知っているんですか?」

「昔はね。今は君のご両親も私と知り合いだったことを子供たちに言いたくはないだろうが」

 

ハーマイオニー、と蓮が呟いた。

 

「はじめまして、ミスタ・ブラック。ハーマイオニー・グレンジャーです。マグル生まれですから、両親のことはご存知ないと思います」

「今回の件のほとんどを推理したのは彼女です」

 

蓮が補足した。

 

「・・・そうか。君たち4人は親しいのかい?」

「あなたたち4人がそうだったように」

 

その時、階段をドタドタと駆け上がる足音が聞こえてきた。

 

「ルーピン先生だわ」

 

ハーマイオニーが言うが早いか、ルーピン先生が部屋に飛び込んできた。

 

「シリウス! やめろ! ・・・え?」

「自己紹介は終わりました、ルーピン先生。ペティグリューはまだ無事です」

 

リーマス、と呟いてブラックがふらりと立ち上がった。

 

「シリウス、許してくれ・・・この子たちに教えられるまで、私は君を裏切り者だと思っていた!」

「同じことだ、リーマス。私がジェームズたちを殺したようなものだ」

「秘密の守り人があいつだったんだね?」

「そうだ。ハロウィンの数日前、レイのコーンウォールの邸から戻ってすぐにあいつを秘密の守り人にした」

 

ハーマイオニーは蓮が眉をひそめるのを見た。

 

「失礼。そのレイを呼んだ方が良いのでは?」

 

固く抱き合っていたブラックとルーピン先生が一瞬飛び上がったように見えた。

 

「母はミスタ・ブラックを今度こそ裁判にかけ、自分が被告側証人に立つつもりです。母に言わずに何かなさるのは・・・脱獄だけにしておいたほうが良いのでは?」

「そ、それは、確かにそうだがね」

 

ルーピン先生がブラックをちらりと見た。

 

「た、たぶん、君のお母上は、脱獄だけで、ものすごく怒っていると」

「ミスタ・ブラック? 母を呼んでもいいですか?」

「い、い、いや、それは・・・」

「母を呼んだら不都合なことをハリーの前でなさる気ですか?」

 

参った、とブラックが呟いた。「君は本当にレイとコンラッドの娘だね。名前は?」

 

「蓮・ウィンストン」

「そうか、わかった、レン。レイを呼んでくれ・・・」

 

蓮は頷くと「ウェンディ」と呟いた。パチンと音がして、優雅にお辞儀をするメイド服のハウスエルフが現れた。「お呼びですか、姫さま? あ、チャールズの件なら今のところ変化は」

 

「ウェンディ。もうすぐサマーホリデイだから、チャールズの件は改めて聞くわ。お母さまをここに連れてきてくれない?」

「奥さまはお夕食を召し上がっていらっしゃいます!」

「いいから、すぐ連れてきて。可愛い娘がシリウス・ブラックに拘束されたと言えばすぐに来るわ」

「かしこまりました!」

 

パチン! とウェンディが消えた。

 

逆だろ? とロンが呟いた。「どう見てもさっきからミスタ・ブラックを脅してるのはレンだぜ」

 

「ロン、静かに」

「はい」

 

パチン!

 

「姫さま! お連れいたしました!」

「ありがとう、ウェンディ。あなたは先に帰っていてちょうだい」

 

パチン!

 

「・・・シリウス、あなた」

 

レディ・ウィンストンは、オフィスから帰ったままの姿で来たのか、きちんとしたマグルのスーツ姿だ。

 

「どこらへんがうちの娘を拘束しているのかしら? 明らかに子供たちに捕獲された脱獄囚にしか見えないわ」

 

レディは頭を振った。

 

「れ、レイ、ここはひとつ穏便にいきましょう」

 

ルーピン先生がブラックを庇うように立った。

 

「おどきなさい、リーマス。わたくしはそこの馬鹿をひっぱたかなきゃ気が済まないの」

「レイ、私が悪かった!」

「誰が! 脱獄までしろと、言ったのよ!」

 

ホグワーツを1年近く恐怖に陥れた重罪犯とは思えなかった。全員が首を竦めて、ブラックがレディにひっぱたかれるのを目にした。

 

「いってえ!」

「余計なことしなきゃ痛い目には遭わないと何度言えばわかるの! その耳は飾りなの?!」

 

 

 

 

 

「なるほど」

 

ベッドに1人だけ腰掛け、腕を組んだ母が納得したように呟いた。シリウス・ブラックがピーター・ペティグリューをポッター家の秘密の守り人にしてからの一連の事情が説明されたのだ。

 

「シリウス、わたくしとアメリア・ボーンズは、あなたの事件を再捜査するように闇祓い局に指示を出しているわ」

 

蓮は目を見開いた。

 

「だからこそ、今あなたがペティグリューを殺すことを容認は出来ない」

「頼む、レイ・・・」

 

ハリー、と母が優しくハリーに呼びかけた。

 

「は、はい!」

「あなたの意見は尊重されるべきね。あなたはどう思って? あなたのゴッドファーザーのシリウスおじさんが、ペティグリューを殺したいみたいなんだけど」

 

嫌です、とハリーがきっぱりと答えた。「僕は、僕たちは、それを止めに来たんです。そんなことしたって、僕の両親は帰ってきません。僕、僕はシリウスおじさんに僕の人生にいて欲しい。僕、ハーマイオニーが羨ましい。マグル生まれだけどちゃんとした両親がいて、魔法界のゴッドマザーもいる。僕も魔法界に1人ぐらい・・・僕の親代わりが欲しい」

 

泣かせる話ですな、とねっとりした声が聞こえてきた。

 

「・・・スニベルス」

「そういうことを持ち出すなって言ってるの! セブルス、どこから聞いていて?」

「我輩はルーピンを追ってきましたのでな」

「だったらほとんど全部聞いたわね。で、何しにリーマスを追いかけてきたの?」

 

今夜は薬を飲んでおらん! とスネイプが腰に手を当てて勝ち誇るように言った。「我輩が部屋まで薬を持って行ってやったにもかかわらず、部屋はもぬけのカラだ! 怪しげな地図上をここにいる生徒とピーター・ペティグリューの名が動いておった。我輩は親切にも君を追いかけてきてやった次第だ!」

 

「薬を飲ませに?」

 

母の言葉にスネイプは「さよう!」と胸を張った。

 

「・・・薬はどこよ」

「あ、あー、それは、部屋に」

 

はあ、と溜息をついて母が「セブルス、あなたは昔から詰めが甘いわ」と頭を振った。

 

「リーマス、不愉快だろうけれど我慢してちょうだい」

「いや、構わないよ」

 

母がルーピン先生に目隠しをして、上半身を縛る呪文をかけた。

 

「セブルス、1人でリーマスを部屋までエスコートできる?」

「したくはないが」

「できるの、できないの?」

「・・・できる」

「最初からそう言いなさい。リーマス、あなたはセブルスのエスコートで部屋に戻って薬を飲んで、今夜はもう出てきちゃダメよ」

 

頷いたルーピン先生がスネイプとともに出て行った。

 

「万一を考えて、しばらく時間を置いてから学校に戻りなさい。お母さまはこの馬鹿と鼠を連れて魔法省に行くわ」

 

わかった、と蓮は頷いた。それを確かめて母はハリーに再度優しく呼びかけた。

 

「ハリー」

「はい」

「シリウスおじさんに言っておくことがあれば今のうちに話しておきなさい。わたくしたちは無罪の証明に努力するけれど、すぐにとは行かない。しばらくシリウスおじさんとは会えなくなるわ」

 

ハリーの瞳が水分を湛えて大きく揺らいだ。

 

「大丈夫よ、ハリー。法執行部つまり、マグルで言えば法務省のナンバーワンとナンバーツーがミスタ・ブラックの味方なんだから」

「そ、そうだぜ、ハリー! うちのパパからすれば雲の上の人がなんとかしてくれるんだ!」

 

口々にハリーに希望を持たせようとする蓮とロンを、母は無情に遮った。

 

「そう出来ればいいと思うけれど、魔法大臣の権限があまりに強すぎるの。魔法大臣はホグワーツに配備されたディメンターに、キスの許可を出したわ」

「キス?」

 

ハリーは尋ね返したが、ハーマイオニーは「そんな!」と叫んだ。ハリーが蓮を見上げた。「レン、どういうこと?」

 

「・・・魔法大臣が、ミスタ・ブラックの死刑執行書にサインした」

「な、なんで!」

「ハリー、よく聞きなさい」

 

動揺するハリーの両肩を掴んで、母が真剣な顔になる。

 

「そんな・・・」

「覆してみせる! いいわね? あなたのご両親の親友を犠牲にはしない。そのためには慎重にならなければならないの。シリウスはしばらく姿を見せられなくなるわ。とにかくホグズミードからロンドンまで跳ばなきゃいけないの。ここにいること自体シリウスには危険なのよ」

 

ハリーは流れる涙を拭いもせずにブラックを見上げた。

 

「おじさん?」

「大丈夫だ、ハリー。私は負けない、必ず生き延びてみせる。じゃないと、この・・・アズカバンでも有名な『地獄から来た魔女』が私を地獄まで叩きに来るだろう」

 

ブラックはハリーの前に膝をついた。

 

「ハリー、私は君がこんなに成長したのが本当に嬉しい。私の真実に君たちが気づいてくれたことも。私は必ず汚名を濯いで帰ってくる。そのときは、私と一緒に暮らそう。ゴッドファーザーの務めを今度こそ私に果たさせてくれ」

 

ハリーが頷いたそのとき「ここから出るな!」という叫びと共にスネイプが駆け込んで来た。「・・・校内で、ルーピンが変身した」

 

 

 

 

 

全てが悪夢だ、とハーマイオニーは思った。

 

「スネイプ! 私が行く! 君は子供たちを守れ!」

「阿呆が! 貴様は校内に入ってはならん!」

「やめなさい!」

「私以外にリーマスを止められるか!」

 

揉み合う大人たちの気が逸れた一瞬の隙に、鼠が禿げた小太りの小男に変わった。

 

「へ、へへ」

 

腹周りを締め付ける壊れた鼠のケージが見苦しい。ロンはあまりに醜悪なペットの真実の姿を見て顔を白くしてしまった。

 

「貴様!」

 

飛び掛かろうとするブラックの手が届く前に、小男・ペティグリューはかき消えた。

 

しゅるん、と音が聞こえた。ドカッとドアを突き破ってブランカが駆け出した。

 

「・・・まさか、蓮?」

「おばさま、あれはレンです! レンはオオカミを止められるガード・ドッグに変身したんです!」

「だから今のうちに! おじさん!」

 

ハリーが叫んだときはもう遅かった。黒い犬がスネイプの腕をすり抜け、ブランカが突き破ったドアの穴から飛び出していった。

 

「シリウス!」

「おじさん!」

「セブルス! この子たちをお願い!」

 

叫んで、レディ・ウィンストンが駆け出した。その瞬間、ハーマイオニーの上半身が拘束された。ハリーも、ロンも身をよじらせている。

 

「スネイプ! 放せ!」

「ならん! 緊急事態だ、その生意気な口を閉じて我輩に従え!」

 

全員が黙り込むとスネイプは声を押し殺した。

 

「ブラックとウィンストンは、奴を禁じられた森に追い込むであろう。この抜け道から少しでも離そうとするはずだ。我々はそれを待ってここを出て学校に戻り、ダンブルドアに事の次第を報告する。キスの許可をファッジに取り消させねばならん。ダンブルドアの前で説明できるな?」

 

できます、とハーマイオニーは震える声で頷いた。

 

 

 

 

 

黒い犬と黒い猫が影のようについてくるのがわかる。

 

ブランカは自分の白い体に月明かりが当たるように走った。

 

「禁じられた森に追い込め! 君の体当たりならリーマスに勝てる!」

 

背後からの叫びに応じるように低い声で大きく吼えると、目の前の黒い影に体当たりした。唸り、吼え、喉に噛みつき、あらゆる本能に身を任せた。禁じられた森、禁じられた森、と念じながら。

 

 

 

 

 

「吼え声が遠ざかった」

 

暴れ柳の下の通路の入り口でスネイプが呟いた。ハーマイオニーは頷く。

 

「良いな、ルーピンのことは動物もどきに任せるのだ! 決して追ってはならん! 校長室まで走れ!」

 

スネイプを含めた4人は、辺りを見もせずに走った。

 

校長室までどこをどのように走ったかわからないまま、ハーマイオニーたちは走り抜けた。ガーゴイルの前でスネイプが「アーモンドチョコレート」と呟いた。

 

ガーゴイルが道を開いた。

 

その瞬間、ハリーが身を強張らせた。「ファッジだ」

 

「どうかしたかね、君たち」

 

ハーマイオニーは息を吸い、ハリーとロンを制して進み出た。

 

「シリウス・ブラックのことで校長先生にお話ししたいことがあります」

「ほう、聞かせてもらえるかな?」

 

人の良さそうなファッジ大臣が進み出た。

 

「コーネリウス、生徒の尋問はやめてもらいたい。まず儂が聞かねば」

「いいえ、大臣にもお聞きいただきたいと思います。わたしたち、シリウス・ブラックを捕まえました」

 

背後でハリーとロンが息を止めた。

 

「なんと! ダンブルドア、彼らは特別功労賞ものだ! して、ブラックはどこだね?」

「暴れ柳の下に繋いであります。る、ルーピン先生が、見張ってくださっています」

 

ハーマイオニーはダンブルドアの青い瞳を見つめながら言った。

 

「よし、よし。早速捕縛に行くとしよう。これで大臣室への吼えメールもおしまいだ」

「そうじゃな、ファッジ。早いところ、あの忌まわしい看守を引き上げさせてくれたまえ」

「わかっているとも!」

 

ファッジが出て行くと、ダンブルドアは「今宵は満月じゃ」と呟いた。

 

「ダンブルドア先生! シリウスおじさんは無実なんです!」

「全部スキャバーズ、じゃない、ペティグリューのせいなんです!」

 

口々に言い募るハリーとロンを制したダンブルドアがハーマイオニーに言った。

 

「君はするべきことがわかっているのじゃな?」

「はい」

 

では行くが良い、とダンブルドアがハーマイオニーに言った。


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