サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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炎のゴブレット編
閑話17 ゴーントの一族


ニコラスはリトル・ハングルトンの村までの馬車道をてくてくと歩いていた。

 

ペレネレと連れ添ってそろそろ200年になるが、いまだに実子に恵まれない。

イギリス人はやたらに純血にこだわるというので、確実に子供を作る魔法でも伝わっているのではないかとイギリスに渡ってきたのだ。

 

100年ほど昔、フランスから兎の姿で英仏海峡を大鍋に帆をかけて渡った魔女リセット・ド・ラパンは、イギリスのヘンリー6世の宮廷相談役だった魔法使いと結婚した。そのため、イギリスの宮廷にはフランスと縁の深い魔法族がいる。

 

フランス宮廷から紹介された、そのウィンストン伯爵家の当主は、大口を開けて笑い飛ばした。「そんな便利な魔法があったらイギリスの魔法族はまだまだたくさんいるだろ?」と言われてしまった。

 

それでもいろいろな伝を辿って「ゴーント家」の存在を探してくれたのだ。

 

「ゴーント家からは、もう何世代もホグワーツに入学する子供が出てはいないが、代が続いているのは確からしい。このゴーント家というのはホグワーツの創始者の1人であるサラザール・スリザリンの娘から始まる一族でね。たいへんスリザリンの血にこだわると聞く。もし、確実に子供を作る魔法が伝わっているならば、おそらくこの一族ではないかと思う。だがね、ニコラス。私はあまり勧めないよ」

 

なぜです、と尋ねたら、ウィンストン伯爵は顔をしかめて「ゴーント家の一族と婚姻した者を誰も知らないのだ」と言った。「ホグワーツ領の領官に届けを出すことはなくても子供は出来るだろう、もちろんね。さらに、非魔法族と連れ添うならば、ホグワーツ領の管轄外だ。しかし、サラザール・スリザリンの血にこだわる一族が非魔法族と子を作るとは考えられない。なのに、子供だけは出来ている。ひどく不自然だ。しかも、その子供たちはホグワーツ魔法魔術学校に入学するだけの魔力がない。僅かな魔力だけが、どの魔法族の一族とも結婚しないまま続いているのだよ。奇妙過ぎる」

 

そのときのウィンストン伯爵の表情は、いつも快活な彼に似合わぬ暗いものだった。

 

リトル・ハングルトンの村のパブでたっぷりのグレービーソースをかけたマッシュポテトとステーキを食べて心象を良くしたあとで、ニコラスは村人に「そういえば、この村にゴーントという家はありませんか?」と尋ねてみた。「ご領主様の記録ではそのような家があるはずなのです。なに、私の先祖にそういう名前の家から嫁いだ人がいると聞いたことがあるだけなのですが、あまりよくある名前ではないので親戚かもしれない」

 

「そりゃああんたのご先祖があの家から逃げ出したってんなら、野ウサギの足でも握った幸運の賜物だよ」と、鼻の頭を酒灼けで赤くした男が呟いた。「気味の悪い家だぜ、まったく。ろくに英語も喋れねえ。訪ねていくなら村はずれの丘の下だ。小屋の扉にゃ、蛇の死骸をSの字になるように打ち付けてあるから、すぐわかる」

 

満腹になった腹をさすりさすり、ステッキを振り回しながらニコラスは馬車道をてくてく歩く。目だけは油断なく、魔法族の家と非魔法族の家を見分けながら歩くのがニコラスの習慣だが、この村に魔法族の家は今のところ見当たらない。

 

ーー蛇で描くSの字か

 

それはサラザール・スリザリンの紋章だ。ウィンストン伯爵のくれた情報とも一致する。つまり、今でもスリザリンの末裔であることを誇っているのだろう。

 

村はずれの丘が見えてきた。

 

「どの『目』を使っても小屋だなあ、あれは」

 

丘の下に建つ小屋を遠くから観察しながら、ニコラスは独り言を呟く。村人の言う「小屋」を真に受けてはいないのだが、非魔法族の目から見ても魔法族の目から見ても、紛うことなき掘建小屋がそこにある。

 

屋敷を構える財力も魔力もないなら当然か、と思いながら、蛇の死骸が打ち付けられた小屋の扉をステッキで叩いた。

 

 

 

 

 

さてどうしたものか、とさすがのニコラスも困惑している。

 

「えーと、私の英語はそんなにダメでしょうか? 一応お貴族様ともお話し出来る程度には喋れるのですが」

 

ゆっくりと丁寧に発音しながら尋ねるが、相手は蛇を怒らせたときのようにシューシューと歯の隙間から空気を出し入れするだけだ。

 

「じゃ、イタリア語? ドイツ語かな、それともスペイン語?」

 

いくつかの言語で話しかけてみるが、この家の男も女も、幼い子供も怒った蛇のような音しか立てない。

 

ーーまさか

 

ごくり、と息を呑み、ニコラスは胸ポケットから羊皮紙の束と魔法羽ペンを取り出した。

 

ーー頼むから文字ぐらいは読めてくれ

 

この家族は蛇語しか使わないことに決めているのかもしれない。サラザール・スリザリンは稀有な蛇語使いだったと聞く。

 

「私はニコラス・フラメルといいます。あなたがたの一族に伝わる素晴らしい魔法について、教えを請いに来ました」

 

男は字が読めたらしく、満足げに頷いた。

 

警戒心の強い一族だろうと予想をつけて、ニコラスは最初は簡単な当たり障りのないことから質問した。

 

「私は妻の心が離れていくことを心配しています。愛を繋ぎとめるにはどんな魔法があるかご存知ですか?」

 

この質問に男は答えを書いた。

 

「殴れ。殴って言うこと聞かないなら薬ある。妹は殴っただけで言うこと聞いた。子供産んだ」

 

ニコラスは呆然とした。

 

「あの女性は、あなたの妹さんですか?」

「そうだ」

「そしてあなたの子供を産んだのですか?」

「そうだ。俺の息子と娘を産んだ。息子と娘がまた子を作る。ゴーント家の血は薄くない」

「あなたたちのご両親も?」

「薄くない。姉妹が言うこと聞かないなら殴れ。殴ってダメなら薬教える」

 

ゴクリ、とニコラスは息を呑み「貴重な教えをありがとうございます。殴ってみます」と書きつけた。

 

 

 

 

 

なんてことだ、なんてことだ、と思いながらニコラスは足早に村を後にした。魔力の十分な子供ができないはずだ。何世代にも渡って兄弟姉妹で交配を続けている。

 

「なんと忌まわしい」

 

サラザール・スリザリンの血を薄めないことに執着するあまり、禁忌に足を踏み入れた一族だ。

 

デヴォンの丘に姿現しすると、ニコラスの上にポタポタと雨粒が落ちてきた。

 

「ペレネレにはとても話せない」

 

空を見上げてニコラスは呟いた。

 

しかし、いくらか不審な点はまだ残っている。そう都合良く息子と娘が生まれ続けるのだろうか。また、兄弟姉妹の組み合わせから必ず子供が出来るものだろうか。

 

ステッキを握り締め、ニコラスはゴーント家の秘密に近づく決意を固めた。

 

 

 

 

 

「妻を殴ってみました。言うことを聞きません。言うことを聞かせる薬はありますか?」

「ある。待て」

 

男が出してきたのは古びた羊皮紙を綴じ合わせた冊子だった。

 

「先祖から伝わる薬の教えだ。強い薬だ」

「拝見してもよろしいですか?」

「読め」

 

あまりに古く、保存状態が良いとは言えない資料だ。ハンカチで口を押さえ呼気が当たらないようにして、丁重に羊皮紙を捲った。

 

確かに極めて古い手法による魔法薬のレシピだ。効能が強いのは確かだが、今はどれもこのレシピ集のような製法で魔法薬の調合はしない。もっと洗練された、穏やかな効き目の魔法薬が普通なのだ。

 

「女に言うこと聞かせる薬。これ」

 

女にも男にも極めて強すぎる効能があるだろう、とニコラスは思い、顔をしかめない努力をした。偽りの愛を演出することさえしない、強すぎる欲望を喚起する薬だ。

 

「素晴らしい魔法薬です。この魔法薬で、子供が必ず出来ますか?」

 

ひひ、とゴーント家の男は引いた笑いを浮かべた。

 

「出来ないときは作る」

「私は妻との間にどうしても男の子と女の子が欲しい」

 

わかるわかる、というように男は頷いた。

 

「これで作る」

 

開かれたページをニコラスは必死で読んだ。殊更古いものらしくルーン文字で記載されている。

 

ーー父親の骨、しもべの肉、仇の血

 

ゴクリとニコラスは唾液を飲み込む。これは原始的なホムンクルスの製法だ。今ではホムンクルスを作ることは禁忌とされている。ホムンクルスは魂を持たない生命体だと規定されており、魂を持たない生命体を人為的に作り出すことは、闇の魔術への抵抗力のない魔法使いを増やすことに繋がるとされる。

 

「父親はわかります。血を薄めないためには不可欠です。ですが、しもべや仇の肉や血を使うと、血が薄まりませんか?」

「問題ない」

「薄まらない?」

「しもべは一族の女だ。仇は一族の誰かだ。邪魔なのを使う」

「男と女を作り分けるには?」

「男が欲しいなら、仇の血は男の血。女が欲しいなら、仇の血は女の血」

 

ゾッとして、ニコラスは周りに数人いる子供たちを見回した。この子供たちはホムンクルスの材料なのか。繁栄するはずがないのだ。兄弟が姉妹の隷属を奪い合い殺し合っている。勝ち残った者だけが姉妹に子供を産ませる、もしくは兄弟姉妹を殺してホムンクルスを作る。

 

 

 

 

 

デヴォンの家に帰ると、ペレネレが熱い紅茶を淹れてくれた。

 

「ニコラス、顔色が悪いわ」

「ああ、ペレネレ、ありがとう」

 

何があったの、とペレネレが眉をひそめた。「あなたがそんな深刻な顔になるのは、100年ほど見ていないわ」

 

「ああ、ペレネレ。私たちの子供のことだ」

「はあ」

「・・・諦めよう」

 

言い終えるとニコラスは顔を歪めて泣き出してしまった。

 

「あなたがまだ諦めていなかったことが不思議だわ」

 

ペレネレはニコラスの背中を撫でながら、呆れたように言った。

 

「な、なぜだい? 子供を欲しがっていたじゃないか」

「170年ほど前まではね。わたくしをいったいいくつだと思うの。もう産める年ではありません」

 

その夜、庭でニコラスはゴーントとの会話を記した筆談のメモを焼き捨てた。ウィンストン伯爵にだけは、簡単な報告をした。曰く「ゴーントと意思の疎通を図ることには成功しましたが、闇も闇、真っ暗闇の術でした。兄弟姉妹間での交配に加え、禁じられたホムンクルスまで作り出しています。ゴーント家はいずれ英国魔法界の暗部となる可能性があります」と。

ウィンストン伯爵からは「後味の悪い経験をさせて申し訳なかった。ゴーント家の存在は、出来る限り我々の記憶に留めることとする。英国魔法界の暗部が他国に流出せぬように。お知らせくださったことに心よりの感謝を」と返事が来た。

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