ほとんど眠りかけているジニーの腕を引いて、ウィーズリー兄弟とハリーのテントを出て隣の女子用テントに戻った。
ジニーはもう着替える余力もないらしく、ベッドに横になったまま寝息を立て始めた。ハーマイオニーはその姿に小さく溜息をつくと、自分も髪をまとめ、スウェット地のルームパンツと長袖のTシャツに着替え、顔だけを洗った。
ジニーの並びのベッドに横になり、キルトを体にかけたところで、ウィーズリー氏が飛び込んできた。「起きなさい!」
「おじさま?」
「ああ、ハーマイオニー、君はまだ眠っていなかったか。ジニーを起こして外に出よう。緊急事態だ」
ハーマイオニーは飛び起きて、ジニーと自分の薄手のコートを取り出した。
「おじさま、何が」
「外に出ればわかる。君たちをひとまとめに合流させたら、私は魔法省の方に加勢に行くつもりだ。みんなと一緒に森へ行くんだよ、いいね。ジニー、ジニー、起きなさい」
ジニーの体を無理やり起こし、ハーマイオニーがその肩にコートをかけると、ウィーズリー氏はジニーの手を引いて外に駆け出した。「待って、パパ!」
「説明はあとだ! 早く!」
「なに、あれ」
ジニーの呟きにハーマイオニーも振り返った。
宙に浮かんだ4つの影が激しくもがいている。
その真下には、フードをかぶり仮面をつけた怪しげな魔法使いの集団。「クー・クラックス・クランの襲撃みたい」思わず呟いた声にジニーが「クー・・・なに?」と反応した。
みなが逃げ出した弾みでテントに引火したのか、燃えているテントもある。そのテントの近くを4つの影が通過するときに、その影がキャンプ場のマグルの管理人の姿だとはっきり見えた。
「やだ、ハーマイオニー。あの人たち、マグルの一家を?」
気に入らない、とハーマイオニーは胃の底に重い怒りが淀むのを感じていた。本当にクー・クラックス・クランみたいだ。
もう遅い時間だけれど、なかなか老人たちが部屋に引き上げないので、眠い目を擦りながら付き合っていると、グランパのもとにイタチのパトローナスが飛び込んできた。
「アーサー・ウィーズリーです。サー・ウィンストン。死喰い人に似た扮装の一団がマグルのキャンプ場管理人一家を襲撃しております。至急ご助力願います」
ふむ、とウィリアムとシメオンが立ち上がった。「ちょっと行ってくる」
「・・・気をつけて」
グラニーは引き留めず、立ち上がった。その場で姿くらましした祖父2人に、大臣は肩を竦めた。「気持ちだけはまだ若いようだ」
「オブランスク大臣、英国の恥ばかりをお見せすることになってしまい、申し訳もございませんわ」
「レディ、お気になさらず。こういう場では、燻った悪が必ず調子に乗るものですからな。残党狩りが甘いとこういうことになるのです」
「当時の魔法法執行部長は苛烈な処断で有名な方でしたのよ。ほとんどの死喰い人には裁判もせずにアズカバンへ。自分の息子でさえ、逮捕後に見せた父親としての情は裁判にかけたことだけというほど」
「だが一方で司法取引には応じましたな」と言いながら、大臣はグラニーにウィスキーを入れたグラスを差し出した。「苛烈なパフォーマンスで大衆の支持を集めながら、一番卑劣な者を取り逃がしたわけだ。こうなることが自然です」
我がブルガリアでも闇の脅威は完全に去ったわけではない、と大臣は呟いた。「グリンデルバルドは世界大戦に乗じて東欧での影響力を拡大し、ナチスという形でマグルの武力さえ手に入れようとしました。その影響を50年程度で拭い去ることができるわけがない。英国はまだマシな方でしょう。ヴォルデモートとかいう男はあまり賢くない。マグルを支配下に置くことを考えず、ただ排斥するばかりだ。マグルが本気になればアバダ・ケダブラを唱えそうな輩の集まる地域の上空でボム! 1発で始末する手段をマグルはもう持っているというのに、実に牧歌的な闇の魔法使いだ」
「わたくしはそれが逆に不気味なのですわ」
「とおっしゃると?」
「大臣のおっしゃる通り、イギリスの魔法界は中世並みに牧歌的ですもの。ヴォードゥモールがどうこうというより、その世界の狭さがいずれイギリス魔法界を自滅させる気がいたします」
蓮は窓の外を逃げ惑う人々の群れの中に目を凝らしていた。1人でもウィーズリー家の赤毛を見つけたらここに引っ張ってきたい、と思いながら。
しゅ、しゅ、と姿現しで出現したのは、蓮の祖父2人だった。
「ああ、君は蓮の友達だね? ハーマイオニーだったか。みんなそうかな? 良かった。おい、シメオン! あちらの集団には私が行こう。仮面を剥いでも君ではどこの誰やらわかるまい。君はこちらの蓮の友人たちを森まで護衛したまえ!」
「わかった! とにかくあのマグルの一家を助けてやれ! 子供たちはこれで全部か? 取りこぼすと蓮が怒る。よし、いいか? 全員杖は持っているな? 未成年者は使ってはならんが、手放してもいかん」
あれ? とハリーの声が上がった。「ない、僕の杖、どこかで落としてきたみたいだ!」
「ここでわかって良かったな、坊主。しかし、今は探している暇はない。全員互いの体のどこかしらを掴んで走れ。女の子は私の両手にな。いいか? 走るぞ!」
だっと駆け出した。
ハーマイオニーのために加減してくれているのだろうが、とにかく足が速い。
「悪い魔法使いがたくさんいらっしゃいます!」
キーキー声は、ハウスエルフのウィンキーだ。灌木の茂みからもがきながら出ようとしては中に引き戻される不自然な動きをしている。
「ウィンキーが!」
「ハーマイオニー、ウィンキーはあとだ!」
森の奥深くまで走ったところで、やっと蓮の祖父が止まってくれた。
みな、脇腹を押さえてうずくまってしまった。
「あ、ウィンキーだわ。良かった、絡まってた茂みから出られたのね」
しかし、ウィンキーはこちらに人が集団でいることに気づかない様子でさらに奥へと歩いていく。
ハーマイオニーがその姿を目で追っていたときだった。見知らぬ男の声が叫んだ。
「モースモードル!」
森全体が気味の悪いネオンのように森全体を不吉な明るさで照らした。
「ステューピファイ!」
蓮の祖父がモースモードルの呪文が打ち上げられた辺りにまっすぐに失神呪文を放った。
「な、なんだ、あれ」
上空を見上げたロンの呟きにハーマイオニーが「本で見たことあるわ。死喰い人ーーヴォードゥモールの一派が犯罪現場に残していくサインみたいなものだって」と答えた。
下草を踏み分けて蓮の祖父が失神呪文が命中した辺りを見回しに行くと、急に子供たちだけになった心細さに襲われた。
反対側から、ウィーズリー氏とクラウチ氏が杖明かりを掲げて小走りにやってくる。
「ああ、良かった。みんな無事だね?」
言いながら子供たちの数を数えるウィーズリー氏の背後から、温かみの欠片もない声で「誰がやった」とクラウチ氏が問い質した。
「はへ? ああ、あれのこと? ですか?」
「しらばっくれるな! おまえたちの誰が闇の印を出したのだ!」
子供たち相手にいい加減にしろ、と言いながら両腕でウィンキーを抱えた蓮の祖父がのっそりと現れた。「この子たちは闇の印などが花火のように上がっていた時代はまだ赤子だったぞ」
「あ、あなたは!」
「うむ。おまえが雇った無能な闇祓いに婿を殺された間抜けなシメオン・ディミトロフだ」
ハーマイオニーはハリー、ロンとこっそり視線を交わした。
「今はそんなことはどうでもいい。この子たちをここまで連れてきたとき、森の奥でモースモードルを唱える男の声が上がった。急いで失神呪文を撃ち込んだが、奴はこのハウスエルフを盾にして、失神させたあと杖を握らせて逃げたようだ」
クラウチ氏の顔色が悪くなった。
「このハウスエルフの近くにいたのだから、ハウスエルフの関係者の可能性もあるからな。まずハウスエルフから話を聞いてみようではないか。それから、この杖も調べる必要があるな」
「あ! それ、僕の!」
またハリーの声が上がった。
「おう、良かったな坊主。杖をきちんと持っているかをこまめに確かめるのはこういうときに大事なんだ。私とこの子たちが合流した場所は森の外、灌木の茂みの向こうの芝生が途切れるところだ。合流してすぐに、私は全員に杖を携帯しているか確認させた。坊主はそのときに杖がないことに気づいたが、探すのは無理だったのでな、そのままここまで私と一緒に走った。つまり、坊主の杖はそれより早くに誰かに抜かれていたわけだ。で、誰かこのハウスエルフの主人を知らんかね?」
ハーマイオニーはおずおずと手を上げた。
「あの、決勝戦のとき、わたしの後ろに座っていたハウスエルフのウィンキーです。ご主人さまのために席を確保していました」
「ご主人さまとやらを見たかね?」
「いいえ、見ていません。ウィンキーの隣はずっと空席でした」
「そうか。ならば起こしてから確かめねばならんな。こういう場合、本当はハウスエルフが起きる前に主人を確定させたほうがいい。ハウスエルフは主人に命じられていれば嘘をつかざるを得んのでな」
も、もう良い! と突然クラウチ氏が叫んだ。「我が家のハウスエルフだ!」
「ほう」
「だが、私は命じてはおりませんぞ! 私がどれだけ闇の魔術を憎んできたか、あなたはご存知でしょう!」
さてな、と蓮の祖父は頭を振った。「無能な闇祓いを無思慮に増やしたことが、即ち闇の魔術を憎んでいたことにはならん」
騒ぎは収まったぞ、と言いながらもう1人の蓮の祖父が現れた。
「・・・サー・ウィンストン」
「ふむ。バーテミウス・クラウチか? 老けたな。それでシメオン、闇の印の件はどうなったね」
「それは今これからだ。坊主の杖を、このハウスエルフが持った状態で闇の印の真下を狙った失神呪文に当たって失神していた。ハウスエルフのウィンキーの主人が、このクラウチだとわかったところだ」
そこまで聞くと、サー・ウィンストンは「まずは杖だな。ハリー、いいかね?」と確かめて杖を手に取った。
「プライオア・インカンターント」
自分の杖とハリーの杖を掲げ、杖先が触れ合う状態でサー・ウィンストンが囁くと、杖の合わせ目から蛇のように舌をくねらせた巨大な髑髏が飛び出した。
「デリトリウス。ふむ、この杖で闇の印が打ち上げられたことは間違いないようだ。さて、ではハウスエルフを起こしてくれるかな」
「リナベイト」
ウィンキーはよろよろと身を起こした。
「ウィンキー、君に聞かねばならないことがある。まずこの杖だ。見覚えは?」
「あ、杖? まさか! まさか杖なんて! あたしは杖なんてお使いになりませんです!」
「君が使ったとは思っておらんよ。どこかでこの杖を見たことはないかな? 君の周りの誰かが持っていたとか?」
ウィンキーは激しく首を振った。あまりに激し過ぎて、むしろ怪しかった。
「さて、クラウチ。あんたは、ハウスエルフに席取りをさせたまま、試合を見にも来ずに何をしていた?」
シメオン・ディミトロフとウィリアム・ウィンストンは今や疑惑の目をはっきりとクラウチ氏に向けていた。
ハーマイオニーは、今目の前で起きたことをまだ完全には飲み込めていなかった。
「わ、私は、時間が出来れば観戦したいと席を確保していたが、あまりに試合が早く終わったために席に座ることは出来なかったのだ」
「ふむ。それで、なぜ私がウィンキーを運んできてすぐに自分の家のハウスエルフだと言わなんだかね?」
「そ、それは・・・あまりのことに呆然自失して」
「まあ、私がウィンキーを起こすと言ったから申告したようなタイミングだったことは事実だな」
「・・・否定はせん」
しかしシメオン、とウィリアムが苦笑した。「もうあとはクラウチに任せないか? ハウスエルフを盾にした犯人は逃げただろう。ハウスエルフの罪という罪はない。失神させられた後に杖を握らされた可能性が高いのだからな。ハウスエルフの処遇は、クラウチ自身に任せるべきだろう」
「『ようふく』だ!」
クラウチ氏が叫んだ。ウィンキーはテニスボールのように大きな瞳を見開いて、わなわなと震え始めた。ハーマイオニーは思わずウィンキーの小さな肩に手をかけた。
「旦那さま! ウィンキーはよいしもべさんです! どうか、どうか『ようふく』だけは!」
「主人に恥をかかせるようなしもべは要らぬ!」
ひどいわ! 思わずハーマイオニーは叫んでいた。「ウィンキーは何も知らないだけなのに!」
「試合が終わったら、テントにいなければならなかったのだ!」
「あんな混乱の中で、こんな小さな体のハウスエルフは怖くてパニックになるのが当たり前だと思います!」
ハーマイオニーの肩にウィリアム・ウィンストンが手を置いて小さく首を振った。
「さあ、アーサー。君たちのテントまで送っていこう。今夜の騒ぎはおしまいにしようじゃないか。ハーマイオニー、君もだよ。ハウスエルフの処遇は主人の裁量だ」
森の中を歩きながら、ウィーズリー氏が「ハーマイオニー、ハウスエルフに対するクラウチの態度に不信感があるのはわかる。私もだ。だがね、ドビーのことを思い出してくれ。あまりクラウチを追い詰めると、ウィンキーの命が危ない。『ようふく』で済んだのはむしろ幸運だったよ」と言った。
「クラウチ家は古くから続く純血の名家だ」とサー・ウィンストンが呟いた。「だが、闇の勢力に与せず、むしろ苛烈に追い詰めようとした。この度の闇の印の騒動にクラウチ家のハウスエルフが関わっていたと評判が立つことを恐れる気持ちは、君たちが想像するより遥かに強いだろう。あまり責めると、ハウスエルフを殺しかねない。蓮の友人ならば、もちろんウェンディという面白いハウスエルフを知っているだろうから、普通のハウスエルフの待遇を劣悪だと感じるのは当然だが、この場合『ようふく』で済ませることで自分の潔癖を主張しようと考えたのは、あのウィンキーにしてみれば命を救われたようなものなのだよ」