日刊予言者新聞に目を通したミスタ・ウィーズリーが慌ただしく出勤してしまうと、ハーマイオニーは残された日刊予言者新聞を手にした。
『魔法省のヘマ・・・犯人を取り逃がす・・・警備の甘さ・・・闇の魔法使いやりたい放題・・・国家的恥辱』
「リータ・スキーター、ね。本当に煽り屋というか何というか・・・」
「卑劣な女ですよ」
ガチャガチャとやかましく食器の音を立てながら、ミセス・ウィーズリーが食事の片付けを始めた。ハーマイオニーも立ち上がり、手伝うことにする。
「レンのお父さまの記事を書いたと聞きました」
「ええ。あれは本当にひどかったわ。リータ・スキーターという女はね、ちょっとした言い回しで人々が右往左往するのが楽しいの。真実を伝えたいのではないわ。自分のペンが影響力を持つことを常に実感したいのよ。原稿料も高くなるでしょうし。他にまともな新聞があれば日刊予言者なんて購読をやめてしまうわ」
ハーマイオニーは頷いた。新聞が一紙しかないというのは怖いことだ。選ぶ余地なくその新聞社に都合の良い情報ばかりが流布することになる。
「ハーマイオニー!」
キッチンの入り口から、ハリーとロンが縦に顔を並べて突き出し、小声でハーマイオニーを呼んだ。
「そんなのいいから、早く!」
ハーマイオニーは小さく首を横に振る。ここの家族ときたら、人数だけは多いくせに誰も母親を手伝おうとしない。
「早くったら!」
「おばさま? ロンとハリーも手伝うそうです。何をしてもらいましょう?」
ハリーとロンには返事をせず、ミセス・ウィーズリーの手伝いに突き出した。
「こんなに大人数のお宅に滞在させていただいているのに手伝いもせずに内緒話に夢中だなんて!」
ハーマイオニーはハリーを指差して叱った。
「それにロン、あなたもよ。あなたは自分のお母さまがどれほど大変な思いをしてあなたたちの世話をしてくださっているかに無頓着過ぎるわ。食事のあとの片付けぐらいお手伝いなさい!」
「気にするな、ハリー。大した手間じゃないんだ、僕ら子供と違って魔法が使えるんだもの」
ロン、とハーマイオニーは睨んだ。「わたしの家にもディッシュウォッシャーや全自動洗濯機や浴室乾燥機はありますけど、わたしはママの家事の手伝いを怠ったりはしない。それとこれとは別問題よ。それでハリー? 土曜日の朝に傷が痛んで目が覚めた件は、今まで黙っていながら、食事の後片付けを終えてもいないうちから内緒話を急がなきゃいけないこと? あなたにはそもそもそういうところがあるわ。あなたがずっと隠していたことをいざ打ち明ける気になったら、みんな仕事をやめてお付き合いしなくちゃいけないのかしら?」
ハリーは恥じ入ったように顔を赤くして急いで首を振った。「君の言う通りだ。僕、ちょっとおばさんに甘え過ぎてた」
「おい、ハーマイオニー!」
「なにかしら、ロニーちゃん」
「僕のママは家事の得意な魔女なんだ。僕らが手伝う必要なんて、ない! ましてや、僕の友達にまで手伝わせたりは、しない!」
「それはあなたの単なる甘えです!」
ピシャリとハーマイオニーは言った。
「いくら家事魔法の優秀な魔女でも、毎日のことだと大変なの。あなたも手伝ってみてわかったでしょう?」
「ママは魔法が使えるって言ってるだろ!」
「マグルの女性には魔法がなくても機械があるわ。でも、お手伝いをすることは子供のマナーよ。あなたはもうすぐ15歳、おばさまよりずっと背も高いの。おばさまの手助けぐらいして当然だわ!」
ハーマイオニー! という小さな叫びと共にロンの部屋のドアが、バァン! と開き、ハーマイオニーは小柄なミセス・ウィーズリーになぜだかぎゅうぎゅうに抱き締められた。
「お、おばさま?」
「なんていい子なんでしょう! 娘って本当にいいものね! うちの娘になってちょうだい! 息子なら6匹もいるわ! どれでも好きなのを持って行って!」
「おいおい息子を投げ売りかい?」洗濯物を取りにロンの部屋まで下りてきたフレッドが出て行きざまにそんな軽口を叩くと、ミセス・ウィーズリーはますますハーマイオニーを強く抱き締めた。
「安心なさい。おまえとジョージには引き取り手はありません。2人合わせて6フクロウしか取れないような息子、セット販売でも申し訳ないわ!」
「大安売り出来て良かったな!」
バタン! と乱暴にドアを閉めて、フレッドが出て行った。
「・・・ママ、もうOWLのことは」
「ロニーちゃん、あなたもフクロウの数が少ないことはお母さまは今から覚悟しています。ただし売れ残りは許しません。売れ残るのは双子だけで十分。ハーマイオニーに引き取ってもらうか、ハーマイオニーからお勉強を教わるかどちらかになさい!」
勘弁してよ、とロンがベッドに倒れ伏した。「ハーマイオニーなんかに引き取られた日にゃ、洗濯に掃除に料理に、ハウスエルフ並みにこき使われるのが目に見えてる」
ハーマイオニーの眉がピクリと動いた。
コーンウォールの邸に姿現しでやってきたマダム・マルキンの巻き尺から、体中のサイズを測られながら、蓮は耳をそばだてていた。
「ご子息のことでずいぶんと評判を落としていらっしゃいましたからね。またハウスエルフが死喰い人に関わりがあると思われるのは悪夢の再来ですもの」
衝立の向こうでマダム・マルキンの声が聞こえる。グラニーは少し話題をずらして「同じ時期に奥さまも亡くされたのでしたわね。本当にお気の毒なこと」と呟いた。
「それですわ、レディ。奥さまが早くにお亡くなりになったのも、やはりご子息のことが原因だと思いますのよ。わたくしどものお得意さまのおひとりでしたから存じておりますけれど、ここだけの話、たいへんなお力落としでしたもの」
「まあ! マダム、この生地はどうかしら?」
「レディ。たいへん良い生地ですが、残念ながらこちらは紳士用の生地ですの」
「紳士用を仕立てていただきたいと思っておりますのよ。まだうちの孫にはボーイフレンドとパーティだなんて早すぎますから」
クラウチの噂話は終わってしまったらしい。終わったというか、グラニーが終わらせたというか。
気位の高いグラニーは、口さがない噂話を嫌っている。訪問客とのティータイムにそういう話題が出ても、自分の見解らしい見解を述べないままに、いつの間にかスルリと話題を切り替えてしまうのだ。母によればそれがグラニーの貴族らしさだということになるけれど、こういうときには非常に困る。
「蓮、こちらにいらっしゃい。生地をあててみましょう。それから、制服も2着ほど新しいサイズで仕立てていただきたいわ。身長が伸びすぎて、スカートもローブも短くなってしまいましたから」
「かしこまりました。さあ、お嬢さま、こちらの生地を」
光沢のある黒の生地はほのかに温かく、確かに寒さ対策の意味では女性用のドレスローブより紳士用のドレスローブのほうがいいと思った。ハーマイオニーをエスコートすることも真剣に考えてみてもいいかもしれない。
「さすがにブラックタイでは性別を偽ってしまいますから、このシルバーグレーのスカーフを使いましょう。シルクだと暖かい上に上品な光沢がでます。お顔を明るく照らす効果もありますから、お嬢さまの美しいお顔が際立つことでしょう。ベストはやはり黒が引き締まりますわね」
ハリーの夢と傷の痛みについて蓮に手紙を書いたところ、返事には「夢じゃないんじゃない? 痛むのは初めてじゃないでしょう。少しは自分で考えて。そんなことより、駄犬どもがバミューダから出て来て、わたくしのチェルシーの家に住み着いたせいで、母までコーンウォールに来てフランス語の特訓されてることに誰か責任を感じてくれない? オ・プレジール・ドゥ・ヴ・ルヴォワール」と皮肉たっぷりにフランス語の結びの挨拶が記されていた。
「『そんなこと』?」
「チェルシー? チェルシーって何州?」
ロンドンよ、とハーマイオニーは額を押さえた。「ハリー、あなた、ミスタ・ブラックにも知らせたのね?」
「・・・ダメだった?」
「ダメとは言わないわ。あなたの親代わりですもの、知らせるのは当然よ。でも、もうちょっと伝え方を工夫したら、バミューダでおとなしくしててくれたんじゃないかしら。ダンブルドアに相談してみようと思っていますとか、レンのお母さまに相談してみますとかね。まさか『変な夢を見て、額の傷が痛くて目が覚めました。お元気で』なんてそのまま書いたんじゃないでしょうね?」
ハリーが青くなった。
「ハリー?」
「そんな感じ・・・だったかな・・・」
お願いだから、とハーマイオニーは呻いた。「レンの言う通りだわ。お願いだからもうちょっと頭を使って!」
「なあ、ハーマイオニー、これ、なんて読むんだい?」
「ロン、あなたもよ!」
「なんで僕まで?」
ハリーが額の傷が疼いて不安になるのもわからないでもない、と蓮はフォークとナイフの上げ下ろしにまで、グラニーと母が目を光らせる食卓で自分に言い聞かせた。
「少し早すぎ。乱暴に見えるわ。もっと優雅に」
「背筋を伸ばして」
「・・・もう食欲がない」
「フランス語でおっしゃい」
「・・・ジェ・ビヤン・モンジェ」
皿を押しやって、蓮はテーブルに突っ伏した。
「蓮、行儀が悪い」
「お願いだから、食事ぐらい普通に食べさせて!」
「会食の席に対応できなきゃ意味がないのよ」
「何の会食よ!」
もう泣きたい。
母は溜息をつき「近々あなたにボーバトンからお招きがあるかもしれないの。ダームストラングからも。お招きがないに越したことはないけれど、お断りできないお招きもあるわ。もう15歳になるんだから、そういう可能性も頭に置いて、きちんとしたマナーと語学を身につけなさい」と言った。
「・・・来年がんばる」
「そうやって先延ばしにするうちにすぐ大学受験よ。今年は日本大使館からの課題にパスしなきゃ義務教育修了資格が取れないのだし、それが済んだらイギリスのGCSEも受けるでしょう? サマーホリデイのうちに語学とマナーはクリアしておきなさい」
ハリーの額の傷より、今まさにこちらの頭が痛い。
「ボーバトンからのお招きにはハーマイオニーに同行してもらうべきね」
グラニーがきっぱりと言った。
「・・・グラニー?」
「蓮も頑張っているけれど、ハーマイオニーのように毎夏フランス滞在しながら育ったわけではないもの。いい機会だから、ハーマイオニーのお行儀の良さとフランス語を見習ってちょうだい」
ウキウキと出掛けていったジョージが猛スピードで走って帰宅し、階段を3段飛ばしに駆け上がるのを察知して、ミセス・ウィーズリーが眉を寄せた。
「あの態度はウィーズリー・ウィザード・ウィーズだわ」
「あの、おばさま? 反対なさってるのでしょう?」
ふんす、と鼻息を荒くして、杖を一振りする。ジャガイモの皮を1度に3本の包丁が猛スピードで剥き始めた。
「ええ、反対ですとも。でもね、ハーマイオニー、1人あたり3フクロウしか取れなかった息子たちに、いったいどんな仕事があると思う? 魔法道具の開発をして販売するなら、まだマシなほうだとは思っていますよ。ただね、悪戯用品なのが気に入らないの!」
まあ確かに、とハーマイオニーは曖昧に頷いた。
「魔法道具を開発するなら、何かこうもっとマシな志を見せてもらいたいものだわ! 馬鹿馬鹿しい花火だの、だまし杖だの、ベロベロ飴だのじゃなしにね!」
「・・・ごもっともです」
その馬鹿馬鹿しい花火の開発者に会いに行ったに違いないのだけれど。
「3フクロウよ、3フクロウ。それもO-優が3じゃないの。A-可以上がやっと3つ! あの馬鹿息子2人はいったいあと2年間学校で何をして過ごす気なのやら! OWLで可しか取れない生徒に履修を認めてくれるNEWTの授業なんてありませんよ!」
「お怒りはごもっともです」
「あと2年間のうちに自分たちを見つめ直してもらいたいから、学校には行かせますけどね。あの子たち、あれでも16歳よ! 年が明けて4月には成人なの! どこで育て方を間違えたのかしら。やっぱりあれかしらね、あの子たちが生まれて2年間というもの『例のあの人』のせいでストレスだらけの生活だったからかしらね」
どうしよう。双子の成績不振までヴォードゥモールのせいになってしまった。ハーマイオニーは「おじさまもお仕事が大変だった時期でしょうから」と控えめに相槌を打った。
「ほんとにしっかりしたお嬢さんについててもらわなきゃ、道を踏み誤ってしまうわ。貰い手はないでしょうから、踏み誤るのは確実だけどね!」
アンジェリーナはしっかりしているけど果たして蓮は、ミセス・ウィーズリーのお眼鏡に叶うのだろうか。
「おばさま。わたし、ちゃんとしっかりした人が双子の周りにいるように見張りますから」
具体的には蓮を見張りますから、と内心で付け加えた。早起きをさせたり、クソ爆弾で一緒に遊ぶのを止めたり。
「そうしてくれる? くれぐれも、くれぐれも、一緒になって悪戯用品の開発をするような子が出ないように気をつけてあげてね! よそのお嬢さんを巻き込んだら目も当てられないわ!」
むしろ悪戯用品開発熱を激しく刺激した可能性が高いのだが、ハーマイオニーは使命感に駆られて力強く頷いた。