サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第7章 三大魔法学校対抗試合

薄手のトレンチコートをコンパートメントの壁のフックに掛けた蓮が、真っ白のカッターシャツの袖をまくってハーマイオニーのトランクを荷台に乗せてくれた。

 

「レン、あなたまた背が伸びたんじゃない?」

「そうね。もうグラニーより高いし、母より少し高くなったから、そろそろ止まると思うけれど。ハーマイオニーは縮んだ?」

「身長の伸びが止まっただけよ。縮んじゃいないわ」

「ハリーはもう少し牛乳飲んだら?」

 

ハリーが爪先立ちでなんとか荷台に乗せようと苦心しているトランクを、ぽんと荷台の奥に押しやって蓮が呟いた。

 

「仕方ないだろ。パパに似たシーカー体型なんだ。ロンの兄さんのチャーリーも、ほら、シーカー体型はあまり身長が伸びないんだよ」

 

窓からウィーズリー家の長男と次男を指してハリーが言う。

 

「そうだわ、レン。ジニーがね、クィディッチチームの練習以外にもあなたに個人的に箒の乗り方や箒のメンテナンスの仕方を教えて欲しいみたい。あとから本人がお願いに来るわ」

 

いいわよー、と言いながら蓮は早速いつものくつろぎポーズを取ると、ハリーのポケットから蛙チョコカードを取り出した。「ブルガリア語とフランス語から離れられるなら、もうジニーのどんなお願いだって受け入れるわ」

バーバリーのメンズ、細身のチェックパンツの脚を伸ばして、ハーマイオニーの足の間までスペースを取る。

 

「レン、君、自分で蛙チョコカードを集めたらどうだい? 今年はホグズミードに行くんだろう?」

「何もトラブルがなければね。わーお、レアだわ。ミラベラ・ブランケット?」

「マーメイドの男性に恋をした魔女。両親の反対を押し切って結婚するために、鱈に姿を変えて消息を絶ったのよ」

「もう誰かに食べられただろうな」

「ハーイ、ミラベラ、今年のわたくしにはいったい何があるの?」

 

絶対何かあるんだぜ、とコンパートメントに入ってきたロンが窓の外の家族を睨みながら言った。「何か隠してる」

 

「ビルやチャーリーの口ぶりからは悪いことじゃなさそうよ。何かもっと楽しいこと」

 

そのとき、開け放したドアを通して、お馴染みの気取った声が流れてきた。

 

「父上は本当は僕をホグワーツでなくダームストラングに入学させようとお考えだったんだ。父上はあそこの校長をご存知だからね」

 

ロンが親指でそっちを示し「じゃ、そっち行きゃ良かっただろうにな」と、ニヤっと笑った。

 

「両親はボーバトンとホグワーツで迷ったの! でも、わたしはほら! 一人娘だから、やっぱり近くの学校が安心だってことでホグワーツにしたのよ!」

 

ハーマイオニーはわざと声を張り上げた。

 

「レン、あなたもほら!」

「えー? わたくしなんて、ホグワーツ含めて5校から入学許可証が届いたわ! ホグワーツとダームストラングとボーバトンとで議論になったけれど! 蛙チョコカードのお告げでホグワーツに決めたのよ!」

 

そこまで言うとロンがピシャン!とコンパートメントの扉を閉めた。「さあハーマイオニー、鍵だ」

 

「ダームストラングの校長と知り合いって、あいつの父親、本当に顔が広いんだな。外国の学校だろう?」

「帝政ロシア時代にはロシアの学校だったわ。ロシア革命の時に、バルカン半島に教育の拠点を移して、それ以来ブルガリア領内ね。でも、マルフォイの父親とダームストラングの校長とが知り合ったのはイギリス国内よ。あそこの校長、元死喰い人なんですって」

 

扉に鍵をかけたハーマイオニーが「だから評判が悪いのね」と言いながらシートに腰掛けた。

 

「悪評の理由はまた別。グリンデルバルドの時代に、ダームストラングはナチスに全面協力したの。グリンデルバルドの魔法族至上主義とヒトラーのアーリア人至上主義は相性が良過ぎて」

 

ハリーとロンは目を白黒させている。「ロシア革命? アーリア人? ナチス?」蓮は面倒そうに手を振った。「あとからハーマイオニーに説明してもらって。つまり、マグル社会と魔法界は連動しているの。イギリス以外では」

 

ハーマイオニーは「なるほど。だから、ダンブルドアとグリンデルバルドの決闘が1945年というわけね」と呟いた。

 

「そういうこと。グリンデルバルドは闇の魔法使いというだけでなく、第二次世界大戦の枢軸国の影の元首だったと言えるほど。だから、第二次世界大戦を本当に終結させるためには、連合国側の魔法使いがグリンデルバルドを倒さなきゃいけなかった。世界がヒトラーとナチス・ドイツにアレルギーがあるように、魔法界はグリンデルバルドとブルガリアにアレルギーがあるの。ダームストラングの悪評ってそういう意味よ」

「そこの校長が死喰い人なのかい?」

 

元死喰い人よ、と蓮は興奮するハリーの額を叩いた。「司法取引で服役を免れたから死喰い人には戻れないわ」

 

「シホウトリヒキ?」

 

またハリーとロンが瞬きを繰り返した。蓮は溜息をつき「ハーマイオニーに聞いて」と丸投げしたのだった。ハーマイオニーも溜息をつき「レン、面倒な話を全部わたしに丸投げするのはやめて」と唇を尖らせた。

 

 

 

 

 

ホグズミード駅に着いたときには土砂降りの雨だった。

 

「こんな日に湖を渡るなんて気の毒に」

 

蓮は自分の傍を緊張した面持ちで通り過ぎる新入生を見下ろして頭を振った。すらりと背の高い整った顔立ちの上級生の魔女から声をかけられた小さな新入生は、さらに緊張を深めたように見える。

 

「おまえら、大イカに喰われちまわないように気をつけろよ」

 

ロン! と鋭く注意したハーマイオニーが「使える人は自分に防水呪文をかけておくといいわ」と親切に声を掛けたのだが、新入生の数人にはむしろ逆効果だった。「防水呪文? そんなの使えないよ」とザワザワと囁き合う。中には「やっぱり入れるハウスがないって言われたらどうしよう?」と泣きべそをかく生徒までいる。明らかに無駄にプレッシャーを与えてしまった。

 

「ハーマイオニー、普通の新入生はそんな呪文を覚えて入学はしないよ。たぶん君だけだ」

 

ハリーが溜息交じりにたしなめた。たしなめる隙に、蓮とハーマイオニーはさっさと自分にだけ防水呪文をかけて馬車に向かっている。

 

「おい、ハーマイオニー! レン! 僕たちにもかけてくれよ!」

「あなたたちは4年生よ、新入生じゃないわ!」

 

強い雨脚の向こうからハーマイオニーが喚いた。

 

「最近、あいつ僕たちに厳しくないか?」

 

ロンの不満げな口ぶりにハリーは肩を竦め、ローブのフードを頭にかぶって駆け出した。

 

馬車に駆け込むと、ハーマイオニーと蓮は濡れもせず優雅に座っている。

 

「僕たちにも魔法かけてくれたって」

「わたし、今年はあなたたちを甘やかさないことに決めたの。忙しいのよ、今年はマグルのカリキュラムのほうが」

「わたくしもよ」

「それに、2人ともお忘れかもしれませんが、5年生はOWLイヤーよ。あと2年もないわ。少しは自分で魔法を覚えなきゃ」

 

ママみたいなこと言うなよ、とぼやいて、ロンがブルブルっと頭を振った。ハーマイオニーと蓮が素早く盾を展開したせいで、ハリーはロンからの水飛沫を3倍に浴びることになったのだった。

 

 

 

 

 

新入生歓迎パーティのデザートもきれいさっぱり片付く頃合いになると、ダンブルドアが立ち上がり、笑顔で大広間いっぱいの生徒を見回した。そして、その笑顔に似合わぬ言葉を発した。

 

「さて、今年はまず最初に残念なお知らせをせねばならん」

 

蓮は教職員テーブルの1つだけ余った空席を眺めやった。闇の魔術に対する防衛術の教授が見つからなかった? と思い当たったが、果たしてそれが残念かどうかには自信がなかった。

 

大広間が静まり返るのを待って、ダンブルドアが重々しく告げた。

 

「寮対抗クィディッチ杯は今年は取りやめじゃ」

 

思わず目を見開いてダンブルドアを見つめた。ハリーはもはや絶句している。

 

「これは10月に始まり、今学年の終わりまで続くイベントのためじゃ。先生方もほとんどの時間とエネルギーをこの行事のために費やすことになる。しかしじゃ、わしは皆がこの行事を大いに楽しむであろうと確信しておる。ここに大いなる喜びをもって発表しよう。今年、ホグワーツは、これから数ヶ月にわたり、まことに心躍るイベントを主催するという光栄に浴する。この催しは、ここ100年以上行なわれていない。この開催を発表するのは、わしとしても大いに嬉しい。今年、ホグワーツで三大魔法学校対抗試合を開催する!」

 

ご冗談でしょう! と叫ぶフレッドの声が遠くで聞こえたが、蓮は自分の席で頭を抱えてしまった。

 

「・・・死ぬほど嫌な予感がする」

 

ハーマイオニーがその背中をポンポンと叩き「国際交流がんばって」と呟いた。「このためのフランス語とブルガリア語だったみたいね」

 

 

 

 

 

まあ1つだけ幸いなことに、と制服を脱ぎながら蓮が言った。「参加資格は17歳以上。つまりわたくしは関係なーい」

 

「ハリーが巻き込まれさえしなきゃね」ハーマイオニーは冷静に指摘した。「それに若い世代の国際交流という面では、あなたの役割に変化はないわよ」

 

「ハーマイオニー、フランスとの国際交流はあなたががんばる。ブルガリアとの国際交流はマルフォイががんばる。オーケー?」

「フラーは確かもう17歳よ」

 

ぴた、と蓮の動きが止まった。

 

「あなたのお父さまの従兄の娘」

「・・・割と他人だと思う」

「デラクール家にとっては他人じゃないと思うわよ。わたし、デラクール家に招かれるたびにあなたのことを聞かれるもの。だいいち、こう言っちゃなんだけど、三大魔法学校すべてから入学を許可された人ってあなた以外にいそうにないわ。たぶんどちらの選手団からも1度は招待されると思う。それに、ダームストラングの校長が進んでマルフォイを招待すると思う? ダンブルドアの目と鼻の先で元死喰い人が、元死喰い人の息子をご招待? それこそ『ご冗談でしょう!』だわ」

 

パーバティが噴き出した。

 

「ハーマイオニー、だから」

 

蓮の抵抗を遮り、ハーマイオニーは「あなたが選手の年齢に達していないのは、あちらにとってはむしろ幸運よ。情報収集のためであっても招待するのが不自然じゃないもの」と実に明るい見解を述べた。

 

「わたくし、本当に今年こそは穏やかな年を過ごしたいの。ねえ、忘れてるかもしれないけれど、わたくし、日本国籍も持ってるから、今年は日本の義務教育の修了資格を取得しなきゃいけないのよ。これは本当に本当。クィディッチ杯がないのは残念だけど、むしろ自由な時間が出来て良かったと思ってるぐらいなのに」

 

そうねえ、とハーマイオニーは微かに俯いた。「ボーバトンのほうは、手伝ってあげてもいいわ。わたしの今年のテーマをあなたが手伝ってくれるなら」

 

「あなたのテーマ?」

「わたしもマグルのGCSEを受験するからマグルのカリキュラムを勉強しなきゃいけないけど、それとは別に、ハウスエルフの権利についていろいろ研究したいの」

 

ハーマイオニー、と蓮は溜息をついた。「クラウチ家のハウスエルフの心配でもしてるの?」

 

「知ってるなら話は早いわ。魔法界にはまだわたしの知らないことがたくさんあったわ。ハウスエルフはその中でも重大な問題だった。奴隷労働よ、魔法界にはまだ奴隷労働がまかり通っているの!」

 

蓮は溜息をつき、降参の印に両手を挙げた。

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