サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第10章 ボーバトンとダームストラング

怪しいなあ、と談話室の片隅で顔を突き合わせているフレッドとジョージを横目に見ながら、ロンが唸った。

 

「フレッドとジョージかい?」

 

大長編「悲劇的な僕の1ヶ月」の羊皮紙から目を上げないまま、蓮は小さな溜息をついた。開業資金に充てるための貯金で賭けをするのがそもそも間違いだとジョージを何度かたしなめたけれど、ルード・バグマンから賭けの元金だけでも取り立てると言って聞かないのだ。

 

「ハリー」

「ん? 何かハッピーなこと書いてた? ハッピーだと減点されると思うんだ」

「3回死ぬことになってるわよ。クライマックスは月末に回すべきね」

「11月末は何曜日だい? ああ、魔法薬学がある。いいぞ。僕は自らが調合した解毒剤が効かず、皆が見守る中呻き苦しみながら死を迎える。どうだい?」

「わたくしなら、あなたが死ななかったら減点するわよ」

「トレローニーは占いが当たるかどうかを気にしたことはないと思うな。いかに悲劇的かがポイントさ」

 

さようですか、と蓮は肩を竦め、今朝届いた母からの手紙に目を通した。幸い日本語で書いてあるので、談話室で読んでも問題ない。

基本的に母との手紙は日本語だ。万が一手紙が途中で抜かれても翻訳できる人はそう多くない。同じ理由で、母と蓮は決まったフクロウを飼わないことになっている。ウィンストン家にはさほど特徴のないモリフクロウが何羽かいるし、蓮からの手紙は学校のフクロウを使って送る。

少し神経質なぐらい、母は個人的な手紙のやり取りには気を遣うのだ。

 

『ファッジが意地になっていますから、駄犬その1の裁判がまだ出来ません。

ハグリッドは自分で覚えてはいませんが、ファイア・クラブの飼育ライセンスを辛うじて取得したことがあります。実験的飼育の問題はダンブルドアに一筆書かせますから、尻尾爆発なんとかが国際問題に発展することはないでしょう。

もちろん尻尾爆発なんとかが生徒を殺したら例によって例の如く問題になるのはわかりきっていますから、誰も死なないように気をつけなさい。

あなたの進路に関しては、お母さまは何かを強要するつもりはありません。

もちろん成人前に話さなければならないことはありますが、それはサマーホリデイまでお待ちなさい。手紙で話し合う問題ではありませんから。

 

追伸ーー駄犬その2が満月の夜にあなたの部屋を破壊しました。あなたのプレイステーションは噛み痕だらけです。壊れているかどうかは確かめていませんが、たぶんもう動かないでしょう』

 

手紙をぐしゃぐしゃに丸めて暖炉に放り込んだ。

 

「レン?」

「・・・わたくしのプレイステーションが駄犬どもに部屋ごと破壊されました」

「・・・なんか、ごめん」

 

あーあ、とロンが大きく伸びをした。

 

「クィディッチもないし、17歳未満は参加できないイベントがあるって言ったってなあ」

「しかもこの宿題の多さったらないよ。ハーマイオニーはどこ?」

「部屋で魔法界の変革について構想を練っているわ」

「よし、宿題を減らしてくれるなら、グレンジャー魔法大臣に清き1票だ」

 

蓮はロンの冗談に首を振った。「冗談にでも魔法大臣を目指せなんて言っちゃダメ。本気になりかねないから」

 

ハリーが溜息をついて、占い学の課題を仕舞い、魔法薬学の教科書を出した。「グレンジャー魔法大臣が誕生するより、魔法薬学の宿題の締め切りのほうが早い。これをやっつけちゃおう」

 

 

 

 

 

制服姿に三角帽子をかぶらされた蓮が顔をしかめている。確かにまったく似合ってはいない。

 

「ボーバトンとダームストラングは、いったいどうやって現れるんだろう」

 

ハリーとロンが互いの服装をチェックし合いながら疑問を口にした。

 

「どうでもいいから、早く来てくれなきゃ、いつまでもこのみっともない三角帽子を脱げないわ」

「レン、一応正装なんだから」

「だからまだむしり取ってはいないでしょう」

「あなたって、本当に純血の中の純血の割に、魔女風の習俗にアレルギーがあるのね」

「三角帽子をかぶって可愛いのはせいぜい1年生までだわ。7年生を見てみなさいよ。正装云々以前に馬鹿にしてるようにしか見えないじゃない」

 

ほっほう、と背後からダンブルドアの声が聞こえた。「わしの目に狂いがなければ、ボーバトンの代表団が近付いてくるぞ!」

 

生徒たちは「どこ? どこ?」と騒ぎ始めた。ハーマイオニーの目に森の上空に何かがぐんぐん大きくなりながら近付いてくるのが見えた。

 

「何かしら、あれ?」

「たぶん馬車よ。グラニーが馬車のことを話してるのを聞いたことがあるわ」

「何あの馬、大きい!」

「厩舎もないのに」

「たぶん禁じられた森の中にハグリッドが用意してると思うわ。馬の世話はハグリッドが担当するでしょうから」

 

ドシン! と地響きを立てて着陸した巨大な、屋敷一軒ぶんはゆうにある馬車から現れた女性を見てハーマイオニーは絶句した。

 

「・・・ハグリッドより大きい人なんて初めて見たよ」

 

ハリーの呟きに、ハーマイオニーも全面的に同意する。

 

「ダームストラングはどうやって来るのかな?」

 

校長同士の挨拶の間にロンが囁いた。

 

「馬車じゃないことを祈るわ」蓮の言葉の合間に「ウーマはシングル・モルト・ウィスキーしか飲ーみません」というフランス訛りの注文が聞こえた。「シェリー酒で済む程度の馬にして欲しいわね」

 

「あ! 湖だ! 湖を見ろ!」

 

リー・ジョーダンの声にハーマイオニーも思わず湖に目を向ける。黒々とした湖面が盛り上がり、巨大な船が姿を現した。

 

「・・・いったいこの湖はどこと繋がっているのよ」

「マーピープルの魔法の応用じゃないかしら。ほら、マーメイドは一定量の水のあるところの間なら姿現しが出来るっていうでしょう?」

「出来るの? マーメイドはマートルじゃないのよ?」

 

蓮が本気で驚いているのにハーマイオニーは逆に驚いた。「わたし、デラクール家で聞いたのよ? どうしてあなたが知らないの? あなたのひいおばあさまのことでしょう!」

 

「マーメイドの血を引いていることさえつい最近知ったわ」

「わたしがあなたなら、もう少し自分の特殊能力の可能性について調べてみるわよ。現に近頃、フランスのおばあちゃまと手紙のやり取りをしながら、わたしの家系に魔法族がいなかったか調べてるの。マグル生まれの魔女や魔法使いの家系を調べると、魔法族らしき人物が見つかることが多いんですって」

「わたくしも、自分の先祖に動物もどきがいたことはわかりましたー」

「リセット・ド・ラパンでしょ?」

 

蓮は沈黙した。なぜ自分の先祖についてハーマイオニーのほうが詳しいのかが今一番気になる謎だ。

 

「ルーン文字の宿題にちょうどいいじゃない。吟遊詩人ビードルの物語から、ひとつだけ選んで翻訳する宿題。あなたは『バビティ兎ちゃんとぺちゃくちゃ切り株』に決まりね。バビティのモデルはリセット・ド・ラパンだって言われるもの」

「それはあなたがやりなさいよ。わたくしはもう決めてるわ。『毛だらけ心臓の魔法戦士』に」

「それ、翻訳資料が少なくて難しいわよ。子供向けにはグロテスクだって、あんまり出版されなかったから」

「それがいいんじゃない。変に改変されてないほうが原案のテーマから逸脱しないわ」

 

ハーマイオニーと蓮が手先だけで歓迎の拍手をしていると、ロンがハリーに「・・・クラムだ!」と小さく叫ぶのが聞こえた。

 

 

 

 

 

蓮とハーマイオニーがグリフィンドールのテーブルに向かい歩いていると、レイブンクローの席に座ったボーバトンの女子生徒が「アーマイオニー!」と手を振った。

 

「知り合い?」

「あ・な・た・の、ご親戚です! ハイ、フラー。こちらがレンよ」

 

蓮はニコっと微笑みかけて、右手を差し出した。

 

『はじめまして、マドモワゼル・デラクール。クロエの孫の蓮です』

 

差し出した右手は無視され、フラーは蓮の頬のあたりで小さなキスの音を立てた。

 

「なっ!」

『ああ、フラー。説明するのを忘れていたわ。レンは日本育ちだから、ビズをしないの』

『じゃあ、慣れましょう』

 

再度のビズをされて、大広間の真ん中で蓮は固まった。やっと解放されて席に座ると、ロンがほわんとフラーに見惚れている。

 

「あの人、きっとヴィーラだ!」

「・・・まあ、ヴィーラの血は入ってるわね」

「間違いない! ホグワーツじゃあんな女の子は作れない!」

「ホグワーツでも女の子は作れるよ」

 

ハリーの目はフラーよりも、その隣に座るチョウに向いている。

 

ハーマイオニーと蓮は顔を見合わせて「まるでわたしたちが女の子に見えていないみたいよ、こちらのお2人」と皮肉を言ったが、ハリーにもロンにも通じなかった。

 

「ところでなんでレンはヴィーラからキスされたんだ?」

「家族としての挨拶よ。彼女、レンの親戚なの」

「・・・嘘だろ? 君にはヴィーラの血は入ってないはずだ!」

「・・・確かにヴィーラの血は流れていないけれど、ものすごく馬鹿にされてる気がするのは、わたくしの気のせいかしら、ハーマイオニー」

「気のせいじゃないわ。相変わらずなまくら斧のごとき感受性だから、無礼な発言を無意識に繰り返す習性があるのよ。ニュート・スキャマンダーに珍種発見の報告をしたいぐらい」

 

 

 

 

 

「炎のゴブレット」を前にダンブルドアから出場選手選考と「年齢線」についての説明が終わると、解散となった。

蓮が再びフラーに捕まり、強制的な「家族の挨拶」に硬直していると、スリザリンのテーブルから大股にグリフィンドールのテーブルの端までやってきたクラムが「ミズ・ディミトロフ!」と唸るように声をかける。

 

「失礼、ミスタ・クラム。わたくしの祖父は確かにディミトロフですけれど、わたくしのファミリーネームはウィンストンです」

「失礼しま、した。ゔぉくは、試合に、エントリー、します」

「そうでしょうね。ご健闘をお祈りいたします」

 

「レン?」フラーとの親密なハグを済ませたハーマイオニーがやって来た。ハリーとロンは、蓮の近くでクラムをジロジロ眺めている。

 

『ああ、ハーマイオニー。こちらは、見ればわかるわね。ミスタ・クラムよ。発情期のヒグマだから気をつけて』

 

早口のフランス語で説明すると、ハーマイオニーが蓮の足を踏んだ。

 

「いっ!」

「はじめまして、ミスタ・クラム。こちらのディミトロフ氏の孫の友人です。さ、行きましょう、レン。もう休む時間だわ」

 

つかつかと歩き出すハーマイオニーの後ろをケンケンでついて行くと、ハリーとロンが愛想笑いしながら、クラムの視界に入ろうと努力していた。

 

 

 

 

 

「発情期のヒグマって、あなたそんな失礼な言い方はないでしょう! わざわざ挨拶に来てくださったのに!」

「発情期のヒグマだから発情期のヒグマだと言っただけよ。本人にはわからないようにちゃんとフランス語で言ったんだからいいじゃない」

 

シャワーを済ませてパジャマに着替えた蓮は、ごろんとベッドに寝転んで「吟遊詩人ビードルの物語」に目を通している。

 

「ワールドカップの時、オブランスク大臣に挨拶に来たときに言ってたの。イギリスの可愛い女の子をクリスマス・パーティに誘うために英語を勉強したんですって。そういうことを女性に向かって口に出す男は発情期のヒグマと同じレベルだわ」

「確かにそれは失礼だと思うけど、あの人、まだ学生なのにナショナルチームに入るぐらいだから、そのあたりに不慣れな人なのよ。失礼の度合なら、ハリーとロンが遥かに上よ」

「フラーに見惚れるぐらい大目に見てあげたら? 見慣れてないんだから」

「クラムは別にフラーに見惚れてはいなかったわよ。発情期の割に」

「ブルガリア産のヒグマはヴィーラに慣れてるのよ、きっと。それに、あのヒグマ、自分が代表選手に選ばれることを微塵も疑ってないみたい。オブランスク大臣のおっしゃる通り、カルカロフの特別扱いのせいね」

 

パーバティがシャワールームから出てきた。

 

「レンもハーマイオニーも、語学が出来ていいわね。わたしもブルガリア語の挨拶ぐらい覚えておけば良かったわ」

「クラムは英語が出来るわよ。サイン貰うぐらいなら英語で支障ないわ」

「ドレスローブを持って来いってことは、今年のパーティはいつもの宴会レベルじゃなくて社交扱いだってことでしょう? 語学が出来なきゃ他校の男子に誘ってもらえないじゃない」

 

パーバティの言葉に蓮が「あ、忘れてた」と声を上げた。

 

「まさか、パーティローブを?」

「違う違う。あのね、ハーマイオニー、クリスマス・パーティには、わたくしがあなたをエスコートして出席するのが望ましいって家族から言われたの。どうする?」

「・・・レン、あなたが箱入り娘なのはわかるけど、わたしとしてはまともな相手とパートナーになりたいわ」

 

うにゅ? と蓮が眉を上げた。「さすがジニーの恋愛論教授。心当たりがあるのね?」

 

「特にないけど、ハロウィンの段階であなたと約束をするのは早々と敗北宣言するみたいで嫌よ」

「レンこそ、ハーマイオニーを早々と誘うより、男子から誘われる努力をしたら?」

 

そういうのめんどくさい、と言って「吟遊詩人ビードルの物語」を顔にかぶせた。

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