サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第14章 第1の課題

ハグリッドの畑周りでジニーの箒の練習に付き合っていた。

 

「ジニー、箒のクッション魔法に頼り過ぎちゃダメ! それ、もう無いものと考えて。きちんと前傾姿勢を取っておくことが大事よ。クッションにお尻を載せていると重心移動が遅れるわ。長距離飛行ならまだしも、クィディッチの試合中にのんびりクッションに座ってる暇はないの!」

 

おうい! とハグリッドの声が聞こえた。

 

「ハグリッド? なあに? 尻尾爆発スクリュートの世話の件なら聞こえないから!」

 

ドスンドスンと駆け寄ってきたハグリッドが「今からしばらくはここで箒の練習はしちゃなんねえ。ええか? スクリュートの散歩は俺がする」と息を荒くして言った。

 

「畑に何か植えるの?」

「いんや、そうじゃねえが。あー、なんていうか、アレだ。ハリーたちの課題に関する準備でここらを人がうろうろすっからよ。痛くねえ腹を探られたかねえだろ?」

「わかったわ。教えてくれてありがとう。ジニー、そういうわけだから、別の場所を見つけましょう」

 

箒を担いだジニーを促して城に戻ろうとすると、ハグリッドが眉を下げて「ハリーはどうしちょる?」と呟くように言った。「ちいともロンと一緒におらん」

 

蓮は指先で頬を掻いた。

 

「ハーマイオニーは『男の子って意地っ張りね!』って言ってるわ」

「ロンは何が気に入らねえ?」

「うーん。ロンとハリーは今まで何をするにも一緒だったでしょう? でも今回、ロンはエントリーしようとしたけれど、ハリーは止めたの。でも蓋を開けてみたら、ハリーは代表選手。たぶんロンは1日2日は裏切られた気分だったと思うわ。ハリーはハリーで身に覚えのないことで責められたようなものだし。売り言葉に買い言葉でケンカしちゃったから、仲直りの仕方がわからないのじゃないかしら」

「そんなこと言っとる場合でもねえんだがなあ」

「仲直りさせようとすると意地になるから、わたくしたちもあまりあれこれ口を出さないようにしてるの」

 

そっか、とハグリッドは言って「ハーマイオニーは?」と尋ねた。

 

「医務室」

「また何かしでかしたんかい!」

 

ハリーがね、と蓮は肩を竦めた。「ハリーとマルフォイで呪いを掛け合って、マルフォイの歯呪いの流れ弾がハーマイオニーに当たったの。ビーバーみたいな歯になったけれど、平気よ。本人は前歯を少し小さめにしてもらったって喜んでたから」

 

 

 

 

 

透明マントをかぶったハリーとホグズミードに同行するという不自然極まりないことをしているハーマイオニーは不機嫌だった。薄情者の蓮は、約束通りジョージと出かけた。

 

「リータ・スキーターってあの人ね」

 

隣のハリーにだけ聞こえる小声で俯いたまま尋ねると「そうだけど、なんか喋り方が違う。インタビューの時より下品な感じだ」と囁きが返ってきた。

 

「あれが地なんだわ、インタビュー用に感じ良くしてたんじゃない?」

「わからないけど、インタビューの時も大して感じ良くはなかったよ。僕、去年のレンがリータ・スキーターの取材には応じないって言い張った気持ちがよくわかった。こっちの話を聞いてないんだ。勝手に話を膨らませちゃって、訂正しても聞いてくれない」

 

そんな話をしている「三本の箒」に蓮とジョージが入ってきた。

 

「ああ、いた。ハーマイオニー」

 

手を振る蓮に振り返し、ボックス席の空いている椅子2つを指定した。

 

「なあに? マダム・パディフットの店じゃなくていいの?」

 

ハーマイオニーの質問には、ジョージが蓮の後ろでぶるぶる小刻みに首を振る。まだそこまで発展はしていないらしい。

 

「そんなお店もあるのね。じゃ、次の外出日にはハーマイオニーとそこに行くことにするわ」

「わたしと行くところじゃありません! ところで2人してどうしたの?」

「ジョージがね、近いうちに厨房に連れて行ってくれるっていうから。ハーマイオニー、行きたがっていたでしょう?」

 

ジョージが2人分のバタービールを買って戻ってくると「それに、俺からもハリーに伝えて欲しいことがあってね」とハリーが透明のまま座っている席に目を向け、ハーマイオニーに小声で囁いた。「今夜0時きっかりにハグリッドの小屋の裏手にチャーリーがいる。ハリーのすごくいいマントを着て会いに行ってやってくれって伝えてくれないか?」

 

ハーマイオニーは思わず蓮の顔を見たが、蓮は仕方ない、というように苦笑するばかりだった。

 

バタービールだけ飲んで2人が出て行くと、ハリーが「無理だよ。僕、今夜はシリウスと話すことになってるんだ。1時に」と呟いた。

しかしハーマイオニーは「チャーリーには会っておくべきだわ。チャーリーの仕事が何か忘れた? 彼がわざわざホグワーツに来るということは、そういうことなのよ」と俯いたまま、小声の早口で呟く。

 

隣のハリーが息を呑む音が聞こえた。

 

 

 

 

 

薬草学の授業に遅刻してきたハリーが「レン、ハーマイオニー、呼び寄せ呪文の練習に付き合ってくれないかな。僕、明日の午後までにどうしても完璧な呼び寄せ呪文を覚える必要があるんだ」と言った。

 

昼食を抜いて、空き教室に集まった2人にハリーが「僕は杖だけを持って柵の中に入る。そしてドラゴン、営巣中のドラゴンを出し抜かなきゃいけないんだ。なんかいろいろ方法はあるだろうけど、僕の場合、箒に乗ってどうにかするのが一番確実だと思う。ムーディ先生は、自分の得意なことでシンプルに戦えってアドバイスしてくれた。どうせ今から新しいことをどっさり覚えるのは無理だし。だから、箒を会場まで呼び寄せなきゃいけないんだよ」と説明した。

 

ハーマイオニーが「ドラゴン?」と裏返った声を上げ、蓮は「わかったわ」と軽く頷いた。

 

「レン、あなたわかってるの? ドラゴンよ? ノーバート、もといノーベルタちゃんよりはるかに大きな」

「でもやるしかないでしょう? わたくしなら自分が飛ばないで、その辺のものを鳥に変身させると思うけれど、ハリーが自分で自信のある手段を使うのが一番だと思うわ」

 

そう言うと蓮はハリーに「どうしても、という意思が一番大事よ」と言った。「どうしても、どんな風に、どこから。それをイメージするの。呪文や杖の動きはその補助に過ぎない。まず、そうね、あそこのクッションを呼び寄せてみましょう。あのクッションがここまでどんな風に飛んでくるのかをイメージして呪文。やってみて」

 

「どうしてもってとこなら大丈夫だ。ドラゴンから逃げるためには絶対に箒が必要なんだから」

 

ハーマイオニーと2人で「アクシオ」の発音とイントネーションのチェックから始めたハリーを見ながら、蓮は眉をひそめていた。

年を取ったせいだろうか? 蓮の知るアラスター・ムーディはその種の肩入れ、入れ知恵を嫌っていたはずだ。「そういう後ろ暗い情報をやり取りする関係から闇の魔法使いのネットワークに絡め取られていくことになる。優しげな顔で手助けを申し出る奴は一番信用してはならんのだ」と何度言われたことか。

 

しかしこの場合、ハリーがドラゴンを出し抜くのにファイアボルトを使うことが有効なのは確かだ。時間もない。余計なことは言わずに呼び寄せ呪文の練習に協力するしかなさそうだった。

 

 

 

 

 

明け方近くハリーがなんとか気が済むまで呼び寄せ呪文の練習に付き合っていたせいか、蓮は眠そうな目で最初の選手ディゴリーの奮闘を眺めている。

 

「ね、レン。あなた、昨日、自分も変身術を使うって言ったわよね。それってこういうこと?」

「んー。囮にするという意味ではそうね。でもわたくしなら鳥に変身させる。ドラゴンの視点を高いところに惹きつけたほうが気づかれにくいと思うから。同一平面上を走り回ってたら、あんまり意味がない気がするなあ」

 

2人目のフラーは不思議なスタイルだった。ドラゴンを魅了して眠らせたのだ。

 

地味だが効果は高い、とハーマイオニーは思った。ただし、眠らせるまでに時間がかかり、かつ鼾と一緒に鼻から炎を吹いたのは大きな計算ミスだろう。

 

3人目のクラムの戦いぶりには、蓮が一言「呆れて物も言えない」

 

「そうかしら。ドラゴンを攻撃するなら目が弱点なのは確かでしょう?」

「ドラゴン退治ならね。卵泥棒するのにドラゴンを怒らせたら台無しだわ」

「あなたって、本当にクラムが嫌いなのね」

「鳥肌が立つほどね」

 

そのとき、ロンが深い深い溜息をついた。「無茶だ、こんなの。死なないのが不思議なくらいだよ」

 

最後にハリーの登場だ。先の3選手に比べると明らかに小柄で頼りない。しかし、ハリーは大きく息を吸うと、杖を高々と掲げて叫んだ。

 

「アクシオ!」

 

思わずハーマイオニーは指先を組んで祈った。来い来い来い来い、と。

 

「来たわ!」

 

蓮が小さく叫び、ハリーがひらりと箒に飛び乗って舞い上がると「よし」と拳を握った。

 

「レン、まだこれからよ」

「箒に乗ってしまえば、あとはいつものクィディッチと一緒だもの」

 

陽動作戦を取っているのか、急降下や急上昇を繰り返し、ハンガリー・ホーンテールの火炎や、尻尾の攻撃を避けている。

 

「ハリーは、なにやってるんだ?」

「ドラゴンを卵から離しているのよ」

「ああっ! ドラゴンが立ったわ!」

「今よ、卵が無防備になった!」

 

蓮の言う通り、ハリーはハンガリー・ホーンテールが気付かないほどの速さで巣に急降下した。片腕で金の卵を抱え上げ、スタンドのはるか上空まで逃げた。

 

「・・・やった」

 

どさりと椅子に座り、ロンが詰めていた息を吐き出した。蓮はその襟首を引っ掴んだ。「救急テントに行きましょう。肩の傷を処置してから得点発表だわ」

 

「ロン」

 

ハーマイオニーが声をかけた。「わかってるよ、僕が間違ってた。こんな競技、ハリーがやりたがるわけがないんだ。ちゃんと謝るよ」

 

テントの入口で、火傷の手当をしてもらったばかりのフラーに会った。『ハイ、フラー。ナイスファイトだったわ』

 

フラーが蓮の耳に『あなたの言う通りの少年ね、アリーは。特別なものは持っていないけどシンプルな手段をうまく使う。クラムより手強いわ』と囁いた。

 

テントの中では、ハーマイオニーがロンとハリーを抱き締めてわんわん泣いていた。

 

「レン、どうにかしてくれ」

 

困り果てたロンとハリーに「心配かけるからよ」と言いながら、ハーマイオニーを引き離した。

 

 

 

 

 

ハーマイオニーが図書館を利用しようとすると、なぜかクラムとそのファンらしいホグワーツの女子生徒が数人、必ずいて落ち着かない。

 

司書のマダム・ピンスも、普段なら図書館で浮ついた雰囲気を撒き散らす集団は追い出してしまうのに、外部の代表選手には遠慮するのか、特段の注意をすることもない。

 

本を借り出して寮で読みたいのだが、フラーとの約束があるので、放課後の一定時間は図書館にいるべきだろう。蓮にそう言うと、額を押さえて「無理に図書館に行かなくていいわよ」と言った。

 

「どうしてよ」

「フラーはわたくしとジョギングすることが多いから」

「・・・そういうことは早く言って」

 

約束してるわけじゃないからねえ、と肩を竦め、トレーニングウェアに着替えた。

 

「フラーとジョギングしてるなら、ジョージは?」

「ついてきてるわ。まあ、フラーは美人だから」

「そっちに受け取るの?」

 

ハーマイオニーはがくりと俯いた。

 

「すごいのよ、フラーと走ってると、男子生徒の視線が痛いぐらい。ダームストラングの船の近くも通るけれど、ダームストラングの男子も船から身を乗り出しちゃう。クラムなんかパンツ1枚で湖に飛び込んだわ」

「・・・それは何か違うんじゃない?」

 

ランニングシューズを履いて「じゃ、行ってくるわね。あなたは、やっぱり図書館?」と言いながらドアを開けた。

 

「あの金の卵から聞こえた音が何か調べようと思って」

「がんばって」

 

ひらひらと手を振り、蓮は出かけてしまった。

 

 

 

 

 

『ハイ、フラー。今日も付き合ってくれるの?』

『もちろんよ』

 

玄関ホールにはやはりトレーニングウェア姿のフラーと、少し離れてジョージがいた。

 

「ジョージ、わたくし1人で走るわけじゃないから、無理しなくていいのよ」

「美女とお近づきになるチャンスは見逃せないからな」

「ああそうですか」

 

足の腱を伸ばす簡単なストレッチの後、玄関ホールを出た。

 

『玄関ホールであなたを待っていると、必ずあなたとダームストラングの船に行ったプラチナブロンドの男の子がうろうろしてるわ。彼はそれを追い払うためにいるのよ。邪険にしてはダメ』

『ダームストラング・・・ああ、マルフォイね。ヴィーラの魔法は解いたから、わたくしのせいじゃないわ、あなたの魅力に吸い寄せられてるのよ』

 

たんたんと軽い足取りで走りながら、フラーが『ヴィーラの魔法? 使ったの?』と声を厳しくした。

 

『グラニーが少しだけあなたのおばあさまから習っていたみたい。それを教えてもらったの。劣化版だけど、お昼から夜の会食が終わるまでは保ったから、割と役に立つわ』

『レン、ヴィーラの魔法はそういう目的に使うものじゃないわ。愛のために使うものよ』

 

フランス人ね、と蓮は笑った。

 

『わたしはおばあさまからそう言われているわ。愛のためでなく取引のために使ったのならお仕置きが必要ね。それで? アリーは金の卵の謎は解けたの?』

『全然。1度開けたきり。あのひどい音じゃわけわからないから、閉じてそのまんまよ。ハーマイオニーが図書館で調べてるけれど、ハリー本人は親友と仲直りしたから、そちらに浮かれてるわ。第2の課題は2月だから、まだ時間はあるもの』

 

フラーは溜息をつき『やっぱり子供だわ』と呟いた。

 

『返す言葉もありません』

『クリスマス・パーティまでに卵の謎を解いた方がいいのよ』

『え?』

 

フラーが突然足を止めた。『お仕置きにヴィーラの魔法を見せてあげる』そう言って杖を出す。

 

同じく足を止めた蓮は、全身を恍惚感に満たされた。フラーのためなら何でも出来る。第2の課題に代わりに出てもいい。今すぐ湖に飛び込んでも問題ない。魔法大臣になってもいい。いやむしろフラーのために魔法大臣を目指すべきだ。

 

「レン、クリスマス・パーティでわたーしをエスコートしてくれーるわね?」

「・・・喜んで」

 

なぜか英語で宣言するように言うフラーに蓮は跪いて答えてしまった。

 

「出来ーる限り他の子ーと踊らなーいで、わたーしとずーっと一緒にいてくれーるかしら?」

「・・・もちろん」

 

フラーはそれを確かめると、背後で硬直しているジョージに「ごめーんなさい、クリスマス・パーティのレンはいただくわ。わたーしの課題に関わることなの。問題なーい?」と尋ねた。ジョージは、口をぱくぱく金魚のように開け閉めするばかりだ。

 

ああそうか、と蓮は思いながら立ち上がった。ジョージはクリスマス・パーティにフラーを誘うために毎日ついてきていたのか。残念ながら自分はフラーのために魔法大臣を目指すのだ。クリスマス・パーティはその手始めに過ぎな・・・。

 

『正気に戻ったかしら?』

 

からかうようなフラーの笑顔を軽く睨んだ。

 

「ジョージ、フラーと行きたいの?」

 

一応尋ねてみたが、ジョージからはかばかしい答えは返ってこない。

 

「だったらわたくしがフラーをエスコートしても問題ないわね?」

「・・・問題、あるだろ? 君は女の子だ!」

「わたーしが、レンがいーいと思いますから、問題なーいです」

 

フラーは蓮の腕を引き、並んで背の高さを比べた。『身長はあなたのほうが少し高いから、バランスは悪くないわ。クロエおばさまに頼んで男性用のドレスローブを用意してくれる?』

 

『それも持ってきてるから大丈夫よ』

『代表選手とパートナーはパーティの最初に皆が見てる前で踊らなきゃいけないわ。ダンスのレッスンをしておいてね』

『責任重大ね』

 

ジョージを置き去りに2人は再び走り出したのだった。


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