魔法生物飼育学でハリーとロンが、マルフォイからひったくってきた日刊予言者新聞を読んで、蓮は口の中で唸った。
「ダンブルドアを攻撃するのにハグリッドを持ち出すのは、ルシウス・マルフォイだけの得意技というわけではなさそうね」
なんでわかったんだろう、とハリーが呟いた。
「いまさらでしょう?」とハーマイオニーが呆れて言うと、ハリーは首を振って「リータ・スキーターがだよ」と補足した。「僕とロンは、クリスマスの夜たまたま庭で、ハグリッドがその・・・マダム・マクシームを口説く場面をうっかり聞いちゃったんだ。コガネムシが目の前をカサカサしてるから、逃げるに逃げられなくてさ」
ハリーの説明に蓮が眉を寄せて「・・・変な季節のコガネムシね」と呟いたが、誰も取り合わない。蓮が妙な箇所に引っかかるのは、もういつものことだ。
「レン! あなた、この前、ハグリッドにスキーターがホグズミードでインタビューするのを心配してたでしょう? そのインタビューの時に話したんじゃないかしら?」
これには蓮が首を振った。
「ハグリッドはスキーターが、あることないこと書き立てる奴だって言っていたから、さすがに自分の生まれのことは話したりしないと思うわ。わたくしたちにだって、直接は家族のことを話さないのに、スキーターに自分で話すなんてあり得ない」
「誰が喋ったっておかしかないさ。だろ? ハグリッドの体格を見れば、ただの『大柄な男』のレベルをはるかに超えてる。僕は子供の頃に骨生え薬をひと瓶飲み干したのかと思ってたけど、ハーマイオニーは僕らが話す前から気づいてたんだもの」
4人はとりあえずハグリッドに会いに行くことにしたのだが、ハグリッドの小屋をどれだけノックしても誰も出てこなかった。
蓮が、むう、と口を尖らせて「ハグリッド! いつまでも引きこもってちゃダメ! 今日のところは帰るけれど、絶対引っ張り出しに来るわよ!」と叫んだ。
さて、と蓮とハーマイオニーは「卵の謎」と声を合わせてハリーに迫った。
「・・・僕、ヒントはもらってるんだ」
「誰から? どんな?」
「クリスマス・パーティの後に、セドリックが、風呂に入れ、って言って、監督生用の風呂の合言葉を教えてくれた。あと、フラーは『レンを1番大切な人として審査員に印象づける』って言ってた。それから、ハーマイオニーとレン、君たちが言ったよね。たぶん泳ぐ必要があるって」
ハーマイオニーがこめかみを押さえ「それだけわかっていて、どうして卵を開かないの?」と声を落とした。
「・・・みんな余計な謎になるヒントばっかりだ」
「ハリー、ディゴリーはあなたにその卵をお風呂で開けと言うつもりだったんじゃないかしら?」
「あの鋸の騒音を風呂場で? 気が狂っちゃうよ」
「風呂場というより、浴槽の中。水に浸かって聞いたら、まともな音声かもしれないわ」
それは辻褄が合うな、とロンが言った。「水の中で行なう競技だから、課題は水中でしか聴こえないってことだろ?」ハーマイオニーが「それよ!」と指を鳴らした。
「マーミッシュ語は確かそうなの。水中での音声と空気中での音声の伝達具合が違うから、マーピープルと会話するならば水中が望ましいと書いてある本があったわ!」
「・・・河童は陸上でも普通に日本語を喋るわよ?」
「あなたの河童論とハウスエルフ論は例が特殊過ぎて参考になりません」
蓮の疑問をハーマイオニーはばっさり切り捨てた。確かに今はハリーの卵問題が最優先だ。
「ハリー、とにかくヒントがそれだけあるんだし、ディゴリーが場所もあるって言ってくれたんだから、早く課題そのものを知らなきゃ」
「あなた、泳がなきゃいけないのよ?」
なぜかハリーが浮かない顔で羽根ペンで羊皮紙にぐじゃぐじゃと落書きを始めた。
「ハリー?」
「なんか・・・ディゴリーがさ、ズルいっていうかさ」
「は?」
「僕は第1の課題そのものを教えたんだ。ドラゴンを出し抜かなきゃいけないって。なのに、ヒントだけってズルくないか?」
ハリー、とハーマイオニーがこめかみを揉みながら言った。「そういう問題じゃないから」
「まあ、わからないでもない。ディゴリーはチョウをエスコートしてたしな。あんな奴の言う通りにするもんかって言いたいんだろ?」
ロンがわけ知り顔でハリーのデリケートな部分を、ぐりっと抉り出した。
蓮は俯いて額に手を当てた。「だったら卵を抱えて湖に潜る? 別にそれでもいいのよ。水の中で聴くとあのノイズがまともな音声になるんだったら、別にお風呂じゃなくても構わないでしょうから」
「レン、今は1月だよ?」
「だから?」
「寒いじゃないか、死んじゃうよ」
「ホグワーツに室内温水プールがない以上、競技は湖よ。2月におそらく湖に潜らなきゃいけないの。寒いのは同じことよ。それにね、ハリー、フラーは『1番大切な人を審査員に教える』って言ったのでしょう? それが正しければ、あなたの1番大切な人も2月の湖の中にいるということだわ。あなたが泳げないとか寒いとか喚いている間ずっと」
ハリーがギクリとしたように蓮の顔を見た。
「それでいいなら無理にとは言わないわよ?」
「・・・わかった。今夜、監督生の風呂に行ってみる」
よし! とロンが明るい声を出した。「じゃ、明日のホグズミード行きの計画を立てようぜ」
明日はホグズミード村までの外出が許可される日なのだ。
「マダム・パディフットの店っていうところに行ってみたいわ」
蓮が言うと、ロンとハーマイオニー、ハリーは急いで首を振った。「その店は友達同士が4人で行く店じゃない」
いいかいレン、とロンが低い声を出した。「君は去年はホグズミードに行かなかったから知らないのも無理はないけど、その店はつまり、付き合ってるカップルだらけの店なんだ。店の中にはふわふわのキューピッドが飛び回ってる。そしてみんな、ギネス最長記録に挑戦するみたいに長々とキスをしている」
蓮は顔をしかめ「人前で」と呟いた。人前で長々とキスをするという感覚が蓮には信じられない。
「人前でキスなら、君も毎日フラーから玄関ホールでされてるだろ?」
「ほっぺたにね。あれはフランス流の挨拶らしいわ、ハーマイオニーによると」
「ビズっていうの。フランスでは家族や親しい友人同士の挨拶よ。たまに男性同士でもするわ。ロンとハリーぐらいの仲なら」
やめてくれ、とハリーが手を振った。「まず『三本の箒』でバタービールだ。でもレン、君はジョージと行かないのかい?」
「今のところ誘われてないわ」
ハーマイオニーは気遣わしげに蓮の横顔を眺めたが、特段の感情は浮かんでいなかった。
「あなたから誘ったら?」
蓮は苦笑して手を振った。「別に気にするようなことじゃないの。明日はフレッドやリーと用事があるそうよ」
それを聞いて今度はロンが表情を曇らせた。
「ロン?」
「まさか、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズじゃないだろうな」
蓮は首を傾げ「ウィーズリー・ウィザード・ウィーズじゃ何か問題がある?」と尋ねた。ロンもハーマイオニーもハリーも困ったように顔を見合わせる。
「レン、あなたはサマーホリデイに隠れ穴にいなかったから、知らないのも無理はないけど」
「ロンのママは反対してるんだ」
「なのに、あの2人、最近は開店資金の話ばっかりしてる。全然諦めてないんだ。僕としちゃ、また家の中が揉めるのは嫌だよ」
三者三様に説明されて、蓮はやっと納得したように頷いた。
「レン、君からもジョージに諦めるように言ってくれないか?」
ロン、と蓮が苦笑した。「ミセス・ウィーズリーに心配をかけないように、きちんと話し合うべきだとは意見するわ。でも、将来の計画そのものに反対するような立場ではないから、諦めるように説得するのは無理よ」
「レンの言葉なら耳を貸すだろ?」
「そういう問題じゃないわ。フレッドとジョージは、彼らなりに真剣に計画を立てているのよ。きちんと貯金もして・・・まあ、バグマンと賭けをして踏み倒されかけてるけれど。きちんと研究もして・・・その能力を授業や試験勉強に使えばもっとまともなOWLの結果が出たとは思うけれど。とにかく、自分たちの将来のことは真剣に考えているの。家族のみんなが反対しちゃかわいそうよ」
ハーマイオニーは肩を竦めた。「わたしもそうは思うけど、基本的にウィーズリー家は堅いお仕事の方が多いから、余計に心配なさってるんだと思うわ」
ロンは憂鬱そうに溜息をついた。
生徒で混み合った「三本の箒」の中にもハグリッドの姿はない。ハリーはがっくりしていたが、4人のことさえ避けているハグリッドがこんな日にホグズミード村をうろうろしているはずがない、と蓮は言った。
「そんなことより、あれ見て。ルード・バグマンだわ」
「本当だ。ホグズミードに何の用があるんだろう? 対抗試合関連の仕事はないはずなのに」
ハーマイオニーはそんなことよりバグマンを囲んでいるゴブリンの表情の険しさが気になった。
「フラーが言ってたわ。バグマンはゴブリンと賭けをして負けたのに、まだ賭け金を払っていないって」
蓮の言葉にハーマイオニーは目を見開いた。
「フラーがどうしてそんなことを?」
「彼女、グリンゴッツに就職するつもりで何度かロンドンのグリンゴッツを訪ねたらしいの。そのときにゴブリン同士がバグマンの話をしているのを聞いたそうよ」
マジかよ、とロンが顔色を変えた。
「ロン?」
「踏み倒されかけてるって、レン、そういうことなのかい? ゴブリンに賭け金を払ってないようじゃ、フレッドとジョージが金を回収する見込みはゼロだ! ゴブリンは金や宝の問題にはすごく厳しいんだ」
そのとき、バグマンがハリーを見つけた。ゴブリンたちに「すぐ戻る、すぐだ!」と言いながら「ハリー!」と呼びかけた。
「はい?」
「いや、ここで会えて良かった。実は君に話があって来たんだよ。少し裏で話せるかい?」
「僕・・・あー、はい、大丈夫です」
あとの3人がボックス席に陣取り、バタービールのジョッキを軽く上げたのを見て、ハリーはバグマンについて裏口のドアに向かった。
「あ!」
ハーマイオニーの小さな叫びに蓮が「今度は何?」と呟くと「リータ・スキーターよ」と答えが返ってきた。蓮がさっと表情を険しくする。
「あら! お嬢ちゃん、副部長のお嬢ちゃんじゃありませんこと?」
「あなたにつきまとわれては、母がいつまで副部長でいられるかわかりませんので、できれば名前で呼んでいただきたいのですが? ご趣味でしょう? 『数々のでっち上げの名声をペシャンコにしてきた、魅惑の43歳』でしょうから」
リータ・スキーターの自動速記羽根ペンQQQが試し書きしている文字を読み上げながら、蓮は立ち上がった。
「あなたの名声もなかなかよく出来た張りぼてだとわたくしは個人的には思いますけれど」
「今、なんと言ったのかしら、ん? お嬢ちゃん?」
「他人の粗探しをする前に多少はご自分の足元をご覧になったらいかがかと申し上げています。あなたの記事には、正当な手段では知り得ることのできないものが含まれているようなので、わたくし、その手段を知りたいものだと常々思っていますの。それこそ、でっち上げの記事でなければ」
そうよ! とハーマイオニーも立ち上がった。「人の生まれのことを暴き立てていい気になるなんて、ジャーナリストとしても、人間としても卑しいわ!」
「お黙り、お嬢ちゃんたち。あの半巨人のことなら、もう大したネタにはならないから安心おしよ。書くなら、今度はルドヴィッチ・バグマンにでもするわさ。『魔法ゲーム・スポーツ部、失脚した元部長、ルード・バグマンの不名誉』なんて見出しはどうだい?」
「失脚させるのはあなたでしょ! 順番が違うわよ!」
そろそろ行こう、とハリーが戻ってきたのを確かめてロンが立ち上がった。4人分のジョッキの取っ手を片手で掴み、ハリーとスキーターが接触しないように急いでハリーに歩み寄ると、ジョッキをカウンターに返して、ハリーを小突きながら店を出る。
「ハーマイオニーもレンも、あんまりスキーターを相手にするなよ」
店を出るとロンが顔を曇らせて言った。
「あいつが君たちのことを新聞に書き立てるのなんか、僕、読みたくないよ。弱みをついてくるんだから」
「わたくしの家族は日刊予言者新聞にあれこれ書かれるのには慣れているわ。そもそも購読もしていないし」
「わたしの家族は日刊予言者新聞を読まないのよ、ロン、マグルなんだから」
蓮とハーマイオニーは、早足で学校への道を歩き出した。ハリーとロンはその後ろを慌ててついて行く。
「そ、そういえばさっき、バグマンが僕を手助けしたいって言ってきた」
「どいつもこいつも最低ね」
「もちろん断ったんでしょう、ハリー?」
蓮とハーマイオニーの機嫌は急降下中のようだ。
「うん。セドリックには手助けしないけど、僕のことは気の毒に思うから助けたいっていうから、それはなんか違うって思ってさ」
それで正解よ、と蓮は足を緩めずに言う。「どうせハリーに賭けてるんだわ」
「賭け?」
「バグマンは賭けの負けが込んで深みに嵌っているのよ」
「そんなことよりハグリッドよ! わたし、今日という今日は絶対にハグリッドを引っ張り出すわ!」
「バグマンなんかどうでもいいけれど、ハグリッドがスキーターの犠牲者になるなんてこと、わたくしは絶対に認めないわ!」
ハーマイオニーと蓮はとうとう駆け出した。
ハリーとロンは顔を見合わせ「女の子を怒らせるのは、たいてい女だと思わないか?」と頷き合った。
「ハグリッド! いい加減にして!」
ハーマイオニーは玄関のドアをガンガン叩きながら怒鳴った。
「日刊予言者新聞がなによ! 半巨人だからなによ!」
「スキーターの記事なんかで、人生を放り投げちゃダメ!」
「わたしたちはハグリッドが大好きなんだから、それでいいじゃない!」
「日刊予言者みたいなクソ紙はスクリュートと一緒に燃やしてしまいなさい!」
ぎ、と内側から扉が開いて蓮が固まった。
「ウィンストン、勢いとはいえ、クソとはなんです、クソとは!」
「・・・も、申し訳ございません」
出会い頭に蓮を怒鳴りつけたマクゴナガル先生が、中に向かって「ルビウス、生徒が4人来ています。中に招き入れますから、お湯を沸かしなさい!」と叫んだ。
「ウィンストン、グレンジャー、それからポッターもウィーズリーも中に入りなさい。この図体ばかり大きな情けない教師に喝を入れるのです!」
4人はマクゴナガル先生に睨まれながら、ハグリッドの小屋に入った。ハグリッドはこの数日泣きすぎていたのか、顔はまだらに赤くなり、両目は腫れ上がり、髪の毛はもじゃもじゃと絡み合っていた。
「・・・ハグリッド」
キッチンスペースから巨大なヤカンを持って出てきたハグリッドは「よう」と蚊の鳴くような挨拶をした。
「この4人が、あのような勢いであなたの掘っ立て小屋に来たのは、あなたと今でも親しくするためです! なんです、その挨拶は!」
「・・・合わせる顔はねえです」
どうしてよ! と蓮が怒鳴った。「スキーターがどんな記事を書くかなんて、今さらわかりきったことでしょう? いちいち落ち込んでいたら、わたくしの家族は13年前に一家心中してなきゃいけないわ!」
まったくです、とマクゴナガル先生が頷いた。「そもそもあなたが半巨人であることぐらい、ちょっと気の利いた人間ならとっくに気付いていましたよ。それを今さら記事にするとはまあ、よほど日刊予言者も暇と見えますね」
「んでも、ミネルヴァ、俺ぁ、この子たちとは違う。母親がアレなんで」
「わたくしの母だって祖母だって、マクゴナガル先生だってアレよ!」
「・・・どれです」
「凶暴」
蓮を黙らせたかったのか、マクゴナガル先生が杖を振り、蓮をブランカに変身させた。確か体罰に変身術は使わないはずだが、マクゴナガル先生のルールではこの件は体罰に含まないのだろう。
そういうところが凶暴なのだと蓮は言いたかったのか、巨大な白い犬の姿でグルグル唸りながら寝転んで暴れ、ファングは怯えて自分専用の大きなバスケットの中に潜り込んだ。
「ルビウス、あなたはもう傷つきやすい少年ではありません。いい年をした、いわば初老の紳士・・・見た目はともかく、初老の紳士なのです。あなたを慕う生徒に対して、あなたには責任があるのです」
「わたし、今でもハグリッドの授業を受けたいわ!」
「ほんとだよ、ハグリッド。僕たち、ハグリッドのママが巨人だからって何も気にならない。ハグリッドがどんな人かってことを僕たち知ってるんだから、気にするわけないじゃないか」
「僕たち、ずっと前から知ってたよ。知ってたけど、ハグリッドと友達だからここにしょっちゅうお茶を飲んだりしに来たんじゃないか」
お茶を全員分用意したハグリッドは、巨大な椅子に座って俯いたままだ。やっと落ち着いたブランカがその膝に顎を載せた。
「埒が明きませんね。ダンブルドアを呼びます。あなたがたはここにいてやりなさい」
ハーマイオニーたちは頷いた。出て行く前に、杖を一振りしてブランカは蓮に戻された。
「ハグリッド、スキーターの記事なんかに負けないで。わたくしだって、わたくしの家族だって、みんな面の皮を厚くしてちゃんと暮らしてるわ。知ってるでしょう?」
「・・・蓮、おまえさんの家族は、だーれも悪くねえんだから、それでええんだ。正しいんだ」
なによそれ、とハーマイオニーが喉の奥から絞り出すような声で言った。
「ハグリッドが半巨人に生まれたのは正しくないとでも言うの? ヒトなら正しくて、それ以外の魔法族の血が入ってたら正しくないとでも?」
「巨人は悪い奴らなんだ、ハーマイオニー!」
本能だろ! とロンが喚いた。「巨人が乱暴な種族だって誰でも知ってるさ! それは良い悪いとは関係ない! チャーリーなんか、どんなに荒っぽい奴らでもドラゴンに夢中だ!」
「それにハグリッド、家族の全員が全員正しくなきゃいけないのかい? だったら、僕なんかダーズリー家で育ったんだ、まともな魔法使いのはずがないだろ?」
「・・・ハリー」
やれやれ、と小屋の中に背の高いダンブルドアが入ってきた。
「ルビウス、ミネルヴァが見せた卒業生からの手紙じゃ、まーだ納得できんか? この4人が言葉を尽くしてもまーだか? おまえを辞めさせるなら一言言わせてもらうとはっきり書いてきた生徒の保護者もたくさんおる。子供がおまえから魔法生物について学ぶのは何より大事なことだと考える保護者がの」
んでも、とハグリッドはしゃくり上げた。「全部が全部じゃねえです」
「世界中の人間から好かれようなんて考えていたら生きていけないわ! 自分が正しいと思うことをするの。その結果、わたくしを好きだという人もいれば嫌いだという人もいる。それが当たり前だもの。でもわたくしは自分が正しいと思うことをしている限り、スキーターなんかが何を書こうと引きこもったりしないわよ。ハグリッド、引きこもったら負けなの! いつも通りに淡々と暮らしていくことで、自分の正しさを証明するしかないのよ」
「その通りじゃ、ミス・ウィンストン。ルビウス、辞表は受け取らぬぞ。月曜日には授業に戻るのじゃ。明日の朝は8時半に、大広間でわしと一緒に朝食じゃ。言い訳は許さぬ」
ダンブルドアがそう言い置いて出て行くと、ハグリッドは大粒の涙をぼとぼとと膝の上にこぼした。
「ハグリッド・・・ハグリッドはわたくしの父のことを、悪い魔法使いだったと思ってる?」
ハグリッドはぶんぶんと首を振った。「なんてこと言うんだ、蓮。コンラッドが悪い魔法使いだなんて、そんなこたあ絶対にねえ!」
「わたくしたちも、今ハグリッドのことをそう思ってるわ。そのことをわかってもらいたいの」
「そうよ、ハグリッド。スキーターの記事なんか信じない人はたくさんいるのよ。ハグリッドが前に言ってたじゃない。理不尽は許さねえって言ってくれる人がちょびっといれば楽しくやっていける、って。わたしたちじゃ足りない?」
ハグリッドはまたぶんぶんと首を振った。
「ハグリッド、このケーキ食べていい?」
勇敢にもロンは、ハグリッドのお手製ロックケーキに齧りついた。
「ハグリッド、僕はハグリッドが最初にダーズリー家から連れ出してくれたときのこと忘れてないよ。ハグリッドがあの嵐の小島の小屋まで来てくれたこと」
ほんとだなあ、とハグリッドが少しだけ微笑んだ。
「あんなにちっちゃくって、細っこい子が、学校の代表選手になっちまった。がんばれよ、ハリー。卵の謎は解けたか、ん?」
ハリーが頭をがりがり掻いた。「それが、余計に謎が多くなっちゃったんだ」
《探しにおいで 声をたよりに
地上じゃ歌は 歌えない
探しながらも 考えよう
我等が捕らえし 大切なもの
探す時間は 1時間
取り返すべし 大切なもの
1時間のその後はーーもはや望みはあり得ない
遅過ぎたなら そのものは もはや2度とは戻らない》
ハリーが書き出したメモを読んで、どこに謎が増えたのよ、とハーマイオニーが言った。
「探しにおいで声をたよりに、地上じゃ歌は歌えない。つまり、水中人、マーピープルの歌声を頼りに探しに来いってことよね」
「制限時間は1時間」
あっさりというハーマイオニーと蓮に、曖昧に頷いて、ハリーは「大切なものって何だろう?」と言い出した。「フラーは人質だと思ってるんだろ? レンのことを審査員に印象づけるって言ってたから。でも、それってあんまりじゃないか? 選手でもない人を危険にさらすことになる。選手が失敗したら、人質が2度と戻ってこないなんて言うかなあ?」
今そこはどうでもいいだろ? とロンが頭を振った。「蓮とハーマイオニーの言ってた通り、君は水中で進まなきゃいけないんだぜ? 泳ぎ方を覚えなきゃ話にならない」
「泳ぎ方もだけど・・・1時間も肺呼吸無しで生きていける自信がないんだ」
ハリーは頭を振り「それにさ、昨夜、僕、監督生の風呂に行くときに、透明マントと忍びの地図を持って行ったんだけど、真夜中だよ? バーテミウス・クラウチっていう名前を見たんだ」と声を潜めた。