「今そこは大事なところ?」
ハーマイオニーがイライラと頭を抱えて唸った。
「だって夜中だよ? クリスマス・パーティにさえ来なかった審査員のクラウチが、真夜中にスネイプの教室、教室だよ? 教室にいたんだ。それでスネイプが誰かが材料を盗みに忍び込んだから犯人を探すようにフィルチに命じて、それで危うく捕まりそうになったところをムーディ先生に助けられた。まあ、その代わりに忍びの地図はしばらくムーディ先生に貸さなきゃいけなくなったけどね」
ハーマイオニーの背中をトントン叩きながら蓮が「確かに胡散臭いことは認めるわ。でもハリー、あなたが今すべきことはなに?」と冷淡に告げた。
「・・・えーと、泳げるようになることと、水中で1時間生き延びる方法を探すこと、です」
「夜中にスネイプに見つかって罰則を課されているような余裕は?」
「・・・ありません」
さっきから黙って何かを考えていたロンが「なあレン! 君がハリーを潜水艦か何かに変身させたらどうだい?」と突拍子もないことを言い出した。
蓮はこめかみをぽりぽり掻いて「ロン、根本的な問題があってね」と呟いた。ハーマイオニーがすかさず「試合ではハリーは自分1人の力で対処しなきゃいけないの」と指摘した。
「それに、人間を無機物に一時的に変身させることは出来るけれど、例えば潜水艦とかね。スタートの合図の前にわたくしがハリーを潜水艦に変身させたとして、誰がその潜水艦を湖に突き落として、誰が操縦するのかしら?」
「それはハリーが自分で」
無機物って言ったでしょ! とハーマイオニーがピシリと否定した。「自分で動けるものは無機物とは言いません!」
「じゃあ、動物! 金魚か何かに」
「試しにハリーを動物に変身させてみましょうか?」
蓮がササッと杖を振った。しゅる、と聞き慣れた音が聞こえ、ハリーが立っていたところに、立派な角を生やした牡鹿が立っている。牡鹿は3人の人間に怯えたように後ずさり、枯れ草を蹴って走り去った。一瞬でブランカに変身した蓮が追いかけ、体当たりすると、牡鹿はドウっと音を立てて倒れた。その隙にブランカから蓮に戻り杖を振ると、倒れていた牡鹿はハリーの姿を取り戻した。
「自分で変身する動物もどきは、人間としての知識、理性、判断力を保っているけれど、他人から動物に変身させられた時には、それがない。完全に動物の反応しか示さないの。また、変身する動物を選べないのは動物もどきと同じ。ハリーを金魚に変身させることは不可能だし、仮に金魚に変身させて湖に放り込んだら、そのまま野生の金魚になるわ。水魔の餌になって人生おしまいね」
「・・・僕、人間でいたいよ」
左肩をさすりながらハリーが立ち上がる。
「とりあえず、空き教室を探しましょう」
蓮が言い、先に立って城の中に向かい歩き出した。
ロンがマクゴナガル先生から、空いている変身術の教室の使用許可を取って来ると、蓮は早速ハーマイオニーに「ここらへんの机を使って大きな水槽を作って」と指示した。
「大きな水槽?」
「そう。水族館みたいな幅と深さが必要ね」
言いながら、蓮は湖に近い方の窓を大きく開けた。
ハリーとロンは、ハーマイオニーが杖を構え、机に向かって意識を集中するのをぼんやり眺めている。
蓮は、制服のローブを脱ぎ、ネクタイを外した。
「できたわ、レン! これでどう?」
「今日のところはこれで十分でしょう」
事も無げに言うと、蓮は窓の外に向かって杖を振った。
「・・・レン?」
「今、水を呼んだからちょっと待ってね」
蓮が言い終わらないうちに、窓からハーマイオニーが作った水槽の中に、ドドドドっと水の奔流が流れ込んだ。
「よし」
「れ、レン、今の魔法はいったい?」
さすがにハーマイオニーも知らない魔法だったのだろう。唖然としている。
「うちの家族が仕事にしている魔法なの。周りの集落のマグルが農作業に困らないように、井戸の中に水が湧くようにしたり、あんまりひどい洪水が起きないように少しだけ川の流れを変えたりね」
水槽がいっぱいになると、杖を振って水の供給を止め、水槽の上端に飛びついて体を持ち上げた。
「じゃ、ハーマイオニー、ドルフィンキックを見せるから解説よろしく」
唖然とする3人を尻目に、ローブとネクタイを外して身軽になった蓮は、滑るように水槽に飛び込んだのだった。
ハリーを水槽に突き落とすこと10回で、やっと今日の練習を切り上げることにした。ガタガタ震えるハリーを乾かしてやりながらハーマイオニーが「泳ぎ方の練習はこれを続けるとして」と、やはり自分を乾かしている蓮に尋ねた。ハリーとロンは目を見交わし「続けるの?」と唇の動きだけで言い合った。いつもなら軽口を叩くのを忘れないロンだが、水槽という凶器が目の前にある場所で2人の機嫌を損ねたくはない。「やっぱり、肺呼吸の問題を解決しなきゃいけないわ。そっちはどうする?」
あっという間に乾いた蓮が「変身術以外で、任意にえら呼吸になる方法があればねえ」と呟く。その言葉にロンが何かを思い出したように、ぼんやり呟いた。
「なんか、ネビルがそんなこと言ってたな。あいつがマッド・アイから借りた本でさ、水辺の魔法植物がどうしたこうしたっていう話、聞いたふりして聞いてなかったけど。もうちょっと詳しく聞いときゃ良かった」
窓から湖に向かって水を送り戻し始めた蓮が「ロン、マッド・アイからその本を借りてきて」と言った。
談話室で蓮とハーマイオニーが頭を突き合わせて「地中海の魔法水棲植物」を物凄いスピードでめくっているのを、ハリーとロンはクッションを抱えて眺めていた。
「なあ、地中海だろ?」
「うん」
「地中海に生えてる藻をどうやって採ってくる気だ?」
「ダイアゴン横丁に干物ぐらいはあるかもしれない」
あった! とハーマイオニーが声を上げ、ハリーとロンはクッションを急いで脇に置くと前屈みになって、探索に参加している姿勢を示した。
「えら昆布、これしかないわ」
良かった、とロンがしみじみした顔で頷いてみせた。
「で、それはどこにあるんだい?」
「地中海よ」と蓮が腕組みをして、眉を寄せた。
「ダイアゴン横丁に干物ぐらいあるんじゃないかな? ん? なんなら、僕のママに聞いてみてもいいぜ」
ガタ、と蓮が立ち上がり、女子寮への階段を駆け上がっていった。
「このえら昆布は地中海でしか採取出来ないの。それに加工したら、えらを作る効果がなくなってしまうと書いてあるわ。生のフレッシュなえら昆布が必要なの」
「ハーマイオニー、ここはスコットランドだ」
「・・・地中海のマーメイドの曽孫が何か方法を考えるはずよ、たぶん」
ハリーとロンは顔を見合わせた。
「ウェンディ!」
部屋に入るなり、蓮は自宅のハウスエルフを呼んだ。
パチン、と軽やかな音と共に、ドッグフードの袋を抱えたウェンディが姿を現した。
「お呼びでしょうか、姫さま。駄犬の餌の時間だったのですが」
「・・・あれ、一応本体は人間なんだけれど。まあ、いいわ。ウェンディ、ハウスエルフは魔法族のヒトが姿現し姿くらまし出来ないホグワーツにもこうして入ってこられるわね」
「もちろんでございます」
「水中には?」
ぼと、とドッグフードの袋を落とし、横座りの姿勢で倒れ込んだウェンディは「いっそ『ようふく』にしてくださいまし!」と叫んだ。
「・・・ウェンディ、話を進めていいかしら。ハウスエルフでも水中への姿現しは出来ないのね?」
「ウェンディがえら呼吸するように見えますかしら?」
「一応確かめただけよ。それから、あなたは常に『ようふく』ですからね」
ちょっとふざけただけですよう、と言いながらウェンディはこぼれたドッグフードを袋に戻した。「姫さま、水の中の姿現しなら河太郎さんにお尋ねになるのが一番だと思いますわ」
「・・・河太郎?」
「あれでもマーピープルの端くれですよ、河太郎さん。姫さまがお風呂か湖で河太郎さんを呼べば来られるはずです」
ありがとう、と言うとウェンディはお辞儀をして姿くらましをした。
蓮はベッドに腰掛け腕組みをした。
あまりに都合が良過ぎる、と思ったのだ。ハリーの第2の課題に必要な知識を記載した本をハリーと同室のネビルに与えてあったなんて。教職員なら準備のために早くから課題の詳細を知っていてもおかしくはない。むしろ、課題そのものを検討する人材として防衛術の教授は妥当だ。
着任してすぐにネビルに「地中海の魔法水棲植物」の本を渡したのは偶然と言えないこともないが、第1の課題でハリーにヒントを与えたことを併せて考えると意図的に見える。もしハリーが再度ムーディに頼れば、えら昆布も手に入れてきそうな気がする。
しかし、蓮は頭を振ってその考えを振り払った。知識はありがたく活用するが、箒と違って体内に入るものを、今のムーディから受け取るわけにはいかない、と思った。
「えら昆布は、わたくしが手に入れるしかない」
1人の部屋で蓮は小さく呟いた。
翌日の放課後、前日と同じように空き教室に水槽と水を用意すると、ハリーの水泳の訓練をハーマイオニーに任せて蓮は湖のジョギングに出かける格好でいなくなった。
「さあ、ハリー、始めるわよ!」
「ハーマイオニー、僕たち、レンのほうを手伝わなくていいのかな?」
「あなたが自分で地中海まで行ってえら昆布を採ってくるぐらいに泳げるなら、レンが自分で走り回ったりはしません」
「えら昆布があれば、水掻きも鰓も出来るんだから、水泳の訓練はいらないんじゃないか?」
ロンの楽観的な意見は、ハーマイオニーの冷淡な視線で沈黙させられた。
「水掻きと鰓が出来れば有利になることは確かよ。でも、えら昆布が泳ぎ方を教えてくれるわけじゃないことをお忘れなく。水中での呼吸が可能になり、推進力が増すだけ。わかる? ゼロの推進力が突然100になるわけじゃないの。もともと泳げる人がそれを使えば素早く目的地まで泳ぐことが可能になるけど、全く泳げないで沈むだけの人に水掻きと鰓が出来たって、湖底をのそのそ歩くのが精一杯でしょうね」
トレーニングウェア姿の蓮は、軽く身震いすると浅瀬から湖に入って行った。胸までの深さになったところで水に頭まで浸かり「河太郎!」と叫んでみる。ガボっと空気の塊が口から出ただけだったが、目の前に渦巻きが現れ、久しぶりに見る河童の姿が見えた。
「河太郎!」
水から顔を上げると、河太郎も向き合うように水面から顔を出した。
「よう、でっかくなったなあ、姫さん」
「久しぶりと言いたいところだけど、河太郎、あなた、ちょっと地中海まで行ってきてくれない?」
河太郎は「チチュウカイ?」と頓狂な声で叫んだ。「いきなり河童使いが荒いなあ。どこだよ、チチュウカイってのは?」
「説明が難しいわ。ここよりずっと南にあるの。でも、あなたたち水中人は一定量の水があるところならどこにでも姿現し出来ると聞いたわ。現にあなた、ここに来たじゃない。行き先は海だから間違いなく大量の水がある」
「・・・塩水がな」
蓮は固まった。
「・・・まさか、あなた塩水は苦手?」
「塩水なんか飲んだら、喉が渇いて死んじまう。行き先が海なら自分で行け、自分で」
「わたくしが自分で?」
おうよ、と河太郎は仰向けに湖に浮かんだ。「姫さんにゃ人魚の血が混じってる。本気になりゃ出来るさ。あ、いきなり海に行くんじゃねえぞ。この湖と風呂を行き来して練習してからだ」
「練習って、1人で?」
「俺が毎日来るわけにゃいかねえ。やべえ、水魔が近寄って来やがった。コツはな、ウェンディに聞け!」
グルン、と渦巻きができ、河太郎は消えた。
水魔が近寄って来た、という河太郎の言葉を思い出し、蓮は岸に向かって抜手を切って泳いで戻った。
『あなたが泳ぐ必要はたぶんないわよ?』
岸から上がったところにフラーが笑いながら立っていて、ガタガタ震える蓮をすぐに乾かしてくれた。
『ありがとう、フラー。こんなことあなたに尋ねるのは申し訳ないけれど、あなた、もしかしてマーメイドの魔法を何か学んではいないかしら?』
フラーは肩を竦めた。『マーメイドの魔法は男性と女性で大きく違うそうよ。だから、ひいおばあさまが教えたとしたら、あなたのおばあさま、クロエおばさまにだけね。それに種族的な魔法は、呪文や魔術理論に依存しない本能的なものだから、言葉で教えるのには限界がある』
『いずれにせよ、戦うのはわたしよ』とフラーは苦笑した。『マーメイドの血のおかげで、水の中で動くのは苦にならないし、ある程度は水を意のままに操ることができるから、わたしには有利な課題だけど、特別な魔法は知らないわ』
走り出したフラーを追いかけて、蓮は『わたくしも何も習ってないわよ』と声を張り上げた。河太郎のレッスンを受けたこともあって、確かに蓮は水中で動くのは苦にならないし、水を操るのは家業のようなものだが、マーメイドの魔法とは言えないだろう。
肩を並べるとフラーが『マーメイドの魔法をあてにするつもりはないわ』と淡々と言う。
『だったら、どうして人質にわたくしを選んだの?』
『わたし、この大会の運営を信用していないの。アリー・ポッターの出場も、バグマンの賭けのトラブルも、おかしなことが多過ぎる。水の中の人質に何をされるかわからないのに、妹のガブリエルを人質にされたくはない。あなたならガブリエルと同じデラクール家の一員だし、ガブリエルより大きい。自力でなんとかできそうだもの』
蓮は複雑な表情になった。
『褒めてくれているのでしょうけれど、必ず助けてもらえるという大事な安心感が薄れたわ』
『あら、助けるわよ。あなたを助けなかったら、わたしの得点にならない』
ああすごく安心だわ! と蓮は声を張り上げたのだった。
「覗かないでね、きっかり1時間」と宣言して、頭にヘッドランプとゴーグルをつけた蓮が浴室に入っていった。ここ3週間必ず1人で浴室に1時間篭るのだ。
「毎晩毎晩日本のお伽噺みたいなことを言うのよね。しかも、日本の海女みたいな格好して」
パーバティはそう言って笑うが、ハーマイオニーとしては蓮が何を企んでいるのか心配で仕方がない。
「やっぱりハリーに泡頭呪文を覚えさせるべきじゃないかしら?」
「それってNEWTクラスの魔法だから、ハリーが水泳の練習をしながら今から覚えるのは無理だっていう結論に達したんじゃなかった? それでハリーは泳げるようになったの?」
「酸素が続く間は泳げない。酸素が足りなくなったら、必死で水槽の底から浮かび上がるわ。カエルみたいに水槽をよじ登って」
パーバティが表情を歪め「絶望的ね」と呟いた。
そのとき、浴室から「ウラー!」という叫びが聞こえてきた。
ハーマイオニーとパーバティは顔色を変え、浴室のドアを叩いた。「レン! レン! あなた大丈夫なの?」
ガラっと浴室のドアが開き、何故か磯臭い蓮が右手に一掴みの長い昆布の束を持っている。それをハーマイオニーの手にぬるっと押しつけ「すぐにシャワー浴びるから、それ持って待ってて!」と満面の笑みで叫んだ。
「ちょ、レン!」
「・・・なにこれ、海藻?」
中から勢いよく飛び出すシャワーの音が聞こえてくる。
「このお風呂場、いったいどこと繋がってるのよ」
パーバティの呟きにハーマイオニーは昆布を掴んだまま、緩く頭を振るしかなかった。ハロウィンの頃に同じような台詞を聞いた記憶があった。
「えら昆布だ!」
男子寮に駆け上がり、ネビルの前に昆布を突き出すと、ネビルははっきりと叫んだ。
「本当にそう思う?」
「間違いないよ。どこで見つけたの? 地中海にしかないはずなのに!」
「地中海でうちのハウスエルフが拾ったのよ。ネビルにあげるわ。この部屋で育てて」
「でも水槽がない! 海水も!」
黙って蓮が男どもの得体の知れないガラクタの入った箱をひっくり返し、それを水槽に変身させると、窓を開けて水を呼んだ。
「海から呼ぶから少し時間がかかるかも。とりあえず底砂は明日でもいいでしょう?」
「こいつには底砂はいらないんだ。根元に重りを付けて上下を勘違いしないようにしておけばいい」
そのとき、窓からドドドっと潮臭い水が水槽目掛けて飛び込んできた。
「レン、君。本当にどうやって・・・」
呆然とするハリーに蓮は「ハウスエルフが拾ったの」と断固として答えたのだった。
「ハウスエルフが拾った、ねえ」
ハーマイオニーとパーバティは女子寮の自分たちの部屋に入ると、すぐに蓮をベッドに座らせて問い詰めた。
「わたしたちはそんな言葉じゃ騙されないわよ」
「さっきの磯の匂い、あなた、毎晩地中海に潜りに行っていたのね?」
「校外の魔法使用制限にどうして引っかからなかったの?」
「・・・あー、それはわたくしもわからないのだけれど。可能性は2つ考えられるわ。まず国外なら引っかからない。往路と復路で魔法を使うけれど、往路で魔法を使うのはここでしょう。復路で魔法を使うのは国外だから、引っかからないのかもしれない。もうひとつの可能性は・・・魔法族の魔法じゃないから、かも」
魔法族の魔法じゃない、とハーマイオニーとパーバティは繰り返した。
「姿くらましして地中海の岸辺に跳んだんじゃなかったの?」
「・・・違うわ、パーバティ。ホグワーツの敷地内では姿現しも姿くらましも出来ない、ハウスエルフ以外は・・・わかった! ハウスエルフね! あなた、ウェンディに連れて行ってもらったんだわ、そうなんでしょう!」
その手があったかー、と言いながら蓮はベッドに大の字になった。
「じゃ、違うの?」
「水中から水中に跳んだの」
パーバティはぽかんと口を開け、ハーマイオニーは額を押さえた。「なんて無茶な真似を」
「基本はウェンディと河太郎に習ったわよ」
「かわ・・・河童を校内に呼んだの?」
河童は絶対に闇の生き物ではありません、と蓮が唇を尖らせた。
「魔法族の魔法と違うって、どういうこと?」
「うーん、説明が難しいわね。わたくしたちの魔法は、魔術理論から始めるわよね。かくかくしかじかの理論で、このように魔力を発動させて、って。ハウスエルフはね、そうじゃないの。ご主人様が呼んだらそこに行かなきゃと本能が叫んで魔力が発動するの。発動条件が違うのよ。だから、とにかく『えら昆布のあるところに行くのです!』って自分に言い聞かせただけ」
だから行き先が本当に地中海かどうかもわからない、と蓮は朗らかに笑った。
「笑い事じゃないわ! なんて危険なことをするの!」
危険じゃないわよ、と蓮はあっけらかんと言う。「人間にとっては危険かもしれないけれど、わたくしはマーメイドの遺伝子の呼び声に従っていたわけだから、海の中ではマーメイドなのよ、足はあったけれど」
さーて、と蓮が少し憂鬱な顔つきになった。「これでハリーの課題にも一段落つくから、明日からはマグルの試験勉強しなきゃいけないわ」
「義務教育修了の? 何月なの?」
「3月。日本では学年末が3月なの」
「レン、あなた・・・大丈夫なの?」
「そこをいまさら疑問に思われても・・・」
「ハウスエルフの魔法でも魔法省は感知するはずだよ」ランニングシャツにショートパンツのハリーがガタガタ震えながら水槽の上の狭いスペースで訴えた。「僕が最初に魔法省から警告を貰ったとき、レン、君もいたじゃないか。プリベット通りに。ドビーが使った魔法だったけど、僕が警告を受けたんだ」
ふーむ、と首を傾げながら、蓮が杖を振り、ハリーを水槽に落とした。
「ということは、外国ならバレないってことか?」
「もしくは水中なら」
見慣れたロンとハーマイオニーは呑気に魔法省の「未成年の魔法使用制限」の感知条件について検討しているが、蓮はハリーの泳ぎっぷり(溺れっぷり)に呆れて、自分もトレーニングウェアのまま水に飛び込んだ。ジタバタするハリーの肩を叩き、自分の方を指差して見せる。水中で、蓮は顔を上に向けず、下を見ろとジェスチャーする。ハリーの体がやっと水平になった。
「ぷは」
水槽の縁に顔を出したハリーが「僕、やっとわかったよ!」と顔を輝かせた。
「すっげ。レンが教えると1発で出来たぜ」
「・・・悪かったわね」
「あ、いや、ハーマイオニーの教え方が悪いとは言ってないぜ。レンの教え方が上手すぎるんだ。ジニーも言ってた。レンの箒のトレーニングはものすごく教え方が上手いらしい」
第2の課題まで、あと2週間を切っていた。