サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第20章 第2の課題

第2の課題前日の朝、大広間のハリーの席に見かけないフクロウが小包を落として行った。

 

「あ、シ」

 

言いかけてハリーが慌てて言葉を飲み込んだ。

 

「開けてみろよ」

 

ロンに促され、ハリーが小包を開けると、蓮やハーマイオニーが持っているのと同じような太腿につける革の杖ホルダーが出てきた。

 

「うちの母が代わりに買いに行ったはずだから、心配いらないわ」

「僕、いつものようにローブで出るのかと」

 

ハーマイオニーがおそろしく真剣な顔で「他の人がローブで飛び込んだとしても、ハリー、あなただけはローブで飛び込んじゃダメよ、絶対」と凄んだ。

 

「どうして?」

 

首を傾げるハリーに溜息をつき、蓮が説明した。

 

「あのね、ハリー、服を着たまま誤って水に落ちたときに1番にしなきゃいけないことは、上着を脱ぐことなの。上着、靴、体にぴったりと張り付かない衣服はとりあえず脱ぐこと。やっと僅かに泳げるようになったばかりのあなたが、魔法使いのローブを着たまま泳ぐなんて自殺行為だわ」

 

だからそれは、と蓮がシュガースプーンで小包を示した。「パンツ1枚になっても大丈夫なように、という駄犬の思いやり」

 

ロンが「君はすごく可愛がられてるよ、ハリー」としみじみ言った。「なにしろドッグフードを食べる暮らしに耐えてまで君のために尽くしてくれるんだもの」

 

うん、としんみりしたハリーにハーマイオニーが「今日の放課後はどうする?」と尋ねたが、答えたのは蓮だった。

 

「1日ぐらい体を休めるほうがいいでしょう? それに、ネビルから昆布を貰って1時間分くらいに切り分けておかなきゃ、あれ一株食べたらしばらくマーピープルとして湖で暮らさなきゃいけなくなるわ」

 

なあレン、とロンが「あれ、いつまで僕たちの部屋に置いとくんだい?」と尋ねた。

 

「ネビルの気が済むまでよ。わたくしは、あなたたちにあげたのではなく、ネビルにあげたのですもの。邪魔ならネビルと相談してちょうだい」

 

 

 

 

 

ネビルが気持ち良く「1時間ぐらい保てばいいんだね。大丈夫だよ、そのぐらい切り取ったって。あいつ、ぐんぐん大きくなるんだ」と了承してくれたので、準備はネビルとハリーとロンに任せ、蓮とハーマイオニーが自室でそれぞれマグルの数学に取り組んでいると、部屋にジニーが呼びに来た。

 

「ああ、良かった。2人ともいたのね。あのね、マクゴナガル先生が呼んでるの。2人とも制服に着替えて来てって。わたしも付き添わなきゃいけないから、部屋の外で待ってるわ」

 

ハーマイオニーと蓮は顔を見合わせた。

 

「わたくし、最近は何もしてないわよ?」

「開口一番にその台詞が出てくるのが日頃の行ないの賜物よね。違うでしょ、明日のことでしょう?」

「ああ、あれね」

「あなたは、フラーの人質だって確信していたからわかるけど、わたしまで?」

「考えても仕方がないから、着替えてさっさと行っちゃいましょう」

 

念のため、ネクタイは解きやすいシングルノットにして、杖ホルダーは拘束されるときに折れにくいよう、太腿ホルダーにしておいた。

 

「ジニー、お待たせ」

 

歩き出しながら、ジニーが心配そうに蓮を見上げてくる。

 

「ん?」

「ね、レンもハーマイオニーも、明日の課題、ハリーは大丈夫だと思う?」

「大丈夫だと思うけれど、どうして?」

「マイクが、あ、レイブンクローのマイケル・コーナー、クリスマス・パーティから付き合ってるんだけど、今度こそ負けるんじゃないかっていうから」

 

ふーむ、と歩きながら考え「試合として、というか、得点としては負けるかもしれないわね。でも、生き残るという意味では勝つわ」と蓮が答えた。

 

実に的確な回答だ、とハーマイオニーは小さく笑った。なにしろ鰓が出来るのだから。

 

 

 

 

 

マクゴナガル先生の部屋に集められたのはグリフィンドール生3人、ハーマイオニーと蓮の他にはロンだ。

そして、3人をぞろぞろと引き連れてマクゴナガル先生が向かった先の校長室には、フリットウィック先生とチョウ・チャンがいた。

ハーマイオニーと蓮は思わずロンを見上げ、吹き出してしまった。クリスマス・パーティで不貞腐れたハリーとロンの2人はろくに踊りもせず、しんねりむっつりと2人だけで座っていたり、生徒同士のカップルが物陰を探す中庭を2人だけで散策したりしていたのだから。どうやらロンはハリーのボーイフレンドに認定されたようだ。

 

「何笑ってんだよ、あ、そうだ。昆布を切ってたところに、ジョージが呼びに来たんだ。1時間分の他に、念のため30分ずつ小さめに切り分けたのも持たせることにしといたぜ」

「すごいわ。ロン、あなたが考えたの?」

「いや。ネビル。あいつ、めちゃめちゃ細かいところに気がつくんだ」

「・・・確かに。あなたも少し見習ったら?」

 

全員が並ぶと、ダンブルドアが朗らかな笑顔で迎えた。

 

「ご足労じゃった。じゃが、これから約12時間から14時間ほどの間、君たちには眠ってもらわねばならん。様々な点から審査員が鑑みた結果、代表選手にとって最も大切なものとは君たちじゃという結論に達した。まず同点1位のセドリック・ディゴリーとハリー・ポッターじゃが、ディゴリーにとってはガールフレンドであり、クリスマス・パーティでも長時間を共にしたミス・チャン。ポッターにとっては・・・あー、友人でありクリスマス・パーティで長時間を共にしたミスタ・ロナルド・ウィーズリー」

 

ここで笑われた理由に思い当たったロンがハーマイオニーと蓮をジロっと睨んだ。

 

「次点のフラー・デラクールにとっては、ほぼ毎日湖の周囲を散策し、クリスマス・パーティでも長時間を共にし、かつ親族である点を考慮してミス・ウィンストン。ビクトール・クラムにとっては、毎日図書館に通いその姿を見つめ、クリスマス・パーティでやっと射止めたミス・グレンジャー。以上の4名がそれぞれの代表選手にとっての宝じゃと判断した」と選ばれた理由が説明された。

 

「明日の試合の時間には君たちはすでに湖に深く隠されておる。選手たちは、君たちを探しに来る。制限時間は1時間じゃ。じゃが無論、君たちに余計な危険や恐怖心を与えぬため、これから魔法による眠りについてもらう。この眠りは、無事救出され、大気を一息吸い込めば気持ち良く目覚めることのできるものじゃ、まったく心配は要らぬ。また、万が一選手が制限時間内に君たちに辿りつけなかったとしても、多少の時間の誤差は認められる。また万万が一選手が途中で競技の続行が不可能になった場合には、競技終了後に教職員の手で救出されることになっておるでな。案ずるでないぞ」

 

 

 

 

 

蓮は太腿の杖ホルダーと杖を確認すると、ネクタイとシャツの1番上のボタンだけを緩めて、示された長椅子に横たわった。

魔法睡眠薬とはまた違う魔法の眠りはあっという間に訪れる。夢も見ない深い眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

Side Harry

 

支給されたホグワーツの紋章の入った真紅のタンクトップと水泳パンツ、太腿には杖ホルダーのスタイルで、とにかく体のあちこちの関節や筋肉を柔らかく動かしていると、隣にすらりと背の高いフラーが立った。ボーバトンのスクールカラーであるパステルブルーのタンクトップに紺色の脚の形にフィットしたパンツ、杖はやはり太腿のホルダーを利用している。

 

「きーんちょ、してまーすか?」

 

してない、と言おうと思ったけれど、強がるのも子供っぽいかと「ああ、少しね」と答えた。「君は?」

 

「もーちろん、きーんちょしてまーす。わたーしがしぱいしたーら、レンは助かりませーんから」

 

それを聞いてハリーはますます緊張が高まるのを感じた。

昨夜からロンは帰ってきていないし、パーバティによれば蓮もハーマイオニーも不在だ。自分の人質はどうやらロンに決定してしまったらしい。つまり、自分が失敗したらロンは助からない。

ハリーは、タンクトップの裾に隠した「えら昆布」を握り締めた。

 

「代表選手、前へ!」

 

岸から湖の上に張り出すように作られた特設舞台の上で、代表選手が一列に並んだ。

 

 

 

 

 

side George

 

「ハリーは何やってんだ? 緑色の何かを口に入れて飲み込んだままだ」

「俺が思うにジョージよ、ありゃ、泳ぎ方を思い出してるのさ。それより、審査員席見たかい?」

「いや。なんかあるのか?」

「クラウチの代理で、我等が懐かしの兄貴が来てる」

 

ジョージは溜息をついた。今はパーシーの顔を見たい気分ではまったくない。

ハリーとロンはともかく、蓮まで人質として湖底に囚われているというのに。

 

「クラウチを最近見ないと思わないか? 新学期始まったばかりの頃は、バグマンと一緒にちょくちょく来てただろ?」

 

フレッドの声に「クラウチなんかどうだっていいだろ?」と尖った声を返した。

 

「出世を望むあまりパーシーがクラウチを絞め殺したとなりゃ、俺たちの将来に傷がつくじゃないか」

「・・・課題にしくじったら、俺はフラーを絞め殺す」

 

ちっとも調子を合わせない相棒に呆れて、フレッドは隣のアンジェリーナに「フラーがジョージに絞め殺されるか、ジョージが返り討ちに遭うか賭けないか?」と誘いをかけたが、アンジェリーナは「いい加減、ギャンブルには懲りてくれない?」と冷たく返事をした。

 

 

 

 

 

side Harry

 

水掻きってすごい、とハリーは思った。ぐんぐん進む。蓮とハーマイオニーが手の指から水が漏れないように指をぴったり合わせて掻けと言っていた理由がよくわかる。少なくとも今は指をいっぱいに広げて掻いたほうが良さそうだが。

 

かれこれ20分も泳ぎ続けた頃、水中人の歌が聞こえてきた。

 

よしこの進路で間違いないと確信して、さらに両手両足に力を入れた。

 

辺りを見回すと粗削りの石の住居が連なっているのが突然姿を現し、あちこちの暗い窓からたくさんの顔が覗いているのが見えた。

スピードを上げて進むと、こうした穴居は増えてきた。

水中人村の祭り広場のようなところを囲んで家が立ち並び、大勢の水中人がたむろしている。その真ん中から、代表選手を呼び寄せる歌が聞こえてくる。

 

真ん中から僅かに後ろには、大岩を削った巨大な水中人の像、その像の尾の部分に、4人の人間がしっかり縛りつけられていた。

 

ーーロン、レン、ハーマイオニー、チョウ

 

まだ人質が全員揃っている。

代表選手でここに来たのは僕が1番最初だ、という喜びは瞬時に萎んだ。代表選手が間に合わなかったら、この中から戻ってこられなくなる生徒がいる。

 

まずロンにとりついて縄を切ろうと思っても、縄ではなくぬるぬる滑る水草で縛ってある。ハサミかナイフが必要だった、と思い至ったが、周囲の水中人たちは、構えた槍を貸してくれそうにない。

 

足元を探し、ギザギザした石を拾ってロンを縛っている水草はなんとか切ったが、それでもまだ他の選手が来ない。せめて、全員分の水草を先に切っておこうと、ロンの隣のチョウに手を伸ばしたら、水中人たちの槍に阻まれた。「それはおまえの人質じゃない」

 

そのとき、水を蹴たててフラーがやって来た。レンを縛っている水草を杖先で簡単に切ると、ハリーに杖で後ろを見るように示す。フラーはレンを抱えて上昇していった。

 

ーーなんだあれ・・・鮫だ!

 

ハリーの顔から血の気が引いた。

 

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 

「ぷは!」

 

爽やかな大気を吸って、一瞬で蓮は覚醒した。ダンブルドアの言った通り、完璧な体調だ。

 

『目が覚めた? だったら手伝って』

 

蓮を背中から抱き抱えたフラーが、耳元で緊張した声を出した。

 

『手伝う?』

『クラムが変な鮫に変身して、ディゴリーを襲っている』

 

それを聞くと蓮はローブを脱ぎ捨て、湖に再度飛び込んだ。フラーがすぐ後ろをついてくる。

 

そう理解した瞬間、視界にパァっと赤が散った。鮫になったクラム(たぶん)がディゴリーに噛み付いたのだ。

 

蓮は反射的に杖を抜き、渦を巻くように杖先を回した。出来た渦を投げつけるように斜め上のクラムに向けて勢いよく杖を振ると、上半身だけ鮫になったクラムは湖の渦に巻き上げられて空中に投げ出された。

蓮は急いでハーマイオニーを縛る水草に杖先を向け、ディフィンドの無言呪文で水草を切り裂くとハーマイオニーを背中から抱えた。

 

見れば、フラーが同じようにディゴリーを巻き上げ、チョウの救出にかかっている。

 

よし、と頷いて、ロンを抱えたままなぜか大量の石を掴んでいるハリーに「上がれ!」と杖先でサインを送った。

 

 

 

 

 

side George

 

「おーっと、1位はフラー・デラクール、見事に宝を連れ帰りましたーーが? なぜだ! 宝が今度は自分から潜った! フラーも後を追います!」

 

「何やってんだあいつ!」とジョージは頭を抱えた。もはやフラーへの敵意は消えた。むしろ申し訳ない。

 

「ジョージ、見ろ。血だ! ヤバいぜ、誰かが大流血してる!」

 

フレッドが気づいたように、観客席の生徒たちが騒ぎ始めた。

 

「ああ! 鮫頭に変身したのは、ダームストラングのクラム! 水中から吹き上げられました! 続いて、泡頭呪文を使ったディゴリーも吹き上げられましたが・・・これはひどい怪我だ! かなりの出血です! 癒師のマダム・ポンフリーが駆けつけます! ここで登場したのはポッター、きちんと自分の人質ウィーズリーを抱えて戻ってきました! 」

 

流血したのはディゴリーらしいが、この混乱。

あいつが絶対何か余計なぶっ飛んだ真似をしている、と思いながら、ジョージがイライラと見ていると、蓮がハーマイオニーをしっかり抱き抱えて浮上してきた。

 

「なんということでしょう! 人質が人質を救助してきました! 続いてフラーが、もう1人の人質を救助してきます!」

 

こりゃ審査は難しいぜ、とフレッドが頭を振った。

 

「水中の様子を説明できる、選手、人質、並びに水中人の長からの報告を踏まえて得点発表となります」

 

「1位はどう考えてもフラーだろ」

 

フレッドの言葉にジョージは頷いた。あれだけ暴れん坊の人質を無事水面まで連れてきただけで賞賛に値する。誰が何と言おうと、フラーが1位だ。あんな面倒な人質は絶対に他にはいなかったはずだ。

 

「2位がハリーだな。人質を連れ帰ったのは2人だけだ。後はディゴリーとクラムの減点がどうなるかだろ?」

 

「審査結果が出ました! 1位は、えら昆布を利用したハリー・ポッター。1時間を僅かにオーバーしましたが、水中人の長からの報告によると、1番に人質に辿り着き、人質を解放していました。浮上が遅れたのは、全ての人質の安全を確保しようとしたからだそうです。これこそ道徳心の表れとして、満点に近い45点となります!」

 

ハリー、とフレッドが頭を振った。「馬鹿だろ」まったく同感だ。「まあ、道徳心が重視されてラッキーだった」

 

「5点は何の減点だ?」

 

カルカロフよ、とアンジェリーナが呟いた。「見て。他の審査員は全員ハリーに満点の10点をつけたけど、カルカロフだけ5点だわ」

 

「2位はフラー・デラクール。完璧な泡頭呪文を使いましたが、途中、選手の妨害に遭遇し、人質への到着がハリー・ポッターより遅れました。しかし、人質の解放に戸惑うことなく、見事な切り裂き呪文で人質の拘束を解きました! 到着時間はスタートから59分。1時間を切った唯一の選手です。人質と共に再度湖に潜ったのは、他選手を妨害する選手を排除するのが目的でした! デラクールの宝であるウィンストンは鮫に変身した選手が他の選手に噛みついたのを見て、水中で竜巻を起こし、選手を排除しました!」

 

ジョージは唖然と口を開けた。竜巻ってなんだ竜巻って! なんで人質のくせにおとなしくしていない!

 

「同じように負傷したディゴリーをデラクールが吹き飛ばして救助、2人の人質の救助に当たりました。これもまた高い魔法力と道徳心の表れとして、44点という高得点がつけられます!」

 

「おかしいぜ。フラーが先に浮上した。他の人質を助けたのはフラーも一緒だ。なんでハリーより1点少ないんだ? 逆だろ?」

「フレッド、あれ見てみろよ」

 

ダンブルドア、マダム・マクシーム、パーシーが杖先から10という数字を出しているが、カルカロフはハリーのときと同じ5、今度はバグマンがハリーのときの10と違い9を出していた。

 

「バグマンがハリー贔屓になってるのさ」

 

「さて! デラクールと人質のミス・ウィンストンによって排除された2選手ですが、クラムは頭だけ鮫に変身することで水中での呼吸や推進力を確保しようとしましたが、他選手への著しい妨害行為により、大きな減点が予想されますーー1点、1点、1点、1点、10点の14点です!」

 

「カルカロフ、いくらなんでもダメ過ぎだろ?」

「ああ、バグマンよりひどいな」

 

フレッドとジョージは頭を振った。

 

「さて、ディゴリー選手ですが、デラクール選手同様、見事な泡頭呪文を使いました。しかし、開始早々にクラム選手からの攻撃を受け、大きくコースアウト。回り込みながら人質のいる水中広場まで辿り着きましたが、ここでクラム選手と再会、肩を噛まれました! この時点で再度潜ったデラクール選手によりゴール地点に竜巻で巻き上げられ救助、人質は同じくデラクール選手が救助しました! さあ得点は? 4点、3点、3点、3点、1点ーー14点です!」

 

はあ?! とフレッドが声を上げた。会場からは大ブーイングだ。

マダム・マクシームが立ち上がり、カルカロフに激しい抗議をしている。「他の選手へーの妨害は、おーきな問題でーす! なーぜ、妨害しーた選手のほーが、されーた選手より得点が高ーいでーすか?!」

 

まったくだぜ、とジョージは呟いた。

 

そんなことより、ゴール地点の仮設ステージでふかふかのタオルをかぶっていた蓮がタオルを振り捨てて立ち上がったのが気になる。

 

「服従の呪文だったのだ!」

 

カルカロフの声が響いた。

会場が一斉に静まり返る。

 

「あなたの得意な言い訳ですね!」

 

蓮が吐き捨てるのが聞こえ、ジョージは両手で顔を覆った。頼むから人質らしく、しおらしくしていてくれないか? 無理か? 無理だろうな。

 

「なんですと?」

「仮に服従の呪文だったのが事実としても、服従の呪文に抵抗できない資質は減点対象のはずです」

 

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 

蓮ははっきりとカルカロフを睨みつけていた。

ハリーやフラーへの点数を目減りさせるのは予想の範囲内だから構わない。しかし、クラムに10点はあまりに露骨過ぎる。

 

「き、君は・・・」

「あなたが服従の呪文にかかったとして罪を逃れたように、教え子にもそれを教える気ですか?」

 

蓮の肩をダンブルドアが押さえた。

 

「ミス・ウィンストン、そこまでじゃ。案ずるでない。クラムは十分に恥じておる」

 

振り返ると、変身を解かれたクラムが顔も上げられない様子でタオルをかぶって俯いている。クラムの宝のはずのハーマイオニーはハリーを乾かすのに忙しい。

 

「つまり、あなただけが恥知らずだ」

 

そう言い置いて、蓮はフラーの隣に戻った。

 

ハーマイオニーもハリーを乾かした後はクラムの隣に戻ったが、クラムを乾かす気にはなれないようだ。

 

『フラー、ごめんなさい。審査員がアレで』

『博打狂い?』

 

蓮は溜息をついた。『本当ならこの競技を1位で通過するのはあなたなのに』

 

先ほどまで、蓮も人質の中で唯一意識を取り戻して救助に参加したとして、協議の場に呼ばれていた。ダンブルドアが翻訳する水中人の長からの報告によれば、ハリーは1番に人質に辿り着き、石でロンを縛っていた水草を断ち切った。他の人質も助けたがったのはハリーの性格からして予想の範囲内だ。そこへフラーが現れ、自分の後ろから、おかしくなったクラムが追ってくると教えた。フラーは蓮を水面へ1度押し上げた後に戻ってきて、クラムに襲われた被害者を救助して、その被害者の人質を救助した。その間、ハリーは鮫の意識を自分に引きつけるために、石を投げていた。

 

『アリー・ポッターもがんばったわ。フレッシュなえら昆布をどうやって手に入れたか知らないけど』

 

蓮は俯いた。フラーはその蓮の頭に手を置き『優れた魔女を仲間に持つことも、優れた魔法使いの能力のひとつと考えていいんじゃない?』と言った。

 

『そんなことより、クラムが服従の呪文に弱いとわかった以上、第3の課題は気を引き締めてかからなきゃいけないわ』

『本当に服従の呪文だったと思う?』

 

『あの様子を見ればね』と、フラーが背後のハーマイオニーとクラムを見遣った。

 

三角座りをしたハーマイオニーに迫るように「信じてふぉしい、ゔぉくは、正気じゃなかった」と訴えている。

 

呆れて蓮は『少なくともわたくしを人質に選んだのがあなたで良かったわ』と溜息をついた。


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