サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第21章 緋色のおべべたち

魔法薬学の授業でハリーとロンとハーマイオニーが、なにやらスネイプに皮肉を言われているお馴染みの光景を横目に、蓮はネビルが「頭冴え薬」に必要なタマオシコガネを乳鉢ですり潰すのを観察していた。

 

「ネビル、もう少し丁寧に、まんべんなくすり潰した方がいいわ。3回乳棒を回したら、今度は乳鉢の縁近くからすりおろす感じで。そうそう」

 

ネビルがコツを掴むと「君たちって、ほんとにすごい」と溜息とともに賞賛した。「ハリーがもちろん選手なんだけど、ハリーに泳ぎ方を教えたのは君たちなんだろ?」

 

「ネビル、ハリーの1位通過に1番貢献したのはあなたよ」

「ぼ、僕?」

「おばあさまに手紙を書くべきだと思う。ハリー・ポッターのえら昆布を栽培したのは僕なんだ、って」

「採ってきたのは君だよ」

「うちのハウスエルフよ、ネビル。間違わないで。わたくしが学期中に地中海に行けるはずがない、そうでしょう?」

 

スネイプがハリーたちへの皮肉を言い終えたのを確認して、黙って次の作業に移った。

 

 

 

 

 

《しかしやはり少年だ。あらゆる青春の痛みを感じている》

 

談話室によく響く朗々としたアルトの声で朗読を始めた蓮が、真顔で「ハリーのあらゆる青春の痛み・・・チョウの前で誘い文句を噛んだことと、まだロンとホグズミードでマダム・パディフットの店に行っていないことかしら? 2つしか思いつかないわ」と言った。

 

「もっと先を読んでよ、朗読は要らないから。あと、僕にはロンを相手にキスのギネス記録に挑戦する勇気はない」

 

《ミス・グレンジャーは、美しいとは言い難いが、有名な魔法使いがお好みのようで、ハリーだけでは満足出来ないらしい》

 

「ここは間違いね。ミス・グレンジャーは白い歯の輝くハンサムな魔法使いがお好みなの。ロックハートとか。ハリーに満足出来ないのは確かだけれど」

「レン!」

 

《ミス・グレンジャーは2人の少年の愛情をもてあそんできた》

 

「もてあそぶほど器用なら」

「レン! それ以上言ったらジニーに習ったコウモリ鼻糞の呪いをかけるわよ」

「はいはい」

 

《「あの子、ブスよ」活発で可愛らしい4年生のパンジー・パーキンソンはそう言う》

 

「そのブスなグレンジャーと、可愛らしいパーキンソンの写真を並べて掲載すればより効果的なのにね」

 

たまりかねてロンが蓮の手から「週刊魔女」を取り上げた。「写真なら、こっちにでかでかと出てるぜ」

 

そう言ってロンが差し出したのは、玄関ホールでビズをする蓮とフラーの写真が1面に掲載された日刊予言者新聞だ。

 

「なになに」再び蓮は朗読を始めた。

 

《ダンブルドアは自分の足元で倒錯的な恋愛に耽る生徒がいることに気づくべきであろう。三大魔法学校対抗試合で、2位通過したボーバトンのフラー・デラクールは、最も守りたい人としてホグワーツ校4年生のミス・レン・ウィンストンの名を上げた。ミス・デラクールとミス・ウィンストンは放課後は必ず共に湖の周囲をデートし、夕食の時間が近づくと、学校に戻ってきては公衆の面前で同性でありながらキスをする。同じ4年生のドラコ・マルフォイは「男子に相手にされないブス同士だから大目に見てるけど、正直見苦しいね」と語る》

 

蓮はニヤっと笑い、丁寧に日刊予言者新聞を折り畳んだ。

 

ロンは朗読内容についていけないと、両手で顔を覆って耳まで赤くしている。

 

「だからスキーターには楯つくなって言っただろ? 君たち、まるで緋色のおべべ扱いだ!」

「緋色のおべべ?」

「緋色の、何ですって?」

 

蓮とハーマイオニーは顔を見合わせ、同時に吹き出した。

 

「僕のママが、そう言うんだ。その・・・その手の女性のことをね」

 

しかし、ハリーは蓮が丁寧に折り畳んだ日刊予言者新聞の余白に、フランス語で何か書き込んでいるのに目を留めた。

 

「レン、君、何やってるの?」

「きれいに撮れてるから、フラーにも見せてあげようと思って。デラクール家とウィンストン家が縁戚関係であること、フランス人の習慣、何も知らない記者の個人的な偏見に満ちた記事が1面に掲載されるのがイギリスの唯一の魔法界の新聞だということを、フランスの魔法界にも教えてあげなきゃいけないわ」

 

一方でハーマイオニーはぼんやりと髪を手で梳いている。

 

「ハーマイオニー?」

「なんでスキーターは知ってるのかしら? ビクトールがわたしに言ったことを」

 

ハーマイオニーは「週刊魔女」をロンから取り上げた。「ここよ。《夏休みにブルガリアに来てくれとすでに招待している。クラムは、こんな気持ちをほかの女の子に感じたことはない、とはっきり言った》・・・こんな個人的な話をしたのは、第2の課題が終わったあとだけなの。あの時、ゴールの仮設ステージには審査員とマダム・ポンフリー、選手と人質しかいなかったでしょう? ビクトールがこんな話をしたのは、審査員が仮設ステージを出て、マダム・ポンフリーが選手と人質を先導して出ていくとき。重傷のディゴリーとチョウが最初、次がハリーとロン」と呟き、蓮が「わたくしとフラーの後からあなたたちが来たわね」と応じた。

 

「でもわたくしの耳にはこんな素敵な話は聞こえなかったわ」

「あなたと、スキーターによればあなたのガールフレンドのフラーは、バグマンの博打狂いの話に夢中だったもの。わたしが助け船を求めて呼んでも気づかなかった。ビクトールが髪に大きなゲンゴロウがついてるとかなんとか言って顔を近づけてきたから、レンを呼んだのに」

「・・・申し訳ないことをしたわ」

 

ハーマイオニーはきっぱりと「1番近くにいたレンとフラーにさえ聞こえないように話したの。スキーターが知り得るはずのない情報だわ」と言った。

 

「そんなことより、重要な話があるんだ!」

 

ハリーが2人から週刊魔女と日刊予言者新聞を取り上げた。

 

「ああ? 『そんなこと』?」

 

ハーマイオニーと蓮の凶悪な視線にハリーは一瞬怯んだ。

 

「い、いや。君たちの名誉を傷つけたスキーターは最低のクソババアだ。それはわかってる。でも僕の話も聞いてくれ。スネイプの研究室から、毒ツルヘビの皮とえら昆布を盗んだ奴がいる」

 

ハーマイオニーは「隠れてポリジュース薬を作りたい人がいたんでしょうよ」と冷淡に言い、蓮は「スネイプの研究室にあると知ってたら、わたくしが盗めば良かった」とさらに冷淡に言った。

 

「君たちじゃないの?」

「わたしは今のところポリジュース薬に御用はありません! ちなみにポリジュース薬は、命が懸かっている状況で、対象者から直接採取する場合以外は、金輪際使用しないと決めているの!」

「ハリー、わたくしはさんざん苦労してえら昆布を海から抜いて来たの。夜な夜な海女仕事をしたのよ、3週間も!」

 

ハリーは怖気づいて「わ、わかってる、信じてるよ」と掠れ声で言った。「でも、次は大問題だ。カルカロフがスネイプを地下牢教室に訪ねてきた。そして、なにか動揺した感じで、スネイプに腕を見せて、『あれ以来、こんなにはっきりしたのは初めてだ。君も気づいているはずだ』って。そう言ったんだ!」

 

ハリーの熱弁に冷たい視線を投げて「君も気づいているはずだ、セブルス、僕の気持ちに」と蓮がハーマイオニーに向かって言うと、ハーマイオニーも調子を合わせ「ええ、カルカロフ、あれ以来こんなにはっきりしたのは初めてだわ」と言って、固く抱き合った。

 

思わずロンはプッと吹き出した。ハリーがそれを睨むと右手を挙げ「悪い悪い。つい想像しちまった」と謝った。

 

蓮は冷淡に「スキーターは、カルカロフとスネイプの怪しい関係についても書くべきね」とハリーの手から日刊予言者新聞を取り上げた。ハーマイオニーも「もっともカルカロフとスネイプのラブシーンじゃ、こんなに素敵な写真は撮れないわ」とせせら笑ったが、2人とも目がまったく笑っていない。

 

「ハリー、レンが何度も言ったでしょう? カルカロフは元死喰い人よ」

「スネイプも仲間だったってことだろ?」

「死喰い人仲間じゃなくて、元死喰い人仲間ね。あのね、ハリー」

 

蓮がシャツの腕を指差した。「死喰い人になると、腕のこのあたりに闇の印が刻印されるのよ、ヴォードゥモールの手で。だから、カルカロフにもスネイプにも闇の印があって当然だわ」

 

「スネイプはそこまで深く闇の陣営に入っていたのに、ダンブルドアがホグワーツで雇ったっていうのかい?」

「カルカロフが司法取引で服役を免れたように、スネイプはダンブルドアに重大な情報を提供することで、ダンブルドアが庇護することに決めたと聞いたことがあるわ」

「ダンブルドアはなんでそんな奴を!」

 

蓮は溜息をついた。

 

「ハリー、スネイプは嫌な奴よ、確かに。特にあなたに対しては憎んでいるといってもいいぐらい。だからって、ダンブルドアがスネイプを庇護することが間違いだとは判断出来ないわ」

「死喰い人なんだろ?」

「元死喰い人。ダンブルドアがスネイプを服役させずにホグワーツの教授にしたのには、ダンブルドアなりの判断理由があると思うし、わたくしたちはその判断を信頼するべきだと思うわ」

「そもそも教授陣の人事について、生徒に逐一教える校長なんていないわよ。ハリー、あなたがもしスネイプを雇った理由をダンブルドアに問い詰めるつもりなら、あなたが特別扱いされて思い上がっていると言われても、わたしたち弁護出来ないわね」

 

ハリーは押し黙った。

 

「死喰い人やヴォードゥモールのことになると、どんなに取るに足りない小さな欠片みたいな話でもカッカするのはあなたの悪い癖だし、それに必ずスネイプを絡めるのはあなたの偏見でもあるわ」

「身が保たないわよ、それ。元死喰い人はまだいくらでもノクターン横丁あたりを大手を振って歩いているのだから。それに、死喰い人やヴォードゥモールとは、いずれ決着をつけることになるらしいわよ、フラーによると。どうせそうなるのだから、今からふんがふんが興奮するのはやめて」

「フラーが?」

 

蓮は頷いた。「そのためにイギリスで就職するつもりですって」

 

「そんなことより」呆然と黙っていたロンがボソッと呟いた。「・・・ハーマイオニー、君は何て答えたんだ、クラム、いやビッキーに」

 

そんなこと? と眉を怒らせたハリーの肩を蓮はポンと叩いた。

 

 

 

 

 

「で、何て答えたの?」

 

部屋に戻って机の前に座ると、日本の古代語の辞書とかいう分厚い本に顔を載せて、蓮が隣のハーマイオニーをニヤリと見上げた。

 

「『ビッキー』に?」

「ロニーちゃんに」

 

痴話喧嘩に巻き込まれるのはごめんだとばかりに、蓮はそそくさと退散して部屋でマグルの古文の勉強をしていたのだ。

 

「ロニーちゃんに理解できるように説明したわ」

「何て?」

「『サマーホリデイの予定はわからないけど、基本的にはフランスに滞在するのが家族の習慣だ』って、やんわり断ったことは言ったわよ」

「ロニーちゃんは納得した?」

 

ハーマイオニーは溜息をつき首を振った。

 

「『もっとはっきり言わないから、君が緋色のおべべみたいなこと書かれるんだ!』ですって」

 

緋色のおべべ、と繰り返し、蓮はお腹を押さえて笑い出した。

 

「15歳でビッチ扱いなんて最高の栄誉だと思わなきゃやってられないわ」

 

肩を竦めるハーマイオニーに、蓮がニヤリと悪い微笑を見せた。

 

「もっと引っ掻き回してやりましょうか? 男子を相手にすると後が面倒だから『週刊魔女』路線じゃなく『日刊予言者新聞』路線で」

「何を企んでるの?」

「フラーとわたくしとあなたの三角関係を、スキーターがどこでどう知るかに、とても興味がある」

 

2人はコツンと拳を合わせた。


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