サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第23章 ボーバトンからの援護射撃

ハーマイオニーが朝食の席で日刊予言者新聞を読みながら、首を傾げた。

 

「どうしたの?」

 

トーストに普段よりたっぷりとマーマレードを塗りながら、相変わらずそっぽを向いて蓮が尋ねると「最近、三大魔法学校対抗試合の記事がないと思うの。そもそもスキーターの署名記事がないわ」と、ぶっきらぼうな表情を作ってハーマイオニーが答えた。

 

「課題と課題の狭間だもの。書くこともないでしょう」

「それだって、選手個人のプロフィールとか、これまでの戦歴だとか、まともに書こうと思えば書くことはありそうなものじゃない? それ以外の記事って、本当に暖炉の焚付けレベルよ」

「むしろ良かったのじゃない? 緋色のおべべ作戦のターゲットは、週刊魔女に絞れるわ」

 

蓮は明日が日本の義務教育修了レベル試験なので、「か行変格活用」とやらをぶつぶつ呟いている。

 

「試験が終わったらどうするの?」

「明後日の夜はボーバトンから招かれているわ」

「わたしも行っていい?」

「もちろんそのつもりでフラーには返事をしてあるわよ。フラーとの噂のせいでマダム・マクシームに叱られに行く雰囲気で行きましょう。こ、き、く、くる、くれ、こい」

 

後半は下手な呪文にしか聞こえないので、か行変格活用だろうと見当をつけて無視した。か行変格活用に集中したいだろうとハーマイオニーはその後は話しかけるのを遠慮していたが、残念ながらその種の遠慮を持ち合わせない2人がやってきた。

 

「ねえ、僕たち考えたんだけど、あのワールドカップの時に」

 

言いかけた2人をハーマイオニーは鋭く叱りつけた。

 

「レンは明日が試験なのよ!」

 

朝食時の大広間で話していい話題かどうかぐらい、そろそろ自分たちで考えてもらいたいものだ、切実に。

 

「ワールドカップの時に、ハーマイオニーの後ろにもしかしたら誰かいたかもしれないという話?」

 

憤慨するハーマイオニーの肘を軽く引いて、苦笑しながら蓮が要約した。ハリーにロンは得たりとばかりに頷く。

 

「だったらハリーの杖を抜くのは簡単だっただろ?」

「そうね」

 

今はそれより、と蓮が日本語の小さなテキストを閉じながら言った。「国際魔法協力部のミスタ・クラウチを最近はお見かけしないことが気になるわ」

 

「ああ、なんかあるときはパーシーが来てるよな」

「本当はそれってすごく失礼なことなのよ。パーシーはもちろん熱心にお仕事を頑張っているでしょうし、優秀だと思うけれど、海外からの招待選手に得点をつけるのが、つい半年前にホグワーツを卒業したばかりの新人の魔法省職員だなんてあり得ない」

 

ハーマイオニーは頷いた。「パーシーの言うとおりの優れた官僚なら、絶対になさらないことね。少なくとも、魔法省の中の自分と同じ部長クラスを代理に回すぐらいのことはなさるはずだわ」

 

「パーシーが言うことなんかアテになるもんか。意外とテキトーな性格かもしれないぜ。パーシーは自分に重大な仕事を任せてくれると思や、誰だって優秀だと言うに決まってる」

 

蓮はニコッと微笑んで「パーシーに尋ねてみたらどうかしら? 『ミスタ・クラウチのお加減はいかが?』って。過去のことをほじくり返すより、今起きていることのほうが情報を得やすいわ。パーシーの返事が返ってくるまで、この話題はおしまい」と結論づけた。

 

思わず拍手したくなるぐらいに鮮やかだった。

 

 

 

 

 

チャリティ・バーベッジ先生が興味深そうに背後から覗き込むのが気になるが、マグル学の教授だからとあえて試験監督を丸一日引き受けてもらったのだ。文句は言えない。

たぶん5月のGCSEでも同じことになるだろうとハーマイオニーに忠告することにしよう。GCSEではもっとひどいかもしれない。バーベッジ先生も日本語の問題より英語で書かれた問題に興味を示すはずだ。

 

「終わりました」

 

蓮が鉛筆を置くと、回答用紙を回収したあと、鉛筆と消しゴムを貸して欲しいと言われた。

 

「羽根ペンより効率的ですね。まったくマグルの考えつくことは素晴らしい」

「すべてがすべて素晴らしいわけではありませんけれど、鉛筆と消しゴムには同感です」

「そしてこの紙! なんと薄くて均一なサイズでしょう。これはマグル界では一般に使用されているのですか?」

「様々な用途に応じて、様々な紙を使い分けます。もっと透けるように薄いものもありますし、逆に組み立ててベッドに出来るぐらいの強度を持つ紙もあります。マグルの学校で使うものとしては、この試験用紙は少し高級な部類に入ると思います。普段マグルの学校で使うものは、再生紙といって」

「再生! 紙を再生するのですか? どうやって?」

 

しまった、と蓮は焦った。これではパルプの歴史から紐解くことになりかねない。

 

「あ、あの、バーベッジ先生?」

「興味深い、実に興味深い。なぜあなたがマグル学を履修しなかったのか残念でなりません。ミス・グレンジャーもそうです。彼女は1年で履修をやめてしまいました」

 

まだ比較的若いバーベッジ先生にとっては、ホグワーツでマグルの義務教育修了試験を受ける生徒が初めてらしい。

 

「あの、バーベッジ先生。こういった義務教育の学習内容は、いわばマグルにとってのマグル学なのです」

 

蓮は、社会の問題用紙を机から取り上げた。「マグルにとっての歴史や、社会の仕組みについての教科があるのです」

 

「社会の仕組み?」

「はい。例えば、議会制民主主義だとか、納税は国民の義務だとか、あと三権分立だとか」

「三権分立?」

 

はい、と蓮は頷いた。「魔法界では、魔法省がすべての魔法族を管理しますけれど、マグル界では司法と行政を担当する省庁がそれぞれ違います。また、立法に関しては、各省庁が土台を作った法案を、国民が選挙で選んだ政治家によって構成される国会と言われる議会で承認されなければなりません。つまり、立法の機関は国会になります」

 

バーベッジ先生はおそろしく真剣な顔で「何のために?」と尋ね返した。

 

「な、何のため? と言われましても」

 

単に「このように社会構造が複雑だからマグルの勉強は面倒なのです」と済ませたかったのだが、事態は混迷の度合いを深めた模様だ。

 

「マグルのすることです。何か意味があるに違いありません」

「意味は・・・ありますけれど、今、説明が必要でしょうか?」

「必要です」

 

バーベッジ先生は重々しく頷いた。蓮は諦めて説明を始めた。

 

「立法権、司法権、行政権、どれも国民の生活にとって重大な権力なので、この3つの権力は独立して存在しなければならず、また互いに干渉してはなりません。例えば、立法権を持つ議会の議長が司法権も持っていたら、国民に不利な法律を勝手に定め、勝手に裁くことが出来ます。あるいは、司法権を持つ法廷の判事が行政権の長である大臣の気分次第で解任されたり重用されたりすれば、判事は大臣の気分に合わせて裁判の判決を左右することになります。ですから、マグル界では立法権と司法権と行政権はまったく別の、対等な権限を持つ人物が担当することになっています」

 

バーベッジ先生は片手で口元を軽く押さえた。

 

「先生?」

「いえ・・・ふと思いついただけですが、ミス・ウィンストン。仮に今、イギリスの魔法界を支配したい闇の魔法使いが現れたとすると、危険だとは思いませんか? 魔法省を闇の魔法使いが乗っ取ったら、魔法界をあっという間に支配出来てしまう」

 

蓮は顔をしかめた。

 

「バーベッジ先生、わたくしはただマグル界の仕組みをご説明しただけですわ。何も魔法界に引きつけてお考えになる必要は」

「・・・無いと思いますか?」

 

バーベッジ先生に強い目で見つめられ、蓮は口ごもった。

 

「・・・バーベッジ先生?」

「そうです、そういうことを見つめ直すためにもマグル学は不可欠の学問なのです! 魔法使いや魔女は、どうしても個人個人の才能を重視してしまいます。ですが、社会の仕組みとして見た場合、マグルの社会構造には随所に安全装置が設置されている。たかだか1人や2人の闇の魔法使いなどに脅かされない社会構造があるのです!」

 

どうしよう。話が大きくなり過ぎている。

 

「あの、バーベッジ先生、落ち着いてください」

「いいえ、これこそわたしがマグル学を志した理由なのです! ちょっとマグル界の面白さに我を忘れていましたが、本来、わたしは安心して暮らせる魔法界の可能性をマグル界で探索するためにマグル学を学びたいと思ったのですから!」

 

むしろ我を忘れていて欲しかった、と蓮は呆然としたのだった。

 

 

 

 

 

「マグル好きな人ってのは、変わり者が多いよな、うちのパパもそうだけどさ」

 

ロンがボロボロの羽根ペンの羽根をむしりながら頭を振った。ハーマイオニーは真剣な顔で「バーベッジ先生が去年その志を覚えていらっしゃったら、わたし、マグル学の履修をやめなかったのに」と呟いた。「去年のバーベッジ先生ったら、タクシーを呼ぶために電話の使い方を覚えましょうなんて」

 

「マグルの社会なんてそんなに難しい仕組みなのかい? 女王陛下が全部良きにはからうんだろ?」

「立憲君主制っていってね、ロン。女王陛下はイギリスの国家元首だけれど、政府があって首相が政治のトップなの。女王陛下に政治の実権はないのよ」

「そうだよ、ロン。アメリカの女王なんて誰も知らないだろ? 大統領はいるけど、女王の顔なんて見たことないじゃないか」

 

ハーマイオニーはそっと蓮と目を見合わせた。蓮が溜息をつき「ハリー、アメリカには女王も国王もいないわ」とたしなめる。「女王や国王の代わりに国家元首は大統領なの。フランスもブルガリアもね。そんなことより、ロン、パーシーから返事は?」と尋ねた。

 

「木で鼻をくくったような返事がね。《日刊予言者新聞にも絶えずそう言っているのだが、クラウチ氏は当然取るべき休暇を取っている。クラウチ氏は定期的にフクロウ便で仕事の指示を送ってよこす。実際にお姿は見ていないが、私は間違いなく自分の上司の筆跡を見分けることぐらいできる》だそうですよ」

「クリスマスからずっと休暇かい? もう3月下旬だよ」

 

パーシーはもっと上の人に報告すべきだわ、とハーマイオニーは言った。「これ、いつかトラブルになるわよ」しかし、蓮はじっと考え込んでいるばかりだ。

 

「ハーマイオニー、うちの懐かしの兄貴は自分がトラブルに巻き込まれる心配なんてする奴じゃないってわかってるだろ? 奴をトラブルに巻き込むのは、出来の悪い3人の弟しかいないって世界が終わるまで信じてるような野郎だぜ」

「まあ、ロン! それは・・・あなたたちとパーシー、必ずしも意見が合うとまでは言わないけど、世界が終わる少し前には、最悪の事態は決して弟たちのせいなんかじゃないって気づくことは出来る人よ」

「ハーマイオニー、君、それってロンとパーシーの気の合わなさを強調しちゃってるって気付いてる?」

 

3人のやり取りを遮るように、蓮が「ロン、本当にそれだけだった? 例えば、フクロウに託せない重要な書類にクラウチのサインが必要だから、パーシーがクラウチの屋敷まで行って会ってきたとか、そういうこともないのね?」と確かめた。

ロンは「一字一句違えてないよ」と請け合った。

 

すると今度はハリーに向かって「ハリー、わたくしの部屋を破壊した駄犬どもから何か情報は?」と尋ねる。

 

こういうときの蓮は、微かに琥珀に光が射したような瞳になり、愉しくなってきたと言いたげに口角が軽く上がる。頭の中のジグソーパズルが完成する道筋を見出した人のように。

 

「あ、ああ、君んちに預けてある犬からはね《だとしたら12年間屋敷に隠していたことになる。あの犬小屋に入って間もなく、 若者が別の部屋に入れられた。日に日に弱った。ある日、若者の両親が面会に来た。あの犬小屋に面会に来る家族は普通はいないので記憶している。それから1年も経たずに若者は死んだが、入れ替わりのチャンスはあの時だけだったはずだ》」

 

ハリーが言い終えると、今度は蓮が「同じ時期に奥さまも亡くされたのでしたわね」と呟いた。

 

「レン?」

「ああ、ごめんなさい。今のはサマーホリデイにうちのグラニーが言っていたの。クラウチ氏は息子に形ばかりの裁判をして、アズカバンに収監した。アズカバンではクラウチの息子は1年ほどで死んだことになっているけれど、実際には、その前に両親が面会に来ている。駄犬が言うには、入れ替わりのチャンス。この時に妻と息子は入れ替わったはず。そして、クラウチは息子を監禁し、妻の葬儀を出した。ウィンキーは、ワールドカップで透明マントをかぶった息子の監視役だった。おそらく父親による服従の呪文をかけたうえでね。クラウチがなんでそんな危険な真似をしたのかわからないけれど、12年の監禁がうまくいって油断していたかもしれないわ。とにかく、ウィンキーの隣の空席には、透明マントか目くらまし術をかけられた息子が座っていた。その時、服従の呪文の効果は弱まっていた。もともとクィディッチ好きだとしたら、試合の興奮が自分を取り戻すきっかけだったかもしれないし、長い監禁生活の間に抵抗力をつけていたのかもしれない。そうして、目の前に座っていたハリーのジーンズのお尻のポケットから杖を奪った。いずれ何かに使おうと、杖を隠し持ったままテントに戻り、他の死喰い人の騒動につられてテントを出た。ウィンキーはジュニアを見張る役目があったけれど、服従の呪文をかけ直すことは出来ない。せめてジュニアについて行くしかなく、ジュニアはハリーの杖で闇の印を打ち上げた。ここまでは間違いないと言っていいと思うわ」

 

問題は、と蓮が言葉を切った。「果たしてミスタ・クラウチは生きているのか、また、息子のクラウチは今どこにいるのか」

 

ハリーが思案げに「だからミスタ・クラウチは試合に来られないのかもな」と呟いた。「ウィンキーの代わりに息子を四六時中見張っていなきゃいけないのかもしれない」

 

しかしハーマイオニーは「最高に楽観的なケースだったらそうでしょうね」と囁いた。

 

「じゃあ、君の考える最悪のケースは?」

「息子はあの日自由になって、ご主人さまのもとへ行った」

「ヴォルデモートの?」

 

ハーマイオニーは頷いた。「あの頃、ハリーの額の傷が痛んだように、ヴォードゥモールと死喰い人の闇の印も繋がっているんじゃないかしら。カルカロフがスネイプに不安を訴えていたのは闇の印のことじゃないかって、レンが言ったでしょう?」

 

「君たち、スキーターに怒り狂っていてもそういうことは忘れないんだね」

「腹が立っているときは、より頭の回転が早くなるのよ。ハーマイオニーの言う通りだとすると、今は息子はご主人さまのために働いていることになる。父親を黙らせてね」

 

なんでだい? とロンがキョトンとした顔を見せた。その顔にハーマイオニーが呆れたような視線を投げて「父親のクラウチを自由にしていたら、誰かに息子が逃げたことを打ち明ける可能性があるからよ!」と強く囁いた。

 

「少なくともミスタ・クラウチが試合に顔を見せないのは息子が原因だと考えて間違いはないわ。生きているか死んでいるかさえわからないけれど」

 

 

 

 

 

ボーバトンの馬車の中の、エレガントな雰囲気の食堂はおそらくマダム・マクシームの個人的な来客を招くための小さな部屋だ。その部屋の中ではマダム・マクシームは明らかに大き過ぎるのだが、洗練された優雅な雰囲気を持つマダムにとって、そこは女主人であるのが誰かを威厳を以て示す格好の舞台に見えた。

 

『先日フラーから見せられた新聞には失笑いたしました』

『あのような無礼な記事に寛容なご感想をいただき、ありがとうございます』

『あの記者は、イギリス国内の名家の縁戚関係を知らないのに1面記事を任せられていると考えても?』

『ええ。センセーショナルな記事はたいていあの方が書かれているようです』

『あまりにもナンセンスなジョークでしたので、フランスの魔法界の新聞に情報を漏らしましたところ、3社全てがこのように反応してくださいましたのよ』

 

1紙には『英国魔法界の無知! フランス文化への無理解もさることながら自国の伯爵家の妻の実家さえ調査せずに記事にする怠慢!』

また1紙には『この2人の若い女性はどう見ても、仲の良い親族として、トレーニング後の別れの挨拶を交わしている』

さらに1紙には『英国魔法界唯一の新聞の第1面は政治経済の問題ではなく、裏付けのないただの学生のゴシップである』

 

『3紙の新聞が競合する環境が羨ましく存じますわ』

 

ハーマイオニーも読み終えた記事の写しを蓮がにこやかにマダム・マクシームに返そうとすると、マダムはそっと押し戻した。

 

『写しはあなた方がお持ちなさい。何かあった時のために。こちらでは新聞そのものを大会主催者に示して抗議しています。この新聞社に取材させるのは許しません。確か、アグリッドの出生に関しても良くない記事を書きました』

『その通りですが、マダム、ハグリッドのことも併せて抗議なさるおつもりですか?』

『いけませんか?』

 

蓮が少し迷いながら『マダムは大柄でいらっしゃいますから、余計な詮索をされることが心配されます』と言った。

マダムは厳しい視線を蓮に向けた。

 

『わたくしには、十分な地位があります。この地位を得るまでに、これらの新聞社がわたくしの過去を調べなかったと思いますか? わたくしがその報道に耐えられなかったら、今こうしてボーバトンの校長でいられると思いますか? 確かに大声で言うことではない、まったくない。ですが、卑劣な詮索には断固たる態度を見せることで、わたくしは地位を勝ち取りました』

 

そしてそっと視線を逸らした。『アグリッドがわたくしに、お母さまが巨人だと打ち明けたときは、周りにオグワーツの学生があまりに多く隠れていましたから、直接的に答えることは控えましたが』

 

ハーマイオニーは驚き『ハグリッドがマダムにそんなことを言ったのですか? どこで?』と尋ねた。

 

『クリスマス・パーティの夜に中庭で。なぜそんなことを?』

『ハグリッドは、わたくしたち親しい生徒にも家族のことを話しません。もちろんわたくしや、こちらのハーマイオニーのようにそれと察した上で親しくしている生徒はいますが、それでも彼自身の口から、お母さまのことは話さないのです。ですから、いったいどこからハグリッドのお母さまの件が漏れたのかが気になっていました』

 

マダムは頷いた。『それならば間違いなくあの中庭でしょう。アグリッドは、とても寂しがり屋な人です。素朴で素直です。わたくしを見て、同族だと思い、同族としての親しみを求めました。ですが、あなたがたには、わたくしとアグリッドの体格を抜きにして、彼とわたくしが同族に見えますか?』

 

ハーマイオニーと蓮は溜息をついて首を振った。まったくその通りだ。種族の問題を別にすれば、ハグリッドとマダム・マクシームがうまくいく組み合わせにはとても思えない。

 

『種族としては確かに同族です。ですが、わたくしにはボーバトンの校長として、生徒のために守るべきものがあります。アグリッドの申し出に、はいそうですと簡単に言ってあげられる立場ではありません。ですが、アグリッドの名誉をいたずらに傷つける権力に抗議する権力なら勝ち得ています』

『・・・たいへんな努力をなさったことでしょうね』

 

ハーマイオニーの呟きにマダムは何度か瞬きをした。

 

『アーマイオニ?』

『わたしは、マグル生まれの魔女ですから、イギリスの魔法界でどこまで地位を得ることができるかわかりません』

 

マダムは軽く頷いた。

 

『イギリスの魔法界は血にこだわりすぎる。ミネルヴァ・マクゴナガルが魔法省を退職した理由を聞いたときは呆れました』

『マクゴナガル先生が?』

『あなたがたのマクゴナガル先生は、本来なら今頃は魔法大臣になっていて当然の優秀な魔法省職員でした。ですが、混血だったために出世の道が閉ざされていたのです』

 

マダムは憂鬱そうな表情で『わたくしたちの学生時代には、いくつかの魔法学校の間で変身術の競技会がありましたから、わたくしはマクゴナガル先生を早くから存じ上げていました。オグワーツのミネルヴァ・マクゴナガルといえば、ヨーロッパでは変身術の天才として名高いのですよ。それがどうです。イギリスに住むようになったボーバトンの卒業生に聞けば、魔法省を退職してオグワーツの変身術の教授とは。いえ、それだけならまだしも、いまだに副校長。ダンブリードールが長生きだから仕方ないかもしれませんが、それにしても能力と経験に相応しい地位はまだいくらでもあるはずです』と言った。

 

ハーマイオニーは『そんなに?』と呟き、マダムは大きく頷く。

 

『ミネルヴァ・マクゴナガルが、魔法省に残っていれば、前回の英国魔法戦争当時は魔法法執行部長だった年齢です。様々な馬鹿げた法案無しに対処出来たでしょう。そしてその功績で魔法大臣。それがあるべき姿です。幸い今の魔法法執行部長も優秀な魔女のようですが、クラウチはひどかった』

マダムが頭を振った。『悪名高いブルガリアでさえ、闇祓いたちに闇の魔法使いの即時処刑は許していません。かのグリンデルバルドでさえヌルメンガードの中でまだ生きていると聞きます。裁判もなしに即時処刑を許すなど、愚かなマグルのした魔女狩りよりもっとひどい。殺すことでは根本的解決にはなりません。生かしたまま、根を断つよすがにするべきなのです』

 

ハーマイオニーはそっと蓮の横顔を見たが、そこには何の感情も浮かんではいなかった。

 

『マダム、もう夜も遅くなってしまいます。レンとアーマイオニーには門限があります』

 

フラーの言葉に、マダムはハッとしたように笑顔を浮かべた。

 

『第2の課題では確かにフラーに協力していただきましたね。第3の課題でも何か情報がいただけるとか? フラーとよく話し合ってください。わたくしは他の生徒たちを部屋に戻らせるために、しばらく失礼します』

 

マダムは立ち上がり、靴音を響かせて食堂を出て行った。

フラーは苦笑して『マダムは話題によってはすごく熱くなって、饒舌になってしまうの』と舌を出した。『それで? あの記者は始末したの?』

 

『それはまだ。情報源は絞り込んだけれど、出来れば現行犯で捕まえたいから、もうしばらく協力してくれない?』

 

フラーは苦笑して『わたしの家族はこういうことには寛容だから構わないけど、あなたたちは平気なの? アーマイオニーのおばあさまとはお知り合いだから、あの記事には少し心が痛むわ』と言った。

 

『フラーが嫌なら無理にとは言えないけれど、出来れば協力して欲しいわ。スキーターという女はゴシップ専門。今の路線が一番彼女を惹きつけているのは間違いないの。マダムのお話からすると、新聞社はしばらくスキーターの記事を買いそうにないし。わたくしの家族なら平気よ。かつてスキーターに生活をめちゃくちゃにされたんだもの。たとえ知っても、もっとやれって言うはずだわ』

『フラー、わたしの家族はみんなマグルだし、おばあちゃまはフランスよ。あなたが黙っていればおばあちゃまには伝わらないから安心して』

 

フラーは『すでにあの女の正体がわかっていそうね?』と眉を上げた。蓮とハーマイオニーは頷いた。『無許可の動物もどきだと考えているわ』と蓮が答えた。

しばらく驚いたように蓮とハーマイオニーの顔を交互に見遣ったフラーだったが、2人の表情に変化がないことを見て取ると『いいでしょう』とニヤっと笑った。

 

『最後まで協力するわ。覗き趣味の動物もどきがどんな動物に変身するか見てみたい』

『ありがとう、フラー』

『第3の課題に関する情報は、スキーターを始末してからでいい。そういう取引でいきましょう』

 

蓮は立ち上がり、テーブルを回るとフラーに抱きついた。『ありがとう、フラー』

フラーはそれを抱き返し『デラクールの女はね、レン、一族の者を守るために戦うの。たとえ死んでいても、一族の者に不名誉を与えることは許さない』と力強く言った。


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