サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第29章 真実と決別、そして始まり

厨房にいるハウスエルフのウィンキーを連れてきてください、と青ざめた表情のまま、蓮ははっきりと言った。「クラウチ家での今年の夏までの出来事を本人以外で証言できるのは彼女です」

 

ハーマイオニーはムーディの救出に関わったことで尋問の場所にいることが許されたが、ウィーズリー家の息子たちは、ハリーを運び込んだあとは寮に戻るように言われて、文句をたらたら呟きながらグリフィンドール塔に帰っていった。

 

ハリーは意識を回復させられ、ムーディの部屋のソファに横になったまま参加することになったが、わかっているとはいえ、ダーズリー夫妻が励ますように自分の手を握っているという現状が居心地が悪くて仕方ないという顔をしている。

 

蓮はハーマイオニーと並んで座り、レディ・ウィンストン(若い方)は、マクゴナガル先生と2人でクラウチの前に椅子を出して足を組み、保護者というより法律家の厳しい顔しか見せていない。

 

バーテミウス・クラウチ・ジュニアが、去年の夏、クィディッチ・ワールドカップで父親のもとを脱走するまでを語る間「なんてことを言うのです! お父さまの秘密を! バーティ坊っちゃまは悪い子です!」などと言っていたウィンキーも、クラウチが「闇の帝王」のもとへ馳せ参じたくだりになると青ざめて口を閉ざした。

 

「去年の夏は、闇の印がたまに焼けつくように熱くなることがあった。俺はその呼び声に応えさえすれば、ご主人様のもとへ行けるとわかっていた」

 

ハリーが額の傷をそっと押さえて、顔を背けた。

 

「クィディッチ・ワールドカップの時も?」

「いや、あの時すぐに痛んだわけじゃない。翌朝のことだ。ウィンキーを盾にして失神呪文を躱したあと、すぐに親父が俺を探しに来るとわかった。だから、その場を逃げ出した。安物の透明マントだったが、新品だ。一晩俺を隠すのは容易い。俺は親父の追跡を振り切るために、ロンドンに姿くらましをした。翌朝、ダイアゴン横丁で日刊予言者でも読もうと向かっていると、闇の印が焼けつくように痛んだ。俺はすぐさま姿くらましをした」

 

クラウチは、ペロリと唇を舐めた。

 

「闇の帝王は、日刊予言者を読み、ワールドカップで死喰い人が要らぬ注目を集めたことに怒っておられた。もちろんワームテールの不器用な介助にも。リトル・ハングルトンという村の屋敷だ。マグルの、ほぼ持ち主の訪れない空き家同然の屋敷だったが、そこの管理人が目端の利く男だったために数日前に殺したと言っておいでだった。いくら人付き合いの悪い管理人でも、姿を見せない日が続けば村人が怪しむ。帝王には新たな隠れ家が必要だった。だが、ワームテールは新たな隠れ家をご用意出来ずにいた。だから俺は、俺の屋敷を提供すると闇の帝王に申し出た」

「正確にはあなたのお父さまの屋敷ですね」

「そうだ。だが、いずれ俺のものになる屋敷だ。俺は光栄にも闇の帝王を我が家に招き入れ、お寛ぎいただいた。親父に服従の呪文をかけることぐらい、帝王は完全なお身体を取り戻す前でも容易にお出来になった。そこで、服従の呪文をかけた親父を魔法省に出勤させ、親父が持ち帰ってくる情報をもとに計画を立てた。闇の帝王のお考えはもう決まっていた。父親の骨、しもべの肉、敵の血を使い新しいお身体を手に入れる、と。敵の血はハリー・ポッターでなければならぬとお考えだった。赤子のハリー・ポッターを護った守りの血をご自分の新しいお身体に取り入れることが肝要だとおっしゃった。俺はハリー・ポッターを闇の帝王のもとへ送り込むという重責を担った」

 

マクゴナガル先生が感情の一切籠もらない声で割り込んだ。

 

「三大魔法学校対抗試合の情報も同様に?」

「ああ。三大魔法学校対抗試合が開催される。安全対策としてマッド・アイ・ムーディが1年間の契約で闇の魔術に対する防衛術の教授に就任する。それさえ親父から聞き出せば、あとは簡単だった」

 

蓮が退屈そうに椅子の背に凭れた。

 

「ポッターを代表選手にするのは簡単だった。あのゴブレットは選手を学校名ごとに仕分け、その中から最も優れた選手を選び出すだけの機能しか持たない。俺はあえて学校名を書かずにハリー・ポッターの名前を入れた。当然、ゴブレットは4人目の代表選手としてハリー・ポッターを選び出す。あとは、ポッターが優勝杯を手に入れるだけだ。第1の課題は箒という得意な技があることを思い出させた。第2の課題は、ポッターと同室のロングボトムにえら昆布の記載のある本を与えておいた。俺はスネイプの研究室からえら昆布を盗み出して、またポッターが俺を頼ってくるのを待ったが、なんどカマをかけても阿呆のようになんとかなると思います、というだけだ。甘い、甘過ぎる。俺は、ポッターのライバルを蹴落とさせるためにクラムに服従の呪文をかけた」

 

ハーマイオニーは眉をひそめた。

 

「ところが、あのフランス人と、そこの娘は鮫より泳ぎが上手かった。ディゴリーの怪我はすぐに治ってしまい、ポッターとフランス人は接戦に近い立場で第3の課題に挑むことになった。その頃、ワームテールが監禁していた親父を逃がした。親父は数ヶ月の服従の呪文の間に支配から逃れるチャンスを幾度か得ていた。ワームテールの馬鹿は、それを見誤ったのだ。親父はホグワーツを訪ねてきた。ワームテールから連絡を貰っていた俺は、それまでに増して校内の巡回をしていた。ダンブルドアと親父が接触するのは、なんとしても阻む必要があった。そして俺は、ポッターに向かって、ダンブルドアに真実を話すと言い募る親父を見つけた。ウィンストンの娘もいた。ポッターがダンブルドアを呼ぶためにその場を去ったあと、少し離れた場所にいる娘に軽い磔の呪文を当てて悲鳴を上げさせ、失神させた。ウィンストンがその娘に駆け寄るために親父の側を離れた隙に、俺は親父を殺した。普通の娘なら、急いで教師を呼びに走るはずが、ウィンストンはその場を動かなかった。ハグリッドを呼び、失神した娘の保護を頼んだだけで、親父の死体から離れようとしない。俺は親父の死体を隠すことさえ出来なかった。禁じられた森の奥深くに運びさえすれば獣が喰ってくれたはずなのに。普通の娘なら悲鳴を上げて逃げ出すはずだった。それどころか、駆けつけたフリをした俺に『いったいどこから駆けつけたのか』と尋ねた」

 

マクゴナガル先生とレディ・ウィンストンはよく似た無表情で「普通であることを期待するのが間違いです」と言い、蓮はハーマイオニーに向かって「母親と恩師の台詞じゃないわよね」と囁いた。しかし、ハーマイオニーは全面的にマクゴナガル先生たちに賛成だ。

 

危険すぎる、とクラウチは呟いた。「こいつを野放しにしておくのは危険すぎる。ちょうど、第3の課題の安全対策の会議がある日だった。俺は安全対策として、ウィンストンを投入する提案をした」

 

「結果は見ての通りじゃったな」とダンブルドアが軽く手を上げた。「さて、ミス・ウィンストン。君にもいくつか尋ねたい。マクゴナガル先生からの報告では君は早くからムーディ先生が偽者の可能性があると気づいておった。その理由は何かね?」

 

「アラスター・ムーディはわたくしの祖母の闇祓い時代の後輩です。アラスターおじさまの訓練をしたのは祖母でした。その時に祖母はユダンタイテキという日本語を叫んで、アラスターおじさまにたびたび攻撃を仕掛けたそうです」

「日本語で?」

「はい。ですから、ムーディ先生が英語でわたくしに油断大敵と語りかけるのに違和感がありました。また・・・アラスターおじさまはわたくしに服従の呪文の耐性訓練をした方ですから、わたくしに服従の呪文が効かないことは誰よりご存知のはずです。これは推測ですが、クラウチはアラスターおじさまから様々な個人的な習慣や情報を引き出していたと思います。アラスターおじさまは、その中に嘘を交えて、誰かが違和感に気付くのを待っていたのではないでしょうか」

 

ダンブルドアは眉根を険しくした。「他にも嘘があったというのかね?」

 

「アラスターおじさまは、わたくしが磔の呪文に耐性があることまではご存知ないはずなのです」

「なんと! アラスターが鍛えたのではないのかね?」

 

蓮は首を横に振った。

 

「アラスターおじさまは見た目に反して繊細な方です。かつての魔法戦争で亡くなった部下の死に大きな責任を感じていらっしゃいました。ですから、わたくしに磔の呪文をかけることが、どうしてもお出来にならなかったのです。なのに、授業でネビル・ロングボトムに見せつけるように磔の呪文、そしてハリーに見せつけるように死の呪文の実演をしました。最初の違和感はそこでした。アラスター・ムーディは、ロングボトムの息子とポッターの息子の前でそんな呪文を使える人間ではないはずです」

 

ちょっとお待ちなさい、とレディ・ウィンストンが割り込んだ。「磔の呪文の耐性があるって、どういうことかしら? 誰がそんな訓練を?」

 

「お母さま、それは後回しよ」

「今おっしゃい!」

「・・・おじいさま」

「あの馬鹿親父が、実の孫を拷問したということ?」

「く、訓練だから」

 

怜、とダンブルドアが頭を振った。「気持ちは察して余りあるが、その点は家族の間で解決しなさい。それで、君はマクゴナガル先生にムーディが偽者だという疑念を打ち明けたのじゃな?」

 

はい、と蓮は答えた。

 

「儂はその報告を受けて、迷路の周囲を巡回する教師陣を2人組にすることにしたわけじゃ。本日の試合、途中で大蜘蛛排除の許可を要請したのは? 服従の呪文の疑いがあると言ったが」

「執拗に優勝杯付近にいるわたくしを狙い続けたからです。ハリー以外の者が優勝杯に近づくのを妨げるのが目的ではないかと思いました」

「なぜ、君は優勝杯が移動キーじゃと気づいたのかね?」

「移動キーという発想はありませんでしたけれど、ハリーに対する悪意ある仕掛けを施すならば、優勝杯以外にないと思いました。他の要素は偶然に頼り過ぎる。優勝杯ならば、ハリーに様々な入れ知恵をして、優勝に誘導すれば、最初に掴むのはハリーです。現にハリーにたびたびヒントを与えようとしている様子でした」

 

横たわったまま、ハリーが頷いた。「レンとハーマイオニーのほうが早く僕に作戦を立ててくれたから、直接的に作戦を示唆されたのはドラゴンだけでしたけど、第2の課題のヒントになった本はムーディ先生がネビルに貸した本でした」

 

「えら昆布の件じゃな? ミス・ウィンストン、あのえら昆布はどのように入手したのかね?」

 

蓮は言いにくそうに顔をしかめた。

 

「この場限りの話にすると約束しよう。そもそも今夜の脱出手段から予想はついておる」

「・・・わたくしが、お風呂から地中海に跳びました」

 

レディ・ウィンストンが頭を抱えて「誰がこんな馬鹿娘を作ったのよ」と呻いた。ハーマイオニーもまったく同感だが、作り方よりも育て方によってめちゃくちゃな改造をされた可能性は否めないと思う。

 

「なぜそのような無茶なことをしたのかね? 君の疑念からすれば、ムーディに扮したクラウチからえら昆布を入手する可能性も考えられたはずじゃ。現にクラウチはえら昆布を用意しておった」

「ハリーが自分で管理している箒を呼び寄せるのとはわけが違います。えら昆布は口にするものですから、信頼できない人物から貰ったものを食べさせることは出来ません。あの時点ではハリーを優勝杯に導くことが目的だとはわかりませんでしたから」

 

用心深いことじゃ、とダンブルドアは頷いた。「ところで、君は優勝杯をハリーとデラクール嬢、両方に手にするチャンスを与えるために、雌雄を決する提案をした。デラクール嬢を危険にさらす可能性があったにもかかわらず、ハリーに向かって駆け出した。なぜじゃな?」

 

「ハリーが勝つとわかっていたからです」

「なぜ」

 

蓮は肩を竦めた。「ハリーには出来ることがあまりに少ないからです。フラーは様々な魔法を学び、代表選手になるほど優秀な7年生。ハリーは今学年の最初に習った呼び寄せ呪文を、第1の課題のためにやっとマスターした4年生。出来ることが少なく、迷いが少ないのですから、呼び寄せ呪文だけの勝負なら単純なハリーが勝ちます」

 

ソファの上でハリーが頬を膨らませたが、実際にその通りだったじゃないか、とミセス・ダーズリーに扮したシリウスから頭をぽすぽすと叩かれて、満更でもなさそうだった。

 

「結局、優勝杯は移動キーだったわけじゃが、リトル・ハングルトンの墓地に行ってからの出来事を話してくれるかの?」

 

ダンブルドアに蓮とハリーは頷いた。

 

「ピーター・ペティグリューが、乳児ぐらいの大きさのヴォルデモートを抱えて現れました。そして、失神させたハリーをトム・リドル・シニアの墓石に縛りつけたのですが、そこにすでに大鍋が用意してあったため、ゴーント家に伝わるホムンクルス生成で肉体を手に入れるつもりだとわかりました」

 

ふむ、とダンブルドアは顎を撫でた。「君ならばその時点で大鍋を破壊するなどして妨害出来たはずじゃが」蓮は肩を竦め「ヴォルデモートは乳児サイズでもハリーを失神させる程度の魔法を使いました。安易な妨害をして、死の呪文を使われたらおしまいですから、ちょっと混ぜ物をするだけにしました」と答えた。

 

「・・・混ぜ物とな?」

「・・・父親であるトム・リドル・シニアの骨と、手近にあったエドワードなんとかさんの骨をこっそり入れ替えました。ちょっとぐらいは本物の父親の骨が混ざったかもしれません」

 

ダンブルドアは額を押さえてしまった。代わりにマクゴナガル先生が「混ぜ物の件は良いとして、どのようにしてパトローナスを出したのです。あなたも拘束されていたでしょう」と厳しく問い質す。

 

「・・・あー、エクスペクト・パトローナムの呪文を叫びました。杖無しで」

「無言呪文は使っていないのですね?」

「相手にわかる形では使っていません」

 

先生、とハリーが割り込んだ。「僕とヴォルデモートが決闘する間、レンがずっと、まるでピーブズみたいに集まった死喰い人を混乱させてくれました」

 

「決闘?」

 

ハリーが頷いた。「ヴォルデモートが復活したあと、レンがパンツぐらいはけと言いました。ヴォルデモートはそのあと、ピーター・ペティグリューの闇の印を押して、死喰い人を集めたんです」

 

「・・・ヴォルデモートのパンツの心配をするのは、世界でもあなた1人です。この馬鹿娘!」

 

叱りつけるマクゴナガル先生に、蓮は唇を尖らせて反発した。

 

「ハリーはかわいそうに、全裸を正面から見せられたのですよ!」

「・・・思い出させないでくれるかな。ヴォルデモートはすぐにローブを着て、集まった死喰い人に演説をしました。13年間俺様を探さなかったことに失望したとか、そんなことを言ってました。僕はそれから縄を解かれて、ヴォルデモートと対面させられました。死喰い人の前で、僕を痛めつけて、最後に僕を殺すつもりだったみたいです。でも、縛られたままのレンがこっそり、無言呪文で死喰い人たちを攻撃したので、死喰い人たちはパニックになりました。だから僕を早く始末しようとしました。そして決闘をすることにしたんです」

 

ダンブルドアが「決闘とな?」とハリーに尋ねた。

 

「はい。でも・・・ヴォルデモートも混乱していたんだと思います。レンは、さんざんヴォルデモートを怒らせました。ノーパンじじいって叫んだりして」とハリーが言うと、なんとも言えない空気が部屋の中に漂った。ミスタ・ダーズリーの姿をしたルーピン先生が「よく・・・殺されなかったね」とやっとのことでコメントした。

 

「おそらく、ヴォルデモートはハリーを殺すことを優先したのじゃろう。新しい体で復活したばかり、しかも、知らぬとは言え混ぜ物入りの体じゃ。何らかの違和感から魔力が完全だという自信を持てなかったことは十分に考えられる。死の呪文はそうそう容易に使えるものではない。体力気力が充実し、十分な魔力への自信と精神の集中が必要なのじゃ。ホムンクルス生成に混ぜ物をし、下着をつけていないことを意識させ、精神をかき乱し、姿を隠した増援がいると思わせた。上品とは言えぬが、上出来じゃ」

 

ハリーは頷いた。「僕もそう思いました。死喰い人の前で威厳を見せなきゃいけないっていうのと、僕を殺さなきゃいけないっていうので、急いでいた感じです。だからだと思いますけど、僕とヴォルデモートの魔法が拮抗しちゃったんです」

 

ハリーと蓮以外の全員が驚きの声を上げた。その反応に戸惑ったようにハリーがハーマイオニーに目を向ける。「僕、何か変なこと言ったかな? ハーマイオニーがレンと決闘の練習しながら言っただろ? 魔力が拮抗したら、杖と杖の真ん中で魔法が弾き合うんだって。弾き合ってはいないけど、僕の魔法とヴォルデモートの魔法が真ん中で繋がったんだ」

 

杖よ、と蓮が言った。ダンブルドアが「杖?」と繰り返す。蓮は頷いた。

 

「あの時に起きたのは、魔法力の拮抗による反発とは違いました。ハリーの武装解除の赤い光線と、ヴォルデモートの死の呪文の緑の光線がぶつかって、繋がったのです。繋がったところから、金色の光がドーム状に広がり、中にはハリーとヴォルデモート以外の、外からでは顔形のはっきりしない人影がいくつも見えていました。わたくしは・・・呪文逆戻し効果が発生したのではないかと、咄嗟に思いました」

 

ダンブルドアが顎髭を撫でて「なるほどのう」と呟いた。「君は、その人影はヴォルデモートの杖の犠牲者だと考えたのじゃな?」蓮が小さく頷いた。「ハリー、どうかね?」

 

「犠牲者・・・だから、僕の両親が出てきたの?」

「ジェームズとリリーが?」

 

大人たちが皆その名を口にして顔色を変えた。ハリーはその反応の強さにたじろぎながら、頷いた。

 

「最初は知らないおじいさんだった。マグルみたいで、魔法に驚いてた。その次にママが出てきて、もうすぐパパが来るから頑張れって。そしてパパが出てきた。杖をしっかり支えて繋がりを切らないように頑張れって言ったんだ。ヴォルデモートは何が起きたかわからなくてパニックになってた。そこへ、何人もの人が姿現ししてきて、僕はレンに引っ張られて逃げたんだ」

 

間違いない、とミセス・ダーズリーの姿をしたシリウスが呟いた。「しかし最初の老人とは誰だろう」

 

「リトル・ハングルトン村のフランク・ブライス老人ね」と、レディ・ウィンストンが言い、マクゴナガル先生が「ああ、あの復員軍人の」と呟いた。レディが頷き「クィディッチ・ワールドカップの数日後に旧リドル邸から遺体で発見された管理人です。マグルの警察は、高齢のため単なる心臓発作だと片付けました。なにしろ季節柄、遺体の司法解剖でも確実な情報がありませんでしたから。ですが、場所が場所ですので闇祓い局では禁じられた呪文の犠牲者である可能性を考慮して捜査しています」と説明した。

 

「よろしい。今日、君たちが経験したことには十分な説明を果たしたと思われる。じゃが、磔の呪文を受け、さらにヴォルデモートと杖の繋がりを切らぬように奮闘したハリーも、無論、試合からずっと魔力を使い続けていたミス・ウィンストンも、2人とも完璧な休息が必要じゃ。特にミス・ウィンストン、君のしたことは、普通の成人の魔女にさえ不可能なほどのことじゃった。誇りに思う、と言いたいところじゃが、君の魔女としての能力の高さにヴォルデモートが気づいた恐れがある。今後の行動については母上とよくよく話し合ってもらいたい」

 

 

 

 

 

医務室でマダム・ポンフリー特製の魔法睡眠薬を与えられ、母に手を握られたまま、うつらうつらしていると、激しい言い争いが医務室に近づき、そして入ってきた。

 

「なんということを! よいですか、ファッジ! 一応大臣! アレを校内に入れるのは昨年度のみという条件でした!」

「被疑者に面会するのに護衛を連れて行くかどうかは私が決めることだ!」

「あのようなものに護衛されていては、被疑者との面会が面会にならないことさえわかりませんか、この腰抜け! ウィゼンガモットのインターンからやり直しなさい!」

 

マクゴナガル先生、と母が蓮の手を離し、カーテンをそっと開けた。「うちの娘がやっと寝付きかけたところですの」

 

隣からは、やはり妙にギクシャクした声で「宅の甥もでございますわ!」と甲高い声が聞こえた。シリウス・ブラックはまだミセス・ダーズリーになりきっているらしい。

 

「いったい何が?」

「この腰抜け大臣が、ディメンターを護衛に引き連れてクラウチを拘束していた部屋に入り・・・キスの執行を命じたのです!」

「あの狂人がどうなろうと、もはや何の損失もない! 全て『例のあの人』の命令でやったなど」

 

背の高い影が医務室の床に伸びた。

 

「まさにその通りなのじゃよ、コーネリウス。ヴォルデモートは肉体を取り戻したのじゃ」

 

まさか、とファッジは鶏の首を絞めるような声を出した。「まさか、ダンブルドア、そのような戯言を信じるとは、おいおい」

 

その場にいる自分以外の誰もが、ヴォルデモートの復活を信じているのかどうかを、ゆっくりと見回したのか、ファッジは「皆、どうかしている」と奇妙に響く声で呟いた。

 

「ヴォルデモートは復活した」ダンブルドアが辛抱強く繰り返す。「ファッジ、あなたがその事実をすぐさま認め、必要な措置を講じれば」

 

「とんでもない!」ファッジが叫んだ。「そんなことをしようものなら、私は大臣職から蹴落とされる!」

 

「自分の役職に恋々とするあまり、現実から目を背けてはならん! 行動するのじゃ、コーネリウス!」

「・・・正気の沙汰ではない!」

 

しばらく沈黙が落ちた。

 

「ま、ヴォルデモートの復活云々は、確かに大臣のお立場には関係ないのでしょう」母が言った。「いないと信じたければ信じていらっしゃればよろしいわ」

 

「レディ・ウィンストン、君は魔法省の人間だという自覚が足りないようだが? 君が忠誠を誓うべきはダンブルドアではなく私ではないのか?」

「わたくしは、入省した時の宣誓の通り、英国と英国魔法界に忠誠を誓っております。その立場から言わせていただくならば、この場合、ヴォルデモート復活の真偽を争うよりも先にすべきことがあると考えますわ。万が一復活が事実だったとしても対応出来るように。それが政治の責任です」

 

「袂を分かつ時が来たようじゃな、コーネリウス」ダンブルドアが疲れの隠せない声で呟いた。

 

ファッジが山高帽をぐいっとかぶって出ていくと、ダンブルドアはいくつかの顔を見回した。

 

「ミネルヴァ、アーサー・ウィーズリー夫妻、テッド・トンクス夫妻、それから君の友人、特に柊子に、明日儂の執務室に集まるように連絡を頼まれてくれるかね」

「今すぐに」

「偽ダーズリー夫妻、君たちはそれぞれの昔の仲間に連絡を入れて欲しい」

「かしこまりました」

 

そしてレイ、とダンブルドアが母に向き直った。「君の望みを、儂としても出来る限り尊重したかった。じゃが、もはや猶予がない。近年のうちに、英国魔法界には史上最大の嵐が来るであろう。そればかりではない、あのファッジの態度から察するに、儂は英国魔法界により、国際魔法使い連盟の上級大魔法使い議長の座を追われることとなる。後任はおそらく柊子じゃ。そのために孫が手を離れてから数年、柊子を焚き付けて十分な根回しをしておる。今、1番議長に近い上級大魔女は君の母親じゃ。世界を動かす力を儂は柊子に譲ることに決めた。君はどうする?」

 

ぎゅっと目を閉じると、母は黙って頷いた。

 

「お母さま?」

 

蓮、と母が生まれて初めて見せる気弱な微笑を浮かべた。

そして、ダンブルドアに向き直ったときには、もういつも通りの冷静な表情に戻っていた。

 

「1年以内に東の各種族からの兵を移動させます。彼らは喜びと共に同盟国の未来の為に働くでしょう」

「西の女王の件はどうなっておるかの?」

 

母は「わたくしたち家族に、時間をください」と呟いた。

 

 

 

 

 

壇上のダンブルドアが、ダームストラング、ボーバトンを含めた生徒たちを見回した。

 

「もう知っておる者もおるじゃろうが・・・ヴォルデモート卿と名乗る闇の魔法使いが復活を遂げてしもうた」

 

ハーマイオニーは傍らの蓮の横顔を窺ったが、何の感情も浮かべていない。

 

「闇の魔法使いには往々にしてあることじゃが、彼は人々の間に不信と不和を撒き散らすことに長けておる。この時に、ダームストラング校、ボーバトン・アカデミーとの約1年に渡る交流を持てたことは幸甚なことであった。健全な魔法力の研鑽と、心広き友情とが、ヨーロッパひいては世界の魔法界、むろんマグル界までを守る力となる。友なる各校の生徒諸君よ、ホグワーツはいつでも君たちを友として遇する。またホグワーツの生徒諸君、自らの命を守ることは無論のこと、家族、友人、身近なマグル、全ての人々を守る志を持ってもらいたい。君たちひとりひとりの信念が未来を創るのじゃ」

 

 

 

 

 

ロンドンへ向かうホグワーツ特急の中で、蓮が時折目を細めて風景を眺めているのにハーマイオニーは気づいた。

疲れているのだろうか。

 

「レン? 具合でも悪いの?」

 

いや、と蓮は首を振る。「ただ景色がきれいだなあと思っただけ」

 

何をいまさら、とロンが大鍋ケーキを頬張り、残りを蓮に差し出した。「ほら食えよ。ハーマイオニー、心配いらないって。レンはサマーホリデイにジョージとロンドンでデートすることを考えてるだけさ」

 

ハーマイオニーは額に手を当てた。「あなたにデリカシーを期待し続けて4年というもの、期待は裏切られっぱなしだわ」

 

「デートじゃないわよ。フレッドとジョージの用事があるから、そこへ案内するだけ」

 

たぶんフレッドが遠慮するさ、とロンがかぼちゃジュースをズズッと飲んだ。

 

ハリーが蓮に小さく目配せする。蓮は苦笑して頷いた。

 

ハリーも最近は精彩がない。

 

「・・・ヴォードゥモールの復活のこと?」

 

そうだね、とハリーは頷いた。「でもハグリッドが言っただろ? 来るもんは来る、受けて立ちゃええ、ってさ。その通りだと思う」

 

蓮はハリーの口にロンの食べかけの大鍋ケーキを押し込んだ。

 

「レンは、今年のサマーホリデイはロンドンで過ごすの?」

 

それならフランスから帰国したらすぐにチェルシーに訪ねていこうとハーマイオニーが尋ねると、蓮が横目でハリーを睨んだ。

 

「どこかの駄犬がチェルシーの家で破壊の限りを尽くしているの。改装しなきゃとても住めないから、今年はコーンウォールよ」

 

地雷を踏んだ。

 

ハーマイオニーは慌ててハリーに「シリウスの無実が証明されたなんて、ほんとに素敵だわ。その・・・レンの家の改装に取り掛かることも出来るし」と話題を振った。ハリーは頷き「レンのママのおかげだ」と答えた。「シリウスは、最近ダンブルドアに頼まれた仕事のために飛び回ってるみたいだから、1度はダーズリー家に帰るけど、シリウスに時間の余裕が出来たら、僕、シリウスの家でホリデイを過ごせるんだ」

 

幸せそうに笑うハリーに笑顔を見せながら、やはり蓮の口数は少ない。

 

 

 

 

 

キングズクロス駅には、蓮の4人の祖父母が迎えに来ていた。全員、自然なマグルの服装をしているが、上着のポケットに片手を突っ込んでいるのは、杖をそこに携帯しているからだろう。魔法族によくあるスタイルだ、と微笑みかけて、ハーマイオニーはハッと傍らの蓮を振り返った。

 

「・・・レン?」

 

蒼白な顔色の中、気丈にハーマイオニーに微笑みを返して「大袈裟よね」と蓮が肩を竦めた。

 

あの4人はもう祖父母としてそこにいるのではないのだと、ポケットの中で杖を握った姿が教えていた。

 

「ロン」

「ん? なんだい? ああ、ジョージならまだ出てきてないから、君のじいさんに殺される心配はしなくていい」

 

ジョージとフレッドに謝っておいて、と言うと、蓮はトランクと箒のケースを持ち上げた。「たぶん、この夏はコーンウォールの家から出られないと思うから」

 

ああそうか、とハーマイオニーは不意に理解した。

蓮にとって、護衛されて暮らすのは初めてのことではないのだ。

 

ハリーは居並ぶ出迎えの闇祓いたちに目をキョロキョロさせているが、蓮はそれだけを言うと、振り返りもせずに背筋を伸ばして歩き出した。

 

「あれ、もう行っちゃったのか?」

 

ロンののんきな声を聞き流して、ハーマイオニーは蓮の背中を見送った。

 

蓮がいったい何を背負っているのかはわからない。しかし、今年1年でハーマイオニーは嫌というほど、蓮の特殊な生い立ちを思い知った。

あの異常なまでの英才教育は、自分で自分の身を守るために必要なことだったのだろう。

 

いつか追いついてみせる、とハーマイオニーは思った。蓮を失いたくなければ、蓮の身を守る力をハーマイオニーが持てばいいのだ。

 

それはとても単純な決意だった。


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