「彼女は私の、大切な親友、なんですよ…」
意味が分からなかった。
体の随所から血を流し、地面に転がる上条は、痛みのショックで幻聴でも聞いたかと思った。
「いったい、どういう…」
上条の問いかけを聞かず、神裂は話を続ける。
「完全記憶能力、というものをご存じですか」
「一度見たものを全て確実に覚える能力だろ。急になんだよ…って、そうか」
『ここにあるよ、私の頭の中』
今朝の会話が甦る。
「あいつがそれなのか。…で、だからどうしたよ」
「彼女は、脳の85%を十万三千冊の魔導書の記憶に費やしています。簡単に言えば、彼女の脳の空き領域は常人の15%。さらにその領域も、完全記憶能力によって削られていきます。」
「…つまりお前は、放っておくとインデックスの頭がパンクしちまうって言ってんのか」
小さく頷く神裂。
「その通りですよ。だから私たちは、彼女の記憶を毎年消去して…」
「は?」
耳を疑った。
「え、今お前、何て言った? 記憶を、消去…?」
「そのままの意味です。」
神裂は悔しさに顔を歪めて続ける。
「私たちは、インデックスの命を救うために、毎年毎年彼女の記憶を破壊しているんです。」
上条は絶句した。
悲しそうな笑顔を浮かべながらも、あくまで気丈に振る舞っていた彼女は、一年前の事すら覚えていなかったのだ。
「一つ、聞かせろよ」
上条が質問する。
「あいつの脳は、いつまでもつんだ?」
「あと3日が限界です。それ以前でもそれ以後でもいけません」
自分とあの少女の間には何か大事な思い出がある訳ではない。
強いてあげれば朝飯を振る舞った程度である。
それでも上条は、彼女を見捨てることはできなかった。
問答無用で記憶を消されるなんてことが、許されて良いはずがない。
黙ってしまった上条に、神裂が畳み掛ける。
「理解できましたか?あなたがどれだけ彼女を想っても、目覚めたあの子にとっては、あなたは赤の他人なんですよ。」
その言葉に、上条は僅かな違和感を覚える。
「そんな彼女を助けた所で、あなたにとっては何の益にもなりませんよ」
「…何だよ、それ」
違和感が爆発した。
「何だよそれ!ふざけんな!あいつが覚えてるかどうかなんて関係あるか!俺は自分の為になるから人助けしてる訳じゃねぇんだよ!」
「……、」
「変だと思ったぜ、あいつがただ忘れてるだけなら、全部説明して誤解を解きゃいいだろうが!何で誤解したままにしてんだよ!何で敵として追い回してんだよ!お前らあいつの気持ちを何だと
「ーーーーうるっせえんだよ、ド素人が!!」
上条の怒りは、神裂の咆哮に押し潰された。
剥き出しの感情が襲いかかる。
「知ったような口を聞くな!あなたに、大事な人の記憶から自分を消すなんて行為を、その人の為にしなきゃならなかった私たちの気持ちの何がわかる!」
上条の体が蹴り飛ばされた。
地面に落ち、2,3メートル転がる。
激痛にのた打ち回る前に、空高く跳躍した神裂が刀の鞘で上条の腕を潰す。
鈍い音が聞こえた。
「私たちだって頑張った!頑張ったんですよ!春を過ごし夏を過ごし秋を過ごし冬を過ごし!思い出を作って忘れないようにたった一つの約束をして日記や写真を胸に抱かせて!」
上条の体の各所を叩き潰していた彼女の腕が止まる。
「私たちは…もう耐えられません。彼女はね、ゴメンなさいって言うんですよ。何回繰り返しても、結果は同じ。これ以上彼女の笑顔を見続けるなんて、不可能です」
上条はなんとなく気づいていた。
こいつはプロだ。きっとこの方法が最善だ。
全てを忘れる少女の最後が少しでも安らかになるように、一切の思い出を与えず、敵として振る舞う。
これは、考えて考えて考え尽くした末の決断なのだ。
だけどそれは。
「ふざけんな…」
「…」
「ふざけんな!そんなの所詮お前らの理屈だろうが!記憶を失うとわかっててもそれが恐くなくなるほど幸せな未来が待ってるってわかってりゃ、逃げ出す必要なんてない!それだけの話だろうが!」
勢い良く立ち上がった。
体が動く。もう目の前の相手に恐怖は感じない。
「その体で、戦うつもりですか?」
悲痛な表情を浮かべる神裂。
「うるせえ!」
ボロボロの左手で襟首を掴み、力無く握りしめた拳を相手の顔面に叩き込む。
上条の拳からトマトのように血が吹き出した。
それでも、神裂の体が後ろへ倒れ込む。
「そんだけ万能の力を持ってるのに…なんでそんなに無能なんだよ…」
そう思った瞬間、上条の体から平衡感覚が消え去った。
(マズい…追撃が…)
しかし、地面に倒れ伏した上条に、追撃が加えられることは無かった。
「ここは……」
目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋だった。
「あれから何が…」
布団から起き上がった上条は、自分のベッドを見て驚愕した。
白い修道服の少女が寝かされていた。
だいぶ原作に近いものになってしまった…