禁書if ~あの日携帯を無くさなければ~   作:イシトモ

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9.夏の終わり

『二連続で勝利とか凄いって訳よ( ´∀`) 待ち合わせ、六時前にサンジェルマン前でどう?』

 

青ピの下へフレンダからの返信が届いたのは、全校男子騎馬戦の予選が終わった頃だった。

能力飛び交う戦場の中で、自分の無力さを再認識し若干落ち込んでいた青ピの表情も明るくなる。

文面を読み返すついでに時刻を確認すると、液晶右上の数字が午後二時四十分を示している。

 

「むむ、結構暇ありますな」

 

次の種目の組体操は四時から始まるので、一時間以上暇を潰さなくてはならない。

何故か大玉転がしを終えた辺りから上条と土御門が姿を消しているため、駄弁って時間を潰すにしても相手がいない。

 

ひとまず座る場所を探そうと辺りを見回しながら歩いていると、以前フレンダに連れて行かれた経験のある喫茶店を見つけた。

ボックス席に座りコーヒーとショートケーキを注文する。

同じ事を考える人は青ピの他にも沢山いたようで、次々と席が埋まっていく。

 

コーヒーを啜りながら一息ついていると、くたびれた様子のウェイトレスが近づいてきた。

 

「申し訳ありませんお客様。現在店内大変混み合っておりまして、相席をお願いしてもよろしいでしょうか」

 

「ああ、構いませんよ。相手の人がええならどうぞどうぞ」

 

それを聞いてほっとしたように礼を言ったウェイトレスが引っ込むと、入れ違いに茶髪のホストのような格好をした男が現れた。

 

「悪いな、憩いの時間を邪魔しちまった」

 

「いや、気にせんでええですよ。元々次の競技までの暇潰しをしとるだけやったんで」

 

男は、片手で青ピを拝むような仕草をしながら対面に座る。

メニューと少々睨み合った末、チーズケーキと紅茶を注文した。

 

仮に、もしも青ピが暗部で経験を積んだ人間だったとしたら、目の前の男が意図せずとも放ってしまう威圧感を感じ取ったかもしれない。

または目の前の男が、御坂美琴のように『表』で輝く存在であれば、青ピでもそれが誰なのか気づけたかもしれない。

 

青ピの目の前に座り、届いたチーズケーキに舌鼓を打つその男は、学園都市第二位、垣根提督だった。

 

「なぁ」

 

紅茶を一口啜った男が口を開く。

 

「暇潰し中って言ってたよな。実は俺も待ち合わせまでの暇を潰しに来たんだが、良かったら話相手になってくれないか?敬語じゃなくてタメでいいから」

 

「じゃあ遠慮なく。でも別に僕面白い話とかできひんよ?」

 

「ああ、気にすんな。俺のトーク力があれば誰が相手だろうと問題ねぇ」

 

そう前置きして、男は会話を始める。

その自信は正しかったようで、初対面にしては二人の会話は面白いように弾んだ。

 

 

 

「僕のクラス、異端審問会ってあってな」

 

「なんだそれ、中世の教会か?」

 

「仲間を裏切った奴には古今東西の拷問が待ち受けとるんよ」

 

「なんだその世紀末」

 

 

 

「しばらく前に道端で引っ掛けた女の子がいるんだけどよ」

 

「前提からして羨ましいな」

 

「なんとホテルに連れ込んだら変身能力使いのムキムキマッチョだった」

 

「こっわぁ……」

 

 

 

「最近鯖料理に凝ってるんやけどな」

 

「ああ、旨いよな。俺もカルパッチョとかよく作る」

 

「料理までできるんか……しかもメニューもなんやシャレオツな」

 

「女の子を落とすにはまず胃袋からってな」

 

「それ逆やない?」

 

 

 

次第に青ピ側の遠慮も薄れ、下ネタが絡んだ話題も飛び交うようになる。

 

瞬く間に時間が過ぎていった。

 

 

丸々一時間程の時間が流れた。

もうすぐ青ピが店を出る、という時間になって、男が空になったカップを置きつつ青ピを見据える。

 

「お前今、なんか悩みあるだろ。それも女絡みの」

 

「ご名答やな。なんで解ったん?」

 

「話してると何となく解るんだよ。どんな問題があんのかは知らねえが、色々な意味で経験豊富な俺から一つだけ忠告しとくぞ」

 

そこで一度言葉を切った男は、中空を見つめた。

 

「今お前に好きな女がいて、隣に居たいと思うなら、すぐにでも手を伸ばした方がいい。明日もそいつがそこにいるなんて、誰も保証しちゃくれないんだ。手を伸ばしても届かない所に女が行っちまえば、お仕舞いだぞ」

 

まるで自分の過去を噛み締めてでもいるかのような、苦々しい声音。

 

「……実体験でもありそうな口振りやな」

 

「事実だからな。何人も女の子を口説いてりゃあ落とす直前でいなくなる子もちらほらいるもんよ」

 

いなくなる、という表現が何を示しているのか、青ピには追及できなかった。

男が自らの腕時計を確認する。

 

「おっと、もうこんな時間か…… 話相手のお礼にここは俺が払っとこう。じゃあな」

 

そう言って立ち上がると、伝票を二人分まとめて持っていった。

 

「あんがとさーん」

 

その背中を見送りながら、青ピは考えを整理する。

 

自分が今悩んでいることには、恐らく明確な答えは出せない。

いつまでも決断することなく放置していれば、少なくとも失敗することは無い。

しかし、あの男が言うように手遅れになることはあるかもしれない。

 

そろそろ結論を出すべきなのだ。

自分はこれからどうすべきか。

自分はフレンダと、どんな関係になりたいのか。

 

コーヒー片手に、考える。

考えて考えて考え抜いた挙げ句、青ピは一つの結論に辿り着いた。

具体的に形を持った思いを胸に、立ち上がる。

 

今日だ。

今日のナイトパレードで伝えよう。

 

「………あ゛」

 

喫茶店の壁掛け時計が指すのは、四時十五分。

組体操への遅刻が確定していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてしばらくして、また二人は再開する。

 

「いやなんでこの時間におんねん」

 

「思ったより暇でして」

 

組体操への参加を諦め、いつの間にやら熱中症で病院に搬送されていた吹寄を見舞った上で、青ピはサンジェルマン前にやってきた。

スマホを確認すると、五時三十分。

もちろんフレンダの姿はまだ無いだろうと思っていた青ピだったが、何かしら水分をとろうと足を踏み入れた店内には彼女の姿があった。

 

「結局休業日に店の鍵開けっぱにしとく青ピが悪いって訳よ」

 

「まぁ僕もうっかりしとったけども……」

 

何故か誇らしげに胸を張るフレンダの横を通り抜け、厨房の奥へ進む。

当然のように着いてきた彼女とともに階段を登ると、青ピの部屋に到着した。

冷蔵庫を開けてもはや常備品となったサバ缶とともに牛乳を取り出し、飲み干す。

 

「パレードまで時間あるし、鯖パスタでも食べよか」

 

「さすが青ピ。わかってるぅ」

 

フレンダがパスタ用の深鍋に水を張る横で、フライパンに油をひく。

慣れた手順に沿って食材を処理していくと、あっという間に仕上がった。

 

「慣れたもんだね。最初はレシピとにらめっこしてたのに」

 

「まぁあんだけ何回もせがまれればなあ」

 

完成したパスタを皿に盛り付け、食卓に移る。

座るが早いか、フレンダが勢い良く頬張った。

 

「んふふふ、これこれ、この味。結局焼きそばじゃ相手にならないって訳よ」

 

「相変わらず気持ちのいい食べっぷりやなあ。ほっぺにソース飛んどるで」

 

「さんきゅ。あ、そういえばさ、知り合いにパレード見る時の穴場スポット教えてもらったの。行こ?」

 

パレードという言葉を聞き、青ピの喉がんぐっと音を立てる。

 

「そ、そうやな。行こう。是非ともいこう」

 

「どしたの?なんか初めて私の家来た時みたいなキョドりっぷりだけど」

 

「なんでもあらへん。本当なんでもあらへんから」

 

久しぶりに青ピが全力で挙動不審になったりフレンダが怪訝な顔になったりしたが、その後は特に問題は発生せず、無事食事を終えた二人は食器を洗ってサンジェルマンを出た。

 

二人並んで、第七学区の大通りを歩く。

もうすぐ始まるナイトパレードを楽しみにしているようで、道行く人々は皆わくわくした表情を浮かべている。

いつもならば嫉妬の念を抱かせる道行くカップルも、今の青ピには何の影響も及ぼさない。

 

「ちなみに穴場スポットってどんなとこなん?」

 

「えっとね、大通りからちょっと離れた空きビルだって。屋上からスゴく綺麗に花火が見えるらしいよ」

 

フレンダに道案内を任せてひたすら歩いていくと、徐々に周囲の人口が減ってゆき、気づけば辺りには二人の他誰もいなくなる。

 

大通りの方から、何人もの人が浮かれて騒ぐ声が聞こえてくる。

 

更にしばらく進むと、フレンダが道端の建物を指差した。

 

「あ、ここだここ。良かった、あんまりボロくなくて」

 

「え、これ勝手に昇ってええんかな」

 

「いいのいいの。細かい事は気にしないのがいい男って訳よ!」

 

「ええ……」

 

「もう、じれったい…… えいっ」

 

思っていたより大きなビルの外観に青ピが尻込みをしていると、フレンダに手を取られた。

 

「あ、ちょっ」

 

「行くよ!」

 

自分の手を引いて堂々とビルの中へ入っていくフレンダ。

青ピは何とか引き留めようとするが、手から伝わるなんとも言えない温もりに、何も言えなくなってしまう。

 

手を繋ぎながら、コンクリートの階段を昇る。

 

階層が上がるにつれて大通りからの音が遠くなり、二人の足音が響く。

 

ひんやりとして埃っぽい空気の中、建物の四階から更に上に昇ると、階段が突き当たり、少し錆びた鉄の扉が現れた。

 

「とうちゃーく」

 

フレンダがドアを押し開けると、その隙間から夜の匂いを乗せた風が流れ込む。

 

辿り着いた屋上は、入り口以外に何もない、フェンスに囲まれた空間だった。

 

「あ……ご、ごめん」

 

今更気づいた様子で、フレンダが繋いでいた手を離す。

心なしかその頬は赤く染まっているように見える。

 

その姿に目を奪われそうになりながらも、青ピはゆっくりと屋上の端まで歩き、フェンスに体重を預ける。

深く深呼吸すると、夜の澄んだ空気が肺を満たした。

 

「まだ花火始まってないみたいだね」

 

「もうすぐ上がるんとちゃう?」

 

同じくフェンスに寄りかかったフレンダと一緒に、もう一度深く息を吸い込んだその時。

 

 

 

 

 

 

夜空を、大輪の華が埋め尽くした。

 

 

 

 

 

 

「……ひゃー、すっごい」

 

「……これは、確かに凄いなあ」

 

屋上から見上げた夜空を、一面の花火が、赤く、青く、黄色く染め上げる。

周囲に人影がないこともあって、世界に自分たちしかいないかのような錯覚に陥る。

 

ナイトパレードに参加すること自体は、青ピにとって初めての経験ではない。

事実この花火も、今まで何回か見てきた。

しかし、これほどまでに綺麗だっただろうか?

 

「私」

 

青ピの真横で、フレンダが呟く。

 

「こんなに綺麗な花火、見たことないかも」

 

青ピも、花火から視線を逸らさずに答える。

 

「僕もや」

 

二人静かに夜空を見上げる。

ゆっくりと時間が流れていく。

 

しばらくして、花火が一度静まる。

次の連発の準備をしているのだろう。

 

何か言うなら、今だ。

 

そう決断した青ピが、一転闇に包まれた世界でフレンダの手を取った。

 

「……っ」

 

手の震えから、緊張が伝わってくる。

 

「なあフレンダ。君が人殺しやなんやって話した時、あったやろ?」

 

「……うん、あったね」

 

「僕あのとき、話が飛躍しすぎて訳わからんって言ったやろ?」

 

「そだね。あの時は、我ながら唐突になんて話してるんだろって思ってた」

 

「あれから、色々と考えた。らしくもなく、無い知恵絞ってな。ほんでも結局、細かい事情はやっぱり分からなくて、君は日常的に命をやり取りするような、なんていうか物語の舞台みたいな場所で活躍してる人なんだろうな、っていうフワッとした結論に辿り着いた訳や」

 

「確かにフワッとしてるけど、案外間違ってないって訳よ。それで?」

 

「そして君がどんな世界に住む人なのか、自分で答えを出した上で、今度は僕自身が君のことをどう思ってるのか考えてみた。僕にとって君がどんな人なのか。僕は君とどうなりたいのか」

 

「そっか、そっか。 ……で、結論は?」

 

繋いだ手がよりきつく握られるのを感じ、フレンダの方を見ると、薄闇のなかでもよく目立つ彼女の大きな目が、青ピの顔を見上げていた。

 

数秒見つめ合う。

ともすればつかえそうになる喉に負けじと、青ピは声を絞り出した。

 

 

 

「僕は君のことが好きみたいや」

 

 

 

また、大きな花火が上がった。

 

 

 

先ほど以上に勢いを増して連続で空に打ちあがる花火に視線を移しつつ、フレンダが呟く。

 

「私のいる世界ってさ、本当に青ピにはきっと想像もつかない、真っ暗なとこでさ。生きるためには相手を殺さなきゃならない、そういう場所なの。今日だってさっき、仲間が人を一人殺した。正直なところ、青ピみたいな日向の人間とは、あんまり深く関わるべきじゃないって訳よ」

 

今にも泣きそうな、弱々しい声。

しかしなぜか花火の音にも負けず、青ピの耳に届く。

 

「でもさ、初めてなの。自分でもなんでか分かんないけど、ダメって分かってるのに、青ピの隣に居たいって思う私がいるの。こんな気持ち今まで味わったことなくて、結局どうしていいのか分かんなくなっちゃった」

 

そう言ってフレンダは言葉を切り、黙って空を見上げる。

その頬に光る物は涙だろうか。

 

「どうしたらいいのかなんて、残念ながら馬鹿な僕には分からんよ」

 

青ピは、フレンダがまた何か言おうとする気配を察して自らそれを遮り、言葉を続ける。

 

「二人とも分かんないなら、しょうがないから気持ちを優先しようや。明日僕らがここにいられるかなんて神様にしか分からんやろうし、そんなら今を楽しんだもん勝ちやろ?」

 

その言葉を聞いたフレンダが、目元を空いた側の服の袖で拭うのを、青ピは黙って眺めていた。

しばらくして、またフレンダがポツリと呟く。

 

「そう、なのかな」

 

「うん、きっとそうや」

 

会話は途切れ、ただ花火が炸裂する音だけが響く。

結局その後花火終了のアナウンスがなるまで、二人は何も喋らなかったが、その手はしっかりと繋がれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……花火、終わったね」

 

「そうやな」

 

「……もう、帰らなきゃね」

 

「そうやな」

 

「……返事、しなきゃね」

 

「……っ」

 

フレンダが、青ピの方を向く。

青ピは、口の中が干上がりそうになるのを感じた。

 

雰囲気に乗せられて、何やら凄まじい台詞を口走った気がする。

何かを言おうとしたフレンダだったが、緊張で固まる青ピの顔を見て、クスリと笑った。

 

「……結局凄い顔って訳よ。もっとちゃんとしてよね。私の隣にいてくれるんでしょ?」

 

一瞬の静寂。

少し遅れて青ピの頭が言われた言葉の内容を理解する。

 

「えっ……てことは」

 

「うん、よろしくお願いします。浮気なんてしたら承知しないって訳よ」

 

そう言っていたずらっぽくほほ笑んだフレンダの顔を見て、青ピの胸に喜びがこみ上げる。

気付けば、声に乗せて空へと吐き出していた。

 

「……っしゃああああああああああああああ!!」

 

空きビルの屋上で膝をつき、両腕を掲げて歓喜の雄たけびを叫ぶ青ピ。

フレンダはそれをにこやかに見つめていた。

 

 

数分後。

 

青ピは、フレンダに手を引かれながら、サンジェルマン前に辿り着いた。

その足取りはフラフラと頼りない。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

「すまん、なんか緊張から解放されて気が抜けてしもうた」

 

「結局青ピは最後の最後で締まらないって訳よ……じゃね」

 

踵を返し自分の家へ帰ろうとしたフレンダだったが、何かを思いついたかのように立ち止まると、急に振り向いた。

手を振って見送っていた青ピも、その手を止める。

 

「あ、あのさ、青ピ」

 

「ん?どないしたん急に」

 

今までにない程に赤く染まった頬と、午前中にも向けられた流し目に青ピが内心ドギマギしていると、フレンダは最大級の爆弾を投下した。

 

「泊まってってもいい?」

 

「え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれあれ?フレンダ、まさか朝帰りしちゃった感じかにゃーん?」

 

「麦野、いい場所教えてくれてありがとね。おかげさまでバッチリだったって訳よ」

 

「……え、マジで?」

 

 

 

 

 

 

 

斯くして、夏休みの始めに偶然から始まった二人の男女の話は、九月の半ばで一つの終わりを迎えた。

この後の二人は、ほぼ一般的な、幸せな日々を送る。

 

しかし、終わりの無い幸せなど、この世には存在しない。

時間は流れ、季節が廻り、学園都市に秋が来る。

 

 

 

 

 

十月九日が、やってくる。

 

 

 

 




女の子と花火を見たい青春だった……
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