『白い修道服を着た女の子が走っていきました…』
「くそっ…」
上条は内心怯えていた。
小萌先生との電話越しに聞こえた爆発音は、相当大規模なものだった。
インデックスの追手は、それだけの力を持っているのだ。
この右手があるといえども、向かい合って無傷とはいかないだろう。
しかし。
「やっぱ放っておく訳にはいかねぇよな!」
それは彼女を見捨ててもいい理由にはならない。
目指すは第七学区、セブンスミスト。
まさかそこにインデックスがいるとは思えないが、
手掛かりの一つくらいは掴めるかもしれない。
そんな事を考えながら走っていると、
「失礼。止まっていただけますか?」
すぐ後ろから、女性の声が聞こえた。
その声が発する日本刀のように鋭い威圧感に、上条の体が固まる。
一介の高校生には計り知れない程の脅威が迫っているのに気づけても、振り返ることすらできない。
「ーーお前、は」
辛うじて絞りだした掠れた声に、まるで世間話をしているかのような調子で返事が返ってくる。
「神裂火織、と申します。 …できれば、もう一つの名は語りたくないのですが」
「もう一つ?」
「魔法名、ですよ。私たちの間では、殺し名として扱われているものです」
「…ってことはつまりあれか、魔術結社ってやつか」
「?」
神裂は一瞬だけ沈黙し、
「ああ、インデックスに聞いたのですね?」
上条は答えない。代わりに、勢いよく振り返った。
想像より二、三歩ほど遠くに立っていた神裂は、上条の行動を気にも留めず、
「率直に言って」
片目を閉じて言い放った。
「魔法名を名乗る前に、彼女を保護したいのですが」
ゾッとした。
右手という切り札を持っていながら、絶大な悪寒が上条を襲う。
「…嫌だ、と言ったら?」
それでも上条は言った。
「仕方がありません」
神裂はもう片方の目も閉じて、
「名乗ってから、彼女を保護するまで」
破壊の暴風が、吹き荒れた。
「これでチェックメイトだ、インデックス」
上条と神裂が対峙している地点にほど近い路地裏で、インデックスは炎の巨人の手によって壁に押さえつけられていた。
「A…」
何かを呟こうとしたインデックスだったが、発した言葉は男の手元から響く爆発音に遮られた。
「観念しろ。歩く教会は面の圧力で押さえつける行為には無力だし、お得意の強制印象とやらも、僕の耳に届かなければ何の意味もない。」
押さえつけられながらもがいているインデックスを見ながら、男は懐から一枚のトランプ大のカードを取り出した。
「ひとまず昏倒してもらおう。ゆっくり休め。せめて良い夢を」
言葉を切り、呪文のような言葉を詠唱していく男。
しかしそれは、
「…見つけた、通り魔野郎」
炎の巨人の上半身を消し飛ばす電撃の奔流によって遮られた。
事態は、加速していくーーーー
佐天と別れた後、特に目的もなく街を散策していた御坂は、とある路地で奇妙な痕跡を見つけた。
「何これ?コンクリが溶けてる…?」
頭によぎる佐天から聞いた噂話。
怪しく思って路地の先へ足を踏み入れると、
そこにいたのは白い修道女とそれを押さえつける炎の巨人、黒い修道服の男だった。
「…見つけた、通り魔野郎」
そう言うと同時に、手の中のコインを音速で打ち出す。
巨人の上半身が吹きとばされるのを見た男は、
それでも顔色を変えなかった。
「やれやれ、学園都市のレベル5か。人払いを怠ったのは失策だったね」
「高レベルの発火能力者…の割にはこの前書庫を覗いた時には見なかったわね」
そこまで考え、思い出す。
「まさか、幻想御手!?」
「君と君の過去に何があったか僕は知らないが取り敢えず、邪魔をするというなら排除させてもらおう」
男は掌から炎の剣を生み出し、無造作に投げつけてきた。
「!!」
咄嗟に足元の鉄パイプを磁力で束ねて作った盾で防ぐ。
「ほう、なかなか手間がかかりそうだ。侮っていた事を謝ろう。僕の名はステイル=マグヌス。魔法名はFortis931だよ。まぁ、覚える必要もないけどね。」
「ごちゃごちゃやかましい!」
炎剣と電撃がぶつかり合い、盛大な光を放った。
「まだ、やるのですか」
上条は、道に転がされていた。
目に見えない程速く、正確なワイヤーによる攻撃は絶望的に右手との相性が悪く、また身体能力にも著しい差があった。
「もう、良いでしょう?」
神裂はある種悲痛そうに問いかける。
「あなたが彼女にそこまでする理由がどこにあるのです。今日、たった数分話しただけの相手ではありませんか」
上条は崩れ落ちたままで呟く。
「……見たんだよ」
「?」
「初めて見たんだよ!あんなに悲しそうに笑うやつを!」
上条は見てしまっていた。
去り際に彼女が見せた、とても悲しそうな笑顔を。
それを見て。
尚も自分は動けなかった。
それが悔しくて、情けなかった。
勇気を振り絞って駆け出しても、自分より強大な相手に打ちのめされた。
その力があれば自分は守りたい物全てを守れるのに、
その力を持つ物はそれを女の子一人を追い詰める事にしか使っていないことが、
まるで今の自分はそれ以下だと言われているようで、悔しかった。
「…何だって、そんな事しかできねえんだよ」
その言葉を聞いた神裂は、泣いていた。
「…私。だって」
神裂もまた、追い詰められたような顔をしていた。
「私だって、好きでこんなことをしている訳ではありません」
「だったら!」
なぜその力を少女のために使わないのか、という上条の質問は、遮られた。
「そうしないと、彼女は死んでしまうんですよ。」
神裂は泣き出す前の子どものような顔をしていた。
「彼女は私の、大切な親友、なんですよ…」