黒森峰の逸見姉妹   作:H&K

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ちょっと長くなりすぎたので、中編を二つに分けます。


黒森峰の逸見姉妹 中編1

 薄暗い森を鋼鉄の豹が疾走している。

 その巨体に違わず、横たわる木があれば踏みつぶし、行き先を邪魔する岩があれば悠々と乗り越えていった。

 頭上を数多の枝が通過していく中、一切の減速を許さず、逸見エリカは無線に吠えていた。

 

「隊長、もうすぐカリエの車両ポイントに辿り着きます!」

 

『了解した。彼女はなんとかファイアフライどもから逃げているが、そろそろ限界かもしれん』

 

「……最後の通信は?」

 

『期待せず待つ、だそうだ。我々は当初の予定通り敵のフラッグ車の包囲殲滅に向かう。……悟られぬよう、細心の注意を払ってくれ』

 

「了解しました。――ったく! あんの馬鹿! 世話が掛かるのよ! 小梅! 私が見てるからもっと速度上げなさい!」

 

「でも逸見さん、これ以上はパンターのエンジンが……」

 

「別にこれくらいじゃ焼き切れはしないわよ! それにカリエと合流したら渡河していくらでも冷やしてやるわ!」

 

 こうなったエリカに理屈は通じないと知っている小梅は黙ってパンターの速度を上げた。エンジンの轟音が危険な領域に入っても、エリカはいっこうに気にするそぶりを見せない。

 彼女の頭を支配しているのはただ一つ。

 自身の半身たる妹の安否だけ。

 

「……やられてたらただじゃおかないわよ!」

 

 

1/

 

 

 エリカのいる森林とはうって変わって、カリエは盆地の最低部にいた。ちょうど戦車二台分くらいの窪みを見つけた彼女は、そこに自身のパンターを潜り込ませていた。理由は言わずもがな。二台のシャーマンと一台のファイアフライに包囲されているからだ。

 時折飛来する砲弾に顔をしかめながら、彼女はキューポラから頭の上半分を出していた。

 けれどもすぐに中から手が伸びてきて車内に引きずり込まれた。

 

「だから危ないって」

 

 手を伸ばしたのは装填手である上級生の一人だった。彼女はカリエを車長席に座らせると、中に座しているパンターの面々に声を掛けた。

 

「さて、これで本隊が向こうのフラッグ車に肉薄できればいいけど」

 

「たぶん大丈夫だと思います。隊長と副隊長、それにエリカさんがこちらを助ける振りをして、追いかけていた本隊を逃がしたそうですから。その証拠にあそこのシャーマンたちは本隊の救援に向かう様子が見られません。餌には掛かってくれたようです」

 

 通信手の少女が上級生に答える。

 

「あとはどれだけ時間を稼ぐか、ね。おそらく隊長と副隊長、それに逸見姉の三人がいればそう時間は掛からないと思うけれども」

 

「でも驚きましたね。わざと落伍した振りをして最大の脅威のファイアフライを1両釣り上げるなんて。正直ハイリスク過ぎる賭けだと思ったんですけど、無事ペイできそうです。カリエさんのネームバリューが敵の功名心をかき立ててます」

 

「いや、あの……うぉっ」

 

 なんか変な方向に進みつつある車内会議に口を挟もうとカリエが動いたとき、車体が大きく振動した。どうやらパンターの装甲がシャーマンの砲弾を弾いたようだった。

 思いっきり舌を噛んだカリエはそれ以上何も言えないまま、一人悶絶していた。

 

「ちっ。接近してきてるわね。カリエ、このままここにいるか、うって出るか決めて頂戴」

 

 上級生の催促だったが、カリエは何も答えることが出来なかった。ただ黙して舌の痛みをこらえるだけだ。

 

「カリエさん?」

 

 通信手の少女が様子のおかしいカリエの顔を覗き込む。

 上級生もカリエの肩に手を掛けて何かを言おうとした。

 が、ちょうどその時。

 

『こちら車両番号214! パンターG!! 救援に来たわ! 正確な位置を知らせなさい!』

 

 甲高い声が狭い車内に響く。声色は車長であるカリエによく似ていたが、そのトーン、激しさは全く違う。その場にいる全員は確信した。これは姉のエリカの方だ。

 ただ、同じ声を聞いていてもそれぞれの反応は全く違った。

 通信手と装填手が何事か、と一瞬手を止めたのに対し、痛みにぼんやりしていたカリエは姉の叫び声に驚いて、思わず操縦手の背中を蹴飛ばしていた。

 蹴飛ばされた操縦手はカリエに抗議の声をあげるのではなく、普段からの練習のたまものか咄嗟にパンターを急発進させていた。

 窪みからカリエたちのパンターが勢いよく飛び出す。

 呆気にとられたのはパンターを包囲していた2両のシャーマンと1両のファイアフライだった。

 ファイアフライの17ポンド砲弾が飛び出したパンターの脇を掠める。ファイアフライの砲手は撃破を確信し狙っていただけに、パンターの挙動に驚きを隠せなかった。

 

 

2/

 

 

「ファック! 未来人でも乗っているの!? あのパンター!」

 

 ファイアフライの車長が残りのシャーマンにパンターを追うよう指示する。「イェス! マム!」と答えた1両のシャーマンが遠ざかるパンターの背中に狙いを付けた。

 が、その長砲身から砲弾が飛び出すことは終ぞなかった。

 

「なっ!」

 

 発砲音は確かに聞こえた。けれどもそれはシャーマンのものではなかった。なぜならパンターを狙ったシャーマンは黒煙をエンジンルームから吐き出して、白旗を掲げているからだ。

 

「オーマイガッ! 後ろだ!」

 

 ファイアフライの車長が回頭を指示する。そしてその指示は正解だった。彼女たちの背後には既に、もう1両のパンターが急接近していたのだ。

 

「シット! スネークのエンブレム! 『ウロボロス』の姉の方だ!」

 

 残されたファイアフライとシャーマンが散開する。だがそれは成功しない。逃げようとしたそれぞれの進路の先に、2両のパンターが砲弾を浴びせたからだ。

 

「いつの間に!」

 

 再び振り返れば逃げ出していた筈のパンターがこちらを向いていた。砲身からはまだ真新しい煙が吹き出ており、姉に合わせて発砲したことが容易に想像できる。

 そう、もう一台のウロボロス 妹の車両だ。

 

「嘘、あいつらお互いの発砲タイミングがわかってるの?」

 

 怯えを含んだ声色を滲ませたのと同時、挟撃に来た二匹のヒョウの射線が重なった。

 それぞれシャーマンとファイアフライを――敢えて自分から離れている方を狙っていた。

 何故なら、そう狙うことでそれぞれのエンジンルームに砲身が重なるからである。

 

 やられた、とファイアフライの車長が呟いた。

 

 

3/

 

 

『サンダース大学附属高校、M4シャーマン及びM4シャーマンファイアフライ 走行不能!』

 

 無線越しに伝えられる、大会審判の宣言に西住みほは胸を撫で下ろした。

 どうやら大切な友人たちは窮地を脱したようだ。

 

『みほ、エリカとカリエがやりきった。次は私たちの番だ』

 

「うん、お姉ちゃん。じゃなかった。隊長、こちらももうすぐ終わります」

 

 こちらから姿は見えないものの、それでも位置関係だけは常に把握し合っている姉の声を聞いて、みほはもう一度安堵した。カリエが身を挺して開始した作戦だが、どうやらそれは成功のうちに終わりそうだった。

 

『カリエの車両が落伍したときは何事かと思ったが、まさか伏兵を一人で釣り上げるとはな。敵を欺くにはまずは味方から。正直恐れ入った』

 

「うん、でも一人で行くのはやっぱ心配だな。怪我していないといいけれど」

 

『運営から何も連絡がないからおそらく大丈夫なんだろう。とっ、みほ。いた、サンダースのフラッグ車だ。他の車両の包囲は完成しているか?』

 

 みほは自身の左側に貼っていた地図に目線を走らす。通信手がリアルタイムで書き込んでいったホワイトボードの地図は、とある地形を取り囲む自軍の様相を伝えていた。

 

「うん、大丈夫みたい。ではこれより包囲殲滅戦を開始します。……パンツァー・フォー!」

 

 

3/

 

 

 夕暮れの中を巨大な学園艦が突き進んでいる。

 白波をものともせず進むそれは、栄えある黒森峰女学院の学園艦だった。

 その黒森峰女学園の、本校舎の裏手にある戦車道の部室では今日の戦いを終えた学生たちがそれぞれ思い思いの時間を過ごしていた。

 

「ほら、舌出して」

 

「んべ」

 

 その一角で向き合って座る人物が二人。彼女らは全く同じ顔を何の疑問もなく突き合わせていた。

 

「取りあえずハチミツ塗っておくから舐めるんじゃないわよ。今日ご飯が食べられないようなら、後でコンビニで栄養ゼリーを買ってきてあげるから」

 

「ん」

 

 それは逸見エリカと逸見カリエ、その人だった。試合中に舌を盛大に噛んだ妹のため、姉のエリカがハチミツを塗ってやっているのである。

 

「いやー、でもカリエさんが怪我しているのを見たときのエリカさんは怖かったです。あの糞サンダースども、殲滅してやるって息巻いていましたから」

 

 その様子を眺めていたのはエリカのパンターの操縦手である小梅だった。彼女が茶化すように、エリカはカリエが口端から血を流しているのを見て、試合中に激高していたのだ。

 

「ばっ、それは誰にも言わないって約束したじゃない!」

 

「あら、でもカリエさんは嬉しそうですよ」

 

 見れば治療を受けていたカリエがエリカの服の裾を掴んでいた。喋ることが出来ないなりに、彼女は感謝の意を伝えていたのだ。

 それを見たエリカは毒気を抜かれたのか、盛大にため息を一つ吐くとやや乱暴にカリエの頭を撫でた。

 

「まあ、あんたの作戦で無事勝てたわけだから、今日のところはお説教もやめといてあげるわ。でも、次は承知しないから」

 

 それが照れ隠しだとわかっている小梅はくすりと笑い、珍しく空気を読んでいるカリエも黙ってされるがままだった。

 

「エリカ、カリエ、少しいいか?」

 

 が、そんな姉妹のじゃれ合いはそれほど長くは続かない。何故なら彼女たちの背後には一抱えの資料を持ったまほが立っていたからだ。

 エリカと小梅は慌てて姿勢を正す。唯一カリエだけが脳天気に腰掛けたままだったが、すぐにエリカに立たされ、気をつけをさせられた。

 

「いや、いい。楽にしてくれ。今回の試合のことと、次の試合について話し合いたい。ミーティングルームに来てくれないか」

 

「はい、了解しました!」

 

 はきはきと返答をするエリカと、喋ることが出来ないため、こくりと一つ頷くカリエ。

 両者の反応にまほは微笑むと、先に資料を持ったままミーティングルームに向かっていった。周囲にいた生徒たちも、なんとなく解散の予兆を感じたのか、それぞれ自らの手荷物をまとめはじめた。

 ただカリエだけが、姉にせかされるまでぼんやりと椅子に腰掛けていた。

 

 

4/

 

 

「ほら、鍵開けるからちょっと荷物もって」

 

 すっかり日が暮れた学園艦の一角。大型のバイクに二人乗りで帰ってきたエリカとカリエは学生寮の廊下に立っていた。食事の難しいカリエのために栄養ゼリーを買い込んだエリカの両手にはコンビニの袋が提げられている。

 

「ん」

 

 がちゃがちゃとエリカが鍵を開けている間、カリエはエリカから袋を受け取り黙って立ち尽くしていた。

 

「洗濯したいから先にお風呂入っちゃいなさい。結構汗かいたでしょ? あとタンカースジャケットも洗いたいから出しといて」

 

 てきぱきとエリカは家事を進め、カリエは黙ってそれに従っていた。実家を離れ、学園艦で暮らし始めてからはずっとこのような毎日が続いている。

 カリエが風呂場へ向かったことを確認すると、エリカは制服を脱いでエプロンに着替えた。カリエが脱いだ服を脱衣所で回収し、その時彼女がタンカースジャケットを出し忘れていることに気がついた。

 たぶん部屋か、とあたりを付けたエリカはカリエの部屋に向かい、ベッドの上に置きっ放しになっていたボストンバッグから真っ赤な黒森峰のシャツと黒のタンカースジャケットを取り出した。

 と、その時。

 鞄の底に一冊のノートを見つけた。一瞬、戦車道についてまとめているのだろうか、と考えたがその割にはノートは随分と古く、少なくとも数年は使い古しているような年季だった。

 表紙には何も書いておらず、日記とかじゃなければいいか、とエリカは何気ない気持ちでノートを開いた。

 

「え? 何これ……」

 

 思わず声が漏れた。慌てて周囲を見回し、カリエが近くにいないことを確認する。

 エリカはそっと息を潜めるとカリエのベッドに腰掛けてノートを一枚一枚捲っていった。

 紙面には意外と達筆なカリエの筆跡で、次のようなことが書いてあった。

 

 女の子は足を開いて座らない。

 

 女の子が大口を開けてあくびしない。

 

 女の子はたくさん食べない。

 

 女の子は戦車に乗る。

 

 それは今までエリカがカリエに伝えてきた、女の子としての振るまい達だった。しかも一つ一つの項目を漢字の書き取りの如く、何度も何度も繰り返し書いてある。

 最初、それの意味がよくわからなかった。

 けれども、妹の進んで来た道。自身が進んできた道について思い至ったとき、エリカは咄嗟に口元を押さえた。

 耐えがたい嘔吐感に抗うためだ。

 けれどもそれは、カリエに嫌悪感を感じてのことではない。自分自身にどうしようもない吐き気を覚えたのだ。

 

 エリカがこれまで何気なく、カリエのためを思っていった言葉。

 少しでも妹が周囲に馴染めるように、親切心と愛情でカリエに贈った言葉。

 

 それが全て一冊の古いノートに刻まれていた。そう、刻まれていたのだ。

  

 なんだこれは、とエリカは震える。

 彼女は自身の行いの罪深さに恐怖する。

 カリエに贈った言葉は言葉じゃなかった。カリエはエリカの言葉を呪いのように受け取っていたのだ。

 エリカがカリエに何かを言うたび、言葉は呪いのようにカリエそのものに刻みつけられていたのだ。

 

「えぐっ、おえっ」

 

 ついに吐き気に耐えきれなくなって、吐瀉物を吐き出した。咄嗟に脇に避けてあったカリエのタンカースジャケットで受け止め、ベッドや部屋を汚すことはなかった。

 かたん、と脱衣所のドアを開ける音が聞こえる。

 エリカは慌ててノートを鞄の底に押し込むと、カリエの部屋を飛び出て、吐瀉物で汚してしまったタンカースジャケットを洗濯機にたたき込んだ。洗濯機の置いてある洗面台では、何事か、と風呂上がりのカリエが立ち尽くしている。

 

「……エリカ、具合悪いの?」

 

「別にそんなことないわよ」

 

「なら、なんで私のジャケットにゲロ吐いてるの?」

 

「……悪かったわよ。しっかり洗ってクリーニングに出すから。ちょっと昼ご飯を食べ過ぎたの」

 

「……ふーん、いくら好きでも、ハンバーグはほどほどにね」

 

「うっさいわね」

 

 特にそれ以上追求することなく、カリエはエリカの脇を通ってリビングまで歩いて行った。テレビの音声がかすかに聞こえ始め、何も悟られていないことにエリカは安心した。

 

「ごめんなさい」

 

 回り始めた洗濯機の前で、エリカは座り込む。

 ここなら雑音が多いから、少しくらい口を開いたってカリエには聞こえない。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 堰が切れれば、涙を止めるものは何もなかった。真っ白な膝の上に落ちる涙の粒は、数と大きさが増していくだけだ。

 

「……ごめん、なさい」

 

 小さな呟きは、ついぞカリエに届いていなかった。

 

 

5/

 

 

 準決勝の相手は「聖グロリアーナ女学院」だった。全国大会準優勝の実績を持つ、戦車道屈指の強豪校だ。

 黒森峰女学院の実質的なライバルと言っても良い。

 実際、次の対戦相手がグロリアーナと決まったとき、黒森峰の隊員達の士気は一層向上していた。

 

「さて、次のグロリアーナ戦だが参加車両はチャーチル、マチルダ、クルセイダー、さらにはクロムウェルだ」

 

「はい、質問よろしいですか」

 

「どうした」

 

 隊長であるまほ主催のミーティングで、隊員の一人が挙手をした。

 

「グロリアーナはOG会の権力が強く、チャーチル、マチルダ、クルセイダーの三種の戦車しか運用してきませんでしたが、今隊長が仰られたように、クロムウェルを導入することは可能なのでしょうか」

 

「いい質問だ。それについては逸見カリエ、君から説明してほしい」

 

 言われて、最前列と最後列の丁度真ん中あたりに着席していたカリエに、周囲の視線が一斉に向いた。

 カリエはマイペースに立ち上がると、のそのそとまほの隣にまで出てきてプロジェクターを操作、パソコンから出力した画面をその場にいる全員に見せた。

 元社会人である彼女は、こういったプレゼンテーションに手慣れていたのである。

 

「……これはグロリアーナと知波単学院が行った今大会の第一回戦の映像です。このグロリアーナの陣地の後方に座して動かない車両――隊長車の隣に陣取っているこれがクロムウェルだと思われます」

 

「おおー」

 

 黒森峰の隊員達の感心した声が随所から上がる。何故なら映像はただ試合の模様を引っ張ってきたのではなく、戦車が登場するたびにその性能表が画面上に表示されるような演出がなされていたのだ。

 小手先だけの子供だましだが、普段からそういったプレゼンテーションを見ていない女子高生には効果覿面だった。

 カリエもこんな中身のない資料で喜んでもらえるのなら、とそれなりに力を入れている。

 

「で、クロムウェルが突如配備された理由ですが、それはグロリアーナ内の政治勢力の変化が挙げられます」

 

 画面が切り替わり、戦車の映像ではなくグロリアーナの隊員達のリストが表示された。全員が遠景なり近景なりのスナップ写真付きだった。全てがカリエと、とあるもう一人の隊員がグロリアーナにスパイした成果だった。

 リストが次々と表示されていく中、一人の生徒がクローズアップされる。

 ティーテーブルに腰掛け、優雅に紅茶を傾ける金髪の美少女だった。

 

「で、この二年生。現在の副隊長なんですけれども、この生徒が実質的な政治権力を握っていると思われます。彼女がクロムウェルの導入を達成した模様です。確かグロリアーナの幹部は紅茶にちなんだ名前を襲名していくのですけれど、えと……」

 

 ぱらっ、と資料を一枚捲った。

 

「ああ、ダージリン。紅茶の銘柄で言うダージリン、だそうです」

 

 

6/

 

 

「で、こちらが潜入調査で判明した黒森峰の陣容になります」

 

 紅茶の園、と呼ばれる場所がある。

 聖グロリアーナ女学院の、戦車道を履修する幹部達が交流を深める場である。

 その一角では煌びやかなティーテーブルを囲んで、二人の女子生徒が言葉を交わしていた。

 

「ご苦労様、アッサム。ふむ、なるほど。噂の西住姉妹はティーガーⅠに、逸見姉妹はパンターに所属しているのね。なかなか厄介だこと」

 

 アッサムから資料を受け取った金髪の美少女――ダージリンがそう言葉を溢した。

 

「はい、それとサンダースとの試合なども観覧いたしましたが、両姉妹とも驚異的な連携で相手を追い詰めていました。データから考えますと、非常に脅威です」

 

「……こんな言葉をご存じかしら? 『垣根は相手がつくるのではなく、自分がつくるものである』」

 

「……はあ、またですか。アリストテレス。ギリシャの哲学者ですね」

 

 うんざりしたようにアッサムはダージリンに答えた。だがダージリンは特に気にした様子もなく続ける。

 

「相手を警戒するのも良いけれど、しすぎは余計な垣根を目の前に出現させてしまうわ。向こうも私たちと同じ人間。日々に悩み、苦悩する葦そのもの。例え完璧に見える連携でも、かならずそこに綻びはある。どれだけ完璧に焼けたスコーンでも、場所を違えなければ容易に割ることも出来るでしょう?」

 

 そこまで告げて、紅茶を一口。

 静かに微笑んだダージリンはその瞳に野心を迸らせ、こう告げた。

 

「勝つのは我々よ。アッサム。それだけは覚えておきなさい」

 

 

7/

 

 

 準決勝、試合当日。

 場所は森と平野が混在したステージだった。黒森峰とグロリアーナ。両者が共に得意とするフィールドだ。

 カリエの乗るパンターは黒森峰の戦車団の後方、まほが乗る隊長車の隣でアイドリングしている。

 

「うーん」

 

 肝心のカリエはそのパンターの車長席で一冊のノートを開いていた。それはつい先日、エリカが盗み見てショックを受けていたノートだ。

 カリエはそこに記されている「女子としての振るまい」を必死に頭にたたき込んでいる。これは彼女が戦車道の試合に臨む際のルーティンワークみたいなものだ。

 前世の影響からか戦車は男が乗るもの、という固定観念があるカリエは、いざ戦車道が始まると昔のように男らしい振る舞いをしてしまうのだ。

 それを姉のエリカに見つかってしまうと、また小一時間怒られると思っているカリエはそんなことがないよう、いつも直前に女子らしい振る舞いについて学んでいる。

 漢字の書き取りみたいになっているのは、そうでもしなければ覚えられないほど、カリエの暗記能力が微妙なせいだ。キャッチャーを任され、常にチームに指示を出すことが出来るくらいには頭の回転は良いのだが、単純な暗記はいつまで経っても苦手なままだ。

 

「カリエ、あんまり根を詰めてもよくないよ」

 

 装填手の上級生がカリエを気遣って声を掛ける。まさか自分の戦車の車長が女子の振る舞いについて復習をしているとは思ってもいないから、自然とその言葉は優しい。

 

「そうですよ。それにカリエさんの立てた作戦は皆頭にたたき込んできましたから、後は黒森峰が誇る練度で完遂するだけです」

 

 通信手の同級生も、地図に自軍の位置をマーキングしながらフォローを入れる。

 そういうことじゃないんだけどなあ、とカリエは思いながらも、折角の厚意なので眉間のしわをほにゃほにゃと解した。

 だいたい、今回の作戦も「ダージリン」と呼ばれている副隊長を執拗に追い立て、グロリアーナに楽な試合運びをさせないという単純なものだ。つまり彼女の乗車するチャーチルを速攻で探し出し、黒森峰の重装甲と機動力で追いかけ回すのだ。

 もちろん、それだけで黒森峰の隊員達が納得しているわけではない。

 チャーチルの軌道特性であったり、「ダージリン」の指揮傾向を分析した資料をカリエが用意し、それを皆が見ているからこそ、黒森峰の隊員達はカリエの作戦に身を預けているのだ。

 唯一問題があるとすれば、提案した本人がそこまで深く――いや、下手をすれば何も考えていないということか。

 

「カリエ、もうすぐ試合が始まる。エリカとお前で右側面から敵陣の偵察を頼めるか?」

 

 隣にいたまほから指示が飛んできた。カリエは手元の地図を確認し、いける、と頷きで返した。

 

「よし。エリカには既に伝えてあるから、二人に役割分担は任せる。私とみほは本隊を率いて左側面から攻める。中央の河を渡河してくる可能性もあるが、それは私たちに任せてくれ」

 

「わかりました、です」

 

 ついこの間、思いっきり蹴飛ばしてしまった操縦手の背中をそっとつま先で小突く。操縦手は慣れたもので、アイドリングさせていたパンターをすっと前進させた。そして前方に展開していたエリカのパンターの隣につける。

 

「エリカ。隊長に偵察を頼まれた。始まったら行こう」

 

「……エリカって呼ぶんじゃないわよ」

 

「いちいち細かい」

 

 これまで何度も繰り返してきたやり取りをカリエとエリカは行う。いわばこれは二人にとって儀式のようなもので、緊張解しの意味合いも兼ねていた。

 カリエはすぐに飛んで来るであろうエリカの小言を期待して、どう返してやろうかと内心悪戯心を芽生えさせていた。

 が、いつまで経っても小言が飛んでこないばかりか、帰ってきたのはえらく殊勝な言葉だけだった。

 

「そうね、ごめんなさい。私たち双子だから姉も妹もないかもしれないわね」

 

「え?」

 

 驚いたのはカリエだった。今まであれだけ姉御風を吹かしていたエリカが、素直に謝ってきたばかりか姉も妹もないと言い出したのだ。

 

「何か悪いものでも食べたの? 冷蔵庫のハンバーグ、日にちが経ってたから捨てたけど、もしかしてそれを食べた?」

 

「誰がゴミ箱の中身まで食べるのよ! ていうかあれはあんたが冷凍し忘れたのが原因でしょ! 折角作り置きしてたのに!」

 

 やっと飛んできた小言に、なんだいつも通りか、とカリエは胸を撫で下ろした。 

 すわ体調不良かと、一瞬本気で心配したのだ。

 

「……試合が始まったわ。無駄口はここまで。私が先導するから付いてきなさい。砲身は左側面を警戒。私が右側面を見る」

 

「了解。……見つけても、あまり深追いしないように」

 

「当然よ。それくらいはわきまえているわ」

 

 

8/

 

 

 2両のパンターが静かに、でも確実に森林を進んでいく。それぞれ砲塔の右側面には半円を描いた蛇が一匹描かれていた。先頭のパンターは半円の上半分、後方のパンターが下半分だ。二匹が重なれば、それぞれの尾を噛みしめ合うウロボロスの蛇の図面が完成するようになっている。

 何処かで逸見姉妹の異名を聞きつけた整備班が、嬉々として姉妹のパンターに書き込んだのだ。

 キューポラから周りの様子を伺うカリエはエンブレムが刻まれた右側面を、微妙な表情で見つめていた。

 

「なんて微妙なエンブレム。どうせならオレンジのウサギが良かった」

 

「あら、なかなか格好いいと思うけれど。ウロボロスの蛇。でもどうしてオレンジのウサギ?」

 

 車内にいた上級生が問いかけると、カリエは普段滅多に見せない興奮した調子で答えて見せた。

 

「だってオレンジのウサギは東京ラビッツのマスコット……!」

 

 何のことかわからない上級生が首を傾げるが、通信手の同級生がフォローした。

 

「プロ野球ですよ。プロ野球。彼女、ああ見えて熱烈なラビッツファンなんです」

 

「へえ、でも地元も熊本なんでしょう? 普通博多ホークスなんじゃないの?」

 

 上級生の呟きにカリエは食らいついた。

 

「んなことはなか! 熊本は川上哲夫選手の出身地ばってん、くまもとんもんの人間はラビッツファンがおおかと!」

 

 おお、っと上級生が思わずたじろぐ。

 いつも冷静で物静かだったカリエがこれほどまでにヒートアップするのだ。珍しすぎて、動画に撮って他の隊員達に見せてやりたいと思った。地の熊本弁まで出ているのは、特に見られないシーンだ。

 

『こら、カリエ! 無線機付けたまま阿呆なこと言ってんじゃないわよ! そろそろ向こうの勢力圏なんだから気を引き締めなさい!』

 

 ただそのレアな場面はそう長く続かない。姉のエリカがしっかりと叱責してきたからだ。

 カリエも今のは自分が悪いとわきまえていたので、とくに反論することもなく大人しくした。

 そして、木々の向こうから砲弾が飛来したのもまた同時。

 

『っ! 右側面から敵襲! 数は2、車両はチャーチル!』

 

「左からも撃ってきてる。数は4、こっちもチャーチル」

 

 命中弾はないものの、飛来する砲弾をそのままにするわけにもいかない。

 エリカとカリエ、両者ともに砲手に発砲を指示する。パンターの長砲身から飛び出した砲弾は木々の間をすり抜け、チャーチル軍団の間に次々と着弾していった。

 

『ダージリンが乗ってるチャーチルの車両番号は覚えているの!?』

 

「今大会は143。エリカも余裕があったら探して」

 

 カリエは高速で移動するパンターのキューポラから身を乗り出し、木々の合間に展開しているチャーチルを見据える。そして驚愕に表情を染めた。

 

「エリカ!」

 

『何よ!』

 

 滅多に聞くことのない妹の大声にエリカは内心驚く。何事か、と耳を傾ければ、それこそ耳を疑うようなことをカリエは告げた。

 

「やられた! グロリアーナ! 車両番号を全部消してる! これじゃあ、誰をマークすればいいのかわからない!」

 

 

9/

 

 

 チャーチルの車内では、淹れたての紅茶が心地の良い香りを醸し出していた。

 

「さて、今頃あちらさんはそれなりに焦っていてくれるかしら」

 

「逸見姉妹当人が偵察に来たのは予想外でしたが、今となってはそれで良かったのかも知れませんね」

 

「あの二人を釘付けにしておけば、新たな作戦も立てられ難くなる。西住流は元来正攻法で押しつぶしてくる流派。ならば戦いようもあるというもの。ウロボロスは封じさせてもらったわ。西住まほさん」

 

 紅茶を優雅に傾けたダージリンにアッサムは苦笑する。

 

「けれど全ての車両番号を消すというのは思い切ったことを考えましたね。味方同士の識別すら困難になる諸刃の剣です。我々グロリアーナは連携が重要視される浸透戦術を得意としていますから」

 

「……それに関しては頭の固い先輩方を説得するのに苦労したわ。正直、乗っている車両をシャッフルすることも提案したけれど、それは受け入れられなかった。私の弁論術もまだまだということね。まあ、あなたの有能さを精一杯アピールしてもぎ取った勝利なのだけれど」

 

 そう、車両番号を消した彼女達がどのように味方車両の位置関係を識別しているのかというと、ノートパソコンを駆使したリアルタイムのマッピングだ。

 戦車道の大会では様々なレギュレーションによって装備等が制限されているが、通信関係についてはそこまで厳しくない。そこで各車両にノートパソコンを搭載させ、それに組み込まれているGPSで互いの位置を把握していたのだ。

 ただこれは、車長が肉眼で目の前の車両を識別する方法に比べれば、どうしてもタイムラグが発生するため、卓越した通信技術を有したアッサムがいて初めて成立する戦法だった。

 

「車両番号140番、そのまま北に進軍。逃げてきたパンター01を牽制して下さい。おそらく02がカバーに入る筈なので、すかさず167番が妨害、中央の川に追い立てていきます。そうすれば中央を進んでくる味方本隊のキルゾーンへ誘い込めるはず」

 

 アッサムの的確な指示が黒森峰のウロボロスを追い詰めていく。

 やはり彼女に目を掛けていて良かった、とダージリンは笑みを深めた。

 

「さて親愛なるチャーチル小隊の皆さん、哀れな双子の蛇をここで踏みつぶしてしまいましょう」

 

 

10/

 

 

 エリカが乗車するパンターを先頭に、カリエが後ろをついて行く。いくつかの命中弾を貰った二匹のパンターは装甲のところどころを錆び付かせていた。

 

『カリエ、そっちはいける?』

 

「うん、なんとか。でも一度止まってきちんと見てみないと……」

 

 背後から時折飛来する砲弾をなんとかかわしながら、カリエが答えた。つい先ほどまでぴかぴかに輝いていたウロボロスのエンブレムも、煤で薄汚れている。

 

『このまま川沿いを伝っていったん隊長達がいるポイントに向かうわ。向こうは向こうで敵本隊と撃ち合っているから援軍は期待できないけれど、このまま2両で相手するよりマシなはず』

 

「……同感」

 

 カンッ! と側面装甲が砲弾を弾いた。何事か、とカリエが目線を走らせてみれば左側面から2両のチャーチルが接近してきていた。

 

「エリカ、敵来てる」

 

『ちっ、仕方ないわね! 予定変更! 川をつっきるわよ!』

 

 追い立てられるように2両のパンターは右旋回。川に向かって突き進んでいく。水深はあらかじめ調査してあり、ぎりぎりシュノーケルなしでも渡りきれる計算だった。

 だが、問題が一つある。

 

『……カリエ。心配しなくても私がついているわ。しっかりこっちのパンターの後ろを付いてくるように指示しなさい。あんたは目をつぶって、良いと言うまでそうしてて』

 

 それはカリエが抱えているある問題だった。

 エリカの言葉にカリエは脂汗をびっしりかいて頷く。車長席で小刻みに震える彼女を、中にいた上級生が心配した。

 

「カリエ?」

 

「大丈夫、何でもない」

 

 いや、大丈夫ではなかった。

 これはカリエの、前世での死に方に関係している。彼女の最期は大雨の水路に転落しての溺死だった。苦しかったのは一瞬とはいえ、本物の死の恐怖を味わってしまったのだ。

 そのトラウマが、今世で水恐怖症という形で現れている。

 シャワーくらいならばなんとか耐えられるが、自身が浸かれる位の水は恐怖で動けなくなるのだ。

 それを一番理解しているエリカだからこそ、敢えて川を渡るのではなく、それに沿って陸地を下るという選択肢を選んできていた。

 だが、ここまでくれば背に腹は代えられない。

 恐怖で動けないカリエの目になることによって、エリカは妹と共に渡河を成し遂げようとしていた。

 

『カリエ車の操縦手、私のパンターにしっかり付いてきなさい。こちらが道を開拓する』

 

 黙りこくったカリエに代わってエリカが指示を飛ばす。彼女のパンターはあっさりと水に入っていき、浅瀬と思われるポイントを的確に進んでいった。

 続くカリエのパンターもおっかなびっくりそれに続く。

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 目を塞ぎ、己の身を抱きかかえたカリエがうわごとのように呟く。この状態ではどのみち発砲も出来ないので、手が空いた装填手の上級生がそっとカリエの手を握った。

 

「ほら、落ち着いて。あなたのお姉さんがきっと向こう岸までつれていってくれるから」

 

 がたがたと川底の凹凸を越えるたびに、パンターの車体が揺れる。

 それに併せてカリエの体も震えた。 

 ちょうど川の中程に辿り着き、水位が一番高くなる。ぎりぎりエンジンルームに浸水しない高さだとエリカが目視で確認し、さらに前へ進むよう指示を飛ばした。

 だが、運命の女神は浮気者。

 女神が微笑んだのはパンターを追いかけていたグロリアーナの方だった。

 

「きゃっ!」

 

 目を閉じていたカリエが大きく揺さぶられる。思わず目を開けたカリエが何事か、と思えば川の上流にあった中州に、いつの間にかマチルダが2両、陣取っていた。

 待ち伏せだ。

 そう理解した瞬間、マチルダの砲撃がカリエのパンターの近くに着弾した。

 特大の水柱が立ち上がり、雨のようにパンターを打ち付ける。

 

 それは奇しくも、カリエが前世で最期に見た、大雨によく似ていた。

 

「うわあああああああああああああああ!!」

 

 理性の壁は一瞬で砕かれた。突如として叫びを上げたカリエにその場にいた全員が驚愕する。

 ただ一人、エリカだけが必死に取り残された妹へ呼びかけを続けた。

 

『カリエ! カリエ! 大丈夫! それは雨じゃない! ――カリエんとこの操縦手! 早く前進して!』

 

 泣き出しそうな声で叫びを上げるエリカに答えるべく、カリエのパンターの操縦手が思いっきりアクセルを吹かした。彼女もまた、己の敬愛する車長の異変を敏感に感じ取っていたのだ。

 けれども女神は、何処までも残酷だった。

 

「だ、駄目ですエリカさん! さっきの砲撃でエンストしたみたいです!」

 

 そう。瞬間的に水位が上昇したせいか、パンターはエンストを起こしていた。エリカは盛大に舌打ちを一つすると、己のパンターの操縦手に叫んだ。

 

「早く川から上がって! このままじゃ反撃できない! 陸に上がり次第、中州の敵を叩くわよ!」

 

「はっはい!」

 

 パニックの妹を置き去りにするのは気が引けたが、まずは最大の脅威を振り払うべく、エリカのパンターが猛スピードで陸に上がった。そしてすぐさま回頭し、中州のマチルダに狙いを付けた。

 

「調子こいてんじゃないわよ!」

 

 怒りのままに放たれた砲弾が、1両のマチルダを撃破する。すぐにエリカのパンターの方が脅威だと判断した生き残ったマチルダはそちらへ狙いを付けた。

 

「そう、そうよこっちを狙っていれば良いの!」

 

 飛来した砲弾を急発進でかわし、すぐさま発砲。砲塔と車体の間を狙った一撃は、2両目のマチルダを行動不能に追い込んだ。

 

「よし! カリエ、すぐに引き上げてあげるから……」

 

 言って振り返った。

 だがエリカは忘れていた。彼女もまた、突如訪れたピンチに一杯一杯だったのだ。

 例えカリエと共に戦車道の腕を磨いていたとしても彼女らはまだ一年生。

 全国大会の猛者たちのレベルを侮りすぎていた。

 振り返った先にあったのは、白旗を掲げ完全に息の根を止められた、妹のパンターだった。

 

 円環のウロボロスの半円が、今陥落した。

 

 

11/

 

 

「パンター1両撃破しました。おそらくデータが正しければ、妹逸見カリエの車両です」

 

「結構。眉唾だと思っていたのだけれど、彼女の弱点は本当だったようね」

 

「ええ、まさか指示を飛ばせないほどの水恐怖症だとは……。彼女達の中学校時代の同級生に接触していて正解でしたね」

 

「『他人の目を無条件で信じてはいけない。情報は自分の目で確認しなければならない』なるほど、実際に目にすればどれだけ滑稽なものでも信じられるものね」

 

 空になったダージリンのティーカップに、アッサムは紅茶を注いだ。

 

「さて、仕上げよ。残された可哀想な姉蛇を妹のところへ案内してさしあげて?」

 

 

12/

 

 

 エリカは乗員の呼びかけに全く反応しなかった。

 ただ呆然と、全く動かない妹の車両を見つめていた。

 先ほどまで無線機を支配していたカリエの叫び声はもう聞こえない。

 不気味な沈黙だけが、無線に満たされている。

 からからに渇いたのどが、一つ鳴った。

 

「助けなきゃ。私が、私が助けてあげなくちゃ」

 

 うわ言のように繰り返す彼女は、殆ど無意識に操縦手である小梅の背中を蹴った。

 妹を失った蛇のエンブレムのパンターが静かに前進する。

 対岸のチャーチルが二手に分かれて、片方が渡河を始めた。どうやらもう片方の援護を受けてエリカを撃破する作戦のようだ。

 

「はははっ、でもそのまえに――」

 

 エリカは装填手に向かって指をHの形に曲げた。それは徹甲弾ではなく、榴弾装填の合図。

 不安そうにエリカを見上げた装填手は彼女が笑っていることに気がついた。

 それは今まで誰も見たこのない、壮絶な笑みだった。

 

「あんたたち、全員、まとめて始末してやる」

 

 パンターの砲身が咆哮をあげる。

 水中で爆発した榴弾が特大の水柱をぶち上げた。

 その水柱に向かって、パンターが突っ込んでいく。

 

「絶対に、一両たりとも許してやらない!」

 

 妹を失った蛇が一匹、グロリアーナの仇敵の喉元に食らい付いた。

 

 

  中編2へ続く。

 

 

 




丁度 一年後の話 戦車喫茶にて

「うわー!! 本物の逸見姉妹ですー! まさかこんなところでお会いできるなんて!」

「え、どしたのゆかりん。この人たち有名人なの?」

「全く同じ顔をしていらっしゃいますね」

「お化けだ……」

「誰がお化けよ! 誰が! 双子に決まっているでしょう!」

「……幽体離脱」

「あんたも悪ノリしてんじゃないわよ!」

「みなさんご存じないんですか? 黒森峰の逸見姉妹と言えば、西住姉妹とその知名度を二分する超有力選手です! 月間戦車道でも何度も特集されてるんですよ!」

「へえー。で、ゆかりん。それはどんな感じに?」

「ええと、ですね。妹のカリエさんは才気煥発の天才軍師と称されています」

「おおっ、なんだかすごそうだ」

「で、姉のエリカさんはハンバーグが大好きです」

「ぶっ叩くわよ!」
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